分掌変更役員退職金(6)

 

 

納税告知処分取消等請求控訴事件

 

 

【事件番号】 大阪高等裁判所判決/平成20年(行コ)第58号

 

【判決日付】 平成20年9月10日

 

【判示事項】 法人の使用人が株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律(平成17年法律第87号による廃止前)21条の5第1項4号の執行役に就任するに当たり,前に法人が前記使用人に支給した退職金に係る所得が,所得税法28条1項の「給与所得」ではなく,同法30条1項の「退職所得」に当たるとされた事例

 

【掲載誌】  税務訴訟資料258号順号11020

 

 

について検討します。

 

 

 

 

主   文

 

 1 本件控訴を棄却する。

 2 控訴費用は控訴人の負担とする。

 

       

 

 

事実及び理由

 

第1 控訴の趣旨

 1 原判決を取り消す。

 2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。

 

第2 事案の概要

 

 1 事案の骨子及び訴訟経過

   本件は,被控訴人が,その使用人であったAら6名が,平成17年法律第87号による廃止前の株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律(以下「商法特例法」又は「特例法」という。)21条の5第1項4号の執行役に就任するに当たって,就業規則及び退職金規程に基づく退職金(以下「本件各金員」という。)を支給する際,本件各金員に係る所得は所得税法30条1項にいう「退職所得」に該当するとして所得税を源泉徴収して国に納付したところ,八尾税務署長が上記所得は同法28条1項にいう「給与所得」に該当するとして,被控訴人に対し,納税告知処分及び不納付加算税賦課決定処分をしたため,被控訴人が,上記各処分(いずれも平成17年6月28日付け審査裁決により一部取り消された後のもの)の各取消しを求めた事案である。

   原審は,本件各金員は,所得税法30条1項にいう「退職所得」に該当するから,これを同法28条1項にいう「給与所得」に該当するとしてなされた上記各処分は,違法であるとして,上記各処分を取り消した。

   そのため,控訴人が本件控訴を提起した。

   なお,以下に掲記する書証については,枝番号を含む。

 

 2 前提事実

   次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第2の2のとおりであるから,これを引用する。

  (1) 原判決4頁9行目を「なお,本店所在地は,平成16年12月1日に,大阪府松原市α×番12号から,東京都中央区β×番11号に移転し,平成18年3月30日にγ×番12号に移転し,同年6月21日に東京都港区δ×番11号に移転した。(甲1,弁論の全趣旨)」と改める。

  (2) 原判決4頁11行目の「平成17年」から同13行目の「という。)」までを「商法特例法」と改め,5頁14行目の「別紙3」の「第3条(4)」の「規準」を「基準」と改める。

  (3) 原判決5頁19行目の「(本件内規3章3条(6))」を「(本件内規3章3条)」と改める。

 3 争点及びこれに関する当事者の主張次のとおり補正するほかは,原判決の「事実及び理由」中の第2の3のとおりであるから,これを引用する。

  (1) 原判決8頁末行,10頁11行目の「清算」を「精算」と改める。

  (2) 原判決9頁6行目の「当該支払の時点」を「当該退職金名目の金員が支給された時点」と改める。

  (3) 原判決9頁7行目と13頁3行目の「就業規則等に」を「社内規定において」と改める。

  (4) 原判決11頁15行目の「役職名,給与等に変化は認められないのであるから」を「役職名,給与に変化が認められず,その業務内容にも変化はないから,」と改め,同16行目末尾に「また,商法特例法上,取締役は,使用人と兼務することが禁じれられているが,執行役は,使用人と兼務することも可能であり,現に,Bが,執行役と使用人との異動を繰り返していることからすれば,被控訴人において,使用人と執行役との間の垣根が低いことを顕著に示している。」を加える。

  (5) 原判決16頁10行目の「5420名」を「平成15年3月31日時点では5894名」と改める。

  (6) 原判決17頁8行目の「Aらは,」の次に「労働法上の保護を受け,」を加える。

  (7) 原判決18頁7行目から同11行目までを次のとおり改める。

   「 しかしながら,所得税基本通達30-2は,引き続き勤務する者に支払われる給与のうち,①使用人から役員になった者に対しその使用人であった勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与であること,②打切り支給であること,という2つの要件を充足する場合に所得税法30条1項の「退職手当等」として取り扱うことを定めたものであるが,上記のいずれかの要件を充足しない場合における給与の退職手当等の該当性については何ら言及していない。そもそも,通達は,行政庁内部の解釈・運用指針にすぎず,一般国民や裁判所を拘束するものではない。しかも,所得税法30条1項は,「これらの性質を有する給与」の要件として,打切り支給明記要件を充足することを要求していないし,所得税法が退職所得に対する優遇課税を定めた趣旨からしても,「これらの性質を有する給与」の要件として,打切り支給明記要件を充足していることが必要となる合理的根拠は明らかでない。」

