非居住者に対する源泉徴収(1)

 

 

 

 所得税納税告知処分取消請求事件、東京地方裁判所判決/平成26年(行ウ)第114号、判決 平成28年5月19日、LLI/DB 判例秘書登載について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】

 

 原告(法人)が,訴外人(売主)との本件土地・建物に係る売買契約に基づき売買代金及び固定資産税等相当額の精算金を訴外人に支払ったところ,処分行政庁から,訴外人は「非居住者」に該当し,原告は源泉徴収義務を負う(所得税法上)とし,源泉徴収税の納税告知書処分を受けたことから,同告知処分の取消しを求めた事案。裁判所は,訴外人は本件売買支払日当時,日本国内に住所を有せず,所得税法上の「非居住者」であり,本件譲渡対価支払時に訴外人が非居住者であるか否か確認する注意義務を尽くしていない原告は,本件告知処分に記載された納付税額と同額の,本件譲渡対価に係る納付すべき源泉徴収税を納付すべきであるとし,本件告知処分は適法であるとして,原告の請求を棄却した事例

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 原告の請求を棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       

 

 

 

 

 

事実及び理由

 

第1 請求

  処分行政庁が原告に対して平成24年6月27日付けでした原告の平成20年3月分の源泉徴収に係る所得税の納税告知処分を取り消す。

 

 

第2 事案の概要

  本件は,株式会社である原告が,A(以下「A」という。)との間において,別紙2物件目録記載1の土地(以下「本件土地」という。)及び同目録記載2の建物(以下「本件建物」といい,本件土地と併せて「本件不動産」という。)に係る売買契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し,本件不動産の売買代金7億6000万円(以下「本件代金」という。)並びに固定資産税及び都市計画税(以下「固定資産税等」という。)相当額の精算金215万9273円(以下「本件精算金」という。)の合計額である7億6215万9273円(以下「本件譲渡対価」という。)をAに支払ったところ,処分行政庁から,Aが所得税法(平成26年法律第10号による改正前のもの。以下同じ。)2条1項5号にいう「非居住者」に該当し,原告は同法212条1項(以下「本件条項」という。)に基づく源泉徴収義務を負うとして,源泉徴収税の納税告知処分(以下「本件告知処分」という。)を受けたことに対し,Aは所得税法上の「非居住者」には該当せず,仮に該当するとしても,原告は源泉徴収義務を負わない旨主張して,本件告知処分の取消しを求める事案である。

 

 

 1 関係法令等の定め

   本件に関係する法令等の定めは,別紙3関係法令等の定め記載のとおりである(同別紙において用いた略称は,以下の本文においても用いることとする。)。

 

 

 2 前提事実(証拠等を掲げていない事実は,当事者間に争いのない事実である。)

  

(1) 当事者等

   

ア 原告は,不動産の取得,処分,賃貸借,管理,利用,開発等を目的とする株式会社であり,東京証券取引所市場第一部に株式を上場している。[甲1]

   

イ(ア) A(昭和2年○月○○日生)は,原告に対し,本件不動産を譲り渡した者である。[甲20の1]

    

(イ) Aは,アメリカ合衆国(以下「米国」という。)の国籍を取得しており,米国が発給した「A’」又は「A’’」名義のパスポートで米国籍の者として日本に入出国していた。Aの平成9年2月28日から平成23年10月12日までの間における日本への入出国状況及び日本における滞在日数等は,別表1「Aの日本における滞在日数等」記載のとおりであり,日本国内にいる間は,本件建物で生活していた(なお,以下「A」というときは,特段の付記がない限り,「A」としてした行為を指しており,米国における行為を特に意味する場合には「A(A)」と表現することがある。)。[乙2,弁論の全趣旨]

    

(ウ)a Aは,国籍喪失の届出(戸籍法103条)をしておらず,本件売買契約の当時,本籍地を「東京都世田谷区(以下略)」として,亡父(B)の戸籍に登録されていた。なお,同戸籍については,平成23年3月27日,職権により消除された。[甲20の1・2,弁論の全趣旨]

