分掌変更役員退職金(12)

 

 

 

 

所得税賦課決定処分取消等請求事件

 

 

【事件番号】 神戸地方裁判所判決/平成11年(行ウ)第25号

 

【判決日付】 平成13年2月28日

 

【判示事項】

 

(1) 原告会社が生命保険会社から支払われた保険金を原資として、前代表者に支払った金員は、所得税法9条1号16号に規定する保険金に該当するとの原告会社の主張が、原告会社は前代表者への「退職金」の支払として経理処理したこと等から所得税法9条1項16号に規定する保険金に該当しないとして排斥された事例

      

 

(2) 原告会社が生命保険会社から支払われた保険金を原資として、前代表者に支払った金員は、葬祭料、香典又は災害等の見舞金に該当するから非課税であるとの原告会社の主張が、支払われた金員は5,500万円と多額であること、原告会社が退職金の支給として経理処理したこと、原告会社の規模からすれば見舞金として社会通念上相当なものであるとはいえないことなどから見舞金には該当しないとして排斥された事例

      

 

(3) 原告会社が生命保険会社から支払われた保険金を原資として、前代表者に支払った金員は、原告会社が退職金の支給として経理処理していること、前代表者が原告会社の設立から交通事故に遭い業務を遂行できなくなるまで実質的に原告会社の経営に携わり、多大な貢献をしてきたこと等から、追加の退職金として支給されたものであると認められるとされた事例

 

 

【掲載誌】  税務訴訟資料250号順号8848

 

 

について検討します。

 

 

 

 

主   文

 

 一 原告の被告らに対する請求をいずれも棄却する。

 二 訴訟費用は、原告の負担とする。

 

       

 

 

事実及び理由

 

第一 請求の趣旨

 一 被告龍野税務署長が、原告に対し、平成9年12月22日付でなした平成6年1月分、同年2月分及び平成7年2月分の各源泉徴収に係る所得税の納税告知処分並びに不納付加算税賦課決定処分のうち、国税不服審判所長の平成10年12月8日付裁決において取り消されなかった部分(納付すべき源泉所得税と不納付加算税の合計1003万5479円)を取り消す。

 二 被告国は、原告に対し、1003万5479円及びこれに対する平成10年4月20日から支払済みまで年5パーセントの割合による金員を支払え。

 

第二 事案の概要等

   本件は、原告が、訴外B生命会社(以下「B」という。)から支払を受けた高度障害保険金1億1031万0960円を原資として、原告の前代表取締役乙(以下「前代表者」という。)に支払った5500万円は、

 

 

①損害保険契約に基づき支払を受ける保険金で、心身に加えられた損害に基因して取得するもの(所得税法9条1項16号、所得税法施行令30条1号、所得税基本通達9-21。以下において「高度障害保険金」ということがある。)に該当し、そうでないとしても、

 

②災害等の見舞金で、その金額がその受贈者の社会的地位、贈与者との関係等に照らし社会通念上相当と認められるもの(所得税基本通達9-23、所得税法施行令30条3号、所得税法9条1項16号。以下において「社会通念上相当な見舞金」ということがある。)に該当するから、所得税は課されないにもかかわらず、

 

それに反して、被告龍野税務署長(以下「被告税務署長」という。)が原告に対し、平成9年12月22日付でなした平成6年1月分、同年2月分及び平成7年2月分の各源泉徴収に係る所得税の納税告知処分(以下「本件告知処分」という。)並びに不納付加算税賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)は違法であるとして、

 

本件告知処分及び本件賦課決定処分(以下、合わせて「本件各処分」という。)のうち、国税不服審判所長の平成10年12月8日付裁決において取り消されなかった部分(納付すべき源泉所得税と不納付加算税の合計1003万5479円)の取消しを求めるとともに、被告国に対し、原告が本件各処分に基づいて平成10年4月20日納付した1123万8481円(本件告知処分により追加納付すべき1021万7481円と本件賦課決定処分により納付すべき102万1000円の合計)から右裁決による取消しにより原告に還付された120万3002円(源泉所得税109万4002円と不納付加算税10万9000円の合計)を差し引いた1003万5479円は不当利得になるとして、同金員及びこれに対する平成10年4月20日(右納付の日)から支払済みまで年5パーセントの割合による金員の支払を求めた事案である。

 

 

 

 

 一 争いのない事実等(証拠を掲げた事項以外は、当事者間に争いがない。)

  1 原告は、カメラ、フィルム等の小売販売及び写真の現像、焼き付け、引き伸ばし等を目的として昭和52年3月29日に設立された資本の額300万円、取締役4名(代表取締役1名を含む。)の有限会杜であり、同族会社である。平成5年2月21日から平成6年2月20日までの第一八事業年度における純売上高は1億6303万0624円、経常利益は4066万7482円である(甲一四、弁論の全趣旨)。

  2(一) 原告は、昭和54年8月30日開催の取締役会において、「代表取締役、取締役並に其の他の者の保険加入に依る弔慰金及び退職金等の資金確保及び会計処理に関する件」として、Bの推進するTKC企業防衛制度に加入することを決議した(以下「昭和54年取締役会決議」という。甲五の1ないし3)。

   (二) 原告は、右決議に基づき、同年9月1日、Bとの間で、被保険者を当時原告の代表取締役であった前代表者、保険金受取人を原告とする定期保険契約を締結した(以下「本件保険契約」という。)。

   (三) 原告は、本件保険契約に基づき、Bに対し、保険料を支払ってきた(弁論の全趣旨)。

  3(一) 前代表者は、原告の創業者で、昭和52年3月29日の設立以来代表取締役として実質的に原告の経営に携わり、多大な貢献をしてきたが(弁論の全趣旨)、平成4年7月25日、交通事故に遭って(以下「本件交通事故」という。)重度の障害を負い、植物人間状態となって(甲九の1・2、弁論の全趣旨)業務を遂行することが不可能になった。そのため、平成5年4月20日、原告の代表取締役を辞任し、以後、原告の非常勤の取締役となった(同日、現代表者が代表取締役に就任した。)。

