固定資産税における時価(2)

 

 

固定資産課税審査却下決定取消請求控訴事件

 

 

【事件番号】 東京高等裁判所判決/平成8年(行コ)第118号

 

【判決日付】 平成10年5月27日

 

【判示事項】 宅地の固定資産税の評価額が客観的時価を超えるとして、登録価格を減額した固定資産評価審査委員会の決定の一部を更に取り消した第1審判決が高裁判決により維持された事例

 

【参照条文】 地方税法432

       地方税法434

       地方税法349

       地方税法341

 

【掲載誌】  判例時報1657号31頁

 

 

について検討します。

 

 

 

主   文

 

一 本件控訴を棄却する。

二 控訴費用は控訴人の負担とする。

 

       

 

理   由

 

第一 当事者の求めた裁判

一 控訴人

1 原判決のうち控訴人敗訴部分を取り消す。

2 被控訴人の控訴人に対する請求を棄却する。

3 控訴費用は、第一審、第二審とも被控訴人の負担とする。

二 被控訴人

 本件控訴を棄却する。

第二 事案の概要等

一 事案の概要等は、二のとおり付加、訂正するほか、当審における控訴人の主張を三のとおり付加するほかは、原判決事実及び理由欄「第二 事案の概要等」に記載のとおりであるから、これを引用する。

二 原判決の付加、訂正

1 五頁一〇行目の「法附則一七条の二」の次に[(平成七年法律四〇号による改正前のもの)」を加える。

2 六頁三行目の「ものとされ」の次に「(法三八八条)」を加える。

三 当審における控訴人の主張

1 適正な時価の意義について

 土地の価格をどのように算定するかについては、土地の評価を行う必要のある制度(地価公示法、相続税法、国土利用計画法、地方税法)の趣旨ごとに評価の方法が決定されており、それぞれの法律に基づいて算出される土地の価格の概念は、当該法律の規定する評価方法によって決定される価格をいう。

 そして、法三四一条五号に規定する適正な時価とは、法四〇三条一項が、市町村長(都の特別区の存する地域にあっては、法七三四条一項により都知事)は、法三八八条一項に定める評価基準によって、固定資産の価格を決定しなければならないと規定しているのであるから、評価基準に基づいて評価した価格と解するのが相当であり、客観的時価による価格をいうものと解すべきではない。

2 適正な時価の算定基準日について

(一)法三四九条一項は、「基準年度の固定資産税の課税標準は、当該土地の賦課期日における価格で、土地課税台帳等に登録されたものとする」と規定しているのであり、賦課期日において土地課税台帳等に登録された価格(登録価格)が課税標準となると規定しているのみで、登録すべき価格を算定すべき基準日についてまでは規定していないところ、法四〇三条は、[市町村長は、第三八八条第一項の固定資産評価基準によって、固定資産の価格を決定しなければならない」と規定しており、固定資産の価格の決定を評価基準の定めるところにより委ねている。評価基準には、その価格決定の基準日をいつとするかについての明文の規定はないが、昭和一一八年一二月二五日に現行の評価基準が定められて以降、基準年度の前々年の七月一日を価格調査基準日して各基準年度の賦課期日における土地の価格が決定されてきている。

 価格調査基準日は、当該土地の価格をいつの時点で評価するかの基準日を意味するものであって、現行の評価基準が制定されて以来、自治省税務局の通達により当該基準年度の価格調査期日が決定されてきた。固定資産の価格は、価格算定基準日が決定されないと評価ができないものであるから、右通達は、評価基準と一体をなすものである。

 ちなみに、平成九年基準年度の固定資産(土地)の価格の評価替えに当たっては、価格調査基準日が評価基準の中に明示されることとなったが、このことは、従来からの通達による価格調査基準日の設定が、評価基準と一体のものであるとしてきた取扱いを明瞭にするために行われた措置である。

(ニ)法が、登録価格の基準日を特定しておらず、登録価格の基準日をいつとするかについては、評価基準に委ねていることは、次のことからも裏付けられる。

(1)仮に、登録価格の基準日を賦課期日である当該年度の初日の属する年の一月一日とするならば、法は、固定資産の価格を二月末日までに決定することを要求しているのであるから(法四一〇条)、市町村長や都知事は、その二ヵ月間に、評価基準に従い各土地の価格の算定を行わなければならないが、評価基準に基づく評価方法は、標準宅地の鑑定評価を行い、これに基づいて当該標準宅地に沿接する主要な街路に路線価を付設し、これに比準して、主要な街路以外の路線価を付設したうえで画地計算法を適用して各筆の評点数を算出し価格を決定するというものであり、この作業は実務上不可能である。

