法律と政令

 

 

法人税更正決定取消請求控訴事件

 

 

【事件番号】 大阪高等裁判所判決/昭和41年(行コ)第97号

 

【判決日付】 昭和43年6月28日

 

 

 

【判決要旨】 同族会社の使用人役員に支給される賞与に対しては、旧法人税法施行規則一〇条の三第六項四号、一〇条の四本文を形式的一率に適用してこれを損金にしないで、一〇条の四本文の役員賞与中には、その性質において損金性を有する賞与は含まれない趣旨に解するべきである。

 

 

【参照条文】 旧法人税法(昭和40年法律第34号による改正前のもの)9-8

       旧法人税法施行規則(昭和40年政令第97号による改正前のもの)10の3-6

       旧法人税法施行規則(昭和40年政令第97号による改正前のもの)10の4

 

 

【掲載誌】  行政事件裁判例集19巻6号1130頁

 

 

について検討します。

 

 

 

 

主   文

 

 本件控訴を棄却する。

 控訴費用は控訴人の負担とする。

 

       

 

 

事   実

 

第一、 当事者の求めた裁判

一、 控訴人指定代理人ら

 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。

 被控訴人の請求を棄却する。

 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二、 被控訴会社代理人ら

 主文同旨の判決

第二、 当事者の事実上の主張、証拠の提出、援用、認否

 次に記載するほかは、原判決の事実摘示と同一であるから、ここに引用する。

 

 

(事実関係)

一、 控訴人指定代理人ら

 昭和四〇年法律第三四号による改正前の法人税法(以下旧法という)九条一項は

 

「内国法人の各事業年度の所得は、各事業年度の総益金から総損金を控除した金額による」と規定したものの、

 

総益金および総損金の意義について明文の規定がない。

 

しかし総益金とは「法令により別段の定めのあるもののほか資金の払込以外において純資産増加の原因となるべき一切の事実」をいい、

 

総損金とは「法令により別段の定のあるもののほか、資本の払戻しまたは利益の処分以外において純資産減少の原因となるべき一切の事実」をいうとするのが定説である。

 

 

 役員の賞与は利益の分配であるから、法人がたとえ役員に支給した賞与を損金により支給したとしても、本来利益処分によるべきものであるから、当然益金に加算されるべきである。

 

昭和四〇年政令第九七号による改正前の法人税法施行規則(以下旧規則という)一〇条の四本文は、このことを確認的に規定した。

 

 

 旧規則一〇条の三第六項四号は、みぎ一〇条の四本文の規定とあいまつて、同族会社の役員のうち同族会社判定の基礎となる株主またはこれらの者の同族関係者(以下同族関係者という)に支払われた賞与は損金性をもたないことを定めた。

 

 

 同族会社は、たとえば現物出資の価額を過大に計算する、株主の所有資産を不当な高価で買い入れる、会社の所有資産を不当に低い価額で株主に売却する、株主の個人的地位に基づく支出と認められるものを会社が負担する、株主に過大な給与等を支給する、著しい低い価額で金銭その他のものを株主に貸しつけるなど、株式が多数の株主によつて分散所有されている非同族会社に比し、異常な行為が行なわれることが多いが、

 

これは同族会社の資本と経営が未分離で、過半数の株式を保有する少数の大株主による会社企業の支配による。

 

 

このように、同族会社の同族関係者は、事業を主宰しているグループの一員として当該会社の支配に極めて大きな影響力を行使しうる地位にあり、同族会社は、このような役員によつて支配され経営されているのが実情であり、これら同族関係者の個人企業にも匹敵すべきものといえる。

 

 これら同族関係者は、同族会社の他の者を指示命令する地位にあり、他の者から指示命令をうける地位にないから、旧規則一○条の三第六項一、二号に掲げる者と同一視できるわけで、同項四号の規定が、同族関係者に支給された賞与は利益処分であることを前提に、その損金性を否定したのは当然のことである。

 

 この一〇条の三第六項四号の規定は、旧法九条一項に基礎をおいた解釈規定で、

 

旧法九条八項の「所得の計算に関し必要な事項」を定めるものとしての委任にもとづき創設的に定められた規定ではない。

 

