交際費とは(1)

 

 

 

法人税更正処分取消請求事件

 

 

 

【事件番号】 東京地方裁判所判決/平成11年(行ウ)第20号

 

【判決日付】 平成14年9月13日

 

【掲載誌】  税務訴訟資料252号順号9189

 

について検討します。

 

 

 

 

 

主   文

 

 原告の請求をいずれも棄却する。

 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       

 

 

 

事実及び理由

 

 

第1 請求

  1 被告が平成9年6月30日付けで原告に対してした、

    (1) 平成5年4月1日から平成6年3月31日までの事業年度における法人税の更正処分のうち、納付すべき税額66億8249万1400円を超える部分

    (2) 平成6年4月1日から平成7年3月31日までの事業年度における法人税の更正処分のうち、納付すべき税額78億5853万4700円を超える部分

    (3) 平成7年4月1日から平成8年3月31日までの事業年度における法人税の更正処分のうち、納付すべき税額82億6010万0100円を超える部分をいずれも取り消す。

第2 事案の概要

   本件は、被告から平成5年4月1日から平成8年3月31日までの間の3事業年度分の法人税につき、それぞれ更正処分を受けた原告が、上記各処分において、原告の英文添削事業により生じた支出が交際費等に該当するとしてこれを損金に算入しなかったこと、及び、更正通知書における理由附記に不備があることを不服として、上記各処分のうち、原告が主張する額を超える部分の取消しを求めている事案である。

  1 法令の定め

    (1) 租税特別措置法(以下「措置法」という。)61条の4第1項(平成6年法律第22号による改正前における同法62条1項。以下「措置法61条の4第1項」という。)は、法人税法の特例として、法人が昭和57年4月1日から平成13年3月31日までの間に開始する各事業年度において支出する交際費等の額は、当該事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入しないと規定する。

      そして、措置法61条の4第3項(平成6年法律第22号による改正前における同法62条3項。以下「措置法61条の4第3項」という。)は、上記条項に規定する「交際費等」について、交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するもの(専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用その他政令で定める費用を除く。)をいうものと規定している(以下、上記の「交際費等」を「「交際費等」」と表記する。)。

  2 争いのない事実

    (1) 原告の事業内容について

      原告は、主として医家向医薬品の製造販売を業とする株式会社である。

    (2) 法人税の申告及びこれに対する更正処分の経緯

     ア 原告は、被告に対し、平成6年6月30日、原告の平成5年4月1日から平成6年3月31日までの事業年度(以下「平成6年3月期」という。)の法人税について、所得金額188億9413万7662円、税額66億2937万8300円として、法定申告期限内に申告をした。

       これに対し、被告は、平成7年1月31日付けで、所得金額190億1653万8524円、税額66億8249万1400円とする更正処分をした。

     イ また、原告は、被告に対し、平成7年6月30日、原告の平成6年4月1日から平成7年3月31日までの事業年度(以下「平成7年3月期」という。)の法人税について、所得金額221億7271万4245円、税額78億5651万1000円として、法定申告期限内に申告をした。

     ウ さらに、原告は、被告に対し、平成8年6月27日、原告の平成7年4月1日から平成8年3月31日までの事業年度(以下「平成8年3月期」といい、平成6年3月期及び平成7年3月期と併せて、「本件各事業年度」という。)の法人税について、所得金額225億1852万1150円、税額81億8553万4400円として、法定申告期限内に申告をした。

     エ 上記アないしウに対し、被告は、平成9年6月30日付けで、原告の平成6年3月期の法人税について、所得金額191億6167万5363円、税額67億3691万7800円とする再更正処分をし(以下「本件再更正処分」という。)、原告の平成7年3月期の法人税について、所得金額222億6694万8486円、税額78億9388万7400円とする更正処分をし、原告の平成8年3月期の法人税について、所得金額228億8111万2385円、税額83億2150万6000円とする更正処分をした(以下、平成9年6月30日付けで行われた本件再更正処分及び上記各更正処分を併せて「本件各更正処分」という。)。

     オ 原告は、国税不服審判所長に対し、平成9年8月26日、本件各更正処分を不服として審査請求をした。しかしながら、国税不服審判所長が同日の翌日から起算して3か月を経過するも、これに対する裁決をしなかったことから、原告は、本件訴訟を提起した。

       なお、原告は、平成11年2月10日、上記審査請求を取り下げた。

       以上の経緯は、別表1ないし3記載のとおりである。

    (3) 本件英文添削について

     ア 原告は、病院の医師等から英文添削の依頼を受け、その添削業務をアメリカ合衆国に所在する法人であるB(以下「B」という。)、C(以下「C」という。)及びD(以下「D」といい、B、Cと併せて、「本件各添削業者」という。)に外注していた(以下、上記の英文添削業務を「本件英文添削」という。)。

     イ 原告が本件英文添削の対価として医師等から受領する収入は、別表9のとおりの単価で計算された。

     ウ これに対し、原告がB及びCに支払う外注費は、別表10のとおりの単価で計算された。

     エ 原告は、本件各事業年度における本件英文添削に係る収入及び外注費の額を、別表11のとおり、それぞれ益金及び損金の額に算入した(以下、それぞれ「本件英文添削収入」及び「本件英文添削外注費」という。)。

     オ 別表11から明らかなとおり、原告は、本件各事業年度において、本件英文添削収入の3・7倍ないし5・1倍もの本件英文添削外注費を支出し、その差額を原告自らが負担していた(以下、この差額を「本件負担額」という。)。

    (4) 本件各更正処分の理由附記について

      被告が本件各更正処分に係る法人税の更正通知書(以下「本件各更正通知書」という。)に附記した理由のうち、「交際費等」の損金不算入額に係る理由については、本件英文添削の経緯及び本件負担額が記載された上で、「この負担額は、次のことから、病院等の医師等との関係を円滑にすることを目的として負担されたものと認められ交際費等に該当します」と記載され、交際費等に該当する理由として、

     ア 「貴社が医師等から受領した英文添削料金と貴社がこれらの添削のため支出した外注費との間に、著しく開差があり、英文添削を依頼した医師等に対して、経済的利益を供与している」こと、

     イ 「英文添削の依頼者である医師等は、貴社の医薬品の納入先に勤務する者で、医薬品の処方ができる資格を有している者であり、購入する医薬品の決定に影響力を行使しうる立場にある者、または、その者の指導下にある者である」こと、

     ウ 「依頼者の医師等は、貴社の医薬情報担当者の業務である医薬情報の収集に関する情報を有する者であり、それらの医薬品等の情報を提供しうる者である」こと、

     エ 「貴社の英文添削サービスは、一般的に開示されたものでなく貴社の医薬情報担当者が窓口となり個々に依頼を受けることから、英文添削の依頼ができる者は、貴社の取引先に限られている」ことが記載され、「交際費等」に該当する金額及び交際費等の損金不算入額が記載されている。

  3 被告による本件各更正処分の根拠

    被告が主張する原告の本件各事業年度に係る所得金額及び納付すべき法人税の額は、別表4ないし6に記載したとおりであり、その内訳は、次のとおりである。

    (1) 平成6年3月期(別表4)

     ア 本件再更正処分前の所得金額 190億1653万8524円

       上記金額は、被告が平成7年1月31日付けでした原告の平成6年3月期の法人税に係る更正処分における所得金額である。

     イ 「交際費等」の損金不算入額 1億4513万6839円

       上記金額は、原告が、大学の付属病院及び国公立病院の医師等(大学の付属病院にあっては教授、助教授、講師及びその他当該病院の勤務者等をいう。以下「医師等」という。)から依頼を受けて行う英文の医学論文に係る本件英文添削について、本件各添削業者に支出し、損金の額に算入した金額である本件英文添削外注費1億8036万8538円のうち、本件英文添削の対価として医師等から受領し、益金の額に算入した金額である本件英文添削収入3523万1699円を超える額、すなわち本件負担額である。

       本件負担額は、措置法61条の4第1項に規定する「交際費等」に該当し、原告の平成6年3月期終了の日における資本の金額が5000万円を超えているから、損金の額に算入されない。

     ウ 所得金額 191億6167万5363円

       上記金額は、前記アの金額にイの金額を加算した金額である。

     エ 法人税額 71億8562万8125円

       上記金額は、前記ウの所得金額(ただし、国税通則法(以下「通則法」という。)118条1項の規定により1000円未満の端数切捨て後のもの)に、法人税法66条に定める税率を乗じて計算した金額である。

     オ 法人税額の特別控除額 8388万0982円

       上記金額は、試験研究費の額が増加した場合等の法人税額の特別控除額(措置法42条の4)7767万1450円及び事業基盤強化設備を取得した場合等の法人税額の特別控除額(措置法42条の7)620万9532円の合計額である。

     カ 法人税額から控除される所得税額等 3億6482万9326円

       上記金額は、法人税額から控除される所得税の額(法人税法68条)3億2506万0041円及び控除対象外国法人税の額(法人税法69条)3976万9285円の合計額(原告の平成6年3月期の確定申告書に記載された金額)である。

