資産の低額譲渡と法人税法22条2項(1)

 

 

 

更正処分取消等請求事件

 

 

【事件番号】 宮崎地方裁判所判決/平成4年(行ウ)第2号、平成4年(行ウ)第3号

 

【判決日付】 平成5年9月17日

 

【判示事項】 時価に比して低額の譲渡価額で代表者に株式を譲渡した会社に対する法人税の更正処分等が、法人税法二二条二項の無償譲渡には時価より低い価額による取引が含まれ、譲渡価額と時価との差額に該当する金額が益金に算入されるとして、適法とされた事例

 

 

【掲載誌】  行政事件裁判例集44巻8~9号792頁

 

 

 

について検討します。

 

 

 

 

 

主   文

 

   一 原告らの請求をいずれも棄却する。

   二 訴訟費用は原告らの負担とする。

 

       

 

 

事   実

 

第一 請求

 一 被告が、原告南西通商株式会社に対し、同原告の昭和六二年九月一日から昭和六三年八月三一日までの事業年度及び昭和六三年九月一日から平成元年八月三一日までの事業年度の各法人税について、平成三年一月一四日付でした更正処分を取り消す。

 二 被告が、原告岡正絋に対し、同原告の昭和六三年分及び平成元年分の各所得税について、平成三年八月二八日付でした更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取り消す。

 

 

第二 事案の概要

 被告は、原告会社に対し、昭和六二年九月一日から昭和六三年八月三一日までの事業年度(以下「昭和六三年度」という。)及び昭和六三年九月一日から平成元年八月三一日までの事業年度(以下「平成元年度」という。また、「昭和六三年度」及び「平成元年度」をあわせたものを「本年各事業年度」ともいう。)の各法人税について、平成三年一月一四日、更正処分(以下「本件第一処分」ともいう。)をし、また、原告岡に対し、平成三年八月二八日、昭和六三年分及び平成元年分の各所得税について更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件第二処分」ともいう。)をしたが、原告らは、被告の右各処分が違法であると主張して、その取消しを求めたのが本件の事案である。

 

一 争いがない事実

1 原告会社は、昭和四九年に設立された資本金三〇〇万円の金融業等を営む会社であり、設立以来、資本金及び株主構成に変動はなく、実質は原告岡が資本金を全額支出し、他の株主は名目上のものにすぎない会社であり、原告岡は原告会社の代表取締役としてその会社経営を支配しているものである。

2 原告会社は、別紙一のとおり購入保有していた株式会社宮崎太陽銀行(旧商号・株式会社宮崎相互銀行。以下「宮崎太陽銀行」という。)の株式(以下「本件株式」という。)一四万九〇二五株につき、昭和六三年四月一日に一三万九〇二五株を、平成元年三月三一日に残りの一万株を、いずれも一株あたり一三五円で原告岡に対し譲渡した。

 

3(一)本件第一処分について

 

  (1)イ 原告会社は、本件各事業年度の各法人税について、それぞれ法定申告期限までに次のとおり申告した。昭和六三年度

       所得金額         九一万一〇五七円

     平成元年度

       所得金額        △六七九万三七三三円(損失)

 ロ 原告会社は、平成二年一月二三日、本件各事業年度の所得金額について、次のとおり、修正申告した。

     昭和六三年度

       所得金額         一二六万七八一五円

       控除所得税額      三八万○一〇〇円

     平成元年度

       所得金額        △六五七万〇一一六円(損失)

       控除所得税額         九万○○O○円

 

 

(2)被告は、原告会社に対し、平成三年一月一四日、本件各事業年度の各法人税の申告について、次のとおり、更正処分をした。

     昭和六三年度

       所得金額         八九一万四一九〇円

       翌期へ繰り越す欠損金額         ○円

       控除所得税額       二七八万三八八〇円

     平成元年度

       所得金額        △五一九万八七一六円(損失)

        翌期へ繰り越す欠損金額  五一九万八七一六円

        控除所得税額         九万○○○○円

 

 

 (3)イ 原告会社は、国税不服審判所長に対し、同年三月一五日、前記各更正処分につき、審査請求した。

 ロ 国税不服審判所長は、平成四年一月三一日、原告会社の各審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をし、その裁決書は、同年二月一四日ころ、原告会社に到達した。

