アメリカ大使館事件 偽りその他不正の行為

 

 

所得税更正処分等取消請求事件

 

 

【事件番号】 水戸地方裁判所判決/平成14年(行ウ)第4号

【判決日付】 平成16年8月25日

【掲載誌】  税務訴訟資料254号順号9723

 

 

について検討します。

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 原告の請求をいずれも棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       

 

 

事実及び理由

 

 

第1 請求

   被告が、原告の平成4年分ないし平成7年分の各所得税について、平成12年3月13日付けでした各更正処分のうち、平成4年分について総所得金額530万9000円、納付すべき税額20万0800円、平成5年分について総所得金額386万6600円、納付すべき税額20万5600円、平成6年分について総所得金額401万0600円、納付すべき税額18万3100円、平成7年分について総所得金額434万9600円、納付すべき税額19万5000円を超える部分及び同日付けでした上記各年分に係る各過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。

 

 

第2 事案の概要

   原告は、1970年ころから在日A(以下「A」という。)大使館に勤務している者であるが、平成4年分ないし平成7年分の各所得税の申告に際し、A大使館からの給与について、実際額の約44.9パーセントないし約47.2パーセントの金額を給与等の収入金額から除外して(ただし、平成4年分の原告の申告収入金額は不明。)、被告に、いずれも法定期限内に確定申告をした。

 

被告は、原告による上記各年分の申告は、真実の給与収入金額に比して給与収入金額を過少に申告したものであり、国税通則法(以下「通則法」という。)70条5項に規定する「偽りその他不正の行為」に該当し、更正をすることができる期間は法定申告期限から7年を経過する日までとなるとして、平成12年3月13日付けで原告の上記各年分の所得税の各更正処分及び過少申告加算税の各過少申告加算税賦課決定処分をした。

 

   本件は、原告が、上記各申告は、上司や同僚から教示された慣行に従って、正しい申告と信じてしたものであり、上記「偽りその他不正の行為」はないから、通則法70条5項を適用してされた、法定申告期限から3年を経過した日以降にされた各更正処分及び各賦課決定処分は違法であるとして、各処分の取消しを求めている事案である。

 

 

 

  1 前提となる事実等(当事者間に争いがない事実及び証拠上容易に認められる事実並びに本件に関係する法律)

    

(1) 原告は、1970年ころからA大使館に勤務している者である。

    

(2) 原告は、A大使館より、給与を原則として2週間に1回の割合で受け取り、その都度、給与支給額及びその年の給与支給累計額等が記載された給与明細書(「INDIVIDUAL EARNINGS STATEMENT」又は「EARNINGS AND LEAVE STATEMENT」。以下「個人給与明細書」という。)の交付を受けていた。また、原告は、昇給の都度、昇給前後の年俸額が記載された人事異動通知書(「PAY CHANGE SLIP」又は「NOTIFICATION OF PERSONNEL ACTION」。以下「人事異動通知書」という。)の交付を受けていた。

    

(3) 原告は、平成4年ないし平成7年(以下「本件各係争年」という。)分の所得税について、被告に対し、いずれも法定申告期限内に、別紙1ないし4の「確定申告」欄記載のとおり確定申告書に記載して申告した(乙18ないし21)。

    

(4) これに対し、被告は、平成12年3月13日付けで、別紙1ないし4の「更正・決定」欄記載のとおり各更正処分(以下「本件各更正処分」という。)をし、別紙1ないし4の「過少申告加算税」欄記載のとおり過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各賦課決定処分」という。)をした。本件各係争年分における原告の収入金額と確定申告額を対比すると、以下のとおりとなる(なお、各年分における金額中、上段は原告による確定申告書の記載、中段は被告が調査によって算定したもの、下段は、上段の金額の中段の金額に対する割合である。確定申告書の記載につき、乙18ないし21。)。

 

 

 

          収入金額       所得金額    納付すべき税額

 平成4年分     空欄     5,309,000円 200,800円

       9,241,061円 7,221,954円 812,800円

           不明       73.5%     24.7%

 

 

 平成5年分 5,455,500円 3,866,600円 205,600円

      10,044,319円 7,947,103円 940,800円

         54.3%      48.7%     21.9%

 

 

 平成6年分 5,635,600円 4,010,600円 183,100円

      10,678,757円 8,549,819円 910,800円

         52.8%      46.9%     20.1%

 

 

