帳簿と仕入れ税額控除(2)

 

 

 

課税処分取消請求控訴事件

 

 

【事件番号】 東京高等裁判所/平成12年(行コ)第219号

 

【判決日付】 平成13年1月30日

 

【判示事項】 大工工事業を営む白色申告者の控訴人の昭和63年から平成2年分までの所得税の確定申告について,被控訴人が,更正処分,過少申告加算税賦課決定処分,消費税決定処分及び無申告加算税賦課決定処分の一部の取消しを求めた事案について,本件更正処分及び消費税決定処分等は,いずれも適法であり,控訴人の主張するような違法はないとして,控訴人の請求を棄却した原判決は,相当であるとした事例

 

 

 

【掲載誌】  税務訴訟資料250号順号8827

 

 

 

について検討します。

 

 

 

主   文

 

 一 本件控訴を棄却する。

 二 控訴費用は控訴人の負担とする。

 

       

 

事実及び理由

 

第一 当事者の求めた裁判

一 控訴人

1 原判決を取り消す。

2 被控訴人が、

(一)平成四年三月四日付でした控訴人の昭和六三年分所得税について所得金額を六三九万〇二七一円とする更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分のうち、総所得金額を四二八万二〇〇八円として計算した額を超える部分

(二)右同日付でした控訴人の平成元年分所得税について所得金額を七八六万六六〇三円とする更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分のうち総所得金額を六一六万九〇一八円として計算した額を超える部分

(三)右同日付でした控訴人の平成二年分所得税について所得金額を八七九万七〇一六円とする更正処分(ただし、審査請求における裁決により一部取り消された後のもの)及び過少申告加算税賦課決定処分(ただし、審査請求における裁決により一部取り消された後のもの)のうち総所得金額を六二三万九〇八一円として計算した額を超える部分をいずれも取り消す。

3 被控訴人が控訴人の平成二年一月一日から平成二年一二月三一日までの課税期間の消費税について平成四年三月四日付でした決定処分(ただし、審査請求で取り消された部分を除く)及び無申告加算税の賦課決定処分(ただし、審査請求で取り消された部分を除く)をいずれも取り消す。

4 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二 被控訴人

 控訴棄却

第二 事案の概要

 本件は、大工工事業を営む白色申告者の控訴人が、昭和六三年から平成二年分(以下、「本件各係争年分」という。)の所得税について確定申告をし、平成二年一月一日から同年一二月三一日まで(以下、「本件課税期間」という。)の消費税について確定申告をしなかったところ、被控訴人が、本件各係争年分について、控訴人の売上金額を基に同業者比率により推計してその事業所得金額を算出し、控訴人に対し、所得税更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分(以下、合わせて「本件所得税更正処分等」という。)をし、本件課税期間について、控訴人の右課税期間における課税資産の譲渡等の対価の額を基に課税標準額を算出し、控訴人に対し、消費税決定処分及び無申告加算税賦課決定処分(以下、合わせて「本件消費税決定処分等」という。)をしたことに対し、控訴人が、右所得税更正処分等は、推計の必要性も合理性もなく、また、推計により算出した事業所得金額は控訴人の実際の事業所得金額(実額)を上回っているとして、それを超える本件所得税更正処分等の取消しを求め、また、右消費税決定処分等は、控訴人が仕入税額控除に係る帳簿等を保存しているのに、仕入税額控除を認めなかった違法があるなどとして、本件消費税決定処分等の取消しを求めている事案である。

 原審裁判所は、本件所得税更正処分等及び本件消費税決定処分等はいずれも適法であり、そこに控訴人の主張するような違法はないとして、控訴人の本訴請求をいずれも棄却したことから、控訴人がこれを不服として、控訴した。

一 争いのない前提事実

 本件における争いのない前提事実は、原判決書六頁八行目から同二二頁六行目までに記載するとおりであるから、これを引用する。

二 争点

 本件の主要な争点は、(一)本件所得税更正処分等に推計の必要性があるか(争点1)、(二)被控訴人の推計課税に合理性があるか(争点2)、(三)控訴人の実額反証の成否(争点3)、(四)昭和六三年分についての控訴人の推計課税の主張の当否(争点4)、(五)本件消費税決定処分の根拠の有無(争点5)、(六)被控訴人の調査当時、控訴人が消費税の課税期間の課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿又は請求書等を保存しなかったといえるか(争点6)、である。