(二) 本件第二処分

 (1)原告岡は、昭和六三年分及び平成元年分の所得税について、それぞれ法定申告期限までに次のとおり申告した。

      昭和六三年分

        所得金額        一三一三万五〇〇〇円

        納付すべき税額       四五万三八〇〇円

      平成元年度

        所得金額        一四八〇万二〇〇〇円

        納付すべき税額       六四万三三〇〇円

 

 

(2)被告は、原告岡に対し、平成三年八月二八日、前記各所得税の申告について、次のとおり、更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をした。

      昭和六三年分

       所得金額        二〇四八万九〇五六円

          納付すべき税額       六八万三五〇〇円

          過少申告加算税額       二万二〇〇〇円

        平成元年分

          所得金額        一六七四万九五〇〇円

          納付すべき税額       七六万六五〇〇円

          過少申告加算税額       一万二〇〇〇円

 

 

  (3)イ 原告岡は、同年九月一二日、前記(2)の各更正処分につき、異議申立てをしたが、右異議申立ては、原告岡の同意を得て、国税不服審判所長に対する審査請求とみなされた。

    ロ 国税不服審判所長は、平成四年二月二八日、原告岡の各審査請求をいずれも棄却する旨の裁決をし、その裁決書は、同年三月八日ころ、原告岡に到達した。

4 被告の原告らに対する本件第一処分及び本件第二処分の理由は、前記2の本件株式の各譲渡は、時価よりも、低廉な価格でなされたものであるから、原告会社については、法人税法二二条二項により、時価との差額に相当する金額を益金に算入すべきであり、原告岡については、原告会社から、時価との差額に相当する金額の経済的利益の供与を受けたものであるから、その経済的利益を原告会社からの賞与と認定すべきであるということである。

 

 

 

 

 

 

二 当事者の主張及び本件の争点

 1 被告の主張

  (一)本件第一処分について

(1)法人税法二二条二項は、資産の無償譲渡及び無償譲受、役務の無償提供その他の無償取引に係る収益も益金に算入することを定めており、これらの無償取引には時価より低廉な対価による取引が含まれる。

(2)時価とは、通常、当該譲渡の時における客観的な交換価値、すなわち、自由市場において、市場の事情に十分通じ、かつ、特別の動機を持たない多数の売手と買手が存在する場合に成立する価額をいうものと解される。

  本件株式は、原告会社から原告岡に譲渡されたときには、証券取引所に上場されておらず、日本証券業協会における店頭登録銘柄としての登録もなく、かつ、店頭売買登録扱い銘柄としての指定もない株式(いわゆる取引相場のない株式)であったので、その時価の算定にあたっては、売買実例価格に基づくことがもっとも合理的と認められ、実例として取り上げられた売買の価格が当該売買の時における客観的な交換価値を表しているものと認められれば、その売買実例に基づく株式の評価方法は妥当である。

 イ 昭和六三年四月一日の譲渡当時の本件株価宮崎太陽銀行の従業員持株会(以下「持株会」という。)は、経常的に取引の実績があり、一般の株主も株式を持株会に自由に譲渡しうるから、持株会が一般の株主と行った取引における価格は対等な当事者間において成立した取引で、右取引における価格は客観的な交換価値を反映したものと認められる。

   そこで、被告は、持株会と一般の株主とでなされた、昭和六三年四月一日以前における売買の実例をもとに、当時の本件株式の時価を一株あたり二八〇円と認定した。

 ロ 平成元年三月三一日の譲渡当時の本件株価宮崎太陽銀行が、一般株主から単位未満株式の買取請求を受けて買い取った際の株式の売買価格も、持株会と一般の株主が株の売買をした際の株価と同様に、客観的な交換価値を反映しているものと認められるが、被告は、平成元年三月三一日以前における、持株会と一般の株主とでなされた売買の実例及び前記単位未満株式の買取請求を受けて宮崎太陽銀行が買い取った際の株価をもとに、当時の本件株式の時価を一株あたり四三〇円と認定した。