(2)固定資産の評価替えは、三年に一度行うことが法定されており、基準年度の価格は、三年間の価格として決定される。仮に、登録価格の決定基準日を賦課期日である当該年度の初日の属する年の一月一日とするならば、基準年度の場合は、評価替えにより評価基準に従って当該年度の価格が決定されるが、法四一一条二項によれば、第二年度、第三年度の土地等の価格については、土地課税台帳等に登録されている基準年度の価格をもって第二年度、第三年度の価格とみなすとされているのであるから、基準年度に限って、当該年度の初日と属する年の一月一日を基準日として価格を決定しなければならないとする根拠はないというべきである。むしろ、右に述べたことからすれば、固定資産税の登録価格は、三年度にわたって固定資産税の課税標準の基礎となる価格とされるものであるから、この三年度にわたる価格決定のための基準日を決定すべきものであり、価格算出の評価方法が評価基準に委ねられている以上、その価格調査基準日もまた評価基準に委ねられているものと解すべきである。

(3)平成六年度評価替えにおいて、評価基準を具体的かつ統一的に運用するために、評価基準と一体のものとして、時点修正通知が出された。これによれば、平成六年度評価替えは、平成四年七月一日を価格調査基準日として標準宅地についての鑑定評価価格を求め、その価格の七割程度を目標に評価の均衡化・適正化を図ることとしているが、最近の下落傾向に鑑み、平成五年一月一日時点における地価動向も勘案し、地価変動に伴う価格修正を行うこととするとされている。

 このことは、評価基準と一体のものとして、平成五年一月一日を平成六年度の固定資産の価格算定の基準日とすると通知されたものと解されるのであり、法四〇三条の規定の趣旨からすれば、平成五年一月一日を平成六年基準年度の固定資産(土地)の価格の算定基準日であるとすることは、法の規定に基づくものであるといえる。

(4)平成五年三月三一日、平成六年度評価替えにかかる法政正が行われたが、この法改正によれば、平成六年度から平成八年度までの価格の上昇による特別措置、平成六年度から平成八年度までの負担調整措置について、いずれも、平成四年七月一日を価格調査基準日とする各都道府県の基準宅地価格を基礎として、平成五年度課税標準に対する上昇率を算定し、それにより各年度の課税標準を決定することとされている。

 そうすると、法は、価格調査基準日を基礎として、平成六年度から平成八年度の固定資産税の課税標準を決定しているのであり、法が、価格決定の基準日を価格調査の基準日と認めていることは明らかである。そして、平成五年一月一日時点における価格修正後の価格により評価基準に定める指示平均価格(評価基準第3節三2)が決定された。

3 適正な価格の算定について

 不動産の鑑定評価に当たって、価格の下落率や上昇要素を評価の要素とすることはできず、仮に、そのような評価方法をとるならば、土地の価格の客観的評価は不可能となる。

(一)固定資産税の標準宅地の評価に当たっては、不動産鑑定士が、「不動産鑑定評価基準」(平成二年一〇月二六日、土地鑑定委員会の国土庁長官に対する答申)によって評価することとされているところ、右下動産鑑定評価基準によれば、不動産の価格形成要因として、一般的要因(自然的要因、社会的要因、経済的要因、行政的要因)、地域要因(宅地地域、農地地域、林地地域)、個別的要因があり、これらの要因を考慮して評価するものとされており、将来の価格の上昇あるいは下落は、鑑定評価の要因とはされていない。すなわち、土地の価格は、右のように多数の価格形成要因の相互作用によって形成されるが、その価格形成要因自体が、常に変動傾向を有しており、価格も常に変動の過程にあるということができる。したがって、土地の価格の決定に当たっては、その価格がいつの時点のものであるか(価格調査基準日)を示すことが必要不可欠なことであるので、不動産鑑定評価基準においても、求める価格がいつのものであるかを明らかにすべきことを規定しているのである。

(ニ)「不動産鑑定評価基準運用上の留意事項、総論」によれば、将来時点の鑑定評価は、対象不動産の確定、価格形成要因の把握、分析及び最有効使用の判定についてすべて想定し、または予測することになり、また、収集する資料についても鑑定評価を行う時点までのものに限られ、不確実にならざるを得ないものであることから、原則として、このような鑑定評価は行うべきではないとされている。

