譲渡所得の意義(2)

 

 

 

所得税課税金額に対する更正決定取消等請求事件

 

 

【事件番号】 福岡高等裁判所判決/昭和38年(ネ)第136号

 

【判決日付】 昭和41年7月30日

 

【判示事項】 資産の売買における代金が2年以上にわたり分割弁済される場合の譲渡所得の帰属年度

 

 

【掲載誌】  高等裁判所民事判例集19巻4号364頁

      

 

について検討します。

 

 

 

 

主   文

 

 原判決を取り消す。

 被控訴人の請求を棄却する。

 訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

 

       

 

 

事   実

 

 

 控訴人は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。被控訴人は、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、当審において、請求の趣旨第一項を、「控訴人が被控訴人に対し昭和三四年五月四日にした亡赤星セツの昭和三三年度所得税額を金六〇七万一八九〇円とする旨の更正を、熊本国税局長の昭和三五年二月九日の審査決定変更により減額された金四六三万八〇九〇円の限度において取り消す。」と訂正した。

 当事者双方の主張並びに証拠関係は、左記のほか原判決事実摘示と同一であるから、これを引用する。

 

 

 

第一、控訴人の主張

一 熊本国税局長の昭和三五年二月九日の審査決定変更について

 亡赤星セツが株式会社鶴屋百貨店(以下、鶴屋という)に売却した熊本市手取本町三四番地の土地およびその地上建物(以下、本件不動産という)は、もと亡赤星典太(赤星セツの夫で、被控訴人の養父)の所有であつたが、右典太は本件不動産をその妻セツに遺贈した。典太の相続人にはセツのほか被控訴人およびその妻赤星繁両名があつたので、右遺贈は被控訴人および赤星繁両名の遺留分を侵害することとなり、右両名は遺留分減殺請求をして、本件不動産に対し遺留分相当の権利を有していた。本件不動産の売買代金三〇五五万二〇〇〇円のうち被控訴人および赤星繁両名に属する分は六六一万〇二二〇円であり、赤星セツに属する分は二三九四万一七八〇円である。よつて熊本国税局長は昭和三五年二月九日、右二三九四万一七八〇円をセツの本件不動産譲渡による総収入金額として、所得金額一〇八二万七九二〇円、所得税額四六三万八〇九〇円に減額する旨の審査決定変更の処分をした。

 なお、赤星セツの相続人は被控訴人(セツの養子)および原寛(セツの実子)の二名であるが、被控訴人が自ら相続人代表者に指定したので、被控訴人に対し本件課税をしたものである。被控訴人は、昭和三四年三月一六日控訴人に対し提出した確定申告書では売買代金三〇五五万二〇〇〇円をセツの昭和三三年度の総収入金額とし、同人の同年度譲渡所得額一三四七万九八四一円、所得税額六〇六万六八九〇円として申告したものである。

二 譲渡所得の本質について

 資産の譲渡に伴なう所得に対する課税は、主として純資産増加説に立脚し、資産の客観的な値上りを所得と観念し、課税を行なうことにしている。もつとも、厳格な純資産増加説に従えば、納税者の資産の値上りは毎年これを査定して課税すべきこととなるが、これは把握することが困難であるので、かような所得(資産の値上り)は、納税者がその資産を現金等に換金する等譲渡したときに、課税することとしているのである。すなわち、課税の対象としている資産の譲渡所得は、資産を売却し代金を受領することによつて初めて実在化するものではなく、譲渡所得の基因であるものは資産の値上りという形で既に発生しているのであり、この考え方を前提として、その資産が売買であれ贈与であれ譲渡された時点を課税適期として、資産の値上りを計算し課税することにしているのである。資産の譲渡に伴なう課税の根拠をこのように理解すべきことは、資産の贈与や低廉譲渡の場合について、その贈与者や譲渡人が対価を受領することがないにもかかわらず、同様に同人等が資産の譲渡に伴なう納税義務を負担しなければならないと規定されていること(所得税法(昭和二二年法律第二七号をいう。以下同じ。)第五条の二第一項、第二項)および譲渡所得について譲渡を契機として一時に課税することは税負担の一時的な過重をきたすので、譲渡代金から一五万円の特別控除を行なつた上で、その残額の一〇分の五に相当する金額をもつて課税標準としていること(同法第九条第一項)等に照らして明らかであろう。

