仮換地にかかる小規模宅地の特例計算(1)

 

 

相続税更正処分等取消請求事件

 

 

【事件番号】 福岡地方裁判所判決/平成14年(行ウ)第26号

 

【判決日付】 平成16年1月20日

 

【判示事項】

 

(1) 更正処分のうち、申告額を超えない部分について取消を求める訴えの適法性

      

(2) 租税特別措置法69条の3(小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例)の趣旨

      

(3) 租税特別措置法69条の3第1項1号(小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例)の特定居住用宅地等の範囲

      

(4) 租税特別措置法69条の3(小規模宅地等についての相続税の課税価格の計算の特例)の立法趣旨に照らせば、

 

従来現実になされていた被相続人等の居住が相続開始時に一時中断され、その間に相続が発生した場合であっても、居住の中止が公共事業を施行するための仮換地処分及び従前の宅地並びに仮換地の使用収益が共に禁止されたことによるものであり、

 

かつ、

 

仮換地指定の時に従前の宅地を現実に居住の用に供し、

 

さらに、仮換地の使用収益が認められるまでは仮設住宅に居住するなどして、仮換地の使用収益が認められるようになれば仮換地における居住の再開が確実に予定されている場合には、仮設住宅における居住は、法律上の評価としては、従前の土地や仮換地における居住と同視して、当該土地が「居住の用に供されていた土地」と解して、本件特例を適用するべきであるとの納税者らの主張が、

 

相続税の課税対象となる財産の価額は、当該財産の取得の時における時価によるのであり(相続税法22条)、その時価とは課税時期(すなわち相続開始の時)における財産の現況に応じて評価された価額であると解せられ、相続税法及び租税特別措置法等租税法規の適用は、租税法律主義の原則及び課税の公平の原則並びに迅速な課税処理という徴税技術上の観点から、

 

相続開始の前後の事情を問わず、相続開始時の現況に基づき一義的な統一的、画一的な基準によって判断されるべきであり、租税法規についてその規定の文言を離れてみだりに拡張解釈することは、租税法律主義の見地から相当でなく、本件特例のような例外的な措置については特に厳格に解釈するべきであるから、相続開始時において、居住用建物の建築計画があるだけで更地の状態にある土地に、法律上の評価として居住があると認めて、本件特例にいう「居住の用に供されていた宅地等で・・・建物若しくは構築物の敷地の用に供されているもの」に該当すると解釈することは、解釈の限界を超えるものであって相当ではないとして排斥された事例

 

 

【掲載誌】  税務訴訟資料254号順号9513

 

について検討します。

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 本件訴え中、被告が平成12年6月30日付けでした原告甲に対する平成10年10月18日相続開始に係る相続税の更正処分のうち、納付すべき税額338万9900円を超えない部分の取消しを求める部分を却下する。

 2 本件訴え中、被告が平成12年6月30日付けでした原告乙に対する平成10年10月18日相続開始に係る相続税の更正処分のうち、納付すべき税額308万9200円を超えない部分の取消しを求める部分を却下する。

 3 原告らのその余の請求を棄却する。

 4 訴訟費用は、原告らの負担とする。

 

       

 

事実及び理由

 

第1 当事者の主張

  1 請求の趣旨

    平成10年10月18日相続開始に係る原告らの相続税について、被告が平成12年6月30日付けでした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取消す。

  2 本案前の答弁

    主文1項、2項と同旨

  3 請求の趣旨に対する答弁

    原告らの請求をいずれも棄却する。

第2 事案の概要等

   本件は、相続財産中の土地について平成11年法律9号による改正前の租税特別措置法69条の3を適用した原告らの相続税の申告について被告が平成12年6月30日付けでした原告らに対する相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分が違法であるとして原告らが両処分の取消を求めた事案である。

  1 争いのない事実等

    (1) 当事者及び土地の所有関係

     ア 原告らは、昭和51年7月12日、丙(明治39年生まれ、昭和63年2月6日死亡)、丁(明治41年生、平成10年10月18日死亡)夫婦と養子縁組をした夫婦であり、丁の共同相続人である。

     イ 丁は、昭和63年2月6日、相続により、別紙物件目録記載1、2の土地(以下、それぞれ「甲土地」、「乙土地」といい、両者を総称して「本件土地」という。)及び甲土地上の建物である別紙物件目録記載3の建物(以下「甲建物」という。)を取得した。

