分掌変更役員退職金(14)

 

 

法人税賦課処分取消等請求事件

 

 

【事件番号】 東京地方裁判所判決/昭和47年(行ウ)第40号

 

【判決日付】 昭和50年8月6日

 

【判示事項】

 

(1) 法人税更正処分及び源泉徴収所得税の納税告知処分につき質問検査権を濫用行使した旨の原告会社の主張が排斥された事例

      

(2) 役員退職金の損金性の判断基準

      

(3) 役立以来格別の事業を営むことなく休業状態にあつた会社が、その所有土地の譲渡益が生じたのを機会に、従来格別の業務執行に従事することなく、かつ、報酬を受けていなかつた役員(株主)がその所有株式を譲渡し役員を退任するにあたつて退職金名義で支給した金員は、利益配当の趣旨を含んだ役員賞与であると認定された事例

      

(4) 文具費は、支出の事実を認めるに足る証拠もなく、かつ、これを必要とした事業上の事務活動も認められないから、架空経費であると認定された事例

      

(5) 会社役員の家族の米寿祝いに供した酒、料理、赤飯等の購入費は、会社の福利厚生費、交際費のいずれにもあたらず、損金算入は許されないとされた事例

      

(6) 会社が退任役員一四名に支給した退職金名義の金員五〇〇万円は、実質的には利益配当の趣旨を含んだ役員賞与であつて、これにつきなされた源泉徴収所得税の納税告知処分は適法であるとされた事例

      

(7) 架空計上の文具費一万円につきそれが代表取締役に賞与として支払われたことを認めるに足る証拠がないとして、源泉徴収所得税の納税告知処分が取り消された事例

 

 

 

【掲載誌】  税務訴訟資料82号521頁

 

 

 

について検討します。

 

 

主   文

 

 一 被告が原告に対し昭和四五年一〇月三〇日付でした源泉所得税納税告知処分(渋法源特第一、一六七号)のうち、課税標準額が五、〇〇〇、〇〇〇円を超える部分を取消す。

 二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。

 三 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       

 

 

事   実

 

 

第一 当事者の求めた裁判

 一 原告

  1 原告の昭和四四年七月二日から昭和四五年六月三〇日までの事業年度の法人税について、被告が昭和四五年一〇月三一日付でした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を取消す。

  2 被告が原告に対し昭和四五年一〇月三〇日付でした源泉徴収所得税及び同不納付加算税の賦課決定処分を取消す。

  3 訴訟費用は被告の負担とする。

 二 被告

  1 原告の請求を棄却する。

  2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

 

 

第二 当事者の主張

 一 原告の請求原因

  1 原告は有料老人ホーム等の福祉施設の建設賃貸等を目的とする株式会社であるが、昭和四四年七月一日から昭和四五年六月三〇日までの事業年度(以下、本件事業年度という。)について、昭和四五年八月二四日、課税標準四六〇、四二四円、法人税額一二八、八〇〇円とする確定申告をしたところ、被告は昭和四五年一〇月三一日課税標準五、五九三、四二四円、法人税額一、七九二、九〇〇円、過少申告加算税額八三、二〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税賦課決定をした(以下、右処分及び決定を本件更正処分等という。)。

    原告は、右処分に対し昭和四五年一一月二五日、審査請求をしたところ、国税不服審判所長は昭和四七年一月一〇日、課税標準五、五三三、四二四円、法人税額一、七七〇、八〇〇円、過少申告加算税額八二、一〇〇円とする旨の裁決をした。

    しかしながら、本件更正処分等は、損金に算入されるべき役員退職金五、〇〇〇、〇〇〇円、文具費一〇、〇〇〇円、福利厚生費六三、〇〇〇円につき、その損金算入をそれぞれ否認したものであつて、違法である。

  2 被告は、原告に対して昭和四五年一〇月三〇日課税標準五、〇七〇、〇〇〇円、所得税額四一四、一〇〇円、不納付加算税額四〇、九〇〇円とする源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分をした(以下、これらの処分を本件源泉所得税納税告知処分等という。)。

    原告は、右処分に対し昭和四五年一一月二七日異議申立てをしたところ、右申立ては原告の同意を経て審査請求がされたものとみなされ、国税不服審判所長は昭和四七年一月一〇日、課税標準五、〇一〇、〇〇〇円、所得税額四一〇、五九六円、不納付加算税額四〇、九〇〇円とする旨の裁決をした。

    しかしながら、本件源泉所得税納付告知処分等は、原告が本件事業年度に支払つた役員退職金五、〇〇〇、〇〇〇円及び文具費一〇、〇〇〇円につき、これを所得税法二八条一項の給与所得と認定すべきでないのに給与所得と認定したものであつて、違法である。

  3 よつて、原告は、被告に対し本件更正処分等及び本件源泉所得税納税告知処分等の取消しを求める。

 

 

 

 

 二 請求原因に対する被告の認否及び主張

  1 請求原因に対する認否

    請求原因事実のうち本件各処分が違法であるとの主張は争うが、その余はすべて認める。

  2 主張

   (本件更正処分等について)

   (一) 本件更正処分等は、原告の確定申告に対して、次の項目の損金算入を否認したものである。

    (1) 役員退職金否認 五、〇〇〇、〇〇〇円

    (2) 文具費否認 一〇、〇〇〇円

    (3) 福利厚生費否認 六三、〇〇〇円

   (二) 役員退職金の損金算入否認について

    (1) 原告は、昭和三七年七月二六日東京都渋谷区幡ケ谷一丁目及び二丁目に居住していた一〇名(別表一の「当初株主」欄記載の氏名は一〇組の夫婦を、各組の右側欄は夫を示すが、右夫等一〇名)が発起人となり、資本金一、〇〇〇、〇〇〇円として設立されたのであるが、定款所定の事業目的は、有料老人ホーム、休養所その他これに類する福祉施設の建設賃貸の事業、健全なる観光業務の取次斡旋の事業、各種保険代理店業務、前各号に付帯する一切の業務、となつている。

