賃料増額請求と所得の計算(3)

 

 

所得税更正決定処分等取消請求事件

 

 

 

【事件番号】 最高裁判所第2小法廷判決/昭和50年(行ツ)第123号

 

【判決日付】 昭和53年2月24日

 

【判示事項】

 

1 賃料増額請求が争われた場合における増額分の賃料と所得の計算

      

2 賃料増額請求にかかる増額分の賃料の支払を命じた仮執行宣言付判決に基づき支払を受けた金員と所得の計

  算

 

 

【参照条文】 旧所得税法(昭和22年法律第27号)10

       借地法(昭和41年法律第93号による改正前のもの)12

       借家法(昭和41年法律第93号による改正前のもの)7

       民事訴訟法196

       民事訴訟法198

 

【掲載誌】  最高裁判所民事判例集32巻1号43頁

 

 

について検討します。

 

 

 

 

主   文

 

 

 

 原判決を破棄する。

 第一審判決中破上告人の昭和三七年分の所得税にかかる更正及び過少申告加算税賦課処分の取消請求に関する部分を取り消す。

 仙台北税務署長が被上告人に対して昭和四一年三月一二日付でした昭和三七年分の所得税にかかる更正及び過少申告加算税賦課処分中、納付すべき税額三一八万九三二〇円及び過少申告加算税額一五万〇二五〇円を超える部分を取り消す。

 前項の処分に関する被上告人のその余の請求を棄却する。

 被上告人のその余の控訴を棄却する。

 訴訟の総費用は被上告人の負担とする。

 

       

 

 

理   由

 

 

 

 上告代理人貞家克己、同鎌田泰輝、同筧康生、同中野昌治、同藤井光二、同宮村素之、同河村幸登、同鈴木貞冏の上告理由について

 

 第一 本件の経過

 

 一 本件につき原審が確定した事実関係は、おおむね次のとおりである。

 被上告人は、訴外Aに対し、昭和二一年九月一五日から、被上告人所有の本件土地を賃貸し、昭和二七年以降賃料は一か月金三五〇〇〇円、毎月二五日払であつたところ、被上告人は、昭和三〇年八月、訴外Aに対し、同年九月以降の賃料を一か月坪当たり金二〇〇〇円に増額する旨の意思表示をし、これに基づき、昭和三二年一月八日、仙台地方裁判所に賃料請求の訴を提起し、次いで、同年一〇月六日、賃料不払を理由に本件土地の賃貸借契約解除の意思表示をし、同月七日、右解除を原因とする建物収去土地明渡及び賃料相当の損害金の支払を求める訴を同裁判所に提起した。同裁判所は、昭和三五年一一月一八日、訴外Aに対し、本件土地上の建物を収去して本件土地を被上告人に明渡すべき旨を命ずるとともに、延滞賃料及び契約解除後の賃料相当の損害金等の支払を命じ、かつ、担保を条件とする仮執行宣言を付した判決を言い渡した。訴外Aは、右判決に対し仙台高等裁判所に控訴したが、同裁判所は、昭和三七年五月二八日、本件土地の賃料が昭和三〇年九月以降一か月一三万一〇六六円二五銭(坪当り一〇五〇円)に増額されたこと、本件土地の賃貸借契約は賃料不払により昭和三二年一〇月六日限り解除されたこと、解除後の賃料相当の損害金は、同月七日以降同年一二月末日まで一か月一八万七二三七円五〇銭(坪当り一五〇〇円)、昭和三三年一月一日以降本件土地明渡ずみまで一か月二〇万五九六一円二五銭(坪当り一六五〇円)であること、以上の各事実を認定したうえ、訴外Aに対し、本件土地上の建物を収去し本件土地を被上告人に明渡すべきことを命ずるとともに、(1)滞納賃料二六五万七〇二三円九一銭(うち増額分は二四二万〇二四九円七一銭)及びこれに対する昭和三四年一一月四日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金、(2)賃料相当の損害金四六四万四六九七円九八銭及びこれに対する右同日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金、(3)同年九月一日以降本件土地明渡ずみまで毎月二〇万五九六一円二五銭の割合による賃料相当の損害金の各支払を命じ、かつ、被上告人が金一九八万円の担保を供することを条件とする仮執行宣言付判決(以下「別件第二審判決」という。)を言い渡した。訴外Aは、更に、上告したが、最高裁判所は、昭和四〇年二月一九日上告棄却の判決を言い渡し、別件第二審判決は確定した。被上告人は、訴外Aから、右事件が上告審に係属中である昭和三七年中に金九五九万六二〇〇円、昭和三九年中に金七一〇万五九六一円(以下「本件各金員」という。)の各支払を受け、本件各金員は別件第二審判決が認めた各債権の弁済に充当された。仙台北税務署長は、被上告人が受領した本件各金員は、それを受領した各年分の収入金額として計上されるべきであるとして、昭和三七年分及び同三九年分の所得税にかかる各更正及びこれに伴う各過少申告加算税の賦課処分(以下「本件各処分」という。)をした。

