分掌変更役員退職金(3)

 

 

法人税更正処分等取消請求事件

 

【事件番号】 神戸地方裁判所判決

 

【判決日付】 平成23年9月30日

 

【掲載誌】  税務訴訟資料261号順号11775

 

 

について検討します。

 

 

 

主   文

 

 1 原告の請求をいずれも棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       

 

 

事実及び理由

 

第1 請求

 1 兵庫税務署長が、平成21年1月30日付けで原告に対してした、原告の平成17年4月1日から平成18年3月31日までの事業年度の法人税に係る更正処分のうち、所得金額マイナス304万9373円、納付すべき税額マイナス795円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。

 2 兵庫税務署長が、平成21年1月30日付けで原告に対してした、原告の平成17年11月分の源泉徴収に係る所得税の納税告知処分のうち、納付すべき税額21万3500円を超える部分及び不納付加算税の賦課決定処分のうち納付すべき税額1万0500円を超える部分をいずれも取り消す。

 

 

第2 事案の概要

  本件は、原告が、原告の代表者である甲に対し退職金として支払った金員について、兵庫税務署長から、当該金員は役員賞与に該当し、原告の平成17年4月1日から平成18年3月31日までの事業年度の法人税に係る所得金額の計算上、損金の額に算入することはできないとして、法人税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分を受けるとともに、上記金員は給与所得に該当するとして、平成17年11月分の源泉徴収に係る所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分を受けたことから、これらの処分の取消しを求める事案である。

 1 関係法令等の定め

  (1) 所得税法

   ア 28条1項

     給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう。

   イ 30条1項

     退職所得とは、退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与[以下「退職手当等」という。]に係る所得をいう。

  (2) 法人税法(平成18年法律第10号による改正前のものをいう。以下同じ。)

   ア 35条

    (ア) 1項

      内国法人がその役員に対して支給する賞与の額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。

    (イ) 4項

      前3項に規定する賞与とは、役員又は使用人に対する臨時的な給与(債務の免除による利益その他の経済的な利益を含む。)のうち、他に定期の給与を受けていない者に対し継続して毎年所定の時期に定額(利益に一定の割合を乗ずる方法により算定されることとなっているものを除く。)を支給する旨の定めに基づいて支給されるもの及び退職給与以外のものをいう。

   イ 36条

     内国法人が各事業年度においてその退職した役員に対して支給する退職給与の額のうち、当該事業年度において損金経理をしなかった金額及び損金経理をした金額で不相当に高額な部分の金額として政令で定める金額は、その内国法人の各事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しない。

  (3) 所得税基本通達30-2(乙5)

    引き続き勤務する役員又は使用人に対し退職手当等として一時に支払われる給与のうち、次に掲げるものでその給与が支払われた後に支払われる退職手当等の計算上その給与の計算の基礎となった勤続期間を一切加味しない条件の下に支払われるものは、30-1にかかわらず、退職手当等とする。

   (1) 新たに退職給与規程を制定し、又は中小企業退職金共済制度若しくは確定拠出年金制度への移行等相当の理由により従来の退職給与規程を改正した場合において、使用人に対し当該制定又は改正前の勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与

   (2) 使用人から役員になった者に対しその使用人であった勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与[以下略]

   (3) 役員の分掌変更等により[中略]、その職務の内容又はその地位が激変した者に対し、当該分掌変更等の前における役員であった勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与

   (4) いわゆる定年に達した後引き続き勤務する使用人に対し、その定年に達する前の勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与

   (5) 労働協約等を改正していわゆる定年を延長した場合において、その延長前の定年(以下「旧定年」という。)に達した使用人に対し旧定年に達する前の勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与で、その支払をすることにつき相当の理由があると認められるもの

   (6) 法人が解散した場合において引き続き役員又は使用人として清算事務に従事する者に対し、その解散前の勤続期間に係る退職手当等として支払われる給与

  (4) 法人税基本通達(平成19年課法2-3による改正前のもの)(乙4)

   ア 9-2-23

     法人が役員の分掌変更又は改選による再任等に際しその役員に対し退職給与として支給した給与については、その支給が、例えば次に掲げるような事実があったことによるものであるなど、その分掌変更等によりその役員としての地位又は職務の内容が激変し、実質的に退職したと同様の事情にあると認められることによるものである場合には、これを退職給与として取り扱うことができる。