   (二) その後、前代表者は、平成6年2月5日、原告の取締役も辞任した(甲四、弁論の全趣旨)。

  4(一) 原告は、前代表者の代表取締役辞任に先立ち、平成5年2月15日開催の取締役会で前代表者の退職慰労金1258万円を3回に分割して支給する旨の決議を行った(以下「平成5年取締役会決議」という。)。

   (二) 原告は、前代表者に対し、同年2月20日に500万円、平成6年2月18日に500万円、平成7年2月20日に258万円をそれぞれ支給して、所得税法199条により、右各退職手当等に対する源泉所得税として、平成5年4月5日に10万2941円、平成6年3月15日に10万2941円をそれぞれ納付したが、平成7年2月20日の支給分258万円に対する源泉所得税5万3118円は未納である(別紙1「課税の経緯一覧表」の「原告の納付額」欄参照)。

  5 この間の平成5年11月12日、前代表者が前記3(一)のとおり本件交通事故により重度の障害を負ったことにより、Bから原告に対し、本件保険契約に基づき、高度障害保険金1億1031万0960円(以下「本件保険金」という。)が支払われ、原告は、会計処理上、これを益金として雑収入勘定に計上した(なお、原告の平成6年2月20日決算における損益計算書〔乙一。以下「平成6年2月期損益計算書」という。〕の雑収入勘定1億1192万4412円は、本件保険金1億1031万0960円とその他の雑収入161万3452円の合計額である。)。

  6 原告は、平成6年1月21日、前代表者に対し、本件保険金を原資としてその約50パーセントに当たる5500万円(以下「本件金員」という。)を支払い(その残りの5531万0960円は、原告の内部に留保した。)、これを「退職金」の支給として経理処理し(右支払の際の会計伝票〔乙二〕の摘要欄に「退職金」と記載した。)、平成6年2月期損益計算書にも、「販売費及び一般管理費の計算内訳」の欄に「退職金等」として本件金員5500万円と前記4(二)記載の平成6年2月18日支給の500万円の合計額である6000万円を計上した。

    なお、原告は、本件金員支払の約3年後の後記7の税務調査の際に龍野税務署員から指摘を受けたこともあって(弁論の全趣旨)、右会計伝票の摘要欄の「退職金」との記載を抹消した上、「借方科目・口座名」欄の「6119」との記載を「高度障害見舞金」と訂正した。

  7 被告税務署長は、平成9年7月29日、原告に対する税務調査を実施したが、その結果、本件金員は所得税法30条1項に規定する退職手当等に該当すると判断し、退職金総額を6758万円(前記4の1258万円と本件金員5500万円の合計額)として源泉徴収に係る所得税を計算し、平成9年12月22日、別紙1の「被告龍野税務署長処分額」欄記載のとおり、本件各処分(本件告知処分及び本件賦課決定処分)を行った。

  8 原告は、平成10年1月14日、被告税務署長に対し、本件各処分について異議申立てをしたが、被告税務署長は、平成10年3月19日、右申立てをいずれも棄却した。

  9 原告は、平成10年4月17日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、同年12月8日付裁決において、別紙1の「国税不服審判所裁決額」記載のとおり、被告税務署長のなした本件各処分のうち一部を取り消したが、原告が前記第一の請求の趣旨第一項で取消しを求める部分は取り消されなかった。

  10 原告は、平成10年4月20日、被告税務署長が平成9年12月22日付でした本件各処分により納付すべき金額とされた1123万8481円を納付した。

  11 被告税務署長は、平成11年1月26日、国税不服審判所長の平成10年12月8日付裁決において取り消された税額である120万3002円を、還付加算金7万3600円を加算して、原告に還付した。

 

 

 

 二 関係する通達の規定

  1 所得税基本通達には以下のとおりの規定がある(乙三)。

         記

  (身体に損害を受けた者以外の者が支払を受ける傷害保険金等)

 9-20 令第30条第1号の規定により非課税とされる「損害保険契約に基づく保険金及び生命保険契約に基づく給付金で、身体の傷害に基因して支払を受けるもの」は、自己の身体の傷害に基因して支払を受けるものをいうのであるが、その支払を受ける者と身体に傷害を受けた者とが異なる場合であっても、その支払を受ける者がその身体に傷害を受けた者の配偶者若しくは直系血族又は生計を一にするその他の親族であるときは、当該保険金又は給付金についても同号の規定の適用があるものとする。

  (注) いわゆる死亡保険金は、「身体の傷害に基因して支払を受けるもの」には該当しないのであるから留意する。

  (高度障害保険金等)

 9-21 疾病により重度障害の状態になったことなどにより、生命保険契約又は損害保険契約に基づき支払を受けるいわゆる高度障害保険金、高度障害給付金、入院費給付金等(一時金として受け取るもののほか、年金として受け取るものを含む。)は、令第30条第1号に掲げる「身体の傷害に基因して支払を受けるもの」に該当するものとする。

  (葬祭料、香典等)

 9-23 葬祭料、香典又は災害等の見舞金で、その金額がその受贈者の社会的地位、贈与者との関係等に照らし社会通念上相当と認められるものについては、令第三〇条の規定により課税しないものとする。

  (退職手当等の範囲)

 30-1 退職手当等とは、本来退職しなかったとしたならば支払われなかったもので、退職したことに基因して一時に支払われることとなった給与をいう。従って、退職に際し又は退職後に使用者等から支払われる給与で、その支払金額の計算基準等からみて、他の引き続き勤務している者に支払われる賞与等と同性質であるものは、退職手当等に該当しないことに留意する。

  (引き続き勤務する者に支払われる給与で退職手当等とするもの)

 30-2 引き続き勤務する役員又は使用人に対し退職手当等として一時に支払われる給与のうち、次に掲げるものでその給与が支払われた後に支払われる退職手当等の計算上その給与の計算の基礎となった勤続期間を一切加味しない条件の下に支払われるものは、30-1にかかわらず、退職手当等とする。