     キ 差引法人税額 67億3691万7800円

       上記金額は、前記エの法人税額からオ及びカの金額を差し引いた金額(ただし、通則法119条1項の規定により100円未満の端数切捨て後のもの)である。

     ク 本件再更正処分前の法人税額 66億8249万1400円

       上記金額は、被告が平成7年1月31日付けでした原告の平成6年3月期の法人税に係る更正処分における法人税額である。

     ケ 新たに納付すべき法人税額 5442万6400円

       上記金額は、前記キの金額からクの金額を差し引いた金額である。

    (2) 平成7年3月期(別表5)

     ア 申告所得金額 221億7271万4245円

       上記金額は、原告の平成7年3月期の法人税の確定申告書に記載されていた所得金額である。

     イ 「交際費等」の損金不算入額 1億1169万0336円

       上記金額は、平成7年3月期の本件英文添削外注費1億5239万5677円のうち、本件英文添削収入4070万5341円を超える本件負担額である。

       本件負担額は、措置法61条の4第1項に規定する「交際費等」に該当し、原告の平成7年3月期終了の日における資本の金額が5000万円を超えているから、損金の額に算入されない。

     ウ 事業税の損金算入額 1741万6300円

       上記金額は、本件再更正処分の所得金額を基に、法人税基本通達9-5-2の定めにより、地方税法72条の22に規定する標準税率を適用して再計算したところ増加した事業税の額である。

     エ 返品調整引当金の繰入限度超過額の損金算入額 3万9795円

       上記金額は、原告の平成7年3月期の確定申告における返品調整引当金の繰入額1億1962万5361円のうち、繰入限度超過額として所得金額に加算した金額であるが、法人税法53条及び同法施行令101条の規定により当期の返品調整引当金繰入限度額を計算すると、1億1962万6075円となり、繰入限度を超過しないこととなるから、上記の3万9795円は、損金の額に算入される。

     オ 所得金額 222億6694万8486円

       上記金額は、前記アの金額にイの金額を加算し、ウ及びエの金額を減算した金額である。

     カ 法人税額 83億5010万5500円

       上記金額は、前記オの所得金額(通則法118条1項の規定により1000円未満の端数切捨て後のもの)に法人税法66条に定める税率を乗じて計算した金額である。

     キ 法人税額の特別控除額 9508万0904円

       上記金額は、エネルギー需給構造改革推進設備等を取得した場合の法人税額の特別控除額(措置法42条の5)611万6145円及び試験研究費の額が増加した場合等の法人税額の特別控除額(同法42条の4)8896万4759円の合計額である。

     ク 法人税額から控除される所得税額等 3億6113万7118円

       上記金額は、法人税額から控除される所得税の額(法人税法68条)3億2853万3863円及び控除対象外国法人税の額(同法69条)3260万3255円の合計額(原告の平成7年3月期の確定申告書に記載された金額)である。

     ケ 差引法人税額 78億9388万7400円

       上記金額は、前記カの法人税額から、キ及びクの金額を差し引いた金額(ただし、通則法119条1項の規定により100円未満の端数切捨て後のもの)である。

     コ 確定申告に係る法人税額 78億5651万1000円

       上記金額は、原告の平成7年3月期の確定申告書に記載された法人税額である。

     サ 新たに納付すべき法人税額 3737万6400円

       上記金額は、前記ケの金額からコの金額を差し引いた金額である。

    (3) 平成8年3月期(別表6)

     ア 申告所得金額 225億1852万1150円

       上記金額は、原告の平成8年3月期の法人税の確定申告書に記載されていた所得金額である。

     イ 「交際費等」の損金不算入額 1億7506万1634円

       上記金額は、平成8年3月期の本件英文添削外注費2億2865万0178円のうち、本件英文添削収入5358万8544円を超える本件負担額である。

       本件負担額は、措置法61条の4第1項に規定する「交際費等」に該当し、原告の平成8年3月期終了の日における資本の金額が5000万円を超えているから、損金の額に算入されない。

     ウ 市場調査費の過大計上額 1億0488万4000円

       上記金額は、原告が、平成8年3月期の法人税の確定申告において、株式会社Eに対する市場調査費(降圧薬に関する不満足度調査の企画・実査・集計・分析等の業務委託費用)として損金の額に算入した金額であるが、当期末までに調査報告書が納入されていないから、当期の損金の額には算入されない。

     エ 広報活動費の過大計上額 6320万9018円

       上記金額は、原告が、平成8年3月期の法人税の確定申告において、別表7のとおり広報活動費として損金の額に算入した金額の合計額であるが、同表①のテレビコマーシャルの放映日は平成8年4月1日以降であり、また同表②の当期末までに委託した業務の報告書は納入されていないから、当期の損金の額には算入されない。

     オ 臨床研究費の過大計上額 1938万5019円

       上記金額は、原告が、平成8年3月期の確定申告において、別表8のとおり臨床研究費(臨床試験等の業務委託費用)として損金の額に算入した金額であるが、当期末までに試験報告書が納入されていないから、当期の損金の額には算入されない。

     カ 外注費の過大計上額 825万0000円

       上記金額は、原告が、平成8年3月期の確定申告において、F株式会社に対する外注費(ラットによる動態試験の業務委託)として損金の額に算入した金額であるが、当期末までに試験報告書が納入されていないから、当期の損金の額には算入されない。

     キ 電算レンタル料ソフト費の過大計上額 150万7000円

       上記金額は、原告が、平成8年3月期の確定申告において、株式会社Gに対する電算レンタル料ソフト費として損金の額に算入した金額であるが、平成8年4月1日以降に役務の提供を受けるものであるから、当期の損金の額には算入されない。

     ク 返品調整引当金の繰入限度超過額 156万2769円

       原告は、平成8年3月期の確定申告において、返品調整引当金に7012万8861円を繰入れ、返品調整引当金繰入限度額が7008万4616円であるとして、繰入限度超過額4万4245円を所得金額に加算した。

       しかしながら、法人税法53条及び同法施行令101条の規定により当期の返品調整引当金繰入限度額を計算すると、6852万1847円となるから、さらに156万2769円が繰入限度超過額となり、上記金額が損金の額に算入されない。

     ケ 返品調整引当金繰入限度超過額の損金算入過大額 3万9795円

       上記金額は、原告が平成8年3月期の確定申告において、平成7年3月期の返品調整引当金の繰入限度超過額として損金の額に算入した金額であるが、前記(2)エのとおり、平成7年3月期において返品調整引当金繰入限度超過額は算出されないので、当期の損金の額にも算入されない。

     コ 事業税の損金算入額 1130万8000円

       上記金額は、平成7年3月期の更正処分の所得金額を基に、法人税基本通達9-5-2の定めにより、地方税法72条の22に規定する標準税率を適用して再計算したところ増加した事業税の額である。

     サ 所得金額 228億8111万2385円

       上記金額は、前記アの金額にイないしケの金額を加算し、前記コの金額を減算した金額である。

     シ 法人税額 85億8041万7000円

       上記金額は、前記サの所得金額(通則法118条1項の規定により1000円未満の端数切捨て後のもの)に法人税法66条に定める税率を乗じて計算した金額である。

     ス 法人税額の特別控除額 395万2089円

       上記金額は、措置法42条の4に規定する試験研究費の額が増加した場合等の法人税額の特別控除額(原告の平成8年3月期の確定申告書に記載された金額)である。

     セ 法人税額から控除される所得税額等 2億5495万8867円

       上記金額は、法人税額から控除される所得税の額(法人税法68条)2億2893万1678円及び控除対象外国法人税の額(同法69条)2602万7189円の合計額(原告の平成8年3月期の確定申告書に記載された金額)である。

     ソ 差引法人税額 83億2150万6000円

       上記金額は、前記シの法人税額から、ス及びセの金額を差し引いた金額(ただし、通則法119条1項の規定により100円未満の端数切捨て後のもの)である。

     タ 確定申告に係る法人税額 81億8553万4400円

       上記金額は、原告の平成8年3月期の確定申告書に記載された法人税額である。

     チ 新たに納付すべき法人税額 1億3597万1600円

       上記金額は、前記ソの金額からタの金額を差し引いた金額である。

       なお、原告は、被告が上記のとおり主張する本件各事業年度に係る所得金額、納付すべき法人税の額及びその内訳について、「交際費等」の損金不算入額及びこれを踏まえて計算した金額を除いて、いずれも争わない。

  4 当事者の主張

   (原告の主張)

    (1) 本件負担額が「交際費等」に該当しないことについて

      本件負担額は、次の理由により、措置法61条の4第1項に規定する「交際費等」に該当しないから、本件負担額がこれに該当するものとしてこれを損金不算入とした本件各更正処分は違法である。

