分掌変更役員退職金(7)

 

 

更正処分等取消請求控訴事件

 

 

【事件番号】 大阪高等裁判所判決/平成18年(行コ)第22号

 

【判決日付】 平成18年10月25日

 

【判示事項】

 

(1) 法人税法34条1項(過大な役員報酬等の損金不算入)、同法35条1項(役員賞与等の損金不算入)、同法36条1項(過大な退職給与等の損金不算入)の趣旨(原審判決引用)

      

(2) 役員の分掌変更等により支給する退職給与の取扱い(原審判決引用)

      

(3) 前代表者甲は、分掌変更後も、控訴人会社の取締役であり、報酬も減少したものの月額45万円を受け取っている上、取引先との対応などの業務にも従事しており、前取締役乙も、監査役として法的な責任を負う立場にあって、控訴人会社との委任関係は続いていたことなどから、甲及び乙が控訴人会社を退職したということはできず、また、法人税基本通達9-2-23(1)又は(3)に該当する事実が存在するとしても、甲及び乙が控訴人会社を退職したのと同様な事情があると認めることはできないところ、同通達も、形式的に(1)から(3)までのいずれかに当たる事実がありさえすれば、当然に退職給与と認めるべきという趣旨と解することはできないから、甲及び乙に退職給与として支払った金員については、法人税法上、損金に算入することはできないとされた事例(原審判決引用)

 

 

 

【掲載誌】  税務訴訟資料256号順号10553

 

 

について検討します。

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 本件控訴をいずれも棄却する。

 2 控訴費用は、控訴人の負担とする。

 

       

 

 

事実及び理由

 

 

 

第1 当事者の求めた裁判

  1 控訴人

    (1) 原判決を取り消す。

    (2) 被控訴人が平成15年7月7日付けで控訴人に対してした控訴人の平成13年4月1日から平成14年3月31日までの事業年度の法人税についての更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。

    (3) 被控訴人が平成15年7月7日付けで控訴人に対してした控訴人の平成15年3月分の源泉徴収に係る所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

    (4) 訴訟費用は、第1、2審を通じ、被控訴人の負担とする。

  2 被控訴人

    主文同旨

 

 

 

第2 事案の概要

  1 事案の要旨

    (1) 控訴人(以下「控訴会社」という。)は、平成13年4月1日から平成14年3月31日までの事業年度の法人税の申告に当たって、平成14年3月31日付けで代表取締役及び取締役をそれぞれ辞任した乙(以下「乙」という。)及び丙(以下「丙」という。)に対し、退職慰労金として合計5560万円(以下「本件金員」という。)を支払うこととしたとして、本件金員を損金に算入し申告をするとともに、平成15年3月分の源泉徴収に当たっても、本件金員は両名の退職所得であるとして両名の所得税を源泉徴収した。

 

 

      これに対し、被控訴人は、乙及び丙につき、退職の事実はないし、実質的に退職したと同様の事情があるということもできないとして、当事者の求めた裁判(控訴人)記載のとおり、平成15年7月7日付けで法人税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をするとともに、源泉徴収に係る所得税の納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分をした。

 

 

    (2) 控訴会社は、被控訴人の上記各処分について、異議申立て及び審査請求をしたが、いずれも容れられなかったので、その取消しを求めて、本件訴訟を原審に提起した。

    (3) 原審は、次のとおり判示して、控訴会社の請求をいずれも棄却する旨の原判決を言い渡した。

     ア 乙と丙は、いずれも、辞任後も控訴会社の業務を行い報酬を得ているから、控訴会社を退職したとはいえない。また、両名につき、辞任の前後で担当職務が激変したとはいえず、実質的に控訴会社を退職したと同様の事情があるともいえないから、法人税基本通達9-2-23(以下「本件通達」という。)の適用もない。むしろ、保険金等の雑収入があったことに伴う法人税の増額を避けるため、本件金員の支払をしたという疑いも生じる。