      原告の設立にあたつては発行済株式一、〇〇〇株を前記発起人一〇名とその各配偶者を加えた別表一の「当初株主」欄記載の株主が一夫婦あたり一〇〇株あて引受けて(いずれも夫七〇株、妻三〇株-別表一の「当初払込株数」参照)、前記発起人全員が各夫婦を代表する形で取締役に就任した(別表一の「設立当時の役職名」参照)。

    (2) 原告は、設立後間もない昭和三七年八月一五日神奈川県平塚市土屋字鷺坂一五一七番一及び同番二所在の宅地合計一、六六二・八〇平方メートル(五〇二・九一坪。以下本件土地という。)を代金一、〇〇〇、〇〇〇円で購入したが、わずかに観光バスの斡旋等を行なつたほかは事業と目しうる活動はしていなかつた。すなわち、原告が設立されて以来本件事業年度までの原告の収入は、別表二記載のとおりであるが、その合計額はわずかに三〇四、三七九円であり、そのうちバス斡旋料は二四一、五〇〇円にすぎない(なお、観光バス斡旋業務を行なつたのは、設立時から昭和四〇年四月までの約三年間のみである。)そのほか、保険取扱手数料の収入として合計一六、二八一円を計上しているが、これは原告の役員を被保険者とする団体生命保険の取扱手数料であつて、原告の事業というにはあたらない。原告は、これらのわずかな収入を得るために事務員を雇用して収入金額を上廻る別表三記載のとおりの給料を支払うなど放漫経営を行なつていたために、繰越欠損金額は逐年増加し、法人税確定申告書によれば、繰越欠損金額は本件事業年度開始の日の前五年以内分だけで五〇七、六二五円に達していた。

      また、原告は、昭和四〇年五月以降は唯一の事業であつたバス斡旋の業務をも停止し、事実上休業状態となつていたが、昭和四三年八月には、株主総会で事業休止の決議をするとともに業務一切を中止した。

      ところで、原告の役員らは、ほとんど事業活動に熱意を示さず、原告の設立以来の業務は、原告の現代表者田中敏雄が事実上単独で遂行していたものであり、他の役員はもともと付き合いのつもりで役員に就任し、或いは自家営業などに忙殺されていたことなどのためにいずれもときどき本件土地を見に行つたり、取締役会に出席する程度のことしかせず、それらの役員が実質的に原告の業務遂行に従事したことはなく、もとより原告の業績に貢献した事実もない。

    (3) ところが、昭和四四年一二月に至り、本件土地につき東京急行電鉄株式会社から買取りの申し込みがなされ、本件土地は相当の値上りを示していたので、原告は昭和四五年三月二三日臨時株主総会を開催して本件土地の譲渡を決議した。

      その際の売買価格及び譲渡利益は次のとおりである。

     (イ) 平塚市土屋字鷺坂一五一七番一所在の宅地一六八・八九平方米(五一坪)

       売買契約年月日 昭和四五年一月三一日

       売買価額 一、〇二〇、〇〇〇円

     (ロ) 平塚市土屋字鷺坂一五一七番二所在の宅地一、四九三・九一平方米(四五一・七一坪)

       売買契約年月日 昭和四五年三月三一日

       売買価額 一三、五六〇、〇〇〇円

     (ハ) 譲渡利益の算出

       売買価額合計 一四、五八〇、〇〇〇円

       譲渡原価 一、七八〇、〇〇〇円

       差引譲渡利益 一二、八〇〇、〇〇〇円

    (4) 原告会社は、もともと事業を休止したころから本件宅地を処分して清算に入る予定であつたのであるが、本件土地売買の話がもちあがると、これといつた事業活動をしていないのに、(イ)昭和四五年三月三一日に取締役会を開き、二、〇〇〇、〇〇〇円を増資する決議をして、各株主の持株数をそれまでの最高出資者である石井常寿夫婦の二五〇、〇〇〇円に一致させるために、それぞれの持株数を増加する手続をとつたのち、(ロ)同年五月一八日臨時株主総会を開催し、役員の退職を前提として「退職役員に対し一定の退職金を給与する。その額は取締役会の決定を承認すること。」との決議及び株式の譲渡禁止を解除する旨の決議をし、(ハ)その一週間後の同月二五日の臨時株主総会で原告代表者田中敏雄を除く当時の役員一四名が辞任し、新たに田中敏雄の妻田中治子と五男田中和男が取締役に就任して同日直ちに取締役会が開かれ、「役員退職金の額は、勤続一年に対して五〇、〇〇〇円の割合をもつて支給が適当」との決定がされた。(ニ)また、同じ頃、右田中敏雄、田中治子の持株を除く全株式(二、七五〇株)が田中敏雄に六〇〇株、田中治子に四〇〇株、田中和男の経営する有限会社三雄社に一、七五〇株とそれぞれ譲渡され、原告の株主構成は同族会社となつた。そして退職役員に対して別表四記載のとおりの退職金名義の金員が支給された(なお、原告の退職役員の勤続年数と退職金支給額の関係は別表四記載のとおりである。)。