       原告甲(以下「原告甲」という。)は、乙土地上の建物である別紙物件目録記載4の建物(以下「乙建物」という。)を昭和57年4月14日に新築して、所有していた。

     ウ 平成9年3月ころ、丁は、義理の妹(原告甲の実母)である戊とともに甲建物に居住し、原告らは、乙建物に居住していた。

    (2) 本件仮換地の指定等

     ア 福岡都市計画事業筥崎土地区画整理事業(以下「本件事業」という。)の施行者である福岡市は、本件事業施行地区内にある本件土地の所有者丁に対し、土地区画整理法に基づき、平成9年3月18日付けで、①本件土地の仮換地を福岡市東区筥松街区の土地523平方メートル(以下「本件仮換地」という。)に指定すること、②仮換地指定の効力発生の日は平成9年3月19日であること、③仮換地指定の効力発生の日から本件土地については使用収益することができないこと、④別に定めて通知する「仮換地について使用または収益を開始することができる日」までは、本件仮換地を使用収益することができないこと等を通知した。

     イ 丁及び原告甲は、平成9年6月4日付けで、福岡市との間で、平成9年12月30日までに本件土地に存する物件の全てを本件事業の支障にならないように移転又は除去するなどの内容の物件移転等補償契約を締結した。

     ウ 丁は、前記アの仮換地指定通知に伴い、平成9年11月7日付けで、福岡市に対し、「仮設住宅等使用願」を提出し、同年11月18日ころ、甲建物から仮設住宅である福岡市東区筥松に戊と共に転居し、原告らも同じころ、乙建物から丁の転居先と同じ仮設住宅の隣室である302号に転居した。

     エ 甲建物及び乙建物は、平成9年12月18日ころ、取り壊された。

     オ 丁は、平成10年10月18日死亡した。本件土地は、原告甲が相続した。

     カ 福岡市は、原告甲に対し、土地区画整理法に基づき、平成12年3月27日付けで、本件仮換地について使用または収益を開始することができる日を平成12年4月1日と定める旨通知した。

     キ 原告らは、平成12年5月21日、株式会社Aとの間で、本件仮換地上の別紙物件目録記載5の建物(以下「本件ビル」という。)の新築工事にかかる請負契約を締結した。

     ク 本件ビルの新築工事は、平成12年6月5日に着工され、原告らは、平成13年3月20日に本件ビルの引渡しを受け(不動産登記簿上は平成13年3月22日新築)、同月27日、本件ビルに入居した。

    (3) 課税の経過等

     ア 原告らは、法定申告期限内である平成11年8月11日、本件土地につき平成11年法律第9号による改正前の租税特別措置法(以下「措置法」という。)69条の3第1項1号の規定を適用して、原告甲につき、課税価格を5984万7000円、納付すべき税額を338万9900円、原告乙(以下「原告乙」という。)につき、課税価格を5455万0000円、納付すべき税額を308万9200円と計算した相続税の申告書を被告に提出した。

     イ 被告は、原告らに対する相続税の調査の結果、原告らに対して、本件土地ないし本件仮換地について措置法69条の3第1項1号の適用が認められないとして修正申告の慫慂を行ったが受け入れられなかったため、平成12年6月30日付けで、原告甲につき、課税価格を8309万9000円、納付すべき税額を694万9700円、原告乙につき、課税価格を5455万0000円、納付すべき税額を456万2200円とする本件更正処分(以下「本件更正処分」という。)をするとともに、原告甲につき、過少申告加算税額を36万3000円、原告乙につき、過少申告加算税額を14万7000円とする賦課決定処分をした(以下「本件賦課決定処分」という。)。

     ウ 原告らは、前記各処分に不服があるとして、平成12年8月24日、被告に対し本件更正処分及び本件賦課決定処分について異議申立てをしたが、被告は同年11月22日付けでこれらを棄却した。

       そこで、原告らは、同年12月20日、国税不服審判所長に対し、審査請求をしたが、国税不服審判所長は、平成14年6月11日付けでこれらを棄却した。

     エ 原告らは、上記の経緯で本件訴えを提起するに至ったものであり、その経過は別表1課税の経緯のとおりである。被告の更正処分等にかかる計算は、別表2更正処分における課税価格等の計算明細表、別表3更正処分における相続税額の計算明細表に各記載のとおりである。

