譲渡所得の意義(3)

 

 

 

所得税課税金額に対する更正決定取消等請求事件

 

 

【事件番号】 最高裁判所第3小法廷判決/昭和41年(行ツ)第102号

 

【判決日付】 昭和47年12月26日

 

【判示事項】 1、譲渡所得に対する課税の趣旨

 

       2、不動産の売買において代金の支払が長期の割賦弁済による場合と譲渡所得の帰属年度

 

 

【掲載誌】  最高裁判所民事判例集26巻10号2083頁

 

 

について検討します。

 

 

 

 

主   文

 

 本件上告を棄却する。

 上告費用は上告人の負担とする。

 

       

 

 

 

理   由

 

 上告代理人坂本泰良、同坂本恭一の上告理由について。

 

 一、論旨は、要するに、(一)本件不動産は昭和三三年一一月二七日に亡Aより訴外株式会社鶴屋百貨店に売り渡され、即日所有権移転登記を経由したとはいえ、同年中に売主の入手しえたものは手附金一〇〇万円と割賦金五〇万円との計一五〇万円にすぎず、その額は全代金の一〇分の一にも満たない少額であるのに、売買代金全額が同年中において売主の「収入すべき金額」にあたるとしてされた本件更正処分は、著しく不合理であつて、租税正義に反し、旧所得税法一〇条一項の解釈適用を誤り、ひいて憲法三〇条に違反する課税処分というべく、これを認容した原判決は、この点において破棄を免れず、また、(二)そもそもAの受領した当初の一〇〇万円は解約手附であつて、それ自体として、ほんらい同年度における被課税所得となりえないものである(所有権の移転も、決して、契約成立即登記の日に確定的に移転したものではない。)のみならず、(三)本件課税はもともとAの資産譲渡に対するものであるから、税金はAに生じた所得から支払われるべきものであり、上告人および訴外Bの固有財産たる遺留分相当額から支払われるべきものではないにもかかわらず、原判決が、一見して遺留分相当額たることの明らかな六六一万〇二二〇円の受領をもつて、特約に基づく税金相当額の支払があつたものとしたのは誤りであつて、原判決はこれらの点においても違法として破棄を免れない旨を主張する。

 

 

 二、本件不動産の売買および課税の経過として、原判決の確定するところは、次のとおりである。

 1、本件不動産は、もと訴外C(Aの夫で上告人の養父)の所有であつて、同人死亡の際Aに遺贈されたものであるが、Cには、相続人として、他に上告人およびその妻Bの両名(以下、上告人らという。)があり、Aに対する遺贈は、上告人らの遺留分を害することとなつた。

 2、Aは、上告人らの同意のもとに、昭和三三年一一月二七日、本件不動産を訴外会社に代金三〇五五万二〇〇〇円で売り渡し、即日所有権移転登記を経由したが、代金支払方法は、右同日手附金として一〇〇万円、残金は同年一二月以降毎月五〇万円ずつ支払う約であつた。

 3、Aは、右契約・登記の日の翌日死亡したので、上告人は、翌三四年三月、Aの相続人の代表者として、Aの昭和三三年中の総収入金額を右売買代金三〇五五万二〇〇〇円、譲渡所得金額を一三四七万九八四一円、所得税額を六〇六万六八九〇円とする確定申告をしたが、Aにおいて同年中に取得すべきであつた金額は前記の一五〇万円にすぎなかつたので、上告人は、同三四年四月その旨の確定申告の更正請求書を被上告人に提出したが、却下され、かえつて、同年五月被上告人から税額を六〇七万一八九〇円とする更正処分を受けた。そこで、上告人は熊本国税局長に審査の請求をしたが、同年九月棄却された。

 4、しかるに、その後、本件不動産は、遺留分減殺請求権行使の結果、Aおよび上告人らの三名の共有となつたものであることが判明し、これによると、本件不動産の売買代金中上告人らの遺留分に相当する六六一万〇二二〇円を控除した二三九四万一七八〇円がAの取得分となるので、熊本国税局長は、昭和三五年二月これを本件不動産の譲渡によるAの総収入金額として、譲渡所得金額を一〇八二万七九二〇円、所得税額を四六三万八〇九〇円と減額する審査決定変更処分をした。

 

 

 

 

 

 三、以上の原審確定事実に基づき、本件課税処分(税額四六三万八〇九〇円)の適否について、以下に検討することとする。

 

 

 1、本件課税処分は、本件不動産上のAの持分の譲渡による所得を対象とするものであるが、

 

一般に、譲渡所得に対する課税は、資産の値上りによりその資産の所有者に帰属する増加益を所得として、その資産が所有者の支配を離れて他に移転するのを機会に、これを清算して課税する趣旨のものと解すべきであることは、当裁判所の判例とするところである

 

(昭和四一年(行ツ)第八号昭和四三年一〇月三一日第一小法廷判決・裁判集民事九二号七九七頁)。

 

したがつて、譲渡所得の発生には、必ずしも当該譲渡が有償であることを要せず、

 