    (1) 常勤役員が非常勤役員[中略]になったこと

    (2) 取締役が監査役[中略]になったこと

    (3) 分掌変更等の後における報酬が激減(おおむね50%以上の減少)したこと。

   イ 9-2-24

     法人が、中小企業退職金共済制度又は適格退職年金制度への移行、定年の延長等に伴い退職給与規程を制定又は改正し、使用人(定年延長の場合にあっては、旧定年に到達した使用人をいう。)に対して退職給与を打切支給した場合において、その支給をしたことにつき相当の理由があり、かつ、その後は既往の在職年数を加味しないこととしているときは、その支給した退職給与の額は、その支給した日の属する事業年度の損金の額に算入する。

 2 前提事実(証拠等の掲記のない事実は、当事者間に争いがない。)

  (1) 当事者等

   ア 原告は、昭和49年4月1日に設立された、インテリア資材の卸売業などを営む株式会社であり、その事業年度は、4月1日から翌年の3月31日までである。

   イ 上記設立当時、原告の代表取締役は乙、同人以外の取締役は甲(以下「甲」という。)外1名であったが、平成13年5月30日、乙に代わって、甲が原告の代表取締役に就任した。(乙2、3)

     甲は、原告の代表取締役に就任以降、その職を退任することなく、現在もその職にある。(甲8、乙1、3)

  (2) 保険契約の締結等

   ア 原告は、平成2年11月1日、B生命保険相互会社(以下「B生命保険」という。)との間で、契約者を原告、被保険者を甲、保険金受取人を原告とする養老保険契約(以下「本件保険契約」という。)を締結した。(甲6、7の1)

   イ 本件保険契約は、平成17年11月1日に満期を迎え、B生命保険は、同日、原告に対し、本件保険契約の満期保険金として、1503万5048円を支払った。(甲7の1)

   ウ 原告は、同月4日、甲に対し、1503万5048円(以下「本件金員」という。)を支払い、これを退職金として計上した。(甲7の2・3)

  (3) 確定申告等

   ア 原告は、平成18年5月29日、兵庫税務署長に対し、原告の所得金額の計算において本件金員を損金額に算入した上で、平成17年4月1日から平成18年3月31日までの事業年度(以下「平成18年3月期」という。)における原告の法人税(以下「本件法人税」という。)につき所得金額がマイナス304万9373円、納付すべき税額がマイナス795円という内容の確定申告をした。

     原告は、平成18年6月12日、兵庫税務署長に対し、同年3月31日に甲に対し本件金員を支払ったことを理由として、平成18年3月分の源泉徴収に係る所得税(以下「源泉所得税」という。)として、21万3500円を納付した。

   イ 上記納付に関して、兵庫税務署長は、平成18年7月28日、原告に対し、所得税の法定納期限を徒過しているとして、源泉所得税に係る不納付加算税を1万0500円とする賦課決定処分をし、原告は、同年8月11日、同処分に従って、同額の金員を納付した。

  (4) 本件処分

   ア 兵庫税務署長は、平成21年1月30日、原告に対し、平成17年11月分の源泉所得税に関して、納付すべき源泉所得税の額を303万5800円、不納付加算税の額を30万3000円とする源泉所得税の納税告知処分及び不納付加算税の賦課決定処分をした(以下、それぞれ「本件納税告知処分」及び「賦課決定処分1」といい、これらを併せて「本件納税告知処分等」という。)。(甲2)

   イ また、兵庫税務署長は、同日付けで、原告に対し、本件金員は役員に対する賞与に該当し、法人の所得金額の計算上、損金の額には算入されないとして、本件法人税に係る所得金額を1198万5675円、納付すべき法人税の額を295万5400円、過少申告加算税の額を41万7500円とする更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした(以下、それぞれ「本件更正処分」及び「賦課決定処分2」といい、これらを併せて「本件更正処分等」という。また、これと本件納税告知処分等とを併せて、「本件処分」という。)

   ウ 兵庫税務署長は、同日付で、原告が平成18年6月12日及び同年8月11日に納付した源泉所得税額及び不納付加算税額を、本件納税告知処分に係る源泉所得税に充当した。(弁論の全趣旨)

  (5) 不服申立て及び訴訟提起

   ア 原告は、平成21年2月12日、兵庫税務署長に対し、別表1-1・2記載のとおり異議申立てをしたところ、兵庫税務署長は、同年3月19日、上記異議申立てをいずれも棄却する旨の決定をした。