 

 

 二 原審は、昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法(昭和二二年法律第二七号。以下「旧所得税法」という。)一〇条は、収入金額が生じた時期を決定する基準について、その収入の原因となる権利が確定的に発生した時点で所得の実現があつたとする建前(権利確定主義)を採用しているものと解すべきであるが、仮執行宣言付判決に対する上訴提起後に支払われた金員は、それが全くの任意弁済であると認めるに足る特別の事情のない限り、民訴法一九八条二項にいう「仮執行宣言ニ基キ被告カ給付シタルモノ」にあたると解すべきであるから、本件各金員は仮執行宣言付の控訴審判決に基づいて支払われたものと推定されるところ、仮執行宣言に基づく給付にかかるものである以上、右各金員の支払は仮の弁済であつて他日本案判決が破棄されることを解除条件とする暫定的なものにすぎないから、右各金員の支払をもつてその支払の原因である権利が確定したものとみることはできず、本件各金員中従前の賃料に充当された部分は、従前の賃料の支払期の属する年分の収入金額と認め、その余の金員は、別件第二審判決が確定した昭和四〇年二月一九日にその権利が確定したものというべきであるから、昭和四〇年分の収入すべき金額と認めるのが相当である、と判断した。

 三 論旨は、要するに、本件各金員にかかる収入金額の計上時期についての原審の判断は旧所得税法一〇条一項の解釈適用を誤つたものであり、その違法は判決に影響を及ぼすことが明らかである、というのである。

 

 

 

 第二 当裁判所の判断

 

 一 旧所得税法は、一暦年を単位としてその期間ごとに課税所得を計算し課税を行うこととしているのであるが、同法一〇条一項が右期間中の収入金額の計算について「収入すべき金額」によるとしていることから考えると、同法は、現実の収入がなくても、その収入の原因となる権利が確定した場合には、その時点で所得の実現があつたものとして右権利確定の時期の属する年分の課税所得を計算するという建前(いわゆる権利確定主義)を採用しているものと解される(最高裁昭和三九年(あ)第二六一四号同四〇年九月八日第二小法廷決定・刑集一九巻六号六三〇頁、同昭和四三年(オ)第三一四号同四九年三月八日第二小法廷判決・民集二八巻二号一八六頁)。そして、右にいう収入の原因となる権利が確定する時期はそれぞれの権利の特質を考慮し決定されるべきものであるが、賃料増額請求にかかる増額賃料債権については、それが貸借人により争われた場合には、原則として、右債権の存在を認める裁判が確定した時にその権利が確定するものと解するのが相当である。

 

けだし、賃料増額の効力は賃料増額請求の意思表示が相手方に到達した時に客観的に相当な額において生ずるものであるが、貸借人がそれを争つた場合には、増額賃料債権の存在を認める裁判が確定するまでは、増額すべき事情があるかどうか、客観的に相当な賃料額がどれほどであるかを正確に判断することは困難であり、

 

したがつて、賃貸人である納税者に増額賃料に関し確定申告及び納税を強いることは相当でなく、課税庁に独自の立場でその認定をさせることも相当ではないからである。

 

また、賃料増額の効力が争われている間に賃貸借契約が解除されたような場合における原状回復義務不履行に基づく賃料相当の損害賠償請求権についても右と同様に解するのが相当である。

 

 

 ところで、旧所得税法がいわゆる権利確定主義を採用したのは、課税にあたつて常に現実収入のときまで課税することができないとしたのでは、納税者の恣意を許し、課税の公平を期しがたいので、徴税政策上の技術的見地から、収入の原因となる権利の確定した時期をとらえて課税することとしたものであることにかんがみれば、

 