 

したがつて、この規定は、あらたに租税を課する場合でないし、現行の租税を変更する場合でもない。

 

 

仮に、この規定が、旧法九条一項にもとづく解釈規定であると解せられないとしても、

 

旧法九条一項をふえんし補充するものであるから、租税法律主義に反するものではない。

 

 

 

 

 

二、 被控訴会社代理人

 

 旧規則一〇条の三第六項四号の規定は、そもそも損金であるものを益金とするわけであるから、租税法律主義に反することは明白で、これが、旧法九条一項の解釈規定でもなければ、これをふえんし補充したものでもない。

 

 従業員兼務役員中には、肩書は取締役であつても、実際の職務は全く従業員と同一の性質および形態であつて、企業支配の地位に全くなく、むしろ他人の支配下にあつて黙々として労務を提供している者がある。これらの者に対して支払われる労務に対する報酬は、従業員の労務に対する報酬である損金である。

 

 労務の性質によつて損金であるか益金であるかを区別すべきであり、役員の賞与がすべて益金であるとするわけにはいかない。

 

 本件において、問題になつた役員である山口光、山口栄、伊藤金一郎、上田一郎は、いずれも社長でもなければ、副社長、専務、常務取締役でもない。山口光は、工場の工員に対する技術指導を担当するもの、山口栄、上田一郎は倉庫の番人であつて、被控訴会社を指揮命令する地位にないことは明らかである。

 

 企業主体が利益を獲得するについて、不可欠な支出すなわち費用はどこまでも利益から差し引かれるべき損金であるところ、前記の者らに支払われた賞与が損金であることは、会計原則の本質であり、税法の解釈でこのことを無視することは許されない。

 

 企業活動に必要で収益に対応する費用であれば損金である。これを法律でもつて益金とすることが許されないのに、まして旧規則でもつて、損金を益金とするような規定を設けても、その規定は無効である。

(証拠関係)(省略)

 

       

 

 

 

 

 

 

理   由

 

 

 

一、 当裁判所は、以下に訂正補充するほかは、原判決の理由と同一の理由によつて、被控訴会社の本件請求中、原判決が認容した範囲で正当として認容するから、以下の説示と抵触する部分をのぞき、その余の理由を全部、ここに引用する。

 

 

 

(一) 控訴人は、当審で新な主張として、

 

旧規則の「第一節の二役員の報酬、賞与及び退職給与金」中の旧規則一〇条の三第六項四号の規定は、

 

旧法九条八項(昭和三四年法律第一九六号による改正前は七項であつた以下同じ)の委任に基づく命令でなく、同条一項の解釈規定であると主張している。

 

 

憲法七三条六号、内閣法一一条によると、政令は法律の委任に基づかないでは、国民の権利義務に関する規定を設けることができないが、

 

 

みぎ旧規則第一節の二したがつて規則一〇条の三第六項四号の規定は、国民の権利義務に多大の影響を及ぼすものであることはこの規定の趣旨から明白であるし、

 

旧法九条一項にはその解釈規定を設けることを命令に委任するとの文言はない。

 

したがつて、控訴人の主張は到底採用できない。

 

 

 

 当裁判所は、みぎ旧規則第一節の二の各規定は、旧法九条八項の委任に基づくと解する。

 

 

 

(二) 旧法九条八項は、「前六(改正前五)項(九条二項ないし七(改正前六)項)及び九条の二ないし九に規定するものの外、第一項の所得の計算に関し必要な事項は命令でこれを定める。」

 

 と規定しているので、

 

益金損金ヘの算入、不算入についてまで、命令で、みぎに列挙された諸条項と同様の定めができるように見える。

 

 

 しかし、租税法律主義の原則から、法律が命令に委任する場合には、法律自体から委任の目的、内容、程度などが明らかにされていることが必要であり、損金益金への算入不算入といつた課税要件について、法律で概括的、白地的に命令に委任することは許されないと解するのが相当である。

 

 

 したがつて、みぎ九条八項により、命令で、法律と同様な前記課税要件を広範囲にわたつて規定することまでも委任したものではないし、

 