 平成7年分 6,114,000円 4,349,600円 195,000円

      11,086,261円 8,831,947円 986,400円

         55.1%      49.2%     19.8%

 

 

 

    

(5) そこで、原告は、本件各更正処分及び本件各賦課決定処分を不服として、平成12年4月13日、異議申立てをしたところ、同年7月5日付けでいずれも棄却された。さらに、原告は、同月13日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は、平成13年11月30日付けで原告の審査請求をいずれも棄却する裁決をした(乙1)。

    

(6) 通則法70条は、法律関係の早期安定という観点から、更正、決定及び賦課決定に関し期間制限(除斥期間)を設けて、本来納付すべき税額の徴収を制限する規定であるところ、その期間は、更正については法定申告期限から原則3年とされている(同条1項)。これに対し、同条5項は、「偽りその他不正の行為」によって全部又は一部の税額を免れたような場合には、法定申告期限から7年を経過する日まで延長している。

      

本件各係争年分の所得税につき、法定申告期限から7年を経過する日は、それぞれ、平成4年分が平成12年3月15日、平成5年分が平成13年3月15日、平成6年分が平成14年3月15日、平成7年分が平成15年3月15日である。

  

 

 

2 争点

    本件の争点は、本件において、通則法70条5項の「偽りその他不正の行為」が認められるか否かである。

  

 

3 争点に関する当事者の主張

    (1) 被告の主張

     ア 通則法70条5項の「偽りその他不正の行為」とは、税額を免れる意図のもとに、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような何らかの偽計その他の工作を伴う不正な行為を行うことをいい、単純な不申告はこれに含まれないものの、真実の所得を秘匿し、それが課税の対象となることを回避するため、所得の金額を殊更過少に記載した内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、正当な納税義務を過少にしてその不足税額を免れる行為、いわゆる過少申告行為は、それ自体単なる不申告の不作為にとどまるものではなく、偽りの工作的不正行為といえるから、偽りその他不正の行為に該当すると解される。

     イ 原告は、A大使館より、給与を原則として2週間に一度の割合で受け取り、その都度、給与支給額及びその年の給与支給累計額などが記載された給与明細書の交付を受けるとともに、昇給の都度、昇給前後の年俸額が記載された人事異動通知書の交付を受けていたことから、これらの記載により、自らの給与等の収入金額を正確に把握していた。そして、給与所得の金額は、給与等の収入金額に基づき機械的に算出されるものであるから、原告は、各申告の際、収入金額に基づき、自らの給与所得の金額を正確に把握していたといえる。

       しかるに、原告は、各申告の際、確定申告書に収入金額又は所得金額として、被告が調査によって算定した金額の50パーセント前後の金額を記載することを繰り返したものであるところ、当該各金額が記載間違いということは考えられず、殊更過少に記載したものであることは明らかである。したがって、原告が各申告の際、内容虚偽の確定申告書を提出した行為は、いわゆる過少申告行為であり、「偽りその他不正の行為」に該当するものである。

     ウ 原告は、昭和30年ころに、A大使館と国税当局との間で交わされた取決め(以下「本件取決め」という。)に基づき、A大使館の日本人職員は給与等の収入金額の40パーセントが非課税とされ、そのため所得税の確定申告に当たってはその60パーセントを基準として申告すればよいものとされており、原告の各申告はこれに従ったものであるから、各申告額は過少ではない旨主張するが、以下のとおり、本件取決めは存しないというべきであるから、原告の主張は失当である。

      (ア) 原告は、本件取決めが存することの根拠として、1955年12月14日付けの国税庁長官から各国税局長あての通達(以下「本件通達」という。)を指摘し、本件通達を英訳したものとする文書(甲1)を提出するが、本件通達の内容は、A大使館の日本人職員に対する給与所得に関する課税上の優遇措置について定めたものではなく、本件取決めが存することを示すものということはできない。

      (イ) 原告は、本件取決めが存することの根拠として、A大使館現地職員の給与等の収入はベース部分と経済的利益の給付部分(フリンジベネフィット部分)から成り立っており、退職給与の算定における基準はベース部分のみであるところ、ベース部分は一般的に全体の60パーセントとされているとして、「駐日A大使館現地職員退職(離職)給与基準」と題する書面(甲3)を提出するが、退職給与の算定の基準となる給付は課税所得の対象となる給付に一致するものではなく、また、退職給与の算定の基準となる給付に関する取扱いは、A大使館が国税当局の関知しないところで決定したものであって、それがいかなるものであれ、A大使館と国税当局との間の取決めの存在及びその内容をうかがわせるものではない。