     ア 原告が本件英文添削業務を行うに至った経緯

       昭和59年までDから原告に派遣されていた乙博士は、原告の社内文書のほか、好意で社外の研究者が作成した論文等の英文添削を行い、好評を博していた。

       乙博士がアメリカ合衆国に帰国した後、原告の社内文書の英文添削は、引き続きDのT(以下「T」という。)が行っていた。他方、原告に対しては、社外からも、若手研究者を中心に、引き続き英文添削を行って欲しいという希望があり、原告は、日本の研究者の優れた研究が、概して英語力が不足しているために、海外で発表する機会が少なく、十分な評価が得られない状況にかんがみ、研究論文の英文添削という形でその助力を行うことが、外資系企業である原告が日本の医学の発展に貢献する手段であると考え、このような研究者に何らかの援助をしたいと考えるようになった。

       そこで、原告は、社外の研究者が作成した論文についても、Tに英文添削を依頼することを検討し、昭和60年から、名古屋地区を対象に、研究者からの英文添削の依頼を受けるようになった。その際、原告は、研究者から添削料金を徴収するか否かを検討したが、医療用医薬品卸売業における景品類の提供の制限に関する公正競争規約(昭和59年公正取引委員会告示第35号。以下「公正競争規約」という。)に違反することを懸念して、事前に医療用医薬品卸売業公正取引協議会(以下「公正取引協議会」という。)に確認したところ、公正取引協議会から、国内の英文添削業者と同額の料金は徴収するようにとの指導を受けたことから、国内業者の平均的な料金を調査した結果に基づき、研究者から英文添削の依頼を受ける際、1ページ当たり1500円の料金を徴収することとした。なお、原告は、英文添削を行っているTに対しては、1時間当たり25ドル(1ページ当たり500円)の料金を支払っており、上記英文添削は、原告に利益をもたらす結果となっていた。

       その後、英文添削事業の対象地域が拡大し、Tだけで英文添削を賄うことが困難となったことや、英文添削の中心であった乙博士がDを退社したこと等から、原告は、平成4年、C及びBと英文添削に関する契約を締結した。Cの添削料金は、平成4年から平成6年12月31日までは1時間当たり65ドル、平成7年1月1日以降は1時間当たり70ドルであり、Bの添削料金は、平成4年から平成6年9月までは1ページ当たり6200円、平成6年9月以降は1ページ当たり52ドルであった。

       原告は、その後も、ほぼ2年おきに国内業者の平均的な英文添削料金を調査して、研究者に請求する料金をその都度値上げする一方、C及びBと交渉して、原告が支払う料金の値下げをさせた。平成9年10月に研究者に請求する料金を値上げしたのは、原告が上記各料金の差額を負担していたことが報道され、研究者が差額の発生を知り得ることとなったことから、やむを得ず行ったものであり、値上げ後の1ページ当たり5000円という金額は、当時の国内業者の平均値を上回る額であった。

       このように、原告は、概して英語力が不足している日本の研究者の優れた研究について、海外で発表する機会を増やし、十分な評価を得られるための助力を行うことが、外資系企業である原告が日本の医学の発展に貢献する手段であると考えて、本件英文添削を行ったものであって、研究者との親密の度合いを深めたり、取引の円滑を図るために行ったものではない。

     イ 「交際費等」と寄附金の区別の基準について

      a 本件においては、原告が研究者から受領した添削料金が、C及びBに支払った添削料金より低額であったことから、その差額の性質が、措置法61条の4第1項に規定する「交際費等」又は法人税法37条6項に規定する寄附金のいずれに該当するかが問題となるところ、被告は、原告が英文添削の依頼を受けていた研究者が、原告の事業関係者に該当することを理由に、本件負担額が「交際費等」に該当すると主張する。

        しかしながら、法人税法37条2項は、寄附金についての損金算入限度額を定めており、この規定は、法人の支出した寄附金に、事業に関連するものとそうでないものが含まれていることから、一定の画一的基準によって限度額を定めて、事業経費を超える部分について損金算入を否認する趣旨によるものと解されている。そうすると、事業に関連する支出が寄附金に含まれることは、法が予定しているというべきであるから、原告に英文添削を依頼した研究者が事業関係者に該当するか否かによって、「交際費等」と寄附金とを区別することはできない。

        そして、法人税法37条6項が、広告宣伝費、見本品の費用、交際費、接待費等を寄附金から除外しており、費用性が明らかな贈与又は無償の供与について、寄附金から除外する趣旨の規定と解されること、措置法61条の4第3項が、「交際費等」について、「交際費、接待費、機密費その他の費用」と規定していることに照らせば、「交際費等」と寄附金との区別は、費用性が明らかであるか否かによって行われるべきである。

        したがって、支出が「交際費等」に該当するためには、当該支出が「交際費、接待費、機密費その他の費用」であること、すなわち、費用性を有することが明らかであることが必要であり、費用性が明らかであるというためには、取引関係の円滑な進行を図るために支出するという意図の下に行われるばかりではなく、接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為(以下「接待等」という。)が、その相手方において、当該支出によって利益を受けていると認識できるような客観的状況の下に行われることが必要である。

      b また、仮に、相手方が事業関係者に該当することが「交際費等」の要件であるとしても、「交際費等」に該当するためには、このことに加え、支出の目的が接待等を意図していることが必要であり、支出の目的が接待等を意図しているか否かについては、さらに支出の動機、金額、態様、効果等の具体的諸事情を総合的に判断しなければならないから、相手方が事業関係者に該当するか否かとは別に、これらの諸事情を検討した上で、支出の目的が接待等を意図しているか否かを判断することが必要である。

     ウ 本件負担額が「交際費等」に該当しないこと

       本件英文添削は、前記のとおり、原告が、概して英語力が不足している日本の研究者の優れた研究について、海外で発表する機会を増やし、十分な評価を得られるための助力を行うことが、日本の医学の発展に貢献する手段であると考えて行ったものであるから、その目的は、研究者の援助であって、明らかな費用性を有するものではなく、接待等を目的とするものでもない。

       また、本件英文添削は、大学の付属病院の研究者であれば、原告の製造する処方薬を使用しない病理、病態代謝学、麻酔、リハビリテーション学等の教室に所属する研究者や、医師免許を有しない留学生であっても、何ら差別することなく依頼を受けていたことに照らしても、明らかな費用性を有するものではなく、その態様において接待等を目的とするものでもないことが明らかである。

       他方、原告は、本件英文添削について、公正取引協議会の指導の下に、国内の英文添削業者の平均的な料金を徴収していたのであるから、本件英文添削が、その相手方において、本件負担額によって利益を受けていると認識できるような客観的状況の下に行われたものでないことも明らかである。

       さらに、原告に英文添削を依頼した研究者の多くが、研修医、大学院生、研究医等大学又は付属病院の職員としての身分を有しない者であることからも、本件英文添削が、明らかな費用性を有するものではなく、その効果において、接待等の目的を果たし得ないことは明らかである。

       以上のとおり、原告の本件英文添削は、明らかな費用とはいうことができず、接待等を目的とするものではないから、本件負担額は、寄附金に該当し、「交際費等」に該当しないといわざるを得ない。

     エ 本件英文添削を依頼した研究者が原告の事業関係者に該当しないこと

       「交際費等」と寄附金の区別が、支出の相手方が事業関係者に該当するか否かによるべきでないことは前記イのとおりであるが、仮に、支出の相手方が事業関係者に該当することが「交際費等」の要件であるとしても、原告に本件英文添削を依頼した研究者は、原告の事業関係者に該当しない。

       すなわち、我が国の医療施設において、医薬品の購入は、各医局の長が申請して、各医局の代表者が構成する薬事審議会等の議決機関で決定されることにより行われ、医薬品の処方についても、医局の長が大きな権限を有しているのに対し、原告に英文添削を依頼していたのは、病院等ではなく、医薬品の購入について何らの決定権限も有していない個々の研究者であった。

       また、原告は、我が国において医学、薬学の分野で高水準の研究を行っていると考えられる合計96の大学及び医療機関を選定し、それらの施設に所属する研究者であれば、医薬品を処方する臨床医師に限らず、研究論文の添削の依頼を受けていたのであり、このような研究者の中には、原告の取引先となる可能性のない教室に所属する研究者や、留学生が含まれていたものである。

       このように、原告に英文添削を依頼した研究者は、原告の取引に関係のない者であるから、事業関係者に該当しないというべきである。

     オ 被告の主張に対する反論

      a(a) 被告は、本件英文添削を注文した医師等が、原告が本件負担額を負担していることを認識していなかったとは考え難い旨主張する。

         しかし、原告は、本件英文添削の料金として、公正取引協議会の指導の下に、国内業者の平均的な料金を徴収していたのであるから、原告に英文添削を依頼した研究者が、原告が本件負担額を負担していることを認識していなかったことは、容易に推測できることであって、被告の上記主張は理由がない。

       (b) また、被告は、本件英文添削が、国内では容易に活用することができないネイティブ・スピーカー(その言語を母語とする者)による本格的な英文添削であって、国内で通常行われている英文添削よりも相当高度な役務の提供を内容とするものである旨主張する。

         しかし、国内の業者においても、ネイティブ・スピーカーによる本格的な英文添削が行われていることは、証拠上明らかであって、英文添削の依頼者が、英語力が不足しているからこそ添削を依頼するものであることを併せて考えれば、原告に本件英文添削を依頼した医師等が、高度の役務の提供を割安の価格で受けていた旨の認識を有していたものと認められるとはいえず、この点に関する被告の主張も失当である。