     

b Aは,住民基本台帳に記録されており,平成7年12月22日,「東京都世田谷区(以下略)」(以下「本件旧住所」という。)から「東京都杉並区(以下略)」(同住所は,本件建物の所在地である。以下「本件建物所在地」という。)に転居した旨の届出を東京都杉並区長に対して行い,本件売買契約の当時における住民票上の住所地は,本件建物所在地であった。なお,Aの住民票については,平成23年3月7日,職権により消除された。[甲21]

     

 Aは,東京都杉並区において,印鑑登録をしており,印鑑登録証明書には,Aの住所として,本件建物所在地が記録されている。[甲9,15]

    

(エ)a Aは,東京都杉並区の介護保険の被保険者として取り扱われており,平成12年4月1日及び平成18年3月14日,介護保険被保険者証の交付を受けて,平成16年度ないし平成19年度において,介護保険料を納付していた。[甲22]

     

b Aは,平成20年4月当時において,後期高齢者医療制度被保険者証の交付を受けていた。[甲23]

    

(オ) Aは,本件譲渡対価の支払を受けた平成20年3月14日(以下「本件支払日」という。)の時点において,日本国内の金融機関に少なくとも1500万円の預金を有していた。

    

(カ) A(A)は,2000年(平成12年)11月30日,米国ネバダ州のラスベス近郊にある「□□」(以下,上記住所を「本件米国住所」という。)に,土地(0.18エーカー〔約728.46平方メートル〕及びプール付き一戸建ての住居(以下,併せて「本件米国住居」という。)を取得しており,2009年(平成21年)及び2010年(平成22年)における本件米国住居の固定資産税評価額は,41万2114米国ドルであった。[乙1,3,5ないし9,11の1ないし26,弁論の全趣旨]

  

 

 

 

 

(2) 本件不動産の状況等

   

ア(ア) Aは,亡父からの相続により本件土地を取得した(なお,当初,本件土地は,Aを含む4名による共有物であったが,平成4年3月6日共有物分割により,Aが単独で所有するに至った。)。[甲12の1,乙1,3,弁論の全趣旨]

    

(イ) 本件土地に係る登記記録の全部事項証明書には,本件土地の所有者であるAの住所として,当初,本件旧住所が表示されていたが,平成7年12月21日住所移転により,Aの住所が本件旧住所から本件建物所在地に変更された旨の記載がされていた(なお,上記住所変更の受付は,平成20年3月14日にされたものである。)。[甲12の1]

    

(ウ) 本件土地に係る平成19年度の固定資産評価額は,2億4576万5880円であり,同年度における固定資産税等の合計額は262万8740円であった。また,同年度の固定資産(土地)評価証明書及び固定資産(土地)関係証明書には,本件土地の所有者であるAの住所として,本件旧住所が記載されていた。[甲7の1,甲8の1]

   

イ(ア) Aは,平成7年12月21日,本件建物を建築し,その旨の保存登記(平成9年5月23日受付)を行った。本件建物に係る登記記録の全部事項証明書(以下,前記ア(イ)の全部事項証明書と併せて「本件登記書類」という。)には,本件建物の所有者であるAの住所として,本件建物所在地が記載されていた。[甲12の2,弁論の全趣旨]

    

(イ) Aは,平成7年以降,本件土地の一部を月ぎめ駐車場として,賃貸の用に供しており(以下,この駐車場を「本件駐車場」という。),これにより収入を得ていた。例えば,Aは,C株式会社(以下「C」という。)との間において,平成16年1月15日付けで駐車場賃貸借契約を締結し,Cに対し,平成19年12月31日までの間,本件駐車場のうち5区画を賃貸していた。なお,本件駐車場の看板には,本件建物に設置された電話番号が記載されていた。[甲4,18,弁論の全趣旨]

    

(ウ) 本件建物に係る平成19年度の固定資産評価額は,403万円であり,同年度における固定資産税等の合計額は,6万8510円であった。また,同年度の固定資産(家屋)評価証明書及び固定資産(家屋)関係証明書(以下,前記ア(ウ)の各証明書と併せて「本件固定資産評価書類」という。)には,本件土地の所有者であるAの住所として,本件建物所在地が記載されていた。[甲7の2,甲8の2]

   

