マルチ商法と債務確定主義

 

 

法人税更正処分取消請求事件

 

 

【事件番号】 山口地方裁判所判決/昭和53年(行ウ)第2号

 

【判決日付】 昭和56年11月5日

 

【判示事項】

 

1、自動車のエンジン部品の販売会社がその傘下の系列販売店から海外研修料の名目で徴収した金員が、右研修の不参加者に対する返還義務がなく、また、余剰金の精算もされていないとして、法人税法22条2項にいう益金に算入されるべきであるとした事例

      

2、1掲記のエンジン部品の取付費用につき、同部品がいわゆるマルチ商法により販売されるため、系列販売店に販売された時点では、最終的に取り付けられる数量を合理的に算定することができないとして、その損金計上が許されないとした事例

 

 

 

【掲載誌】  行政事件裁判例集32巻11号1916頁

 

 

 

について検討します。

 

 

 

主   文

 

  原告の請求をいずれも棄却する。

  訴訟費用は原告の負担とする。

 

       

 

事   実

 

 

第一 当事者の求めた裁判

 一 請求の趣旨

  1 被告が原告に対し昭和五一年一二月二五日付でなした、原告の昭和四九年八月二八日から昭和五〇年一月三一日までの事業年度(以下「第一事業年度」という)の所得金額を二二〇万七七七一円、納付すべき税額を六一万七九〇〇円とする更正処分を取消す。

  2 被告が原告に対し昭和五一年一二月二五日付でなした、原告の昭和五〇年二月一日から昭和五一年一月三一日までの事業年度(以下「第二事業年度」という)の所得金額を五〇八二万八一三八円、納付すべき税額を二〇四三万二四〇〇円とする更正処分のうち、所得金額一七六万六六四六円、納付すべき税額四九万四六〇〇円を超える部分を取消す。

  3 訴訟費用は被告の負担とする。

 二 請求の趣旨に対する答弁

    主文同旨

 

 

第二 当事者の主張

 一 請求原因

  1 原告は自動車部品の販売等を業とする会社である。商品の販売についてはデイレクター、チーフ、インストラクター及びトレーダーなる名称で販売店を区分し販売の指導を行なつており、販売店はその販売実績により右の後者より前者へ昇格する。

 

  2 原告は、第一、第二事業年度分の各法人税につき被告に対し確定申告をしたところ、被告は右各事業年度分につき更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。そこで、原告は右各処分を不服として国税不服審判所長に対し審査請求したが、同所長はこれを棄却する旨の裁決をした(確定申告から審査請求に対する裁決までの経過及びその各内容は別表一の―《第一事業年度分》、2《第二事業年度分》のとおりである)。

 

  3 しかしながら、右各更正処分には、原告の第一事業年度の所得金額は一八万二二二九円の欠損、第二事業年度の所得金額は一七六万六六四六円であるにかかわらず、これを過大に認定した違法があるので、請求の趣旨掲記のとおりその取消を求める。

 

 二 請求原因に対する認否

   請求原因1、2の事実は認め、同3は争う。

 三 被告の主張

   原告の第一、第二事業年度の各所得金額は別表二の1、2のとおりであり、右事業年度分につき被告のなした各更正処分及び過少申告加算税の賦課決定は適法である。

 

 四 被告の主張に対する認否及び反論

  1 被告の主張のうち、第一事業年度につき海外研修料(未使用分)二三九万円を益金に計上してないこと、第二事業年度につき海外研修料(未使用分)六五三万六〇〇〇円を益金に計上してないこと、販売商品サンシヤインパワーの取付費用四二五二万〇四九〇円を預り負担金として損金計上したこと、土地(土地購入の仲介手数料)六〇万円、役員賞与(代表者に対する厚生費)一〇万円を所得金額の算定に際し加算すべきことは認めるが、その余は否認ないし争う。

  2 海外研修料は預り負担金であり、課税さるべきものではない。

  3 商品(サンシヤインパワー)取付費用は法人税法二二条三項一号の売上原価に該当し、本件商品販売時点においてその債務は既に確定している。

 第三 証拠(省略)

 

       

 

 

理   由

 

 

一 請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

 

二 被告が原告の第一、第二事業年度分につきなした各更正処分の適法性について検討する。

 