       (c) さらに、被告は、本件英文添削が引用文献の確認まで含むものであることなどから、本件各添削業者の提供するサービスが「添削サービス」ではなく、添削を含む「編集作業」であることが明らかである旨主張し、引用文献の確認のチェックまで行っている国内業者はないことを理由に、本件英文添削が日本国内で通常行われている英文添削よりも相当高度な役務提供であると主張する。

         この点、本件英文添削において行われていた引用文献の確認とは、論文の投稿規定などにおける引用文献の表記方法の確認であって、本件英文添削において、研究者の作成した論文が投稿規定に合致しているか否かのチェックも含まれていたことは事実である。

         しかし、本件で問題となるのは、英文添削の依頼をした研究者が、原告の提供したサービスの内容から、原告が本件負担額を負担していることを認識していたか否かであるから、同様のサービスが、本件各添削業者だけでなく、国内業者によっても行われていたか否かが検討されなければならない。

         しかるところ、このような確認作業を行う国内業者があることは、証拠上明らかであり、実際には多くの国内業者が同様の作業を行っていると考えられるから、本件英文添削が「添削サービス」であるか「編集作業」であるかにかかわらず、原告に英文添削を依頼した研究者が、原告の提供したサービスの内容から、原告が本件負担額を負担していることを認識していた可能性はない。

       (d) この他にも、被告は、原告が医師等へ請求した原稿の枚数が、原告が本件各添削業者から請求された原稿の枚数より常に少ないと主張し、また、医師等は、原稿の枚数に単価を乗じた金額が請求金額として記載されていることから、受領した原稿枚数よりも請求書に記載された枚数が少ないことを認識していたはずである旨主張する。

         しかし、上記の枚数の相違は、添削料金をページ数に応じて算定する際に、論文の表紙や図表部分をページ数に含めるか否かによって生じたものにすぎないのであって、このことをもって、原告に英文添削を依頼した研究者が、原告が本件負担額を負担していることを認識していたということはできない。

      b 被告は、原告の医薬情報担当者(以下「MR」という。)が本件英文添削の窓口となることにより、医師等と頻繁に接触する機会を得て、医師等との親睦を密にし、医薬品の販売に係る取引関係の円滑な進行を図ったことは明らかである旨主張する。

        しかし、原告は、前記のとおり、研究者の援助を目的として本件英文添削を行ったのであり、医薬品の販売に係る取引関係の円滑な進行を図るために行ったのではないのであって、被告の上記主張は、証拠に基づかない憶測にすぎない。

        さらに、原告は、本件英文添削に関し、MRに対して、特定の医師、医局に対して頻回に行わないこと、取引条件としないこと、その他英文添削について他社を刺激したり、誤解を招く言動は慎むこと等を記載した文書を配布し、英文添削の目的が研究者の援助にすぎないことを徹底して指導していたのであるから、被告の上記主張に理由がないことは明らかである。

      c 被告は、病院等における新たな医薬品の購入手続が、いわばボトムアップの手続であり、医局の長でなくても、医薬品の購入に関与し得る立場にあるとして、医師等が原告の事業関係者に該当する旨主張する。

        しかし、病院において新薬を採用するには、厳格な手続が必要とされており、仮に原告が特定の医師に便宜を図ったとしても、その医師の意見によって左右されるようなものではなく、被告の主張するようなボトムアップの手続も存在しない。他方、新薬の採用手続において重要な権限を有する薬剤部長及び診療科長が、原告に英文添削を依頼したことはほとんどない。

        このように、本件英文添削と新薬の採用手続とは無関係であるから、被告の上記主張は失当である。

      d 被告は、病院等において、実際に患者と接し、適切な医薬品を判断するのは、診療を担当する医師であるから、このような医師は、医薬品の購入や処方について、何らかの形で関与を行っている旨主張する。

        しかしながら、そもそも医師には、患者の病状に対し最も適切と考えられる医薬品を使用する義務があり、まして大学の付属病院のような施設では、医師が特定の製薬会社の医薬品の使用を図ることができないし、原告に英文添削を依頼した医師の多くは、助手以下の身分であり、外来患者を診療することができず、入院患者の診療に関しても、投与する医薬品についての裁量権もなく、あったとしても極めて小さいものであって、特定の製薬会社の医薬品の使用を図ることはあり得ない。

        したがって、本件英文添削には、明らかな費用性はなく、接待等を目的とするものでないことは明らかである。

      e(a) 被告は、原告が新薬を開発する際、非臨床試験を大学の付属病院に委託していることなどから、非臨床試験の基礎研究を行っている医師等との間に事業関係があると主張するが、原告が医療機関に非臨床試験を依頼することはないから、被告の上記主張は失当である。

       (b) また、被告は、原告が新薬を開発する際、臨床試験を実際に担当した医師等からも情報を収集していることを理由に、原告と医師等との間に事業関係が存在することが明らかであると主張する。

         しかし、原告は、新薬の開発に関して医師等から便宜を受ける状況を創設する必要はなく、被告が主張するような事情が存する程度の希薄な関係をもって、「交際費等」と寄附金とを区別することは相当でないから、被告の主張は失当である。

      f 被告は、原告が市販後調査における情報収集を大学院生も含めた医師等から行っており、原告とこれらの医師等との事業関係は明らかである旨主張する。

        しかし、市販後調査との関係で、原告と医師との間に、原告が利益を供与して便宜を図ってもらうような関係が存在することはないから、市販後調査との関係で本件負担額が交際費等に該当する旨の被告の主張には、理由がない。

    (2) 本件各更正通知書における理由附記が不備であることについて

      更正通知書に理由を附記することが要求されているのは、税務署長の判断の慎重・合理性を担保してその恣意を抑制するとともに、処分の理由を相手方に知らせて不服の申立てに便宜を与えるためであると解されるから、附記すべき理由は例文的・抽象的なものでは足りず、更正処分の具体的根拠を明らかにするものでなければならない(最高裁判所昭和38年5月31日第二小法廷判決・民集17巻4号617頁)。そして、更正の理由とは、更正の原因となる事実、これに対する法の適用の結論及び結論の3つを含むと解されるところ、これらの処分理由は、更正通知書の記載自体において明らかにされていることを要するというべきである(最高裁判所昭和49年4月25日第一小法廷判決・民集28巻3号405頁)。

      しかしながら、本件各更正通知書には、いずれの事業年度についても、原告の英文添削収入の相手先として「H大学丙外3,713件」と記載されているところ、各事業年度において全く同一の件数の英文添削の依頼があったとは到底考えられないこと、原告に英文添削を依頼した者の具体的な人数や所属機関について何ら記載がないこと等にかんがみれば、本件各公正通知書における上記の記載は、本件各更正処分の取消事由となる理由附記の不備に当たることは明らかである。

    (3) 本件各更生処分は、以上のとおり違法であるところ、原告は、原告が本件の各事業年度において納付すべき法人税額のうち、本件負担額を損金に算入することとして算出した金額を超える部分の取消しを求める。

   (被告の主張)

    (1) 本件負担額が交際費等に該当すること

     ア 措置法61条の4第1項に規定する「交際費等」の意義

       措置法61条の4第3項は、同法61条の4第1項に規定する「交際費等」について、「交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するもの(専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用その他政令で定める費用を除く。)をいう。」と定義しているところ、上記交際費等は、一般的にその支出の相手方及び支出の目的からみて、得意先との親睦を密にして取引関係の円滑な進行を図るために支出するものと理解されるから、当該支出が交際費等に該当するには、①支出の相手方が事業に関係のある者であることと、②支出の目的がかかる相手方に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のためであることが必要である。

       そして、本件負担額は、次のとおり、上記①及び②の各要件を充足する。

     イ 原告に本件英文添削の依頼をした医師等が原告の「事業に関係ある者」に該当すること(前記ア①の要件該当性)について

      a 原告は、主として医家向医薬品の製造、販売を事業内容とする株式会社であるところ、医師は医業を独占し(医師法17条)、患者に対する薬剤の処方や投与は医業に含まれるから(医師法22条)、医師は、原告のような製薬会社にとって、「事業に関係ある者」に該当するというべきである。

        しかも、本件英文添削は、一般の病院等に広告されていたものではなく、原告のMRが医薬品の納品先である大学病院等を訪問した際に、医師等から添削を依頼された原稿を対象に行なわれていたのであって、本件英文添削の依頼者は、原告の医薬品の納品先である病院等に勤務する医師等に限られていたのであるから、原告に本件英文添削の依頼を受けた医師等が原告の「事業に関係ある者」に該当することは明らかである。

      b これに対し、原告は、「事業に関係ある者」に該当するのは、法人との取引を決定する権限のある者に限られるとした上で、本件英文添削を依頼した医師等のほとんどが、医薬品の購入や処方について権限を有していないことから、「事業に関係ある者」に該当しないと主張する。

