固定資産税における時価(1)

 

 

固定資産課税審査却下決定取消請求事件

 

 

【事件番号】 東京地方裁判所判決/平成7年(行ウ)第235号

 

【判決日付】 平成8年9月11日

 

【判示事項】

 

1、土地課税台帳等に登録すべき土地の「適正な時価」の意義及びその算定基準時

      

2、平成6年度の宅地の固定資産評価額算定に当たり、その算定の基準となる標準宅地の適正価格を、平成4年7月1日における公示価格等に平成5年1月1日までの価格変動に応じた修正を施した価格の7割と評価した上で、これを基礎として前記宅地の評価額を算定した固定資産評価審査委員会の決定が、当該宅地の適正な価格を算定したものと認めることはできないとして、一部取り消された事例

 

 

【参照条文】 地方税法341

       地方税法349-1

 

【掲載誌】  行政事件裁判例集47巻9号771頁

 

 

について検討します。

 

 

 

 

主   文

 

 一 被告が、平成七年六月二日付けでした、原告が納付すべき東京都千代田区三崎町二丁目五番一の土地及び同番六の土地の固定資産税に係る平成六年度の価格決定のうち、同番一の土地について価格一〇億七四四七万九三八〇円を超える部分、同番六の土地について価格一〇七八万七八一〇円を超える部分を取り消す。

 二 原告のその余の請求を棄却する。

 三 訴訟費用は、これを四〇分し、その一を被告の負担とし、その余は原告の負担とする。

 

       

 

事実及び理由

 

第一 原告の請求

 被告が、平成七年六月二日付けでした、原告が納付すべき東京都千代田区三崎町二丁目五番一の土地及び同番六の土地の固定資産税に係る平成六年度の価格決定のうち、同番一の土地について価格一億三六二九万二八二〇円を超える部分、同番六の土地について価格九一万八五〇〇円を超える部分を取り消す。

第二 事案の概要等

 一 事案の概要

 本件は、東京都千代田区三崎町二丁目五番一の土地一六二・三五平方メートル(以下「本件五番一の土地」という。)及び同番六の土地一・六三平方メートル(以下「本件五番六の土地」といい、両土地を併せて「本件各土地」という。)の固定資産税の納税義務者である原告が、東京都知事が決定し、東京都千代田都税事務所長によって土地課税台帳に登録された本件各土地の平成六年度の価格(本件五番一の土地につき一二億五五八八万七六四〇円、本件五番六の土地につき一二六八万八四四〇円)について、平成五年度価格の約九・二倍であり、時価を超える違法な価格であるとして、被告に対して審査の申出をしたところ、被告が本件五番一の土地につき一〇億九八九〇万一六九〇円、本件五番六の土地につき一一〇三万三〇一〇円とする価格決定(以下「本件価格決定」という。)をしたものの、なおその価格に不服があるとして、右価格決定のうち平成五年度価格を超える部分の取消しを求めている事案である。

 二 本件価格決定及びそれに至る経緯等(証拠によって認定した事実については、適宜証拠を掲記する。その余の事実は当事者間に争いがない。)

 1 土地の評価に関する地方税法(以下「法」という。)の規定等

 (一) 土地に対して課する基準年度(本件では平成六年度である。)の固定資産税の課税標準は、当該固定資産の基準年度に係る賦課期日(当該年度の初日の属する年の一月一日、本件では平成六年一月一日である。法三五九条)における価格、すなわち「適正な時価」で土地課税台帳等に登録されたものである(法三四一条五号、三四九条一項)。ただし、法三四九条の三以下の課税標準の特例及び平成六年度から平成八年度までの各年度分の固定資産税に関する法附則一七条の二の適用がある場合の課税標準は、登録価格に所定の調整措置を講じたものとされている。

 (二) 登録価格の決定に際しての固定資産の評価については、自治大臣が、評価の基準並びに評価の実施方法及び手続を定め、告示しなければならないものとされ、固定資産評価基準(昭和三八年一二月二五日自治省告示第一五八号、以下「評価基準」という。)が告示されている。そして、市町村長は評価基準によって固定資産の価格を決定しなければならず(法四〇三条一項)、右価格決定が評価基準によって行われていないと認められるときは、道府県知事は登録価格を修正して登録するよう勧告するものとされ、自治大臣は右勧告をするよう指示するものとされている(法四一九条一項、四二二条の二第一項)。

 評価基準の取扱いに関しては、自治事務次官の依命通達(「固定資産評価基準の取扱いについて」昭和三八年一二月二五日自治乙固発第三〇号、以下「取扱通達」という。)が発せられている。

 なお、自治大臣は、市町村長に対して、固定資産の評価に関する資料の提供又は助言による技術的援助をすることができ、道府県知事も指導又は助言による援助をすることができる。しかし、これらは、自治大臣又は道府県知事に市町村の徴税吏員又は固定資産評価員に対する指揮権限を与えるものではない(法四〇二条)。

 (三) 市町村長は、固定資産評価員から所定の手続による土地の評価に係る評価調書を受理したときは、毎年二月末日までに評価基準によって固定資産の価格等を決定し、これを土地課税台帳に登録しなければならない(法四一〇条、四一一条一項、この価格を以下「登録価格」という。)。

 登録価格及び課税標準額を記載した土地課税台帳は、関係者の縦覧に供され(法四一五条)、登録価格について不服のある納税者は、縦覧期間の末日後一〇日までの間に固定資産評価審査委員会(以下「審査委員会」という。)に対して審査の申出をすることができ(法四三二条一項、三八一条一項)、さらにこの決定に不服があるときは、その取消しの訴えを提起することができる。

 なお、登録価格に対する不服は右の方法に限られ(法四三四条二項)、固定資産税の賦課に対する不服申立てにおいては、登録価格に対する不服を理由とすることはできない(法四三二条三項)。

 すなわち、登録価格に関する不服は、審査委員会に対する不服審査のみに限られ、審査委員会の決定のみが訴訟の対象となり、原処分である登録価格決定の取消しを訴求することはできず、また、登録価格に関する不服は賦課処分に対する不服とは別の登録価格の額のみに関するものとして位置付けられている。

 2 評価基準が定めている宅地の評価方法の概要は、次のとおりである。

 (一) 地目の現況が宅地である場合の土地の評価は、各筆の宅地について評点数を付設し、当該評点数を評点一点当たりの価額に乗じて各筆の宅地の価額を求める方法による。なお、本件での評点一点当たりの価額は一円である。

 (二) 各筆の評点数は、市町村の宅地の状況に応じ、主として市街地的形態を形成する地域における宅地については「市街地宅地評価法」によって、主として市街地的形態を形成するに至らない地域における宅地については「その他の宅地評価法」によって付設する。