三 双方の主張

 右争点についての双方の主張は、原判決書二二頁八行目から同一一七頁六行目までに記載するとおりであるから、これを引用する(ただし、原判決書三二頁一行目の「例え」を「たとえ」と、同五三頁六行目の「わけはなく」を「わけではなく」と、同一〇八頁四行目の「本件消費税決定処分」を「本件消費税決定処分等」とそれぞれ改め、同一〇九頁一行目の「消費税法」の次に「(平成六年法律一〇九号改正前のもの。以下「消費税法」という。)」を加え、同一一二頁末行から一一三頁一行目にかけての「(平成六年法律一〇九号改正前のもの。以下「消費税法」という。)」を削除する。)。

 

 

 

 

 

 

 

第三 当裁判所の判断

 

一 当裁判所も、本件所得税更正処分等及び本件消費税決定処分等はいずれも適法であり、そこに控訴人の主張するような違法はないと判断する。その理由は、次のとおり付加するほかは、原判決の「事実及び理由」の「第三争点に対する判断」欄の記載と同旨であるから、これを引用する(ただし、原判決書一四〇頁八行目の「A係官について」を「A係官の証言について」と、同一五四頁五行目の「もっともと」を「もともと」とそれぞれ改める。)。

 

1 争点1(推計の必要性)について

 

 控訴人は、A係官が控訴人宅に臨場した際、控訴人はその都度領収書の綴りをテーブルの上に並べ、調査に協力する態度を示していたのであるから、A係官は、これを手にして確認することにより、実額を把握することが十分に可能であったとして、本件において、推計の必要性があったとはいえないと主張する。

 

 しかし、前記認定のとおり、控訴人は、A係官からの帳簿等の提示要請に対し、第一回目及び第二回目の調査日には一切これに応じず、第三回目及び第四回目の調査日においては、接待交際費の領収書の一部のみを提示しただけでその余の帳簿等の提示を拒否し、結局、本件調査を不可能ならしめているものであって、控訴人に、領収書の綴りを示すなどの、本件調査に協力する態度があったと認めることはできない。

 

もっとも、B事務局長は、第二回目の調査日に、領収書の綴りをテーブルの上に差し出しているが、これは、控訴人が、A係官の帳簿等の提示要求に対し、あくまで協力しないという態度をとり続ける中で、B事務局長が、「卑怯者呼ばわりされたことを謝らないと調査協力できないよ。」などと言いながら領収書の綴りをテーブルの上に差し出したというものであって、およそ調査に協力するという前提で差し出したものとはいえない。

 

しかも、控訴人は、終始本件調査に非協力的な態度をとり続けていたものであって、このことは、原審証人Aの証言に照らして明らかである。この点、控訴人は、右A証言には、あいまいな点や矛盾した点が多く、信用できないと主張するが、格別、A証言に、その信用性に影響を与えるようなあいまいな点や矛盾した点は見受けられない。したがって、本件において、推計の必要性があったとはいえないとする控訴人の前記主張は、採用することができない。

 

 

2 争点2(推計の合理性)について

 控訴人は、被控訴人が控訴人の業種を日本標準産業分類に準じて大工工事業と分類したことについて、日本標準産業分類は、大工工事と造作工事をまとめた大工工事業と型枠工事業に分類しているから、右分類に準じて同業者を抽出したとすれば、少なくともその中には、造作工事のほかいわゆる大工工事が含まれることになるところ、控訴人は、造作工事専門業者であり、大工工事は全く行っていないから、被控訴人は、控訴人の所得を推計するに足りる類似性のある同業者を抽出したとはいえない旨主張する。

 