  ((1)及び(2)、(4)ないし(6) 省略)

  (3) 役員の分掌変更等により、例えば、常勤役員が非常勤役員(常時勤務していない者であっても代表権を有するもの及び代表権は有しないが実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められるものを除く。)になったこと、分掌変更等の後における報酬が激減(おおむね50%以上減少)したことなどで、その職務の内容又はその地位が激変した者に対し、当該分掌変更等の前における役員であった勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与

 

  2 法人税基本通達には以下のとおりの規定がある(乙四)。

         記

  (定期保険に係る保険料)

 9-3-5 法人が、自己を契約者とし、役員又は使用人(これらの者の親族を含む。)を被保険者とする定期保険(一定期間内における被保険者の死亡を保険事故とする生命保険をいい、傷害特約等の特約が付されているものを含む。以下9-3-7までにおいて同じ。)に加入してその保険料を支払った場合には、その支払った保険料の額(傷害特約等の特約に係る保険料の額を除く。)については、次に掲げる場合の区分に応じ、それぞれ次により取り扱うものとする。

  (1) 死亡保険金の受取人が当該法人である場合

    その支払った保険料の額は、期間の経過に応じて損金の額に算入する。

  (2) 死亡保険金の受取人が被保険者の遺族である場合

    その支払った保険料の額は、期間の経過に応じて損金の額に算入する。ただし、役員又は部課長その他特定の使用人(これらの者の親族を含む。)のみを被保険者としている場合には、当該保険料の額は、当該役員又は使用人に対する給与とする。

 三 争点

   争点は、本件各処分が適法であるか否かであるが、より具体的には、本件金員は、下記の非課税所得のいずれかに該当するか、それとも退職金に該当するか、である。

  1 損害保険契約に基づき支払を受ける保険金で、心身に加えられた損害に基因して取得するもの(所得税法9条1項16号。高度障害保険金)。

  2 災害等の見舞金で、その金額がその受贈者の社会的地位、贈与者との関係等に照らし社会通念上相当であると認められるもの(所得税基本通達9-23。社会通念上相当な見舞金)。

第三 争点に関する当事者の主張

 一 被告らの主張

   以下のとおり、本件金員は、非課税所得である高度障害保険金及び社会通念上相当な見舞金のいずれにも該当せず、退職金であって、原告には源泉徴収義務があるから、本件各処分はいずれも適法である。

  1(一) 本件金員が高度障害保険金に該当しないことについて

    (1) 本件保険契約の申込書(甲七の1)によると、被保険者を前代表者、保険契約者を原告、保険金受取人を原告とする旨の記載があり、保険料を原告が支払い、事故等が発生した場合の保険金は、原告が受け取ることとなっている。そうすると、前代表者の事故等に基づき、保険会社が支払う保険金の受取人は原告であり、原告は保険金を収益として計上しなければならないのであって(法人税法22条2項)、実際に、原告は本件保険金を雑収入として計上し(乙一・平成6年2月期損益計算書)、その後、その本件保険金の半額である本件金員を前代表者に退職金として支給しているのである。

      もし、本件保険金を前代表者がBから直接受け取ったのであるならば、本件保険金は高度障害保険金に該当する。しかし、原告のような法人が受け取った本件保険金は、単に原告の収益でしかなく、法人税法が適用されるのであって、所得税法が適用される余地はない。そして、本件金員は、原告から前代表者への支払であり、後記のとおり、前代表者の退職を基因として支払われ、かつ、退職金としか考えられない経理処理がなされているのであるから、所得税法9条1項16号、所得税法施行令30条1号、所得税基本通達9-21に規定する(高度障害)保険金には該当しないというべきである。

    (2) 結局のところ原告の主張は、非課税所得に該当する保険金を原資として支給された手当は原資と同様に保険金であるとの独自の理論を述べているにすぎない。

      しかし、右(1)のとおり、原告の受領した本件保険金と原告の支出した本件金員は、全く別の主体間でなされた支払であり、その支払の根拠も異なるものであることは明らかである。

   (二) 本件金員が社会通念上相当な見舞金に該当しないことについて

    (1) 本件金員について、①原告は本件金員支払の際、退職金の支給として経理処理したこと(乙二・会計伝票)、②既に原告の社員総会において確定済みである平成6年2月期損益計算書(乙一)の販売費及び一般管理費の計算内訳に、退職金等として6000万円(平成6年1月21日支給の本件金員5500万円及び平成6年2月18日支給の500万円の合計額)の記載があることからすれば、原告は本件金員の全部をまさしく前代表者への退職金として支給したものと解されるのであり、見舞金を支給したと解する余地はないというべきである。

      しかも、所得税基本通達9-23により非課税所得とされる見舞金は、「その金額がその受贈者の社会的地位、贈与者との関係等に照らし社会通念上相当と認められるもの」に限られるところ、本件保険契約の際、前代表者が死亡した場合に支給すべき遺族弔慰金の額についての決議(昭和54年取締役会決議)はされているとしても、障害の場合に見舞金を支払う予定はなかったこと、平成5年取締役会決議により支給することが決定された前代表者の当初退職金の額1258万円の4倍以上に当たる5500万円という多額なものであることを考えると、本件金員は、見舞金として社会通念上相当な金額であるとは認められないというべきである。

    (2) この点について、原告は、本件金員を会計帳簿上「退職金」と仕訳したのは単なる技術的不注意(担当税理士の誤記)に基づくものであり、しかも、現在は既に「高度障害見舞金」と修正している旨主張する。

      しかし、前記(1)①の経理処理について、原告は、丙、丁の2名の税理士に税務申告等を委任していたのであるから、高度障害見舞金を単なる技術的不注意で退職金と誤って計上するということは到底考えられない。同②の平成6年2月期損益計算書の記載は、各取締役及び監査役の確認を経て、社員総会での承認を得たものであるから、原告において、本件金員は退職金の支払であると確定したものと解されるのである。さらに、本件金員の経理処理を退職金から高度障害見舞金に修正したのは、本件金員支払から約3年経過後の税務調査において退職金に係る源泉徴収漏れを指摘された後のことであるから、当初より高度障害見舞金として支出したものである旨の原告の主張は信用できないというべきである。