 1 前記争いのない請求原因1の事実、成立に争いのない乙第一、第二号証、第一一号証、原本の存在と成立に争いのない乙第五号証、証人松下定夫の証言により真正に成立したと認める乙第七号証、証人松下定夫、同汲田滋の各証言及び弁論の全趣旨によれば、

 

 

原告は自動車のエンジン部分に取付けるサンシヤインパワーなる商品(以下「本件商品」という)を販売するものであるが、

 

その形態はさん下の販売店を上位からデイレクター、チーフ、インストラクター及びトレーダーの四階級に区分し、

 

デイレクター、チーフには原告が本件商品を直接販売し、

 

インストラクター、トレーダーは上位の販売店のみから本件商品を購入するものとしてこれを系列化し、

 

新たに販売店になろうとする者あるいは上位の販売店になろうとする者に対しては本件商品の購入と入会金、

 

スポンサー料等の名目による金員支払を義務づけ、

 

一方新たな販売店を勧誘しだ販売店、下位の販売店を昇格させた販売店に対しては前記スポンサー料名目の利得を取得させるというもので、

 

販売店組織の拡大と商品販売高が結びついたいわゆるマルチ商法による販売形態であることが認められ、これに反する証拠はない。

 

 

 

   いわゆるマルチ商法においては、販売店はもとより商品を消費者に販売することにより利益を得ることも可能であるが、

 

前掲第一、第二号証によつても明らかなごとく、販売店の多くは商経験が乏しいうえに商品自体販売困難な商品であること等から、

 

その多額の出資を回収し利益を得るためには、新たな販売店を勧誘し、下位の販売店を昇格させスポンサー料名目の利益を得ることに躍起とならざるを得ない。

 

しかしこれが無限に続けられるものでないことは明らかであり、

 

結局はほとんどの者が破たんをきたすこととなるのである。

 

 

 

   本件商品の販売に関しても同様であり、前掲乙第七号証、成立に争いのない乙第一二号証、証人松下定夫の証言及び同証人の証言により真正に成立したと認める乙第九号証によれば、

 

 

昭和四九年一一月から昭和五一年九月までの間に自動車に実際に取付けられた本件商品の数は販売数の約一一パーセントに過ぎず、そのほとんどは販売店の段階で死蔵又は廃棄されたものと認められるのである。

 

 

 2 前掲乙第五号証、第七号証、第一二号証、成立に争いのない乙第一三号証の一ないし三、第一四号証、証人松下定夫の証言により真正に成立したと認める乙第八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したと認める乙第二四号証及び証人松下定夫、同汲田滋(ただし後記措信しない部分を除く)によれば、

 

 

 

販売店がデイレクターに昇格するには本件商品の購入とスポンサー料の支払の外、

 

原告に海外研修料として一八万二五〇〇円を支払わなければならず、

 

これを支払わない限りはデイレクターに昇格できないこと、

 

右海外研修料について研修不参加の場合の返還や研修実施後余剰の出た場合の清算に関しては何ら定めはなく、

 

実際にも、原告が徴収した海外研修料がその実施した海外研修の費用の支払いにはあてられているものの、

 

不参加者に対する返還や余剰金の清算がなされたことのないことが認められ、

 

証人汲田滋の証言中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

 

 

   右事実によれば、返還義務もなく余剰金の清算もなされない本件海外研修料は、原告の事業活動に基づく収益の性質を有するものであり、法人税法二二条二項にいう益金に算入されるべきものであつて、原告主張のような預り金の性質を有するものではないというべきである。

 

 

   なお、原告が現実に海外研修等を実施したときは、その事業年度において所要額が損金として算定されるのであつて、仮りに右海外研修料が引当金であるとしても、いまだ未確定の債務につき負債(負債性引当金)として損金処理することは、法人税法上許容されていないところである(法人税法二二条三項、法人税基本通達二―一―四参照)。

 

 

 3 原告が第二事業年度につき本件商品の取付費用四二五二万〇四九〇円を預り負担金として損金計上したことは当事者間に争いがなく、右争いない事実、前掲乙第一一号証、成立に争いのない乙第六号証、証人松下定夫、同汲田滋(ただし後記措信しない部分を除く)の証言及び弁論の全趣旨によれば、

 

 

原告は、その指定の取付工場で取付確認カードを提示のうえ本件商品を取付けた場合には、

 