まして、命令で、本来損金の性質を有し、これまで損金として取り扱われることに理論上も実務上もなんら怪しまれることがなかつたものを、益金とするようなことは到底できないことは当然である。

 

 

(三) 使用人役員(社長、副社長、代表取締役、常務取締役、専務取締役、清算人、業務執行社員、監査役、監事以外のいわゆる平取締役であつて一般従業員と同様使用人としての職務を有する者)に支給される賞与のうち、使用人としての職務の対価として支給される分は、損金の性質を有し、従来から理論上も実務上も損金として経理すべきものとされ、同族会社においても同断であつたこと、同族会社については、別に旧法三一条の三に同族否認の規定があり、抽象的一般的でなく、具体的個別的に同族会社であるために起り勝ちな不当な行為計算が否認されたこと、以上のことは、当裁判所に顕著な事実である

 

 

(法人の役員であつて、別に使用人として職務を兼務するものに対して支給した賞与であつて役員賞与と使用人賞与とを明瞭に区分したものは、使用人賞与中、その金額が妥当であると認められる部分に限り損金に算入する(基本通達二六三)。

 

 

法人が使用人職務を兼務している役員に対する賞与を全額損金に算入している場合においては、当該役員とほぼ同資格にあると認められる他の役員の賞与と当該役員とほぼ同地位にあると認められる他の使用人の賞与の両者から適宜勘案し、使用人賞与として適当と認められる金額についてはこれを認めるものとする(昭和二六年五月二八日回答)。神戸地判昭和三一年七月一三日、熊本地判昭和三三年六月一九日、福岡地判昭和三四年一一月二七日など参照)。

 

 

ところが、昭和三四年になつて旧規則を制定施行したが、この規則一〇条の三第六項四号は、同族会社役員のうち、同族判定の基礎となる株主、社員若しくは同族関係者(以下同族関係者という)を使用人役員から除外したので、旧規則一〇条の四の規定とあいまつて、これらの者に対する賞与のうち、これまで使用人役員に認められ、旧規則一〇条の四但書によつても認められている使用人としての職務の対価の性質のある部分に該当するものまで、一率に損金性を否定するように条文の文言上受けとられた。

 

 

 

 なるほど、同族会社では、控訴人が当審で主張するように、多くの経理上の不正が行なわれることは顕著な事事実であるが、そうだからといつて、同族会社は、すべて資本と経理とが分離されず、過半数の株式を保有する少数の大株主によつて会社は支配されその影響力は絶大であると断云するのは正しくない。

 

 

同族関係者のすべてが、同族会社の事業を主宰しているグループの一員として会社支配に大きな影響力があるわけではなく、却つて、同族会社では、いわゆるワンマンが会社を支配し、同族関係者はむしろその頤使のもと、唯唯諾諾として使用人としての地位に甘んじている場合の極めて多いことにも留意されるべきである

 

 

 このような同族関係者が真実使用人として職務に従事し、その対価として得られる賞与については、損金に算入されるのが、事柄の性質上当然といわなければならない。

 

 

 このような性質において損金であるものを、法律の明確な委任のない命令で益金とすることができないことも前述したとおりであるから、同族関係者の賞与に対し、旧規則一〇条の三第六項四号、一〇条の四本文を形式的に一率に適用してこれを損金としないで、一〇条の四本文の役員賞与中には、その性質において損金性を有する賞与は含まないと解するのが相当である。

 

このことは、命令では確認的な規定を設けることはできても創設的な規定は設けられないことと合致し、また旧規則一〇条の三第六項四号をすべて租税法律主義に反し無効であるとする解釈態度を止揚できる点で妥当な解釈といえる。

 

 この解釈をとると、旧規則一〇条の四但書の適用を受ける使用人役員と、旧規則一〇条の三第六項四号所定の者との間に差異がないことになり明文に反するとの疑念を生ずるが、

 

前者は、旧規則一〇条の四但書を正面から適用されるのに対し、

 

後者は、みぎ但書の適用を受けないからといつて、直ちに旧規則一〇条の四本文の適用を全面的に受けるのではなく、

 

その適用があるかどうかはもつぱら、みぎ本文にいうところの損金の性質がない役員賞与に該当するかどうかによつて決められ、

 

