自動車税減免申請

 

 

自動車税減免申請却下処分取消等請求事件

 

 

【事件番号】 最高裁判所第3小法廷判決/平成21年(行ヒ)第52号

 

【判決日付】 平成22年7月6日

 

【判示事項】 自動車の所有者が脅迫されて当該自動車を他人に引き渡したためにこれを利用し得ないという損害を被ったことが,愛知県県税条例(昭和25年愛知県条例第24号)72条所定の自動車税の減免要件である「天災その他特別の事情」による被害に当たるとはいえないとされた事例

 

【参照条文】 地方税法15-1

       地方税法162

       愛知県県税条例(昭25愛知県条例24号)72

 

【掲載誌】  最高裁判所裁判集民事234号181頁

 

 

について検討します。

 

 

 

主   文

 

 原判決を破棄する。

 被上告人の控訴を棄却する。

 控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

 

       

 

理   由

 

 上告代理人佐治良三の上告受理申立て理由について

 1 本件は,第1審判決別紙記載の自動車(以下「本件自動車」という。)を購入した被上告人が,本件自動車に係る自動車税の減免を申請したところ,愛知県豊田加茂県税事務所長から,愛知県県税条例(昭和25年愛知県条例第24号。以下「本件条例」という。)72条の減免規定に該当しないとして上記申請を却下する旨の処分を受けたため,その取消しを求めている事案である。

 2(1) 地方税法は,自動車に対し,主たる定置場所在の道府県において,その所有者に自動車税を課し(145条1項),自動車の売買があった場合において売主が当該自動車の所有権を留保しているときは,自動車税の賦課徴収については買主を当該自動車の所有者とみなす(同条2項)とともに,道府県知事は,天災その他特別の事情がある場合において自動車税の減免を必要とすると認める者に限り,当該道府県の条例の定めるところにより,自動車税を減免することができる(162条)と規定している。

 (2) 本件条例72条は,地方税法162条の規定を受けて,「知事は,天災その他特別の事情により被害を受けた者のうち,必要があると認めるものに対し,自動車税を減免することができる。」と規定するが,いかなる事情が上記「特別の事情」に当たり,いかなる場合に自動車税の減免が「必要があると認める」べきか等については,本件条例及びその委任に基づく規則その他の関係法令にも規定が存しない。なお,愛知県自動車税基本通達(昭和36年11月18日付け36税第630号)は,「条例第72条に規定する減免の認定に当たっては,被害状況等を十分調査のうえ,広範囲にわたることのないよう留意するものであるが,具体的な取扱いは次によるものであること。」とした上,減免が可能な場合として,「天災により自動車の原動機等に被害を受けたため相当の期間において運行不能となったもの」,「盗難により相当の期間において自動車を所有できなかったと認められるもの」及び「その他特別の事情によるもので総務部税務課と協議し必要と認めたもの」の三つの場合を挙げている。

 また,本件条例4条1項1号は,知事は,県税の賦課徴収に関する事務については,原則として県税の納税地を管轄する県税事務所の長に委任する旨を規定している。

 3 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

 (1) 被上告人は,平成13年1月23日,A情報宣伝局長の肩書を有するBからその自宅に呼ばれた上,被上告人名義で自動車ローンを組んで自動車を購入しこれをBに貸与するよう要求されるとともに,同人から「俺は足がない。どうしてくれるんだ。次はないぞ。」と脅迫されたため,やむなくこれを承諾し,同人の指示どおり,その指定した自動車について信販会社との間で自動車ローン契約を締結し,購入した本件自動車をそのまま同人に引き渡した。本件自動車は,同年2月2日,所有者を上記信販会社,使用者を被上告人,使用者の住所及び使用の本拠の位置を被上告人肩書地として,自動車登録ファイルに登録された。

 (2) 被上告人は,平成15年1月10日,名古屋地方裁判所岡崎支部に,Bを被告として,本件自動車等の引渡し及び貸金の支払を求める訴えを提起した。同支部は,Bが適式な呼出しを受けながら口頭弁論期日に出頭せず,答弁書その他の準備書面も提出しなかったことから,同年8月5日,被上告人の請求を認容する旨の判決を言い渡し,同判決は確定した。その後,被上告人が同判決を債務名義として名古屋地方裁判所執行官に対して申し立てた動産執行は,Bの住所地が空き家となっていたため,同年10月16日,執行不能により終了した。