   ハ 被告が、イ及びロにおいて認定した本件株式の時価は、福岡市所在の前田証券株式会社が公表した宮崎太陽銀行の店頭気配値と同価格か又は極めて近似した価格である。

  (3)被告は、本件において、前記(2)イ及びロのとおり、認定した本件株式の時価に基づいて、前記一2の本件株式の各譲渡を低廉譲渡と認め、法人税法二二条二項を適用して、本件第一処分をした。

(二) 本件第二処分について

   前記一2の本件株式の各譲渡は、法人税法二二条二項に規定する低廉譲渡に該当するが、被告が認定した本件株式の時価と原告岡の譲受価額との差額は所得税法三六条の経済的利益に該当し、本件においては所得税法二八条の給与所得(賞与)にかかる収入金額に算入すべきこととなる。

   被告は、原告岡に対し、右収入金額にかかる所得について、本件第二処分をした。

 

 

 

 

 

2 原告らの主張

(一)主張の前提となる事情

  (1)原告会社は、一1のとおり、原告岡が資本金を実質的に全額出資した会社である。

  (2)原告会社は、昭和六三年当時、宮崎太陽銀行と取引があったが、原告岡は、宮崎太陽銀行延岡支店長から、金融会社である原告会社が宮崎太陽銀行の株式を大量に保有することには問題があり、個人である原告岡の名義で保有してもらいたいとの要望を受けた。

 (3)原告岡は、原告会社に対し、多額の債権を有しており、取引銀行に会計上不健全な印象を与えていたので、これを清算する必要があった。そこで、本件株式の譲渡は、実質上、右債務に対する代物弁済としてなされ、本件株式の譲渡代金は、原告会社の原告岡に対する債務と対当額で相殺された。

 (4)本件株式は、譲渡後にも、原告会社の債務の担保として使用された。

(二)本件第一処分及び本件第二処分の違法性について

  本件株式の譲渡には、以下の理由により、法人税法二二条二項が適用されるべきではない。

 (1)法人税法二二条二項により、益金として算入される譲渡は無償譲渡である。本件株式の譲渡は有償譲渡であるから、この場合における収益の額は、譲渡の対価の金額である。本件株式の譲渡の対価は、前記(一)(3)の事情からすれば、本件株式の譲渡により、原告岡に対する債務を譲渡価格と相殺した金額であり、債務の減少額である。ところで、収益とは、財産的利益であるから、財産的不利益や金銭的価値の減少は収益にあたらない。したがって、本件株式の譲渡の対価が債務の減少額であることからすれば、本件株式の譲渡による原告会社の収益はない。この点は、仮に被告が主張するように本件株式の譲渡が低廉譲渡にあたるものとしても同様である。

   仮に有償譲渡が、無償譲渡と同様に、同項の適用を受ける場合は、単に時価より低い価格で譲渡されただけではなく、これに加えて、租税回避を目的とした場合か、異常に譲渡価格が低く、経済的取引として不合理、不自然な場合である。本件株式の各譲渡は、前記(一)(1)のとおり、実質は原告岡が資本金を全額出資した会社である原告会社から原告岡に対し、帳簿価格でなされた有償譲渡であり、利益は顕在化されていない。また、譲渡価格そのものも異常に低いものではなく、不合理、不自然なものではない。

 (2)仮に時価より低い価格の譲渡すべてについて、法人税法二二条二項が適用されるとしても、同項が適用されるかどうかの基準となる時価の算定にあたっては、譲渡当事者間の関係(本件では実質上は同一人格間の取引である。)、譲渡株式数(本件は一四万株と多量の株式が譲渡された場合であるから、一株あたりの金額は低くなるのが通例である。)等を考慮して決定されるべきである。これらの事情を考慮した場合、本件株式が譲渡された際の時価は二五〇円が相当である。

 (3)仮に、被告の認定した時価が相当であるとしても、原告らには、時価より低い価格で本件株式を譲渡する意図はなく、実質上同じ人格の間で譲渡する場合の価格は帳簿価格が妥当であると考えて、帳簿価格相当で計算したに過ぎず、原告らは、あくまでも通常の売買を意図したものだから、正当な価格に基づく会計処理がなされるべきである。すなわち、本件においては、二八〇円又は四三〇円と本件株式の譲渡価格との差額の合計額は、原告会社の原告岡に対する未収金として計上することが認められるべきである。