(三)固定資産の評価替えは、三年に一度行うことが法定されているところ、基準年度の価格は三年間の価格として決定される。そうすると、適正な時価を上回ると見込まれるときは、予め想定される価格下落率を折り込んで各固定資産の価格評定事務を遂行しなければならないとするならば、次の評価替えまでの三年間の価格下落率を価格調査基準日において、想定しなければならないことになるが、土地価格の下落率を想定するなどということはおよそ不可能なことであるといえるし、また、前述のように、土地の価格の決定に当たっては、その価格決定の基準日を固定することが重要であり、将来の変動要因は考慮すべきではない。

4 評価基準による評価と客観的時価との関係

(一)固定資産の価格は、評価基準に基づいて固定資産評価員が評価するものであるから(法四〇九条)、客観的時価が存在するとしても、それとは当然に異なる価格とならざるを得ない。もともと、土地の価格をどのように評価するについては、その前提となる法律の規定するところによるものであるから、その価格が客観的時価と異なる結果となったとしても、そのことにより登録価格が当然に違法となるものではない。

(ニ)登録価格と客観的時価とが一致しない場合であっても、登録価格が客観的時価を上回るか下回るかを問わず、一定の範囲内で、その価格に差が生じることは、当然許されるし、法が基準年度の制度を設けている以上、かかる事態は、当然予定されているところというべきである。

 登録価格は、固定資産税の課税基準とされるものであるが、評価基準による現行の評価方法が導入された後の第二回目の基準年度である昭和四一年度以降、固定資産の評価替え毎に、法の附則として負担調整措置が設けられており、この負担調整措置に基づく調整後の価格が現実の課税標準額とされているのである。具体的には、前年度分の固定資産税の課税標準額に、当該宅地等の用途の区分及び基準年度の前の基準年度からの上昇率の区分に応じて、負担調整率を乗じて決定されることとなっている。

 このことを平成六年度の基準年度についてみれば、平成九年三月二八日平成九年法律九号による改正前の法附則一八条により、負担調整措置が講じられている。なお、平成六年度においては、価格上昇の負担を緩和するため、平成九年三月二八日平成九年法律九号による改正前の法附則一七条の二に基づく課税標準の特例も規定された。

 そうとするならば、登録価格が、この負担調整措置による負担調整率の区分の範囲内にある限り、固定資産税の課税標準額に影響を与えないのであるから、その範囲内では、仮に、客観的時価と登録価格が一致しない結果が生じたとしても、固定資産課税台帳の登録価格としては、法の許容しているところというべきである。

 したがって、評価基準による評価が客観的時価を上回ったとしても、その登録価格によって、当該納税者は何らの不利益を受けることはないから、負担調整率の区分に影響しない限り、当該登録価格は適法なものというべきである。

(三)右のことを本件についてみれば、本件各土地の課税標準は、別表平成六年度課税標準額の算出表により計算式が示されているとおり、次のように算出される。

(1)本件各土地が住宅の用に供されていることから、まず、住宅用地に係る固定資産税の課税標準の特例(法三四九条の三の二第二項)が適用され、本件各土地に係る固定資産税の課税基準は価格の六分の一の額となる。

(2)宅地評価土地に対して課する固定資産税の価格の上昇率による課税標準の特例(平成九年三月二八日平成九年法律九号による改正前の法附則一七条の二)により、本件各土地の上昇率は控訴人決定額で五・九倍、原判決認定の価格で五・七倍で、いずれも価格の上昇率に対する特例額は価格等の三分の二となる。

(3)宅地等に対して課する固定資産税の負担調整(平成九年三月二八日平成九年法律九号による改正前の法附則一八条)により、本件各土地の負担割合は、控訴人決定の額で三・九倍、原判決認定の価格で三・八倍で、いずれも上昇率が三倍を超えることから、その負担調整率は、いずれも平成五年度の固定資産税課税標準額の一・一五倍となる。

 以上のように、原判決の認定による価格の変更によっても、本件各土地に対する固定資産税の課税標準額はなんらの影響を受けない。

 そうすると、本件各土地の価格が、客観的時価を上回っていたとしても、固定資産税の課税標準額に影響を与えないのであるから、本件の価格決定は適法なものというべきである。

5 本件標準宅地の賦課期日における適正な時価について

 本件各土地の客観的時価が平成五年一月一日から平成六年一月一口までに三〇パーセント以上下落してはいないから、七割評価通達に基づき算定された本件登録価格は、客観的時価を上回るものではない。