      (ウ) 原告は、本件取決めが存することの根拠として、A国務省マニュアルにおいて、A大使館は、現地職員に係る給与資料の提出の際、駐在国当局に対し、非課税部分に課税されることのないよう確認する取扱いを定めているとし、同マニュアルを書証(甲2)として提出するが、同マニュアルは、A国務省からの駐在国の担当官(高官)に対する指示として、駐在国に現地職員の給与を報告する場合には、非課税給付を、課税所得となる給与として報告しないよう、基礎となる給与データを調査する取扱いを定めたものに過ぎず、原告の主張は誤りである。

      (エ) 原告は、本件取決めが存することの根拠として、乙駐日A大使が、伏屋和彦国税庁長官宛ての書簡において、本件取決めが存することなどの事情を述べるとともに、A大使館の日本人職員に対する課税処分にあたってはこれらの事情が十分考慮されるよう希望した旨主張し、上記書簡を書証(甲4)として提出する。確かに、上記書簡において本件取決めが存することについて言及されているが、本件取決めの存否、それがなされた時期や内容などを調査し、把握した上で申し入れたものであるとは考えられず、A大使館の日本人職員の弁解を鵜呑みにしたものに過ぎないと認められ、さらに、この申入れについては、国税庁課税部長が、平成12年2月25日付けのラフレアー公使宛て書簡(乙12)において、本件取決めが存しないことを明確に回答しているのであり、上記書簡についても本件取決めが存することの根拠とはならない。

     エ 原告は、原告のA大使館からの給与等の収入は小切手で支払われていたから、その金額は常に明らかであり、これを秘匿するための工作をしたことはなく、また、税務調査においても不正行為は行っておらず、したがって、偽りその他不正の行為は認められない旨主張するが、しかしながら、上記イのとおり、いわゆる過少申告行為に及んだことは明白であるところ、この点において偽りその他不正の行為に該当するのであるから、原告の主張は失当である。

     オ 原告は、A大使館の先輩同僚らから本件取決めについて伝え聞き、本件取決めに従えば適正な申告額になると信じていたものであるから、自己の申告に係る収入金額又は所得金額が過少であるとの認識はなかった旨主張する。しかしながら、上記ウのとおり本件取決めは存せず、仮に原告が本件取決めについて伝え聞いた事実があるとしても、本件取決めは、A大使館の現地職員に、課税上、税法の規定に反する格別の優遇措置を施すという不正義なものであるから、そのような取決めが存しないことは容易に認識したはずであり、少なくとも何らの疑問も持たずに鵜呑みにしたことはありえないと考えられるところ、原告は、税務署の職員などに本件取決めの存在について尋ねたことすらないのであるから、原告において本件取決めが存すると誤信したことをうかがわせる事情は全く認められない。

       なお、原告は、本件取決めが存すると信じた事情として、長期にわたって国税当局から指導がなかったことを挙げるが、それは国税当局が原告の過少申告の事実を把握していなかったために過ぎず、把握していながら容認していたわけではない。

     カ 原告は、通則法68条の定める重加算税の賦課要件である「隠ぺい又は仮装の行為」と同法70条5項の「偽りその他不正の行為」とはほぼ同義であり、実務では、重加算税が賦課される事案については「偽りその他不正の行為」が認められて更正期間は7年、過少申告加算税が賦課される事案については「偽りその他不正の行為」が認められず更正期間は3年とされるのが通例である旨主張するが、両条は、その他の要件及びその効果を異にするものであって、具体的事案において常に軌を一にして適用されなければならない理由はないから、原告の主張は失当である。

    (2) 原告の主張

     ア 通則法70条5項の「偽りその他不正の行為」に該当する過少申告行為とは、客観的に過少申告であるのみならず、主観的にも税を免れる意図をもっていることを要するものである。

     イ 原告は、A大使館に採用された際、人事担当の戊や同じ職場の総務担当のDから、税金の申告について、給与のうち、いわゆるその他手当は非課税部分であるから申告から除外し、基本給を中心に申告すればよいと教示され、この教示のとおりに申告すれば正しい申告であると信じて申告してきた。このような教示がなされたこと、そして、これを原告が正しいと信じたことは、以下の事情からして明らかである。