   イ 原告は、同年4月1日、国税不服審判所長に対し、別表1-1・2記載のとおり審査請求をしたところ、国税不服審判所長は、平成22年3月12日、上記審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をした。

   ウ 原告は、同年8月12日、本件訴訟を提起した。(当裁判所に顕著)

 3 争点及び争点に関する当事者の主張

   本件の争点は、本件金員が、(1)所得税法30条1項にいう「退職所得」に該当するか(争点1)、(2)法人税法35条4項にいう「退職給与」に該当するか(争点2)である。なお、原告は、上記争点に関する部分を除き、被告の主張する課税根拠や計算方法の正確性については争っていない。

  (1) 退職所得該当性(争点1)

   【被告の主張】

   ア 本件金員の趣旨

     甲は、原告の代表取締役に就任する前まで、約27年間、原告の取締役の職にあった。平成17年6月7日に開催された原告の株主総会の議事録(乙6)によれば、原告は、甲の取締役としての功労に対する功労金として本件金員を同人に支払う旨の議案を可決している。また、甲自身も、本件金員の支給に関して提出した書面(乙7)の中で、「この申告書の提出先から受ける退職手当等についての勤続期間」棚に「自 昭和49・4・1」、「至 平成13・5・30」、「27年」と記載している。

     したがって、本件金員は、甲が原告の代表取締役に就任する以前に、原告の取締役として貢献したことに対する功労金として支給されたものであるから、原告の主張は失当である。

   イ 退職所得該当性

     本件金員が、退職手当等に該当するかにつき、原告は、これが「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」に該当しないことについては争っていない。そして、以下に述べるとおり、本件金員は「これらの性質を有する給与」にも該当しないため、これに係る所得は退職所得とはいえない。

    (ア) 所得税法30条1項にいう「これらの性質を有する給与」に当たるというためには、判例上、①退職すなわち勤務関係の終了という事実によって初めて給付されること、②従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払いの性質を有すること、③一時金として支払われることという各要件につき、形式的にはそのすべてを満たしていなくても、実質的にみてこれらの要求するところに適合し、課税上、「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものであることを必要とするとされている。また、退職手当等と認められるためには、厳密な意味での退職の事実は必ずしも要求されていないが、それは極めて限定された特別の場合であるというべきであり、退職の事実がなくても退職所得に当たるといいうるためには、所得税基本通達30-2の定める場合のような特別の事実関係があることを要すると解すべきである。

    (イ)a 甲は、本件金員を受領する以前も以後も、一貫して、原告の代表取締役として登記され、かつその職務を行っているのであるから、甲が実質的に原告を退職したとみられる事実は存在しない。本件金員は、甲の退職によって給付されたものでないことが明らかであって、上記「これらの性質を有する給与」に該当しない。

     b 原告は、所得税基本通達30-2の(4)及び(5)に該当するとして、本件金員が上記「これらの性質を有する給与」に該当する旨主張する。しかし、上記通達30-2において、退職の事実がないにもかかわらず、役員又は使用人に対する給与が所得税法30条1項の退職手当等として取り扱われる場合を定めた趣旨は、退職の事実はないが退職に準ずる事情が生じた場合や、その支給をすることについて相当の理由がある場合などに打切支給される退職金については、その実質からみて給与所得として取り扱うことが妥当ではなく、これらを退職所得として取り扱うことが実情に即したものであることから、その範囲を限定的に示した点にある。したがって、使用人に関して定めた上記通達の(4)及び(5)を役員である甲につき適用することは、上記通達の趣旨に整合しないというべきであるし、役員と会社との関係は任期ごとの委任契約であって、定年を観念できないことに照らせば、上記通達と実質的に同視すべき事態を観念することはできない。

       また、退職給与規程とは、労働協約により定められる退職給与の支給に関する規程等をいうところ(所得税法施行令153条)、本件の事情の下では、本件保険契約の締結をもって退職給与規程を制定したことと同視できないことが明らかであるから、上記通達の(1)にも該当しない。

     c さらに、所得税において退職所得が優遇されていることの趣旨は、退職を原因として一時に支給される金員の性質等に着目したことによるものであるから、何ら退職(あるいは実質的な退職)をしていない者に一時に支給された金員に係る所得について、退職所得として優遇することになれば、法の趣旨に反することは明らかである。

    (ウ) よって、本件金員の支給について、甲につき上記通達30-2の定める場合のような特別の事実関係は認められないのであるから、本件金員は、所得税法30条1項にいう「これらの性質を有する給与」には該当しない。