       したがって、法人税法上、本件金員を損金に算入することはできない。

     イ 本件金員は、退職(勤務関係の終了)によって給付されたものとはいえないし、退職により一時に受ける給与と同一に扱うことが相当であるとはいえない。

       したがって、本件金員は、所得税法上、退職所得と見ることはできない。

     ウ 法人税の更正処分の理由の付記についても、法人税法130条2項の要求する理由の付記として欠けるところはない。

    (4) これに対し、控訴会社が控訴したのが、本件である。

 

  2 本件の前提となる事実関係は、原判決が「基礎となる事実」として記載するとおり(ただし、原判決5頁2、3行目の「不納付加算税は115万6000円である。」を「不納付加算税の正当額は116万円である。」と、同頁8行目の「法人税額」を「差引納付すべき法人税額」と、同頁18行目の「115万6000円」を「前記正当額を下回る115万6000円」と各改める。)であるから、これを引用する。

       なお、本件通達の内容は、次のとおりである。

      「 法人が分掌変更又は改選による再任等に際しその役員に対し退職給与として支給した給与については、その支給が、例えば次に掲げるような事実があったことによるものなど、その分掌変更等によりその役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められることによるものである場合には、これを退職給与として取り扱うことができる。

    (1) 常勤役員が非常勤役員(常時勤務していないものであっても代表権を有する者及び代表権は有しないが実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者を除く。)になったこと。

    (2) 取締役が監査役(監査役でありながら実質的にその法人の経営上主要な地位を占めていると認められる者及びその法人の株主等で法施行令第71条第1項第4号《使用人兼務役員とされない役員》に掲げる要件のすべてを満たしている者を除く。)になったこと。

    (3) 分掌変更等の後における報酬が激減(おおむね50%以上の減少)したこと。」

  3 本件の争点は、次のとおりであって、原審と同内容である。

    (1) 法人税法上、本件金員を、退職給与として控訴会社の損金に算入できるか。

    (2) 所得税法上、本件金員に係る乙・丙の所得は、退職所得といえるか。

    (3) 法人税更正処分の理由付記は、違法か。

  4 各争点に関する当事者の主張は、後記5のとおり控訴会社の主張を付加し、被控訴人においてこれを争うほかは、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

  5 控訴会社の控訴理由は、争点(1)及び(2)に関するもので、次のとおりである。

    (1) 乙及び丙につき、退職の事実がないというのは、事実誤認である。

     ア 乙は、染色業からの撤退、従業員解雇の責任を取って、代表取締役を辞任した。中小企業では、形式的に責任を取っただけでは、関係者の理解は得られず、実質的に業務の一線から退く必要がある。

     イ 平成14年4月以降、乙が取締役に留任し、丙が監査役に就任したのは、員数合わせのための形式的なもので、実質を伴うものではない。

     ウ 新代表者の甲(以下「甲」という。)の担当する新規事業(和装小物の製造・販売)の売上比率が少ないのは、事業を始めたばかりであるから当然であり、乙の退職を否定する理由にはならない。

       甲は、代表取締役に就任後、多数の商品を開発し、商標権登録を進め、東京等で展示即売会を開催するなど、名実ともに、控訴会社の業務を取り仕切っている。

    (2) 乙及び丙は、控訴会社を実質的に退職したものと認められるべきであるから、本件金員は、本件通達により、退職給与として取り扱われるべきである。

     ア 本件通達の(1)ないし(3)のいずれかに該当すれば、退職給与として取り扱うべきである。原判決は、この点の解釈を誤っている。

     イ 乙は、平成14年4月以降、主要な業務に携わっておらず、担当業務が激変した。

       Cとの間では、同月以降も、外注加工による取引が続いていたが、Cは、控訴会社の主要な取引先ではなく(控訴会社の主たる営業は、自社工場による染色で、その主たる受注先は、CではなくG株式会社であった。)、控訴会社としては、平成13年以降、Cとの取引を縮小、中止させようとしていた。しかも、Cとの取引は、受注、外注先への発注、検反、仕上げという一連の業務のすべてを、甲が担当し、乙は、Cへの配達と、クレームがあった際の対応をしたくらいである。したがって、乙が控訴会社の主要な業務に携わっていたとはいえない。

