租税法規の立法と憲法14条違反及び遡及効

 

 

特別土地保有税決定処分取消請求事件

 

 

【事件番号】 大阪高等裁判所判決/昭和52年(行コ)第5号

 

【判決日付】 昭和52年8月30日

 

【判示事項】 地方税法の特別土地保有税に関する規定と憲法第14条

 

【参照条文】 憲法14

       地方税法585

       地方税法593

       地方税法595

 

【掲載誌】  高等裁判所民事判例集30巻3号217頁

 

 

について検討します。

 

 

 

 

主   文

 

  本件控訴を棄却する。

  控訴費用は原告の負担とする。

 

       

 

事   実

 

(原判決主文要旨)

  原告の請求をいずれも棄却する。

(請求の趣旨)

一 第三八号事件

  被告が原告有年成晃に対し、昭和(以下略す)五〇年五月三一日通知をもつてなした原判決別紙一の(一)記載の土地の四九年度特別土地保有税(保有分)を二万○七三〇円とする決定処分を取消す。

 二 第二七号事件

    被告が原告選定当事者及び選定者ら(以下原告らという)に対し、五一年三月二二日通知をもつてなした同一の(一)、(二)記載の土地(以下(一)の土地又は(二)の土地という)の五〇年度特別土地保有税(保有分)を三万九〇〇〇円とする決定処分を取消す。

 (不服の範囲)

  原判決全部。

 (当事者の主張)

  次の付加をするほか、原判決事実摘示のとおりである。

一 当審における原告の付加主張

 被告は、特別土地保有税(以下、ときに保有税という)は土地の投機的取得の抑制、土地の安定供給の増大等を目的とする合理的立法であるというが、右趣旨どおりとすれば課税対象土地は住宅建設の用に供しうる土地に限定されるべきところ、日本全土のうち宅地又は宅地化可能の土地は極めて少く、したがつて課税対象たるべき土地は全土地のうちの極めて一部分にすぎない。しかるに保有税に関する地方税法にはかかる制限的規定が設けられておらず、そのため本件各土地のような山中の傾斜地で水道・電気その他の設備がなく、現在はもちろん将来も宅地化される見込みのない「山林」にまで保有税が課されている。すなわち、本来の立法目的からかけ離れ、課説対象となりえない土地にまで課税が及ぶような立法は極めて非合理かつ不平等であつて、憲法一四条に違反するものというべきである。

二 右に対する被告の認否

  右主張は争う。

(証 拠)(省略)

 

       

 

理   由

 

 

一 以下の事実は当事者間に争いがない。

1 原告は四八年六月頃(一)の土地を買受けて所有権を取得し、五〇年一月一日当時においては原告らが(一)及び(二)の土地を共有していた。

2 被告が五〇年五月一九日原告に対し、(一)の土地について四九年度の保有税(保有分)を二万〇七三〇円とする決定処分をなし、同月三一日原告にその旨通知した。原告はこれを不服として同年六月一八日神戸市長に対して審査請求をしたが、同市長は同年八月一八日審査請求棄却の裁決をなし、同月二三日原告にその旨通知した。

3 被告が五一年三月二二日原告らに対し、本件(一)及び(二)の土地について五〇年度の保有税(保有分)を三万九〇〇〇円とする決定処分をなし、同日原告らにその旨通知した。原告らはこれを不服として同年四月三〇日神戸市長に対して審査請求をしたが、同市長は同年七月八日審査請求棄却の裁決をなし、同月一〇日原告らにその旨通知した。

二 原告は、保有税に関する地方税法五八五条ないし六二〇条の規定は憲法一四条に違反するから無効であり、したがつて本件各土地に対する被告の右決定処分も効力を有しないと主張する。

 

 

 

 

1 特別土地保有税創設の趣旨

 

(一) 租税法規の立法にあたつては、経済の動向、所得ないし富の再分配、国民生活の状況、当時の財政、経済、社会政策等もろもろの要素を総合考慮して定められるべきであり、したがつてその具体的内容の決定は、これを任とする立法府の合目的的な裁量に委ねられ、裁判所も右裁量を一応尊重すべき建前である。

 

 