   ウ 本件納税告知処分等の適法性

     以上のとおり、本件金員は退職手当等には該当せず、これに係る所得は「給与所得」に該当する。

     原告は、別表2-1に記載のとおり、平成17年分の源泉所得税として317万1500円を納付する義務を負っていたが、同年分の源泉所得税として13万5700円を納めるのみで、差引き303万5800円(平成17年11月分の源泉所得税)については、法定納期限である平成17年12月12日を経過しても納付義務を履行しなかった。したがって、これと同金額でなされた本件納税告知処分は適法である。

     また、原告は、上記のとおり法定納期限までに納付義務を履行しなかったところ、上記納税告知(ただし、1万円未満の端数を切り捨てたもの)に係る税額に100分の10の割合を乗じて計算した額が不納付加算税となる(30万3000円。別表2-2)。したがって、これと同額でなされた賦課決定処分1は適法である。

   【原告の主張】

   ア 本件金員の趣旨

     原告の株主総会の議事録(乙6)には被告主張の決議の記載があるが、これは、関与税理士から本件金員の申告に関し、そのような取扱いをするにように言われたために作成したものである。議事録は、平成13年5月30日までの取締役としての功労に対する功労金の支給であるにもかかわらず、平成17年6月7日に決議がなされているなど、通常では考えられない不自然な内容が記載されており、実態を反映していない。甲が作成した平成18年分の退職所得申告書(乙7)も同議事録に合わせて作成されたものと思われる。

     したがって、上記各証拠の存在は、本件金員が退職金であることを何ら左右するものではない。

   イ 退職所得該当性

    (ア) 原告は、甲が退職していないこと自体は認めており、本件金員は「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」には当たらない。しかし、被告が主張する前記各要件(【被告の主張】イ(ア)参照)のすべてを形式的に満たしていなくても、実質的にみてこれらの要求するところに適合し、課税上、「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものであれば、所得税法30条1項にいう「これらの性質を有する給与」に該当するというべきであるところ、以下に述べるとおり、本件金員は、前記各要件を実質的に満たすものである。

    (イ) 原告は、B生命保険との間で、原告を契約者、役員及び使用人を被保険者として養老保険契約を締結していたところ、実質的には当該契約が退職金規程の役割を果たしていた。そして、本件金員は、甲が70歳になる時点で、定年退職金として支払われることになっていたのであるから、所得税基本通達30-2(1)の内容等に照らせば、「退職すなわち勤務関係の終了という事実によって初めて給付されるもの」(要件①)といえる。

      また、甲が定年を迎える平成17年までに原告の代表取締役への就任が予定されていた丙(乙の息子)が、病気で就任できる状態ではなかったため、甲は、退職できなかった。しかし、本件保険契約上甲が定年となる70歳以降は保険期間ではなく、それ以降の同人の就業に対しては、退職金が増加しない状況となるため、原告は、甲に対し、70歳までの退職金として本件金員を支払った。これは、70歳以降の就業に対する退職金について従来と異なる対応が必要となったという点において、定年の延長により退職金支給制度が実質的に改変されて精算の必要がある場合と同様といえるから、かかる場合における打切支給を定める所得税基本通達30-2(4)及び(5)の内容等に照らせば、本件金員は、「退職すなわち勤務関係の終了という事実によって初めて給付されるもの」(要件①)といえる。

    (ウ) 本件保険契約の内容から明らかなとおり、本件金員は、甲の定年である70歳までの勤務に対する対価の後払いであるから、「従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払いの性質を有する」(要件②)ものといえる。

    (エ) 本件金員は、B生命保険から原告に対し一括で支払われ、原告はこれを甲に対し一括で支払っているのであるから、「一時金として支払われる」(要件③)ものといえる。

    (オ) 以上より、本件金員は、上記「これらの性質を有する給与」に該当する。

      被告は、本件金員を退職所得として一般の給与所得よりも優遇することは法の趣旨に反する旨主張するが、本件金員は、甲の長期間にわたる就業の対価であって、甲の老後の生活の糧となるべきものである。そして、甲が本件金員以外に退職金を受け取る蓋然性はないのであるから、これを退職金として扱わず「賞与」として処理すれば、甲は老後の生活の糧を失うことになりかねない。原告に在籍する期間の最後に一度だけ支払われ、ほかの役員・使用人との関係においても退職所得として処理されてきた養老保険料の支払について、本件金員についてのみ「賞与」に該当するというのは、実態に反する。