    (5) ところで、役員退職金は、役員の解任または辞任により支払われる臨時的な給与であるが、その本質は、執行の対価であつて、いわば報酬の後払い的な性格を有するものである。従つて、法人税法はかかる前提のもとに役員退職金について、役員報酬の規定に準じ、適正な役員退職金については損金経理を要件にこれを損金に算入することを認めているのである(法人税法三六条)。

      ところが、原告における前記退職金名義の支給は、前述のとおりその支給の経過をみると、その実質は土地の譲渡利益の分配を意図した利益処分であつて、労務の対価性はないからこれを損金に算入することはできないものである。

      その理由を詳述すると、

     (イ) 通常の場合、役員退職金支給に関する株主総会の決議は、退職のあつた事業年度の翌期に開催される株主総会においてなされるのが通例であるところ、原告会社においては譲渡利益が発生した年度において、にわかに臨時株主総会を開催して決議していることをみても本件土地の譲渡利益分配の意図がうかがわれる。

     (ロ) 役員退職金は商法二六九条の報酬に含まれるものと解されている。

       ところで、原告の業務は、すでに述べたとおり、代表者田中敏雄が事実上単独で遂行し、他の役員はもともと付き合いのつもりで役員に就任したのであつて、それぞれ自家営業が多忙で会社の叢務にはほとんど従事していなかつたのであり、加えて、昭和四〇年五月以降昭和四五年五月二五日まで五年間にわたり事実上休業状態にあつたのであるから、退職役員らに見るべき労務の提供はなく、本来退職金を支給すべき理由がなかつたものである。

     (ハ) 役員退職金の決定は、定款にその額の定めがない場合には、株主総会の決議をもつて定むべきこととされており(商法二六九条)、無条件に取締役会の決定に一任することは許されないところ(最高裁判所第二小法廷・昭和三九年一二月一一日判決・民集一八巻一〇号二一四三頁参照)、原告においては、前記のとおり昭和四五年五月一八日の臨時株主総会で「退職役員に対し一定の退職金を給与する。その額は取締役会の決定を承認すること。」と決議し、同年五月二五日の取締役会において「役員退職金の額は、勤続一年に対し、五〇、〇〇〇円の割合をもつて支給が適当」と決定したのであるが、退職金支給に関する内規及び慣行等一定の支給基準もないまま取締役会に一任した前記株主総会の決議は無効というべきである。

     (ニ) 退職役員に対する実際の支給状況をみると、勤続年数一年に対し五〇、〇〇〇円の割合と決定されたのに、石井常寿、伊藤正夫に対しては就任期間がそれぞれ四年であるにかかわらず二五〇、〇〇〇円を支給しており、女子退職役員に対しては、苦情があつたため男子役員より一日おくれで退職金を支給しているなどその支給基準が極めてあいまいである。

       また、原告代表者の妻日中治子は、昭和四五年五月二五日監査役を辞任すると同時に取締役に就任したものであつて、実質的な意味における退職ではなく、単なる分掌変更にすぎないものであるから退職金支給の対象となるものではない。

     (ホ) 原告は、本件土地を売却した日の昭和四五年三月三一日に取締役会を開き、資本金を二、〇〇〇、〇〇〇円増資して三、〇〇〇、〇〇〇円とする旨の決議をしているが、土地の売却によつて事業資金は潤沢であり、かつ、事実上休業中で資金需要がない筈であり、増資することは通常では考えられないところである。このような措置をとつた理由は、それまでの最高出資者である石井常寿夫婦の二五〇、〇〇〇円に他の夫婦の出資額を一致させ、本件土地の売却益を出資者の各夫婦に公平に分配する目的のもとに行われたものと解される。

      以上の点を総合して判断すると、本件退職金名義の金員の支給は、退職金としての実質を有しないものであり、本件宅地の譲渡による利益を退職金の名目で各役員に平等に分配したものであつて、その実質に法人税の負担軽減を意図してなされた利益処分の賞与にほかならないのである。

      従つて、その損金算入を否認した本件更正処分等は適法である。

   (三) 文具費一〇、〇〇〇円の損金算入否認について

     原告が昭和四五年六月一五日訴外株式会社三河屋文具店に対する支出として損金に計上した文具費一〇、五五〇円のうち、一〇、〇〇〇円については取引の事実がなく、かつ、支払い先も不明であつて、原告代表者田中敏雄が費消したと認められたので、被告は右一〇、〇〇〇円の損金算入を否認し、右田中敏雄に対し利益処分の賞与を支給したものと認定したものである。

   (四) 福利厚生費六三、〇〇〇円の損金算入否認について

     原告が福利厚生費として損金に計上した六三、〇〇〇円は、昭和四五年五月八日原告の役員の家族らの米寿祝いに際して供した酒、料理、赤飯等の代金として支出したものであつて、原告の業務遂行に関係のない費用の支出であり、法人税法二二条三項二号所定の販売費、一般管理費その他の費用に含めることはできない。

    (本件源泉所得税納付告知処分等について)

     原告が本件事業年度において、退職役員に対し退職金の名義で支給した金員は、前述のとおり本来退職金ではなく、いわゆる隠れた利益処分の賞与と認めるべきものである。ところで、右賞与は、所得税法二八条一項(給与所得)に規定する「給与等」に該当するので、原告は同法一八三条一項所定の源泉徴収義務者であり、同条項に規定する所得税の徴収及び納付行為を行なわなければならないところ、これをしなかつたため、同法一八六条一項二号ロの規定に基づき、別表五記載のとおり各退職役員について所得税額を算出し、これについて国税通則三六条、六七条により本件源泉所得税納税告知処分等を行なつたものである。