    (4) 関係法令の規定内容等

     ア 措置法69条の3第1項は、個人が相続により取得した財産のうちに、当該相続の開始の直前において、当該相続に係る被相続人若しくは当該被相続人と生計を一にしていた当該被相続人の親族の居住の用に供されていた宅地等で大蔵省令で定める建物若しくは構築物の敷地の用に供されているもの(以下「居住用宅地等」という。)がある場合には、当該相続により、財産を取得した者に係るすべてのこれらの宅地等の200平方メートルまでの部分のうち、当該個人が取得した宅地等で政令で定めるもの(以下「小規模宅地等」という。)について、相続税法11条の2に規定する相続税の課税価格に算入すべき価額は、当該小規模宅地等の価額に一定の割合を乗じて計算した金額とする旨規定している(以下「本件特例」という。)。

       そして、措置法69条の3第1項1号によれば、居住用宅地等が「特定居住用宅地等」である場合には、前記一定の割合は100分の20であり、「特定居住用宅地等」とは、被相続人等の居住の用に供されていた宅地等で、当該相続により当該宅地等を取得した個人のうちに、当該被相続人の配偶者又は一定の要件を満たす親族がいる場合の当該宅地等をいい、その要件のひとつに、「当該親族が当該被相続人と生計を一にしていた者であって、相続開始時から申告期限まで引き続き当該宅地等を有し、かつ、相続開始前から申告期限まで引き続き当該宅地等を自己の居住の用に供していること」と規定されている(措置法69条の3第3項2号ハ)。

     イ 租税特別措置法通達(平成10年6月18日付け課資2-242)69の3-2を準用している同通達69の3-5(以下「本件通達」という。)によれば、被相続人等の居住の用に供されると認められる建物の建築中に相続が開始した場合において、建築中の当該建物を相続により取得した者が、当該相続に係る相続税の申告書の提出期限までに当該建物を居住の用に供しているときは、当該建物の敷地に供されていた宅地等は、居住用宅地等に当たるものとして取り扱うものとし、また、相続税の申告書の提出期限において当該建物を居住の用に供していない場合であっても、それが当該建物の規模等から見て建築に相当の期間を要するため建物が完成していないことによるものであるときは、当該建物の完成後速やかに居住の用に供されることが確実であると認められるときに限り、当該建物の敷地の用に供されていた宅地等は、居住用宅地等に当たるものとして扱うものとされている。

  2 争点

 (本案前の争点)

   本件更正処分のうち、申告額を超えない部分について取消しを求める訴えの適法性(争点1)

 (本案の争点)

   原告甲が相続により取得した土地(本件仮換地の従前地である本件土地)が、措置法69条の3第1項1号「特定居住用宅地等」(措置法69条の3第3項2号ハ参照)に該当するか(争点2)

    (1) 本件土地が「被相続人等の居住の用に供されていた宅地等」といえるか

    (2) 原告らが「被相続人と生計を一にしていた親族」にあたるか

  3 争点に関する当事者の主張

    (1) 本件更正処分のうち、申告額を超えない部分について取消しを求める訴えの適法性(争点1)

 (被告の主張)

   更正処分は、当該納税者の当該年分の課税標準・税額を全体的に変更する処分であり、その効力は、更正処分によって決定された税額の全部に及ぶものと解するべきである。そうすると、更正処分取消しの訴えの訴訟物は、当該更正処分で決定された税額の全体に及ぶことになるが、その税額のうち、申告税額を超えない部分については、納税者が自ら納税義務を確定させているのであるから、その部分について訴訟で争う訴えの利益はないと解すべきである。

 (原告らの反論)

   被告は、更正処分の後に増額再更正が為された場合の更正処分と再更正処分の関係について、前者が後者に吸収されるものとし、その理は、納税申告と更正処分との関係にそのまま妥当すると主張する。しかし、更正処分が行政行為(行政処分)であるのに対し、納税申告は、行政法学上のいわゆる「私人の公法行為」であって、行為の法的性質が全く異なること及び納税申告と更正処分とでは、納税者の救済手続き(不服申立方法)が全く異なることからは、更正処分と増額再更正との関係を納税申告と更正処分との関係にそのまま及ぼすことはできない。