 (三) 市街地宅地評価法は、いわゆる路線価方式であるが、その場合の宅地の評価手続の概要は、以下のとおりである(評価基準第1章第3節)。

  (1) 地区区分と標準宅地の選定

 宅地を商業地区、住宅地区、工業地区、観光地区等に区分し、各地区について、状況が相当に相違する地域ごとに、その主要な街路に沿接する宅地のうちから奥行、間口、形状等の状況が当該地域において標準的なものと認められる標準宅地を選定する。

  (2) 路線価の付設

 標準宅地について、売買実例価額から正常な条件の下での価格を求め、この価格から適正な時価を求め、その単位地積当たりの適正な時価に基づいて当該標準宅地の沿接する主要な街路について路線価を付設し、主要な街路以外のその他の街路については、近傍の主要な街路の路線価を基礎とし、主要な街路に沿接する標準宅地とその他の街路に沿接する宅地との間における宅地利用上の便等の相違を総合的に考慮して、その単位地積当たりの路線価を付設する。

  (3) 各宅地の評価

 各筆の宅地の評点数は、その沿接する路線価を基礎とし、各筆について評価の対象とすべき画地を認定し、奥行のある土地、正面と側面あるいは裏面等に路線がある土地、三角地又は不整形地、無道路地若しくは袋地等の状況に従って所定の補正を加える方式(画地計算法)を適用して決定する。各筆の宅地の価格はこの評点数に評点一点当たりの価額を乗じて算出する。

 なお、市町村長は、宅地の状況に応じ、必要があるときは、画地計算法における評価基準別表第3の付表等について所要の補正をして、適用するものとされている。

 3 平成六年度の評価替えに関する通達等及び補正率に関する通達

 (一) 自治事務次官は、平成六年度の評価替えに当たり、取扱通達を一部改正する旨の通知(平成四年一月二二日自治固第三号、以下「七割評価通達」という。)を各都道府県知事あてに発した。右通知によれば、土地の評価は売買実例価額から求める正常売買価格に基づいて適正な時価を評定する方法によるものであるとしていた従前の規定に、宅地の評価に当たっては、地価公示法による地価公示価格、国土利用計画法施行令による都道府県地価調査価格及び不動産鑑定士又は不動産鑑定士補による鑑定評価から求められた価格を活用することとし、これらの価格の一定割合(当分の間この割合を七割程度とする。)を目途とする旨が付け加えられた。

 (二) また、自治省税務局資産評価室長は、平成六年度の評価替えに当たり、「平成六年度評価替え(土地)に伴う取扱いについて」と題する通知(平成四年一一月二六日自治評第二八号、以下「時点修正通知」という。)を各都道府県総務部長及び東京都主税局長あてに発した。右通知は、平成六年度の評価替えは、平成四年七月一日を価格調査基準日として標準宅地について鑑定評価価格を求め、その価格の七割程度を目標に評価の均衡化、適正化を図ることとしているが、最近の地価の下落傾向に鑑み、平成五年一月一日時点における地価動向も勘案し、地価変動に伴う修正を行うこととするとしている。

 (三) 都市計画施設予定地の補正率について

 都市計画施設予定地の補正率に関しては、自治省税務局固定資産税課長の「都市計画施設の予定地に定められた宅地等の評価上の取扱いについて」(昭和五〇年一〇月一五日自治固第九八号、以下「補正率通達」という。)があり、それによれば、都市計画施設の予定地に定められた宅地については、当該宅地の総地積に対する都市計画施設の予定地に定められた部分の地積の割合を考慮して定めた三割を限度とする補正率を適用して、その価額を求めるとされていた。

 4 東京都特別区における評価方法及び前記各通達等への対応等

 (一) 東京都特別区においては、東京都知事が固定資産の価格を決定するものとされ(法七三四条一項)、評価の方法については、東京都固定資産(土地)評価事務取扱要領(昭和三八年五月二二日主課固発第一七四号主税局長通達、以下「取扱要領」という。)及び東京都土地価格比準表(以下「比準表」という。)を定めていた。

 (二) 七割評価通達及び補正率通達に従い、取扱要領の改正がされ、時点修正通知に従った評価を行うこととされた。

 なお、都市計画施設予定地の補正率については、都市計画施設予定地積の総地積に占める割合が三〇パーセント未満の場合には〇・九〇、三〇パーセント以上六〇パーセント未満の場合には〇・八〇、六〇パーセント以上の場合には〇・七〇とされている。(取扱要領付表13)

 5 本件価格決定の内容

 被告は、評価基準、七割評価通達を取り込んだ取扱要領、時点修正通知及び平成六基準年度の比準表等に基づいて、本件各土地の価格を次のとおり決定した。なお、都市計画街路補正率を変更した点及び本件各土地を一画地として評価した点以外は、東京都知事が行った算定方法と同一であった。

 (一) 本件各土地の地目、用途地区区分等

 本件各土地は、東京都千代田区内の白山通りと白山通りから三崎神社通りへ抜ける街路とが交差する角付近に位置し、登記及び現況地目がいずれも宅地であったことから、評価基準等における市街地宅地評価法を適用した。本件各土地の付近は、本件各土地が沿接する街路に沿って多種類の店舗が連たんしており、本件各土地の属する地域は、評価基準等の用途区分上の普通商業地区に該当した。

 (二) 標準宅地の選定

 本件各土地の前面路線価の基準となる標準宅地として、東京都千代田区神田神保町一丁目四四番一一に所在する土地(以下「本件標準宅地甲」という。)を選定し、側方路線価の基準となる標準宅地として、同区三崎町二丁目七番一六に所在する土地(以下「本件標準宅地乙」という。)を選定した。

 (三) 標準宅地の適正な時価の評定

  (1) 本件標準宅地甲について

 本件標準宅地甲については、価格調査の基準日である平成四年七月一日時点の不動産鑑定価格の一平方メートル当たり一四九〇万円を基に、平成五年一月一日までの六か月の地価動向を勘案して一二・一パーセント減の時点修正を行い、その七割程度の価格である一平方メートル当たり九一〇万円をもってその適正な時価とした。

  (2) 本件標準宅地乙について

 本件標準宅地乙については、同土地が地価公示地点(標準地番号千代田五-二〇)であり、平成五年一月一日時点の一平方メートル当たりの公示価格が八〇〇万円であったことから、その七割の価格である一平方メートル当たり五六〇万円をもってその適正な時価とした。

 (四) 主要な街路の路線価の付設

 本件標準宅地甲の一平方メートル当たりの価格を九一〇万円と評定したことから、主要な街路(白山通り)の路線価を一平方メートル当たり九一〇万点とした。また、本件標準宅地乙の一平方メートル当たりの価格を五六〇万円と評定したことから、主要な街路(三崎神社通り)の路線価を一平方メートル当たり五六〇万点とした。