  (8) 原判決18頁17行目の「所得税法の上記趣旨」を「退職所得に対する優遇課税を定めた趣旨」と改める。

  (9) 原判決18頁22行目の「(なお」から19頁4行目末尾までを次のとおり改める。

   「控訴人は,本件各金員の支給当時,本件内規が執行役にも準用される旨主張をするが,そもそも,本件内規は,被控訴人が委員会等設置会社移行前の監査役設置会社であったときの規程であり,委員会等設置会社移行後は,本件内規の適用対象である監査役の存在自体が消滅するなど,会社組織の根本的変更によって本件内規を準用する基礎は失われている。また,委員会等設置会社においては,報酬委員会が取締役及び執行役の退職慰労金に関する決定権限を有しているのであり,本件内規に報酬委員会が拘束されると解することは,報酬委員会の存在意義を没却することになる。このように,本件内規は,被控訴人が委員会等設置会社に移行したことに伴って,当然にその効力を失ったのであるから,控訴人の上記主張は失当である。もっとも,本件各金員の支給当時,被控訴人において,執行役の退職慰労金算定基準を定めた社内規則は存在していなかったから,打切り支給明記要件を充足していないが,本件で問題なのは,打切り支給明記要件を充足しなければ,所得税法30条1項の「これらの性質を有する給与」には該当しないとする控訴人の法律解釈の当否である。」

  (10) 原判決20頁2行目の「国税当局は」を「国税庁としては」と改め,同6行目の「かんがみ,」の次に「役職や給与額の変動等を考慮することなく,」を加える。

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 1 退職所得の異議

   原判決20頁22行目から22頁3行目までに説示するのと同一であるから,これを引用する(ただし,20頁22行目冒頭の「前記法令の定め等記載のとおり,」を削る。)。

 2 認定事実

   次のとおり補正するほかは,原判決22頁5行目から23頁末行までに説示するのと同一であるから,これを引用する。

  (1) 原判決22頁5行目の括弧内の「甲19」を「甲18」と改め,同18行目の「(同月末現在)」を「,株主数約5990名(平成15年3月末現在)」と改める。

  (2) 原判決22頁22行目の「16名(取締役5名,執行役11名)」を「15名(取締役5名,執行役11名,うち1名は取締役と兼任)」と改める。

  (3) 原判決23頁9行目の「基づき,」の次に「平成15年6月26日に離職したことにより」を加える。

 

 

 3 検討

 

 

  (1) 上記認定事実によれば,Aらは,被控訴人が平成15年6月26日に委員会等設置会社へ移行したことに伴い,被控訴人との間の雇用契約を合意解約し,特例法21条の5第1項4号に規定する執行役に就任したものである。

 

そして,特例法上の執行役は,その関係規定(同法21条の12ないし同条の34),なかんずく,取締役会決議により委任を受けた事項の決定権限,委員会等設置会社の業務執行権限が法定されていることからすれば,その地位は,大規模会社の経営にかかわる機関(役員)であり(法人税法2条15号参照),それに伴う特別の責任規定が設けられているなど,使用人とは異なる法規制を受けるだけでなく,

 

上記認定事実によれば,Aらの執行役員から執行役に就任するという身分関係の異動は,形式的,名目的なものではなく,

 

当該勤務関係の性質,内容,労働条件等において重大な変動があって,形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とは見られないなどの特別の事実関係が認められ,

 

本件各金員は,このような新たな勤務関係に入ったことに伴い,

 

それまでの従業員としての継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価を一括精算する趣旨のもとに一時金として支給されたものであるから,

 

少なくとも所得税法30条1項の「これらの性質を有する給与」に該当するといえる。

 

 

  (2) これに対し,

 

 

控訴人は,所得税法30条1項にいう「退職」とは,

 

単に勤務関係を基礎づける雇用契約等の私法法律関係の変更・解消等に即して判断されるものではなく,

 

所得税法の退職所得優遇制度の趣旨に照らしてみれば,同項にいう「退職」に該当するというためには,

 

当該事業所等との勤務関係が終了したと評価できる社会的実態があることが必要であるのに,

 

執行役員(使用人)から執行役に就任したAらと被控訴人の勤務関係は,単に勤務関係の性質が雇用関係から委任関係に移行しただけで,

 