       原判決は、Cを控訴会社の主要な取引先とした上で、その取引の実質的な対応は、平成14年4月以降も引き続き、乙が担当していたと認定するが、事実誤認である。上記事実を裏付ける証拠はなく、かえって、上記認定に反する証拠(丁の陳述書〔甲23〕、甲の供述)があるのに、原判決は、その信用性を検討することもなく、上記のとおり認定したもので、不当である。

     ウ 原判決は、乙につき、本件通達の(3)の要件を否定するため、甲の給与との合算をするが、上記要件は、退職金が支給される当該役員を単位に判断されるべきであって、夫婦や家族単位で判断されるべきではない。したがって、丙のみならず乙も、上記要件を具備している。

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

 

 

  1 当裁判所も、控訴会社の本件請求はいずれも理由がないものと判断する。

    その理由は、次のとおり付加訂正するほかは、原判決の理由説示と同じであるから、これを引用する。

    (1) 原判決12頁18行目の「平成11年6月以降」を「平成11年7月」と改め、同頁23行目の「甲17の1ないし12、」の次に「甲48、甲49、」を加え、同頁末行の「取引」を「外注加工による染色の取引」と改める。

 

    (2) 同15頁15行目の次に改行して、次のとおり加える。

 

 

     「 控訴会社は、控訴理由(1)において、控訴会社のような中小企業においては、従業員を解雇し、自社工場を閉鎖した以上は、経営陣が実質的に業務の一線から退く必要がある旨主張するが、乙及び丙が、平成14年4月以降も、控訴会社の役員に留まっていることは、上記のとおりであって、この両名が業務の一線から退いたということはできない。

 

 

       また、控訴会社は、乙の取締役留任、丙の監査役就任は、員数合わせのための形式的なものである旨主張するが、証拠(甲1)によれば、控訴会社では、平成14年4月1日時点において、取締役には、乙のほかに、甲、戊及びHが、監査役には、丙のほかに、Iが就任していることが認められるのであって、このことからみても、乙の取締役留任、丙の監査役就任が、員数合わせのためのものであるということはできない。

 

 

また、控訴会社のこの主張は、乙及び丙が、平成14年4月以降も、控訴会社から報酬を得ていることや、控訴会社の実務に関与している事実とも矛盾するものであって、到底採用できない。

 

 

 

       なお、控訴会社は、甲による新規事業(和装小物の製造・販売)の売上比率が少ないことは、乙の退職を否定する理由にはならない旨主張するが、

 

原判決は、乙が平成14年4月以降も取締役として留任していることをもって、乙の退職を否定しているのであって、新規事業の売上比率が少ないことをもって、乙の退職を否定する理由としているものではないから、控訴会社の上記主張は失当といわざるを得ない。

 

 

       以上のとおり、乙及び丙は、いずれも、平成14年4月以降も、乙は取締役として、丙は監査役として、控訴会社の役員に留まり、その報酬を得ているものであるから、控訴会社を退職したとはいえない。」

 

 

 

 

 

    (3) 同16頁10行目の「同趣旨の供述」の次に「(陳述書〔甲65、66〕の記載を含む。)」を加え、同頁23行目の「乙の報酬が」から17頁3、4行目の「理由はない。)」までを「乙の報酬は、半年前の平成13年10月に、月額75万円から95万円に増額されたばかりで、しかも、増額の理由は、控訴会社の主張によっても、工場閉鎖に伴う処理という一時的なものであること」と改める。

 

    (4) 同17頁24行目の次に改行して、次のとおり加える。

     「 控訴会社は、控訴人理由(2)において、本件通達の(1)ないし(3)のいずれかに該当すれば、退職給与として取り扱うべきである旨主張するところ、本件通達は、上記のような事情のある場合の例示として(1)ないし(3)の基準を挙げ、これを満たす事実があることなどにより、

 

 

役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情があると認められる場合には、退職金として支払われた金員を退職給与として取り扱ってもよいとするものであるが、(1)ないし(3)の基準のいずれかを形式的に満たしても、他の事情も併せ勘案すると、役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情があるとはいえない場合にまで、退職金として支払われた金員を退職給与として取り扱ってもよいとしたものとは解されない。