    (3) なお、原告が主張の根拠の一つとする各裁判例は、単に保険契約者の受領した保険金につきその一部を被保険者である従業員等に支払う必要があることを認めた事例等であり、その支払われた金員が、税法上どのような取扱いとなるかを判断したものではないから、これらの裁判例をもって、本件金員が非課税所得たる社会通念上相当な見舞金に該当するとの結論を導くことはできない。

    (4) したがって、本件金員は、所得税基本通達9-23、所得税法施行令30条3号、所得税法9条1項16号に規定する社会通念上相当な見舞金には該当しないというべきである。

  2 本件金員は、前記1の(一)及び(二)の非課税所得のいずれにも該当しないから課税所得となるが(所得税法7条1項1号)、以下のとおり、退職金であり、その所得区分は所得税法30条1項の退職所得(退職手当等)である。

   (一) 本件において、①前代表者は、平成5年4月20日に代表取締役を辞任し、非常勤の取締役となったこと、②原告は、本件金員の支給に当たり、退職金の支給として経理処理したこと、③既に原告における社員総会の承認により確定している(有限会社法46条・商法283条等)平成6年2月期損益計算書(乙一)の販売費及び一般管理費の計算内訳に退職金等として6000万円(平成6年1月21日支給の本件金員〔5500万円〕と同年2月18日支給の500万円の合計額)の記載があることからすれば、本件金員は、原告から前代表者に対して退職金として支給されたものであり、平成5年取締役会決議において決定した前代表者に対する退職金1258万円の追加支給と認められ、退職所得に該当するというべきである。

   (二) 本件金員は高度障害保険金であるとの原告の主張によるならば、本件金員は、Bから前代表者への支払であって、原告は単に通過しただけということになるから、仮受・仮払勘定を使うことになるはずであるが、実際には、原告は本件保険金を収益(雑収入)として経理処理している。また、本件金員が見舞金であるとの原告の主張によるならば、厚生費勘定等に計上されるはずであるが、実際には、原告は本件金員を退職金勘定に計上しているのである。

     右各事実は、原告が本件金員を前代表者に対する退職金と考えていたことの証左である。

   (三) 原告は、本件金員は、前代表者の原告における労務の提供に対する対価性を全く有しないものであり、手当や経費という性質を持つものではないから、いわゆる「見舞金」に外ならないと主張する。

     しかし、本件金員は、前代表者の代表取締役辞任を原因として支給されたものであり、過去の勤務に対する対価として支払われたと認められるのであって、原告の右批判は当たらない。

   (四) さらに、原告は、法人税法11条及び所得税法12条所定の実質所得者課税の原則は非課税の判定においても当然適用されるべき大原則であり、本件金員は、前代表者がその実質的な所得者であるから、所得税法9条により非課税といえるものである旨主張する。

     しかし、本件保険金は、本件保険契約によれば、原告が受け取るべきものであり、現実に原告が受け取ったのであるから、本件保険金にかかる実質的な所得者は原告である。したがって、実質所得者課税の原則をもって、本件金員が非課税所得に該当するとする原告の主張は、失当である。すなわち、本件保険金を受領した原告が、そのうちのいくらかの金員を前代表者に対して支払うか否かは、原告の選択によるものであって、そこには何らの必然性も存在しないのである。

   (五) 次に、原告は、退職金は、予め定められた一定の基準に基づいて一時金としてその支給が決定されるもので、雇用者の経済環境、経済状態によって支給される額が変動するものではないし、退職後の事情の変化によって支給額等の変更を受けるものでもないと主張する。

     しかし、現実には、有限会社における取締役に対する退職金については、その支給が原告主張のような態様で行われることはむしろ少数であり、現実には、個々の取締役の貢献度、会社の資金状況等に照らし、個別にその支給の有無及びその金額が定められることが多いということができる。また、退職金の分割支給も稀なことではない。したがって、本件金員の支給の態様と本件金員が退職金であることとの間には何らの矛盾もない。

   (六) 原告は、会社が取締役の退職に際して退職金を支払うには、役員退職金規程に基づいて支払うべき金額を算出し、右金額を退職者に支給する旨を取締役会決議において承認することが必要であるところ、本件金員の支払については取締役会決議は一切存在しない旨主張する。

     しかし、原告は、本件金員の支払につき、有限会社法32条、商法269条によって必要とされる社員総会の決議を経ていないようであるが、それは原告内部の手続的な瑕疵にすぎず、その瑕疵は、本件金員を支給した決算期の平成6年2月期損益計算書に対する社員総会の承認(有限会社法43条)によって治癒されたものというべきである。原告は、退職金であることを自認する金員についても、予め社員総会の決議を経ていないようであり、本件金員の支払に当たり原告が適正な手続を踏まなかったとしても、そのことが、本件金員が退職金以外のものであることの根拠とはならない。

   (七) 原告は、個人事業者の場合、保険金受取人が災害等により損害を受けた本人以外であるときでも、所得税基本通達9-20により課税されないこととなっているから、法人の場合も、受取保険金が収入としていったん課税対象となっても、災害等により損害を受けた本人に支払うことにより損金算入されることによって、所得税と法人税の整合性が保たれると主張する。

     しかし、同通達9-20は、「令第30条第1号の規定により非課税とされる『損害保険契約に基づく保険金及び生命保険契約に基づく給付金で、身体の傷害に基因して支払を受けるもの』は、自己の身体の傷害に基因して支払を受けるものをいうのであるが、」と前置きしており、非課税所得となる保険金とは、傷害を受けた者が直接受け取るものであることを前提としている。