(一)原判決は、平成五年一月一日から平成六年一月一日までの間の本件標準宅地中の価格下落率を判断する際に、本件標準宅地中と価格形成要因が同一であるとする千代田区内の商業地一〇地点(千代田五-一、二、三、八、一 一、一二、一六、二〇、二二及び二七)の地価公示価格の平均下落率一干・五三パーセントを引用しているが、何故、右一〇地点と本件標準宅地中の価格形成要因が同一であると判断したのかその根拠が一切明らかにされておらず、かえって、本件標準宅地中に近接する(約三〇〇メートル)地価公示地千代田五-一七を除外し、一キロメートル以上も離れ、しかも、明らかに商圏の異なる神田駅前の地価公示地千代田五-一二を含めており、その引用に誤りがある。

(ニ)原判決の引用する地価公示地一〇地点は地域的に偏っている。

(1)原判決が本件各土地の下落率の算定の基礎とした地価公示地一〇地点は、千代田区内のうちの一部の地域に存在する地価公示地に限定されており、その地域には明らかに偏りがあるから、本件各土地の価格下落率を算定するにあたって、そのような偏った地域の公示価格を基礎とすることは相当ではない。

 そもそも、本件各土地の価格下落率を求めるための地価公示地の選定に際しては、これら一部の地域に存在する地価公示地に限定すべきではなく、「対象不動産が所在しているところで、ほぼ同一の条件をもった、ひとまとまりの地域」で、一定距離の範囲内に属する商業地、すなわち、同一需給圏内の類似地域の地価公示地を参考に行うべきである。

(2)また、本件各土地は、千代田区内に所在しているとはいうものの、文京区との区境付近に位置していることから、本件各土地の価格下落率算定の基礎とすべき地価公示地を、同一行政区内である千代田区のみに前提する合理性は、何ら認められない。一般的に、土地の価格を算定するためには、前述のとおり、同一需給圏内の類似地域の地価公示地を参考にすべきものであるから、本件各土地を中心とする、一定の半径内の範囲の地価公示地を対象として価格を算定すべきものである。

(3)そして、本件各土地を中心とした半径一キロメートル内に含まれる継続して調査対象とされてきた地価公示地(商業地)は一〇地点、半径一・五キロメートル内には同様に一九地点がそれぞれ存在している。

 そこで、平成五年一月一日から平成六年一月一日までの本件各土地の価格下落率を検討すると、

① 本件各土地を中心とした半径一キロメートル内の地価公示地(商業地)一〇地点の地価下落率の平均は、二九・〇四パーセントであったこと(別紙去。

② また、本件各土地を中心とした半径一キロメートル内の地価公示地(商業地)一〇地点の平成五年の価格の合計は七九七四万円であり、平成六年の価格の合計は五五六五万円であって、その地価下落率は、三〇・二一パーセントであったこと(別紙1)。

③ 本件各土地を中心とした半径一・五キロメートル内の地価公示地(商業地)一九地点の地価下落率の平均は、二八・八ニパーセントであったこと(別紙2)。

④ また、本件各土地を中心とした半径一・五キロメートル内の地価公示地(商業地)一九地点の平成五年の価格の合計は一億五六七二万円であり、平成六年の価格の合計は一億〇九八八万円であって、その地価下落率は、二九・八九パーセントであったこと(別紙2)。

がそれぞれ認められ、右を総合的に判断すれば、本件各土地を中心とする一定範囲に存在する地価公示地の地価下落率は、三〇パーセントには達していないものといえる。

(4)更に、本件各土地と価格形成要因が最も類似性がある近接の地価公示地は、本件各土地の南約六〇〇メートルに位置する「千代田五-二七」であるが、その地価下落率は、二九・四一パーセント(別紙1)であることからすれば、本件各土地の地価下落率も二九・四パーセント程度というべきである。

(5)東京都地価図を基にして検討しても、千代田区内に存する商業地における平成五年三月一日から平成六年三月一日までの価格下落率は、少なくとも、三〇パーセントを超えていない。