 (五) 正面街路の路線価の付設

 本件各土地の正面街路の路線価(以下「本件正面路線価」という。)は、主要な街路(白山通り)の路線価九一〇万点を基礎とし、主要な街路(白山通り)と本件各土地の正面街路との間における交通・接近条件(最寄駅であり、商業中心でもあるJR総武線水道橋駅までの距離を比較すると、主要な街路(白山通り)が五三〇メートル、本件各土地の前面街路が一三〇メートルであったことから、比準表を適用して、最寄駅への距離の関係で五パーセント増、商業中心への距離の関係で八パーセント増)及び環境条件(繁華性及び通行量を比較すると、本件各土地の前面街路が主要な街路(白山通り)より劣っていたことから、商況の関係で比準表の格差率を勘案して六パーセント減)等価格形成要因を総合的に考慮した上、主要な街路(白山通り)の路線価の六パーセント増が適正であると判断して、九六四万点とした(一万点未満切捨て)。

 (六) 側方街路の路線価の付設

 本件各土地の側方街路の路線価(以下「本件副路線価」という。)は、主要な街路(三崎神社通り)の路線価五六〇万点を基礎とし、主要な街路(三崎神社通り)と本件各土地の側方街路との間における街路条件(幅員を比較すると、主要な街路(三崎神社通り)が一一メートル、本件各土地の側方街路が三・一メートルであったことから、比準表を適用して、幅員の関係で一四パーセント減、また、建築基準法四二条の適用関係を比較すると、主要な街路(三崎神社通り)について同条一項が適用されるのに対し、本件各土地の側方街路について同条三項が適用されることから、種類の関係で二パーセント減)、環境条件(店舗、事務所等の商業施設が一街路に占める割合を比較すると、主要な街路(三崎神社通り)が一〇〇パーセント、本件各土地の側方街路が五〇ないし六〇パーセントであったことから、商業密度の関係で比準表を適用して二パーセント減、また、繁華性及び通行量を比較すると、本件各土地の側方街路が主要な街路(白山通り)より相当劣っていたことから、商況の関係で比準表の格差率を勘案して二八パーセント減)、行政的条件(容積率を比較すると、本件各土地の基準容積率が一八〇パーセントとみなされるのに対し、本件標準宅地乙の容積率が五〇〇パーセントであったことから、比準表を適用して二三パーセント減)等価格形成要因を総合的に考慮したうえ、主要な街路(三崎神社通り)の路線価の五五パーセント減が適正であると判断して、二五二万点とした(一万点未満切捨て)。

 (七) 本件五番の一土地の価格の算定

 画地計算法に基づき、取扱要領に定める奥行価格補正率、二方路線影響加算率及び都市計画街路補正率を適用して、本件五番の一土地の価格を次のとおり算定した。

  (1) 路線価

 右のとおり、本件正面路線価を一平方メートル当たり九六四万点とし、本件副路線価を一平方メートル当たり二五二万点とした。

  (2) 奥行価格補正率及び二方路線影響加算率

 本件五番一の土地は、正面路線(白山通り)からみた奥行が二〇・〇メートルであったことから、取扱要領付表1により奥行価格補正率を〇・九九とし、側方路線からみた奥行が八・五メートルであったことから、取扱要領付表1により奥行価格補正率を一・〇〇とした。また、本件五番一の土地は、正面路線と側方路線の二方路線に面していたことから、取扱要領付表3により二方路線影響加算率を〇・〇五とした。そこで、次の各計算式のとおり、基本単価を九五四万三六〇〇点とし、加算評点を一二万六〇〇〇点とした。

 九六四万点×〇・九九=九五四万三六〇〇点(本件正面路線価×奥行価格補正率=基本単価)

 二五二万点×一・〇〇×〇・〇五=一二万六〇〇〇点(本件副路線価×奥行価格補正率×二方路線影響加算率=加算評点)

  (3) 都市計画街路補正率

 都市計画街路に決定されると、決定された範囲については、建物の規模を鉄骨造りの三階建てを上限とし、地下を不可とする建築制限が及ぶところ、本件各土地は、白山通りから奥行約一三メートルのところまでが都市計画街路として決定され、その六〇パーセント以上の部分が都市計画街路予定地に含まれていたことから、取扱要領付表13により都市計画街路補正率を〇・七〇とした。そこで、次の計算式のとおり単位地積当たりの評点を六七六万八七二〇点とした。

 (九五四万三六〇〇点+一二万六〇〇〇点)×〇・七〇=六七六万八七二〇点((基本単価+加算評点)×都市計画街路補正率=単位地積当たり評点)

  (4) 本件五番一の土地の価格

 以上から、本件五番一の土地の価格を、次の各計算式のとおり、総評点一〇億九八九〇万一六九二点に評点一点当たりの価格(一・〇〇円)を乗じた一〇億九八九〇万一六九〇円と決定した。

 六七六万八七二〇点×一六二・三五平方メートル=一〇億九八九〇万一六九二点(単位地積当たり評点×地積=総評点、一点未満切捨て)

 一〇億九八九〇万一六九二点×一・〇〇円=一〇億九八九〇万一六九〇円(総評点×評点一点当たりの価格=価格、一〇円未満切捨て)

 (八) 本件五番六の土地の価格の算定

 本件各土地は同一建物の敷地として利用されていたことから、一画地として評価し、本件五番六の土地の価格を、本件五番一の土地の価格の算定方法と同様の方法により、次の各計算式のとおり一一〇三万三〇一〇円と決定した。

 六七六万八七二〇点×一・六三平方メートル=一一〇三万三〇一三点(単位地積当たり評点×地積=総評点、一点未満切捨て)

 一一〇三万三〇一三点×一・〇〇円=一一〇三万三〇一〇円(総評点×評点一点当たりの価格=価格、一〇円未満切捨て)

 三 争点

 本件は本件価格決定に係る登録価格に関する不服であって、争点は、右登録価格の決定手続及びその内容が違法であるか否かにあるが、本件では、七割評価通達及び時点修正通知に従って標準宅地の価格を評価したこと及び都市計画街路予定地に係る減価補正が問題とされている。

 右の点に関する当事者双方の主張の要旨は、以下のとおりである。

 1 被告の主張

 (一) 被告は、前記第二の二5のとおり、評価基準、七割評価通達を取り込んだ取扱要領、時点修正通知、平成六基準年度の比準表等に基づいて、本件各土地の価格を評価した。

 七割評価通達は、現実の宅地の評価額が地価公示価格等を大幅に下回っている実態を踏まえ、納税者に有利となる地価公示価格等を下回る範囲内で七割程度という割合を定めたものである。