        しかしながら、「事業に関係ある者」という要件が、法人の事業と何らかの関係を有する者を広く含むものであることは、その文理上明らかであり、裁判例においても、その文理どおり広く解されているのであって、原告が主張するように、病院等において医薬品の購入や処方を決定し得る者のみが原告の「事業に関係ある者」であるとすることは、相当でないというべきである。

        また、仮に、病院等における医薬品の購入手続が、各医局の長が申請し、各医局の代表者が構成する薬事審議会等の議決機関が決定するものであるとしても、病院等の医師等は、原告の製造、販売に係る医薬品の購入を申請するよう各医局の代表者に働きかけることが可能であり、病院等が数種類の同効薬を購入している場合には、自らの判断で原告の製造、販売に係る医薬品を優先的に処方又は投与できる立場にあるし、基礎医学系の研究者の場合には、原告の製造、販売に係る医薬品を使用する機会がないとしても、原告が英文添削の依頼を受けることによって、これらの研究者が所属する大学等の各医局の長や薬事審議会の構成員の歓心を買うことができるのであるから、原告に英文添削を依頼した者が病院等における医薬品の購入や処方を決定できないとしても、これらの者から英文添削の依頼を受けることが、原告の事業と無関係であるということはできない。

        さらに、原告が新薬を開発する際、非臨床試験を大学の付属病院に委託していることからすれば、非臨床試験の基礎研究を行っている医師等との間に事業関係があるというべきであるし、原告が臨床試験を実際に担当した医師等からも情報を収集していることからも、原告と医師等との間に事業関係があるというべきである。さらに、市販後調査における情報収集を大学院生も含めた医師等から行っていることからも、原告とこれらの医師等との事業関係は明らかである。

        そして、「事業に関係ある者」が、法人の事業と何らかの関係を有する者を広く含むことを前提とすれば、原告のような製薬会社にとって、医師はすべて「事業に関係ある者」に該当するというべきであるし、少なくとも当該会社の医薬品の納品先である病院等に勤務する医師がこれに該当することは明らかである。

     ウ 本件負担額の支出の目的が、医師等に対する接待等のためであること(前記ア②の要件該当性)について

      a 支出目的の意義とその認定方法について

        措置法61条の4第3項に規定する「接待、供応、慰安、贈答」は、いずれも相手方との親睦の度を密にしたり、相手方の歓心を買うことによって、取引関係の円滑な進行を図る行為の例示であるから、同条項に規定する接待等には、その名目にかかわらず、取引関係の円滑な進行を図るためにする利益や便宜の供与が広く含まれるというべきである。

        また、支出の目的が接待等のためであるか否かの認定については、当該支出の動機、金額、態様、効果等、具体的事情を総合的に判断しなければならないのであって、当該支出の目的は、支出者の主観的事情だけではなく、外部から認識し得る客観的事情を総合して認定すべきである。

      b 本件負担額の支出の目的

        本件負担額の支出については、次のとおり、原告の医薬品の納品先である病院等に勤務する医師等に対し利益を供与し、これにより医薬品の販売に係る取引関係を円滑に進行する目的で行われていたものと認めることができる。

       (a) 原告が本件英文添削の依頼を受けていた医師等は、原告の医薬品の納品先である病院等に勤務する医師等に限られているところ、このことは、本件負担額の支出が、原告の医薬品の納品先である病院等に勤務する医師等に利益を供与することにより、医薬品の販売に係る取引関係を円滑に進行する目的で行われたことを示す、決定的な事実というべきである。

         これに対し、原告は、本件負担額の支出の目的が、我が国の医療水準の向上と発展に寄与することにあり、我が国において医学、薬学の分野で高水準の研究を行っていると見られる機関として81の大学と15の医療機関を選定し、それらの施設に属し、原則としてその場において行われた研究に関して英語の論文を作成した者についてのみ、英文添削支援活動の対象者としてきた旨主張する。

         しかし、原告が上記のような目的で本件負担額を支出するのであれば、英文添削の依頼を受ける相手を上記のように限定することは不合理であるし、原告が上記の81の大学と15の医療機関を選定した基準も明らかでなく、しかも、この基準によって選定した結果が、偶然「原告の医薬品の納品先である病院等」と一致することはあり得ないというべきであるから、原告の上記主張は、事実に反するものといわざるを得ない。

         また、原告が本件英文添削の依頼を受ける医師等を「それらの施設に属し、原則としてその場において行われた研究に関して英語の論文を作成した者」に限定したのは、原告の医薬品の納品先である病院等に属する医師等による研究であっても、当該病院内部で行った研究ではなく、当該病院等の教室や医局の業績として評価されないものについては、英文添削の依頼に応じたとしても、主任教授ら当該病院等の関係者の歓心を買うことができないからであり、このことに照らしても、本件負担額の支出の目的は、医薬品の販売に係る取引関係を円滑に進行することにあったというべきである。

       (b) 原告は、原告の医薬品の納品先である病院等に属する医師等による英文添削の依頼方法について、個々の研究者が原告に直接電話して依頼するか、又は、原告のMRが赴いた際、直接MRに依頼したとしている。

         そうすると、MRが、医薬品の情報を医療担当者に伝え、当該医薬品を普及させるとともに、実際に使用した症例などの情報を収集して、それをフィードバックすることを職務とすることに照らせば、原告がMRを通じて英文添削の依頼を受けていたこと自体が、原告において医薬品の販売に係る取引関係を円滑に進行する目的を有していたことを示すものである。

         そして、原告が医師等から英文添削の依頼を受けた目的が、医薬品の販売に係る取引関係を円滑に進行することにあったことは、原告の社内文書において、英文添削の依頼を受けることにつき、「公正競争規約上明確ではありませんが、現段階では一応下記の条件を満たした場合は、取引誘因性は少ないものと考えられます。」とあえて取引関係を円滑に進行する目的が存在することを前提とした記載が存することからも明らかである。

      c(a) なお、原告は、金員の支出が「交際費等」に該当するためには、接待等が、その相手方において、当該支出によって利益を受けていると認識できるような客観的状況の下に行われることが必要であるとした上で、本件英文添削については、原告が研究者から受領した英文添削費と原告が外注先に支払った英文添削費との間に差額が生じていることを、当該研究者はもとより、原告のMRですら認識していないのであるから、当該研究者が本件負担額によって利益を受けていると認識できるような客観的状況の下に行われていないことが明らかであると主張する。

         しかしながら、そもそも「交際費」は、得意先等との親睦を密にして取引関係の円滑な進行を図るために支出するものであるから、その「交際費等」を支出して交際行為を行うことにより、支出者と交際の相手方との間の親睦が密となり、もって取引関係の円滑な進行が図られる関係が存すれば足りるのであって、交際の相手方が支出者の負担を認識した上、これに対して感謝や歓心を抱くことは必要でないから、原告の上記主張は、その前提を欠き、理由がないというべきである。

       (b) 仮に、「交際費等」に該当するために、相手方が当該支出によって何らかの利益又は便宜を享受していると認識できるような客観的状況の存在が必要であるとしても、当該利益又は便宜が金銭的価値に換算し得ることや、相手方がその金銭的価値を認識し得ることは、必要ないというべきである。

         そして、本件の場合、医師等が翻訳業者ではなく原告に英文添削を依頼するのは、少なくとも添削の質などにおいて、原告に依頼する方が信頼性が高いからにほかならないのであって、製薬会社である原告が、このような質の高い英文添削サービスを国内の翻訳業者と同程度の価格で提供していることを、医師等が認識できるような客観的状況が存在する以上、医師等が、原告が研究者から受領した英文添削費と原告が外注先に支払った英文添削費との間に差額が生じていることを認識していたか否かにかかわらず、本件負担額の支出が、原告から利益を受けていると認識できるような客観的状況の下に行われたものと認めることができる。

         したがって、本件負担額の支出については、医師等が上記の差額が生じていることを認識していたか否かにかかわらず、医薬品の販売に係る取引関係を円滑に進行することを目的としたものと認めることができ、さらに、医師等が原告と国内翻訳業者の英文添削の質の違いを認識していたとすれば、医師等は、原告による本件負担額の負担を認識していたものと推認することができる。

    (2) 本件各更正処分の理由附記に不備がないこと

     ア 理由附記の程度について

       青色申告に係る法人税について更正をする場合には、更正通知書に理由を附記すべきものとされているところ(法人税法130条2項)、要求される理由附記の程度は、更正の理由が帳簿書類の記載を信用できないとするものである場合(以下「帳簿否認」という。)と、帳簿書類に記載された事実を前提に新たな評価を加えたり、帳簿書類に記載されている法的評価の部分を否認するものである場合(以下「評価否認」という。)とでは異なるというべきである。

       すなわち、帳簿否認の場合には、単に更正に係る勘定科目とその金額を示すだけでなく、そのような更正をした根拠を帳簿記載以上に信ぴょう力のある資料を摘示することによって具体的に明示することを要するのに対し、評価否認の場合には、更正は納税者による帳簿の記載自体を覆すものではないから、更正通知書記載の更正の理由が、そのような更正をした根拠について帳簿記載以上に信ぴょう力のある資料を摘示するものでないとしても、更正の根拠を更正処分庁の恣意の抑制及び不服申立ての便宜という理由附記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示するものである限り、法の要求する更正の理由附記として欠けることはないとされている(最高裁判所昭和60年4月23日第三小法廷判決・民集39巻3号850頁)。

