所得税法違反被告事件
【事件番号】 最高裁判所大法廷判決/昭和31年(あ)第1071号
【判決日付】 昭和37年2月28日
【判示事項】 所得税法第38条、第69条の3(いずれも昭和27年3月30日法律第53号による改正前のもの)は憲法第14条第1項、第18条、第29条第1項、第3項に違反するか
【参照条文】 所得税法(昭和27年3月30日法律53号による改正前のもの)38
所得税法(昭和27年3月30日法律53号による改正前のもの)69の3
憲法14-1
憲法18
憲法29-1
憲法29-3
憲法30
憲法84
【掲載誌】 最高裁判所刑事判例集16巻2号212頁
について検討します。
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
弁護人太田常雄の上告趣意第一点について。
論旨第一は、所得税法中源泉徴収に関する規定は全部憲法二九条に違反する、と主張する。
しかし憲法三〇条は、「国民は、法律の定めるところにより、納税の義務を負ふ」ことを宣言し、同八四条は、「あらたに租税を課し、又は現行の租税を変更するには、法律又は法律の定める条件によることを必要とする」と定めている。
これらの規定は担税者の範囲、担税の対象、担税率等を定めるにつき法律によることを必要としただけでなく、税徴収の方法をも法律によることを要するものとした趣旨と解すべきである。
税徴収の方法としては、担税義務者に直接納入させるのが常則であるが、税によつては第三者をして徴収且つ納入させるのを適当とするものもあり、実際においてもその例は少くない。
給与所得者に対する所得税の源泉徴収制度は、これによつて国は税収を確保し、徴税手続を簡便にしてその費用と労力とを節約し得るのみならず、担税者の側においても申告、納付等に関する煩雑な事務から免かれることができる。
また徴収義務者にしても、給与の支払をなす際所得税を天引しその翌月一〇日までにこれを国に納付すればよいのであるから、利するところ全くなしとはいえない。
されば源泉徴収制度は、給与所得者に対する所得税の徴収方法として能率的であり、合理的であつて、公共の福祉の要請にこたえるものといわなければならない。
これすなわち諸国においてこの制度が採用されているゆえんである。
かように源泉徴収義務者の徴税義務は憲法の条項に由来し、公共の福祉によつて要請されるものであるから、この制度は所論のように憲法二九条一項に反するものではなく、また、この制度のために、徴税義務者において、所論のような負担を負うものであるとしても、右負担は同条三項にいう公共のために私有財産を用いる場合には該当せず、同条項の補償を要するものでもない。
論旨第二は、所得税法中源泉徴収に関する規定は憲法一四条に違反し無効である、と主張する。
そして論旨は先ず勤労所得者が事業所得者に比して徴税上差別的取扱を受けることを非難するが、租税はすべて最も能率的合理的な方法によつて徴収せらるべきものであるから、
同じ所得税であつても、所得の種類や態様の異なるに応じてそれぞれにふさわしいような徴税の方法、納付の時期等が別様に定められることはむしろ当然であつて、それ等が一律でないことをもつて憲法一四条に違反するということはできない。
次に論旨は、源泉徴収義務者が一般国民に比して不平等な取扱を受けることを論難する。
しかし法は、給与の支払をなす者が給与を受ける者と特に密接な関係にあつて、徴税上特別の便宜を有し、能率を挙げ得る点を考慮して、これを徴税義務者としているのである。
この義務が、憲法の条項に由来し、公共の福祉の要請にかのうものであることは、すでに論旨第一について上述したとおりである。
かような合理的理由ある以上これに基いて担税者と特別な関係を有する徴税義務者に一般国民と異なる特別の義務を負担させたからとて、これをもつて憲法一四条に違反するものということはできない。
論旨第三は、所得税法中源泉徴収に関する規定は憲法一八条に違反し無効である、と主張する。しかし源泉徴収義務者の徴税事務に伴う負担をもつて、所論のように、苦役であり奴隷的拘束であると主張するのは明らかに誇張であつて、あたらないこと論をまたない。
以上述べたところによつて明らかなように、所得税法中源泉徴収に関する規定は違憲無効であるとの各主張はいずれも理由がない。従つてこれ等の規定を合憲として適用した原判決は正当であつて、論旨は採用できない。
同第二点について。
論旨第一及び第二は単なる法令違反の主張であつて適法な上告理由とならない。
論旨第三は、原審において主張判断を経ない第一審の訴訟手続につき違憲及び訴訟法違反を主張するものであつて適法な上告理由とならない。
論旨第四は事実誤認の主張であつて、これまた上告適法の理由とならない。
なお記録を調べても刑訴四一一条を適用すべき事由は認められない。
よつて刑訴四〇八条により裁判官全員一致の意見をもつて主文のとおり判決する。
昭和三七年二月二八日
最高裁判所大法廷
裁判長裁判官 横田喜三郎
裁判官 斎藤悠輔
裁判官 藤田八郎
裁判官 河村又介
裁判官 入江俊郎
裁判官 池田 克
裁判官 垂水克己
裁判官 下飯坂潤夫
裁判官 奥野健一
裁判官 高木常七
裁判官 石坂修一
裁判官 山田作之助