分掌変更役員退職金(8)

 

 

法人税更正処分等取消請求控訴事件

 

 

【事件番号】 東京高等裁判所判決/平成18年(行コ)第15号

 

【判決日付】 平成18年6月13日

 

【判示事項】

 

(1) 会社の代表取締役を辞任し、役員として引き続き従事している者に退職金として支給した金員の損金算入の可否(原審判決引用)

      

(2) 原告会社の前代表者は、代表取締役及び取締役を退任した旨の原告会社の主張が、本件における事実を総合すれば、前代表者は少なくとも原告会社の取締役を退任した事実はないとして排斥された事例(原審判決引用)

      

(3) 法人税基本通達9-2-23(役員の分掌変更等の場合の退職給与)の趣旨と同通達にいう「退職給与として支給した給与」の意義(原審判決引用)

      

(4) 法人税基本通達9-2-24(退職給与の打切支給)及び同通達9-2-25(使用人が役員となった場合の退職給与)の本文に「支給(を)した」との文言が用いられているところ、これらには、「未払金等に計上した場合は含まれない」旨の注書きが付されているのに対し、同通達9-2-23(役員の分掌変更等の場合の退職給与)には同様の注書きがないから、文理上、未払退職給与の損金算入が認められる旨の原告会社の主張が、同通達9-2-23は、そもそも法人税法上は認められないはずの退職によらない役員退職給与を認める特例であり、現実に支給した退職給与を指し、未払退職給与については含まない趣旨であったことから、注書きを設けなかったものとみるのが相当であって、同通達の意味内容を注書きの不存在を根拠として反対解釈することは許容されるものではないとして排斥された事例(原審判決引用)

      

(5) 法人税基本通達9-2-25(使用人が役員となった場合の退職給与)の注書きの趣旨(原審判決引用)

      

(6) 法人税基本通達9-2-24(退職給与の打切支給)の注書きの趣旨(原審判決引用)

      

 

 

【掲載誌】  税務訴訟資料256号順号10425

 

 

について検討します。

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 本件控訴を棄却する。

 2 控訴費用は、控訴人の負担とする。

 

       

 

 

事実及び理由

 

 

第1 控訴の趣旨

  1 原判決を取り消す。

  2 被控訴人が、控訴人の平成13年5月16日から平成14年5月15日までの事業年度の法人税について、平成15年3月31日付けでした更正処分のうち、所得金額737万3187円を超える部分、納付すべき税額158万8500円を超える部分及びこれに伴う過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

 

 

 

第2 事案の概要等

  1 本件は、株主総会において前代表取締役に対する役員退職慰労金の支給を決議した控訴人が、当該事業年度においては未支給であったものの、これを損金の額に算入した上で青色申告書を提出したところ、被控訴人から、当該前代表取締役には役員を退職した事実はなく、また、当該役員退職慰労金は法人税基本通達で損金算入が認められている役員の分掌変更等の場合の退職給与にも当たらないとして、更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けたことに対して、これらの取消しを求めている事案である。

 

  2 原判決は、前代表取締役が取締役を退任した事実はないものとし、法人税基本通達(本件通達)中、分掌変更等の場合に支給される退職給与に関する部分(本件通達9-2-23)は、未払退職給与には適用がなく、被控訴人がした更正通知書には理由付記の不備の違法もないから、被控訴人が控訴人に対してした処分はいずれも適法であるとして控訴人の請求を棄却した。

 

    これに対し、控訴人は、前代表取締役は代表者のみならず取締役も退任しており、原判決は証拠の評価を誤ったものであると主張し、本件通達9-2-23の適否については、本件通達の他の部分の体裁との対比上、並びに通達の趣旨及び退職給与の趣旨に照らし、実際に退職した場合の退職給与と同様に債務の確定により、未払であっても損金算入が認められると解すべきであると主張して控訴した。

 

  3 関係法令等の定め、前提事実及び争点は、原判決の「事実及び理由」の第2の1から3に記載のとおりであるからこれを引用する。当審における争点は①前代表取締役が取締役を退任した事実が存在するか否か、②前代表取締役に支給するものとされた本件退職金について、本件通達中分掌変更等の場合の退職給与に関する部分(本件通達9-2-23)の適用があるか否かである。

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

 

  1 当裁判所も、控訴人の請求は理由がないと判断する。

    その理由は以下に付加する外は、原判決の「事実及び理由」の「第3 当裁判所の判断」記載のとおりであるから、これを引用する。

    ただし、原判決30頁12行目の「本件乙株主総会議事録」を「本件丙株主総会議事録」と訂正する。

    (1) まず、乙が控訴人の取締役を辞任したかについて、乙が平成14年5月7日まで控訴人の取締役の地位にあり、同月10日以降もまた取締役の地位にあることは当事者間に争いがない。