 

 

3 原告らの主張に対する被告の反論

(一)原告らの主張(二)(1)に対し

 (1)法人税法二二条二項は、正常な対価で取引を行った者との間の税負担の公平を維持するために、無償取引からも収益が生じることを擬制したみなし規定である。

    このような立法趣旨及び資産を時価より低い価額で譲渡した場合の譲渡価額と時価との差額は寄附金に含まれるとされていること(法人税法三七条六項、七項)等からすると、法人税法二二条二項にいう「無償」による資産の譲渡には、「時価より低い取引」が含まれる。

(2)法人税法二二条二項が資産の譲渡に係る収益を益金として課税の対象としているのは、法人の資産が売買、交換等によりその支配外に流出したのを契機として顕在化した資産の値上がり益の担税力に着目し、清算課税しようとする趣旨であり、同項の収益は、資産の譲渡時の価額と実際に負担した対価との差額であり、差額があれば、その差額の金額に関係なく、益金に算入されるのであるから、時価より低い価額で資産の譲渡がされた場合に、右価額の多寡にかかわらず、同項は適用される。したがって、時価より低い価額での資産の譲渡について、同項を限定的に解釈する原告らの主張は失当である。

 (3)また、本件各株式の譲渡は、原告岡が資本金を全額出資した会社である原告会社から原告岡に対し帳簿価格でなされたものであり、利益は顕在化されていないとの主張も、原告会社と原告岡は、別個の人格を有するものであり、本件株式の各譲渡により、原告会社の資産が原告岡の所有するところになったことは明らかであるから、失当である。

(二)原告らの主張(二)(2)に対し

 (1)原告らは、本件では実質上同一人格間の取引であることを時価の算定において考慮すべきものと主張するが、原告会社と原告岡とは別個の人格を有しており、原告会社のように実質的に個人企業である法人と右法人の代表者との取引について、法人の実質を考慮して別異に扱うことは、租税負担の公平の見地からも、法人税法が、法人と特殊な関係にある者と当該法人との間でなされる恣意的な取引を規制するために同法三四条ないし三六条、一三二条等の規定を設けていることからも、右主張は認められない。

 (2)また、本件は一四万株と多量の株式が譲渡された場合であるから、一株あたりの金額は低くなるということを時価の算定にあたって考慮すべきであると原告らは主張するが、原告会社が早急に全株式を一度に譲渡しなければならない必要性は認められず、かつ、本件の取引の当事者は、一般不特定の者ではなく、原告ら以外の第三者に株式が流出した場合ではなかった上、譲渡の当時、宮崎太陽銀行の株式はその流通するものが不足する状況であったこと等からすると、認められない。

   (三)原告らの主張(二)(3)に対し

     原告らは、被告が認定した時価と本件株式の譲渡価格との差額の合計額は、原告会社の原告岡に対する未収金として計上することが認められるべきであると主張するが、原告らは本件株式を一株二二五円で譲渡する契約を結び、それは、適法に成立し、かつ、一株二二五円で売買が実行されているのであり、未収金を生ずる余地はないから、認められない。

 

 

 

 

 

  4 本件の争点

    以上によれば、本件の争点は、原告会社が、原告岡に対し行った本件株式の各譲渡が低廉譲渡にあたるか否か、これにあたるとしたときは、時価との差額が原告会社の益金となり、また、原告の所得となるかという点である。

 

 

 

 

 

 

第三 争点に対する判断

 一 まず、被告が算定した本件株式の価格が時価として適正なものであったかについて検討する。

  1 乙一ないし四号証及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実が認められる。

   (一)宮崎太陽銀行の株式は、本件株式の各譲渡がなされた当時、取引相場のない株式であった。

   (二)持株会は、宮崎太陽銀行の株式を会員以外の特別な利害関係がない者からも購入しているが、その際の買取価格は、単位未満株式の買取価格と同額としていた。本件株式の各譲渡が行われる直前の持株会の一般株主からの買取価格は、別紙二のとおり、昭和六三年四月一日以前の六ケ月間の取引事例は、一株二八○円、二八二円、平成元年三月三一日以前の六ケ月間の取引事例は、一株四三〇円、四三五円であった。なお、持株会の買取価格は、照会があれば、公表されることとなっていた。