     その上で、同通達9-20は、保険金の受取人が本人と同一視できる配偶者又は直系血族等が保険金の受取人である場合、例外的に、受け取った保険金を非課税とするものであり、法人の損金算入の問題には全く関係がない。仮に、前代表者の妻又は直系血族等が本件保険金の受取人となっており、Bから妻らが受領したものであれば、実質的に前代表者が受け取ったと同一視できるから、同通達9-20により非課税所得となるのであるが、本件では、現実には原告(法人)がその受取人となっていたから、同通達9-20の適用の余地はないのである。したがって、個人事業者であれば同通達9-20の適用がある旨の前記原告の主張は同通達9-20の解釈を誤るものである。

  3 そこで、当初支給額の1258万円と本件金員5500万円の合計額6758万円を退職金として所得税額を算出し(1114万5000円)、その所得税額を各支給金額に応じて按分すると、別紙2のとおり、平成6年1月21日支給分5500万円に係る源泉所得税額は970万4590円、同年2月18日支給分500万円に係る源泉所得税額は88万2235円、平成7年2月20日支給分258万円に係る源泉所得税額は45万5234円であるから、右各金額の範囲内でなされた本件告知処分(但し、裁決による一部取消し後のもの)は適法である。

    不納付加算税の額は、右各月分の納税告知額に国税通則法67条1項に規定する100分の10の割合を乗じた別紙1の(7)欄記載のとおりであるから、本件賦課決定処分も適法である。

 二 原告の主張

   以下のとおり、本件金員の性質は高度障害保険金又は社会通念上相当な見舞金であって非課税所得に該当するから、原告は源泉徴収義務を負わず、本件各処分はいずれも違法である。

  1 本件金員は退職金ではない。このことは以下の理由から明らかというべきである。

   (一) 「退職所得」とは、退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与に係る所得をいう(所得税法30条1項)。所得税基本通達30-1によれば、「退職手当等とは、本来退職しなかったとしたならば支払われなかったもので、退職したことに基因して一時に支払われることとなった給与をいう。」ところ、本件金員は、前代表者の原告代表取締役(又は取締役)退職とは全く別次元で支払われたものであって、偶発的に発生した本件交通事故により前代表者が傷害を負い、原告がBから保険金を受け取ったことを契機として支払われたものである(そもそも、前代表者が本件交通事故に遭わなければ支払われることのなかった金員である。)。

   (二) 退職金は、退職者が退職した際に予め定められた一定の基準に基づいて一時金としてその支給が決定されるもので、雇用者の経済環境、経済状態によって支給される額が変動するものではないし、退職後の事情の変化によって支給額等の変更を受けるものでもない。退職金が分割で支払われることもあるが、その場合も、一時金として確定した金額が、会社の資金事情などにより分割で支払われるにすぎない。

   (三) 会社が取締役の退職に際して退職金を支払うには、役員退職金規程に基づいて支払うべき金額を算出し、右金額を退職者に支給する旨を取締役会決議において承認することが必要であるところ、原告は、平成5年取締役会において、前代表者の退職慰労金1258万円を三回に分割して支給する旨の決議を行っているところ、これ以外の金員を追加退職金として前代表者に支払う旨の決議は一切されていない。すなわち、本件金員の支払については、取締役会決議は一切存在しない。

     原告は、Bからの受取保険金の一部(50パーセント)を前代表者に支払うという意思のもとに、すなわち、昭和54年取締役会決議(同取締役会議事録別表〔甲五の3〕)に基づいて、本件金員の支払をなしたものである(なお、同別表の「保険事故の内容」の「病気及び傷害」欄は、「保険約款に基ずく給付金の全額」と記載されているが、死亡事故の場合、保険金の50パーセントを被保険者側に支払うとされていることから、原告は、本件の高度障害保険金の場合も、50パーセントを被保険者側に支払うことを予定していた。また、同別表に「死亡退職金」との記載があるが、本件金員は退職金ではないから、これは被保険者に対する支払と読み替えるべきである。)。

   (四) 退職金とは、過去における継続的な一定期間の勤務に対する報酬ないし労務の対価の後払い的性格のものであるところ、本件金員の金額の算出根拠は、原告の受取保険金1億1000万円の50パーセントという単純なものであり、原告の経済活動とは実質的関連性を有しない。本件保険金の受取人がたまたま原告となっていたため、原告は、形式上いったん本件保険金を全額受け取ったが、その後、法的には不当利得的考慮によって、本件保険金の半額の本来的受取人である被保険者に対し本件金員を支払ったものである。原告の立場からすれば、前代表者に支払った金員は、原告の経済活動外の金員であり、財務上は、仮受金の受取と支払にすぎず(資金が一時的に通過したにすぎない。)、原告の損益勘定に全く影響を及ぼさないものである。

     すなわち、本件金員は、前代表者の原告における労務の提供に対する対価性を全く有しないものであり、手当や経費という性質を持つものではないから、いわゆる「見舞金」に外ならない。

   (五) 法人税法11条及び所得税法12条は、実質所得者課税の原則を規定しており、右原則は、非課税の判定においても当然適用されるべき大原則である。本件金員は、保険金受取人である原告を経由して前代表者が受領したものであって、前代表者がその実質的な所得者であるから、所得税法9条により非課税といえるものである。

     なお、個人事業者の場合、保険金受取人が災害等により損害を受けた本人以外であるときでも、所得税基本通達9-20により課税されないことになっているから、法人の場合も、受取保険金が法人の収入としていったん課税対象となっても、災害等により損害を受けた本人に支払うことにより損金算入されることによって、所得税と法人税の整合性が保たれる。

   (六) 被告らは、原告が本件金員を退職金と仕訳したことのみをもって、右金員が退職金であると主張しているものにすぎないが、これは、たとえば現金及び各種預金を「現預金」と仕訳するのと同様に、退職金と一括して「退職金」と仕訳したものにすぎず、単なる技術的不注意(担当税理士の誤記)に基づくものであり、しかも、原告は、本件金員が狭義の退職金であるとの誤解を防ぐために現在は既に「高度障害見舞金」と修正している。