 

     ア 控訴人の株主総会議事録及び取締役会議事録(甲5、8、9)によると、

 

平成14年5月7日、まず、乙の代表取締役辞任を承認する本件甲株主総会が開催され、

 

その後、甲を代表取締役に選任する本件甲取締役会が、

 

さらにその後、乙に退職慰労金9000万円を支給することを決議した本件乙株主総会が開催されたとされている。

 

乙の退任が既に承認された後の本件乙株主総会議事録では、乙が代表取締役を退任し、相談役に就任したことが記載され、乙の肩書は取締役と記載されている。

 

 

       また、証拠(甲1)によると、控訴人の商業登記簿上、

 

乙が平成14年5月7日控訴人の取締役に就任した旨の登記がされており、

 

控訴人主張のように一旦取締役を退任した上、再度取締役に就任した旨の登記はされておらず、

 

乙は上記同日取締役に就任したものと推認される。

 

       なお、この商業登記簿上の記載について、

 

控訴人は、乙が取締役の選任を懈怠していたため、

 

商業登記簿上控訴人の取締役はすべて平成13年8月15日任期満了により退任し、

 

以後取締役の選任手続が行われるまで退任取締役としての責任を負っている状況にあり、

 

再度退任することができなかったと主張するが、

 

 

 

 

実際に乙が取締役を退任したのであれば、

 

平成14年5月7日付けで、乙以外の取締役のみが就任した旨の登記手続をした上、

 

乙について同月10日付けで再度就任の登記をすれば足りたものであるから、控訴人の主張は失当である。

 

 

       また、上記登記手続について助言をした司法書士の陳述書(甲11)によると、

 

乙の代表取締役及び取締役退任、甲の代表取締役及び取締役就任の相談を受けた際、取締役を退任している乙が更に辞任することができないとして、それぞれ改選する場合の記載方法を指導したというのであるが、

 

上記指導に従ったからといって、乙が平成14年5月7日に改選されて再度就任した旨の虚偽の登記手続を申請する理由にはならない。

 

 

     イ 証拠(証人乙)によると、控訴人の定時株主総会は、毎年7月に開催されていることが認められるが、上記のとおり、乙はその僅か2箇月前に臨時株主総会を開催して代表取締役を辞任し、引き続き開催した取締役会で甲を代表取締役として選出している。

 

       乙は平成12年4月、腎不全となり、以後週3回の腎臓透析を要する状況にあったが、控訴人提出の診断書(甲14、15)によっても、平成14年5月ころ、乙の容態が悪化するなど直ちに代表取締役を辞任しなければならないような健康上の事情が存在したことは窺われない。

 

       他方、証拠(甲5、6、証人乙)によると、

 

甲は平成10年から控訴人において勤務しており、

 

乙は、平成14年ころには控訴人の経営を委せることができるようになったと認識していたことが認められるが、

 

乙が、定時株主総会を待たず、臨時株主総会を開催してまで甲を取締役に選任することを決意した理由は不明である。

 

     ウ そして、そのわずか3日後の平成14年5月10日付けで本件丙株主総会が開催され、

 

乙を取締役に選任する旨の決議がされたとの本件丙株主総会議事録が作成されているが(甲10)、

 

控訴人の主張によれば、これは乙が金融機関の担当者に相談したところ、

 

取締役を退任するのは問題であるとの指摘がされたことによるというのである。

 

 

       しかしながら、乙が、平成14年4月辞任届(甲7)まで作成して代表取締役のみならず取締役の退任を決意したというのであるが、

 

証人乙は、そのころ金融機関の担当者に、具体的に取締役を退任することまでは説明せずに相談していた旨証言している。

 

その証言内容は不自然であるだけではなく、退任に際し、控訴人の取引が円滑に継続できるよう関係各機関と折衝するという代表取締役として当然の行為を行わなかったことを自認するものであって、乙に実際に取締役を辞任する意思があったのか疑問があるといわざるを得ない。

 

 

       また、証拠(甲20、21、証人乙)によると、乙が相談した金融機関の担当者は、いずれも既に控訴人の担当を外れていたことが認められ、

 

上記陳述書の記載や証人乙の証言によっても、上記担当者からの指摘の内容も漠然と今後の融資が危ういというだけで、当該金融機関が控訴人に対し具体的にどのような不利益取扱をするのかについては何らの指摘もされていないし、

 

乙が退任からわずか3日後に取締役に復帰しなければ控訴人が具体的に損害を被るものと判断せざるを得ないような切迫した内容のものでもなかった。

 

さらに、乙は健康上の理由で取締役としての任にも耐えないとして、臨時株主総会まで開催して辞任したのであるから、取締役に復帰するとしてもどのような勤務内容とするのか等復帰の条件として具体的に検討すべき点は多々あったものと思われるのに、これらの点について甲やその他の取締役らと相談した形跡も見当たらない。