     なお、別表五のうち田中敏雄の賞与の額一〇、〇〇〇円は、被告が本件更正処分等において、文具費を否認して原告代表者である田中敏雄に対する賞与と認定したものである(なお、これについては国税通則法一一九条に基づき不納付加算税の賦課決定はしていない)。

     以上のとおりであるから、本件源泉所得税納税告知処分等は適法である。

 

 

 

 三 被告の主張に対する原告の認否及び反論

  1 認否

    被告の主張2(一)の事実は認める。

    同2(二)のうち、

     (1)の事実は認める。

     (2)のうち、原告が観光バスの斡旋のほかは事業と目しうる活動をしていないこと、保険取扱業務が原告の事業とはいえないこと、バス斡旋業務を停止した昭和四〇年五月以降は原告が事実上休業状態となつていたこと、原告の役員らは、事業活動に熱意を示さず、原告の業務は代表者田中敏雄が単独で遂行し、他の役員らは付き合いのつもりで役員に就任しており、原告の業務活動にほとんど関与していないこと、それらの役員が実質的に業務遂行に従事せず、原告の業績に貢献があつたとはいえないこと等はいずれも否認し、その余の事実は認める。

     (3)の事実は認める。

     (4)のうち(イ)ないし(ニ)記載の各事実及び退職役員の勤続年数と退職金支給額が別表四記載のとおりであることは認め、その余の事実は否認する。

     (5)の事実は全部争う。

    同2(三)のうち、原告が文具費一〇、五五〇円を損金に計上したことは認めるが、その余の事実は否認する。

    同2(四)のうち、原告が福利厚生費として計上した六三、〇〇〇円が、役員の家族らの米寿祝いに供した酒、料理、赤飯等の代金として支出したものであることは認めるが、その余の事実は否認する。

    同3のうち、被告が別表五記載のとおりの退職役員の所得税額を算出して、本件源泉所得税納税告知処分等を行つたことは認めるが、その根拠については争う。

  2 反論

  (本件更正処分等について)

   (一) 本件更正処分等をするにあたり、渋谷税務署の職員らは原告の経理担当従業員角田みどり宅を訪問し、同人にその給与額につき虚偽の自供を強要し、また、原告の退職役員の一人である石井常寿方を訪れて病床にあつた同人に対し面接を強要して調査尋問したため、同人はその後病状が悪化して死亡するに至つた。このように明らかに職権濫用にあたる調査に基づいてなされた本件更正処分等は違法というべきである。

   (二) 退職金の損害算入否認について

    (1) 原告が役員退職金として支給した五、〇〇〇、〇〇〇円は、被告が主張するように実質的賞与ではなく退職金としての性格を有しているものである。

      すなわち、賞与は、身分関係の喪失と無関係であるが、退職金は身分関係が終了したことに伴つて支給されるものである。この点で賞与と退職金は社会通念上も理論上も区別されるものであるところ、原告の支給した五、〇〇〇、〇〇〇円が退職金であることは明らかである。

    (2) 被告は、原告には見るべき事業活動が何ら存しないと主張するけれども、誤つている。

      原告は、商店街の有志によつて、有料老人ホームその他これに類する福祉施設賃貸の事業及び観光業務の取次斡旋、各種保険代理店業務を目的として設立されたものであるが、株主は必ずしも利益配当を受けることを直接の目的にはしておらず、老人ホームなどを建設し、福祉事業を楽しもうとしていたものであり、これらの点で原告は特殊な性格をもつ会社ということができる。

      原告の事業活動としては老人ホーム建設用地として本件土地を購入したこと、バス斡旋業務をしたこと、保険取次業務をしたことなどがあげられるが、原告の右の特殊な性格から、利益追求はあまり念頭になかつたものである。そして、前記事業活動により、被告主張のように年々欠損金が累積したが、それは本件事業年度前の五年間だけで五〇七、六二五円にすぎず、本件土地の値上がり分は一〇、〇〇〇、〇〇〇円以上にのぼつていると推定されていたから、必ずしも放漫経営というにはあたらない。

      老人ホームの建設計画はその建築資金調達が難行したことから実現しなかつたが、原告の役員及び株主は本件土地に出向き手弁当でその維持管理を行なつていたのである。その後、原告は事業を休止したが、各役員は取締役会などに出席してその職務を遂行していた。

    (3) 被告は、原告の役員らは何ら原告の業務に従事していない旨主張するが、事実に相違する。

      原告の設立当時の代表者は現在の代表者である田中敏雄であつたが、老人ホームの建設資金のめどがつかなかつたことなどのために(単に欠損金が累積したためのみではない。)、任期の中途で辞任し、後任には楼井為則、天野四郎が代表者となつた事実があり、田中敏雄が事実上単独で事業を経営していたものではない。

      また、昭和四二年には東京急行電鉄株式会社から本件土地の売却方の依頼があつたが、その交渉に際しても代表者楼井為則ら役員の努力によつて坪当り時価よりも一〇、〇〇〇円ほど高い三〇、〇〇〇円の価額で売却することに成功し、原告に大きな利益をもたらしている。

      このように被告は原告の実体について、十分把握せず、その特殊な性格を十分理解しないまま本件更正処分をしたものである。

    (4) 被告は、資金需要がないのに増資したのは、退職金支給を平等に調整するためであると主張しているが、失当である。

      原告は設立のとき、すでに授権資本が二、〇〇〇、〇〇〇円あり、その後伊藤正夫夫婦及び石井常寿夫婦が株主として参加したときに、資本金を三、〇〇〇、〇〇〇円に増資することを決定していたのであるが、実施が遅延していたので、昭和四三年に株主の均衡をはかり、事業を再建する意図のもとに増資したのであつて、右増資は本件の退職金支給とは何らの関係もない。