  2 本件金員は、以下に述べるとおり、非課税所得である高度障害保険金又は社会通念上相当な見舞金に該当する。

   (一) 本件金員は、以下の理由により、高度障害保険金に該当する。

    (1) 所得税法9条1項16号と同趣旨の非課税所得の規定は、昭和22年の同法全文改正の際に創設されたものであり、その後、数次の改正を経て、現在の規定に至っているが、「非課税所得の保険金は、保険会社等から被保険者本人に直接支払われる保険金をいう。」とか、「当該保険契約が保険金受取人と保険会社との間に締結され、保険料を保険金受取人が支払うものを指す。」というような保険金受取人等を限定する趣旨の規定が設けられたことはない。

    (2) 非課税所得である損害保険契約に基づく保険金及び損害賠償金等について、昭和37年の所得税法施行令4条の7の規定創設の根拠となった「昭和36年12月の税制調査会答申及びその審議の内容と経過の説明」の中で、「この種の問題に対する取扱いは、あまり理論にのみ走ることは適当ではなく、常識的に支持されるものでなければならない。」、人的損害に対する補償について、「たとえそれが事業所得又はこれに準ずるものの収入金額の補償であっても非課税とすることが一般の常識にも合致し、適当であると認めた。」とまで述べられている点を考慮すべきである。

    (3) 原告が受け取った本件保険金の一部は、原告に留保しているが、本件保険契約は前代表者の心身に加えられた保険事故による会社(原告)の業績低下に備えるためのものであって、保険金受取人たる原告の経済的かつ法律的に正当な理由に基づくものである。

    (4) ところで、近時、雇用主が保険会社との間で、被用者等を被保険者として保険契約を締結する事例が増加しており、万一事故が発生し保険金が支払われた場合、当該保険金は被保険者である被用者等の福利厚生に充てるべきものであるとの考え方が社会通念となっている。そして、原告の前代表者に対する本件金員の支払は、保険金は本来的に被保険者のものであるとの右社会通念に沿ったものである。近時の裁判例(名古屋地裁昭和62年7月31日判決・判例時報1261号109頁、青森地裁平成8年4月26日判決・判例時報1571号132頁、名古屋地裁平成9年5月12日判決・判例時報1611号127頁等)も、保険金の種類が、団体定期保険であるにせよ会社受取の個人保険であるにせよ、他人(被用者等)の生命の保険であるにもかかわらず保険契約者である会社が保険金を受け取ることができるこの種の保険商品の本来の趣旨(被保険者である従業員等の福利厚生)から、会社に生命保険金等が支払われた場合、会社に対しその相当額を被用者等に支払うよう命じているのである。

    (5) 原告は、本件交通事故により、Bより本件保険金1億1031万0960円を受け取ったが、そのうちの50パーセントに当たる5500万円を前代表者に支払った。これは、前記1(三)のとおり、原告が、昭和54年取締役会決議をもって、原告が保険料を払い込む本件保険契約に関して、万一保険金支払事由が発生し、原告が保険金を受け取ることとなった場合、その半分を被保険者等に支払う旨を事前に決定していたことによるものである。

   (二) 本件金員は、以下の理由により、社会通念上相当な見舞金に該当するというべきである。

    (1) 本件保険金支払の原因となった本件交通事故により、前代表者は植物人間状態になったものであり(甲九の1・2)、同人は死亡に匹敵する損害を被ったものである。交通事故も災害の一形態に他ならないことは常識であり、Bも本件交通事故を災害と認定したからこそ、災害保険特約保険金5000万円を付加して原告に支払ったものである。したがって、本件交通事故は、所得税基本通達9-23の「災害」に該当するというべきである。

    (2) そして、本件金員の金額は、災害等の見舞金として社会的に相当な金額である。

      確かに、5500万円という金額だけを見れば高額ではあるが、前代表者は、同族会社で小規模な有限会社である原告の創業者であって、創業以来約16年にわたり、代表取締役として経営の根幹に携わってきた者で、原告に多大な貢献をした人物である。本件交通事故当時においても、前代表者は、原告の単なる代表取締役にとどまるものではなく、原告の事業を一手になしていたものであり、同人なしには原告の事業の存続が困難となるといえる程の地位にあったものである。

      このような前代表者の地位及び原告に対する貢献の程度からすれば、同人に対して、原告が保険金額の50パーセントに相当する5500万円の見舞金を支払っても、社会通念上、過分の金員支払といえないことは明らかである。

 

 

 

 

第四 当裁判所の判断

 

 一 所得税法7条1項1号は、「非永住者以外の居住者」に対して、「すべての所得」について所得税を課する旨規定している。したがって、本件金員についても、同法9条所定の非課税所得に該当しない限り、所得税の課税対象となる。

 

   そこで、本件金員が非課税所得たる高度障害保険金(損害保険契約に基づき支払を受ける保険金で、心身に加えられた損害に基因して取得するもの)又は社会通念上相当な見舞金(災害等の見舞金で、その金額がその受贈者の社会的地位、贈与者との関係等に照らし社会通念上相当であると認められるもの)に該当するか、それとも課税所得たる退職金に該当するかについて、以下判断する。

 

 

 二 まず、本件金員が非課税所得たる高度障害保険金に該当するかどうかについて検討する。

 

 

  1 前記第二の一(争いのない事実等)記載のとおり、原告は、Bとの間で、被保険者を当時原告の代表取締役であった前代表者、保険金受取人を原告とする本件保険契約を締結し、その保険料をBに支払ってきたこと、原告は、平成5年11月21日Bから受け取った本件保険金(1億1031万0960円)を会計処理上益金として雑収入勘定に計上し、平成6年1月21日、本件保険金を原資として約50パーセントに当たる本件金員(5500万円)を前代表者に支払ったこと(残りの5531万0960円は原告の内部に留保した。)、その際、原告は、これを「退職金」の支給として経理処理したこと(会計伝票〔乙二〕の摘要欄に「退職金」と記載した。)、平成6年2月期損益計算書にも、「販売費及び一般管理費の計算内訳」の欄に「退職金等」として本件金員5500万円と平成6年2月18日支給の500万円の合計額である6000万円を計上したことに照らせば、本件金員は、所得税法9条1項16号に規定する「保険金」には該当しないと認めるのが相当である。