  (2) 退職給与該当性(争点2)

   【被告の主張】

   ア 本件金員の趣旨

     上記(1)【被告の主張】アと同旨。

   イ 退職給与該当性

    (ア) 法人税法36条にいう「退職給与」について、同法上、その意義を明らかにした規定は存在しない。

      しかし、同条の趣旨は、不相当に高額な退職給与を損金額に算入することを認めないことにより、退職給与に名を借りた利益分配を防止する点にあるところ、かかる趣旨及びその文理に照らせば、同条にいう「退職給与」とは、給与のうち退職に伴い支給される臨時的な給与をいい、退職給与規程に基づいて支給されるものであるかどうかを問わず、また、その支出の名義のいかんにかかわらず、退職により支給される一切の給与をいうものと解される。

    (イ) 本件において、甲は、原告の設立と同時に取締役に就任し、平成13年5月30日に原告の代表取締役に就任しているが、その後は、現在まで一貫して原告の代表取締役として登記され、かつ、その職務を行っているものであるから、本件金員が甲の役員退職に伴って支給されたものでないことは明らかである。また、法人税法基本通達9-2-23が規定するような、役員が退職していないにもかかわらず、役員に退職給与として支給した給与を損金として算入することができる例外的事情も存在しない。

    (ウ) したがって、本件金員は、法人税法36条にいう「退職給与」に当たらない。本件金員は、役員である甲に対して臨時に支払われたものであるから、法人税法35条4項にいう役員賞与に該当する。

   ウ 本件更正処分等の適法性

    (ア) 原告は、本件法人税として、別表3-1に記載のとおり、295万5400円を納付する義務を負っているから、これと同金額でなされた本件更正処分は適法である。

    (イ) そして、本件更正処分により新たに納付すべきこととなった税額295万円(1万円未満の端数は切り捨て(国税通則法118条3項))を基に計算すると、別表3-2に記載のとおり、原告に課されるべき過少申告加算税は41万7500円となる。

      したがって、これと同額でなされた賦課決定処分2は適法である。

    (ウ) よって、本件更正処分等は適法である。

   【原告の主張】

   ア 本件金員の趣旨

     上記(1)【原告の主張】アと同旨。

   イ 本件金員は「退職給与」に該当すること

     法人税法上の「退職給与」とは、所得税法上の「退職所得」を包含する概念であるから、退職所得に該当すれば退職給与にも該当するといえる。

     また、法人税法上の「退職給与」該当性は、「退職所得」の判断と同様、実質的に退職により支給される性質を有する給与かどうかを総合的に考慮して決すべきところ、本件金員は、所得税基本通達30-2と同趣旨である法人税基本通達9-2-24にも実質的に該当するといえるので、「退職給与」といえる。

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

 1 退職所得該当性(争点1)について

 

  (1) 退職所得の意義

 

    所得税法において、退職手当等については、その年中の退職手当等の収入金額から退職所得控除額を控除した残額の2分の1に相当する金額を退職所得の金額とする(30条2項)とともに、上記退職所得控除額は、政令で定める勤続年数に応じて増加することとして(同条3項)、課税対象額が一般の給与所得に比較して少なくなるようにしている。また、退職手当等は、税額の計算について他の所得と分離して累進税率を適用することとして(同法22条1項、89条参照)、税負担の軽減を図っている。

 

    このように、退職所得について、所得税の課税上、他の給与所得と異なる優遇措置が講じられているのは、一般に、退職手当等の名義で退職を原因として一時に支給される金員は、その内容において、退職者が長期間特定の事業所等において勤務してきたことに対する報償及び上記期間中の就労に対する対価の一部分の累積たる性質をもつとともに、その機能において、受給者の退職後の生活を保障し、多くの場合いわゆる老後の生活の糧となるものであって、他の一般の給与所得と同様に一律に累進税率による課税の対象とし、一時に高額の所得税を課することとしたのでは、公正を欠き、かつ社会政策的にも妥当でない結果を生ずることになることから、かかる結果を避ける趣旨に出たものと解される。

 

 

このような観点から考察すると、ある金員が、所得税法30条1項にいう「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」に当たるというためには、それが、

 

①退職すなわち勤務関係の終了という事実によって初めて給付されること、

 

②従来の継続的な勤務に対する報償ないしその間の労務の対価の一部の後払いの性質を有すること、

 