    (5) 被告は、原告が退職金支給に関する内規及び慣行等一定の基準がないまま退職金の額の決定を取締役会に一任したのは、商法二六九条に違反して無効である旨主張する。しかしながら、昭和四五年五月一八日の株主総会で退職役員に支給する退職金の額については取締役会の決定を承認することとする旨の決議がされた際には、渋谷税務署から退職金の免税額について指導を受けた原告代表者田中敏誰が、昭和四五年度の「退職所得の税額表」なる印刷物を全員に回覧したうえ、退職金は免税額四〇〇、〇〇〇円の範囲内で支給すること、その算出方法は勤続年数一年当り五〇、〇〇〇円とすることなどを説明している。従つて、全株主が退職金算出基準を了承していたのであるから、右の決議により株主が害されるおそれはなく、右手続きは商法二六九条に違反しないというべきである。

    (6) 被告は、支給基準があいまいである旨主張するが失当である。

      なるほど、被告が主張するように、退職役員石井常寿、同伊藤正夫に対しては、一か年五〇、〇〇〇円の割合を超えて支給されており、また女子役員に対しては一日遅れて支給されている。しかしながら原告が退蔵役員に勤続一か年につき五〇、〇〇〇円の割合により退職金を支給すると決定したのは、あくまで原則を定めたものであり、それについて各人の事務関与の度合を加味する含みをもたせていたのであるところ、伊藤正夫は原告設立以来会計を担当しており取締役として処遇されてきたが登記のみが遅れていたので勤続年数を一か年加算し、また、石井常寿は原告の行事運営に特段の便宜を図り協力してきたのでその功労を加味して勤続年数を一か年加算したものであつて、いずれも株主総会において異議なく承認されている。

      田中治子が昭和四五年五月二五日の臨時株主総会において監査役を辞任し、同日取締役に就任したのは、適法であつて、この場合辞任と就任とは別個の登記がされるのである。従つて単に分掌変更というものではなく、そのようなものは法的にもありえない。

    (7) 退職金は実際には必ずしも厳密に在職中の貢献度が考慮されているものではなく、例えば官公署職員の退職金は、退職時の給料の倍率計算をもつてし、その間の貢献度は全く考慮されていない。一般会社の労働契約においても同様である。自治体首長、議員の退職金についても貢献度を考えず、準則、慣行、特別決議により年限加算により算出されており、会社役員の場合も会社の経営内容を前提に年限加算により決定されている。

      このような実態に照らしてみれば、本件退職金についても前述のとおり役員が多少なりとも貢献をしている以上、税法上退職金として認容されるべきである。

   (三) 文具費一〇、〇〇〇円の損金算入否認について

     被告が否認した文具費一〇、〇〇〇円は、林文具店及び三河屋文具店から購入した元張(ママ)設備帳簿類、用紙類、筆墨類などの代金である。原告はその領収書を紛失したので証明が困難であるにすぎない。

   (四) 福利厚生費六三、〇〇〇円の損金算入否認について

     右六三、〇〇〇円の支出状況は被告主張のとおりである。しかし、役員家族は一般従業員の場合と同様、会社を支援している有力な外郭団体的存在であつて、従業員の冠婚葬祭に会社が金一封を呈するのも厚生費に含まれるのであるから、本件の役員家族の米寿祝も当然に厚生費に含まれると解すべきである。仮に厚生費に含まれないとするならば、法人の交際費として認容されるべきである。

    (本件源泉所得税納税告知処分等について)

   (一) 被告は本件退職金を退職役員に対する賞与と認定したうえ、所得税法二八条一項に規定する「給与等」にあたると解したが、この認定はいずれも誤りであることは前述のとおりである。

   (二) 被告は、原告が領収書を紛失したために証明できない文具費一〇、〇〇〇円の損金算入を否認したうえ、右一〇、〇〇〇円を原告代表者田中敏雄に対する賞与であると認定して本件源泉所得税納税告知処分をしているが、右認定は全く実体にそわず、右処分は違法である。

 

 

 

 

第三 証拠

 一 原告

  1 甲第一ないし第一二号証、第一三ないし第二六号証の各一ないし三、第二七号証の一ないし四、第二八ないし第三二号証を提出。

  2 原告代表者本人。

  3 乙号各証の成立はいずれも認める。

 二 被告

  1 乙第一ないし第一〇号証。

  2 証人飯干栄間。

  3 甲第四ないし第一二号証、第一三ないし第二六号証の各三、第三〇号証、第三二号証の成立はいずれも不知、第二八、二九号証の原本の存在及び成立はいずれも認め、その余の甲号各証の成立はいずれも認める。

 

       

 

 

 

理   由

 

 

 (本件更正処分等の違法性の有無について)

 一 請求原因1の事実関係については当事者間に争いがない。

 二 原告は、本件更正処分等がなされるにあたり、被告は質問調査権を行使するにつき職権を濫用した違法の事実があるから、本件更正処分等は違法である旨主張する。しかし、本件において顕われた全証拠によるも、原告の右主張事実を認めることはできないから到底これを採用することができない。

 三 ところで、本件更正処分等の違法性の有無については、原告の本件事業年度における法人税課税標準の認定上、(1)役員の退職金五、〇〇〇、〇〇〇円、(2)文具費一〇、〇〇〇円、(3)福利更(ママ)生費六三、〇〇〇円の各損金算入否認が違法かどうかが争点であることは明らかであるから、以下順次判断する。