三 譲渡所得の帰属年度について

 譲渡所得をどの年度に帰属させるかについては、譲渡とはいかなる時点を捉えていうものであるかについて明瞭にする必要があるところ、会計理論としては発生主義と現金主義とがあり税法理論としては権利確定主義と現実収入主義とがあるのであるが、所得税法ではその第一〇条第一項において、資産の最も通常な譲渡方法である有償譲渡の場合について、その所得の計算を収入した現金額(またはその他の財産額)ではなく、現金(またはその他の財産)を収入すべき権利の価額(債権額)によるとしていることから明らかなように、所得税法は、譲渡所得を帰属させ課税を行なうべき年度について、現金等の収入のあつた時期(いわゆる現実収入主義)ではなく、現金等を収入すべき権利の確定した時期すなわち現金等を収入すべき権利の発生した時期(いわゆる権利確定主義)をもつて帰属年度を決する基本としているのである。

四 譲渡所得についていわゆる割賦販売基準を適用しえないことについて

 商品の割賦販売による事業所得については、所得税法上、権利確定主義の例外として、割賦販売基準を適用することが認められているが、これは、一定の契約にもとづく商品の割賦販売については、契約の成立の時に販売商品の所有権や経済的利益が移転するとは解しえないことにもとづいて、会計上において広く割賦販売基準が採用されていることと、その事業所得について通常販売の場合とくらべて一時的には課税の不公平をきたすが、一定の期間内において結局課税の公平を図ることができるからである。それで、譲渡契約によつて代金債権が発生し資産が移転してしまつていて、ただ代金の支払が延払いになつているものについて、特別に取り扱うべきいわれがないのみならず、会計上においても割賦販売基準が適用されていない商品以外の資産の個別的延払契約にもとづく譲渡について割賦販売基準を適用すべき理由もなく、また、事業所得ならともかく、譲渡所得については前述のようにその所得の内容の特殊な累積的本質に対して税負担が一時的に発生するので、その過重になるのを緩和するために課税方式を異にしており、一五万円の特別控除をしてその残額の一〇分の五に課税する方式を採つているため、これについて割賦販売基準を適用すると、その特殊な課税方式が採られている法意を全く没却することになるとともにその課税方式(特に一五万円の控除が繰り返されること)に照らして到底課税の公平を図ることができないので、資産の譲渡所得について割賦販売基準を適用する余地は全くないというべきである。

 本件不動産の譲渡については、昭和三三年中に売買契約の効力が発生し代金債権が確定しているとともに、同年中に所有権移転登記も行なわれ、所有権は完全に移転してしまつており、割賦販売の場合のように所有権が留保されているのとは全然法律関係を異にしているから、昭和三三年にその譲渡所得が帰属すべきことは明らかである。売買代金の一部が延払いの約束になつているからといつて、商品の割賦販売についての割賦販売基準を適用し、売買代金の収入にもとづいて帰属年度を決しようというのは、いわれのないことである。

 課税は所得の実態(担税力)に即応して行なわれなければならないが、所得の実態とは、現金の収入のみを観念すべきではなく、現金のほか金銭債権等の経済的利益を取得した場合をも当然に観念すべきである。被控訴人に昭和三三年中に右経済的利益が発生し確定していることは明らかであるから、本件課税はその所得の実態に即応して行なわれているものといえよう。そして、納税者が納税資金を欠くときは、国税徴収法第一五一条以下、国税通則法第四六条以下の規定により、別途に個別的に徴収緩和等の措置が考慮される建前がとられている。

五 本件売買契約における代金支払の約定について

 本件売買契約においては、代金支払方法は、契約成立の日に一〇〇万円、残金はその後毎月五〇万円ずつ支払うことと約束されているが、この分割弁済の約定は厳密な意味における期限の約定ではなく、赤星セツと鶴屋との間では、売買代金のうちから税金相当分は随時支払うことが約束されていたのであり、税金相当額を支払つた残金について、主として赤星セツ側の一時に大金を必要としない事情によつて、一応年金方式に準じて分割払いとされたものである。現に鶴屋は昭和三四年三月一日被控訴人の求めに応じ、税金相当分として六六一万円を支払つている。