③一時金として支払われること、との要件を備えることが必要であり、

 

また、同項にいう「これらの性質を有する給与」に当たるというためには、それが、形式的には上記各要件のすべてを備えていなくても、実質的にみてこれらの要件の要求するところに適合し、課税上、上記「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものであることを必要とすると解すべきである

 

(最高裁判所昭和58年9月9日第二小法廷判決・民集37巻7号962頁)。

 

 

    また、上記①要件を満たさない場合において、継続的な勤務の中途で支給される退職金名義の金員が、実質的にみて上記各要件の要求するところに適合し、

 

上記「退職により一時に受ける給与」と同一に取り扱うことを相当とするものとして、

 

上記「これらの性質を有する給与」に当たるというためには、

 

当該金員が定年延長又は退職年金制度の採用等の合理的な理由による退職金支給制度の実質的改変により精算の必要があって支給されるものであるとか、

 

あるいは、当該勤務関係の性質、内容、労働条件等において重大な変動があって、形式的には継続している勤務関係が実質的には単なる従前の勤務関係の延長とはみられないなどの特別の事実関係があることを要するものと解すべきである

 

(最高裁判所昭和58年12月6日第三小法廷判決・集民140号589頁。以下「昭和58年12月6日判決」という。)。

 

 

  (2) 認定事実

 

    前記前提事実、括弧内に掲記した証拠及び弁論の全趣旨によれば、次の各事実が認められる。

   ア 甲は、昭和49年4月1日、原告の取締役に就任し、その後、前代表取締役乙の辞職に伴い、平成13年5月30日、原告の代表取締役に就任した。(乙2、3)

 

   イ 原告は、B生命保険との間で、平成2年11月1日、原告を契約者、甲を含む原告の役員及び使用人を被保険者、保険金の受取人を原告とする養老保険契約を締結し、平成4年4月1日、原告を契約者、丙を被保険者、保険金の受取人を原告とする養老保険契約を締結した。(甲5、6、7の1、12の1)

 

     上記各契約では、保険期間の終期を各被保険者の年齢によって定めており、本件保険契約の保険期間は甲が70歳になるまでであった。また、代表取締役であった乙及び専務取締役であった甲については保険金額を1500万円と定め、他の者は500万円と定めていた。(甲5、弁論の全趣旨)

 

   ウ 原告は、平成17年6月7日、原告の第●回定時株主総会において、甲の取締役としての27年間(昭和49年4月1日から平成13年5月30日まで)の功労に対する功労金を甲に支給する、当該支給方法として、本件金員をその支払に充当する旨の議案を可決した。(乙6)

 

   エ 本件保険契約は、平成17年11月1日に満期を迎え、B生命保険は、同日、原告に対し、本件保険契約の満期保険金として、1503万5048円を支払った。原告は、同月4日、甲に対し、1503万5048円(本件金員)を支払い、当該支払は、原告の会計処理上、退職金の支払として処理された。(甲7の1~3)

   オ 甲は、原告に対して提出した平成18年分の退職所得申告書において、当該申告書の提出先から受ける退職手当等についての勤続期間として、「自昭和49・4・1、至平成13・5・30」、「27年」と記載した。(乙7)

 

   カ 原告は、被保険者が満期として定めた年齢に達した場合又は原告から退職した場合において、上記養老保険契約に基づき、B生命保険から金銭(満期保険金又は解約払戻金)を受領し、同受領額を甲を除く被保険者に対しては原告を退職した日又はその後に支払った。当該支払は、いずれも原告の会計処理上、退職金の支払として処理された。(甲5、6、7の1~3、8、9ないし12の各1~3、弁論の全趣旨)

 

   キ 甲は、原告の代表取締役に就任以降、同職を退任することなく現在もその職にあって、担当業務について特段の変動はない。(甲8、乙1、弁論の全趣旨)

 

   ク 原告は、審査請求において、本件金員の性質につき次のとおり主張していた。(甲4)

 

    (ア) 甲は、平成13年5月30日に代表取締役に就任するまでの間、実質的には原告の使用人であったところ、本件金員は、甲が昭和49年4月1日から平成13年5月30日まで使用人として勤務したことに対する退職金の支払であるから、退職給与ないし退職所得に該当する。

 