現実には,執行役員時代の職名,担当業務に特段の変化がなく,支給された年間給与額に大幅な変更がないまま引き続き勤務をしている社会的実態に即してみれば,

 

これをもって「退職」といえないことはもとより,

 

そこに継続している勤務関係の性質,内容,労働条件等において重大な変動があって,

 

継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とは見られないなどの特別の事実関係もないから,

 

退職と同一に取り扱うことを相当とするものでもないと主張する。

 

 

 

 

    もとより,法規は,あくまでそれが志向する社会的実態を基盤として,

 

その上に派生する利害の調整を規律するものであるから,

 

そのような法規の趣旨や社会的実態を離れて運用解釈することは許されず,

 

所得税法30条1項にいう「退職」の判断にあたって,私法法律関係のみに依拠することなく,

 

所得税法上の当該規定の立法趣旨等独自の観点からなされるべきとの指摘自体は正当といわねばならない。

 

 

 

しかしながら,資本金を34億3500万円とする東京,大阪証券取引所一部上場企業として,従業員数三百数十名,株主約5900名を擁する被控訴人においては,

 

小規模閉鎖会社においてまま見られるような使用人と役員との間の地位,処遇,法律関係等の混淆があるとは考え難く,

 

Aらは多くの使用人の中から,その適任者として執行役12名(うち1名は取締役との兼任)のうち一部として選抜されたものである。

 

 

そして,同人らは,被控訴人との雇用契約の解消により,使用人として労働契約上の保護(改正前労働基準法18条の2,労働契約法16条等)の対象ではなくなり,

 

雇用保険の被保険者の資格を喪失し,従業員持株会を退会し,

 

次いで,被控訴人との委任契約の締結(執行役への就任)に伴い,選任方法,任期,解任,会社及び第三者に対する責任,株主代表訴訟等について特例法21条の12ないし同条の34の適用を受けるほか,

 

執行役会規程(甲9)に則り職務を遂行し,その報酬は業績連動役員報酬制度実施要領(甲21)の適用を受け,

 

役員賠償責任保険契約の被保険者となるなどというように使用人とは厳然と区別された地位に就いており,

 

このような執行役に期待される経営専門性,職務の複雑性,職責の重大性にかんがみれば,

 

仮にAらのように,使用人から執行役に就任した者が,執行役に就任後も,被控訴人の職務分掌規定又は委嘱により,引き続き使用人時代と同一の職名の下に同一の業務を執行し,

 

さらに,その報酬額が使用人時代の給与額と遜色がなくとも,その法的地位がもはや使用人として律されるものでないことは明らかであって,

 

同人らは実質的にも使用人としての地位を喪失し,雇用契約,就業規則に基づく使用人としての退職金債権も現実化していることは否定できないところであり,

 

このような社会的実態に即してみれば,同人らが雇用契約の解約に引き続き執行役に就任したことをもって,

 

所得税法上の退職に該当しないとするのは,被控訴人における上記のような使用人と執行役の実質的な相違を踏まえないものとして採用に由ないものというべきである。

 

    なお,弁論の全趣旨によれば,Bは,平成16年1月20日,自己の責任担当部門の業績悪化を理由として執行役を退任したが(その際,退職慰労金は支給されなかった。),

 

被控訴人の使用人として再雇用され,平成17年10月11日,被控訴人の親会社が買収されたことに伴い,執行役に就任し(その際,使用人としての退職金の支給はされていない。),

 

平成19年11月1日に被控訴人が委員会等設置会社を廃止したことに伴って,

 

執行役を退任して,使用人として再雇用されていることが認められるが,

 

他方で,証拠(甲33ないし35)によれば,

 

Cが平成17年1月20日に,Dが同年10月31日に,それぞれ執行役を辞任したことが認められるものの,

 

両名がその後使用人として再雇用された形跡がないことに照らすと,Bの使用人としての再雇用の事実をもって,被控訴人において,執行役退任後に,使用人としての再雇用が保障されていると認めることはできない。

 

 

  (3) 次いで,控訴人は,上記の点は別にしても,Aらのように,使用人から役員に内部昇任して引き続き勤務する者に対する「これらの性質を有する給与」に該当するというためには,

 

過去の勤務の一括精算であること,したがって,退職金としての給与が支給された後,その者が実際に退職する時の退職金の計算上,その給与の計算の基礎となった勤続期間を一切加味しない条件の下に支給されるという打切り支給の要件を充足していなければならず(所得税基本通達30-2),

 