しかしながら、具体的な租税法規の立法目的及び目的達成のための手段が不平等、不均衡であつて、その程度が国民の正義公平観念に照らし、とうてい容認できない程度に著しく、明らかに不合理と認められるときは、当該規定は憲法一四条に違反するものとしてその効力を否定することができる。

 

しかして、右程度に至らない不平等、不均衡は、立法政策上の当、不当の問題は残るとしても、直ちに違憲の問題にはならないと解すべきである。

 

 

(二) そこで特別土地保有税についてみるに、同税は次のような背景と目的のもとに創設されたものと認められる。

 

 

  すなわち、国は四四年度土地税制の改正により、個人の長期保有土地にかかる譲渡所得を時限的に負担の軽い分離比例税率に改め、もつて大規模な土地供給の促進を図つたが、

 

分離軽課措置によつて放出された土地が有効利用に直結せず、四六年以降の金融緩和の影響もあつて法人等の土地への投資を助長し、

 

法人等の投機的買占め、土地の留保、これに基づく地価の上昇が顕著になつた。

 

 

そこでこれらに対する規制措置をとるべき社会的要請が高まり、政府は各般の総合的土地政策をとると共に税制上も何らかの措置を講ずることとし、税制調査会の答申に基づいて、四八年度税制改正において次のような措置をとつた。

 

 

すなわち、最近に取得した土地の値上り益の吸収を通じて四四年度の土地税制改正の効果の補完を図るとともに、

 

今後の投機の抑制を狙いとして、法人の土地譲渡益に対し、国税として通常の法人税とは別に二〇パーセントの税率による課税を上積みする重課制度をとり、

 

個人の不動産業者等の土地譲渡益についても重課することとした。

 

 

そして同じく土地の取得抑制、供給促進、地価抑制等を目的として土地の保有及び取得に対して課する特別土地保有税を創設することとしたが、

 

課税対象の把握容易等の点から右は地方税として実施されることとなり、

 

右政策目的に照応して保有税の課税対象となる土地の範囲、課税標準、免税点、税率などが定められたものである。

 

 

 

2 原告の憲法一四条違反の主張について

 

 

(一) 原告は、保有税が四四年一月一日以降に取得した土地を課税対象とし、それ以前に取得した土地を課税対象とせず(地方税法五八五条三項)、取得の時期によつて異る取扱いをするのは極めて不平等であると主張するが、

 

前記土地税制改正の経緯、保有税創設の目的、特に保有税を含めた四八年度土地税制が四四年度土地税制(四四年一月一日から施行)の効果を補完するためのものであることからして、

 

保有税(保有分)の課税対象を四四年一月一日以後に取得した土地(ただし一定面積以上の土地)と定めたことには合理的理由があり、違憲とするにあたらない。

 

 

 

(二) 原告は、土地の取得価格をもつて保有税の課税標準とすること(同法五九三条一項)は、同一の土地であつても取得価格の高低によつて税額に差異が生ずることになり、

 

また取得時期が異れば取得価格、ひいては税額に差異を来すことになつて不平等であると主張するので考えるに、

 

課税標準を固定資産税のように土地の評価格に求める方法もあるが、既述のように保有税は、

 

異常な地価形成原因の一つである土地の管理費用を無視した過大な買値による土地取引を抑制し、

 

土地供給の促進等を図ることを目的とした政策税制であるから、

 

右目的に則すれば実際の取引価格を課税標準とする方が、より適当と考えられるのであつて、

 

右課税標準の定めに何ら不合理は認められない。

 

 

その結果、取得価格の高低、取得時期の相違等によつて税額が異ることがあるのは当然であり、

 

また、取得価格の高低は一般に担税力の大小をあらわすものと考えられるから、原告主張のような不平等があるとは認めがたい。

 

 

 

(三) 原告は、市町村の区域の区分によつて保有税の免税点(基準面積)に相異を設けている(同法五九五条)のは不合理、不平等であると主張するが、

 

土地の投機的取得の抑制等を目的とする保有税の創設趣旨からすれば、投機対象となるような一定規模以上の土地を課税対象とするのが相当である。

 

しかして、土地取引の規模又は形態はその土地の所在する地域によつて異り、比較的小面積の宅地等が主要な取引対象である大都市と、比較的広大な面積の山林原野等が取引対象となる地方町村とでは、その取引価格、用途等に差異があり、