 

(2)宮崎太陽銀行は、平成二年一二月一四日に福岡証券取引所に上場したが、その直前である同年九月三〇日現在の総株式数は三六〇〇万株、株主は総数二〇五九名であり、筆頭株主は、二二三万四〇〇〇株(保有割合は六・二パーセント)を保有する持株会であった。持株会は、昭和五七年以降、宮崎太陽銀行の筆頭株主となっていた。

 

(3)宮崎太陽銀行の株式の取引総数は、昭和六二年に一六〇件、九三万五三二六株、昭和六三年に二一八件、九五万四九一五株、平成元年に六七二件、五九八万八〇一一株であった。また、そのうちの持株会の取引数は、昭和六二年に一五件、九万四〇〇〇株、昭和六三年に二三件、八万一一四〇株、平成元年に四三件、一五万八七四二株であった。持株会の取引の宮崎太陽銀行の株式の取引総数に対する割合は、件数では、昭和六二年に九・四パーセント、昭和六三年に一〇・六パーセント、平成元年に六・四パーセントとなり、株数では、昭和六二年に一〇・〇パーセント、昭和六三年に八・五パーセント、平成元年に二・七パーセントとなった。平成元年の取引数が異常に増えているのは、宮崎太陽銀行が、平成元年二月一日、普通銀行に転換し、同年二月から四月までの三ケ月間に五〇八万八二五二株が名義書換されていることによる。

 

(三)宮崎太陽銀行は、単位未満株式の買取請求に応じて買い取る場合の買収価格を、昭和六三年四月以前は同種の銀行の株価を参考に取締役会で決めていたが、同月以降平成二年一二月一四日に株式が上場されるまでの間は、野村証券株式会社に評価させていた。野村証券株式会社は、株式の評価にあたり、宮崎太陽銀行の純資産、税引利益、配当金を類似会社と比較し、算定し、その算定に基づく宮崎太陽銀行の単位未満株式の買取価格は、別紙三のとおりであり、平成元年三月三一日以前の六ケ月間の取引事例は、いずれも一株四三○円であった。なお、単位未満株式の買取価格も、照会があれば、公表されていた。

 

(四)以上のほか、宮崎太陽銀行の株式の価格については、株式が上場されるまでの間は、西日本新聞紙上に前田証券株式会社が店頭気配値を公表していた。この店頭気配値は、前田証券株式会社が顧客からの注文を受けたときに仲介の基準とする価格であり、西日本新聞紙上に、ほぼ一週間毎に掲載されていたから、宮崎太陽銀行の株式を取引しようとした者は、誰でも知り得た。前田証券株式会社が公表した本件株式の各譲渡が行われる直前の店頭気配値は、別紙四のとおりであり、昭和六三年四月一日以前の六ケ月間は、同年三月六日まで一株二九〇円、同月一二日後は一株三五〇円、平成元年三月三一日以前の六ケ月間は、昭和六三年一○月二日一株三五〇円、その後は一株四三〇円であった。

 

(五)被告は、前記(二)(1)認定の持株会の買収価格を基準として、原告会社から原告岡に対し一三万九〇二五株が譲渡された昭和六三年四月一日当時の本件株式の時価を一株あたり二八〇円と認定し、また前記(二)(1)認定の持株会の買収価格及び前記(三)宮崎太陽銀行の単位未満株式の買収価格を基準として、原告会社から原告岡に対し一万株が譲渡された平成元年三月三一日当時の本件株式の時価を一株あたり四三〇円と認定した。被告が認定した各時価は、前記(四)の店頭気配値と概ね同額か近似した価格であった。

 

 

2 以上認定した事実によれば、

 

 

宮崎太陽銀行の株式は、本件株式の各譲渡がなされた当時、取引相場のない株式であったこと、

 

持株会は、宮崎太陽銀行の株式を会員以外の特別な利害関係がない者からも購入していたこと、

 

持株会の買収価格は、単位未満株式の買収価格と同額であるが、照会があれば、公表され、一般の株主もその価格を知り得る状態であったこと、

 