 

 

 

  1 役員退職金の否認について

 

   (一) 内国法人が退職した役員に対して支給するいわゆる退職金は、一般に役員の当該法人在職期間中の職務執行に応対する対価であり、報酬の後払いとしての性格を有するものと解せられるから、それが適正な額の範囲で損金経理がなされるかぎり、役員報酬と同様、法人所得の全額の計算上損金の額に算入することができるものとされている(法人税法三四条、三六条)。

 

そして、役員退職金として損金算入が認められるのは、役員が当該法人を退職した際に支給される退職給与でさえあれば足りるというものではなく、その支給の実質に即してその損金性が判断されるべきものであることは、前記法人税法の規定の趣旨にかんがみけだし当然のことと考えられる。

 

     原告は、当該給与が役員の法人における身分関係の終了に伴つて支給される限り役員退職金と認定されるべき旨主張するが、身分関係の終了に伴い支給されることは右損金性判断の一要素にすぎないから右主張は採用できない。

 

   (二) そこで、原告が本件事業年度において退職金名義で支給した五、〇〇〇、〇〇〇円が法人税法上損金算入の認めうる役員退職給与としての性格をもつものであるか否かにつき検討する。

 

 

     原告が昭和三七年七月二六日に被告主張にかかる一〇名が発起人となり、

 

被告主張のとおりの事業目的をもつて設立されたこと、

 

設立当初の株主が別表一の「当初払込株数」欄記載のとおりの株式を引受け、

 

発起人全員が取締役に就任したこと、

 

原告は老人ホーム建設用地として昭和三七年八月一五日本件土地を代金一、〇〇〇、〇〇〇円で購入したこと、

 

その他の事業活動として昭和四〇年四月までの約三年間観光バス斡旋を行なつたほか(その収益は別表二記載のとおり合計額二四一、五〇〇円。)、

 

保険取扱業務を行ない(その収益は、別表二記載のとおり合計額一六、二八一円。)、

 

原告の設立以来本件事業年度までの収益総合計額は別表二記載のとおり三〇四、三七九円であること、

 

右事業遂行のため原告は事務員を雇入れて別表三記載のとおりの給料を支払い、

 

本件事業年度開始の日以前五年間にわたる原告の繰越欠損金額は五〇七、六二五円に達していたこと、

 

そこで昭和四三年八月の株主総会において原告は事業休止の決議をしたこと、

 

昭和四五年三月二三日頃原告は東京急行電鉄株式会社に対して本件土地を代金合計一四、五八〇、〇〇〇円で売却し、合計一二、八〇〇、〇〇〇円の譲渡益をあげたこと、

 

同年三月三一日原告の取締役会が開かれ、二、〇〇〇、〇〇〇円増資して資本金を三、〇〇〇、〇〇〇円とする旨の決議がなされ、

 

同年五月一八日には臨時株主総会が開かれ、

 

退職役員には退職金を支給すること及び株式の自由譲渡を認める旨の決議がなされたこと、

 

同月二五日の臨時株主総会で原告代表者田中敏雄を除く当時の役員一四名が辞任し、

 

別表四記載のとおりの退職金が支払われたことは、いずれも当事者間に争いがない。

 

 

   (二)(ママ) 右争いのない事実に、甲第一ないし第三号証、乙第一ないし第九号証、原本の存在及び成立につき争いのない甲第二八号証、原告代表者尋問の結果により成立を認めうる甲第九ないし第一二号証、弁論の全趣旨により成立を認めうる甲第四ないし第八号証、証人飯干栄間の証言、原告代表者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告の事業活動の内容及び退職役員らの業務執行の状況は次のとおり認めることができる。

 

 

     原告の設立の際の発起人らは、東京都渋谷区幡ケ谷一丁目及び二丁目に居住する商店主であり、いずれもそれぞれ自営の家業などをもつていたため、原告設立後取締役に就任したといつてもその事業経営に積極的に参加することはなく、わずかに当時の原告代表者であつた田中敏雄が中心となつて行なつていた観光バスの斡旋業において、各役員の自家営業上の縁故を利用して若干の顧客を獲得することがあつたにすぎない。

 

 

また、原告が行なつていた保険取扱業務も、各役員が加入した団体生命保険を取扱うことが主たる業務であつたにすぎなかつた。

 

従つて、原告においては、全役員について報酬を支払うことは予定されておらず、役員らも報酬を期待することはなく、また、現実に本件退職金名義の支給のほかは報酬が支払われたこともなかつた。

 

 

     取締役の中で、楼井為則及び天野正男は、昭和四一年六月二一日それまで代表取締役であつた田中敏雄に代り代表取締役に就任し、天野正男は昭和四三年八月二六日まで、楼井為則は昭和四五年五月二五日までそれぞれ在任したが、すでにその期間中は観光バス斡旋事業及び保険取扱業務は行なわれていないばかりでなく、その他原告本来の事業活動もなかつたため欠損金が累積していた。

 

 

     また、昭和四一年六月二六日に至り、石井常寿夫婦、伊藤正夫夫婦も新たに原告の株主となつて参加したうえ、それぞれその夫が役員に就任した結果、原告の株主は一二組の夫婦合計二四名、取締役、藍(ママ)査役らの役員は合計一五名となつた。

 

なお、右石井、伊藤らの各夫婦が株式を引受けた件については、昭和四五年三月三一日の取締役会において二、〇〇〇、〇〇〇円を増資して新株を発行した際に一括して処理され、その結果、株主である一二組の各夫婦あたりの持株はそれぞれ二五〇株となつて均一化された。