 また、七割程度という割合は、土地研究委員会が、①平成二年に建築された家屋についての取得価額に対する評価割合が六割から七割程度であったこと、②昭和五〇年代初頭から中頃にかけての地価安定期においては、地価公示価格に対する評価割合が概ね六割から七割程度であったことなどの調査結果に基づいて、平成六年度の評価替えにおいては、地価公示価格の七割の水準を目途として土地の評価を行うのが妥当とする旨の提言を行い、中央固定資産評価審議会も右提言を了承したことから定められた割合であって、合理的な理由がある。

 (二) 市町村における固定資産の価格の評価事務には相当の期間を要する。これらの評価事務の手続的な制約を考慮すると、法は、賦課期日から評価事務に要する合理的な期間をさかのぼった時点の時価を基準として賦課期日における当該土地の価格とすることを当然に予定しているものと解される。そうすると、法が定める「賦課期日における価格」とは、賦課期日(本件では平成六年一月一日)から評価事務に要する合理的な期間をさかのぼった時点の時価を基準とした価格をいうものと解すべきである。したがって、平成六年度の評価替えに際し、地価が下落傾向にあることを考慮し、時点修正通知に従い、それまで評価時点を基準年度の賦課期日の一年六か月前の時点(前々年の七月一日)としていたことを改めて、一年前の時点である平成五年一月一日を評価時点としたことは、法の趣旨に合致し、合理的根拠を有する。

 (三) 都市計画施設予定地に係る土地の評価についても、一定期間内に大量の土地の評価を行わなければならない固定資産評価事務の性質上、個別的調査をして処理することは技術的に困難であることから、その減価補正率は一律に定めざるを得ないものである。そして、その補正率については、評価基準における他の理由による減価補正率や、他の法律における取扱いを参考とすべきところ、評価基準における不整形地や無道路地の場合の減価補正率がいずれも上限を三割としていること、相続税法上の取扱いにおいては、都市計画道路予定地に該当する部分についてのみ三割の減価をするとされていることからすると、都市計画施設予定地に係る土地の評価についての減価補正率の上限を三割とすることは、合理性を有する。なお、本件においても合理性を有することは以下のとおりである。

  (1) 本件各土地合計一六三・九八平方メートルのうち、建築制限が及んでいる約六割の部分(約九八・三八平方メートル、以下「A地」という。)については、事実上三階建ての建築物しか建築できないが、その余の約四割の部分(約六五・六平方メートル、以下「B地」という。)については、七〇〇パーセントの容積率が適用される。そこで、利用率(実際に建築可能な建ぺい率)を〇・九として実効容積率による建築可能な延べ床面積を計算すると、次のとおり六七八・九〇六平方メートルとなる。

 A地 九八・三八平方メートル×三〇〇%×〇・九=二六五・六二六平方メートル

 B地 六五・六平方メートル×七〇〇%×〇・九=四一三・二八平方メートル

 A+B=六七八・九〇六平方メートル

  (2) 本件各土地において、都市計画街路による建築制限がなかった場合の実効容積率による建築可能な延べ床面積を計算すると、次のとおり一〇三三・〇七四平方メートルとなる。

 一六三・九八平方メートル×七〇〇%×〇・九=一〇三三・〇七四平方メートル

  (3) (1)で求めた面積(六七八・九〇六平方メートル)は(2)で求めた面積(一〇三三・〇七四平方メートル)の約六五・七パーセントであるから、本件各土地の補正率〇・七〇にほぼ見合うものである。なお、右計算の前提はA地、B地それぞれ単独利用の場合であり、一体利用した場合、利用率は上昇するから、その比率は本件各土地の補正率の〇・七〇により近づくことになる。

 2 原告の主張

 (一) 法は、課税台帳に登録された事項に関する不服を審査決定するため、市町村長から独立した審査委員会を設置しているのであるから(法四二三条)、単に評価基準及び取扱要領に合致しているかどうかだけでなく評価基準及び取扱要領等の内容の是非を含めて、法が定める「適正な時価」に合致しているかどうかを審査しなければならない。

 時価に対する評価額の割合は従来から一~二割程度と著しく低く、時価評価の規定は建前化しており、それを前提に税率や評価基準が定められていた。したがって、右一~二割の評価水準を七割程度まで引き上げた七割評価通達は、租税法律主義に反し、これに従った価格の決定は違法である。

 (二) 法は、固定資産税の課税標準を賦課期日における価格と規定しているのであるから(法三四九条一項)、本件各土地の評価は賦課期日である平成六年一月一日時点でしなければならない。東京都知事は、時点修正通知に従い、平成五年一月一日以降賦課期日までの一年間の地価変動(大幅下落)を評価に反映させる方策をとらないまま、平成六年度の評価替えを行った。そして、被告も、同様の方法で本件各土地の価格を算定した。したがって、本件価格決定は、法三四九条一項に反する違法な決定である。

 千代田区内の商業地の継続標準地二六地点について、平成五年公示価格と平成六年公示価格とを比較してみると、下落率の平均は三〇・一一パーセントであった。また、本件標準宅地甲の評価の基礎とした地価公示地である標準地番号千代田五-一六の下落率は三二・四パーセントであった。そうすると、本件各土地の近傍における地価は、平成五年一月一日から平成六年一月一日までに少なくとも三一パーセント下落したと考えるのが妥当である。

 被告は、本件標準宅地甲・乙の適正な時価を、平成五年一月一日時点の公示価格等の七割で評価(三割減価)したが、右のとおり、同日から平成六年一月一日までに三割を超える価格下落があったのであるから、既に路線価の付設の段階で、賦課期日である平成六年一月一日時点の地価公示価格を上回るという「逆転現象」を生じさせていることになり、本件価格決定が違法であることは明らかである。

 (三) 一般に都心の高度商業地の地価は、実効容積率の多寡、すなわちその土地に延べ面積でどれだけの広さの建物を建てることができるかによって決定的な影響を受ける。すなわち、地価は実効容積率に正比例して形成されるのであって、容積率七〇〇パーセントの土地に三〇〇パーセントを上限とする建築制限がつけられていたとすれば、その土地の評価は本来の価格の七分の三にしかならないはずである。したがって、減価補正率の限度を三割としてそれ以上の減価を認めない補正率通達は、著しく不合理である。

 本件各土地の存する白山通り沿いの地域は、容積率七〇〇パーセントの指定を受けており、本件各土地と反対側の道路沿いの土地上には、許容容積率を最大限に使った九階建て前後の高層ビルが建てられている。一方、本件各土地側については、その道路境界から一三メートルまでが都市計画街路に指定されているため、建物の規模を鉄骨造りの三階を上限とし、地下を不可とする厳しい建築規制を受けており、実効容積率は物理的に二〇〇~三〇〇パーセントに止まらざるを得ず、必然的に地価は一般の土地の四割程度となる。ところが、本件価格決定は、取扱要領付表13を適用し、その減価率を三割に止めているから、明らかに不合理である。