しかも,支給時に打切り支給であることが内規等によって明記されていることが不可欠であるのに,

 

本件各金員については,この打切り支給明記要件を欠くだけでなく,

 

むしろ,Aらが執行役の退任時に受くべき退職慰労金の算定に当たっては,本件内規により,役員退任時に被控訴人における使用人としてのそれを含めたすべての在職年数を加味する長期勤続優遇支給率を採用しているから,

 

本件各金員は中間段階での一時金(賞与)にすぎず,精算金的性質を有しないと主張している。

 

 

 

 

    しかし,退職手当等の実体を有する給与でありながら,打切り支給明記要件を欠くという一事をもって,それが本来具有する実体を変じて退職手当性を喪失するというのは,退職手当等の判断が事柄の実体に即して判断されるべきとの要請に背理するし,

 

 

もとより,所得税法30条1項も,そのような要件は要求していない。

 

 

所得税法基本通達30-2が打切り支給を要件としているのは,事業所等との間の勤務関係が継続している間に支給される給与については,過去の勤務を一括して精算して支給される趣旨であることを示す「退職」という客観的な指標がないため,税務職員の判断が区々となって,納税者間の不公平を招来することを避けるために,その給与の精算的要素を明確に看取するために有用な分別指標として,画一的で客観的な基準を設けたにとどまり,それ以上に打切り支給明記要件を欠く場合に,そのことだけを理由として退職手当該当性を否定する趣旨ではないと解される。

 

 

    ところで,使用人から役員への内部昇任により引き続き同一事業所等に勤務を継続する場合,役員としての退職慰労金の算定において,当然に,使用人時代の過去の勤務期間をも考慮することになっている制度を採用している場合は,その勤務期間が二重に評価されることを前提としているから,退職慰労金のうち使用人時代の過去の勤務期間を考慮した給与部分の退職手当等該当性が否定されるのみならず,それ以前に支給される使用人としての退職に伴う一時給付に一括精算の趣旨がなく,退職手当等の該当性を否定される場合もあるというのが相当である。

 

 

    そこで,控訴人は,Aらの場合,本件内規により,執行役の終任時の退職慰労金の算定に当たり,使用人としてのそれを含めたすべての在職年数を考慮されるから,本件各金員は中間段階での一時金(賞与)にすぎず,精算金的性質を有しないと主張している。

 

 

    しかしながら,本件内規は,被控訴人が委員会等設置会社に移行したことに伴って当然にその効力を失い,

 

Aらが執行役に就任した当時,執行役はもとより取締役の場合にあっても,被控訴人においては,これに適用すべき退職慰労金算出にかかる内規は存在しなかったというのが正確であって,

 

Aらの執行役の退任時に,本件内規により退職慰労金の算定に使用人としての在職年数が加味されることになっていたという前提自体が採用に由ないものである。

 

 

すなわち,乙1によれば,本件内規の原始規程は平成4年4月1日に制定され,随時の改正を経て平成9年6月21日に最終改正されて現行の本件内規となったものであることが認められる。

 

そして,平成9年当時施行されていた商法269条,279条によれば,取締役,監査役に対する退職慰労金を含む役員報酬は,定款の定め又は株主総会の決議事項であり,

 

本件内規は,株主総会が取締役会に具体的な支給額の決定を一任する条件としての算定基準であって,

 

役員報酬を規制していた株主総会の権限に由来するものである。

 

一方,委員会等設置会社にあっては,常置機関である報酬委員会が取締役及び執行役が受ける報酬を決定する権限を有し(特例法21条の5第1項3号,21条の8第3項)ているのであるから,

 

このように権限分掌を異にする相互の機関にあって,他の機関の定めた内規が当該機関の職務執行の基準として当然に適用されるとする根拠はなく,

 

現に,証拠(甲10,32)及び弁論の全趣旨によれば,被控訴人にあっては,本件処分後において,該職務権限を有する報酬委員会が,使用人であった時代の勤続期間の通算を行わないこととする報酬委員会規程を定めたことが認められる。

 

 

    そうとすれば,報酬委員会が権限を有する執行役の報酬(退職慰労金を含む。)の算定基準として,会社組織上その支給決定権限を異にする監査役設置会社であったころに定められた本件内規が適用される余地はないものといわねばならない。

 

 4 以上によれば,被控訴人の請求は,いずれも理由があり,これを認容した原判決は相当であるから,本件控訴は理由がない。よって,主文のとおり判決する。

 

 

    大阪高等裁判所第6民事部

        裁判長裁判官  渡邉安一

           裁判官  安達嗣雄

           裁判官  明石万起子