詐欺未遂被告事件
【事件番号】 福岡高等裁判所判決/平成28年(う)第451号
【判決日付】 平成29年5月31日
【判示事項】 いわゆる「だまされたふり作戦」が実施された宅配便利用の現金送付型の特殊詐欺事案において、被告人が結果不発生の確定した後に意思を通じた受領者であることを理由として詐欺未遂罪の承継的共同正犯の成立を否定した第一審無罪判決が、控訴審において、事実誤認を理由として破棄されて承継的共同正犯の成立が認められ、有罪とされた事例
【参照条文】 刑法246-1
刑法250
刑法60
刑事訴訟法382
刑事訴訟法397-1
刑事訴訟法400ただし書
【掲載誌】 判例タイムズ1442号65頁
について検討します。
主 文
原判決を破棄する。
被告人を懲役3年に処する。
この裁判が確定した日から5年間,その刑の執行を猶予する。
原審における訴訟費用は,被告人の負担とする。
理 由
第1 事案の概要と原判決の要旨等
1 本件公訴事実の要旨は,被告人が,氏名不詳者らと共謀の上,当時84歳の女性(以下,「被害者」と表記することがある。)が宝くじに必ず当選する「特別抽選」に選ばれて当選金を受け取れると誤信しているのに乗じて,同人から現金を騙し取ろうと考え,平成27年3月16日頃,同人に対して,真実は同人が「特別抽選」に選ばれたことがなく,違約金を支払う必要もないのに,Aを名乗る氏名不詳者が,電話で,今回の特別抽選はなくなり297万円の違約金を支払わないといけなくなった,半分の150万円を準備できますかなどと嘘を告げて現金150万円の交付方を要求し,被害者を誤信させ,大阪市城東区内所在の空き部屋に現金120万円を配送させて被告人が受け取る方法によって現金を騙し取ろうとしたが,警察官に相談をした被害者が嘘を見破り,現金が入っていない箱を発送したために未遂に終わった,というものである。
2 本件では,Aと名乗る氏名不詳者が,平成27年3月16日頃(以下,特に記載しない限り日付は同年中のものである。),被害者に公訴事実記載の欺罔文言を告げたこと(以下「本件欺罔行為」という。),その後被害者が嘘を見破り,現金が入っていない箱を指定の場所に発送したこと,被告人が,同月25日,公訴事実記載の空き部屋(以下「本件受領場所」という。)で,被害者から発送された荷物(以下「本件荷物」という。)を受領したことには争いがなく,証拠上も認定することができる。
原審における検察官の主張は,
第1に,被告人は,本件欺罔行為よりも前の時点でそれを行った氏名不詳者ら(以下「本件共犯者」と総称する。)と詐欺の共謀を遂げており(以下この意味の共謀を「事前共謀」という。),
受領役を引き受けたことから詐欺の故意も認められるというもの,
第2に,事前共謀が認められないとしても,本件荷物を受領した時点では詐欺の共謀及び故意が認められ,
被害者が嘘を見破っていたことは犯罪の成否には影響しないというものであり,いずれにしても詐欺未遂罪が成立するとしている。
これに対する弁護人の反論は,
事前共謀も詐欺の故意も認められない,被告人が本件荷物の受領を依頼された段階では欺罔行為が終了していた上に,被害者は既に嘘を見破り,警察官の提案する「騙されたふり作戦」に協力していたのであるから,
被告人は犯行に寄与していないというものであり,いずれにしても被告人は無罪であると主張している。
原判決は,事前共謀の成立を認めず,被告人が共謀・加担したのは本件欺罔行為より後の時点であるから,承継的共同正犯の成否が問題となるとした上で,本件荷物は被害者が「騙されたふり作戦」として発送したものであるから,その受領は詐欺の実行行為には該当せず,被告人が詐欺の結果発生の危険性に寄与したとはいえないなどと判示して,被告人を無罪とした。
第2 控訴の趣意
本件控訴の趣意は,検察官吉田誠治作成の控訴趣意書に記載のとおりであるから,これを引用する。
論旨は事実誤認の主張であり,
第1に,事前共謀が成立していたことは優に認定できる,
第2に,共謀の時期について原判決の認定を前提とし,本件を承継的共同正犯の問題と捉えたとしても,
「騙されたふり作戦」は詐欺の結果発生の危険性を判断する基礎事情とはなりえず,
本件荷物の受領は詐欺の実行行為に該当するから詐欺未遂罪が成立する,というのである。
これに対する弁護人の答弁は,検察官の論旨は理由がないというものである。
以下では,上記の主張毎に当裁判所の判断を示す。
第3 事前共謀の有無について
検察官は,遅くとも3月16日より前には,被告人と本件共犯者との間において「包括的な事前共謀」が成立していた旨主張し,その根拠として,
①本件のような手口の詐欺では被害金の受領役を欺罔行為の前に常時用意しておく必要があること,
②被告人が本件以前にも本件共犯者からの指示で同種の受領行為に及んでいたこと,
③被告人の所持品によれば,被告人と本件共犯者が緊密に連絡を取り合っていたと認められること,