 東京都における地価動向を詳細に分析するために有効なものとして、社団法人東京都宅地建物取引協会が発行している「東京都地価図」(監修不動産鑑定士特別委員会)がある。東京都地価図は、昭和四二年以来毎年刊行されており、その調査地点数は、平成六年においては二万六一六一地点であって、島嶼を除くほぼ都内全域に及んでおり、また、その調査価格は、右協会の多くの会員が実際の日常取引により得たデーターを基にし、不正常要素等を排除したうえで求められた正常な取引価格であり、かつ、多数の不動産鑑定士の監修を経ている等、その調査価格の信頼性には高いものがあり、少なくとも、地価の動向に関しては、地価公示価格を補完する機能を有しているものである。平成五年の千代田区内の商業地における、地価公示法による地価公示地点は二八にすぎないが、同年の東京都地価図の千代田区内における商業地の調査地点は三〇三もあり、区内の各地域が満遍なく網羅されていることから、千代田区内の商業地又は本件各土地周辺の商業地の地価動向を判断するうえで、東京都地価図のデーターはより的確なものである。

 そして、東京都地価図における調査時点は毎年三月一日であるが、その調査地点は、本件各土地の存する千代田区において平成六年度で三五八地点あり、平成五年度版と平成六年度版において継続する各調査地点の価格を比較すると以下のとおりである。

① 千代田区内の商業地の地価下落状況

 千代田区内の商業地の調査地点は合計三〇三地点であるが、これらの調査地点の平成五年三月一日時点の合計価格は一一六億二六〇〇万円であり、同じく平成六年三月一日時点の合計価格は八五億一七五〇万円であることから、この間の右調査地点の合計価格の下落率は約二六・七パーセントである。

② 本件各土地の周辺に存する千代田区三崎町一丁目及び二丁目内の商業地の地価下落状況

 本件各土地の周辺に存する千代田区三崎町一丁目及び二丁目内の商業地の調査地点は計五地点であるが、これらの調査地点の平成五年三月一日時点の合計価格は一億三四〇〇万円であり、同じく平成六年三月一日時点の合計価格は九六〇〇万円であることから、この間の右五調査地点の合計価格の下落率は約二八・四。力1セントである。

③ 本件各土地に沿接する白山通り沿いの商業地の地価下落状況

 本件各土地に沿接する白山通り沿い(水道橋駅から神保町駅までの間)の商業地の調査地点は計一〇地点であるが、これらの調査地点の平成五年三月一日時点の合計価格は二億九五〇〇万円であり、同じく平成六年三月一日時点の合計価格は二億一六〇〇万円であることから、この間の右一〇調査地点の合計価格の下落率は約二六・八パーセントである。

 なお、東京都地価図に基づく右の検討期間は、平成五年三月一日から平成六年三月一日までであり、平成五年一月一日から平成六年一月一日までの価格下落率とその期間は二カ月間隔たっているものの、地価の下落傾向に特段の違いがあったとは認められないから、少なくとも、土地取引の実態的な指標として宅地建物取引業者間で活用されていた東京都地価図のデーターによれば、本件各土地の周辺商業地においては、平成五年一月一二日から平成六年一月一日の間に三〇パーセントを超える地価の下落はなかったというべきである。

(三)価格下落率の算定の基礎に相続税路線価も含めるべきである。

(1)平成四年一月二二日の七割評価通達は、宅地の評価に当たっては、地価公示法による地価公示価格、国土利用計画法施行令による都道府県地価調査価格及び不動産鑑定士又は不動産鑑定士補による鑑定評価から求められた価格を活用することとし、これらの価格の一定割合(当分の間この割合を七割程度とする)を目処としているのであり、地価公示法に基づく地価公示価格のみを基準としているわけではないし、地価公示価格のみを客観的時価ということもできない。したがって、地価公示法に基づく公示価格のみを、その適正な時価の算定根拠とすることは相当ではない。

 そして、相続税路線価の算定過程においても、評価基準に基づく土地の評価とほぼ同一の不動産鑑定評価の手法を活用しており、また、公的価格の一元化の要請(土地基本法一六条)等から、地価公示、相続税評価及び固定資産評価等の公的土地評価においては、相互の均衡と適正化が図られているところ、平成六年一月一日時点において、土地を直接に対象とした評価は地価公示の外には相続税路線価に設けられていることから、本件各土地の価格下落率の算定に際しては、相続税路線価もその算定基礎に含めるべきである。

(2)本件各土地の適正な時価を算定するにあたっては、本件各土地と比較対象となる前述の地価公示地とのそれぞれの相続税路線価比率により求めることができる。比較対象とする地価公示地は、本件各土地と最も価格形成要因が類似すると認められる千代田五-二七である。これによれば、相続税路線価から算出した本件各土地の適正な時価は、一一一八万八八〇〇円となり、本件各土地の価格算定に用いた固定資産税路線価価格九六四万円を上回っていることが認められる(別紙3)。