 本件各土地については、建築規制を受ける部分の容積率の最大は三〇〇パーセントに過ぎず、一般の土地の七〇〇パーセントに比べれば、七分の三であって、その価値も七分の三しかないことになる。なお、本件各土地には、都市計画街路予定地からはずれているため、建築規制を受けない部分もあるが、その部分だけでは土地の高度利用化に資することはできないから、七分の三という価値に影響を与えるほどのものではない。

 (四) 以上から、被告の評価額を一〇〇として、単価ベースで賦課期日における適正な時価を求めると、次のとおりとなる。

 一〇〇÷〇・七=一四二・八六(平成五年一月一日時点の時価)

 一四二・八六×〇・六九=九八・五七(平成五年一月一日以降の地価下落を考慮した平成六年一月一日時点の時価)

 九八・五七÷〇・七=一四〇・八一(都市計画街路補正前の評価)

 一四〇・八一×(三〇〇÷七〇〇)=六〇・三五(最終評価)

 この結果、本件五番一の土地の適正な時価は、被告の算定した価格の六〇・三五パーセントである六億六三一八万七一七一円(一〇億九八九〇万一六九二円×六〇・三五%)となり、被告の算定した価格はこれを約六五・七パーセント(四億三五七二万円)も上回っており、違法な評価であることが明らかである。

 

 

 

第三 当裁判所の判断

 

 一 「適正な時価」の意義

 

 既にみたとおり、固定資産税は、固定資産課税台帳に登録された固定資産の価格を課税標準とすることを原則として(法三四九条一項、三四九条の二)、

 

固定資産の所有者(質権又は百年より永い存続期間の定のある地上権の目的である土地については、その質権者又は地上権者とする。以下同じ。)に対して(法三四三条一項)、

 

資産の所有という事実に着目して課税される財産税であり、資産から生ずる現実の収益に着目して課税される収益税とは異なるものである。

 

すなわち、資産が土地の場合には、土地の所有という事実に着目して課税するのであって、個々の所有者が現実に土地から収益を得ているか否か、土地が用益権又は担保権の目的となっているか否か、収益の帰属が何人にあるかを問わず、賦課期日における所有者を納税義務者として、その更地価格に着目して、課税されるのである。

 

 

このような固定資産税の性質からすると、その課税標準又はその算定基礎となる土地の「適正な時価」(法三四一条五号)とは、正常な条件の下に成立する当該土地の取引価格、すなわち、客観的な交換価値(以下「客観的時価」という。)をいうものと解すべきである。

 

 

もっとも、固定資産税が所有資産の価値に着目し、譲渡等により現実化した価値に着目するものでなく、固定資産の利用による利益に担税力の根拠を求めるべきことからすると、固定資産税の基礎とすべき適正な時価は取引価格とは別異のものとして観念することができるとの見解も考えられるが、

 

「時価」なる概念は、通常、正常な取引条件の下に実現される所定の時点における取引価格を意味すること、投機目的又は将来の期待による価格形成要因が不正常な条件として排除される場合の価格は当該土地の利用利益に近接すること、評価基準によれば標準宅地は正常売買価格に基づいて決定するものとされていることに照らせば、「時価」なる概念について、通常と異なる意義が与えられていると解する根拠はない。

 

 

 すなわち、固定資産税には右のような性格があるとしても、法は、課税標準又はその算定基礎となるべき価格を正常取引価格とした上、税率の決定又は課税標準若しくは税額の調整によって、固定資産税の性格に応じた適正な課税を実現しようとしているものと解すべきである。

 

 なお、地価公示法は、適正な地価の形成に寄与することを目的として、標準地を選定し、その正常な価格を公示するものとし(同法一条)、「正常な価格」とは、土地について、自由な取引が行われるとした場合におけるその取引において通常成立すると認められる価格をいうと規定しているところ(同法二条二項)、

 

「適正な時価」の概念を右のように解すると、「適正な時価」と「正常な価格」とは同一の価格を志向する概念ということができる。

 

もっとも、この点についても公示価格は最有効利用を前提とし、適正な時価は通常の利用を前提とするとして区別する見解があるが、正常な条件の下における取引価格について更に取引目的による区分を持ち込むことは困難であり、右見解の趣旨とするところは、固定資産税の右性質を「適正な時価」の算定において考慮することが許されるとすることにあるものと解される。

 

 

 二 「適正な時価」の算定基準日

 

 1 法は、土地課税台帳等に登録すべき価格を基準年度に係る賦課期日における価格としているから(法三四九条一項)、右登録価格を算定すべき基準日は、賦課期日である当該年度の初日の属する年の一月一日であり、本件についていえば、平成六年一月一日時点における客観的時価をもって登録価格とすべきこととなる。そして、評価基準の定めも、この理解を前提とするものと解すべく、他の時点をもって登録価格の算定基準日とする規定を見いだすことはできない。

 

 もっとも、法は、市町村長の価格決定を賦課期日の約二か月後に当たる二月末日までに行うべきものとしている(法四一〇条)ところ、大量に存在する課税対象となる固定資産につき「適正な時価」を算定する諸手続を考慮すると、約二か月間のうちに評価事務のすべてを行うことは困難である。そうすると、賦課期日における価格算定の資料とするための標準宅地等の価格評定については、賦課期日からこれらの評価事務に要する相当な期間をさかのぼった時点を価格調査の基準日として行うことを法が禁止しているものとは解されない。しかし、このことは、右価格調査の基準日における価格から比準、算定した価格をもって賦課期日における価格とみなすことまでを許容するものと解することはできない。

 

 したがって、価格調査の基準日における価格を基礎として算定した価格では賦課期日における適正な時価を上回ると見込まれるときは、予め想定される価格下落率を折り込んで各固定資産の価格評定事務を遂行することが可能であり、かかる事務処理を法あるいは評価基準が禁止しているものでもない。

 

 2 また、時点修正通知は、標準宅地の評価額を価格調査基準日のそれに固定することなく、時点修正をすべき旨の技術的援助と解されるが、さらに、賦課期日までの時点修正の必要性を否定する趣旨と解することはできない。この点について、平成五年一月一日以降の地価変動の結果は評価額の適法性に影響を与えない旨の見解があるが、評価基準の解釈としてかかる見解を読み取ることはできず、かかる見解が法及び評価基準における算定基準日の理解と異なることは既に説示したとおりであるから、この見解を採用することはできない。

 

 三 評価基準による評価と客観的時価との関係

 