 

同法五九五条が保有税の免税点(基準面積)を三段階に区分したのは右相違を考慮したものと認められるのであつて、

 

右のような区分をすることには合理的理由があるというべきである。

 

 

そして、具体的な免税点は、指定都市等においては公有地の拡大の推進に関する法律四条により土地譲渡につき知事への届出を必要とする面積二〇〇〇平方メートルを基準とし、都市計画区域を有しないその他の市町村においてはその五倍の一万平方メートルを基準とし、都市計画区域を有する市町村においては、ほぼこの中間の五〇〇〇平方メートルを基準としたものと認められるのであつて、右基準が著しく不合理なものとはたやすく認めがたい。

 

 

 もつとも、原告主張のように指定都市等の区域の中にも辺ぴ、未開発で比較的地価の安い土地があり、他方都市計画区域を有しない市町村の区域にも相当高価な土地があるものと推認され、

 

したがつて、取引価格が同額であつても取引対象たる土地の所在いかんによつて保有税の課税適用が異る不均衡はありうる。

 

しかし、保有税が課税対象の下限を土地の規模、面積によつて(取引価格によらないで)画しており、

 

かつ右方法が大規模土地の投機的取得の抑制等を図る保有税の立法趣旨にそうものである以上、右述の結果はとうてい容認しがたいほどの不均衡とはいえない。

 

 

(四) 原告は、土地と家屋はともに不動産であるのに、保有税が土地のみに課せられ家屋に課せられないのは不平等であると主張するが、家屋について投機的取得を抑制すべき社会的要因は何ら見当らないから、保有税が家屋を対象としなかつたのは当然のことである。土地と家屋がともに不動産であるからといつて、合理的理由もなく同一の取扱いをすべきいわれはない。

 

 

(五) 次に原告は、保有税の課税対象土地は宅地又は宅地化可能の土地に限られるところ、保有税に関する規定には右の限定がなされていないため、宅地化不可能の山林等にも課税され、極めて不平等かつ非合理な結果をもたらし違憲であると主張する。

 

思うに、保有税は前示のように土地の投機的取得の抑制、安定供給、地価高騰の抑制等を意図して設けられたものであるが、投機的取得の対象は必ずしも現に宅地であり又は近い将来宅地化可能な土地に限られるものではないし、

 

一定規模以上の土地を同一人が取得し、引き続き保有することは地価の高騰に影響するところがある等の点から、

 

保有税は土地の地目、現況、利用状況等によつて区別することなく、

 

土地一般(固定資産税の課税対象である土地、不動産取得税における土地と同じ)の取得、保有に対し課税することとしたものと解するのが相当である。

 

したがつて、原告の右主張はその前提において失当であり、採用できない。

 

 

 

 以上の次第であつて、保有税が、取得時期により対象土地を定め、取得価格をもつて課税標準とし市町村の区域区分によつて免税点を異にし、また、家屋を対象とせず土地のみを対象とし、更に宅地化の見込のない山林等をも対象としていることは、いずれも相当の理由があつて、これをもつて不合理、不平等の課税ということができなく地方税法の保有税に関する規定が憲法一四条に違反するとの原告の主張は、いずれも採用することができない。

 

 

三 次に原告らは、保有税に関する規定が施行されたのは四八年七月一日であるのに、その前である四四年一月一日以後に取得して保有する土地について保有税を課するのは法律不遡及の原則に違反すると主張する。

 

しかし、刑罰法規については憲法三九条によつて事後法の制定が禁止されているが、民事法規については法律不遡及の原則は解釈上の原則であつて、憲法は遡及効を認める立法を禁ずるものではない。

 

 

保有税(保有分)に関する規定は、既述のように四四年度税制改正の効果を補完する意図のもとに創設されたのであるから、遡及効を認める合理的理由が存し、違憲無効とはいえない。

 

 

  よつて、原告の右主張も理由がない。

 

四 してみると、原告の本訴請求を棄却した原判決は相当であつて、本件控訴は失当として棄却を免れない。

 よつて、控訴費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

 

(裁判長裁判官 前田覚郎 裁判官 藤野岩雄 裁判官 中川敏男)