 

 

 

     ところで本件土地は、昭和四二年頃から買受希望者が現われ、相当な値上がりが期待できる状態となつたため、原告の代表取締役らは唯一の会社資産であつた本件土地を売却すれば高額の譲渡益が得られるとの期待のもとに本件土地を有利に売却することに専念するようになり、

 

 

さらに、昭和四三年八月二六日開催の株主総会では遂に会社本来の事業を休止する旨の決議をし、同月三一日には被告に対して、会社設立の所期の目的であつた老人ホーム建設を断念し、本件土地を処分したうえ清算に入る予定である旨を表明した休業届を提出するに至つた。

 

     原告の取締役のうち、田中敏雄を除くその他の者は、ほとんど原告の事業執行に関与せず、

 

本件土地に約二回ほど足を運んで整地などの作業を行つただけであり、

 

設立以来数回開かれた取締役会、株主総会にもすべての者が出席していたわけではなく、そ

 

の妻などに代理権を授与して出席させることもあつた。

 

 

     このようにして、本件土地は昭和四五年三月頃までに、売買価額合計一四、五八〇、〇〇〇円で売却されることが決定し、その譲渡益が一二、八〇〇、〇〇〇円にのぼることが明らかになつた(右の点については当事者間に争いがない。)ところ、

 

主として女性の株主から右利益は株主に還元するようにと配当の要求が出たので、取締役田中敏雄が渋谷税務署の職員に法人税法上の課税について相談した結果、役員を退職させることを前提としたうえで免税額の範囲内で退職金を支給すること並びに株式の自由譲渡を認める旨の議案が株主総会に上程されるとともにその決議がなされるに至つた。

 

そして、ほとんどの株主は、元来原告の事業活動自体にそれほど熱意があつたわけでもなかつたので、田中敏雄夫婦を除く全株主は右田中夫妻に各自の所有株式をその額面価額で譲渡した。

 

     以上の認定を覆すに足りる証拠はない。

 

 

 

   (三) 右認定事実によれば、原告の主たる目的である老人ホーム等の建設賃貸の事業が軌道に乗るまでには、当初から相当額の資金調達及び期間を要するものと考えられていたことは明らかであるところ、

 

資本金一〇〇万円で設立された原告は右資本金とほぼ同額で本件土地を購入したのみで老人ホーム建設資金の調達すらなされておらず、

 

副業としての観光業務の取次斡旋事業についてみても当初の三年間を通じ合計二四万円余りの収益をあげただけで、

 

その後はほとんど休業状態となつており、

 

田中敏雄を除くその余の役員らも会社設立後何ら事業に関与することがなかつた

 

(本件土地の整地のために若干労務を提供したことなどは個人的なレクリエーシヨンの類ではあつても、会社業務の執行とはいえない)だけでなく、

 

設立当初から報酬などの労務の対価支払を前提とした業務担当のとりきめのなかつたことはもちろん、

 

原告にとつてもまた役員らにとつてもおよそ本来の家業に影響を与える程度の業務執行などに参加することは念頭にないところであつたということができる。

 

 

これを要するに、右認定の原告の事業の性質、規模及び役員らの事業関与の状況から考えると、原告は、役員らに対して仮に何らかの労務の提供があつたとしてもその対価を支払うなどということは全く予想していなかつたものといえる。

 

加えて、前記のとおり、原告の事業の実績も極めて低調であつたこと(当初からの会社の事業執行に対する役員らの熱意の程から推測すれば当然の結果ではあるが。)なども考慮に入れると、原告の退職役員らの地位は、本件の退職金をもつてあがなわれるべきほどのものであつたとは到底認めることはできないというべきである。

 

 

もつとも、退職役員のうち、桜井為則と天野正男の両名については、一時期原告の代表取締役に就任していたことはあるが、右期間は原告がほとんど休業状態にあつた時期であつて、右両名に格別原告に対する功労があつたと認めることはできない。

 

 

 

     次に、前記認定事実によれば、本件土地の譲渡益が確実に期待できるようになつた昭和四五年初めには、女性株主らから配当要求が出ていたにもかかわらず、原告は利益配当を行なわなかつたばかりか、却つて代麦取締役田中敏雄夫婦を除く全株主がその所有株式を額面価額で右田中夫婦に譲渡したこと、

 

そして、右田中らを除く全役員が退職し、本件退職金の支給に関し株主総会における議決のなされたのが右株式譲渡の直前であること等の諸事情から推測すると、

 

右役員退職金は、株主の配当要求を満たす一対策としてなされたものと推認しえなくもないのである。

 

 

何故なら、原告は設立以来業績不振ではあつたが、右株式譲渡の際には本件土地売却による多額の利益が生じていたのであるから株式は高額配当の期待からその時価も当然額面より高価になつて然るべきであつたにも拘らず、

 

前記のとおり単に額面価額で取引されたところからみると、当時すでに原告の役員及び株主全員の間で本件退職金が前述の配当要求に応えるものと暗黙裡に了解されていたと考えざるをえないからである。

 

 

のみならず、前記認定のとおり、退職金が支払われる直前、原告において資金調達の必要もないまま二、〇〇〇、〇〇〇円の増資が行なわれ、

 

別表一の「合計株数」欄記載のとおり各夫婦あたりの持株が一律平等に二五〇株ずつとなるよう配慮されているのは、会社の利益配分を平等にするよう意図したことによるものと推認して誤りはないであろう。

 

