売上原価の見積計上と虚偽申告(3)

 

 

 

法人税法違反被告事件

 

 

【事件番号】 最高裁判所第2小法廷判決/平成12年(あ)第1714号

 

【判決日付】 平成16年10月29日

 

【判示事項】

 

 被告会社が土地を造成し宅地として販売するに当たり地方公共団体から都市計画法上の同意権を背景として開発区域外の排水路の改修工事を行うよう指導された場合においてその費用の見積金額を法人税法22条3項1号にいう「当該事業年度の収益に係る売上原価」の額として損金の額に算入することができるとされた事例

 

 

【掲載誌】  最高裁判所刑事判例集58巻7号697頁

 

 

について検討します。

 

 

 

主   文

 

 原判決中被告人両名に関する部分を破棄する。

 本件を東京高等裁判所に差し戻す。

 

       

 

 

 

理   由

 

 

 被告人両名の弁護人五木田彬の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,単なる法令違反,事実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。

 しかし,所論にかんがみ,職権をもって調査すると,以下のとおり,原判決中被告人両名に関する部分は破棄を免れない。

 1 原判決及びその是認する第1審判決の認定によると,第1審判決判示第一の一の事実(昭和61年10月1日から同62年9月30日までの事業年度に係る法人税法違反)に関する事実関係の概要は,次のとおりである。

 (1)被告人A株式会社(平成2年1月の商号変更前の名称はB株式会社。以下「被告会社」という。)は,茨城県稲敷郡牛久町(後に市制に移行。以下「牛久市」という。)内の土地を購入して造成し宅地として販売することにした。被告会社は,上記開発行為につき茨城県知事の許可を得るため,都市計画法に基づいて牛久市と協議をした。牛久市は,宅地開発に当たっては,開発区域の内外を問わず,流末排水路を開発業者に整備させるという行政指導を行い,開発業者がこれに従わない場合には,同法(平成12年法律第73号による改正前のもの)32条に基づく公共施設の管理者としての同意を与えず,開発許可申請を茨城県知事に申達しないという取扱いをしていた。このため,牛久市の担当者は,被告会社に対し,本件土地内から排出された雨水が流下することになる開発区域外の長さ約400mの農業用水路を,直径2mの管を埋設した暗きょの雨水排水路とすることなどを内容とする改修工事を行うよう指導した(以下,この工事の内容を「第1案」という。)。被告会社は,これを了承し,牛久市の同意を得て,昭和58年6月に茨城県知事から開発許可を受けた。

 (2)その後,被告会社は,本件土地を造成し,昭和62年6月にこれを販売した。

 (3)同年7月ころ,牛久市の担当者は,方針を変更し,被告会社に対し,幅4mの開きょの雨水排水路とすることなどを内容とする改修工事を行うよう指導した

(以下,この工事の内容を「第2案」という。)。第2案は第1案の約3倍の工費を必要とするため,被告会社が難色を示すと,牛久市の担当者は,第1案の工費の範囲内で被告会社が第2案の工事を部分的に施工するとの代案を提示した。これを受け入れた被告会社は,本件改修工事を請け負わせようと考えていた株式会社C建設に対し,第1案の工費を見積もるよう依頼した。同年9月ころ,同社は1億4668万円と見積もり,被告会社はこの見積金額を牛久市の担当者に連絡した。

 (4)同年10月ころ,牛久市側は,更に方針を変更し,本件改修工事をすべて公共工事として行うこととし,被告会社に対し,第1案の工費に相当する上記金額を都市下水路整備負担金として牛久市に支払うよう求め,被告会社はこれを了承した。

 (5)同年11月30日,被告会社は,本件土地の販売に係る収益の額を昭和61年10月1日から同62年9月30日までの事業年度(以下「当期」という。)の益金の額に算入し,上記1億4668万円を上記収益に係る売上原価の額として当期の損金の額に算入した上,確定申告をした。

 (6)牛久市は,昭和63年度から3年計画で本件改修工事を行うこととし,同年3月成立の同年度一般会計予算において,被告会社が支出する上記負担金の初年度分として総額の約3分の1に当たる5000万円を歳入に計上した。しかし,その後,牛久市は,住民の反対運動が起きることを懸念して同工事を行わず,被告会社も,上記負担金を支出していない。

 2 以上の事実関係を前提として,第1審判決は,上記1億4668万円を当期の収益に係る売上原価の額として当期の損金の額に算入することは許されないとし,原判決も,その結論を是認した。原判決の理由の要旨は,次のとおりである。

 (1)上記金額を当期の収益に係る売上原価の額として損金の額に算入することを認めるためには,その支払が債務として確定していたこと,すなわち,その義務の内容が客観的,一義的に明白で,費用を見積もることができる程度に特定されていたことを要する。

 (2)当期終了の日までの時点で,被告会社が本件改修工事を行うことが,牛久市との間で法的拘束力を伴った義務として確定するに至っていたとはいえないことなどの事情に照らすと,同日までの時点で,同工事に関する被告会社の義務の内容が客観的,一義的に明白であったとは認められない。したがって,同工事に関する費用を当期の損金とすることはできない。

 

 3 原審の上記認定判断は,是認することができない。その理由は,次のとおりである。

 

 

 前記1の認定事実及び記録によれば,

 

(1)牛久市は,都市計画法上の同意権を背景として,被告会社に対し本件改修工事を行うよう求めたものであって,被告会社は,事実上その費用を支出せざるを得ない立場に置かれていたこと,

 

(2)同工事の内容等は,牛久市側の方針の変更に伴い変遷しているものの,被告会社が支出すべき費用の額は,終始第1案の工費に相当する金額であったこと,

 

(3)被告会社は,昭和62年9月ころに建設会社にこれを見積もらせるなど,同年9月末日までの時点において既にその支出を見込んでいたこと,などが明らかである。

 

これらの事実関係に照らすと,当期終了の日である同年9月末日において,被告会社が近い将来に上記費用を支出することが相当程度の確実性をもって見込まれており,

 

かつ,

 

同日の現況によりその金額を適正に見積もることが可能であったとみることができる。

 

 

このような事情がある場合には,当該事業年度終了の日までに当該費用に係る債務が確定していないときであっても,上記の見積金額を法人税法22条3項1号にいう「当該事業年度の収益に係る売上原価」の額として当該事業年度の損金の額に算入することができると解するのが相当である。

 

 

 

 したがって,原判決には,損金の額に算入すべき売上原価について,法律の解釈を誤った結果,審理不尽,事実誤認の疑いがあり,これが判決に影響を及ぼすことは明らかであって,原判決を破棄しなければ著しく正義に反するものと認められる。

 

 

 なお,原判決が維持した第1審判決は,被告人甲につき判示第一及び第二の各事実を,被告会社につき判示第一の各事実をそれぞれ有罪としたものであるが,判示第一の一の事実はその余の上記事実と刑法(平成7年法律第91号による改正前のもの)45条前段の併合罪の関係にあるとして起訴されたものであり,判示第一の一の事実のみを分離することはできないから,原判決中被告人両名に関する部分を全部破棄することとする。

 

 よって,刑訴法411条1号,3号,413条本文により,原判決中被告人両名に関する部分を破棄し,上記の点について更に審理を尽くさせるため,本件を東京高等裁判所に差し戻すこととし,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。

 

 検察官小高雅夫 公判出席

(裁判長裁判官 北川弘治 裁判官 梶谷 玄 裁判官 滝井繁男 裁判官 津野 修)