 売買代金支払の約定が右のとおりであるから、現実に取得する金額以上の高額の税金を支払わねばならないという不合理を生ずる、との被控訴人の主張は失当であるというべきである。

 

 

 

第二 被控訴人の主張

一 控訴人の主張一に対して

 その主張事実を認める。したがつて、請求の趣旨を前記のとおり訂正する。

二 同二および三に対して

 控訴人は、所得税法第五条の二第一項、第二項を挙示して主張しているが、昭和三七年法律第四四号によつて右第五条の二に新たに第三項が追加され、第一、二項の適用による課税が保留されることとなつた。その理由は、(一)贈与者または低廉譲渡人に所得者としての観念がなく、(二)代金の受領がないため租税の支払能力がとぼしいかまたは全くないこと、によるのであり、税法の運用が原則論のみに抱泥してなされるときは、到底社会の複雑な経済事情に適合しえないことを示すよい例外規定の一つである。

 所得税法においても、法人税法においても、控訴人主張のように権利確定主義を原則としているけれども、法人税法においては、既に昭和三四年直法一-二四四通達第四によつて、商品以外の資産の延払条件付譲渡による譲渡益について商品等の割賦販売基準の準用が認められた。

 右のように、例外にせよ譲渡所得に対する課税の保留措置が講ぜられ、各種資産の割賦販売基準が取り入れられたということは、譲渡所得に対する課税が権利確定主義のみを根拠とするものではなく、場合に応じ例外的解釈をなしうることを示すものである。所得ないし収益をいずれの年度に帰属せしめるかについては、必ずしも権利確定主義にのみよることなく、租税支払能力に重点をおいたいわゆる現金回収基準をも併せて適用されている現状より見て、本件のような特殊な取引については現金回収基準によるべきである。

 資産の値上りによる価値増が譲渡を契機として顕現化した場合、原則として直ちに譲渡所得として課税されるべきであろうが、本件のような例外的場合は月賦金の履行期毎に所得として課税されるべきである。すなわち、資産の価値増は売買を契機として顕現化したのであるが、そのすべてについて未だ課税適状を生じておらず、課税適状は履行期を基準として生ずると云うべきである。なぜなら、課税適状とはそれに対して課税しえ、かつ納税者も税を支払いうる状態をいうものというべきだからである。

三 同四に対して

 控訴人は、譲渡所得については一五万円の特別控除をしてその残額の一〇分の五に課税する方式を採つていることを挙げて譲渡所得に対し割賦販売基準を適用する余地はないと主張するが、一五万円の控除は零細な所得まで課税する繁雑さをさけるのが目的であり、半額課税は貨幣価値の下落に伴なう名目所得を排除しようとする法意であり、現金回収基準の適用とは無関係である。所得発生の時期を現金回収基準に求めるとすれば、代金受領の都度譲渡所得が発生することとなり、一五万円の控除もまたその年度毎に行なうべきことは当然である。

 控訴人は、権利確定主義の原則を固執し、納税者の負担能力の問題は徴収面で考慮すべきであると主張して、国税徴収法第一五一条、国税通則法第四六条を引用するが、国税徴収法第一五一条の規定は滞納処分による財産換価の猶予に関するものであり、国税通則法第四六条の規定は本件の場合には関係がない。すなわち、本件のような場合は徴収面では救済されないし徴収に関する法律の規定も本件のような場合の救済を考えてはいないのである。であるから、本件のような場合は徴収面でなく課税面で救済されなければならない。

四 同五に対して

 被控訴人が鶴屋から受け取つた六六一万円は被控訴人の遺留分に相当する金員であり、赤星セツが鶴屋と締結した売買契約とは別個のものである。したがつて、右金額の受領をとらえて本件売買代金の分割弁済の約定が厳密な意味における期限の約定ではない。というのは不当である。

五 仮りに赤星セツが本件売買契約当時意思能力を有していたとしても、右売買により控訴人主張のような課税がなされることを知つていたなら、到底本件売買契約を締結しなかつたはずであるから、本件売買契約におけるセツの意思表示には要素の錯誤があり、したがつて本件売買契約は無効である。

第三 証拠関係

 被控訴人は、甲第二号証の一ないし四、第三号証の一ないし七、第四号証の一ないし三、第五号証、第六号証の一ないし五を提出し、当審証人西東忠男、藤本清治、三浦洋一の各証言および当審における被控訴本人尋問の結果を援用し、当審提出の乙号各証の成立を認めた。