    (イ) 甲は、平成13年5月30日に代表取締役に就任したことにより、原告の業務全般を担当することになるなど職務の内容が激変しているから、実質的には退職したと同様の事情があるところ、本件金員は、甲が昭和49年4月1日から代表取締役に就任するまでの期間に係る退職給与を打切支給したものである。

 

  (3) 判断

 

   ア 本件では、本件金員が、所得税法30条1項にいう「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与」に該当しないことにつき争いはない。

 

   イ そして、本件金員が同項にいう「これらの性質を有する給与」に該当するかが争われているところ、前提事実及び認定事実によれば、

 

甲は、本件金員の支払を受けた後も原告の代表取締役として勤務を続けており、

 

その職務内容等が変更されたと認められる事情もないのであるから、

 

本件金員は、前記要件①(「退職すなわち勤務関係の終了という事実によって初めて給付されること」)を欠くものである。

 

そこで、本件金員の支払について、昭和58年12月6日判決のいう「特別の事実関係」が認められるかを検討する。

 

 

    (ア) 原告は、原告の株主総会議事録(乙6)において、

 

本件金員が昭和49年4月1日から平成13年5月30日までの功労金とされているのは、

 

本件金員の申告に関して、関与税理士からそのような取扱いをするように言われたためであって、

 

実態を反映したものではないとして、本件金員の支払は、実質的には甲の代表取締役としての職務に対する退職金の打切支給に該当する旨主張する。

 

 

    (イ) しかし、前記認定事実のとおり、上記議事録においては、

 

原告が、甲に対し、同人が昭和49年4月1日に入社して以降、取締役として原告に貢献したことに対する功労金として本件金員を支出する旨の株主総会決議をした旨の記載があり、

 

原告は、本件処分に対する審査請求において、本件金員が上記取締役としての期間に対する労働の対価であることを前提としていたとみられること、

 

上記総会当時において、甲も、本件金員の趣旨は自身が取締役として働いた期間(昭和49年4月1日から平成13年5月30日)に対する退職金であると認識していたとうかがわれることに照らせば、

 

結局のところ、本件金員は、甲の取締役としての職務に対する功労金といわざるを得ないというべきであり、

 

当該認定は、上記議事録の記載が関与税理士の指導によったものであったとしても左右されるものではなく、これに反する原告の主張は採用できない。

 

 

   ウ したがって、

 

本件金員は甲の取締役としての職務に対する功労金としての性質を有するものであり、甲の代表取締役としての職務に対する退職金の打切支給に該当するような事情はないのであるから、

 

実質的にみて、「これらの性質を有する給与」に当たるといえるだけの「特別の事実関係」は認められない。

 

 

  (4) まとめ

 

    以上より、本件金員は退職金としての実質を有さず、「これらの性質を有する給与」とはいえないから、これに係る所得は「退職所得」には該当しない。そして、原告は、本件納税告知処分等につき、上記「退職所得」該当性を除いて、被告の課税根拠及び計算方法につき争っていないのであるから、結局、本件納税告知処分等はいずれも適法である。

 

 

 2 退職給与該当性(争点2)について

 

  (1)ア 前記法令等の定め記載のとおり、法人税法36条は不相当に高額な退職給与については、損金の額に算入しないと定めている。

 

これは、退職給与に名を借りた利益分配が行われることを防止する趣旨であるから、当該趣旨及び文理に照らせば、法人税法における「退職給与」とは、支出名義のいかんを問わず、退職に伴い支給される臨時的な給与をいい、退職に起因する給与という実質を持つものに限られると解される。

 

そして、このような実質を持たない、役員に対する一時的な給与は、「賞与」(法人税法35条4項)に該当するから、法人の所得の計算上損金の額には算入できないというべきである。

 

 

   イ そして、前記1(3)のとおり、本件金員は、甲の取締役としての職務に対する功労金としての性質を有するものであり、同人の退職に起因する給与という実質を有しているとは認められないことからすれば、本件金員は、「退職給与」に該当しないというべきであり、一時的な給与として「役員に対する賞与」に該当する。

 

  (2) したがって、被告が、これを「役員に対する賞与」として取り扱ったことは適法である。そして、原告は、本件更正処分等にっき、上記「退職給与」該当性を除いて、被告の課税根拠及び計算方法につき争っていないのであるから、結局、本件更正処分等はいずれも適法である。

 

 

第4 結論

  以上の次第で、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

    神戸地方裁判所第2民事部

        裁判長裁判官  栂村明剛

           裁判官  木太伸広

           裁判官  小西俊輔