増額賃料債権又は契約解除後の賃料相当の損害賠償請求権についてなお係争中であつても、これに関しすでに金員を収受し、所得の実現があつたとみることができる状態が生じたときには、その時期の属する年分の収入金額として所得を計算すべきものであることは当然であり、

 

この理は、仮執行宣言に基づく給付として金員を取得した場合についてもあてはまるものといわなければならない。

 

 

けだし、仮執行宣言付判決は上級審において取消変更の可能性がないわけではなく、その意味において仮執行宣言に基づく金員の給付は解除条件付のものというべきであり、

 

これにより債権者は確定的に金員の取得をするものとはいえないが、

 

債権者は、未確定とはいえ請求権があると判断され執行力を付与された判決に基づき有効に金員を取得し、

 

これを自己の所有として自由に処分することができるのであつて、

 

右金員の取得によりすでに所得が実現されたものとみるのが相当であるからである。

 

 

また、右のように解しても、仮に上級審において仮執行の宣言又は本案判決の取消変更により仮執行の宣言が効力を失つた場合には、右失効により返還すべきこととなる部分の金額に対応する所得の金額は、当該所得を生じた年分の所得の計算上なかつたものとみなされ(旧所得税法一〇条の六第一項)、更正の請求(同法二七条の二)により救済を受けることができるのであるから、なんら不都合は生じないのである。

 

 

 二 本件についてこれをみるに、原審が確定した事実によれば、被上告人は、訴外Aに対し賃料増額請求をしたのち賃料請求訴訟を提起し、次いで、本件土地の賃貸借契約を解除し原状回復義務不履行に基づく賃料相当の損害金請求の訴訟を提起し、これを認容する別件第二審判決を得たが、右事件の上告審係属中仮執行宣言に基づく給付として本件各金員を受領し、右各金員は別件第二審判決が認めた各債権の弁済に充当されたというのであるから、本件各金員中滞納賃料のうちの従前の約定賃料に充当された分を除くその余の部分については、前述したところに照らし、各受領の時期の属する年分の収入金額として所得を計算すべきものといわなければならない。これと異なる原審の判断は、ひつきよう、旧所得税法一〇条一項の解釈適用を誤つたものというべきであり、右の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、論旨は理由があり、原判決は破棄を免れない。

 

 

 三 よつて進んで被上告人の請求について判断する。原審が確定した事実によれば、別件第二審判決が認容した契約解除前の滞納賃料二六五万七〇二三円九一銭のうちには増額賃料分二四二万〇二四九円七一銭を除いた従前の約定賃料二三万六七七四円二〇銭が含まれ、昭和三七年中に被上告人が受領した九五九万六二〇〇円のうちに右従前の賃料に充当された分があつたことは明らかであるところ、右従前の賃料は、すでに本件土地の賃貸借契約が解除された昭和三二年一〇月六日以前の約定にかかる各支払期日において権利が確定しているとみるべきものであるから、右従前の賃料に充当された分については右金員を受領した昭和三七年分の収入金額に算入すべきものではなく、これを除いた九三五万九四二五円(円未満切捨)が昭和三七年分の収入金額に算入されるべきものである。また、昭和三九年中に被上告人が受領した金員は全部契約解除後の資料相当損害金に充当されたというのであるから、前述したところによれば、全部昭和三九年分の収入金額に算入されるべきものといわなければならない。

 

 そうすると、仙台北税務署長がした昭和三七年分の所得税にかかる更正及び過少申告加算税の賦課処分中、総所得金額八三四万〇二七二円(更正にかかる総所得金額から前記の除かれるべき従前の約定賃料額を控除した金額)並びにこれにより算出した納付税額三一八万九三二〇円及び過少申告加算税額一五万〇二五〇円を超える部分は違法というべきであり、また、昭和三九年分の所得税にかかる更正及び過少申告加算税賦課処分は違法でないというべきである。したがつて、第一審判決中昭和三七年分の所得税の更正及び過少申告加算税賦課処分の取消請求に関する部分を取り消し、右部分につき、仙台北税務署長のした処分中前記違法な部分を取り消すとともにその余の被上告人の請求を棄却し、昭和三九年分の所得税にかかる更正及び過少申告加算税賦課処分の取消請求に関する部分の控訴を棄却することとし、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、九六条、九二条但書を適用し、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 

    最高裁判所第二小法廷

        裁判長裁判官  大塚喜一郎

           裁判官  吉田 豊

           裁判官  本林 讓

           裁判官  栗本一夫