 控訴人は、乙第一二ないし第一六号証を提出し、当審証人中原裕、松江弘之の各証言を援用し、当審提出の甲号各証の成立(甲第二号証の四は原本の存在も)を認めた。

 

       

 

 

 

 

 

 

 

 

理   由

 

一 次の事実は当事者間に争いがない。

 被控訴人の被相続人赤星セツは、昭和三三年一一月二七日、鶴屋に対し本件不動産を代金三〇五五万二〇〇〇円で売り渡し、代金は手附金として即日一〇〇万円、残金は同年一二月から毎月五〇万ずつ支払を受ける旨約し、即日手附金一〇〇万円を受領し、かつ本件不動産の所有権移転登記を了した。赤星セツは同年一一月二八日死亡したので、被控訴人は、赤星セツの相続人の代表者として、昭和三四年三月一六日、右売買代金三〇五五万二〇〇〇円をセツの昭和三三年度の総収入金額として、同人の同年度譲渡所得額一三四七万九八四一円、所得税額六〇六万六八九〇円とする確定申告書を控訴人に対し提出した。しかし、被控訴人は、セツが昭和三三年度中に取得し得べき金額は一五〇万円だけであるから右申告は誤りであると主張して、昭和三四年四月七日、セツの昭和三三年度の総収入金額は一五〇万円であることを前提とする所得税確定申告の更正請求書を控訴人に対し提出したが、控訴人はこれを却下した。

 

 被控訴人は、右確定申告において、所得税法第一五条の三による老年者控除と同法第一五条の四による寡婦控除とをしていたが控訴人は、寡婦とは老年者でないものをいうのであるから(同法第八条第四項。ただし昭和三六年法律第三五号改正前)、被控訴人が寡婦控除をしたことは誤りであるとして、昭和三四年五月四日、セツの昭和三三年度所得税について、前記売買代金全額を基礎として、譲渡所得額一三四七万九八四一円、所得税更正額六〇七万一八九〇円とする旨の更正(以下、本件更正という)をした。被控訴人は熊本国税局長に審査請求をしたが、同国税局長は昭和三四年九月一六日これを棄却した。

 

 本件不動産はもと赤星典太(セツの夫で、被控訴人の養父)の所有であり、右典太は本件不動産を妻セツに遺贈したが、この遺贈は典太の他の相続人たる被控訴人およびその妻赤星繁両名の遺留分を侵害することとなつたので、右両名は遺留分減殺請求の意思表示をして、本件不動産に対し遺留分相当の権利を有していた。

 

したがつて本件不動産の売買代金全額が赤星セツの収入金額となるものでなく、売買代金三〇五五万二〇〇〇円のうち六六一万〇二二〇円は遺留分相当の金額として被控訴人およびその妻赤星繁両名に属するものであり、赤星セツに属する分は売買代金から右六六一万〇二二〇円を控除した二三九四万一七八〇円であつた。

 

以上の事実が判明したので、熊本国税局長は昭和三五年二月九日右二三九四万一七八〇円をセツの本件不動産の譲渡による総収入金額として、所得金額一〇八二万七九二〇円、所得税額四六三万八〇九〇円と減額する旨の審査決定変更の処分をした。

 

二 行政事件訴訟法第一〇条第二項は、いわゆる原処分中心主義を採用し、原処分の違法は処分の取消の訴においてのみ主張することができることとし、原処分に対する審査請求を棄却した裁決の取消の訴においては原処分の違法を主張することができないことと規定している。右法条にいう「審査請求を棄却した裁決」の中には、原処分の一部を取り消し、その余の部分について審査請求を棄却する、という裁決も含まれるものと解される。この場合、一部取消の部分についてはこれに対する訴はありえないが、一部棄却の部分については、この部分は原処分を正当として審査請求の棄却がなされたわけであるから、この部分を争うには、裁決によつて変更された形における原処分(すなわち、その残存部分)の取消の訴によるべきものであると解する。本件において、原処分すなわち赤星セツの昭和三三年度所得税額を六〇七万一八九〇円とする本件更正は、裁決すなわち熊本国税局長の前記審査決定変更によつて所得税額を四六三万八〇九〇円に減額(一部取消)されたのであるから、右審査決定変更によつて減額されて残存する形における本件更正が本件取消訴訟の対象となるものである。