 

 

  2 原告は、本件金員を前代表者に支払った際、右1説示のように退職金の支給として経理処理したことにつき、単なる技術的不注意(担当税理士の誤記)に基づくものであり、しかも、原告は、本件金員が狭義の退職金であるとの誤解を防ぐために現在は既に「高度障害見舞金」と修正していると主張する。前記第二の一6後段記載のとおり、原告は、本件金員支払の約3年後の税務調査の際に龍野税務署員から指摘を受けたこともあって、右会計伝票の摘要欄の「退職金」との記載を抹消した上、「借方科目・口座名」欄の「6119」との記載を「高度障害見舞金」と訂正したが、本件金員支払当時の経理処理が単なる技術的不注意(担当税理士の誤記)に基づくものと認めるに足りる証拠はなく、3年も経過してから右のように会計伝票の記載を訂正したからといって、右認定を左右するものではない。

 

 

  3 原告は、原告の前代表者に対する本件金員の支払は、保険金は本来的に被保険者のものであるとの社会通念に沿ったものである旨主張する。しかし、本件保険契約は、前記1のとおり、保険金受取人を原告としているのであり、原告が主張するとおり本件保険金のうちの本件金員は本来的に被保険者のものであるというのであれば、被保険者である前代表者を受取人とする保険契約を締結すべきであり、しかも、そのような方法をとることは容易であることからすると、あえて、そのような内容の契約をしていない以上、本件金員が本来的に前代表者のものであるとまでいうことはできない。

 

    また、原告は、個人事業者の場合、保険金受取人が災害等により損害を受けた本人以外であるときでも、所得税基本通達9-20により課税されないことになっているから、法人の場合も、受取保険金が法人の収入としていったん課税対象となっても、災害等により損害を受けた本人に支払うことにより損金算入されることによって、所得税と法人税の整合性が保たれると主張する。

 

しかし、同通達9-20は、「所得税法施行令30条1号の規定により非課税とされる『損害保険契約に基づく保険金及び生命保険契約に基づく給付金で、身体の傷害に基因して支払を受けるもの』は、自己の身体の傷害に基因して支払を受けるものをいうのであるが」とした上で、

 

例外的に、支払を受ける者と身体に傷害を受けた者とが異なる場合であっても、支払を受ける者が身体に傷害を受けた者の配偶者若しくは直系血族又は生計を一にするその他の親族であるときは

 

右所得税法施行令30条1号の適用があるものとするとしているのであって、

 

傷害保険金等の受給者が傷害を受けた者本人以外であるとき一般に非課税としているわけではなく、

 

配偶者、直系血族、生計を一にする親族であるときに限って非課税としている上、

 

受給者については、保険会社から直接支払を受けた者であることを前提にしており、

 

前代表者のように保険金の支払を受けた者(原告)から更に金員の交付を受けた者は想定していないものと解される。

 

 

  4 そうすると、本件金員は高度障害保険金に該当しないというべきである。

 

 

 

 三 次に、本件金員が非課税所得たる社会通念上相当な見舞金に該当するかどうかについて検討する。

 

 

  1 所得税基本通達9-23は、「葬祭料、香典又は災害等の見舞金」で、「その金額がその受贈者の社会的地位、贈与者との関係等に照らし社会通念上相当と認められるもの」については、所得税法施行令30条の規定により課税しないものとする旨定めている。

 

  2 前代表者は、原告の創業者で、昭和52年3月29日の原告設立以来、平成4年7月25日に本件交通事故に遭うまで、代表取締役として実質的に原告の経営に携わり、多大な貢献をしてきたことは、前記第二の一(争いのない事実等)3(一)記載のとおりである。しかし、同じく第二の一記載のとおり、

 

本件金員は、5500万円という多額なものであること、

 

平成5年取締役会決議において、前代表者に対する退職慰労金として支給するものとされた金額は1258万円にすぎないこと、

 

原告は本件金員の支払に当たり、「退職金」の支給として経理処理したこと、

 

平成6年2月期損益計算書にも、「販売費及び一般管理費の計算内訳」の欄に「退職金等」として本件金員5500万円を含む6000万円を計上したこと、

 

そして、原告は有限会社で、規模もそれほど大きくない同族会社であることからすれば、本件金員は、葬祭料、香典とともに列挙された災害等に対する見舞金として社会通念上相当なものであるということは到底できない。

 

  3 したがって、本件金員は、所得税基本通達9-23、所得税法施行令30条3号、所得税法9条1項16号に規定する社会通念上相当な見舞金には該当しないと認めるのが相当である(右所得税基本通達9-23の規定自体も、所得税法9条1項16号、所得税法施行令30条3号の税務当局内部における解釈の基準を示すものとして不合理とはいえない。)。

 

 四 前記二、三説示のとおり、本件金員は非課税所得である高度障害保険金、社会通念上相当な見舞金のいずれにも該当しないと認められ、その他所得税法9条1項各号所定の非課税所得にも該当しないと認められるので、次に、本件金員が被告らの主張する退職金に該当するかどうかについて検討する。

 

  1 一般に、雇用主から役員及び従業員に支払われる金員は、所得税法9条に列挙する非課税所得に該当するものを除き、給与所得又は退職所得のいずれかに分類され、所得税法上別個の取扱いを受ける。

 

    給与所得は、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいい(所得税法28条1項)、退職所得は、退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与に係る所得をいう(同法30条1項)ものと規定されている。

 

    そして、その後者の退職手当等の範囲について、所得税基本通達30-1は、「退職手当等とは、本来退職しなかったとしたならば支払われなかったもので、退職したことに基因して一時に支払われることとなった給与をいう。従って、退職に際し又は退職後に使用者等から支払われる給与で、その支払金額の計算基準等からみて、他の引き続き勤務している者に支払われる賞与等と同性質であるものは、退職手当等に該当しないことに留意する。」旨規定している。

 

 

