違法な職務質問

 

 

覚せい剤取締法違反被告事件

 

 

 

【事件番号】 東京高等裁判所判決/平成29年(う)第496号

 

【判決日付】 平成29年6月28日

 

【判示事項】 5時間余りにわたり被告人を現場路上に留め置いた職務質問の違法は重大であって、その後に採取された尿の鑑定書と自宅で押収された覚せい剤等の証拠能力はないとし、その違法を認めながらも重大性を否定した第1審判決を破棄して、覚せい剤の使用と少量の所持について、被告人に無罪を言い渡した事例

 

 

【参照条文】 警察官職務執行法2-1

       警察官職務執行法3

       刑事訴訟法397-1

       刑事訴訟法379

       刑事訴訟法400但し書

       刑事訴訟法336

 

【掲載誌】  LLI/DB 判例秘書登載

 

 

について検討します。

 

 

 

 

主   文

 

 原判決を破棄する。

 被告人は,本件各公訴事実につき無罪。

 

       

 

 

理   由

 

 

1 本件事案と控訴の趣意

  本件各公訴事実の要旨は,被告人は,①法定の除外事由がないのに,平成28年4月27日頃,被告人方において,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパンの塩類若干量を含有する水溶液を自己の身体に注射し,もって覚せい剤を使用し,②みだりに,同年5月7日,被告人方において,覚せい剤であるフェニルメチルアミノプロパン塩酸塩を含有する結晶状粉末約0.238グラムを所持したというものであり,原判決は,いずれも公訴事実と同一の事実を認定し,被告人を有罪とした。

  本件控訴の趣意は,弁護人宮嶋英世作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意補充書各記載のとおりであり,論旨は,違法収集証拠として証拠能力が認められない被告人の尿の鑑定書,覚せい剤及びその鑑定書等(原審甲19ないし21。併せて「本件鑑定書等」という。)について,証拠能力を認めた原審裁判所の訴訟手続には法令違反があり,これら証拠により前記事実を認めた原判決には事実誤認があるというのである。これに対する答弁は,検察官松山佳弘作成名義の答弁書記載のとおりである。

  当裁判所は,原判決が本件鑑定書等の証拠能力を認めたことは是認できないと判断した。以下理由を述べる。

 

 

2 本件鑑定書等の証拠能力に関する原判決の判断

 

(1) 本件鑑定書等の収集に関する事実経過

 

  原判決が認定した事実経過は,概ね次のとおりである(平成28年4月28日については日付けの記載を省略する。)。

 

ア 埼玉県春日部警察署地域課のA巡査部長及びB巡査は,□□団地内をパトカーで警ら中,午前10時40分頃,同団地9街区5号棟南側ごみ集積所前路上に,荷台に自転車や洗濯機等を載せた軽トラック(以下,「被告人車両」という。)がエンジンをかけた状態で停められ,被告人がごみ集積所をのぞき込んでいるのを認めた。Aらは,資源ごみ窃盗や自転車盗の疑いを抱き,パトカーを被告人車両のすぐ後方に停めて降車し,被告人に対し,職務質問を開始した。被告人は落ち着いた態度で質問に答え,運転免許証も提示した。その間,Bが,前記荷台の自転車につき車体番号から盗難の有無を照会したが,盗難の届出はなかった。職務質問を実施した本件現場は,幅員6.3メートルの市道上であり,その南側には2.7メートルの歩道が設置され,市道北側には市道より一段高く,1メートル以上奥まった敷地内に,14.5メートルのごみ集積所がある。

 

イ Bが被告人の前歴照会をしたところ,平成19年に大麻取締法違反,平成21年及び26年に覚せい剤取締法違反の犯歴を含む4件の犯歴が判明した。Aらは,薬物犯罪の嫌疑を抱き,被告人に対し,持っている物と車内の物を見せてもらいたいとして所持品検査を求めたが,被告人は,興奮し,大きな声で拒否した。そこで,Aらは,さらに薬物犯罪の嫌疑を強く抱き,被告人に対し,覚せい剤取締法違反及び大麻取締法違反の犯歴があるので,所持品及び車内を確認させてほしい旨説明したが,被告人は拒否した。Aらは,さらに,被告人に対し,腕の確認を求めたり,採尿のため春日部警察署への同行を求めたりしたが,被告人は拒否した。