     イ 本件各更正処分の理由附記について

       本件各更正処分は、帳簿書類の記載の前提である本件英文添削について、納税者と法的評価を異にして更正した場合であるから、評価否認に該当する。

       そして、本件各更正通知書の附記理由の場合は、本件負担額の目的、本件負担額が交際費等に該当する理由並びに交際費等に該当する金額及び交際費等の損金不算入額の記載があり、その記載内容から、原告が本件各更正処分の対象となった部分を容易に特定することができ、処分庁の恣意の抑制及び不服申立ての便宜という理由附記制度の趣旨目的を充足する程度に理由が具体的に明示されているということができるから、更正の理由として欠けるところはないというべきである。

     ウ なお、本件各更正通知書の更正の理由において、「H大学丙外3,713件」と記載されている部分は、記載の誤りであるが、前記のとおり、本件各更正通知書の更正の理由においては、本件各更正処分の対象となる事実及び法的評価・判断が明示されており、これにより理由附記制度の趣旨及び目的を十分に達しているところ、上記記載部分は、その内容が不自然であって、誤りがあることは一見して明らかであり、この誤りがことさら原告を混乱させ、不服申立てを困難にするおそれはないから、このことをもって、本件各更正処分を取り消すことを要するほどの不備ということはできない。

  5 争点

    以上によれば、本件の争点は、次の各点である。

    (1) 本件負担額が、措置法61条の4第1項に規定する「交際費等」に該当するか否か。

                              (争点1)

    (2) 本件各更正処分において、理由附記の不備の違法があるか否か。

                              (争点2)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 争点に対する判断

   「交際費等」の意義について

    措置法61条の4第3項は、同法61条の4第1項に規定する「交際費等」の意義について、「交際費、接待費、機密費その他の費用で、法人が、その得意先、仕入先その他事業に関係のある者等に対する接待、供応、慰安、贈答その他これらに類する行為のために支出するもの(専ら従業員の慰安のために行われる運動会、演芸会、旅行等のために通常要する費用その他政令で定める費用を除く。)をいう。」と規定しており、

 

 

「交際費等」が、一般的に、支出の相手方及び目的に照らして、取引関係の相手方との親睦を密にして取引関係の円滑な進行を図るために支出するものと理解されていることからすれば、

 

当該支出が「交際費等」に該当するか否かを判断するには、

 

支出が「事業に関係ある者」のためにするものであるか否か、

 

及び、

 

支出の目的が接待等を意図するものであるか否かが検討されるべきこととなる。

 

   そして、支出の目的が接待等のためであるか否かについては、

 

当該支出の動機、金額、態様、効果等の具体的事情を総合的に判断すべきであって、

 

 

 

当該支出の目的は、支出者の主観的事情だけではなく、

 

外部から認識し得る客観的事情も総合して認定すべきである。

 

 

   そこで、以上を踏まえ、本件負担額が「交際費等」に該当するか否かについて判断する。

 

 

 

  2 前掲「争いのない事実」、証拠(甲2の1ないし3,甲4ないし7,乙4,10,15,16,21ないし29,32,60,61,64,65,証人丁、戊)及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められる。

    (1) 本件英文添削の経緯及び事業の概要

     ア 昭和59年ごろまでDから派遣されて原告の研究開発本部に在籍していた乙博士は、原告の社内文書、D宛の英文メモ等の添削業務を担当していたが、時には無償で社外の医学研究者の英文を添削していた。

       原告は、乙博士がアメリカ合衆国に帰国した後、社内文書の英文添削を、同博士が帰国後所属していたTに発注し、その料金は、1時間当たり25ドルであり、1ページ当たりに換算すると約500円程度に相当するものであった。

       他方、社外の研究者からは、乙博士の英文添削が好評であったことから、同博士の帰国後も、原告に対し、引き続き英文添削を行って欲しいという要望があった。そこで、原告は、Dの英文添削を社外の研究者支援のために利用することを検討し、昭和60年から、名古屋地区において、英文添削業務を開始した。

       その際、原告は、英文添削の料金が、顧客を誘引する手段としての物品、金銭その他の経済上の利益の提供を禁止する公正競争規約に違反しないよう、公正取引協議会に確認したところ、依頼者から市中の相場価格を徴収することが必要であるという指導を受けたことから、国内業者による英文添削の相場価格を調査して、依頼者から1ページ当たり1500円の料金を徴収することとした。このため、上記英文事業は、Tのみに添削を発注していた平成3年までは、依頼者から徴収していた料金と、Tに支払っていた上記料金との差額による利益を原告にもたらしていた。

     イ その後、原告は、英文添削の対象地域及び対象機関が拡大し、Tのみによる添削では賄えなくなったことや、乙博士がDを退社したことから、平成4年に、C及びBとの間で、英文添削に関する契約を締結し、英文添削を発注することとした。原告は、C及びBに対して支払う料金については、両社がDの紹介した業者であったことから、直接交渉を行うことなく、Dから伝えられた料金をそのまま支払うこととなった。

       Cの英文添削料金は、平成6年12月31日までに実施されたものは1時間当たり65ドル、平成7年1月1日以降に実施されたものは1時間当たり70ドルであったが、原告は、Cの料金が高額な上に、時間単位の料金のために、添削に要した時間が適正か否かが分からず、正当な対価として請求されているか疑問があったことから、平成9年10月に、同社と交渉して、料金を1ページ当たり54ドルに改定し、なお料金が割高であったことから、その後、平成12年3月をもって、同社との契約を終了した。

       また、Bの英文添削料金は、平成6年9月までは1ページ当たり6200円、同月以降は1ページ当たり52ドルであったが、これも高額であったことから、原告は、平成9年10月に、同社と交渉して、1ページ当たり47ドルに改定し、現在に至っている。

     ウ 他方、原告は、英文添削業務開始後、原告による英文添削が、取引を誘引する行為を禁止する公正競争規約に違反することがないよう、ほぼ2年おきに、国内の英文添削業者20社の料金を調査して平均価格を算出し、この市場価格調査の結果を踏まえて、研究者に請求する料金を、平成5年7月には2000円、平成7年10月には2500円、平成9年7月には3500円に改定した。また、平成9年10月には、原告が上記各料金の差額を負担していたことが報道され、研究者が差額の発生を知り得ることとなったことから、研究者に請求する料金を5000円に改定した。

     エ 本件各事業年度における本件英文添削外注費、本件英文添削収入及び本件負担額は、別表11記載のとおりであり、原告が本件英文添削を実施する際に負担していた、依頼者に請求していた料金と本件各添削業者に支払った料金との差額である本件負担額は、平成6年3月期において1億4513万6839円、平成7年3月期において1億1169万0336円、平成8年3月期において1億7506万1634円にも及んでいた。

       また、本件各事業年度における本件英文添削外注費は、本件英文添削収入と比べて、平成6年3月期において約5・1倍、平成7年3月期において約3・7倍、平成8年3月期において約4・3倍もの額に上っていた。

    (2) 本件英文添削及び国内の業者による英文添削の内容

      本件英文添削は、英語のネイティブ・スピーカーによる添削であり、その添削内容は、文法、英文表現、スペル等の確認に加え、医学用語の確認や、論文が投稿規定に沿って作成されているか否かの確認も含むものであった。

      他方、国内の業者による英文添削の場合も、ネイティブ・スピーカーが添削を行っていることが通常であり、大学教授、理工系の大学及び大学院出身者、医学部教員、医学博士等が英文添削を行っている例もある。しかし、国内の業者による英文添削の内容については、文法、スペル等の確認に加えて、論文構成の適切性の確認、医学用語についての確認、投稿規定に沿った書式の作成等を行っている業者や、本件英文添削において投稿規定に沿って作成されているか否かの確認として行われているものと同様の、引用文献の表記方法の確認を行っている業者も存するものの、このような作業を行わない業者も多数存する。

    (3) 本件英文添削の依頼者

      原告は、本件英文添削について、全ての医学研究論文発表者を対象とするのではなく、研究内容からすれば最高レベルにありながら、英文添削の補助を受けられる機会が乏しいと考えられる、国内の医科系大学、総合大学の医学部、その付属病院及び医療機関に所属する研究者に対象を限定した上で、これらの対象者から英文添削の依頼があれば、研究者の地位にかかわらず引き受けることとしていたが、上記の各大学の付属病院及び医療機関は、すべて原告の製造、販売に係る医薬品の取引先であった。

      本件英文添削の依頼者には、若手の医学研究者が多く、平成7年においては、講師、助手及びその他の研究者からの依頼が全体の87・4パーセントを占めており、教授及び助教授からの依頼は、全体の12・6パーセントであった。また、依頼者の中には、研修医、大学院生、研究医等、大学の職員の資格を有しない者のほか、医療に携わらない基礎医学の医師や、海外からの留学生も含まれていた。