④被告人は同種の受領行為により報酬を得ており,受領役として本件共犯者に雇われていたと認められること等を指摘する。
そこで検討する。
まず①の点については,たしかに本件共犯者にとって受領役を手配する必要は認められるものの,予め用意しておいた送付先に被害金を発送させ,受領役はその都度確保するという手順も考えられ,本件でその可能性を否定すべき事情も見当たらないから,犯行の手口によって事前共謀が推認できるとはいえない。
次いで②ないし④の点についてみると,本件以前にも本件共犯者から依頼されて同種の受領行為に及び,その報酬を得ていたことは被告人の自認するところであり,
当審における事実取調べの結果によれば,緊密というかはともかく,被告人と本件共犯者が連絡を取り合っていたことも認められる。
ただし,証拠により確認できる受領行為の時期はいずれも3月以降で,件数も数回程度に留まっている。
被告人は,本件共犯者の依頼を引き受けるか否かを自身の都合で決めていた旨を述べるところ,これを信用できるかはともかく,虚偽として排斥する程の根拠もない。
そうすると,この程度の事情から,被告人が本件共犯者との関係で継続的に受領役を担うという包括的な事前共謀があったと推認することは困難といわざるを得ない。
検察官は,原判決が被告人と本件共犯者の間に指揮命令系統や一定の行動準則があったとまでは認められないとして「詐欺を行うことについて組織化されていたとはいえない」旨述べた点を論難し,
本件が組織的犯行であることは明白であるという。
しかし,その判示部分は犯行全体の組織性を否定したわけではなく,被告人につき「包括的な事前共謀」が認められる,
即ち,それ以降の同種犯行については個別の関与がなくとも共犯者としての責任を問えるとするには,被告人が指揮命令系統に組み込まれているなどの事情が必要と解すべきところ,
証拠上そこまでの関係性は認められないという趣旨の説示と理解すべきものである。
もとより正当な判示であり,所論は採用できない。
以上によれば,検察官の主張する事前共謀を認めることはできない。
ところで,検察官は,事前共謀が認められないとしても,共謀の成立時期を3月24日午前10時35分以降とした原判決の認定は誤りで,より早い段階から本件荷物の受領についての共謀があったという。
原判決の認定は,被害者がAに本件荷物の伝票番号を伝えた時刻を基準にしているところ,
それ以前の会話により被害者を騙せたと考えていたAないし本件共犯者が,
伝票番号を聞く以前に被告人を受領役として手配した可能性はある(伝票番号等が特定されてから依頼を受けたとする被告人の供述は必ずしも信用できない。)から,
たしかに上記認定は不正確ともいえるが,さりとて,最終の欺罔行為(上記日時の通話)より前に共謀が成立したと確実に認定できるわけではなく,結局,問題の状況に変わるところはない。
第4 承継的共同正犯の成否について
1 原審及び当審における弁護人の主張は,本件欺罔行為の以後についてみても被告人に詐欺の故意はなく,本件共犯者との共謀もないという趣旨と解されるので,先にこの点を確認すると,
被告人は,後難を恐れて名前を明らかにできない知人の依頼により,空き部屋に送られてくる荷物を偽名で受領し,それを上記知人に渡すという役割を引き受けて報酬を約束され,
現に本件受領場所において偽名で本件荷物を受領したものである。
かかる特異な依頼内容等に照らせば,被告人は,それが詐欺の被害金を受け取る役割である可能性を十分認識していたと認められるから,
少なくとも未必的な故意に欠けるところはなく,受領の時点では本件共犯者との共謀が成立していたことも認定できる。
2 他方,本件では,被告人と本件共犯者との共謀が最終の欺罔行為に先立って成立していたことを認めるだけの証拠はないから,
被告人は,詐欺罪における構成要件該当事実のうち財物交付の部分のみに関与したという前提で犯罪の成否を検討せざるを得ない。
したがって,問題は,
①財物交付の部分のみに関与した被告人につき,いわゆる承継的共同正犯として詐欺罪の成立を認めうるか,
②認めうるとして,「騙されたふり作戦」が実行されたことが同罪の成否に影響するか,の2点ということになる。
3 先ず,①の点についてみると,このような時期・方法による加担であっても,先行する欺罔行為と相俟って,財産的損害の発生に寄与しうることは明らかである。
また,詐欺罪における本質的な保護法益は個人の財産であって,欺罔行為はこれを直接侵害するものではなく,錯誤に陥った者から財物の交付を受ける点に,同罪の法益侵害性があるというべきである。
そうすると,欺罔行為の終了後,財物交付の部分のみに関与した者についても,本質的法益の侵害について因果性を有する以上,詐欺罪の共犯と認めてよいし,その役割の重要度等に照らせば正犯性も肯定できる。