 

ウ その後,被告人は,武里駅方向に10メートルほど歩いて行ったため,Bは,両手を横に広げ,被告人の進路を遮った。被告人は,渋々被告人車両に戻ると,運転席ドアを開けて運転席に乗り込み,運転席ドアを閉めた。

 

エ その後,被告人はギアを入れたが,その瞬間,Bは,開いていた運転席ドアの窓から手を差し入れてエンジンを切り,エンジンキーを抜き取った上,運転席ドアを開けて被告人車両の車体とドアの間に体を入れた。Aは,助手席のドアを開け,被告人車両の車体と助手席ドアの間に体を入れた。被告人がエンジンキーを返すよう求めたところ,Bは,これを被告人に返したが,被告人が再度エンジンキーを差し込もうとすると,Bは,エンジンキーの差込口を手で塞いだ。

 

オ 被告人は,薬物犯罪に関する職務質問の開始後,早い段階で,トイレに行きたいから自宅に帰りたい旨訴えたが,Bは応じなかった。

 

カ Bは,被告人がダッシュボードの整理をしている間等以外は,被告人車両のエンジンキーの差込口を手で押さえていた。

 

キ Aらは,その後も,被告人に対し,再三,尿の任意提出等を求めたが,被告人が拒否したため,交通整理として何人かの警察官の応援を求めた後,同署薬物銃器対策係に応援を求めた。

 

ク 午前11時40分頃,薬物銃器対策係長C警部補ほか1名が現場に臨場し,Cは,被告人に対し,腕の確認や尿の任意提出を求めたが,被告人はこれを拒否した。そこで,Cは,午前11時44分頃,被告人に対し,強制採尿令状の請求手続きに入る旨告げた。

 

ケ C及びBは,春日部警察署に戻り,令状請求の際の疎明資料として添付するための報告書等の作成に取りかかった。Bは,「覚せい剤取締法違反の疑いのある者に対する職務質問の実施とその状況について」と題する捜査報告書(以下,「B報告書」という。)を作成し,その中で,被告人に対し,所持品の確認を求めた際,被告人が,突然怒号し,騒ぎ立てる等した旨記載した。Cは,「強制捜査(捜索差押,強制採尿)の必要性について」と題する捜査報告書(以下,「本件報告書」という。)を作成し,その中で,被告人は,「落ち着きがなく,感情の起伏が激しく周囲を異常に警戒する,目の焦点が合わず瞳孔が開いている,頬がやせこけている等の身体的特徴を有し,覚せい剤の薬理作用の影響下にあるものと認められた。」旨記載するとともに(以下,「本件記載」という。),尿の任意提出の求めに対し,被告人は大声を出して拒否した旨記載した。

 

コ Bが現場を離れて以降,別の警察官が軽トラックのエンジンキーの差込口を手で塞ぎ続けた。また,被告人は,30分から1時間ほど被告人車両を降りて荷台で作業を行うこともあった。

 

サ Cは,被告人の体内にある尿を差し押さえるべき物とする捜索差押許可状等の請求を行うため,さいたま地方裁判所越谷支部に向かい,午後2時33分頃,同支部において同請求が受理された(以下,「本件令状請求行為」という。)。その後,Cは,同支部裁判官により発付された捜索差押許可状を携行し,本件現場に向かい,午後3時46分頃,同令状を被告人に呈示した。

 

シ 被告人が採尿に応じる旨述べたため,Cは,被告人を春日部警察署に同行し,午後4時20分頃から午後4時33分頃までの間,同署において,被告人から尿の任意提出を受け,尿中覚せい剤予試験を実施した結果,覚せい剤の陽性反応を呈したため,被告人を緊急逮捕した。

 

ス 被告人の前記逮捕に引き続く勾留中の5月7日,同月6日付け捜索差押許可状に基づき,被告人の自宅が捜索され,覚せい剤1袋(以下,「本件覚せい剤」という。),注射器19本等が押収された。

 

セ なお,□□団地内のごみ集積所の整理や清掃作業を行う清掃会社の従業員6名は,同団地9街区5号棟南側ごみ集積所の清掃作業に赴いた際,前記イの場面(被告人が大声で警察官らに答えている場面)を目撃し,その後,前記ウの被告人が被告人車両に乗り込んだ場面を目撃した。前記従業員らは,同所到着後10分程度で清掃作業を終え,その場を離れた。