   仮に、申告の効力がその後の更正処分に吸収されるものと解しても申告が為された事実自体が更正処分によって消失するものではないから、更正処分が判決により取消されると、更正処分に申告税額が吸収されるという法的効果も失効し、申告によって確定された税額のみが残るということになる。

   原告被告のいずれの見解を採用するかは、実務上の見地から、取消しの対象となる更正処分の表示を請求の趣旨ないし判決主文においてどのように表示するかという問題にすぎず、簡明な原告ら主張の記載方法が優れている。そして、原告らが訴状に記載した訴訟物の価額は、原告らに対する更正処分の税額から納税申告額を控除した額の合計に他ならないから、原告らにおいて本件更正処分を取消す旨の請求の趣旨は、更正処分のうち申告納税額を超える部分の取消しを求めるものであることは明らかである。

    (2) 本件土地が「被相続人等の居住の用に供されていた宅地等」といえるか(争点2(1))

 (被告の主張)

     ア 措置法69条の3第1項の文言に照らせば、本件特例が適用される居住用宅地等は、相続開始直前において、被相続人等が現に居住の用に供していた宅地を意味し、通常は、当該土地を敷地とする建物が現に存在し、これを居住用として使用している場合をいう。租税法規は、みだりな拡張解釈が許されるものではない。

     イ 本件通達は、建物の建築には相当の期間が必要であり、居住用建物の建築途中で土地所有者につき相続が開始することもあり得ることから、措置法69条の3第1項の文理の合理的な解釈として、相続開始当時、未だ建物が完成していないとしても、その土地上で既に居住用建物の建築工事が行われており、居住用建物の敷地としての土地の使用が具体化ないし現実化していると見ることができる場合について、相続開始時に建築途上にあった居住用建物の敷地を一定の条件の下で居住用宅地として扱うものとしている。そして、居住用建物の敷地としての土地の使用が具体化ないし現実化している場合とは、少なくとも相続開始時に当該土地において現実に居住用建物の建築工事が着工され、当該土地が居住用建物の敷地として使用されることが外形的・客観的に明らかになっている状態にあることが必要であり、単に当該土地上に建築する計画があるとか、居住用建物の建築請負契約を締結しているというだけでは足りない。

       そもそも、本件通達は措置法による例外の更に例外なのであって、個別的な事情を加味してその基準を拡大して解釈することは、具体的な課税においてさらなる例外を創設することとなり、課税に対する法的安定性や予測可能性、課税平等の原理を損なうこととなって妥当でない。

     ウ 原告らは、仮換地の指定がなされたこと及び一定期間、従前の宅地並びに仮換地の双方について使用収益ができなかったことをもって、救済の必要性を強調する。しかし、仮換地の指定の効果として、処分権と使用収益権が分離され、従前の宅地についての使用収益権は仮換地上に移行するが、処分権はなお従前の宅地上に存在し、土地所有者は従前の土地を処分することについて何ら制限されているものではないのである。そして、仮換地の使用収益を開始することができる日を仮換地の指定の効力発生の日と別に定めることができるとする規定によっても、仮換地指定の効力発生に影響はなく、従前の宅地の所有者は、従前の宅地を譲渡することによって結果的に仮換地を譲渡することができるのである。

       とすると、本件の事情の下で、原告ら及び丁において、従前の宅地を処分することについて何ら制約がなかったというべきであるから、本件特例の趣旨に照らしても、原告らを救済すべき必要性はなく、本件特例を適用するべきではない。

 (原告らの主張)

     ア 租税法規は合法性の原則から、私人間の利害関係を調整するための民法等に比べると文理解釈の要請が強いといえるが、罪刑法定主義の支配する刑法に比べるとより自由な解釈が可能であるというべきである。本件特例が定められた立法趣旨及び目的にしたがって、本件通達が目的論的拡張解釈をしていることからもそれは明らかである。

     イ 本件事案は、本件通達が認める要件に比して本件特例を適用して原告らを救済すべき必要性が強い次のような事情がある。

      (ア) 通達の要件においては、居住用の建物が相続開始時に建築中であってもよく、その時点までに建物が既に存在していたことは必要ではないが、本件事案においては、甲乙土地上にはもともと居住用の建物である甲乙建物が存在し、これらに丁と原告らとが現実に居住していた。