 

三 よつて進んで、本件更正の当否について判断する。

 

 まず、被控訴人は、本件売買契約が無効であると主張するのであるが、その主張にかかる意思能力のないこと、思慮浅薄に乗じてなされ公序良俗違反であることおよび要素の錯誤があることについては、いずれもこれを認めるに足る証拠がないから、この点の主張はいずれも失当である。

 

 次に、被控訴人は、セツの昭和三三年度の資産譲渡による総収入金額は一五〇万円であると主張し、これに対し、控訴人は右総収入金額は二三九四万一七八〇円であると抗争する。問題の要点は本件のように売買代金中昭和三三年中に実際に収入しまたは履行期の到来する分は一五〇万円であり、その余は翌年以降数ケ年にわたつて分割弁済されるという場合に、所得税法第一〇条第一項の規定における「収入すべき金額」とは、履行期の如何を問わず売買代金額をいうか、またはその年中に現実に収入しもしくは履行期の到来する分のみをいうかにある。

 

 所得税法第九条第一項第八号によれば、資産の譲渡による所得については、その年中の総収入金額から当該資産の取得価額、設備費、改良費及び譲渡に関する経費を控除した金額の合計金額から一五万円を控除した金額の一〇分の五に相当する金額が課税標準とされ、同法第一〇条第一項によれば、右の「総収入金額」とはその収入すべき金額(金銭以外の物又は権利を以て収入すべき場合においては、当該物又は権利の価額)の合計金額によるとされている。そして、この点に関する国税庁長官の基本通達は、「収入金額とは収入すべき金額をいい、収入すべき金額とは収入する権利の確定した金額をいうものとする。」という(基本通達一-一九四)。

 

 

 資産の譲渡における所得に対し所得税を課する所以は、資産の値上りによる利益を所得と観念し、所得者がその資産につき売買その他の譲渡行為をしたとき、これを契機として資産の値上りによる所得を把握し、これを課税の対象とするものであると考える。

 

 

したがつて、課税の対象たる譲渡所得は、資産を譲渡しその対価を取得することによつて発生するものでなく、資産の値上りという形で既に発生しているものであり、このいわば潜在的な所得が譲渡行為によつて顕在化したときに、課税の対象たる譲渡所得として把握されるものであると考える。

 

 

譲渡所得の本質はこのように理解される。そうすると、譲渡所得の発生には、現実に譲渡の対価を取得したか否かを問わないものということができる。

 

そして、通常の例である資産の有償譲渡についていえば、所得税法の前示規定は、金銭収入だけでなく権利による収入をも「収入すべき金額」に含んでいることから明らかなように、譲渡の対価(これは金銭である)を現実に取得したときでなく、譲渡の対価を取得しうる権利(これは代金債権である)を取得したときをもつて譲渡所得発生の時としているものと解される(この規定は、前述の譲渡所得の本質に立脚しているものと理解される)。

 

 

ところで右にいう「譲渡の対価を取得しうる権利の取得」は確定的でなければならないと考えられる。

 

 

何故なら、右の権利の取得が確定的でなければ、譲渡所得があるものとして課税するに適しないからである。

 

 

したがつて、所得税法第一〇条第一項の「収入すべき金額」とは「収入する権利の確定した金額」をいうものと解すべきであり、前示基本通達の見解は正当として是認することができる。なお、権利確定の時期については、事案に即し具体的に判定すべきものと解する。以上の理由にもとづき、資産の売買の場合における「収入すべき金額」は、履行期の如何にかかわらず(ただし権利の確定を要する)売買代金額をいうものと解すべきであり、右権利確定の時期を基準として譲渡所得の帰属年度を決すべきものと解する。

 

 

 以上の理由によつて本件をみるに、前記のとおり、本件売買契約は昭和三三年一一月二七日締結され、同日代金の一部が支払われ、かつ、所有権移転登記がなされているから、同日確定的に成立したものというべく、したがつて、本件売買契約にもとづくセツの代金債権は同日確定したものといわねばならない。

 

 

であるから、本件不動産の譲渡によるセツの譲渡所得は右同日全額が発生したものであり、この譲渡所得の属する年度は昭和三三年度である。

 

