県民税・市民税遡及事件

 

 

県民税・市民税賦課処分取消請求控訴事件

 

 

【事件番号】 名古屋高等裁判所判決/昭和54年(行コ)第4号

 

【判決日付】 昭和55年9月16日

 

【判示事項】

 

1、普通地方公共団体の長のした専決処分に地方自治法179条1項所定の要件を欠く瑕疵があっても、後に議会の承認があれば右瑕疵は治癒されるとした事例

      

2、市条例を改正して市民税の均等割税額を増額し、これを当該年の1月1日に遡及して適用することが、憲法84条に反しないとされた事例

 

【掲載誌】  行政事件裁判例集31巻9号1825頁

 

 

について検討します。

 

 

 

主   文

 

 本件控訴を棄却する。

 控訴人が当審において追加した予備的請求は、これを却下する。

 当審における訴訟費用は、控訴人の負担とする。

 

       

 

事   実

 

 

 控訴代理人は、

一1 原判決を取消す。

 2 被控訴人三重県知事が昭和五一年五月一〇日控訴人に対してなした、昭和五一年度個人均等割県民税金三〇〇円の賦課処分を、取消す。

 3 被控訴人津市長が昭和五一年五月一〇日控訴人に対してなした、昭和五一年度個人均等割市民税金一二〇〇円の賦課処分を、取消す。

 

 4(予備的請求)

  仮に右2項が認容されないときは、被控訴人津市長が昭和五一年五月一〇日控訴人に対してなした昭和五一年度個人均等割県民税金三〇〇円の賦課処分を、取消す。

 5 訴訟費用は第一・二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人ら代理人は主文と同旨の判決を求めた。

 当事者双方の主張と証拠関係は、左記のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同じであるから、これを引用する(ただし、原判決六丁表初行に「一一日」とあるのを「一〇日」と改める。)。

 

 

 

一 控訴人の主張

 1 地方公共団体は、憲法上一定の範囲において、法律によつても不可侵の、固有の財政権を有する。租税条例主義は、右財政権の一環として捉えられる。

 

   ところで、昭和五一年度の住民税の賦課期日は、同年一月一日なのであるから、税率を含む租税要件は同日まで、遅くとも同年度の初日である昭和五一年四月一日には、条例をもつて納税者に示されていなければならないのである。

 

  2 改正市条例の専決処分は、市民に負担を強いる税の賦課徴収に関するものであるうえ、地方自治法一七九条一項に違反しており、かつ、法規を遡及適用するものであつて、その瑕疵は重大であるから、後に市議会の承認があつても、治癒されない。

 

   なお、法規の遡及適用による不利益がたとえ極小額であつても(もつとも、改正市条例による負担増は、多くの低所得者にとつては、極小額といえないし、前年度のそれと比較すると、暴騰といわざるをえないものである。)、納税者に不利な遡及は一切許さず、また、歳入を伴う案件といえども、その条例化にあたつては、予算上の措置を講ずるのが、憲法上の租税条例主義の要請というべきである。

 

 

 

二 被控訴人らの主張

 

 1 控訴人の予備的請求は、控訴人が当該賦課処分についての異議申立に対する決定があつたことを知つた日から三か月以内に提起されていないので、不適法である。

 

 2 憲法八四条は、租税法規の適用を遡及するか否かをも、法律によつて定めうる趣旨と解すべきである。

 たとえそうでないとしても、本件の賦課処分は、昭和五一年四月二二日に成立した改正市条例に基づき、同年四月一日から始まる年度の市民税について、同年五月一〇日になされたのであるから、改正市条例が同年一月一日あるいは四月一日に遡って適用されたわけではない。

 

三 当審における証拠関係(省略)

 

       

 

 

理   由

 

 

 本件につき更に審究した結果、当裁判所も原審と同じく、控訴人の被控訴人三重県知事に対する訴は却下すべく、被控訴人津市長に対する第一次請求はこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、左記のとおり付加するほか、原判決が詳細に説示するところと同じであるから、これをすべて引用する。

 

 

 租税債権債務関係を成立させるために必要な要件、すなわち課税要件の確定は、法律の定めるところによつてなされるのであるが(地方自治法二二三条・地方税法二条)、

 

地方税法は、個人の道府県民税・個人の市町村民税・固定資産税・都市計画税などについては、「賦課期日」として一定の日を定め、この日をもつて課税要件事実の存否・内容を決定すべきものとしている(地方税法三九条・三一八条・三五九条・七〇二条の五)。

 

右の賦課期日という制度は、地方税法独自のものであるが、これは、地方税においては国税と異なり、その賦課徴収権の帰属団体を特定するうえにおいて、納税義務の成立時期が重要な意味を持つことが大きな理由であると解される(ちなみに国税の納付義務の成立・確定については、国税通則法一五条参照)。

 

 

 ところで、前述した各税の賦課期日は、いずれも「当該年度の初日の属する年の一月一日」とされているのであるから、もともと当該会計年度(地方自治法二〇八条参照)には属しない日であるうえ、本件で争われている個人の市町村民税の均等割のごときは、年額をもつて定められるので、賦課期日における課税標準が問題となる余地はないわけである。

 

 

 

 

 しかも、右均等割の税率は、具体的には条例によつて定められるものの(地方税法三条)、

 

条例の定めは通常、標準税率によるべきものとされているのである(地方税法一条一項五号)。

 

そして、本件で争われている昭和五一年度の個人市町村民税の均等割の標準税率を定めた地方税改正法が、

 

同会計年度より前の昭和五一年三月三一日に成立したことは既述(引用部分)のとおりであつて、改正市条例は、右の標準税率にそのまま従つたものにほかならないのである。

 

 

 このように考えてくると、現に進行中の年度の中途において均等割の税率を定めた条例を改め、これを当該年度に適用することは、たとえそれが納税義務者に不利な変更であつたとしても、憲法八四条の規定に適合しないとはいえないと解するのが相当である。

 

 なお、本件賦課処分についての異議申立に対する決定が昭和五一年八月四日なされていることは、控訴人の自認するところであるから、当審における昭和五五年二月二一日の口頭弁論期日においてあらたに追加された控訴人の予備的請求は、行政事件訴訟法一四条の規定に適合しないものであつて、不適法として却下を免れない。

 よつて、原判決は相当であるから、民訴法三八四条に従い本件控訴を棄却し、控訴人の予備的請求はこれを却下することとし、当審における訴訟費用の負担につき同法九五条・八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 村上悦雄 吉田 宏 春日民雄)