持株会は、昭和五七年以降宮崎太陽銀行の筆頭株主となっていたこと、

 

持株会の取引数は、昭和六二年、昭和六三年及び平成元年において、宮崎太陽銀行の株式の取引総数に対して、低くはない一定の割合を占めており、持株会の取引が右期間において経常的に行われていたこと、

 

宮崎太陽銀行の単位未満株式の買取価格は、昭和六三年四月以前には、同種の銀行の株価を参考に取締役会で決めていたが、同月以降は野村証券株式会社に評価させており、野村証券株式会社は、類似会社と比較して、その株価を算定していたこと、

 

その際の単位未満株式の買取価格は、照会があれば公表され、一般の株主もその価格を知り得る状態であったこと、

 

上場されるまでの間の宮崎太陽銀行の株式価格については西日本新聞紙上に店頭気配値が公表されていたこと

 

(右店頭気配値は、一般の株主が宮崎太陽銀行の株式を取引する際、価格の決定について参考とされるものであったと推認される。)、

 

被告は、前記持株会の買取価格または宮崎太陽銀行の単位未満株式の買取価格を基準として、本件株式の各譲渡当時の時価をそれぞれ認定したが、

 

被告の認定額はいずれも前記の買取価格を上回るものではなく、店頭気配値と概ね同額か近似した価格であったことが認められる。

 

 

 これらの事実及び原告会社は、原告岡が代表取締役としてその経営を支配する会社であり、その資本金も原告岡が実質的に全額出資し、他の株主は名目上のものにすぎないという会社であり、原告会社と原告岡との間の取引においては、価格を原告岡において任意に設定しうることを考慮すれば、被告が時価として認定した本件株式の各譲渡当時の価格は、当時の客観的な交換価値を上回るものではないと認めることができる。

 

 

したがって、前記1(五)のとおり、昭和六三年四月一日当時の本件株式の時価を一株二八〇円、平成元年三月三一日当時の本件株式の時価を一株四三〇円であると被告が認定したことに違法は存しないというべきである。

 

 

 

3 原告らは、時価の算定にあたっては、本件株式の各譲渡が実質上同一人格間の取引であること、本件は一四万株と多量の株式が譲渡された場合であるから、一株あたりの金額が通常低くなるということを考慮して決定されるべきであると主張するので、以下検討する。

 

 

  時価とは、正常な取引において形成された価額、すなわち客観的な交換価値をいうと解され、

 

原告会社は、実質は原告岡が資本金を全額出資した会社であるが、原告会社と原告岡とは別の人格を有しており、

 

右のとおり時価が客観的な交換価値であることを考えれば、原告会社と原告岡との関係は、価額を任意に決定できる事情とはなりえても、

 

このことにより、時価が一般の場合より低く定まるとする根拠とは考えられない。

 

 

  また、多量の株式が譲渡されたことにより、一株あたりの金額が低くなる場合とは、公開の市場等で、価格の形成につき特別の動機を持たない者の間で取引が行われている際に、多量の株式が供給され、その株式に対する需要を供給が上回った場合を考えることができるが、

 

本件株式の各譲渡は、会社とその代表者との間で行われたものであり、公開の市場において行われたものではなく、譲渡当事者の特別な関係に鑑みるときには、客観的な交換価値である時価の形成には関係なく行われたものと認めるのが相当である。

 

  以上判断したところによれば、原告らが主張するような事情は、いずれも時価の形成に影響を与えるものとは認められず、原告らの主張は理由がない。

 

 

二 前記一において判断したとおり、本件株式の時価は、昭和六三年四月一日当時は一株二八〇円、平成元年三月三一日当時は一株四三〇円を下回ることはないと解されるのであるが、原告会社は、原告岡に対して、本件株式を右いずれのときにも、取得価格である一株あたり二二五円で譲渡したことになる。したがって、原告会社は、時価より低い価格で本件株式を譲渡したが、このような場合に法人税法二二条二項が適用され、時価との差額に相当する金額が益金に算入されるかについて以下判断する。

 

 

1 法人税法二二条二項は、資産の有償譲渡に限らず、無償取引に係る収益も益金に算入される旨定めている。

 

 