昭和四〇年法律第三三号による改正前の旧所得税法(昭和二二年法律第二七号)においては、資産の譲渡が有償であるときは同法九条一項八号、

 

無償であるときは同法五条の二が適用されることとなるのであるが、

 

 

前述のように、年々に蓄積された当該資産の増加益が所有者の支配を離れる機会に一挙に実現したものとみる建前から、累進税率のもとにおける租税負担が大となるので、

 

法は、その軽減を図る目的で、同法九条一項八号の規定により計算した金額の合計金額から一五万円を控除した金額の一〇分の五に相当する金額をもつて課税標準とした(同条一項)のである。

 

 以上のような譲渡所得に対する課税制度の本旨に照らして考察すると、

 

 

所論のように、代金の支払方法が長期にわたる割賦弁済によるときは、特定の年度に集中して課税することなく、割賦金の支払またはその弁済期毎にその都度資産の譲渡があるとみて、当該弁済期等の属する年度毎に個別的に課税すべきであるとする見解は、とうてい採用し難いのである。

 

 

もつとも、割賦払いの期間が長期にわたるときは、売主は、初年度において現実に入手した代金額が過少であるにもかかわらず、より多額の納税を一時的に必要とすることになるわけで、これはもとより好ましいことではないが、前述のように、年々に蓄積された増加益が一挙に実現したものとみる制度の建前からして、やむをえないところといわなければならない。

 

 

 2、ところで、現行の所得税法(昭和四〇年法律第三三号)においては、たな卸資産の割賦販売または延払条件付販売にかかる収入金額等の帰属の時期につき、一定の要件のもとに特例を認める規定(六五条、六六条)が置かれているが、

 

これはもとより、たな卸資産に関する特例であるのみならず、

 

前述のように、譲渡所得が割賦払いないしその弁済期毎に発生するとみることは制度の本旨に反するものであつて、

 

資産の譲渡につきかかる規定の類推適用を認めることはできず、

 

増加益が一挙に実現したとみることによる納税の困難は、

 

徴税当局との関係において、

 

事実上の徴収の猶予等、納付方法の緩和によるほかないというに帰着する(所得税法一三二条参照)。

 

 

 

 しかしながら、以上のごとき譲渡所得課税の法制に照らし、代金の支払が長期の割賦払いによるときは、

 

売主において、少なくとも税金相当分にかぎり別途支払を受けることを必要とするところから、その旨の特約が結ばれるのがむしろ通常と推測されるのであつて、

 

原判決の確定するところによれば、本件においてもその例に洩れず、税金相当分は、前記月賦弁済の約定にかかわらず、売主側の求めにより売買代金のうちから随時支払うことが約定され、

 

かつ、買主たる訴外会社は、納税のため必要であるからとの上告人の求めに応じ、

 

昭和三四年三月一日、本件売買代金の内払いとして、六六一万〇二二〇円を上告人に支払つたというのであるから、

 

本件において、売主側に納税困難な事情があつたということはできないのである。

 

 

もつとも、右金員は、数額上、上告人らの固有財産たる遺留分相当額に一致するけれども、

 

本件売買は、上告人らの同意のもとに、その持分をも含めて本件不動産の全部が訴外会社に売却されたものであつて、

 

妻Bとともに遺留分減殺請求権を行使した上告人は、同時に、Aの相続人の代表者として、被相続人Aに関する申告をし、

 

かつ、その後引き続き本件課税処分を争う者であるから、

 

本件において、右六六一万〇二二〇円が亡Aの所得分に属するか、あるいは上告人らの遺留分相当分に属するかを峻別して論ずることは、むしろ事案の実際に適しないものというべく、この点に関する原判決の判示にも所論の違法は認められない。

 

 

 

 3、上告人は、当初Aの受領した一〇〇万円はそもそも解約手附にほかならず、代金完済に至るまでは所有権の移転も実は未確定であると主張するが、

 

右一〇〇万円が解約手附であるとの点は、原判決の確定しない事実に立脚するもので、所論はその前提を欠く。

 

 

また、本件は、契約当日、右手附金の支払とともに買主たる訴外会社に対する所有権移転登記が経由されたものであつて、本件不動産の所有権は同日訴外会社に確定的に移転し、旧所得税法九条一項八号にいう資産の譲渡が行なわれたことが明らかであり、

 

 

本件売買代金全額より上告人らの遺留分相当額を控除した二三九四万一七八〇円が、右同日の属する昭和三三年度においてAの「収入すべき金額」に該当するというに帰着する。

 

 

 四、以上によると、本件課税処分およびこれを認容した原判決には、所論の旧所得税法一〇条一項の解釈適用に関する誤りはなく、所論のうち違憲をいう部分は、その実質において原判決に右の違法があると主張するものにすぎず、その失当であることは右のとおりであつて、論旨はすべて採用するに由ないものというほかはない

 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。

 

 

 裁判官松本正雄、同飯村義美は、退官につき評議に関与しない。

    最高裁判所第三小法廷

        裁判長裁判官  田中二郎

           裁判官  下村三郎

           裁判官  関根小郷