 1 適正な時価の意義を前記のように解すると、土地の適正な時価の算定は、鑑定評価理論に従って個々の土地について個別的、具体的に鑑定評価することが最も正確な方法ということになる。

 しかし、課税対象となる土地は全国に大量に存在するから、限りある人的資源を活用しても、これらについて、反復、継続的にそれぞれ一定の時間的制約の中で課税の基礎となるべき価格の評価を実施することが困難であることは明らかである。そこで、法は、これらの諸制約の下における評価方法を自治大臣の定める評価基準によらしめることとし、もって、大量の固定資産について反復、継続的に実施される評価について、各市町村の評価の均衡を確保するとともに、評価に関与する者の個人差に基づく評価の不均衡を解消しようとしているものということができる。

 

 2 そして、法は、固定資産の評価については、評価基準によることを求めているから、法にいう「適正な時価」とは、評価基準に従って評定された時価ということになる。

 しかし、評価基準は、各筆の土地を個別評価することなく、諸制約の下において大量の土地について可及的に適正な時価を評価をする技術的方法と基準を規定するものであって、宅地評価についてみれば、個別鑑定と同様の方法で標準宅地の客観的時価を算定し、価格形成要因の主要なものに関する補正等を加えて、対象土地の価格を比準評定するものであって、宅地の価格に影響を及ぼすべきすべての事項を網羅するものではないから、標準宅地の評定及び評価基準による比準の手続に過誤がないとしても、個別的な評価と同様の正確性を有しないことは制度上やむを得ないものというべきであり、評価基準による評価と客観的時価とが一致しない場合が生ずることも当然に予定されているものというべきである。

 

 すなわち、評価基準による評価が客観的時価を下回ったとしても、それが課税処分の謙抑性の範囲にある限り、法の予定する「適正な時価」と解することができるのである。しかし、「適正な時価」とは客観的に観念されるべき価格であって、自治大臣の裁量又は市町村長の裁量に属する事項と解することはできず、法が自治大臣の評価基準に委任したものは「適正な時価」の算定方法であるから、評価基準による評価が客観的時価を上回る場合には、その限度において、登録価格は違法なものということになる。

 

 3 この観点からすれば、標準宅地の適正な時価を公示価格の算定と同様の方法で行った個別評価額の一定割合とすることは、評価基準等による大量的評価方法に内在する誤差の是正方法として合理性を有し、また、固定資産税が所有に係る資産の価値に着目するものであるとの税の性格を考慮して、税額の算定過程の基礎となる標準宅地の価格について調整を加えることも課税処分の方法として許容されるものということができる。

 

 すなわち、「適正な時価」を客観的時価と解する場合には、客観的時価を下回る価格も、それを超える価格と同様に、客観的時価ではないということになり、客観的時価以下の評価については、納税者においてその取消しを求めることができないとしても(行政事件訴訟法一〇条)、かかる価格は「適正な時価」ではないというべきことになる。しかし、評価基準等による評価方法に内在する誤差を考慮すれば、評価基準等が技術的、中立的基準である以上、理念的には客観的時価を下回る場合とこれを超える場合が生ずることになるのであるから、少なくとも評価額が客観的時価を超えるという事態が生じないよう、予め減額した数値をもって計算の基礎となる標準宅地の「適正な時価」として扱うことは合理的な方法というべきであり、また、評価手続上、賦課期日の時価が予測値にならざるを得ないこと、あるいは固定資産税の前記性質に照らして、課税標準の特例以外にも一般的な負担軽減方法として「適正な時価」を予め控え目に評定することも課税処分の謙抑性に反しない限度で許されるものというべきである。

 

 4 その意味では、公示価格の算定と同様の方法で評価した標準宅地の価格のおよそ七割をもって、その適正な時価として扱うことは、法の禁ずるものではなく、かかる趣旨において七割評価通達には合理性があり、これに従った評価は適法というべきである。

 もっとも、このように減額した数値をもって標準宅地の「適正な時価」として扱う趣旨は、個別的価格を客観的時価に近接させるに当たり、客観的時価を超える事態の発生を回避することにあるのであって、各対象土地の「適正な時価」を、各土地を公示価格と同様の方法で鑑定評価した場合の価格の七割とすべしとするものではない。したがって、客観的時価との不一致の程度において個別的な差異が生ずるとしても、これらの差異は、評価基準等に基づく評価の誤差に吸収されるものとして法の許容するものというべきことになる。

 また、七割評価通達の趣旨が公的評価制度における価格の一元化を目指すものであって、賦課期日までの時点修正を目的とするものでないとしても、評価基準の適用においては、七割評価による修正を経た価格が賦課期日における標準宅地の適正な時価とされるのであるから、賦課期日における標準宅地の適正な時価の当否は右修正を経た価格について判断されるべきことになる。

 

 5 なお、原告は、時点修正通知及びこれに従った本件評価が平成五年一月一日から賦課期日までの価格変動を考慮していないとして、右通知及び本件評価の違法をいうが、判断の対象は、平成五年一月一日までの時点修正及び七割評価を経た後の価格をもって賦課期日における標準宅地の適正な時価(客観的時価の範囲内)ということができるかどうかにあるのであって、その後の時点修正の要否も右判断において検討されるべきことがらということになる。

 また、原告は、七割評価通達を違法であるとするが、適正な時価が客観的時価を意味する以上、減額評価の違法は原告に有利になることはあっても不利となるものではないから、本件価格決定の違法事由とはならない。また、従前の評価額が時価に比して著しく低額であり、また、公示価格も実勢価格(時価)より低額であったとしても、そのような低い価格をもって法及び評価基準の前提とする「適正な時価」であると解することができないことは既に説示したとおりであるから、この点をとらえて租税法律主義の違反をいう主張を採用することはできない。そして、客観的時価に比して著しく低い価格をもって適正な時価とすべきことが規範的意識となる程に慣習化していたと認定することはできず、さらに、大数的評価の不正確さを指摘する点も、七割評価をもって評価誤差を吸収することができないと指摘するものであって、結局、被告の評価方法に従って算出された本件各土地の評価が客観的時価の範囲内であるかどうかの争点に帰着するものというべきである。したがって、時点修正通知及び七割評価通達に従ったことの違法をいう原告の主張は採用することができない。

 

 四 登録価格の違法に関する判断の枠組み

 

 以上の説示に照らせば、登録価格の違法に関する判断は、次の判断順序に従うべきことになる。

 すなわち、

 

第一に、評価方法の選定、標準宅地の選定、標準宅地の価格と基準宅地の価格との均衡及び標準宅地の評価額から対象土地への比準の方式が評価基準及び市町村長の補正に関する基準(取扱要領等)に従ったものであるかどうか(基準適合性)、

 

