賃料増額請求と所得の計算(1)

 

 

所得税更正決定処分等取消請求事件

 

 

 

【事件番号】 仙台地方裁判所判決/昭和42年(行ウ)第8号

 

【判決日付】 昭和45年7月15日

 

 

【判決要旨】

 

1、旧所得税法10条1項が収入金額をその年分の「収入すべき金額」であると規定した趣旨は、現実の収入に対してのみ課税することから生ずる不正平を避けるとともに、課税対象とさるべき収入は担税力を基礎付けるような確実な経済的利益でなければならないとするところにあるのであつて、「収入すべき金額」とは収入すべき権利の確定した金額と解されるのであり(いわゆる権利確定主義)、その確定の時期はこの趣旨から合理的に定められるべきものである。

      

2、当時者間に権利の存否ないし範囲について争いのある係争中の権利については、その実現に困難があつて判決未確定の段階では担税力を備えた経済的利益とみることはできないから、単にその法律要件が成立した時期(すなわち原告主張の賃料増額意思表示の時あるいは賃料相当損害賠償請求権成立の時期)をもつて、所得税法上の権利確定の時期とみることはできない。

      

3、仮執行宣言付判決を取得しても現実に執行をしない以上、右判決の言渡があつたのみでは、いまだ所得税法上の権利の確定があつたとみることはできない。

      

4、上告審係属中にその請求に係る賃料相当損害金の支払があつた場合は、課税の対象となるべき経済的利益を享受しうることが確実であり、かつ担税力に欠けるところはないから、その時点をもつて収入すべき権利が確定したと認めることができる。

 

【参照条文】 旧所得税法(昭和37年法律第44号による改正後のもの)10-1

       旧所得税法9-1

 

【掲載誌】  訟務月報16巻11号1353頁

      

 

について検討します。

 

 

 

主   文

 

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

 

       

 

 

事   実

 

 

 原告訴訟代理人は「被告が原告に対して昭和四一年三月一二日付でなした(一)昭和三七年分の原告の不動産所得を金七、六一一、四三九円、雑所得を金九三六、三一八円と更正する処分のうち不動産所得につき金三、三三三、〇九二円を超える部分および雑所得の全部ならびに過少申告加算税金一五六、一五〇円を賦課する処分、(二)昭和三九年分の原告の不動産所得を金八、一一二、七〇三円と更正する処分のうち金三、五七八、二七七円を超える部分ならびに過少申告加算税金一四一、四五〇円を賦課する処分をいずれも取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

 一、被告は原告に対し、昭和四一年三月一二日付で(一)原告の昭和三七年分の不動産所得を、確定申告額金一、二八一、五五七円に対し金七、六一一、四三九円、雑所得を金九三六、三一八円と更正し、過少申告加算税金一五六、一五〇円を賦課する処分(以下本件処分(一)という。)ならびに(二)原告の昭和三九年分の不動産所得を、確定申告額金一、五二六、七四二円に対し金八、一一二、七〇三円と更正し、過少申告加算税金一四一、四五〇円を賦課する処分(以下本件処分(二)という。)をなした。

 二、そこで原告は本件処分(一)および(二)について昭和四一年四月八日被告に対し異議申立をしたところ、同年七月四日異議が棄却されたので、さらに同年八月二日仙台国税局長に対し審査請求をなしたが、昭和四二年六月三〇日右審査請求を棄却する旨の裁決がなされた。

 三、しかし本件処分(一)については、原告の昭和三七年分の不動産所得は金三、三三三、〇九二円であり、かつ雑所得とされるベきものではなく、本件処分(二)については、原告の昭和三九年分の不動産所得は金三、五七八、二七七円である。従つて本件各処分は違法であるからその取消を求めるため本訴請求に及んだと述べ、

 被告の主張事実に対し、第一項は認める。ただし金員受領の趣旨は後述のとおりである。第二項(1)は認め、同(2)は争うと答え、同項に関し、

 一、(1)訴外福島栄吉に対する土地賃料は昭和三〇年八月原告が同訴外人に対し坪当り月金二、〇〇〇に増額する旨の意思表示をなしたときから客観的に妥当とされる範囲で(すなわち坪当り一か月金一、〇五〇円合計一か月金一三一、O六六円二五銭)増額され、かつ約定通り毎月二五日にその支払期が到来しているのであるから、支払期到来分はその年分の不動産収入として計上すベきであり、また昭和三二年一〇月六日賃貸借契約解除後は、原告は、同訴外人に対し、賃料相当の損害賠償請求権を有し、その支払期は不法占有開始と同時に到来しているのであるから、その分については当該年分の不動産所得として計上されるべきものである。従つて昭和三七年分および同三九年分の賃料相当損害金は各金二、四七一、五三五円(坪当り一か月一、六五〇円合計一か月二〇五、九六一円二五銭の一二か月分)である。

 同様に雑所得についても被告は別表(ニ)のとおりその計算期間を昭和三四年一一月四日以降昭和三七年七月一八日までとしているが、昭和三七年分の雑所得として計上すべきものは昭和三七年一月一日から同年一二月末日までの遅延損害金に限られるべきである。