 

 

       乙及び丙について、形式的には本件通達の(3)の基準を満たすが、役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情があるとはいえないことは、上記認定のとおりである。

 

 

       また、控訴会社は、Cは、主要な取引先ではないばかりか、乙は、平成14年4月以降、同社との取引でその実質的な対応をしていないから、乙の職務は激変した旨主張するが、

 

Cは、上記認定のとおり、控訴会社の売上げの概ね5割ないし6割を占める取引先であり、証拠(甲21、乙19.20、甲〔原審〕)によると、Cに対する売上げが控訴会社の全売上げに占める割合は、乙の代表取締役辞任後も、40期(平成14年4月1日から平成15年3月31日)には約6割、41期には約4割5分にのぼっていて、甲においても、控訴会社の大きな収入源はCとの取引であるとの認識を有していることが認められ、これらの事実に照らせば、Cは控訴会社の主要な取引先であるということができる。

 

そして、証拠(乙5、証人乙〔原審〕)によれば、Cとの取引において、クレーム処理を即決できるのは乙しかおらず、平成14年4月以降も、乙がCへの納品やクレーム処理を担当していたこと、甲がCに年始の挨拶に出向いたことはなく、平成16年にも、乙が1人で年始の挨拶に出向いたこと、Cにおいては、平成16年の春頃まで、代表者の交代を知らず、乙を「社長」と呼んでいたこと、Cが認識する限り、平成14年4月以降も、乙の担当する業務の実態は、従前と変わっていないことが認められるのであって、

 

 

平成14年4月以降も、乙が、主要な取引先であるCとの取引で、クレーム処理のような実質的対応を含む重要な業務を担当していたことは明らかである。

 

 

 

更に、証拠(甲22、乙4)によれば、Dは、控訴会社にとって大きな売上げのある取引先ではないが、乙以外の者が同社との交渉に当たることはなく、平成15年7月の取引でも、乙が、染色の色決めや納期、単価等の重要事項についての打合せを行ったこと、

 

Dにおいても、控訴会社の代表取締役が甲に交代したことを知らず、乙を「社長」と呼んでいたことが認められるし、

 

乙は、平成15年3月4日に税理士と共に中京税務署を訪れた際、国税調査官に対し、当初は、取締役に留まるつもりはなかったが、染色関係の仕事が減少することを懸念して、代表取締役を辞任するだけにしたと述べたことすら認めることができる(乙21)。

 

 

       これらの事実に加えて、上記のとおり、乙は、平成14年4月以降も、常勤の取締役として控訴会社に留まり、新代表者の甲と同額の報酬を得ていることを総合すると、

 

 

乙は、平成14年4月以降も、常勤の取締役として、控訴会社の売上げの相当程度を占める主要な活動について重要な地位を占めていたというべきであって、

 

 

乙につき、役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情があると認めることはできない

 

(なお、原判決が、乙に対する報酬額を甲に対する報酬額と合算して、本件通達の(3)の基準に関する判断をしているのは、控訴会社が指摘するとおり、相当とはいえないから、上記(3)のとおり、原判決の説示を訂正した。)。

 

       以上の認定・判断に反する乙及び甲の供述は採用できないし、丁の陳述書(甲23)も、この認定・判断と矛盾するところはない。

 

       以上の次第で、乙及び丙につき、職務分掌の変更等により役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情があると認めることはできない。」

 

    (5) 同18頁18行目の「退職金の支給が」を「退職金の支給は、現実には平成15年3月31日にされているのに、その1年前の」と改める。

 

  2 控訴理由について

    控訴会社の控訴理由は、上記のとおり、いずれも採用できないか、または、本件の結論を左右しないものというべきである。

 

  3 以上の次第で、控訴会社の請求をいずれも棄却した原判決は正当であり、本件控訴は、いずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

 

    大阪高等裁判所第10民事部

        裁判長裁判官  田中壯太

           裁判官  高山浩平

           裁判官  村田龍平