    (4) 本件英文添削の依頼方法

      原告は、本件英文添削について、取引先や一般の病院等に対して宣伝をしたことはなく、研究者が原告に本件英文添削を依頼する端緒としては、口伝えにより本件英文添削を知り、原告に直接連絡したり、医局の秘書を通じて原告に連絡する場合などがあり、原告は、そのような連絡を受けると、当該依頼者に医学英文添削申込書用紙を持参していた。

      原告は、大学の付属病院などの医療機関に、医薬品の適正使用や普及を目的とした情報活動等を行う目的で、MRを派遣していたところ、本件英文添削の依頼については、原告のMRが上記申込書用紙を依頼者に持参し、これを用いて依頼を行い、また、原告のMRが、添削の依頼を受けた英文を直接預かるなど、MRを通して行われることが多かった。

      また、基礎医学の医師の場合など、MRが訪問していない医療機関に属する者からの場合には、郵送、ファックス等により、直接原告の学術部に依頼が行われることもあった。

      原告は、添削の依頼を受けるMRに対し、取引を誘引する行為を禁じた公正競争規約に違反しないよう、本件英文添削を取引の条件としたり、取引の条件としているような印象を与えないことを指導していた。

      原告の学術部では、添削を依頼された論文を預かった際、社内における確認用のノートに記入して論文を管理しており、このノートには、依頼者の氏名、所属機関、依頼日、論文名、原告が本件各添削業者に支払った金額、原告が依頼者に請求した金額等が記載されている。

    (5) 本件英文添削における料金の請求方法

      原告は、添削後の英文を、手渡し又は郵送の方法によって、依頼者に返送していた。

      また、依頼者から原告に対する英文添削料金の支払は、振込みの方法によっていたが、原告のMRが直接依頼者から集金することもあった。

    (6) その他

      本件英文添削については、原告のMRの一部から、取引を誘引する行為を禁じた公正競争規約に違反しないかどうかについて、問い合わせが行われたところ、原告の医薬業務室が平成5年7月15日付けで各支店長及び部長に発した文書には、この点についての検討結果として、「公正競争規約上明確ではありませんが、現段階では一応下記の条件を満した場合は取り引き誘引性は少ないものと考えられます。①英文添削を特定の医局、特定の医療担当者に頻回に行わないこと。②英文添削を行う際に、取り引きを条件としないこと。」と記載されている。

 

 

 

 

 

  3 そこで、以上の事実を踏まえて、本件負担額が交際費等に該当するか否かについて判断する。

    (1) まず、本件英文添削の依頼者が、原告の「事業に関係ある者」に該当するか否かについて検討する。

     ア 原告は、主として医家向医薬品の製造、販売を事業内容とする株式会社であり、大学の付属病院などの病院等をその取引先とするものであるところ、本件英文添削の対象とされた研究者が所属する医科系大学及び総合大学の医学部については、その付属病院が全て原告の製造、販売に係る医薬品の取引先であり、本件英文添削の対象とされた研究者が所属するその他の医療機関も、いずれも原告の製造、販売に係る医薬品の取引先であったものである。

       また、原告は、本件英文添削について、取引先や一般の病院等に対して宣伝をしたことはなく、本件英文添削の依頼も、主に原告のMRが、原告の取引先を訪問した際に、これらの取引先の研究者から英文を預かるなどして受けていたものである。

       このように、本件英文添削の依頼者は、原告の取引先である大学の付属病院、これらの病院を有する医科系大学及び総合大学の医学部又はその他の医療機関に所属する、医師等やその他の研究者に限られていたのであるから、本件英文添削の依頼者は、いずれも原告の「事業に関係ある者」に該当するというべきである。

       これに対し、原告は、本件英文添削の依頼者について、医薬品の購入や処方について何らの決定権限を有しない個々の研究者であることや、将来にわたっても原告の取引先になる可能性のない者も含まれていることから、これらの者は、原告の「事業に関係ある者」に該当しない旨主張する。

       しかし、「事業に関係ある者」の範囲を、原告の主張するように、医薬品の購入や処方について何らの決定権限を有していたり、あるいは、将来原告の取引先になる可能性のある者に限定して解釈すべき文理上の根拠はない。

       また、実際、病院等における医薬品の購入手続が、原告の主張するとおり、各医局の長が申請し、各医局の代表者が構成する薬事審議会等の議決機関が決定するものであり、医薬品の処方についても、医局の長が大きな権限を有しているとしても、病院等に勤務する医師等は、原告の製造、販売に係る医薬品の購入を申請するよう、各医局の代表者に働きかけることが可能であり、医薬品の処方に関しても、病院等が同種の医薬品を購入している場合には、原告の製造、販売に係る医薬品を選択して処方することができるものと考えられる。

       さらに、本件英文添削の依頼者のうち、基礎医学の医師など、医療に携わらない研究者については、原告の製造、販売に係る医薬品を使用する機会がないとしても、これらの研究者の所属する大学の付属病院等が原告の取引先であり、原告がこれらの研究者から英文添削の依頼を受けることにより、その研究者が所属する大学等の各医局の長、薬事審議会の構成員等に良好な印象を与え、原告の製造、販売に係る医薬品の購入、処方の円滑な進行が図れる場合も容易に考えられるところである。

       このような事情にかんがみれば、本件英文添削を依頼した研究者が、病院等において医薬品の購入や処方を自ら決定する権限を有しておらず、また、直接医薬品を使用する立場になかったとしても、そのことをもって、これらの者が原告の「事業に関係ある者」に該当しないとはいえないから、原告の上記主張は理由がない。

 

 

 

 

    (2) 次に、本件負担額の支出の目的が接待等を意図するものであるか否かについて検討する。

 

 

     アa 原告が本件英文添削の対象としていた研究者の所属する大学の付属病院や医療機関は、すべて原告の取引先であり、原告が本件英文添削について一般の病院に宣伝したことはなく、主として原告が派遣したMRを通して英文添削の依頼を受けていたことに照らせば、本件英文添削は、これを利用できる者の範囲は、事実上、原告の取引先である大学の付属病院、これらの付属病院を有する医科系大学及び総合大学の医学部又はその他の医療機関に所属する研究者のみに限られていたものということができる。

      b また、原告は、取引先の医療機関に対し、医薬品の適正使用や普及を目的とした情報活動等を行う目的で、MRを派遣していたものであるところ、本件英文添削の依頼をMRを通して受けることにより、MRは取引先の医師等やその他の研究者と接触する機会をより多く得ることができ、ひいてはMRが取引先である医療機関に所属する者との間に親密な関係を築くことにより、原告の医薬品の販売に係る取引関係を円滑にする効果を有するものということができる。

        加えて、本件英文添削は、外資系の医薬品製造、販売業者である原告が、国内の添削業者と同等又はそれ以上の内容の英文添削を、国内の添削業者と同水準の料金で提供するものであって、このような事業を提供することにより、取引先の医師等の歓心を買うことができることからも、本件英文添削は、医薬品の販売に係る取引関係を円滑にする効果を有するものというべきである。

      c 原告は、以上のとおり、原告の取引先に所属する研究者しか利用できず、かつ、医薬品の販売に係る取引関係を円滑にする効果を有する本件英文添削を、本件各事業年度において、極めて頻繁に行っており、本件負担額は、平成6年3月期において1億4513万6839円、平成7年3月期において1億1169万0336円、平成8年3月期において1億7506万1634円にも及び、本件各事業年度における本件英文添削外注費は、本件英文添削収入と比べて、平成6年3月期において約5・1倍、平成7年3月期において約3・7倍、平成8年3月期において約4・3倍もの額に上っている。

        これらの事実に照らせば、原告は、本件英文添削を、添削の依頼者である研究者の所属する取引先との間において、医薬品の販売に係る取引関係を円滑に進行することを目的として行っていたものというべきである。

        そこで、原告は、本件英文添削を実施するに当たっては、取引を誘引する行為を禁じた公正競争規約に違反することを避ける必要から、依頼者に対しては、国内の業者による英文添削料金と同水準の料金を請求したものの、本件各添削業者に対して支払った外注費と、依頼者に請求した料金との差額(本件負担額)については、自らが負担することとしたものと理解することが相当である。

      d したがって、本件負担額は、原告が、本件英文添削を取引先の医師等に提供するために必要な費用として、医薬品の販売に係る取引関係を円滑に進行する目的で支出したものというべきであるから、本件負担額の支出は、接待等を目的として行われたものであるというべきである。

 

     イa これに対し、原告は、本件英文添削について、日本の研究者の優れた研究を海外で発表する機会を増やし、十分な評価を得られるための助力を行うことが、原告が日本の医学の発展に貢献する手段であると考えて行ったものであり、本件英文添削の目的は、研究者の援助であって、接待等ではないと主張する。

 