      (ア) 昭和30年ころ、A大使館と国税当局との話し合いが行われた。A大使館の現地職員は、日本の企業で働く者と異なり、社宅、交通費の全額支給、企業年金やその他日本の税法では非課税扱いとなる給付を受けていないが、こうした給付の代わりに現金による支払を受けている。国税当局においても、この現状にかんがみて、A大使館の現地職員の給与課税について何らかの措置を認めることとなった。具体的には、A大使館の現地職員が大使館から支給される額は、ベース給と経済的利益の給付部分(フリンジベネフィット部分)から成り立っており、フリンジベネフィット部分の割合は一般的に40パーセントであり、ベース給のみが退職給与の基準となっており(甲3)、話し合いの結果、A大使館の現地職員の所得税の確定申告は、フリンジベネフィット部分を引いた60パーセントを基準として(この他に、特別の課税対象とならない経済的利益があれば、その分も60パーセントから控除できる。)申告すればよいこととなった。1955年12月14日付けの国税庁長官から各国税局長あての通達は、上記のような話し合いがA大使館と国税当局との間であったことを示している(甲1)。

        現地職員が2週間ごとに受け取る個人給与明細書(平成6年までのもの)には、ベース給、フリンジベネフィット給が別々に記載されており、その合計額が小切手、預金振込額に分けて記載されている。そのうち、ベース給は課税所得(Taxable earnings)と記載されているが、フリンジベネフィット給部分にはその旨の記載はない。また、昇給等の際に交付される人事関係通知書にも、ベース給、フリンジ給が別々に記載されている。

      (イ) A国務省マニュアル(甲2)には、A大使館の現地職員に対する給与の中には、現地の雇用主によって与えられている非課税給付の代わりに、ある程度の金銭補償が含まれているが、もし給与総額に対して所得税が課せられる場合には、その職員が大使館以外に勤務している場合には課税されない給与に対して課税されるおそれがあるため、現地職員の給与について接受国に報告するときは、非課税分が課税対象給与に含まれていないことが保証されているか確認するよう注意を呼びかけており、同マニュアルは、A大使館の現地職員に対する給与には、もともと課税対象部分と非課税部分があったことを示している。

      (ウ) 乙大使の書簡(甲4)によれば、数十年前にA大使館現地職員の課税をめぐって、現地職員、日本の税務当局との間で話し合いがあったこと、現地職員は、日本の税法で非課税となる給付を受けていないが、その代わりに現金による支払を受けていること、現地職員は、上記話し合いを受けての当初の説明(下記ウ参照)以降、現金による支払は日本の企業がその従業員に提供する給付と同様に非課税であり、この部分を課税収入から控除できると信じてきたこと、などが記載されており、国税庁長官に対し、現地職員の過去の所得に対する課税処分にあたって、これらの事情が十分考慮されるよう希望した。

        また、上記のような状況があったことについては、A大使館総務部長の丙も、平成12年2月8日、東京国税局において担当官に対し陳述している(甲10)。

     ウ 前記イ(ア)の話し合いの結果は、これに加わっていた現地職員の代表者(現地職員組合であるBの丁会長ら)が開いた集会において全現地職員に伝えられ、それ以降、現地職員の申告はベース給(収入金額の約60パーセント)を中心にして申告するという考え方が定着した。そして、その時以降にA大使館に採用された者は、人事課の職員や現地職員の上司、先輩同僚から上記趣旨を教えられることとなり、そのため、それぞれの部署ごとに受け取り方、伝え方に多少の違いがあるものの、原告は、上記イのとおり伝えられ、これを信じて申告してきた。

     エ 原告は、1970年ころにA大使館に採用されてから、平成11年に本件に関する税務調査があるまで、長期間にわたって教示されたとおりの申告をしてきたが、国税当局からは何の指摘もなく、また、原告以外の現地職員においても、原告と同様の方法により申告をして更正処分を受けたという者は皆無であって、いわば慣行が成立していたというべきである。国税当局が、原告に対し質問検査権に基づき質問調査をしていれば、原告は、今般の調査において国税当局に協力したのと同様に、申告の実情等につき何ら秘匿することなく回答したはずであるが、そのような調査は一切なかった。

       また、A大使館からの給与等は、小切手ないし金融機関振込で支払われ、金額は常に明らかであり、原告は収入を秘匿したことなどない。税務署員の調査上の質問に対する虚偽の陳述や、虚偽の事実の提出などの所得隠しは一切していない。