 (2) かりに右のように解しえないとしても、少なくとも仮執行宣言付第一審判決言渡(昭和三五年一一月一八日)後には、原告は同訴外人に対する賃料ならびに賃料相当損害金請求権を行使しうるようになつたのであるから、この時期をもつて収入すべき権利が確定したというべきである。

 二、(1)原告が訴外福島から受領した金員は、上告審判決確定(昭和四〇年二月)前である昭和三七年および昭和三九年に一時的預託金の趣旨として受領したもので確定的支払でなく、従つて原告の右各年分における現実の収入となすべきものでない。(2)かりに収入と認められるとしても、その帰属年度は次のとおりである。

 すなわち原告と同訴外人との間には昭和三八年頃、同年一〇月以降は毎月末日限りその月分の賃料相当損害金を支払う旨の合意が成立したから、同年一〇月分以降は毎月末に支払期が到来し、この時期を権利確定の時期とみるべきである。そうだとすれば昭和三九年分として原告が同訴外人から収入すべき金額は金二、四七一、五三五円(一か月金二〇五、九六一円二五銭の賃料相当損害金の一二か月分)であり、同年中に同訴外人から受領した金七、一〇五、九六一円全額を収入すべき金額とみるべきでないと述ベた。

 被告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、請求原因事実第一、二項は認める、同第三項は争うと答え、

 一、原告は昭和三七年および昭和三九年に訴外福島栄吉から別表(一)記載のとおり賃料ならびに賃料相当損害金(昭和三七年分については遅延損害金を含む。)の支払を受けた。

 二、右金員は右各年分に収入すべき金額と認められる。

 すなわち(1)原告は訴外福島に対し昭和二一年九月一五日から原告所有の土地を賃料一か月金三五、〇〇〇円(昭和二七年以降)で賃貸していたが、昭和三〇年八月同訴外人に対して右賃料を坪当り一か月金二、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をなし、昭和三二年一月八日仙台地方裁判所に地代等請求の訴を、また同年一〇月七日には賃料不払にもとづく右賃貸借契約解除を理由とする建物収去土地明渡ならびに同年一〇月七日以降明渡済に至るまでの賃料相当損害金の支払を求める訴を提起して争訟中であつたが、同訴外人は原告に対し右各事件の控訴審判決言渡(昭和三七年五月二八日)後前記のとおり金員の支払をなした。(2)所得計算の基礎となる収入金額につき所得税法(本件処分時に適用された旧所得税法(昭和二二年法律第二七号、昭和三七年度分については昭和三七年法律第四四号、昭和三九年度分については昭和三九年法律第二〇号による改正後のもの)をいう。以下同じ。)一〇条一項の規定する「収入すべき金額」とは収入すべき権利が確定した金額によるものと解されるが、その確定の時期は、所得を生ずべき権利の実現の可能性が高度で、その経済的利益を享受しうるに至つた時期と解すべきところ、訴外福島は前記各事件が上告審に係属中原告の求めにより控訴審判決の範囲内で賃料相当損害金の支払をすることに応じ、随時これを履行してきたものであつてこのような場合右各支払の時期をもつて収入すべき権利が確定したものとみるべきである。

 三、以上の認定にもとづき被告は原告の訴外福島からの不動産所得および雑所得計算上の収入金額は、別表(一)のとおり昭和三七年分については金九、五九六、二〇〇円(うち遅延損害金九三六、三一八円。その計算は別表(ニ)のとおり昭和三九年分については金七、一〇五、九六一円とそれぞれ認め、別表(三)記載のとおり昭和三七年分および同三九年分における原告の不動産所得および雑所得を更正し、かつ過少申告加算税を賦課する本件処分(一)および(ニ)をなしたものであつて、右各処分には何ら違法の点はないと述ベた。

 (証拠関係省略)

 

       

 

 

理   由

 

 

 一、請求原因第一、二項および被告主張事実第一項は当事者間に争いがない。

 そこで以下原告が別表(一)記載のとおり訴外福島栄吉から受領した金員を当該年分の収入すべき金額と認めうるかどうかについて検討する。

 

 (1) (証拠省略)を総合すれば、原告の訴外福島に対する地代等請求および建物収去土地明渡請求について第一審である仙台地方裁判所は、昭和三五年一一月一八日同訴外人に対し賃料の支払および土地賃貸借契約解除後である昭和三二年一〇月七日以降賃料相当損害金の支払(いずれも遅延損害金の支払を含む。)を命じ、かつこれらにつき金一、九八〇、〇〇〇円の担保を仮することを条件とする仮執行の宣言を付した判決を言渡し、

 

その計算の基礎となる賃料の一坪月額は

 

(イ)昭和三〇年九月一日以降同年一二月末日までは金一、〇五〇円、

 

(ロ)昭和三一年一月一日以降同年一二月末日までは金一、二五〇円、

 

(ハ)昭和三二年一月一日以降同年一二月末日までは金一、五〇〇円、

 

(ニ)昭和三三年一月一日以降は金一、六五〇円と認定したこと、

 