原告が取付費用の半額を負担する旨の約定で本件商品を販売したこと、

 

右により本件商品が取付けられた場合、指定工場は取付確認カードを原告に送付して費用の半額を原告に請求し、

 

原告は右請求により始めて費用の半額を指定工場に支払うこと、

 

 

原告は、販売した本件商品のうち第二事業年度期末現在いまだ取付けがなされていない分についての取付費用の半額分として、

 

四二五二万〇四九〇円を預り負担金として損金に計上したことが認められ、

 

証人汲田滋の証言中右認定に反する部分は措信せず、他に右認定に反する証拠はない。

 

 

 

 

   ところで、原告が損金計上した右取付費用が法人税法二二条三項一号、二号のいずれに該当するものであるかはともかく、

 

 

そのいずれであるにしても、

 

 

右取付費用は当該事業年度終了の日までに債務として確定していなければならないのであり

 

 

(法人税法二二条三項二号、法人税基本通達二―一―四参照)、

 

 

そして右債務の確定ありといいうるためには、当該事業年度の終了の日までに、

 

(一)債務が成立していること、

 

(二)当該債務に基づいて具体的な給付をすべき原因となる事実が発生していること、

 

(三)金額を合理的に算定できること、

 

という三つの要件を全て充たしていなければならない(法人税基本通達ニ―一―一五参照)と解するのが相当である。

 

 

   これを本件についてみるに、

 

原告は、前認定のとおり本件商品が原告の指定工場において取付けられた後同工場からの請求を受けて始めて、取付費用の半額を支払うこととなるのであるから、

 

 

右請求を受けた時点において原告の取付費用に係る債務は確定すると言うべきである。

 

 

これに対し原告は本件商品販売の時点で債務は確定する旨主張するが、

 

 

なるほど右時点において原告が将来取付費用の半額を負担する旨の債務が成立したと認められるとしても、

 

 

原告は前記1認定のとおり本件商品販売につきマルチ商法という特異な販売形態をとつているため、

 

 

本件商品が最終的に消費者にまで売却され取付けられるのはごくわずかであり、

 

原告がデイレクターやチーフに販売した時点で最終的に取付けられることとなるであろう数量を合理的に算定することは不可能と言わざるを得ないのであるから、

 

 

前記(二)及び(三)の要件を充足しないものと認めるのが相当である。

 

   右のとおり原告が損金計上した取付費用四二五二万〇四九〇円は確定した債務と言えず、これを損金計上することは法人税法により禁止されているところである。

 

 

 

 4 以上の認定を基礎として係争事業年度における原告の所得金額を算定する。

 

  (一) 原告の第一事業年度について、海外研修費(未使用分)二三九万円を益金に計上していないことは当事者間に争いがなく、右海外研修費を益金に算入すべきことは前記2のとおりであるから、原告の第一事業年度の所得金額は、別表二の1のとおり二二〇万七七七一円と認められる。

 

  (二) 原告の第二事業年度について、海外研修費(未使用分)六五三万六〇〇〇円を益金に計上していないことは当事者間に争いがなく、これを益金に計上すべきことは前同様であり、商品取付費用については前記3のとおりこれを損金計上することは許されないところ、原告が右四二五二万〇四九〇円を預り負担金として損金計上していることは当事者間に争いがないので、所得金額計算上は右同額を加算すべきである。又繰越欠損金一八万二二二九円については第一事業年度につき前記(一)のとおり欠損を生じないので、所得金額計算上右金額を加算すべきである。

 

    土地六〇万円、役員賞与一〇万円を所得金額算定に際し加算すべきことは当事者間に争いがない。

    第一事業年度の所得金額が前記(一)のとおり認定されたことによる未払事業税一三万二四二〇円を所得金額算定上減算すべきである。

 

    以上によれば、原告の第二事業年度の所得金額は別表二の2のとおり五〇八二万八一三六円と認められる。

 

 5 右の次第で原告の第一事業年度の所得金額を二二〇万七七七一円、第二事業年度の所得金額を五〇八二万八一三六円と認定のうえなした被告の別表一の1、2の各更正処分及び過少申告加算税賦課決定は適法であつて、違法な点はない。

 

三 よつて原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

 

(裁判官 西岡宜兄 紙浦健二 上田昭典)