     オ 被告は、原告が上記イのとおりの申告方法の教示を受けたとしたら、このような申告方法に疑問を持ち、税務署の職員に質問してしかるべきであった旨主張しているが、源泉徴収制度等がなく、通常の日本の企業とは異なる環境であるA大使館にあって、上司や同僚から特別な申告方法について教示されたとすれば、通常の納税者がそれに従うのも無理からぬところである。原告と同様な状況にあった現地職員の中には、3年分の修正申告で済んでいる者もいるのであって(甲11)、本件についても通則法70条5項を適用せずに処理できることは明らかである。

     カ 通則法70条5項が改正され、更正の制限期間が5年から7年に延長された際の衆参両議院の各大蔵委員会における附帯決議では、脱税の調査にあたり、法令の理解度、脱税の意思の程度等の相違に配慮し、納税者の立場を十分に尊重すること、今回の改正により延長された更正、決定等の制限期間に係る調査にあたっては、原則として高額、悪質な脱税者に限り、徒に調査対象範囲を拡大するなど、中小企業者等に無用の混乱を生ずることのないよう特別の配慮をすることとされているところ、本件各処分は、まさに当該附帯決議において慎むべきとされていることをあえて行ったものであり、立法者の意図を無視するものというほかなく、違法である。

       また、通則法68条の定める重加算税の賦課要件である「隠ぺい又は仮装の行為」と同法70条5項の「偽りその他不正の行為」とは、正確には同じ概念ではないかもしれないが、ほぼ同義に解してよい概念であり、実務では、重加算税が賦課される事案については「偽りその他不正の行為」が認められて更正期間7年、過少申告加算税が賦課される事案については「偽りその他不正の行為」が認められず更正期間3年で運用されるのが通例である。

       さらに、通則法70条5項の「偽りその他不正の行為」との文言は、所得税法238条1項などの各税法におけるほ脱犯の規定でも使用されており、最高裁判決はこれを同義に解しているところ、本件においては、重加算税賦課や刑事罰と比較して最も軽い過少申告加算税が適用されたにもかかわらず、更正の制限期間については、最も重い刑事罰の規定に使用されているのと同じ文言である「偽りその他不正の行為」を適用し、7年という最も長期の更正期間によって本件各更正処分を行っており、明らかに矛盾している。

 

 

 

 

第3 争点に対する判断

 

  

1 本件各処分は、いずれも法定申告期限から3年を経過した後にされているところ、被告は、原告の本件各係争年の申告は通則法70条5項の「偽りその他不正の行為」に該当するとして、同項の7年の期間制限に基づいて本件各処分をしたものである。そして、原告は、各申告が同項の「偽りその他不正の行為」に該当しない旨主張するので、以下検討する。

 

    ところで、原告は、平成15年2月19日の第4回口頭弁論期日で陳述された第2準備書面において、被告が本件各更正処分の前提とした原告の給与所得の中に、非課税とされるべき部分があることから、被告の主張する本件各更正処分の根拠となる金額について否認するとしているが、平成16年6月25日の第8回口頭弁論期日(口頭弁論終結日)において、原告代理人が、口頭にて、被告の主張する金額については争わない旨の陳述をしていることから、原告は、最終的に、被告の調査に基づき算出された本件各更正処分の根拠となる金額については全体として争わない趣旨であるものと認められる。

  

 

2 通則法70条5項にいう「偽りその他不正の行為」の解釈

 

    通則法70条の規定内容は、前提となる事実等(6)記載のとおりであるところ、このような除斥期間が、法律関係の早期安定という観点から、本来納付すべき税額の徴収を短期間に制限したものであることに照らせば、同条5項にいう

 

「偽りその他不正の行為」とは、このような短期間の除斥期間により税額の徴収を制限することが租税負担の公平の観点から相当といえないような場合、

 

すなわち、税額を免れる意図のもとに、税の賦課徴収を不能又は著しく困難にするような何らかの偽計その他の工作を伴う不正な行為を行っていることをいうものと解すべきであり、

 

そうすると、単なる不申告行為はこれに含まれないものの、

 

納税者が真実の所得を秘匿し、それが課税の対象となることを回避するため、所得の金額をことさらに過少にした内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、

 

正当な納税義務を過少にしてその不足税額を免れる行為は、

 

単なる不申告にとどまらず、偽計その他の工作を伴う不正行為ということができるから、

 

「偽りその他不正の行為」に該当すると解するのが相当である。

 

 

  

3 そこで、以下、原告が、真実の所得を秘匿し、それが課税の対象となることを回避するため、所得の金額をことさらに過少にした内容虚偽の所得税確定申告書を提出したものと認められるかについて検討する。