     もつとも、本件退職金の支給は、概ね勤続一年間あたり五〇、〇〇〇円とするとの基準によりなされたこと(この点は当事者間に争いがない。)からみると、

 

持株数の多寡に応じて支給される利益配当とは性質を異にするものといえなくもない。

 

しかしながら、すでに述べたような退職金名義の金員が配分されるに至つた経緯並びに別表一と別表四と対比して明らかなように、夫婦一組あたりに対するその配分額の極めて平等公平であること等に照らすと、原告の本件退職金の支給は利益配当の趣旨を有することは否定できないといわざるをえないのである。

 

 

     以上の点を総合すると、本件退職金が原告の退職役員の功労に対する対価、報酬の後払い的性質を有するものと認めるのは困難であつて、

 

むしろ、利益配当の趣旨をも含んだ役員の賞与と認定するのが相当である。

 

従つて、本件退職金は、法人税法上の役員に対する退職給与として本件事業年度の所得金額の計算上損金に算入することはできないものである。

 

     よつて、この点に関する本件更正処分等には違法はない。

 

 

  4 文具費の否認について

    前記認定事実によると、原告が本件事業年度において、文具費を必要とする事業上の事務活動としては本件土地の売却に関して開いた取締役会、株主総会の諸手続以外にみるべきものはないこと、原告が株式会社三河屋文具店等に対して支払つたと主張する文具費につきこれを認めるに足りる証拠のないこと、更に前顕甲第一、二号証によれば、原告は本件審査請求の段階では、文具費一〇、〇〇〇円の損金算入否認に対してこれを争つていなかつたこと等の諸事情を合わせ考えると、本件事業年度における原告の文具費が五五〇円を超えるものとはたやすく認めることができない。従つて、この点に関する本件更正処分等には違法はない。

 

 

  5 福利厚生費の否認について

    原告が福利厚生費として損金に計上した六三、〇〇〇円は、原告において役員家族の米寿祝いに供した酒、料理、赤飯等の購入のために支出した費用であることは当事者間に争いがない。

    ところで、いわゆる福利厚生費は、法人の当該事業年度における所得の金額の計算上、一般管理費の一項目に当るものとして損金の額に算入されるべきものであることは明らかである(法人税法二二条三項二号)が、右費用がその性質上当該法人の事業遂行と関連性のあることが必要であることはいうまでもない。

    しかるに、前記事実によれば、原告の支出した費用というのは、役員家族の米寿祝いという当該役員の純個人的な目的のための支出であり、そこに何ら事業遂行との関連性を認めることができない。

    原告は、また、右費用が福利厚生費に当らないならば、法人の交際費として損金算入を認めるべきであると主張する。

    しかしながら、交際費は本来法人の事業に関係のある者等に対する特定目的のために支出するものに限られる(租税特別措置法六三条四項参照)のであるから、原告の主張する当該費用は交際費にも当らないといわざるをえない。

    よつて、被告が原告の主張する福利厚生費の損金算入を否認した本件処分には違法はない。

 

 

 

  6 以上の理由により、本件更正処分等には違法の点を見出すことはできないから、原告の右処分等の取消しを求める請求は理由がなく棄却を免れない。

 

 

 (本件源泉所得税納税告知処分等の違法性の有無について)

 

 一 請求原因2の事実関係、並びに被告が別表五記載のとおり、原告の各役員について支給された賞与等を所得税法二八条一項の「給与等」と認定したうえ、同別表記載のとおり源泉所得税を算出して、本件源泉所得税納税告知処分等をしたことは当事者間に争いがない。

 

 二 そこで、右告示処分等にかしがあるかどうかにつき検討するに、被告において田中敏雄を除く他の役員一四名に支給されたと主張する賞与が、原告において主張する本件退職金に相当することはすでに述べたところからも明らかであるところ、前段説示のとおり、本件退職金は実質的には利益配当の趣旨を含んだ役員賞与と解するのが相当であつて、退職金とは認められないから、それぞれの役員につき別表五記載のとおりの所得税が課せられるのは当然であり、従つて、原告には右所得税を源泉徴収すべき義務がある。

   よつて、この点に関し本件源泉所得税納税告知処分等に違法はない。

 

 三 しかし、被告の主張にかかる田中敏雄に支給されたとされる一〇、〇〇〇円の賞与については、前記文具費一〇、〇〇〇円の損金算入を否認した分がこれに相当するものであることは明らかなところ、右一〇、〇〇〇円が原告代表者田中敏雄に賞与として支給されたことについては、本件に顕われた全証拠を検討するもこれを認めるに足りない。従つて、被告の主張するように、原告において田中敏雄に対し一〇、〇〇〇円の賞与を支払つた事実を認めることができない以上原告に右一〇、〇〇〇円について源泉徴収義務の生ずる余地はない。

 

   そうすると、本件源泉所得税納税告知処分のうち、右一〇、〇〇〇円に対する部分は違法というほかない。

 

   してみれば、本件源泉所得税納税告知処分のうち、課税標準額が五、〇〇〇、〇〇〇円を超える部分は違法として取消しを免れないというべきである。

 

 (結論)

 

   以上の次第で、原告の本訴請求のうち、本件源泉所得税納税告知処分の課税標準が五、〇〇〇、〇〇〇円を超える部分の取消しを求める部分については理由があるから認容し、その余の請求はいずれも失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条を各適用して主文のとおり判決する。

 

    東京地方裁判所民事第三部

        裁判長裁判官  内藤正久

           裁判官  山下 薫

  裁判官慶田康男は転官のため署名押印することができない。

        裁判長裁判官  内藤正久