      (イ) 丁と原告らが甲乙建物がから退去、取り壊したのは、自己の都合ではなく、福岡市が施行する土地区画整理事業に協力するためであった。

      (ウ) 仮換地の指定後、本件仮換地の使用収益が禁止されていなければ、丁と原告甲は、かねてからの希望どおり、本件仮換地上に居住用建物として本件ビルを直ちに建築し、本件相続開始時には、本件ビルに居住していたはずであり、また、仮に建築の開始が若干遅れたとしても本件ビルが建築中であったはずであって、当然に本件特例の適用がなされていたはずのところ、しばらくの間本件仮換地の使用収益が禁止されたために、建物の建築をすることができなかったとの事情がある。丁と原告甲が本件仮換地に建物を建築し、これに居住する意思を有していたことは、本件仮換地の使用収益が禁止されていた期間(及び本件ビルの建築中の期間)において、丁と原告らが福岡市から提供された仮設住宅に居住していたことからも明らかである。

     ウ このように、居住が一時中断されている間に相続が発生した場合であっても、その居住の中止が自己都合ではなく公共事業の施行に協力し、仮換地処分及び従前の宅地並びに仮換地の使用収益が共に禁止されたことによるものであり、かつ、仮換地指定の時に従前の宅地を現実に居住の用に供し、さらに、仮換地の使用収益が認められるまでは仮設住宅に居住するなどして、仮換地の使用収益が認められるようになれば仮換地における居住の再開が確実に予定されているような場合には、仮設住宅における居住は、法律上の評価としては、従前の土地や仮換地における居住と同視して、当該土地が「居住の用に供されていた土地」と解して、本件特例を適用するべきである。

     エ 被告は、本件特例を適用するためには、少なくとも相続開始時において当該土地が居住用建物の敷地として使用されることが外形的・客観的に明らかになっている状態にあることが必要だと主張するが、このような要件は、その土地がかつて居住の用に供されていない場合に、土地と居住との結びつきを示す最低限の徴表として要求されるのであって、本件のように土地がかつて現実に居住の用に供されていた場合には不要である。

    (3) 原告らが生前丁と「生計を一にしていた親族」にあたるか(争点2(2))

 (被告の主張)

   一般に「生計を一にしていた」とは、同一の生活共同体に属して日常生活の資を共通にしていることをいい、これを言い換えれば、日常生活の糧を共通にしていること、すなわち、消費段階において同一の財布のもとで生活していることと解され、これを社会通念に照らして判断すべきものである。

   丁は、福岡市東区所在の借家5軒を丙から相続により取得し、1か月あたり約20万円の家賃収入があり、自ら所得税の確定申告をしていたため原告甲の所得税(給与所得)の関係では扶養家族とはなっておらず、社会保健関係でも同様であったのであるから、原告らが丁の食事の世話をしていることをもって、「生計を一にしていた」とは認められない。

 (原告らの主張)

   以下の事情を総合すると、原告甲が丁と「生計を一にしていた」親族にあたることは明らかである。

     ア 原告甲は、丙、丁夫婦に子供がいなかったことから丙の家を継ぐため、原告乙とともに、同夫婦の養子となったものである。

     イ 昭和63年に丙が死亡した後、丁は甲建物で原告らは乙建物で居住していたが、甲建物と乙建物はいわゆる「スープの冷めない」位置関係にあった。

     ウ 高齢であった丁の世話をするために、原告甲の実母戊が甲建物に丁と同居し、朝食と昼食をつくり、夕食は原告乙が毎日乙建物で作って運んでいた。食材等の購入については、朝食と昼食についても原告乙がほとんど行っていたものである。

     エ 丁、戊及び原告らは平成9年11月18日ころ、それぞれ甲建物及び乙建物から福岡市から提供された仮の住居の隣り合わせの301号室及び302号室に転居したが、生活状況は転居前と同様であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 争点に対する判断

 

  1 本件更正処分のうち、申告額を超えない部分について取消を求める訴えの適法性(争点1)

 