第二に、右評価基準等が一般的に合理性を有するかどうか(基準の一般的合理性)、第三に、評価基準による評価の基礎となる数値、すなわち、標準宅地の価格が賦課期日における適正な時価であるかどうか(標準宅地の価額の適正さ)が審理されるべきである。

 

 

 なお、既に説示したとおり、評価基準による評価が複数の評価要素の積み重ねを通じて結論において「適正な時価」に接近する方法であることからすると、評価基準に定める個別的評価要素が具体的な土地の特殊性に照らして適正さを欠くとみえる場合があるとしても、一般的に合理的とされる評価基準による評価が客観的時価を超えないときは、これを違法とすることはできない。そして、評価基準による評価が客観的時価との不一致の程度の個別的差異を許容していることに照らせば、右事情があるとしても、なお、評価基準等に合致した右評価は公平の原則に適合するものというべきである。

 

 しかし、第一から第三までの点が立証されたとしても、結果としての登録価格が賦課期日における対象土地の客観的時価を上回るときは、評価基準等は当該土地の具体的な「適正な時価」の評定方法として機能せず、法が客観的時価の算定方法を委任した趣旨を全うしていないことになるから、登録価格が賦課期日における対象土地の客観的時価を上回るときは、その限度で登録価格の決定は違法であるということになる。

 

 

 五 評価基準等における市街地宅地評価法の一般的合理性

 本件評価が評価基準等に従ったものであることは、既に摘示したところから明らかである。以下では、本件事案に即して、評価基準等における一般的合理性を判断する。

 1 評価基準の第1章第3節によれば、本件各土地のように主として市街地的形態を形成する地域における宅地については、市街地宅地評価法によって評価する旨が定められている。この評価法は、いわゆる路線価方式による評価法であるが、路線価方式は、大量の宅地を短期間に相互の均衡を考慮しながら評価する方法として使用できるものと一般に解されており、評価基準において路線価方式を採用したことには一般的に合理性があるということができる。

 また、評価基準は、市街地宅地評価法における各街路の路線価は、売買実例価額を基礎として、街路の状況、公共施設等の接近の状況、家屋の疎密度その他の宅地の利用上の便等及び各街路の路線価の均衡等を総合的に考慮して決める旨定めているが、そのような定めは鑑定評価理論と矛盾するものではなく、客観的時価への接近方法としても合理性を有するものということができる。そして、評価基準の画地計算法の付表等を含むその他の点についても、宅地を評価する基準・方法として合理性を欠くというべきような事情も見当たらない。したがって、評価基準における市街地宅地評価法は、全体として「適正な時価」への接近方法として合理的であって、法の委任の趣旨に従ったものであるということができる。

 

 

 2 前記第二の二4(一)で摘示したとおり、東京都特別区においては取扱要領を定めているが、《証拠略》によれば、取扱要領は、評価基準に従ってより具体的に価格の算定方法を規定したものと認められる。すなわち、宅地の評価は、市街地宅地評価法によるものとし、評価基準と同様の路線価方式によって算定することを規定しているほか、評価基準第1章第3節二(一)4の規定に基づき、画地計算法の付表等についてより細かい補正率を定めたり、都市計画街路・都市高速鉄道補正率のように評価基準には規定されていない補正率を規定しているのである。また、取扱要領の画地計算法の付表等を含むその他の点についても、宅地を評価する基準・方法として合理性を欠くというべきような事情は見当たらない。したがって、取扱要領における市街地宅地評価法も、全体として「適正な時価」への接近方法として合理的であって、法及び評価基準に従ったものであるということができる。

 

 3 都市計画施設予定地に決定されると建築制限を受けることになるが、それによって当該土地の価格にどの程度の影響を与えるかについては、当該土地の最有効使用の方法、当該土地の特性及びそれらの地域における土地利用の特性、建築規制を受ける部分の面積と受けない部分の面積との比率等の様々な要素によって決まることになる。評価基準はこの点についての定めを置かないが、補正率通達は、都市計画施設予定地に係る減価補正率の上限を三割としたものであるが、評価基準においては不整形地や無道路地の場合の減価補正率の上限を三割としていること、《証拠略》によれば、相続税法上の取扱いにおいて、都市計画道路予定地については、予定地に該当する部分についてのみ三割の減価をしていることが認められることに加え、右のとおり建築制限が価格に及ぼす影響は様々であることからすると、上限を三割とした補正率通達が客観的時価への接近を阻害するような不合理なものであるということはできない。そうすると、減価補正率の上限を三割としている取扱要領付表13についても、一般的な合理性を有するものということができ、被告が右取扱要領付表13を適用して本件各土地の評価をしたとしても、その評価が違法になるということはできない。

 

 原告は、一般に都心の高度商業地の地価は、実効容積率の多寡、すなわちその土地に延べ面積でどれだけの広さの建物を建てることができるかによって決定的な影響を受け、地価は実効容積率に正比例して形成されるから、上限を三割とすることは著しく不合理であると主張し、これに沿う甲七号証、八号証及び証人森田義男の証言(以下「森田証言」という。)によれば、本件各土地については、実効容積率の多寡に加えて、本件各土地の周辺地域の賃料水準に基づく各階ごとの使用価値の違い(階層別効用比率)、有効面積の割合(レンタブル比)を併せ考慮すると、建築制限による減価率は約五七・一パーセントに達する旨が窺われる。しかし、容積率ないし実効容積率の多寡が都心の商業地の重要な価格形成要因であるとしても、前述のとおり、地価は最有効使用方法や他の価格形成要因との相関関係において形成されるものであるから、実効容積率と地価とが正比例すると断定することはできないし、森田証言によれば、甲八号証中の階層別効用比率の基礎とした賃料水準の調査は、二、三箇所を対象地点としたにすぎず、しかも、右調査対象地点は本件各土地の周辺地域内の地点ではなかったというのであって、建築制限による減価率が五七・一パーセントになるという結論を採用することはできず、かえって、本件各土地に対する建築制限により、実効容積率等にどの程度の差異が生ずるかを検討すると、別紙1記載の計算のとおり、実効容積率を基準とした比率が約六三・一五パーセント(ただし、余剰容積率の利用は考慮していない。)、階層別利用率を基準とした比率が約七一・三四パーセント、階層別利用率にレンタブル比を加味した比率が六八・九一パーセントという数値となるから、都市計画街路予定地に係る本件各土地の減価補正率を三〇パーセントとした被告の判断は相当であって、個別の事案においては三割を超える減価補正率を適用すべき場合があるとしても、そのような場合が多いとまではいえないから、上限を三割とすることが一般的に合理性を欠くとはいえず、原告の主張を採用することはできない。

 