 

 

     エ これらの点を考慮すると、一連の本件各株主総会において、その議事録記載の内容の議決をした旨の乙や甲ら取締役等の陳述書等の記載、乙の証言は信用できない。

 

       他に上記判断を左右するに足りる証拠はない。

 

       したがって、乙は平成14年5月7日控訴人の取締役を退任したものではなく、その後も継続して取締役の地位にあったものというべきであるから、これと同旨に出た原判決は相当である。

 

 

    (2) 次に、控訴人は、乙が取締役を退任したことがないとしても、本件退職金については、分掌変更による退職給与として損金処理が認められると主張している。

 

 

     ア 本件通達9-2-23は「退職給与として支給した給与」のうち法人税法上退職給与として取り扱うことができる場合について定めたものであり、文言上は既に支払っていることが必要であると解すべきであるところ、控訴人は未払金として計上した場合もこれに含まれると主張している。

 

 

       本件通達9-2-24(退職給与の打切支給)は「退職給与を打切り支給した場合」について、同9-2-25(使用人が役員となった場合の退職給与)は使用人であった期間に係る退職給与として計算される「金額を支給したとき」について定めているところ、上記各通達はいずれも注書きで未払金等に計上した場合を含まない旨規定しているのに対し、本件通達9-2-23ではこのような注書きがないことは控訴人指摘のとおりである。

 

     イ 証拠(甲23の1から6)によると、上記各通達部分はその体裁が変更されて現在に至っており、本件通達9-2-24については昭和44年から、本件通達9-2-25について昭和54年から注書きが規定されるに至ったことが認められ、変更の経過に照らし、上記各通達部分が定められた当初から統一した体裁を持っていたものではないことが認められる。

 

       また、本件通達9-2-24や同9-2-25が、本文やその但書ではなく注書きの形で未払金等として計上された場合を含まないと記載していることからすれば、本文の「支給した」退職給与等には、未払金等として計上された場合を含んでおり、これを注書きを付することにより未払金等の場合を除外したものではなく、本文の「支給した」退職給与等が既に支給したもののみを指していることを明確にするために付されたものと解すべきである。

 

       したがって、このような注書きのない本件通達9-2-23について、注書きがないことをもって未払金等として計上する場合を含むものと解するのは相当ではない。

 

 

     ウ 他方、法人税法36条は、役員に対する退職給与のうち不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額を損金に算入しない旨定めており、損金に算入される退職給与については、本件通達9-2-18で「退職した役員に対する退職給与の額の損金算入の時期は、株主総会の決議等によりその額が具体的に確定した日の属する事業年度とする。ただし、法人がその退職給与の額を支給した日の属する事業年度においてその支給した額につき損金経理をした場合には、これを認める。」と定めている。

 

 

       法人税法36条は、退職給与を損金として算入するにつき、実際に支給されることを前提としていないものと解されるところ、

 

同条では「各事業年度においてその退職した役員に支給する退職給与」と定めており、

 

本件通達9-2-23、同9-2-24、同9-2-25とは異なる記載をしている。

 

また、上記のとおり、退職給与の損金算入時期について定めた本件通達9-2-18の但書は、通常は株主総会決議等によりその額が具体的に確定した日の属する事業年度にしか損金算入が認められない退職給与について、

 

実際に支給した日の属する事業年度に損金処理をした場合の特例を定めたものであることがその文言上明らかであり、

 

本件通達9-2-18の但書の「支給した」とする退職給与は、注書きがなくても未払金等として計上された場合を含まないことは明白である。

 

 

       したがって、本件通達において「支給した」の語が実際の支払のみならず支払債務の確定を含む意味で一貫して使用されているとはいえない。

 

 

     エ 本件通達9-2-23が、本来退職しない役員に対する退職給与であって、法人税法上損金算入されないのに、分掌変更等の場合に限り、税務上も退職給与として損金算入することを認めたものであり、

 

役員が引き続き在職する場合の役員退職給与について、一種の特例的な取扱いを明らかにしたものと解されることに照らし、

 

上記通達が実際に支払がされた場合にのみ適用されるものとして、法人税法上の債務確定主義の例外を定めたものと解したとしても、特に不合理であるとはいえない。

 

 

     オ 以上のとおり、本件通達9-2-23は、現実に支私がされた退職給与について適用されるものと解すべきであり、これと同旨に出た原判決は相当である。

 

 

  2 以上のとおり、被控訴人のした本件各処分は適法であるから、控訴人の請求を棄却した原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

 

 

    東京高等裁判所第2民事部

        裁判長裁判官  太田幸夫

           裁判官  前田順司

           裁判官  石栗正子