    

(1)ア 証拠(甲3、4、7、10、12の1、13、14、乙28ないし33)及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

       

A大使館作成の「日本人職員勤務規定摘要」(1965年5月改正)には、「俸給」の項において「日本の会社が支給している付加給付で法律・規則上、A政府が支給できないものについては、その相当額を各人の俸給に織り込んでいる。」との記載があり、また、「保健」の項において「雇用主としてのA政府は、日本の国民健康保険掛金を職員に代って支払うことはできないので、当人の掛金額は本人が直接納入できるよう各自の俸給に組み入れてある。」との記載がある。

       

また、同じくA大使館作成の「駐日A大使館現地職員退職(離職)給与基準」(改定施行1968年7月1日)には、「退職金は、退職時の職員の基本給を基に計算される。基本給は共同現地給与表に明記された総収入からフリンジベネフィット(経済的利益)として給与に含まれている平均率及び固定調整金額を差し引いたものである。現在、日本におけるこの平均調整金は40パーセントである。」との記載がある。

       

平成11年秋以降、原告を含むA大使館の日本人職員(少なくとも約250名)に対し、国税当局が税務調査を行って修正申告をするよう求め、それに応じない者に対しては、最高で7年間遡って更正処分が行われた。

       

そして、原告を含め少なくとも約10名程度の者が、それぞれ、このような更正処分等を不服として取消訴訟を提起し、概ね、A大使館からの給与のうち付加給部分は非課税であり、申告の際は基本給部分(給与の約6割)を基準に申告すれば正しい申告となる旨の教示を上司等から受け、これを正しいと信じて申告をしてきた旨の主張をしている。

       

A大使館総務部長丙は、平成12年2月8日、東京国税局にて、担当官に対し、A大使館の日本人職員の給与には基本給のほかに社宅、雇用保険、福利厚生等に相当する金額が手当てとして加算されていること、日本人職員は、当該手当ては非課税所得に該当するものと理解し、この部分を給与収入に含めず申告をしてきたこと、これは、1950年代に国税庁と大使館との間の協議により、大使館職員の勤務条件の特殊性を考慮して、6割程度の申告が容認されたことによるものと聞いていること、その後この点に関して変更通知があったとも聞いていないし、申告に関して何らかの指導があったこともないこと、などを陳述した。

       

乙駐日A大使は、2000年(平成12年)2月24日付けの国税庁長官宛て書簡において、数十年前にA大使館現地職員の課税をめぐって、現地職員、日本の税務当局との間で話し合いがあったこと、現地職員は、日本の税法で非課税となる給付を受けていないが、その代わりに現金による支払を受けていること、現地職員は、上記話し合いを受けての当初の説明以降、現金による支払は日本の企業がその従業員に提供する給付と同様に非課税であり、この部分を課税収入から控除できると信じてきたことを述べ、現地職員の過去の所得に対する課税処分にあたって、これらの事情が十分考慮されることを希望する旨を表明した。

     

イ 以上の事実に弁論の全趣旨を合わせ考えるに、本件取決めが実際になされたとまで認めることは難しいといわざるをえないが、昭和30年代に国税当局とA大使館との間で現地職員の給与の申告に関して何らかの話し合いが行われたこと、そして、現地職員の間で、概ね、申告にあたっては、基本給部分である給与の約6割を申告すればよいとの慣行又はその旨の認識が一定程度広まっていたことが認められる。

       

この点、被告は、乙駐日A大使の書簡において本件取決めが存することについて言及されているが、

 

本件取決めの存否、それがなされた時期や内容などを調査し、把握した上で申し入れたものであるとは考えられず、

 

現地職員の弁解を鵜呑みにしたものに過ぎないと主張する。

 

しかし、上記書簡は、一国の大使という責任ある地位の者が、接受国である日本の税務当局から大使館現地職員の税の申告について重大な問題提起がなされているという状況のもとで、税務当局に対し、そのような申告方法を多くの職員が行うに至った経緯についての見解を述べたものであり、

 

しかるべき調査を行った上でなされたものとみるのが相当であり、

 

これをもって本件取決めが実際に存したことまでは認められないとしても、

 

少なくとも、申告についての多数の現地職員の認識及びそのような状況となった経緯に関する限り、証拠価値が低いとみる理由はないというべきである。

 

