相続税の節税のために養子縁組をしてその後不仲に

 

 

 

養子縁組無効確認請求事件

 

 

【事件番号】 最高裁判所第3小法廷判決/平成28年(受)第1255号

 

【判決日付】 平成29年1月31日

 

【判示事項】 専ら相続税の節税のために養子縁組をする場合と民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」

 

【参照条文】 民法802

 

【掲載誌】  最高裁判所民事判例集71巻1号48頁

 

について検討します。

 

 

 

 

主   文

 

 原判決を破棄する。

 被上告人らの控訴を棄却する。

 控訴費用及び上告費用は被上告人らの負担とする。

 

       

 

 

理   由

 

 

 上告代理人野原薫の上告受理申立て理由第4について

 1 原審の適法に確定した事実関係の概要は,次のとおりである。

 (1) 被上告人X1は亡Aの長女であり,被上告人X2はAの二女である。

 上告人は,平成23年▲月,Aの長男であるBとその妻であるCとの間の長男として出生した。

 Aは,平成24年3月に妻と死別した。

 (2) Aは,平成24年4月,B,C及び上告人と共にAの自宅を訪れた税理士等から,上告人をAの養子とした場合に遺産に係る基礎控除額が増えることなどによる相続税の節税効果がある旨の説明を受けた。

 その後,養子となる上告人の親権者としてB及びCが,養親となる者としてAが,証人としてAの弟夫婦が,それぞれ署名押印して,養子縁組届に係る届書が作成され,平成24年5月▲日,世田谷区長に提出された。

 2 本件は,被上告人らが,上告人に対して,本件養子縁組は縁組をする意思を欠くものであると主張して,その無効確認を求める事案である。

 3 原審は,本件養子縁組は専ら相続税の節税のためにされたものであるとした上で,かかる場合は民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとして,被上告人らの請求を認容した。

 

 

 4 しかしながら,民法802条1号の解釈に関する原審の上記判断は是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 

 養子縁組は,嫡出親子関係を創設するものであり,養子は養親の相続人となるところ,養子縁組をすることによる相続税の節税効果は,相続人の数が増加することに伴い,遺産に係る基礎控除額を相続人の数に応じて算出するものとするなどの相続税法の規定によって発生し得るものである。

 

相続税の節税のために養子縁組をすることは,このような節税効果を発生させることを動機として養子縁組をするものにほかならず,相続税の節税の動機と縁組をする意思とは,併存し得るものである。

 

したがって,専ら相続税の節税のために養子縁組をする場合であっても,直ちに当該養子縁組について民法802条1号にいう「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできない。

 

 そして,前記事実関係の下においては,本件養子縁組について,縁組をする意思がないことをうかがわせる事情はなく,「当事者間に縁組をする意思がないとき」に当たるとすることはできない。

 

 5 以上によれば,被上告人らの請求を認容した原審の判断には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反がある。論旨は理由があり,原判決は破棄を免れない。そして,以上説示したところによれば,被上告人らの請求は理由がなく,これを棄却した第1審判決は正当であるから,被上告人らの控訴を棄却すべきである。

 

 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 

(裁判長裁判官 木内道祥 裁判官 岡部喜代子 裁判官 大谷剛彦 裁判官 大橋正春 裁判官 山崎敏充)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       上告代理人野原薫の上告受理申立て理由(ただし,排除されたものを除く。)

第4 縁組意思

 1 原判決は,養親Aも養子Yの代諾権者であるB夫妻に養親子関係を創設する縁組意思がなかった,として本件養子縁組を無効とした。

   しかしながらその理由とするところは,相続税対策を中心としてAの相続人の利益のためになされたものにすぎず,当事者双方に「親子関係を真実創設する意思を有していなかったことは明らか」と断じている。

 2 養親子関係を真実創設する意思とは何か,原判決は答えていない。確かに,その意思を具体的に認識して,その意思の存否について判断基準を定めることは困難である。それ故,縁組意思を創設的身分行為における届出意思ととらえた解釈論が「形式的意思説」として有力に主張されている(谷口知平・日本親族法47頁以下)。

 3 縁組意思の具体的な内容は,個々の縁組における当事者の目的,生活関係などによって異なり,一義的に定められるものではない。学説においても,実質意思説と形式意思説とか議論されているが,最高裁判所は「実質意思説」の立場を採用しているといわれている。

   その理由は,普通養子の実態が養子制度のあるべき姿を求めて変遷し,多目的に活用されていることにある(中川善之助・新訂親族法411頁,我妻栄・親族法255頁)。その活用の実態に照らすと,縁組意思なしとされる養子縁組は少なく,できるだけ縁組の有効性を活かしてその役割を期待するというのが実態である(もちろん犯罪や違法行為を許すものではない。)。

 4 一方,民法802条1号は,「人違いその他の事由によって当事者間に縁組をする意思がないとき。」は無効と規定している。この規定は,「人違い」かそれに準ずるか,若しくはそれに相当する程度の「無効事由」を法が要請しているものと解釈できる。

 5 本件においては,縁組届であることを認識して署名,押印がなされ,その縁組届が提出されていることから,縁組届出意思は容易に認定できるところ,実質的な縁組意思の存否の問題が残る。

 6 縁組意思の有無は,縁組のときその有無の判断をするのが相当である。原判決のように,縁組後において発生した諸事実を認定して「併せて考え」縁組意思の有無を認定することは,普通養子制度の実態と法の趣旨に照らして慎重を期すべきところ,原判決は,相続税対策や相続人の利益のための縁組については,養子縁組の実質意思はないとするものであって,このような判断は誤っている。

   よって,原判決は破棄され差し戻されることが相当である。