 しかし、同業者の類似性を余りに厳格に解すると、業種によっては類似した業者が存在しないことにもなりかねない。したがって、日本標準産業分類に準じて業種を分類し、同業者を抽出することは、一応の合理性を有するものといわなければならない。本件の場合、前記認定のとおり、被控訴人は、この日本標準産業分類に準じて、控訴人を大工工事業と分類し、類似同業者を抽出しているところ、右分類によれば、大工工事業は、建設工事を直接請け負うのではなく、大工工事部分を下請けするものであるというのであり、しかもこの大工工事業は、型枠大工工事業と木造建築工事業とが除かれているのであるから、控訴人のいう造作工事は、基本的には、右の大工工事業と同種の事業であり、それと類似性を有するということができる。したがって、被控訴人が、控訴人を大工工事業と分類して類似同業者を抽出したことには合理性があり、控訴人が主張するような違法はないものというべきである。控訴人の右主張は採用することができない。

 

 また、控訴人は、本件において、被控訴人は、抽出された同業者が控訴人と類似性を有することについての判断材料を一切提出していないから、果たして真に控訴人と類似性のある同業者が抽出されたのかについて検証のしょうがないと主張する。

 

 しかし、乙一、二、六、原審証人Cの証言、弁論の全趣旨によれば、C調査官は、上司であったD統括から、関東信越国税局長が被控訴人に宛てた「訴訟事件に関する資料の報告について(一般通達)」(乙一)を示され、これに従って控訴人と類似性を有する一定範囲の同業者を抽出し、その収入金額、所得金額等を調査し、報告するよう命じられ、右通達に記載された抽出基準を一つ一つ確認したうえ、業種別名簿記載の同業者の各確定申告書、青色申告決算書等に基づいて、機械的かつ事務的に抽出作業を行い、右抽出条件を満たす者を漏れなく抽出して、報告書(乙二)を作成したことが認められる。

 

そして、D統括がC調査官に示した右通達は、控訴人と類似性のある同業者の抽出基準として合理的であり、相当であると認められる。右の事情に照らせば、C調査官が抽出した同業者は、控訴人と類似性を有するものであり、そこに格別不自然、不合理な点があるものとは窺われない。したがって、本件において、被控訴人が、格別同業者の類似性を証する資料を提出していないからといって、これにより右同業者の類似性に疑問があるということはできない。控訴人の前記主張は採用することができない。

 

 

3 争点3(実額反証)について

 

 控訴人は、実額反証はあくまで反証であり、民事訴訟の一般的な証明の程度と何ら異なることはなく、証拠の優劣で足りるとして、合理的な疑いを容れない程度の証明を要求するものではない旨主張する。

 

 しかし、実額反証は、「反証」とはいっても、実質的には、いわゆる間接反証事項であり、その主張立証責任は、納税者が負担すべきものと解するのが相当である。

 

このことは、課税庁の証拠の収集が、確認すべき個々の経済取引がなされてから相当の年月を経過してなされるため、関係資料の保存期間の経過や取引関係者の転出、所在不明などによって限界があり、著しく困難であるのに反し、実額反証を主張する納税者は、もともと経済取引の当事者であって、自己に有利な証拠を提出するのは容易であることからすると、実質的な公平にもかなうものというべきである。

 

 

そして、右のような事情を考えれば、実額反証といえるためには、その主張する収入及び経費の各金額が存在し、経費については事業との関連性が認められること、右収入金額が全ての取引先から発生した全ての収入金額であること、右経費が右収入と対応するものであり、直接費用については個別的な対応の事実、間接費用については期間対応の事実があることの三点につき、合理的な疑いを容れない程度に証明されなければならないものと解するのが相当である。

 

 

したがって、実額反証をもって単なる反証であり、合理的な疑いを容れない程度の証明まで要求されるものではないとすることはできない。控訴人の右主張は採用することができない。

 

 

 

4 争点6(仕入税額控除の可否)について

 

 控訴人は、消費税法三〇条七項にいう帳簿等の保存の規定は、まさに納税者が自分で申告して税額を確定するという申告納税制度に由来するものであり、税務調査の便宜のための規定ではないから、納税者は、帳簿等を保存している事実がありさえずれば、たとえ税務署の調査に際し帳簿等を提示しなくとも、仕入税額控除の適用が受けられると主張する。

 