 

(2) 証拠能力に関する原判決の判断

  原判決は,前記事実経過に基づき,概ね次のように判示して,本件鑑定書等の証拠能力を認めた。

ア 被告人は,ごみ集積所前路上に,荷台に自転車等を載せた車両を停め,ごみ集積所をのぞき込んでいたのであるから,Aらが,資源ごみ窃盗や自転車盗等の疑いを抱き,被告人に対して職務質問を開始したのは正当である。そして,この時点では窃盗の嫌疑も完全になくなったものではなく,また,犯歴照会の結果,被告人には,覚せい剤取締法違反の前歴2件,大麻取締法違反の前歴1件があったのであるから,薬物使用の疑いを抱いて所持品検査を求めたことも正当である。

  そして,被告人は,所持品の確認を求められると,態度を一変させ,大声を出して所持品の確認を拒否し,その後,腕の確認や尿の提出も頑なに拒否しているのであるから,Aらが薬物使用の嫌疑を更に強く持ったことは正当なものである。したがって,その時点で,職務質問を継続する必要性が認められたのであるから,被告人が武里駅方向に歩き出そうとした際,Bが何ら有形力を行使しないで被告人を制止した行為は正当である。また,被告人のトイレに行きたい旨の訴えに応じなかった点についても,職務質問を継続する必要性が認められる一方,被告人は,現場を離れるそぶりを示し,その後はトイレに行きたい旨の訴えをしていないのであるから,違法とまではいえない。

イ しかし,被告人が,被告人車両に乗り込んで発進させようとした際,Bがエンジンキーを抜き取ってこれを取り上げ,さらに,エンジンキーを被告人に返却した後,B及びAが運転席ドア及び助手席ドアを開けてドアと車両との間に体を入れてドアを閉められないようにした上,Bにおいてエンジンキーの差込口を手で塞いで,被告人が被告人車両でその場を立ち去ることを阻止し,その後,5時間余りにわたって被告人をその場に留め置いた措置は,覚せい剤使用又は所持の嫌疑が濃厚になっており,職務質問を継続する必要性が認められることを考慮しても,被告人に対する所持品検査や尿の提出を求めるための説得行為としてはその限度を超えており,被告人の移動の自由を長時間にわたり奪った点において,任意捜査として許容される範囲を逸脱したものとして違法といわざるを得ない。なお,清掃員らは,被告人車両の前ではなく敷地内におり,10分程度でその場から離れていること,現場は幅員6.3メートルの市道上であって歩道も設置されていたことから,被告人が同車両を発進させることによって,直ちに具体的な危険が生じる状況ではなかった。

  もっとも,本件職務質問は適法に開始されたものであり,被告人を被告人車両内に留め置いた行為も,被告人に対する直接の有形力は行使されていない。さらに,被告人は,職務質問の場所に留め置かれている間,車両から降りるなど,行動の自由の制約は必要最小限度のものに留まっている。職務質問開始から1時間程度で令状請求の準備に取りかかっていることに照らせば,警察官らにおいて,当初から長時間の留め置きをする意図があったものとは認められない。以上によれば,本件留め置き行為の違法性の程度は,いまだ令状主義の精神を没却するほどの重大なものではない。

ウ 次に,令状請求手続の違法性について検討すると,被告人の身体的特徴に関するCの供述は信用できないことから,本件報告書中,被告人の身体的特徴に関する記載部分は,事実と認められない。したがって,令状発付の判断資料となる報告書中に事実ではない記載をしたものとして違法である。しかし,B報告書には,前記(1)ア,イ,ウの事実が概ね記載されているところ,これらの各事実により,被告人の覚せい剤使用の嫌疑は十分に認められるから,C作成の前記報告書によって令状裁判官の判断を誤らせたとまでは認められない。以上によれば,Cが前記捜査報告書に事実でない記載をしたことの違法性の程度は,いまだ令状主義の精神を没却するほどの重大なものではないというべきである。