 この規定によれば、資産の無償譲渡の場合には、その時価相当額が益金に算入されることとなる。

 

 

ところで、資産譲渡にかかる法人税は、法人が資産を保有していることについて当然に課税されるのではなく、その資産が有償譲渡された場合に顕在化する資産の値上がり益に着目して清算的に課税がされる性質のものであり、

 

 

無償譲渡の場合には、外部からの経済的な価値の流入はないが、法人は譲渡時まで当該資産を保有していたことにより、有償譲渡の場合に値上がり益として顕在化する利益を保有していたものと認められ、

 

外部からの経済的な価値の流入がないことのみをもって、値上がり益として顕在化する利益に対して課税されないということは、税負担の公平の見地から認められない。

 

 

したがって、同項は、正常な対価で取引を行った者との間の負担の公平を維持するために、無償取引からも収益が生ずることを擬制した創設的な規定と解される。

 

 

  このような同項の趣旨及び法人税法三七条六項が資産の低額譲渡の場合に譲渡価額と時価との差額を寄附金に含めていることからすれば、同項の無償譲渡には時価より低い価額による取引が含まれるものと解するのが相当である。

 

  したがって、原告会社が、時価より低い価格で本件株式を譲渡した本件には、法人税法一三条二項が適用され、本件株式の譲渡価格と時価との差額に相当する金額が益金に算入されるというべきである。

 

 

2(一)原告らは、本件株式の各譲渡の対価の額は、原告会社の原告岡に対する債務を譲渡価格と相殺した金額であり、債務の減少額であって、本件株式の各譲渡による原告会社の収益はない旨主張するが、前記1において判示したとおり、法人税法二二条二項は、正常な対価で取引を行った者との間の負担の公平を維持するために、無償取引からも収益が生ずることを擬制した創設的な規定であるから、外部からの経済的な価値の流入の有無は問題とならない。したがって、本件株式の譲渡の対価は、債務の減少額であり、収益がないということをもって、益金に算入される金額がないということはできず、原告らの主張は理由がない。

 

 (二)また、原告らは、仮に有償譲渡が、無償譲渡と同様に、法人税法二二条二項の適用を受ける場合は、単に時価より低い価格で譲渡されただけではなく、これに加えて、租税回避を目的とした場合か、異常に譲渡価格が低く、経済的取引として不合理、不自然な場合に限られると主張するが、前記1で判示したところからすれば、法人税法二二条二項が正常な対価で取引を行った者との間の負担の公平を維持するための規定であり、適正な所得の金額を算出するための規定であることからすれば、同項の適用につき原告らが主張するような限定をすべきであるとする根拠を見出すことはできない。したがって、原告らが主張するような本件に固有の事情の有無について検討するまでもなく、原告らの主張は理由がない。

 

 

3 次に、原告らは、被告が認定した時価と本件株式の譲渡価格との差額の合計額は、原告会社の原告岡に対する未収金として計上することが認められるべきであると主張するが、本件株式の各譲渡は、原告らが合意した譲渡価格で有効に成立し、その履行も終わっているのであるから、原告らが主張するような未収金が生ずる余地はなく、原告らの主張は理由がない。

 

 

 4 以上検討したとおり、原告会社が、時価より低い価格で本件株式を譲渡した本件には、法人税法一三条二項が適用され、時価と本件株式の譲渡価格との差額に相当する金額が益金に算入されるというべきであり、これに反する原告らの主張はいずれも採用することができない。

 

 

三 前記一及び二で検討したことを総合すれば、本件株式の各譲渡において、法人税法二二条二項を適用して、被告が認定した時価と譲渡の価格の差額に相当する金額を益金に算入して行った被告の本件第一処分は適法であり、また前認定の原告会社と原告岡の人的関係に照らし、被告が認定した本件株式の時価と原告岡の譲受価格との差額を所得税法三六条所定の経済的利益と認め、所得税法二八条の給与所得(賞与)にかかる収入金額に算入する更正処分を行い、これとともに過少申告加算税の賦課決定処分を行った被告の本件第二処分も適法である。

 

 

四 以上判示したところによれば、本訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条一項本文をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

 

 

(裁判官 三輪和雄 田口直樹 梶 智紀)

別紙一ないし四(省略)