 しかし、消費税法三〇条七項が、帳簿等の保存がない場合には、当該保存がない課税仕入れ又は課税貨物に係る課税仕入れ等の税額については、仕入税額控除の適用が受けられないものとした趣旨は、単に物理的な意味で帳簿等の保存がない場合に限るというのではなく、帳簿等が物理的には保存されていたとしても、税務職員による適法な帳簿等の提示要求に対し、当該事業者がその帳簿等の保存の有無及びその記載内容を確認し得る状態に置くのでなければならないものと解するのが相当である。

 

 

その理由として、原判決が説示しているところのほか、以下の諸点を指摘することができる。すなわち、消費税法は、事業者の納付する消費税について、申告納税制度を採用しており、事業者に課税標準額、課税標準額に対する消費税額及び右消費税額から控除されるべき課税仕入れ等に係る消費税額等を記載した申告書を税務署長に提出することを義務付けているから(四五条)、

 

税務署長等が納税者のした申告内容が正確であることを確認するためには、課税要件事実に関する資料の入手が必要不可欠である。そこで、消費税法は、消費税に関する調査について必要があるときには、税務署長は納税義務がある者等に対し、質問し、又はその者の事業に関する帳簿書類その他の物件を検査することができる旨を定め(六二条)、

 

質問に対する不答弁並びに検査の拒否、妨害等に対しては、刑罰をもってこれに臨んでいる(六八条一号)。

 

また、消費税法は、課税仕入れ等の税額の控除に係る帳簿には、それが課税仕入れに係るものである場合には、

 

イ 課税仕入れの相手方の氏名又は名称、

 

ロ 課税仕入れを行った年月日、

 

ハ 課税仕入れに係る資産又は役務の内容、

 

二 課税仕入れに係る支払対価の額を記載することを(三〇条八項一号)、

 

また、課税仕入れ等の税額の控除に係る請求書等には、それが課税仕入れに係るものである場合には、

 

イ 書類の作成者の氏名又は名称、

 

ロ 課税資産の譲渡等を行った年月日、

 

ハ 課税資産の譲渡等の対象とされた資産又は役務の内容

 

ニ 課税資産の譲渡等の対価の額、

 

ホ 書類の交付を受ける事業者の氏名又は名称を記載することを(三〇条九項一号)それぞれ求めている。

 

 

さらに、消費税法施行令五〇条は、事業者が消費税法三〇条一項の仕入税額控除の適用を受けるためには、仕入税額控除に係る帳簿等を整理し、帳簿についてはその閉鎖の目の属する課税期間の末日の翌日、請求書等についてはその受領した目の属する課税期間の末日の翌日から各二月を経過した日から七年間、納税地又はその取引に係る事務所、事業所等の所在地に保存しなければならないことを規定している。

 

 

のような消費税法が採用している消費税の制度内容及び関連諸規定にかんがみると、消費税法三〇条七項が仕入税額控除の適用を受けるための要件として帳簿等の保存を要求しているのは、税務職員が税務調査において納税者の保存している右帳簿等を検査し、申告の正確性を確認することができるようにするためであると解されるのである。

 

 

右のような趣旨からすると、税務職員が消費税の調査に当たって質問検査権を行使して、単に帳簿等が保存されていることさえ確認されれば、それだけで仕入税額控除が認められるというわけでなく、税務職員が保存されている帳簿等を調査し、その結果と申告書類及び計算明細書の記載内容とが一致していることを確認することができてこそ、仕入税額控除が認められるものと解するのが合理的である。

 

 

したがって、消費税法三〇条七項にいう「帳簿等の保存」とは、単なる物理的な帳簿等の保存にとどまるものではなく、税務職員による適法な帳簿等の提示要求に対し、当該事業者がその保存の有無及びその記載内容を確認し得る状態に置くことをも意味する趣旨であると解するのが相当である。控訴人の前記主張は採用することができない。

 

二 よって、控訴人の本訴請求は理由がないから棄却を免れず、これと同旨の原判決は相当であって、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法六七条、六一条を適用して、主文のとおり判決する。

 

    東京高等裁判所第一四民事部

        裁判長裁判官  小 川 英 明

           裁判官  近 藤 壽 邦

           裁判官  川 口 代志子