    更正処分は、その根拠規定たる国税通則法24条の文理上、当該納税者の課税要件事実を全体的に見直し、納税義務の内容すなわち税額を総額的に確定する処分であって、申告に係る税額に一定額を追加するものではないことは明らかである。たしかに、更正処分は行政処分であり、私人の公法行為である申告とは法的性質の違いはあるが、納税義務を確定させるという公法上の効力において両者は異なるところはないのであるから、申告の効力が増額更正の効力の中に吸収され、これと一体となると解すべきである。

 

    そして、申告額を超えない部分の取消しについては、国税通則法23条が、納税者において申告が過大であるとしてその誤りを是正するためには、所定の期間内に更正の請求をすることを要求していることに照らせば、かかる規定の手続を経ていない申告額を超えない部分についての取消請求は不適法と解するのが相当である。

 

    争いのない事実等(3)課税の経過等によれば、原告らにおいて自ら納税額を原告甲につき338万9900円、原告乙につき308万9200円と申告しているのであり、国税通則法23条に基づく更正の請求をせず、申告の無効等の主張もしていないから、各申告額を超えない部分についての取消請求は不適法であって、却下を免れない。

 

  2 原告甲が相続により取得した土地(本件仮換地の従前地である本件土地)が、措置法69条の3第1項1号「特定居住用宅地等」(措置法69条の3第3項2号ハ参照)に該当するか(争点2)

 

    (1) 本件特例の趣旨は、事業又は居住の用に供されていた小規模な宅地等については、一般にその相続人等の生活基盤の維持のために欠くことのできないものであって、相続人において事業又は居住の用を廃してこれを処分することに相当の制約があるのが通常であることから、相続税の課税上特別の配慮を加えることとしたものである。

 

      ところで、措置法69条の3第1項が「居住の用に供されていた宅地等で・・建物若しくは構築物の敷地の用に供されているもの」と規定していることからすれば、本件特例が適用される居住用宅地は、相続開始前において被相続人等が現に居住の用に供していた宅地を意味し、通常は、当該土地を敷地とする建物が現に存在しこれを居住用として使用している場合がこれにあたるといえるが、建物の建築にはある程度の期間が必要であり、居住用建物の建築途中で偶然に土地所有者につき相続が開始することもありうることを考えると、本件通達が、相続開始当時、未だ建物が完成していないとしても、その土地上で既に居住用建物の建築工事が行われており、居住用建物の敷地としての土地の使用が具体化ないし現実化していると見ることができる場合について相続開始時には建築途上にあった居住用建物の敷地を一定の条件の下で居住用宅地として扱うものとしていることは、居住用建物の敷地としての土地の使用が具体化ないし現実化している場合には、相続人等においてこれらの用を廃して宅地等を処分することに相当の制約があることに変わりがなく、かつ、相続開始時の現況に基づき一義的に居住の用に供されていたと判断できることに照らし、本件特例の合理的な文言解釈であるということができる。

 

      しかしながら、本件特例の適用にあたっては、少なくとも相続開始時に当該土地において現実に居住用建物の建築工事が着工され、当該土地が居住用建物の敷地として使用されることが外形的・客観的に明らかになっている状態にあることが必要と解すべきであって、相続開始時において、単に当該土地上に居住用建物を建築する計画があるとか、居住用建物の建築請負契約を締結しているというだけで、現実には未だその建築工事に着手していない場合には、その土地は居住用建物の敷地としての土地の使用が未だ具体化ないし現実化しているということができないから、これを居住用宅地として扱うことはできないというべきである。

 

      これを本件についてみると、相続開始の直前において本件土地及び本件仮換地が更地の状態であったことは明らかであって(前記争いのない事実等)、いずれの土地についても居住用建物の敷地としての使用が外形的に認められないから、これを居住用宅地等として扱うことはできないといわなければならない。

 

    (2) これに対し、原告らは、本件特例の立法趣旨に照らせば、従来現実になされていた被相続人等の居住が相続開始時に一時中断され、その間に相続が発生した場合であっても、居住の中止が公共事業を施行するための仮換地処分及び従前の宅地並びに仮換地の使用収益が共に禁止されたことによるものであり、かつ、仮換地指定の時に従前の宅地を現実に居住の用に供し、さらに、仮換地の使用収益が認められるまでは仮設住宅に居住するなどして、仮換地の使用収益が認められるようになれば仮換地における居住の再開が確実に予定されている本件のような場合には、仮設住宅における居住は、法律上の評価としては、従前の土地や仮換地における居住と同視して、当該土地が「居住の用に供されていた土地」と解して、本件特例を適用するべきであると主張する。