 

したがつて、セツの右譲渡所得が、売買代金全額(ただし、被控訴人および赤星繁の遺留分相当額を除く)につき、昭和三三年度に属することを前提とする控訴人の本件更正(ただし、熊本国税局長の審査決定変更により減額された限度におけるもの)は正当であるといわねばならない。

 

 

 

 以上の判断はいわゆる権利確定主義の原則にもとづくものであるが、被控訴人は、本件のように売買代金が長期の割賦弁済の方法で支払われる場合には、右原則を排しいわゆる現実収入主義の立場をとつて昭和三三年度の収入すべき金額は一五〇万円とすべきであると主張する。

 

そして、その理由は要するに、昭和三三年中に収入する金額は売買代金のうちの僅少の一部にすぎないのに売買代金全額を基準として所得税を課せられては、納税者は到底これを支払うことができず、極めて不合理、苛酷な結果を生ずる、という点にある。

 

 

なるほど前記のとおり、本件売買契約における代金の支払は、契約当日一〇〇万円、翌月以降毎月五〇万円ずつの月賦弁済とする旨約定されている。

 

しかし、成立に争いない乙第三号証、第七号証、原審および当審における証人中原裕の証言および被控訴人本人尋問の結果によれば、本件売買契約の締結に当り、多額の税金が一度に課せられることが予想され、前記のような月賦弁済では到底税金を支払うことができないので、税金相当分は前記月賦弁済の約定にかかわらず売主側の求めにより売買代金のうちから随時支払うことが約束され、かつ、買主たる鶴屋は、納税のため必要だからとの被控訴人の求めに応じ、昭和三四年三月一日、本件売買代金の内払いとして六六一万〇、二二〇円を被控訴人に支払つたことが認められる。

 

 

もつとも、被控訴人は、右六六一万〇二二〇円は被控訴人の遺留分に相当する金額でありセツと鶴屋との本件売買契約とは別個であると主張し、右金額が被控訴人および赤星繁両名の遺留分相当額であることは前記のように当事者間に争いがなく、被控訴人は原審および当審における本人尋問において右金額を遺留分相当の金額として受領した旨供述し、前示乙第七号証(右金額の領収証)にも、「売買代金内払いとして」の記載の下に、「(遺留分減殺相当額)」と記載されている。

 

 

しかし、セツと鶴屋との本件売買契約においては、本件不動産に含まれる被控訴人および赤星繁の遺留分相当部分をも含んで売却されたものであり、しかも、被控訴人および赤星繁が同人等の遺留分相当部分をも含めて本件不動産を鶴屋に売却することに同意していたことは、成立に争いない乙第八号証、原審証人菊池行夫(第一、二回)、当審証人西東忠男の各証言並びに原審および当審における被控訴人本人尋問の結果により認められるところである。

 

 

したがつて、被控訴人が遺留分相当額として六六一万〇二二〇円を受領したということは、前認定(税金相当分は月賦弁済の約定にかかわらず売買代金のうちから随時支払うことが約束され、かつ実際に支払われたこと)の妨げとなるものではない。

 

 

以上のようなわけで、権利確定主義の原則に対し例外的に現実収入主義の立場を採るべき場合が仮りにありうるとしても、

 

 

本件の場合は、前認定のように、税金相当額は月賦弁済の約定にかかわらず売買代金のうちから随時支払うとの特約がなされ、かつ右特約は実行されたのであるから、

 

 

被控訴人が主張するような、現実に取得した金額以上の税金を納付しなければならないという不合理、苛酷な結果を生ずる、という問題は存しないといわねばならない。

 

 

したがつて、本件の場合は権利確定主義の原則に従うことに何らの妨げなく、例外的な取扱(仮りにそれがありうるとして)を考慮すべき何らの必要性も存しない。この点の被控訴人の主張は失当である。

 

四 以上の理由により、本件更正(審査決定変更により減額されたもの)は正当であつて、これを取り消すべき何らの違法も存しないから、被控訴人の本訴請求は失当として排斥すべきである。よつて、これと異なる原判決を取り消すこととし、民事訴訟法第三八六条、第九六条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。

 

(裁判長裁判官 池畑祐治 裁判官 佐藤 秀 裁判官 石川良雄)