次に②の点をみる。原判決は,被害者が詐欺を見破って「騙されたふり作戦」に協力した結果,本件欺罔行為と被告人による本件荷物の受領との間には因果関係が認められず,被告人が詐欺罪の結果発生の危険性に寄与したとはいえなくなるから,同罪は成立しないという。
そして,その危険性を判断するに際しては,「犯人側の状況と共に,それに対応する被害者側の状況をも観察し得る一般人」を想定した上,そのような一般人の認識内容を基礎とするという基準を設けるのである。
しかし,この危険性に関する原判決の判断は是認することができない。
本件では,被告人が加担した段階において,法益侵害に至る現実的危険性があったといえるか,換言すれば,未遂犯として処罰すべき法益侵害の危険性があったか否かが問題とされるところ,
その判断に際しては,当該行為時点でその場に置かれた一般人が認識し得た事情と,
行為者が特に認識していた事情とを基礎とすべきである。
この点における危険性の判定は規範的観点から行われるものであるから,一般人が,その認識し得た事情に基づけば結果発生の不安感を抱くであろう場合には,法益侵害の危険性があるとして未遂犯の当罰性を肯定してよく,敢えて被害者固有の事情まで観察し得るとの条件を付加する必然性は認められない。
そうすると,本件で「騙されたふり作戦」が行われていることは一般人において認識し得ず,被告人ないし本件共犯者も認識していなかったから,
これを法益侵害の危険性の判断に際しての基礎とすることは許されない。
被告人が本件荷物を受領した行為を外形的に観察すれば,詐欺の既遂に至る現実的危険性があったということができる。
そして,被告人に詐欺の故意,本件共犯者との共謀及び正犯性が認められることはいずれも前記のとおりであり,被告人については詐欺未遂罪の共同正犯が成立する。
これを認めなかった原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があり,破棄を免れない。
第5 破棄自判
そこで,刑訴法397条1項,382条によって原判決を破棄し,同法400条ただし書を適用して,更に次のとおり判決する。
(罪となるべき事実)
被告人は,氏名不詳者らと共謀の上,B(当時84歳)が,数字選択式宝くじであるロト6に必ず当選する「特別抽選」に選ばれたことによって当選金を受け取ることができると誤信しているのに乗じ,同人から現金を騙し取ろうと考え,平成27年3月16日頃,福岡県大野城市ab丁目c番d号の上記B方にいた同人に対し,真実は,同人が「特別抽選」に選ばれた事実はなく,契約に違反した事実も違約金を支払う必要もないのに,これらがあるように装い,「C株式会社のA」を名乗る氏名不詳者が,電話で,「Bさんの100万円が間に合わなかったので,立て替えて100万円を私が払いました」「Bさんじゃない人が送ったことがD銀行にばれてしまい,今回の特別抽選はなくなりました。不正があったので,D銀行に297万円の違約金を支払わないといけなくなりました。違約金を払わないと今度の抽選にも参加できないので,半分の150万円を用意できますか」などと嘘を言って現金150万円の交付方を要求し,上記Bをして,違約金を支払う必要があり,違約金を支払えばロト6に必ず当選する「特別抽選」に参加できるなどと誤信させ,大阪市城東区ef丁目g番h号i号室の空き部屋に,上記Aを名乗る氏名不詳者との間で合意した現金120万円を配送させて,被告人が,その受取人であるEのふりをして配送業者から受け取る方法により,現金を騙し取ろうとしたが,警察官に相談した上記Bが嘘を見破り,現金が入っていない箱1個を発送したため,その目的を遂げなかったものである。
(法令の適用)
罰条 刑法60条,250条,246条1項
刑の執行猶予 刑法25条1項
訴訟費用の負担 刑事訴訟法181条1項本文(原審につき)
(量刑の理由)
本件は,高齢の被害者から現金を騙し取ろうとした事案である。複数名が計画的,組織的に敢行したいわゆる特殊詐欺であり,犯情には悪質なものがある。被告人は,詐取金の受領役として犯行に不可欠な役割を担っており,昨今社会問題化しているこの種の詐欺に報酬欲しさから安易に関与した点でも非難に値する。異種とはいえ複数の前科があり,執行猶予期間満了後さしたる期間を経過していない点も考慮すると,実刑を選択することも十分に考えられるところである。
しかしながら,他方,本件で送金させようとした現金は同種事犯との比較において多額とまではいえないし,被告人は主導的立場にあったとはいえず,組織の一員として職業的に犯行に及んだと認定できる証拠もない。また,被害者が詐欺を看破していた経緯は,犯罪の成否の判断に際しては捨象されるものの,量刑上は,法益侵害の危険性の程度に関する事情として考慮する余地がある。
以上を総合すると,本件では刑の執行を猶予することもやむを得ないと判断した。
(原審における求刑:懲役3年)
平成29年5月31日
福岡高等裁判所第3刑事部
裁判長裁判官 鈴木浩美
裁判官 岩田光生
裁判官 岡田龍太郎