(3)更に、相続税路線価から本件各土地の適正な時価を求める方法としては、平成六年一月一日時点の地価公示地点の公示価格と相続税路線価との関係、すなわち、前述のように本件各土地を中心とした半径一キロメートル内に含まれる地価公示地点一〇地点、半径一・五キロメートル内の地価公示地一九地点の公示価格に対する相続税路線価の割合から算出することができる。

 そこで、平成五年一月一日から平成六年一月一日までの本件各土地の価格下落率を検討すると、

① 本件各土地を中心とした半径一キロメートル内の地価公示地(商業地)一〇地点の公示価格に対する相続税路線価の割合の平均は、七九・〇〇パーセントであったこと(別紙4)。

② 本件各土地を中心とした半径一・五キロメートル内の地価公示地(商業地)一九地点の公示価格に対する相続税路線価の割合の平均は、七九・〇五パーセントであったこと(別紙5)。がそれぞれ認められ、以上のことから、本件各土地の相続税路線価を右各平均割合で割り戻して、本件各土地の適正な時価を求めたところ、その価格は、いずれも平成六年度の固定資産税の正面路線の評価額を上回ることが認められる(別紙6)。

(4)本件各土地の相続税路線価の平成五年一月一日から平成六年一月一日までの下落率は、一三・九八パーセントである。

(5)本件各土地が面している白山通りの各ロット毎の相続税路線価の平成五年一月一日から平成六年一月一日までの下落率についてみるに、

① 本件各土地を中心とした白山通りの相続税路線価のロツト一五地点の下落率の平均は、一三・三〇パーセントである。

② 本件各土地を中心とした白山通りの相続税路線価のロット一五地点の平成五年相続税路線価価格の合計は一億二五二三万円であり、平成六年相続税路線価価格の合計は九五二五万円であって、その下落率は二三・九四パーセントである。

(6)以上のとおり、相続税路線価からみても、本件各土地の平成五年一月一日から平成六年一月一日までの下落率は、三〇パーセントに達していない。

6 事情判決の必要性があることについて

 本件標準宅地中の平成五年一月一日から平成六年一月一日までの価格下落率を三一一パーセントとすると、東京都においては、以下のような手続きが必要となる。

(一)平成六年度の固定資産評価替えにおいて、本件標準宅地中の価格に基づき固定資産税路線価を付した土地は、本件各土地のほかに一五三筆あり(以下これらの土地をあわせて「本件影響土地」という。)、結果として、これらの土地の固定資産課税台帳登録価格のいずれについても、七割を超える部分(二パーセント)の価格が違法ということになる。

(ニ)このため、東京都知事は、本件影響土地の平成六年度ないし八年度の固定資産課税台帳登録価格について、改めてその二パーセントを減額した価格を右台帳の登録価格として決定しなければならず(法四〇三条及び七三四条一項)、また、東京都千代田区都税事務所長は、知事の右価格変更に基づく変更後の価格を平成六年度ないし平成八年度の固定資産課税台帳に登録しなければならない(法四一一条一項)こととなる。

(三)しかるに、東京都において右(一)及び(ニ)の手続きがなされたとしても、本件影響土地のいずれについても平成九年三月二八日平成九年度法律九号による改正前の法附則一七条の二以下の規定により、土地所有者等の固定資産税及び都市計画税の税負担には何らの影響はない。

(四)ところが、平成六年度ないし平成八年度の固定資産課税台帳に登録された価格は、①不動産の取得に対して課される不動産取得税の課税標準の算定基礎とされていること、②土地の売買等に伴う不動産登記における登録免許税の算定基礎とされていること、③土地所有者等と上地の賃借人(借地人)等との間の賃貸料の基礎として広く一般に利用されていること等から、仮に、固定資産課税台帳の登録価格を二パーセントといえども減額した場合には、全ての第三者間において築かれていたこれらの法的安定性を著しく阻害することになることは明らかであり、その影響ははかり知れないものがあるといわざるをえない。

(五)よって、以上の事実からすれば、本件訴訟において、本件審査決定を取り消すとすると、公の利益に著しい障害を及ぼすことは明らかであるが、一方、被控訴人には何らの損害も生じないのであるから、これらの事情を考慮して、行政事件訴訟法三一条一項の基礎に含まれている一般的な法の基本原則に則り、事情判決を求めるものである。

第三 証拠関係《略》

 

 

 

 

第四 当裁判所の判断

 