エ 以上によれば,警察官らの措置に違法はあるが,その程度は重大なものではないから,本件各証拠の証拠能力は否定されない。

3 本件鑑定書等の収集に関する事実経過について

(1) 原判決が認定した本件鑑定書等の収集に関する事実経過は,当裁判所も正当としてこれを是認でき,これに対する所論は,原判決が適切に説示するとおり,いずれも理由がない。一方,検察官は,原判決が,職務質問当時,被告人の目がきょろきょろしており,瞳孔が少し開いていたとのC供述の信用性を否定し,Cの作成した本件報告書中の本件記載部分を事実とは認めることはできないとしたことについて,証拠評価を誤っていると主張する。

 

 

 

 

 

 

 

(2) 本件記載についての当裁判所の判断

 

  そこで,検討すると,原判決は,Cは,運転席ドアと軽トラックの間に入り,被告人と30センチメートルの至近距離で話をしたところ,被告人の目がきょろきょろしており,瞳孔が少し開いていたため,薬物を使用している可能性が高いと判断した旨供述するが,

 

①当時,天候は雨であり,かつ,被告人は軽トラックの運転席に座り,キャップ型の帽子を被り,眼鏡をしていたのであって,そのような状況の中でペンライト等も使用せずに瞳孔が開いていたか否か確認できるのか非常に疑問である上,

 

②Cは,当時,軽トラックの左前方の団地敷地内に作業服を着たURの職員が二,三名いた旨供述し,D証言,A証言及びB証言により認められる客観的事実と明らかに矛盾する供述をし,さらには,

 

③同日午前11時35分から同日午前11時43分までの間に撮影された職務質問状況の写真にも,Cが運転席ドアと軽トラックの間に入っている状況は撮影されていないことから,Cの供述は到底信用できないとするとともに,Cの作成した本件報告書中の本件記載を事実と認めることはできないとした。

 

  これに対し,検察官は,

 

①Cは,14年間にわたり薬物事件を担当してきた経験豊富な警察官であり,当時の天候は小雨程度で特段暗くもなく,時刻も正午に近く,一日のうちで最も明るい時間帯であった上,Cは被告人と30センチメートルくらいの距離に近付いて被告人を観察しており,被告人がキャップ型の帽子をかぶって眼鏡をかけていても,十分に被告人の瞳孔を確認することが可能であったから,C供述に疑問をさしはさむ余地はない。

 

②Cの注意は被告人に向けられ,周囲の状況には注意を向けていなかったし,周辺にいた一般人がどういう人か特段重要ではないから,後にAらから現場周辺に作業服を着たUR職員がいたと聞いたことで,自分が見た一般人が作業服を着たUR職員であったと思い,記憶を混同させたとして不思議ではない。

 

③Cが30センチメートルの距離で職務質問する様子は,写真撮影報告書添付の写真(原審甲2)には撮影されていないが,撮影に使用したカメラの内蔵時計はよく時刻が狂うことがあったから,その撮影時刻は午前11時41分よりも前であった可能性が十分ある上,撮影した警察官は,Cと共に現場に臨場し,写真撮影した後,Cが職務質問を開始してからは撮影を止め,その背後に立って被告人の様子を注視していた,一方,Cは運転席横へ行き,被告人に約30センチメートル程度の距離まで顔を近づけて職務質問を行い,被告人の瞳孔が開いていることなど薬物使用の疑いがあることを確認した上,被告人に令状請求手続きに入ることを告げ,自己の腕時計で,その時刻が午前11時44分であることを確認し,Aらに伝えたのであるから,写真にCが被告人に対して職務質問を行う様子が撮影されていないことは,Cの供述が信用できないとする根拠にはならない,と主張する。

 

  しかし,Cの前に職務質問をしていたAは,約1時間にわたり,被告人を説得するなど,近距離から被告人の様子を観察していたが,被告人の目がきょろきょろする,目の焦点が合わず瞳孔が開く,周囲の様子を異常に警戒するといった様子を認めていない。

 

Aも薬物事犯の職務質問や検挙をかなり経験した警察官である(原審記録179丁の26)。

 

いやしくも職務質問に当たる警察官が,それなりの捜査経験を有しながら,目の焦点が合っていない,周囲を異常に警戒するといった様子や挙動に気付かないとは考え難い。

 

 

そして,本件令状請求に当たり作成されたB報告書を見ても,そこには,単に,被告人は薬物の犯歴を3件有し,所持品及び車両積載物の確認にも頑なに応じないから,覚せい剤等の薬物を所持している可能性があるとの記載があるだけで,Bが,被告人に前記のような挙動や特徴を認めたとの記載はない