 (3) 被上告人は,平成19年1月26日,本件自動車に係る自動車税の納税地を管轄する愛知県豊田加茂県税事務所長に対し,同13年4月ころに本件自動車をBに横領されて以降,被上告人は本件自動車を占有しておらず,本件自動車の所在も不明であるなどとして,平成17年度及び同18年度の本件自動車に係る自動車税各3万9500円の減免を申請したが,同19年3月30日,同県税事務所長から,本件条例72条の減免規定に該当しないことを理由として上記申請を却下する旨の処分(以下「本件処分」という。)を受けた。

 (4) 本件自動車は,平成19年2月21日,名古屋市内の路上に放置された状態で発見され,同年7月18日,廃車手続がされた。

 4 原審は,上記事実関係の下において,次のとおり判断して,本件処分の取消しを求める被上告人の請求を認容すべきものとした。

 被上告人は,Bに本件自動車を喝取され,その使用をすることができない状況になったのみならず,そのような状態を解消すべく,Bに対し民事訴訟を提起し,その勝訴判決に基づく強制執行を申し立てるなど,できるだけの努力を行ったものの,Bが転居して行方不明となり,本件自動車の所在も不明となったことから,それ以後,被上告人において自動車税を支払った上でBに対しその求償をすることは事実上不可能になったものと認められる。そうすると,自動車を盗難された場合には自動車税の減免を認めるのに,本件のような場合に上記の求償が事実上不可能になった後の自動車税についても減免を認めないとする取扱いは不平等であって合理性があるとはいえず,本件処分はその裁量権の範囲を逸脱したものであって違法である。

 

 

 

 5 しかしながら,原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 

 

 (1) 課税庁による恣意を抑制し,租税負担の公平を確保する必要性にかんがみると,課税の減免は,法律又はこれに基づく命令若しくは条例に明確な根拠があって初めて行うことができるものというべきである。

 

 

 地方税法162条による自動車税の減免は,天災等により担税力が減少し又は消滅したため,徴収の猶予等の同法の定める他の措置によっても同税の負担を課すことが相当性を欠くと認められるような納税者に対し,地方公共団体の条例において定める要件に適合することを条件として個別的な救済を図るための制度であると解される。

 

この規定を受けて,本件条例72条は,「天災その他特別の事情により被害を受けた者」に対し自動車税を減免することができると規定しているところ,これは,天災等によりその財産につき損害を受けた者に対し,上記と同様の観点から,同税の減免を認める趣旨のものと解される。

 

そして,その財産につき損害を受けた納税者に対する徴収の猶予について定める地方税法15条1項1号は,「震災,風水害,火災その他の災害」及び「盗難」という,いずれも納税者の意思に基づかないことが客観的に明らかな事由によって担税力が減少し又は消滅した場合のみを要件として掲げている。

 

 

そうすると,本件条例72条の定める減免の要件としての「天災その他特別の事情」についても,徴収の猶予の要件よりも厳格に解すべきものであるから,

 

少なくとも,これらの要件と同様に,納税者の意思に基づかないことが客観的に明らかな事由によって担税力を減少させる事情のみを指すと解するのが文理にも沿い,相当である。

 

 

なお,損害の回復のためにできる限りの方策を講じたものの不奏功に終わったというような事情は,当該損害を被った者につき自動車税の減免の「必要があると認めるもの」に当たるか否かを判断する際に考慮することがあり得るのは格別,

 

当該損害自体が納税者の意思に基づかないことが客観的に明らかな事由によって生じたといえるか否か,すなわち,「天災その他特別の事情」に当たるか否かの判断には直接の関連性を有しないものといわざるを得ない。

 

 

 (2) 前記事実関係によれば,被上告人は,脅迫された結果であるとはいえ,Bに対し本件自動車を貸与することを承諾していたというのであるから,被上告人がその購入した本件自動車を利用し得ないという損害を被ったとしても,それが被上告人の意思に基づかないことが客観的に明らかな事由によって生じたものとはいえず,したがって,これを「天災その他特別の事情」に当たるということはできない。

 

 

 そうすると,本件処分時において被上告人につき本件条例72条の定める減免の要件を満たしていないとした愛知県豊田加茂県税事務所長の判断は相当であり,他に,本件処分に取り消すべき違法があったことをうかがわせる事情は存しない。

 

 

 6 以上と異なる見解に基づき,前記事実関係の下において,本件自動車に係る自動車税の減免申請を却下した本件処分を取り消すべきであるとした原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨はこの趣旨をいうものとして理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上の説示に照らせば,被上告人の請求を棄却すべきものとした第1審判決は相当であるから,被上告人の控訴を棄却することとする。

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 

 

(裁判長裁判官 堀籠幸男 裁判官 那須弘平 裁判官 田原睦夫 裁判官 近藤崇晴)