一 当裁判所も、原判決主文掲記の限度で被控訴人の請求はその理由があり、その余の部分は理由がないものと判断するが、その理由は、原判決事実及び理由欄「第三当裁判所の判断」に記載のとおりであるから、これを引用する。

 

二 なお、控訴人の当審における主張に鑑み付言する。

 

1 法三四一条五号の「適正な時価」の意義について

 

 控訴人は、法三四一条五号に規定する適正な時価とは、評価基準に基づいて評価した価格と解するのが相当であり、客観的時価による価格をいうものと解すべきではない旨主張するが、

 

前記引用の原判決の説く趣旨は、「適正な時価」とは客観的時価をいうが、

 

法が「適正な時価」の算定を評価基準によって行うべきことと定めていることは合理性があり、これによって算出されたものを「適正な時価」とすることができるとしたものであって、

 

控訴人主張のように客観的時価と適正な時価とを対立的に判断するものではなく、

 

問題は、法三四九条一項に規定する課税標準となる価格かいつの時点の適正な時価であるかにあるのであって、

 

控訴人の右主張は原判決の説くところを正解しないものとして採用できない。

 

 

 

 

2 適正な時価の算定基準日について

 

 控訴人は、法は、登録価格の基準日を特定しておらず、登録価格の基準日をいつとするかについては、評価基準に委ねていると解せられるところ、

 

評価基準と一体である時点修正通知によれば、

 

平成六年度評価替えは、平成四年七月一日を価格調査基準日として標準宅地についての鑑定評価価格を求め、その価格の七割程度を目標に評価の均衡化・適正化を図ることとしているが、

 

最近の下落傾向に鑑み、平成五年一月一日時点における地価動向も勘案し、地価変動に伴う価格修正を行うこととするとされ、

 

したがって、平成六年度の固定資産の価格算定の基準日は、平成五年一月一日と解するのが相当である旨主張する。

 

 

しかしながら、法三四九条は、固定資産税の課税標準は 基準年度に係る賦課期日(本件では、平成六年一月一日)における価格で土地台帳等に登録されたものとすると定めており、

 

文言上、基準年度に係る賦課期日における価格、すなわち適正な時を土地台帳等に登録し、これを課税標準とする趣旨であることは明らかであって、

 

控訴人の主張は採用できない。

 

 

もっとも、法四一〇条は、市町村長(東京都知事)が毎年二月末日までに固定資産の価格等を決定すべきものと定めているところ、

 

二ヵ月間のうちに評価事務のすべてを行うことは困難であるので、

 

賦課期日から評価事務に要する相当な期間をさかのぼった時点を価格調査の基準日とすることまでを法が禁止しているものとは されないが、

 

適正な時価は、基準年度の賦課期日について算定されるべきことは、前記のとおりである

 

 

 

 この点に関連して、控訴人は、不動産の鑑定評価に当たって、価格の下落率や上昇要素を評価の要素とすることはできないから、

 

価格調査基準日以後の将来の日の価格を算定することはできないと主張するが、

 

法の算定基準日が前記のとおりである以上、控訴人としてはこれに従うほかなく、またこの場合に適正な時価の算定が不可能とまで解することもできない。

 

 

3 価格調査基準日による評価と客観的時価との関係について

 

(一)控訴人は、価格調査基準日で登録価格を算定した結果、登録価格と客観的時価とが一致しない場合であっても、

 

登録価格が客観的時価を上回るか下回るかを問わず、一定の範囲内で、その価格に差が生じることは、当然許されるし、

 

法が基準年度の制度を設けている以上、かかる事態は、当然予定されているところというべきである旨主張するが、

 

基準年度の賦課期日における適正な時価と認められない価格が違法であることは明らかであり、控訴人の右主張も採用できない。

 

 

(二)また、控訴人は、評価基準による評価が客観的時価を上回ったとしても、その登録価格によって、当該納税者は何らの不利益を受けることはないから、負担調整率の区分に影響しない限り、当該登録価格は適法なものというべきである旨主張するが、

 

本件訴訟は、「課税台帳に登録されている事項に関する不服」であり、固定資産税の多寡を争うものではないから、控訴人の右主張は失当である。

 

 

4 本件標準宅地の賦課期日における適正な時価について

 

 控訴人は、本件各土地の客観的時価が平成五年一月一日から平成六年一月一日までに三〇パーセント以上下落してはいないから、七割評価通達に基づき算定された本件登録価格は、客観的時価を上回るものではない旨主張し、その理由として、前掲の当審における控訴人の主張5の(一)及び(ニ)のとおり主張するので、以下検討する。

