相続税更正請求棄却通知処分取消請求控訴事件
【事件番号】 大阪高等裁判所判決/平成14年(行コ)第21号
【判決日付】 平成14年7月25日
【判決要旨】
(1) 国税通則法23条2項において、同項各号所定の事由が生じた場合には更正の請求期間の延長を認めているのは、納税申告時には予想し得なかった事由が後発的に発生し、これにより課税標準等又は税額等の計算の基礎に変更が生じ税額の減額をすべき場合にも更正の請求を認めないとすると、帰責事由のない納税者に過酷な結果が生じる場合があると考えられることから、例外的に、一定の場合に更正の請求を認めることによって、保護されるべき納税者の救済の途を拡充したものである。
(2) 国税通則法23条2項1号にいう「判決」とは、申告に係る課税標準又は税額等の計算の基礎となった事実(例えば契約の成否、相続による財産取得の有無、特定の債権債務を発生させる行政処分の効力の有無等)を訴えの対象とする民事事件の判決をいうものと解するのが相当であり、
これに該当する例としては、不動産の売買があったことに基づき譲渡所得の申告をしたところ、後日になって、売買の無効確認訴訟を提起され、判決によって売買がなかったことが確定した場合のように、申告に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実関係について私人間に紛争を生じ、判決によってこれと異なる事実が明らかにされた場合などであって、申告時には予想し得なかった事態その他やむを得ない事由がその後において生じたことにより、その申告の課税標準等の計算の基礎となった事実に関する訴えに係る判決によって、事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したときであると解することができる。
(3) 裁判例及び確立した課税実務の取扱い上、時効により不動産を取得、喪失した場合に、私法上の時効の遡及効にかかわらず、租税法上、時効の援用の時に所得が発生し、あるいは損失が生じるものと解されており、本件のように占有者に時効取得されたことにより権利者が所有権を喪失する場合においても、これらの取扱いと整合的に解釈すべきであり、そうでなければ、二重課税又は二重に控除を認めるなどの不都合な結果が生じるおそれがある。
(4)~(6) 省略
【参照条文】 国税通則法23-2
民法144
民法145
民法162-1
【掲載誌】 訟務月報49巻5号1617頁
について検討します。
主 文
1 本件各控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1 申立て
1 原判決を取り消す。
2 被控訴人が,控訴人らの被相続人Aに係る相続税の各更正の請求に対して,平成11年6月9日付けで控訴人らに対してした,更正をすべき理由がない旨の各通知処分をいずれも取り消す。
第2 事案の概要
事案の概要は,次のとおり付加,訂正,削除するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要等」及び「第3 争点に関する当事者の主張」に記載のとおりであるから,これを引用する。
1 原判決3頁3行目の「別件土地」を「兵庫県尼崎市a町b丁目c番の土地(以下「別件土地」という。)等」と改める。
2 同4頁11行目の「次のような」を削り,同頁13行目末尾に「が,その訴訟におけるBらの請求は,次のとおりであった。」を加え,同頁14行目から15行目にかけて及び同頁18行目から19行目にかけての各「主位的に昭和45年ころ贈与を,予備的に」をいずれも「主位的請求として昭和45年ころにAから贈与を受けたことを理由に,予備的請求として」と,同頁16行目及び同頁20行目の各「を主張し,前記(2)イウの各登記の抹消登記及び」をいずれも「を理由に,主位的に真正な登記名義の回復を,予備的に時効取得を原因とする」と,それぞれ改め,同頁22行目の「神戸地方裁判所尼崎支部は,」の次に「平成11年1月26日,」を加える。
第3 当裁判所の判断
1 当裁判所も,控訴人らの請求は理由がなく棄却すべきものと判断する。その理由は,次のとおり訂正,削除するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第4 当裁判所の判断」に記載のとおりであるから,これを引用する。
(1) 原判決10頁21行目の「帰責事由のない」を削る。
(2) 同11頁4行目から5行目にかけての「基礎としたこところ」を「基礎としたところ」と改める。
(3) 同12頁10行目の「,146条」を削る。
(4) 同15頁8行目の「著しい不注意によって」,同頁10行目から11行目にかけての「それは原告らに帰責事由があったことによるものであり,」をいずれも削る。
2 控訴人らの主張に鑑み,以下のとおり理由を補足する。
(1) 控訴人らは,Bらにおいて別件判決(2)により本件各土地の時効取得が認められたものであるところ,時効取得は遡及効を有するから,本件各土地は,本件相続開始(A死亡)時点で,Aの相続財産ではなかったことになり,控訴人らは本件各土地を取得していないことを理由として,本件処分の取消しを求めている。
(2) 時効による所有権取得の効力は,時効期間の経過とともに確定的に生ずるものではなく,時効により利益を受ける者が時効を援用することによって始めて確定的に生ずるものであり,逆に,占有者に時効取得されたことにより所有権を喪失する者は,占有者により時効が援用された時に始めて確定的に所有権を失うものである。
そうすると,民法144条により時効の効力は起算日に遡るとされているが,時効により所有権を取得する者は,時効を援用するまではその物に対する権利を取得しておらず,占有者の時効取得により権利を失う者は,占有者が時効を援用するまではその物に対する権利を有していたということができる。
したがって,本件においては,本件相続開始(A死亡)時においては,本件各土地について,Bらによる時効の援用がなかったことはもちろん,時効も完成していなかったのであるから,その時点では,控訴人らが本件各土地につき所有権を有していたものである。
(3) 国税通則法23条2項1号にいう
「その申告,更正又は決定に係る課税標準等又は税額等の計算の基礎となった事実に関する訴えについての判決により,その事実が当該計算の基礎としたところと異なることが確定したとき」とは,
例えば,不動産の売買があったことに基づき譲渡所得の申告をしたが,後日,売買の効力を争う訴訟が提起され,判決によって売買がなかったことが確定した場合のように,税務申告の前提とした事実関係が後日異なるものであることが判決により確定した場合をいうと解されるところ,
本件においては,前記のとおり,本件相続開始時には,控訴人らは本件各土地につき所有権を有していたのであり,その点で食い違いはなく,別件判決(2)は国税通則法23条2項1号にいう「判決」には該当しないと解される。
課税実務上,時効により権利を取得した者に対する課税上の取扱いにつき,時効の援用の時に一時所得に係る収入金額が発生したものとし,時効により権利を喪失した者については,それが法人である場合は,時効が援用された時点を基準に時効取得により生じた損失を損金算入する扱いがされているが,正当な取扱いとして是認することができる。
(4) 控訴人らは,時効の効力が起算日まで遡る以上,租税法の解釈としても同様に解すべきであり,遡及効という法的効果を無視することは許されない旨を主張する。
しかし,時効制度は,その期間継続した事実関係をそのまま保護するために私法上その効力を起算日まで遡及させたものであり,他方,租税法においては,所得,取得等の概念について経済活動の観点からの検討も必要であって,これを同様に解さなければならない必然性があるものとはいえない。
(5) 以上のとおり,別件判決(2)は,国税通則法23条2項1号にいう「判決」に該当せず,被控訴人が控訴人らの第2次更正の請求に対してした更正すべき理由がない旨の通知(本件処分)は,いずれも適法なものということができる。
3 よって,控訴人らの各請求を棄却した原判決は正当であり,本件各控訴は理由がないのでこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第5民事部
裁判長裁判官 太 田 幸 夫
裁判官 川 谷 道 郎
裁判官 大 島 眞 一