       なお、このことは、上記乙大使の書簡と同様、東京国税庁に出向いて、現地職員の中で本件のごとき申告が行われるようになった経緯等について述べた前記丙総務部長の陳述についても、同じくあてはまるものである。

    

 

(2)

 

ア もっとも、上記(1)イのとおり、現地職員の間で、概ね、申告にあたっては、基本給部分である給与の約6割を申告すればよいとの慣行又はその旨の認識が一定程度広まっていたことが認められるとしても、このことによって当然に、原告において、真実の所得を秘匿し、それが課税の対象となることを回避するため、所得の金額をことさらに過少にした内容虚偽の所得税確定申告書を提出したものとは認められないこととなるわけではなく、原告固有の事情(申告方法についての慣行を伝え聞いた経緯や実際の申告態様等)に基づいて個別に検討されなければならない。

     

 

イ 陳述書(甲8)において、原告は、申告方法についての慣行を伝え聞いた経緯や実際の申告態様等について、以下のとおり供述している。すなわち、A大使館Cに採用された年の翌年早々、大使館人事課の戊及びCの総務担当職員のDから、確定申告では大使館から給付された俸給のうち基本給を基準に申告すればよいこと、付加給部分は非課税であること、基本給部分は俸給の約6割であることなどを教示され、この教示に従って、具体的には、1月から12月までの給与の手取り分、すなわち、CRS(A政府年金)の本人負担分を除いた額26回分を合計したものを年間の給与とし、その60パーセントを目途に申告額としたのであり、所得を隠したり、それによって税金を逃れようとしたりしたわけではない。

 

 

       しかしながら、前提となる事実等(4)記載のとおり、原告は、平成4年分を除く本件各係争年分の所得税の確定申告にあたり、A大使館から支給された給与について、平成5年分は実際の収入金額の54.3パーセントである545万5500円、平成6年分は実際の収入金額の52.8パーセントである563万5600円、平成7年分は実際の収入金額の55.1パーセントである611万4000円とそれぞれ記載したのであり、いずれの年も俸給の6割を下回る金額を申告していることが認められ、さらに詳細に検討するに、実際の収入金額の6割に当たる金額は、平成5年分が602万6591円、平成6年分が640万7254円、平成7年分が665万1757円であるから、原告は、これらに比して、それぞれ約57万円、約77万円、約54万円も過少に申告したこととなる。

 

 

       そして、上記のように原告の平成4年分を除く本件各係争年分の申告額が実際の収入金額の6割を下回っている理由については、明らかではない。

 

 

この点、上記のとおり、原告は、1月から12月までの給与の手取り分、すなわち、CRS(A政府年金)の本人負担分を除いた額26回分を合計したものを年間の給与とし、その60パーセントを目途に申告額とした旨供述しているのであるが、上記において検討したとおり、実際の収入金額の6割に相当する額と申告額との差額が、平成6年分と平成7年分とで約23万円も異なっていることからして、上記A政府年金の本人負担分が、実際の収入金額の6割に相当する額と申告額との差額に該当するとは考え難い。

 

 

     ウ また、原告は、陳述書(甲8)において、原告が最初に竜ヶ崎税務署に出向いて確定申告書を提出した際、窓口の税務署員に「源泉徴収票はないのですか。」と尋ねられたので、「アメリカ大使館なので源泉徴収票というものはありません。給与の明細と有給休暇を記したものを給与の度にもらうが、それは外部に出さないようにという注意書きがある。」というと、同署員は「分かりました。」と回答したこと、同署員の助言により、最初の確定申告以降は確定申告書を郵送していること、その後、本件に関する税務調査が行われた平成11年まで、税務署からも大使館からも何の指導も指摘もなかったので、申告は教示されたとおりでよいのだと思っていたことなどを供述している。

 

 

       この点、原告において、大使館の先輩職員等から、俸給の約6割を申告すればよいという申告方法が昭和30年代における国税当局とA大使館との間の取決め(本件取決め)に基づいているものであるということ、すなわち上記申告方法が国税当局により是認されているものであるということについてまで教示され、これを認識していたとすれば、竜ヶ崎税務署員の上記のごとき対応をもって、上記申告方法が国税当局によって是認されているものと確信し、その後も何らの疑念なく上記申告方法に従って申告し続けたとしてもあながち不当とはいえないとも思えるが、本件において原告が上記申告方法が本件取決めに基づいているものであることについても教示され、これを認識していたという事実は認められない。

 

 