 

(B作成の緊急逮捕手続書(当審検3)にもかかる記載はなく,覚せい剤の犯罪経歴があり,所持品検査,身体の確認,任意採尿を頑なに拒否したことから,強制採尿令状を請求するという趣旨が記載されている。)。

 

 

そして,Cが被告人の様子を観察した時聞は長くて4分程度に過ぎず,約1時間にわたって被告人を観察していたAやBの気づかなかった被告人の特徴を,このような短時間で把握できるか,相当疑問である。

 

 

しかも,頬がやせこけている等の身体的特徴は,採尿報告書の写真(同日午後4時20分頃から33分頃撮影)を見ても,痩せてはいるが特段頬がこけているというまでの顔貌ではなく,覚せい剤使用を具体的に疑わせるほどの特徴と認めるには無理がある。

 

  そうすると,そもそも,被告人の目がきょろきょろする,目の焦点が合わず瞳孔が開く,周囲の状況を異常に警戒するといった状況があったのかについては,相当の疑問があり,検察官指摘の各点を考慮しても,C供述は直ちに信用できないというべきである。

 

したがって,Cが作成した報告書中,被告人の身体的特徴に関する記載部分は事実と認めることができないとした原判決の判断に誤りは認められない。そして,Cの薬物犯罪捜査の経験からすれば,本件記載について,誤って事実と異なる認識をするとは考えられないから,意図的に,本件報告書に事実と異なる記載をしたと認められる。

 

 

 

4 本件鑑定書等の証拠能力について

 

(1) 本件捜査過程の違法性ついて

 

  所論は,要するに,本件の職務質問は,警職法2条1項の要件を欠く違法なものである上,本件強制採尿令状は,令状発付の判断に重大な影響を及ぼすような虚偽ないし誇大な記載のある本件報告書に基づき発付された違法なものであるから,本件鑑定書等は違法収集証拠としてその証拠能力が否定されるべきであるというのである。

 

  そこで検討すると,被告人はごみ集積所をのぞき込んでおり,近くには自転車等を積載した軽トラックが停車していたのであるから,警察官が,被告人の挙動を不審と考え,あるいは,被告人に廃品盗や廃棄物不法投棄の嫌疑があるとして,被告人に対し,職務質問を開始したことが適法であることは明らかである。また,前歴照会の結果,被告人に覚せい剤を含む薬物の前歴4件があるとの回答を得たこと,被告人が軽トラック内の所持品検査を大きな声で明確に拒否したことに照らすと,被告人が違法な薬物を所持し,又は使用しているのではないかと疑い,警察官らが職務質問を継続し,所持品検査や尿の提出に応じるよう被告人を説得したことも適法と認められる。そして,それに伴い,被告人が立ち去ろうとした際,立ちふさがるようにして制止したこと,被告人が軽トラックに乗り込みエンジンを始動させようとすると,エンジンを切り,エンジンキーを取り上げたこと,その後,エンジンキーを返還したが,被告人がエンジンを始動できないようエンジンキーの差込口を手で塞いだことについては,任意捜査としての職務質問を行うため停止させる方法として必要かつ相当な行為であったと認められる(交通の危険があったとする検察官の論告等における主張が採用できないことは原判決認定のとおりである。)。しかし,Aらにおいて,被告人に薬物使用を疑わせるような具体的な身体的特徴を見出すことはできず,被告人に対する薬物使用の嫌疑は具体性の乏しいものにとどまり,かつ,被告人が所持品検査や尿の提出については,当初から一貫して明確に拒否していることからすれば,合理的な時間内に任意の協力が得られない以上,職務質問を打ち切り,被告人の留め置きを解消せざるを得ない状況にあったと認められる。

 

 

そして,職務質問開始から約1時間経過した午前11時40分頃,Cが臨場し,午前11時44分には令状請求に入る旨被告人に伝えているが,その段階で,客観的には,強制採尿に関する捜索差押許可状の請求に必要な覚せい剤使用の嫌疑を基礎づける事情が認められないのは前記のとおりであり,本件においては,令状を呈示するまで,約5時間留め置いているのであるから,被告人に対する嫌疑の程度と留め置いた時間を比較考量すると,このような長時間被告人を留め置いたことは違法といわざるを得ない。