みぎ四号に所定の者のうち、経営者の立場になく、使用人の立場でその職務に従事する者の使用人賞与は、損金とされるわけで、

 

これは、旧規則一〇条の四本文がこのような賞与に適用されず、損金経理を、みぎ本文で否認できないことから反射的にそうなるのである。

 

 

 

 

 

(四) この視点に立つて本件を観る。

 

(1) 本件が問題になつている各事業年度(山口栄については第一事業年度)において、山口光ら四名が平取締役であるかたわら、山口栄は被控訴会社の本社倉庫係長、山口光は本社工場長、伊藤金一郎は被控訴会社稲田工場長、上田一郎は同工場倉庫係長としての職制上の使用人の地位をも兼ねていたことは当事者間に争いがなく、原審証人山口光、同山口栄、同伊藤金一郎、同上田一郎、同中村富吉、同森安敬一の各証言や弁論の全趣旨を総合すると、前記の者は、それぞれ次のような職務内容で、休日を除き工場に常時出勤したうえ使用人としての職務に従事したもので、出社退社時刻も備付のタイムレコーダーによつて記録し、勤務条件ないし状況は他の同等の地位職種にある役員を兼ねない一般の使用人と異なるところのなかつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

 

 

 人   名        職    務    内    容         勤 務 時 間

 

 山 口  栄   倉庫管理、資材製品の搬出入の管理、同記帳      午前八時から午後八時まで

 伊藤金 一 郎  昭和三三年k月から昭和三五年二月まで技術部長、同  午前八時から午後五時まで年三月から稲田工場長、作業計画立案監督、技術指導

 

 

 上 田 一 郎  昭和三三年八月から昭和三六年七月まで機械主任とし  午前八時から午後八時までて工員の技術指導監督、昭和三六年八月から稲田工場倉庫係長として倉庫管理、資材製品の搬出入の管理、同記帳

 

 

 山口 光   工場管理、作業計画立案監督、技術指導        午前八時から午後五時まで

 

 

 

 そうすると、山囗光ら四名は、各事業年度において、被控訴会社の平取締役ではあるが、役員としての業務執行権限はなく、代表取締役の事業執行の補助者すなわち他の業務執行担当役員の指導監督の下に、職制上使用人としての地位を有し、そのうえ常時使用人としての職務に従事していたものというべきであつて、これを会社経営者と同視することはできない。

 

(2) 原審証人山日光、同山口栄、同伊藤金一郎、同上田一郎の各証言や弁論の全趣旨を総合すると、山口光ら四名は、いずれも各事業年度に役員賞与のほかに、使用人賞与を受けたが、その支給期日は、 一般使用人と同様、毎年七、一二月であり、その賞与額も一般使用人の賞与支給率に準じた額で、特に役員であることを理由に、他の従業員の二倍以上の支給率によつたものではなかつたことが認められ、この認定に反する証拠はない。

 

 

 

(3) そうすると、山口光ら四名に支給された賞与は、少なくとてもその半額は損金と認めるべきである。

 

 

そのわけは、わが国の使用人賞与の実態は、使用人に対し、その職務の対価として月月与えられる給料(賃金)を低額におさえておく一方、その不足分の補充として年二回に賞与という名目で与えられるものが多く、これは、実質上給料(賃金)の一部の一括後払いの性質をもつものであるから、課税回避のためことさらこれを多額に計上するなど特段の事情がない限り、給料(賃金)と同様、会社の事業活動上の必要経費として損金算入を認めるべきであるからである。

 

 

そうして、本件では、そのような特段の事情を認めることのできる証拠はない。

 

 

二、 以上の説示によると、本件で問題になつているいわゆる使用人役員賞与中、少なくてもその半額は旧規則一〇条の四本文の賞与に該当しないから、これを損金経理したことをみぎ本文によつて否認することはできない筋合である。したがつて、控訴人が、この部分を益金として本件課税処分をしたことは違法であり、これを取り消した原判決は、結論において相当であつて、本件控訴は失当として棄却を免れない。

 

 そこで、民訴法三八四条、八九条を適用して主文のとおり判決する。

 

(裁判官 宅間達彦 長瀬清澄 古崎慶長)