       このことを前提とすると、当該税務署員は、源泉徴収票というものはなく、給与の明細と有給休暇を記したものはもらっているがそれについても提出することはできない旨の原告の申出を受け容れたに過ぎないのであるから、これによって給与全体の約6割を申告すればよいという慣行が是認されていると信じるのは論理的に飛躍があるというべきであり、原告から税務署員に対し教示に係る申告方法が正しい申告なのか質問ないし確認したことはないこと(弁論の全趣旨)をも合わせて考えれば、

 

 

原告は最初の申告から本件各係争年に至るまで税務当局から何ら指導や指摘がなされなかったから教示に係る申告方法でよいのだと思ったというのであるが、それは、教示に係る申告方法でよいと「信じた」というのではなく、過少に申告したとしても税務当局には発覚し難いとの認識のもとで、単に原告が自己の利益に沿うように都合良く理解したということに過ぎないものといわなければならない。

 

 

     エ 小括

       上記イ及び上記ウを総合して考えるに、原告がA大使館の先輩職員から俸給の約6割を申告すればよいとの教示を受けたこと自体はうかがえるとしても、上記教示に忠実に従って申告をしてきたとは認めることができず、結局、原告の本件各申告は、A大使館の現地職員の中で申告に関する上記教示のような慣行が存在することをよいことに、また、過少に申告したとしても税務当局には発覚し難いということを認識しつつこれを利用して、独自の判断で自らが相当と思う額を申告したものといえるから、真実の所得を秘匿し、それが課税の対象となることを回避するため、所得の金額をことさらに過少にした内容虚偽の所得税確定申告書を提出したものと認められ、通則法70条5項の「偽りその他不正の行為」に該当するものというべきである。

 

 

    (3)ア 以上に対し、原告は、まず、本件の更正処分はいずれも、通則法70条5項が改正された際の衆参両議院の大蔵委員会の附帯決議において慎むべきとされていることをあえて行ったものであって、立法者の意図を無視するもので違法である旨主張するが、本件事案の内容に照らしてみれば、本件各更正処分が同附帯決議に反するものと認めることはできず、原告の当該主張は採用することができない。

 

 

     イ また、原告は、通則法68条の定める重加算税の賦課要件である「隠ぺい又は仮装の行為」と、同法70条5項の「偽りその他不正の行為」とはほぼ同義に解してよい概念であり、実務では、重加算税が賦課される場合には更正期間は7年、過少申告加算税が賦課される場合には更正期間は3年で運用」されるのが通例である旨主張する。

 

 

       しかしながら、そもそも、重加算税の賦課処分と更正等の期間制限の延長とはその制度趣旨を異にするものであり、過少申告加算税のみが課され、重加算税が課されない場合には通則法70条5項を適用しないのが実務の運用の通例であるとまでは認め難いから、原告の上記主張は採用することができない。

 

     ウ さらに、原告は、通則法70条5項の「偽りその他不正の行為」との文言は、各税法におけるほ脱犯の規定でも使用されており、最高裁判決はこれを同義に解しているところ、

 

 

本件においては、最も軽い過少申告加算税が適用されたにもかかわらず、更正の制限期間については、最も重い刑事罰の規定に使用されているのと同じ文言である「偽りその他不正の行為」を適用し、7年という最も長期の更正期間によって本件各更正処分を行っているところ、これは明らかに矛盾しており、妥当ではない旨主張する。

 

       この点、原告のいう「矛盾」が具体的にいかなる趣旨であるのか明らかでないが、

 

上記3(2)エ記載のとおり、原告の本件各申告は、通則法70条5項の「偽りその他不正の行為」に該当すると判断されてしかるべきものであり、

 

そうであるにもかかわらず、加算税の種類として過少申告加算税を適用するからといって、

 

同項を適用できなくなるというのは、通則法70条が本来納付されなければならない税額の徴収を、

 

法律関係の早期安定の観点から制限する趣旨の規定であることに照らせば、

 

むしろ、そのような取扱いこそ妥当でないというべきであって、原告の上記主張は採用することができない。

 

 

     エ したがって、原告の上記各主張を考慮しても、通則法70条5項を適用して被告が行った本件各処分に違法性があるとは認め難い。

 

 

第4 結論

 

   以上によれば、被告の行った本件各処分は適法なものと認められ、原告の本件各請求は、いずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

 

 

    水戸地方裁判所民事第1部

        裁判長裁判官  仙波英躬

           裁判官  中川正充

           裁判官  木村匡彦