ただし、同通達30-2(3)は、「引き続き勤務する役員又は使用人に対し退職手当等として一時に支払われる給与のうち、」「役員の分掌変更等により、例えば、常勤役員が非常勤役員(常時勤務していない者であっても代表権を有するもの及び代表権は有しないが実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められるものを除く。)になったこと、分掌変更等の後における報酬が激減(おおむね五〇%以上減少)したことなどで、その職務の内容又はその地位が激変した者に対し、当該分掌変更等の前における役員であった勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与」で、「その給与が支払われた後に支払われる退職手当等の計算上その給与の計算の基礎となった勤続期間を一切加味しない条件の下に支払われるものは、30-1にかかわらず、退職手当等とする。」旨規定している。

 

 

    したがって、前示のとおり、本件金員が、所得税法9条に列挙される非課税所得のいずれにも該当しない以上、前代表者の代表取締役就任期間を計算基準とした退職手当として支給されたものであれば、退職所得に該当し、それ以外の理由による支給であれば、前代表者は本件金員支払当時(平成6年1月21日)依然として役員(非常勤の取締役)であったことから、給与所得に該当することになる。

 

 

  2 本件において、前記第二の一(争いのない事実等)記載のとおり、

 

①前代表者は、平成5年4月20日、原告の代表取締役を辞任し、非常勤の取締役となったこと、

 

②原告は、平成6年1月21日、前代表者に対し、本件保険金を原資としてその約50パーセントに当たる額の本件金員を支払ったこと、

 

③原告は本件金員の支払を「退職金」の支給として経理処理したこと(前示のとおり、右経理処理につき、原告は、本件金員支払の約3年後の税務調査の際に龍野税務署員から指摘を受けたこともあって「高度障害見舞金」と訂正したが、本件金員支払当時の経理処理が単なる技術的不注意に基づくものと認めるに足りる証拠はない。)、

 

④原告の平成6年2月期損益計算書にも「販売費及び一般管理費の計算内訳」の欄に「退職金等」として本件金員5500万円と平成6年2月18日支給の500万円の合計額である6000万円を計上したこと、

 

⑤前代表者は、原告の創業者で、昭和52年3月29日の原告設立以来、平成4年7月25日に本件交通事故に遭うまで、代表取締役として実質的に原告の経営に携わり、多大な貢献をしてきたこと、

 

⑥前代表者は、本件交通事故により、植物人間状態となって、業務を遂行することが不可能になったこと、

 

以上の事実を総合すると、本件金員は、原告が本件保険金を受け取り、退職金の支払原資が新たに生じたことにより、前代表者の原告に対する多大な貢献を踏まえて、平成5年取締役会決議において決定した退職金1258万円に追加して退職金として支給されたものであると認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

 

 

    前代表者は、平成5年4月20日に代表取締役を辞任して非常勤の取締役となっているが、本件金員の支払は、前代表者が「役員の分掌変更等により、例えば、常勤役員が非常勤役員になった」場合で、右⑤⑥から明らかなとおり右変更前における代表取締役としての長年にわたる多大な貢献を踏まえてなされたものであり、退職手当等に該当する(所得税基本通達30-2(3))というべきであり、

 

また、本件金員が労務の提供に対する対価たる性質を有するかという点については、植物人間状態になった前代表者に対する支払であるにもかかわらず、5500万円という高額であることに照らせば、前代表者が原告の代表取締役であった期間の勤務に対する功労報償的な支払であるとみるのが相当である。

 

 

  3 原告は、退職金は、退職者が退職した際に予め定められた一定の基準に基づいて一時金としてその支給が決定されるもので、雇用者の経済環境、経済状態によって支給される額が変動するものではないし、退職後の事情の変化によって支給額等の変更を受けるものでもない旨主張する。

 

    しかし、退職金は、予め定められた一定の基準に基づいて、一時金としてその支給が決定される場合が一般的であるとはいえても、必ずしもこのような場合に限定されるわけではなく、いったん退職金支給決議をした後であっても、本件のように支払原資が生じたなどの理由によって、功労に応じて追加支給することもありうることであって、右原告主張の形態で支払われることが退職金であることの不可欠の要件であるというわけではない。

 

  4 なお、本件金員が支払われた平成6年1月21日の時点では、前代表者は原告の非常勤の取締役であったので、本件金員を役員賞与と解する余地もないではないが、前代表者は平成5年4月20日に代表取締役を辞任して非常勤の取締役となる以前から、その障害の程度から原告の取締役としての業務遂行は不可能であったことからすれば、本件金員は、前代表者が代表取締役であった期間の勤務に対する功労報償的な支払であると考える方が自然というべきである。

 

 五 以上のとおり、本件金員は原告が前代表者に対して支払った退職金であると認めるのが相当であるところ、居住者に対し国内において所得税法30条1項に規定する退職手当等の支払をする者は、その支払の際、その退職手当等について所得税を徴収し、その徴収の日の属する月の翌月10日までに、これを国に納付しなければならない(同法199条)から、原告は本件金員について所得税の源泉徴収義務を負うものであることが明らかである。

 

   そして、原告が前代表者に対し支給した退職金(本件金員を含む合計6758万円)に係る源泉所得税額は、前記第三の一(被告らの主張)3説示のとおりとなるから、別紙2の「計算値」欄の金額の範囲内でなされた本件告知処分(但し、裁決による一部取消し後のもの)は適法であり、本件告知処分による納税告知額を基礎として計算した額の不納付加算税を賦課する旨の本件賦課決定処分もまた適法というべきである。

 

   したがって、被告税務署長がした本件各処分の取消しを求める原告の請求はいずれも理由がないし、本件各処分が違法であることを前提に、被告国に対し本件各処分に基づいて納付した金員(但し、裁決による取消しにより原告に還付された金額を除く。)と同額の支払を求める請求も理由のないことが明らかである。

 

 六 結論

   よって、原告の被告らに対する請求をいずれも棄却することとして、主文のとおり判決する。

    神戸地方裁判所第二民事部

        裁判長裁判官  水野 武

           裁判官  中村 哲

           裁判官  今井輝幸