 

      しかしながら、相続税の課税対象となる財産の価額は、当該財産の取得の時における時価によるのであり(相続税法22条)、その時価とは課税時期(すなわち相続開始の時)における財産の現況に応じて評価された価額であると解せられ、相続税法及び租税特別措置法等租税法規の適用は、租税法律主義の原則及び課税の公平の原則並びに迅速な課税処理という徴税技術上の観点から、相続開始の前後の事情を問わず、相続開始時の現況に基づき一義的な統一的、画一的な基準によって判断されるべきであり、租税法規についてその規定の文言を離れてみだりに拡張解釈することは、租税法律主義の見地から相当でなく、本件特例のような例外的な措置については特に厳格に解釈するべきである。したがって、相続開始時において、居住用建物の建築計画があるだけで更地の状態にある土地に、法律上の評価として居住があると認めて、本件特例にいう「居住の用に供されていた宅地等で・・・建物若しくは構築物の敷地の用に供されているもの」に該当すると解することは、解釈の限界を超えるものであって相当ではない。

 

      実質的にも、本件特例の立法趣旨は上記(1)のとおり、その事業又は居住の用を廃して居住用宅地等を処分することに相当の制約があることに対する配慮であるところ、当該土地が更地である場合には、処分をすることについての制約は少ないというべきであるから、本件特例による特段の配慮を要するものではない。そして、当該土地について仮換地の指定及びその使用収益を開始することができる日の定めがある場合においても、従前の土地についての使用収益権は仮換地上に移行するが、処分権はなお従前の土地上に存在し、土地所有者は従前の土地を処分することについて何ら制限されているものではなく、従前の土地の所有者は、従前の土地を譲渡することによって結果的に仮換地を譲渡できるのであるから、本件特例が救済を予定しているものではない。

 

      本件では、相続開始の約10月前に甲乙建物が取り壊されて本件土地は更地となっていたものであるから、甲土地を被相続人である丁が「現に居住の用に供していた宅地等」ということはできず、乙土地についても、被相続人の親族である原告らが被相続人と生計を一にしていたとしても「現に居住の用に供していた宅地等」といえないことは明らかであり、本件仮換地についても同様である。

 

      また、原告らが被相続人と生計を一にしていたとの点についても、証拠(甲1、8、弁論の全趣旨)によれば、仮設住宅へ移転した前後を通じ、原告乙が、丁分の食材等をまとめて購入し、夕食の世話をしていたことが認められるが、一方、丁の身の回りの世話及び朝食並びに昼食の支度は丁と同居していた戊が行ってきたものであり、丁は、丙から相続した建物から賃料収入を得て自ら確定申告をし、社会保険に加入しており、原告甲の扶養家族として扱われていなかったことが認められ、このような事実からすると原告らと丁とが生計を一にしていたと認めるには足りない。

 

      したがって、この点に関する原告らの主張は採用できない。

 

    (3) よって、原告甲が相続により取得した本件土地ないし本件仮換地について、措置法69条の3第1項1号「特定居住用宅地等」に該当せず、本件特例の適用はない。

 

第4 結論

   以上のとおり、本件土地に本件特例の適用が認められず、これを前提とすれば別表2、3の各更正処分は関係法規に基づいて正しく計算されたものと認められ、別表1順号2の各過少申告加算税賦課決定処分も国税通則法に基づき正しく計算されたものと認められ、いずれも適法である。

   したがって、原告らが本件更正処分の取消しを求める訴えのうち、原告甲の納付すべき税額338万9900円を超えない部分の取消しを求める部分及び原告乙の納付すべき税額308万9200円を超えない部分の取消しを求める部分は、いずれも不適法であるから却下することとし、その余の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条及び民事訴訟法61条に従い、主文のとおり判決する。

 

    福岡地方裁判所第2民事部

        裁判長裁判官  横山秀憲

           裁判官  鈴木陽一郎

           裁判官  田巻貴子