 六 本件標準宅地の賦課期日における適正な時価について

 1 《証拠略》によれば、平成五年一月一日の公示価格と平成六年一月一日の公示価格を比較すると、千代田区内の商業地の継続標準地が合計二八地点あったこと、その二八地点についての平成五年価格の合計が三億五六八〇万円、平成六年価格の合計が二億五三八〇万円であって、その下落率は約二八・八七パーセントであったこと、右二八地点の各地点ごとの下落率の平均が約三〇・二三パーセントであったこと、右二八地点のうち、本件各土地及び標準宅地甲に比較的近く、価格形成要因も類似する一〇地点(標準地番号五-一、二、三、八、一一、一二、一六、二〇、二二、二七)についての平成五年価格の合計が一億〇八〇〇万円、平成六年価格の合計が七三九五万円であって、その下落率は約三一・五三パーセントであったこと、右一〇地点の各地点ごとの下落率の平均が約三一・九五パーセントであったこと、本件標準宅地甲の価格算定の基礎とされた標準地番号千代田五-一六の平成五年価格が一〇二〇万円、平成六年価格が六九〇万円であって、その下落率は約三二・三五パーセントであったこと、本件標準宅地乙(標準地番号千代田五-二〇)の平成五年価格が八〇〇万円、平成六年価格が五三〇万円であって、その下落率は三三・七五パーセントであったことが認められる。そうすると、千代田区全体の商業地の下落率よりも本件標準宅地甲の周辺地域における下落率が高かったことになるから、本件標準宅地甲の客観的時価は、平成五年一月一日から平成六年一月一日までに三二パーセント下落したものと推認するのが相当である。また、本件標準宅地乙の下落率は右のとおり三三・七五パーセントであった。

 2 本件評価においては、標準宅地の平成四年七月一日における正常価格について平成五年一月一日までの価格変動に応じた修正を施した価格の七割をもって標準宅地の適正な時価としたことは既に摘示したとおりであり、《証拠略》によれば、平成四年七月一日における正常価格の認定及び平成五年一月一日までの価格変動に応じた修正率は合理的なものと推認される。

 

 しかし、本件標準宅地甲、乙の平成五年一月一日から賦課期日までの価格変動が三割を超えることからすると、時点修正、七割評価を含めた評価基準等の一般的な合理性が肯定できるとしても、このことをもって本件における本件標準宅地甲、乙の価格が賦課期日における適正な時価であったと推認することはできない。

 

 したがって、七割評価で解消することができない価格変動分を解消するための価格修正要素が付加されている等、特段の事情がない限り、本件での本件標準宅地甲、乙の価格を評価の基礎としたことは違法というべきである。そして、本件において右特段の事情を認めることはできない。

 

 

 七 本件各土地の適正な時価について

 1 本件においては、標準宅地甲の賦課期日における適正な時価を直接証する資料はないが、その平成四年七月一日の一平方メートル当たりの価格一四九〇万円及び平成五年一月一日までの時点修正率一二・一パーセントは適正と認められ、その後の賦課期日までの時点修正率が三二パーセントであることは右に認定したとおりであるから、平成六年一月一日における標準宅地甲の平成六年一月一日の一平方メートル当たりの価格は八九〇万六〇二八円であったと推認することができ、右推認を覆すに足りる証拠はない。

 また、標準宅地乙の平成六年一月一日の公示価格は五三〇万円であった。

 2 評価基準は、賦課期日における標準宅地の適正な時価に基づいて、所定の方式に従って各筆の評価をなすべきことを命じている。

 そして、本件評価が、評価基準等の方式に合致していること、右方式が合理性を有することは既に認定したところであるから、結局、本件各土地については、標準宅地甲の賦課期日における適正な時価を八九〇万六〇二八円、標準宅地乙のそれを五三〇万円として本件における算定方法に従った評価をすべきことになる。

 右によれば、本件五番一の土地の評価基準等による価格は一〇億七四四七万九三八〇円を、本件五番六の土地の評価基準等による価格は一〇七八万七八一〇円を超えるものではないと認められる(計算式は別紙2記載のとおり)。

 3 原告は、都市計画街路予定地による補正が本件各土地の状況に沿わないものであるとし、本件価格決定の違法を主張する。

 しかし、既に説示したとおり、価格形成に関する個別的要素に関する具体的な当否は、全体としての評価過程において調整することができない場合、すなわち、一般的に合理的と解される基準による評価の結果が客観的時価を上回る場合に違法を招来するものと解すべきところ、前項において算定した本件各土地の適正な時価の外にその客観的時価を認めるに足りる証拠はないから、前項による算定に加えて都市計画街路予定地による補正を考慮することはできないものというべきである。

 4 右のとおり、本件各土地の平成六年一月一日時点における適正な時価は、本件五番一の土地について一〇億七四四七万九三八一円、本件五番六の土地について一〇七八万七八一二円とするのが相当である。そうすると、本件価格決定は、右価格を上回っているから、違法な決定であるといわざるを得ない。

 

 八 審査委員会の違法な決定と取消判決の関係について

 

 本件価格決定は、評価基準等による賦課期日における適正な時価を上回る点で違法であり、取り消すべきことになるが、どの範囲で取り消すべきかが問題となる。

 

法は、審査委員会が審査決定をした場合における登録価格等の修正手続を規定しているが(法四三五条)、確定判決があった場合の手続を規定していないから、裁判所としては、審査委員会の審査決定に違法がある場合には、常に審査決定の全部を取り消して、審査委員会に審査決定を行わせたうえで改めて登録価格等の修正手続をとらせるべきであるという見積も成り立つ。

 

しかしながら、本件訴訟は課税処分の適否ではなく、本件価格決定に係る登録価格の適否を判断するものであって、適正な時価を超える部分のみを取り消す一部取消判決をしたとしても、取消判決の拘束力(行政事件訴訟法三三条一項)によって、市町村長は審査決定と同様の措置をとることが義務付けられるのであって、改めて審査委員会の審査決定を介在させる必要性はないし、介在させないことによって特に不都合が生ずるとも考えられない。

 

そうすると、違法の理由が審査手続の違法である場合や内容の違法であっても例外的に審査委員会に審査のやり直しを求めるのが相当である場合を除いては、審査決定のうちの違法な部分のみを取り消せば足りるというべきである。

 

 本件価格決定は、時点修正の関係で平成六年一月一日時点における適正な時価を上回る価格を算定した点に違法があるだけであって、審査委員会に審査のやり直しを求める理由は特にないから、右超過部分のみを取り消せば足りる事案であると考えられる。

 

 九 よって、原告の本件請求は、一部理由があるから主文の限度で認容し、その余の部分は理由がないからこれを棄却することとして、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九二条を適用して、主文のとおり判決する。

 

    東京地方裁判所民事第二部

        裁判長裁判官  富越和厚

           裁判官  竹野下喜彦

           裁判官  岡田幸人