同訴外人は右判決に対して控訴し、昭和三七年五月二八日仙台高等裁判所は同訴外人に対し第一審同様の金員支払(ただしその額を変更)を命ずる仮執行宣言付判決(仮執行の条件としての担保の額は同じ。)を言渡したこと、

 

 

ただしその計算の基礎となる賃料の一坪山額は

 

(イ)昭和三〇年九月以降同三二年一〇月六日までは金一、〇五〇円、

 

(ロ)昭和三二年一〇月七日以降同年一二月末日までは金一、五〇〇円、

 

(ハ)昭和三三年一月一日以降は金一、六五〇円と認定したこと、同訴外人は右控訴審判決に対して上告し、昭和四〇年二月一九日上告棄却の判決が言渡されたが、

 

この間原告は同訴外人に対して賃料および賃料相当損害金の支払を求め、同訴外人は昭和三七年および同三九年に前記認定のとおり別表(一)記載の金員の支払をなしたものであること、以上の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

 

 

(2) 【判示事項一】旧所得税法一〇条一項は、所得計算上の収入金額とすべきものを定めてこれをその年分の「収入すべき金額」であると規定するが、

 

その趣旨は、現実の収入に対してのみ課税することから生ずる不公平を避けるとともに、課税対象とされるべき収入は担税力を基礎付けるような確実な経済的利益でなければならないとするところにあるのであつて、「収入すべき金額」とは収入すべき権利の確定した金額と解されるのであり(いわゆる権利確定主義)その確定の時期は右に述べた趣旨から合理的に定められるべきものである。

 

 (3) まず原告主張のように賃料増額意思表示の時あるいは賃料相当の損害賠償請求権成立の時期または遅くとも仮執行宣言付第一審判決言渡の時をもつて権利確定の時期とみるべきかどうかを考える。

 

 前記認定事実によれば、原告は訴外福島に対して昭和三〇年八月賃貸土地賃料を坪当り月金二、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたが、同訴外人はこれに応せず、結局原告はその支払を求めて提訴し、さらに昭和三二年一〇月六日その賃貸借契約を解除して翌七日以降の賃料相当損害金の支払を求めて提訴し、第一、二審とも金一、九八〇、〇〇〇円の担保を条件とする仮執行宣言付判決を取得したのであるが、【判示事項二】このように当事者間に権利の存否ないし範囲について争いのある係争中の権利についてはその実現に困難があつて、

 

判決未確定の段階ではまだ担税力を備えた経済的利益とみることはできないから、単にその法律要件が成立した時期(すなわち原告主張の賃料増額意思表示の時あるいは賃料相当損害賠償請求権成立の時期)をもつて所得税法上の権利確定の時期とみることはできず、

 

また【判示事項三】仮執行宣言付判決を取得しても当事者は必ずしもその執行をなすものでもなく、担保を条件とされている場合等その他事情によつては判決確定前の執行はこれを控えることもあるのであつて、現実に執行をなした場合はともかく、仮執行宣言付判決の言渡があつたのみでは、いまだ所得税法上の権利の確定があつたとみることはできない。

 

 (4) 【判示事項四】さて前記認定のとおり、訴外福島は上告審係属屯原告の請求に応じて賃料相当損害金の支払(履行)をなしたのであるが、かかる現実の支払があつた場合は、課税対象となるべき経済的利益を享受しうることが確実であり、かつ担税力に欠けるところはないから(後に敗訴によつて不当利得返還請求を受ける可能性は、現に履行を受けた時点での利益の享受を妨げるものではない。)その時点をもつて収入すべき権利が確定したと認めることができる。

 

 もつとも原告は右支払は預り金としての受領であると主張し(証拠省略)にも仮領収証との記載があるが、その意味するところは右金員の支払が判決確定前の支払であるからというにとどまり、前記認定の事実によれば、右金員の支払が債務の履行であつて、原告の現実の収入と目さるべきことは明らかであり、

 

また原告は、訴外福島との間に昭和三八年一〇月以降毎月末日賃料相当損害金を支払う旨の合意が成立した旨主張するが、右主張に添う(証拠省略)はたやすく措信し難く、(証拠省略)をもつてしても右事実を認めるに足りず、他にこれを認めるに足る証拠はない。

 

 二、従つて以上と同一の認定に立つて原告が訴外福島から昭和三七年および同三九年に受領した前記賃料および賃料相当損害金(遅延損害金を含む。)を右各年分の収入すべき金額と認め、別表(ニ)および(三)の計算にもとづき(前記認定額を除いて、同表掲記の計算の基礎となる諸額については原告の明らかに争わないところであるから自白したものとみなす。)原告の昭和三七年分の不動産所得を金七、六一一、四三九円、雑所得を金九三六、三一八円と更正し、過少申告加算税金一五六、一五〇円を賦課し、同じく昭和三九年分の不動産所得を金八、一一二、七〇三円と更正し、過少申告加算税金一四一、四五〇円を賦課した本件処分(一)および(ニ)に何ら違法の点はないというべきであるから、原告の本訴各請求は理由がない。

 よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

 

(裁判官 佐藤 幸太郎 若林昌俊 大内俊身)