 

 

  さらに,本件令状請求行為について検討すると,原判決は,令状発付の判断資料となる捜査報告書中に事実ではない記載をした違法はあるが,他の資料により,被告人の覚せい剤使用の嫌疑は十分認められるとして,これによって令状裁判官の判断を誤らせたとまでは認められないとした。

 

  確かに,覚せい剤の前歴のある者が,腕の提示や尿の提出を拒むということは,覚せい剤使用を疑う一つの事情といえなくはない。

 

しかし,これは,嫌疑の有無,程度としては未だ抽象的なものに過ぎないのであり,その他に覚せい剤使用を疑わせる具体的な事情が認められない限り,強制採尿令状を発付するに足る嫌疑があるとはいえないというべきである。

 

そして,本件の場合,被告人の覚せい剤使用を疑う事情としては,覚せい剤の前歴のほか,被告人が腕の提示や尿の提出及び所持品検査を頑なに拒んでいるといった事情しかないのであるから,本件記載のごとき被告人の身体的特徴や挙動といった覚せい剤の薬理作用をうかがわせる事実は,令状発付の判断をするにおいて極めて重要なものとなる事情である。

 

ところが,Cは,このように重要な事実について,意図的に本件報告書に事実と異なる本件記載をし,これを本件令状請求の疎明資料として提出しているのであるから,このような行為は,令状請求に関する担当裁判官の判断を大きくゆがめるものである。したがって,他に覚せい剤使用の嫌疑を基礎づける明白な事情が存するなど特段の事情のない本件においては,そのような疎明資料を提出して強制採尿令状の発付を得た捜査手続には,令状主義の精神を没却する重大な違法があるというべきである。

 

 

(2) 本件鑑定書等の証拠能力について

 

  前記事実経過によれば,本件報告書の記載の他に被告人の覚せい剤使用の嫌疑を具体的に示す的確な証拠はなく,本件令状請求行為については,令状主義の精神を没却するほどの重大な違法があり,令状請求をする旨被告人に告げた午前11時44分頃から4時間2分後の午後3時46分頃までの間,その違法な令状請求に基づく令状の執行のために,Aらにおいて,被告人を留め置き続けていたと認められる。そして,被告人の留め置きにより,捜索差押許可状を被告人に呈示することが可能となったというべきである。

 

  そうすると,被告人を留め置きつつ,本件強制採尿令状の発付を受けて被告人の尿を押収した一連の手続過程には,令状主義の精神を没却する重大な違法があり,そのような違法捜査に基づき採取された尿と密接に関連する証拠の証拠能力を認めることは,将来の違法捜査抑制の見地からも相当でないと認められるから,本件尿の鑑定書の証拠能力は否定すべきである。

 

  また,本件覚せい剤の捜索差押については,その疎明資料が不明確ではあるが,前記事実経過に照らすと,違法捜査に基づき採取された前記尿と密接に関連する資料を含む疎明資料(被告人の供述を含む。)に基づき発付されたと推認できる。

 

  したがって,本件覚せい剤についても,違法捜査に基づき採取された尿と密接に関連する証拠というべきであり,本件覚せい剤の鑑定書についても,同様に,証拠能力を否定すべきである。

 

 

(3) 結論

  したがって,本件鑑定書等に証拠能力を認めることはできないから,原審がこれを証拠として採用したことには,刑事訴訟法317条に反する違法がある。

  本件鑑定書等が証拠採用されなければ,他の証拠の証明力評価に関わらず,被告人が覚せい剤を使用した事実も,被告人方で覚せい剤を所持した事実も,いずれも認定することができないから,前記違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

 

4 破棄自判

  以上のとおり,原審裁判所の訴訟手続には,判決に影響を及ぼすことが明らかな法令違反があり,本件控訴は理由があるので,刑事訴訟法397条1項,379条により原判決を破棄し,同法400条ただし書により,更に判決する。

  前記のとおり,本件各公訴事実については,犯罪の証明がないから,同法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。

 

(検察官 松山佳弘出席)

 

  平成29年6月28日

    東京高等裁判所第11刑事部

        裁判長裁判官  栃木 力

           裁判官  菱田泰信

           裁判官  日野浩一郎