申告書の記載内容について錯誤の主張(1)

 

 

所得税賦課決定取消等請求事件

 

 

【事件番号】 和歌山地方裁判所判決/昭和33年(行)第7号

 

【判決日付】 昭和37年4月28日

 

【判示事項】 1、所得税確定申告行為には民法95条の適用がないとした事例

       2、所得税の確定申告が無効とされる場合

 

 

 

【参照条文】 所得税法44

       所得税法27

 

【掲載誌】  行政事件裁判例集13巻4号623頁

 

 

について検討します。

 

 

 

主   文

 

 原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

 

       

 

理   由

 

 

 一、原告が昭和三二年三月一二日被告御坊税務署長に対し、課税所得金額三、〇二一、二〇〇円、算出税額九四三、四八〇円とする昭和三一年分所得税確定申告書を提出し、同年五月二二日右所得税の分納金として金五〇〇、〇〇円を政府に納付したこと、及びその後同税務署長は、昭和三三年七月二三日原告に対し右所得税についての滞納処分として別紙目録記載の不動産に対し差押処分をしたことは当事者間に争いがない。

 

 

二、原告は、右確定申告には、要素の錯誤があるから無効であると主張するので、まず同申告行為について民法第九五条の適用があるかどうかを判断する。

 

所得税法によると、原則として所得税に関する課税標準の確定は、納税義務者自身がこれを認定算出した上政府に申告してこれを確定する。

 

いわゆる申告納税制度がとられている。

 

従つて右申告に際し課税標準の認定算出を誤つた場合は、右申告は錯誤に基くものとして一応瑕疵ある申告とみなければならない。

 

しかしながらこのような申告の効力については、それが私人のなす公法行為であるところより直ちに民法第九五条を適用すべきではなく、右申告行為の性質と、右申告行為に関する救済手続との関連において判断されなければならない。

 

そして所得税法によると、納税義務者から申告があつた場合、課税標準の額等その内容が政府において調査したところと異なるときは、政府はその調査によつてこれ等の額の更正をなす(第四四条)ほか、

 

これ等の額が過少である場合には修正確定申告により、又右額が過大である等の場合は、右申告提出期限後一ケ月間を限り政府に対し前記更正の請求をし(第二七条)これに対する更正決定により、それぞれ右申告額を適正の額に修正する制度がとられていることが明らかである。

 

 

すると所得税法は申告にかかる課税標準の額等について誤りがある場合も、一応これを有効として扱いその後の修正手続により正当な額に確定させる趣旨であるといわねばならない。

 

 

納税義務者が過大な申告をした場合の救済について法は、右更正の請求ができる期間を申告書提出期限後一ケ月に限つている点は、やや短に過ぎ立法論として問題ではあるが、

 

しかし右制度自体の趣旨は、租税債務はすみやかに確定させなければならないという手続上の要請と、

 

本来課税標準について最もよく知つているはずの納税義務者自身が申告するものであるから一応これを有効として取扱つても一般的に納税義務者に不利益にならないという実質的な理由から是認することができるものである。

 

 

従つて単に課額標準の額を誤つて申告をしたという限りでは、民法第九五条の適用は法自体がこれを否定している趣旨といわねばならない。

 

 

三、もつともこのように解するとしても、課税標準等の申告内容を誤り、その結果納税義務者に不利益となり、しかもその誤りであることが容易に認識し得る程度であつて、前記のような修正手続を経るまでもない場合はこれを有効として取扱う理由はなく、むしろその効力を否定して、その結果生ずる不当な課税から納税義務者を保護しなければならないものとする。

 

 

四、よつて本件につき判断するに、原告が本件立木を自らが売主となつて他に売却し代金五、三〇〇、〇〇〇円を受領したことは当事者間に争いがない。

 

すると、原告において一応右受領金額を基礎として算出した山林所得があつたものと推定するのは当然であつて、

 

特に、右立木が原告主張のように、原告の単独所有でなく他に権利を有する共有権者との共有であり、

 

従つて右代金は右共有者間にその持分の割合に従つて分割して取得さるベきものであるとしても、

 

右山林所得の原因となつた取引行為の態様からみてそのような事情は明白とはいい難く、

 

従つて右受領した金額を基礎として算出した本件山林所得申告には、何人も容易に認識し得る程度の誤りがあるということはできない。

 

 

すると原告のなした本件申告は、その内容に誤りがあるとしても右錯誤を理由として前記更正の請求をし適正な額に修正すべきであつて、

 

このような手続によらないで原告主張のような錯誤を理由としてその申告自体の無効を主張することは許されないものといわねばならない。

 

五、すると原告のなした本件確定申告によつて現在具体的な租税債務は一応確定しているものというべく、従つて本件滞納処分は有効であり、又原告の不当利得の主張も理由がない。

 

よつて原告の本訴請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

 

(裁判長裁判官 谷野英俊 裁判官 井上孝一 逢坂芳雄)