        しかしながら、仮に本件英文添削を実施するに当たり、原告が、医学研究者の援助という目的を有していたとしても、原告が本件各事業年度において本件英文添削を実施するために支出した本件負担額が、1億1169万0336円ないし1億7506万1634円にも及んでいること、本件英文添削を引き受ける対象者が、医学研究者一般を対象としたものではなく、実際上、原告の取引先である大学の付属病院、これらの付属病院を有する医科系大学及び総合大学の医学部又はその他の医療機関に所属する研究者のみに限られていたことにかんがみれば、専らこのような目的だけのために本件英文添削を行ったものと認めることは困難であり、前記認定のとおり、原告に、取引先との間における医薬品の販売に係る取引関係を円滑に進行することを目的とする意図が存したことは、否定できないというべきである。

 

        したがって、原告の上記主張をもっても、前記アの認定を覆すことはできないというべきである。

      b また、原告は、本件英文添削に関し、大学の付属病院の研究者であれば、原告の製造する処方薬を使用しない教室に所属する研究者や、医師免許を有しない留学生であっても依頼を受けていたこと、原告に英文添削を依頼した研究者の多くが、研修医、大学院生、研究医等、大学又は付属病院の職員としての身分を有しない者であることから、本件英文添削は、接待等の目的を果たし得ないものであって、本件負担額の支出は、接待等を目的とするものに該当しない旨主張する。

 

        しかしながら、本件英文添削を依頼した研究者が、病院等において医薬品の購入や処方を自ら決定する権限を有していなかったとしても、各医局の代表者に働きかけるなどの方法により、原告の製造、販売に係る医薬品の購入及び処方に影響を与えることが可能であり、本件英文添削を依頼した研究者が、直接医薬品を使用する立場になかったとしても、原告がこれらの研究者から英文添削の依頼を受けることにより、その研究者が所属する大学等の各医局の長等に良好な印象を与えることにより、原告の製造、販売に係る医薬品の取引関係の円滑な進行を図ることができることは、前記(1)イのとおりであるところ、これらの事情に照らせば、本件英文添削が接待等の目的を果たし得ないとする原告の主張は、理由がないといわざるを得ない。

 

     ウ なお、原告は、金員の支出が措置法61条の4第1項に規定する「交際費等」に該当するためには、接待等が、その相手方において、当該支出によって利益を受けていると認識できるような客観的状況の下に行われることが必要であるとした上で、本件負担額については、本件英文添削が、その依頼者において、原告による本件負担額の支出によって利益を受けていると認識できるような客観的状況の下に行われていないことから、「交際費等」に該当しない旨主張する。

 

       しかしながら、金員の支出が「交際費等」に該当するためには、前記1のとおり、当該支出が事業に関係のある者のためにするものであること、及び、支出の目的が接待等を意図するものであることを満たせば足りるというべきであって、接待等の相手方において、当該支出によって利益を受けることが必要であるとはいえないから、当該支出が「交際費等」に該当するための要件として、接待等が、その相手方において、当該支出によって利益を受けていると認識できるような客観的状況の下に行われることが必要であるということはできない。

       したがって、原告の上記主張は、そもそも前提を欠くものであって、理由がないといわざるを得ない。

       また、本件英文添削が、その依頼者において、原告による本件負担額の支出によって利益を受けていると認識できるような客観的状況の下に行われたものでないとしても、前記アのとおり、原告は、医薬品の販売に係る取引関係を円滑に進行することを目的として本件英文添削を行うに当たり、公正競争規約に違反しないよう、国内の業者と同水準の添削料金を請求する必要があり、かつ、本件負担額について、取引関係の円滑という本件英文添削の目的に資するよう、依頼者に請求せずに自らこれを負担することとしたものであるから、本件負担額の支出は、接待等を目的とするものというべきであって、このことは、本件英文添削の依頼者が本件負担額による利益を認識することができたか否かによって、異ならないというべきである。

 

    (3) 以上によれば、原告による本件負担額の支出は、措置法61条の4第1項に規定する「交際費等」に該当するものと認めることができる。

 

 

 

 

 

 

 

  4 争点2について

    (1) 前記「争いのない事実」(4)及び証拠(乙12ないし14)によれば、本件各更正処分に係る理由の附記について、次の事実が認められる。

     ア 本件各更正通知書の「更正の理由」欄において、「1交際費等の損金不算入額」の項目の下に、本件英文添削の経緯及び本件負担額が記載され、「この負担額は、次のことから、病院等の医師等との関係を円滑にすることを目的として負担されたものと認められ交際費等に該当します」とした上で、「交際費等」に該当するとして損金不算入となる金額が記載されており、「交際費等」に該当する理由として、

      a 「貴社が医師等から受領した英文添削料金と貴社がこれらの添削のため支出した外注費との間に、著しく開差があり、英文添削を依頼した医師等に対して、経済的利益を供与していると認められる」こと、

      b 「英文添削の依頼者である医師等は、貴社の医薬品の納入先に勤務する者で、医薬品の処方ができる資格を有している者であり、購入する医薬品の決定に影響力を行使しうる立場にある者、または、その者の指導下にある者である」こと、

      c 「依頼者の医師等は、貴社の医薬情報担当者の業務である医薬情報の収集に関する情報を有する者であり、それらの医薬品等の情報を提供しうる者である」こと、

      d 「貴社の英文添削サービスは、一般的に開示されたものでなく貴社の医薬情報担当者が窓口となり個々に依頼を受けることから、英文添削の依頼ができる者は、貴社の取引先に限られている」こと

      が記載されている。

     イ また、「1交際費等の損金不算入額」の項目の末尾に、「英文添削に係る費用等」として、英文添削外注費及び英文添削収入の相手先及び金額並びに差引負担額(本件負担額)が記載されているところ、英文添削収入の相手先の欄には、平成6年3月期、平成7年3月期及び平成8年3月期のいずれの事業年度においても、「H大学丙外3,713件」と記載されている。

    (2) 以上の事実を前提に、本件各更正処分において、理由附記の不備の違法があるか否かについて検討する。

     ア 青色申告に係る法人税について更正をする場合には、更正通知書に理由を附記すべきものとされているところ(法人税法130条2項)、本件各更正処分は、本件各事業年度における本件負担額について、帳簿書類の記載自体を否認して更正を行うものではなく、本件負担額の金額についての法的評価が原告と異なることから更正したものであり、このような場合における理由の附記については、更正通知書に記載された更正の理由が、更正の根拠を更正処分庁の恣意抑制及び不服申立ての便宜という理由附記制度の趣旨目的を充足する程度に具体的に明示するものである限り、法の要求する更正理由の附記として欠けることはないと解される(最高裁判所昭和60年4月23日第三小法廷判決・民集39巻3号850頁)。

     イ そこで、本件負担額を「交際費等」として損金不算入としたことに関する本件各更正通知書の理由附記について、この点を検討すると、本件各更正通知書には、前記(1)アのとおり、本件負担額の目的、本件負担額が「交際費等」に該当する理由及び「交際費等」として損金不算入となる金額が、それぞれ具体的に記載されており、原告としては、これらの記載内容から、本件各更正処分において、本件負担額が損金に算入されなかった理由及びその金額を容易に知ることができるというべきである。

       そうすると、本件各更正通知書においては、本件負担額を損金不算入としたことについて、処分庁の恣意を抑制し、原告による不服申立ての便宜を図るという、理由附記制度の趣旨目的を充足する程度に理由が具体的に明示されているということができるから、本件各更正通知書における本件負担額の損金不算入に関する理由の附記については、更正理由の附記として欠けるところはないということができる。

     ウ 他方、本件各更正通知書の英文添削収入の相手先の欄には、平成6年3月期、平成7年3月期及び平成8年3月期のいずれの事業年度においても、「H大学丙外3,713件」と記載されているところ、このように各事業年度において英文添削の依頼件数が同一であることは不自然といわざるを得ず、少なくとも本件各事業年度のうち2事業年度における上記相手先の欄の記載には、誤りがあるものと推認される。

       しかしながら、上記のとおり、本件各更生通知書においては、本件負担額の損金不算入に関する理由として、本件負担額の目的、本件負担額が「交際費等」に該当する理由及び「交際費等」として損金不算入となる金額が、それぞれ具体的に記載されており、理由附記制度の趣旨目的を充足する程度に理由が具体的に明示されているということができる一方、上記の誤りによって、原告の不服申立てが困難となるおそれがあるということはできない。

       したがって、本件各更正通知書における上記の記載の誤りをもって、本件各更正通知書に、法の要求する理由附記として欠けることがあるということはできない。

     エ そして、他に、本件各更正通知書において、理由附記に不備が存することを認めるに足りる証拠はない。

    (3) 以上によれば、本件各更正処分において、理由附記の不備の違法があるということはできない。

 

 

第4 結論

 

  以上によれば、被告が本件各更正処分において、本件負担額の支出が措置法61条の4第1項に規定する「交際費等」に該当するとして、これを損金に算入することを否認したことは相当であり、本件各更正処分において理由附記の不備の違法はなく、本件各更正処分は、いずれも適法であることが認められる。

 よって、原告の請求は、いずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

 

    東京地方裁判所民事第2部

        裁判長裁判官  市村陽典

           裁判官  森 英明

           裁判官  馬渡香津子