 

 

(一)控訴人は、原判決が、本件標準宅地甲と価格形成要因が同一であるとして選定した千代田区内の商業地一〇地点(千代田五-一、二、三、八、一一、一二、一六、二〇、一三及び二七)につき、右一〇地点と本件標準侘地甲の価格形成要因が同一であると判断したその根拠が一切明らかにされてお6ず、

 

かえって、本件標準宅地甲に近接する(約三〇〇メートル)地価公示地千代田五-一七を除外し、

 

一キロメートル以上も離れ、しかも、明らかに商圏の異なる神田駅前の地価公示地千代田五-一二を含めており、

 

その引用に誤りがある旨主張する。

 

しかし、右一〇地点は、《証拠略》によれば、本件各土地及び本件標準宅地甲に比較的近く、価格形成要因が類似すると判断される地点であり、

 

しかも《証拠略》によれば、控訴人が主張するように、右一○地点から地価公示地千代田五-一二を除外し、同五-一七を選定したとしても、

 

平成五年価格の合計は一億〇一五〇万円、平成六年価格の合計は六九四〇万円であって、その下落率は約三一・六三パーセントであり、

 

控訴人の右主張によっても、本件各土地の客観的時価が平成五年一月一日から平成六年一月一日までにおよそ三二パーセント下落しているのであって、控訴人の右主張は採用できない。

 

 

(ニ)次に、控訴人は、右一〇地点は、地域的に偏っており、本件各土地を中心とした半径一キロメートルないし一・五キロメートル内に含まれる継続して調査対象とされてきた地価公示地(商業地)を基に、本件各土地の価格下落率を検討すべきである旨主張する。

 

しかしながら、弁論の全趣旨及び公知の事実によれば、控訴人主張のような地価公示地(商業地)を選定すると、JR総武線の線路を挟んでその北側の文京区が含まれ、その南側の千代田区とはその商業地域としての類似性が高いとはいえず、控訴人の右主張が合理的とはいえない。

 

 

(三)また、控訴人は、本件各土地と価格形成要因が最も類似性がある近接の地価公示地は、本件各土地の南約六〇〇メートルに位置する「千代田五ー二七」である旨主張するが、

 

その具体的根拠は明らかではないうえ、《証拠略》によれば、千代田五-二七よりは同五-一六の方が本件各土地に近接しているところであり、

 

しかも、仮に、控訴人主張のように千代田五-二七が本件各土地と最も類似性が高いとしても、その一か所の地価下落率のみにより本件各土地の価格下落率を算出するよりは、

 

原判決が認定する一〇地点の平均を取るほうが妥当であり、いずれにせよ、控訴人の右主張は採用できない。

 

 

(四)更に、控訴人は、東京都地価図を基にして検討しても、千代田区内に存する商業地における平成五年三月一日から平成六年三月一日までの価格下落率は、

 

少なくとも、三〇パーセントを超えていない旨主張するが、

 

広い千代田区全体の平均値によることが、原判決の一〇地点の平均値によることよりも合理的とは考えられない。

 

(五)控訴人は、価格下落率の算定の基礎に相続税路線価も含めるべきであると主張するが、

 

固定資産税の評価では、標準宅地について不動産鑑定士または不動産鑑定士補による鑑定評価を得て行われているのであるから、

 

相続税徴収の必要から定められた相続税路線価を含める必要があるとはいえない。

 

 

5 事情判決について

 

 控訴人は、本訴において、本件標準宅地甲の平成五年一月一日から平成六年一月一日までの価格下落率を一一三パーセントとして、判断するのであれば、当審における控訴人の主張6で主張するような事情を考慮して、事情判決を求める旨主張する。

 

しかし、本判決によっても、被控訴人の登録価格が変更されるに止まり、当然に本件標準宅地中の価格に基づき算定されたすべての土地の固定資産課税台帳登録価格を変更しなければならないこととなるものではなく、これを行うか否かは行政判断に委ねられるところであり、

 

仮に東京都知事がこれを行ったとしても、一五三筆の土地に止まるものであるから、本件処分の取消しが公共の福祉に適合しないと認める余地はなく、この点の控訴人の主張も採用できない。

 

三 以上のとおりであって、控訴人の本件控訴を棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六七条一項本文、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

 

東京高等裁判所第三民事部

   裁判長裁判官 町田 顯

      裁判官 末永 進

      裁判官 藤山 雅行