ウ(ア) Aは,本件駐車場の賃貸から得た不動産所得について,平成17年分ないし平成19年分の所得税の確定申告書を提出して,所得税を納付しており,その際,介護保険料の所得控除を受けていた。なお,Aは,平成20年分の所得税について確定申告を行っていない。[甲18,弁論の全趣旨]

    

(イ) 東京都杉並区長は,Aに対し,本件駐車場の賃貸による不動産所得について,平成17年度分及び平成18年度分の特別区民税及び都市計画税(以下「区民税等」という。)を課税していた。なお,上記各年度に係る特別区民税・都民税課税(所得)証明書(甲14の1・2。以下「本件区民税等課税証明書」という。)によれば,平成16年中の不動産所得金額は463万3400円,平成17年中の不動産所得金額は452万8469円であった。[甲14の1・2]

  

(3) 本件売買契約の締結等

   

ア 原告は,平成19年12月8日,Aとの間において,原告がAから本件不動産を代金7億6000万円で買い受ける旨の本件売買契約を締結した。本件売買契約に係る契約書(以下「本件売買契約書」という。)には,要旨,以下の内容が含まれていた。なお,Aは,本件売買契約書において,Aの住所を本件建物所在地として,記名押印していた。[甲3]

    

(ア) Aは,本件不動産を現状有姿にて原告に売り渡し,原告は住宅分譲事業を行う目的でこれを買い受けた。[第1条〔売買の目的〕]

    

(イ) 本件不動産の売買代金は,総額7億6000万円とする。[第2条〔売買代金〕]

    

(ウ) 原告は,本件不動産の売買代金を本件不動産の引渡し時に一括してAに支払うものとする。[第3条〔売買代金の支払方法〕]

    

(エ) Aは,自己の責任において本件土地について道路及び隣地との境界を確定させ,境界石なき場合はこれを設置した上,官民境界査定抄本及び隣地所有者の境界承諾書を後記(カ)所定の引渡し時までに資格ある測量士が作成した本件土地の実測図とともに原告に交付するとともに,これに要する費用は,Aの負担とする。[第4条〔実測・境界確定〕]

    

(オ) Aは,前記(ウ)の売買代金の受領と同時に,本件不動産につき原告を権利者とする所有権移転登記手続に必要な一切の書類を原告に交付するものとし,両者協力の上,登記手続を完了させるものとする。[第5条〔登記手続〕]

    

(カ) Aは,前記(ウ)の売買代金と同時に現状有姿にて本件不動産を原告に引き渡すものとし,この時,本件不動産の所有権もAから原告に移転するものとする。[第6条〔所有権移転・引渡し〕]

    

(キ) 本件土地に地中障害物,土壌汚染物質による汚染等,隠れた瑕疵の存在が明らかになった場合は,所有権移転の後においてもAの責任と負担において解決し,原告に何ら迷惑をかけてはならないものとする。[第9条〔瑕疵担保責任〕]

    

(ク) 本件不動産に課せられる公租公課については,前記(カ)所定の引渡しの時をもって区分し,その前日までの分はAが,その日以降については原告がそれぞれ負担するものとする。なお,計算の起算日は1月1日とする。[第10条〔公租公課〕]

    

(ケ) Aは,前記(カ)所定の引渡しの時までに,Aの責任と負担において本件売買契約締結時点で存する,本件駐車場に係る使用契約の相手方に解約の申入れを行った上で当該契約を終了させるものとし,かつ,本件土地上にある土地使用者の車両等の退去を完了させて,本件土地を原告に引き渡すものとする。[第19条〔特約条項〕]

    

(コ) 本件売買契約に定めのない事項又は本件売買契約につき解釈上疑義を生じる事項があったときは,信義誠実を基本としてA・原告協議の上決定する。[第22条〔規定外事項〕]

   

イ Aは,本件不動産の引渡しに先立ち,本件土地と隣地との境界を確認するため,自ら境界確認に立ち会って,① 隣地(東京都杉並区(以下略))の所有者であるDとの間において,平成19年12月21日付け境界確認書を作成し,② 隣地(東京都杉並区(以下略))の所有者であるEとの間において,平成20年1月12日付け境界確認書を作成し,③ 本件土地と同隣地の境界上に現存する工作物の取扱いにつき,Eとの間において,同年3月6日付け覚書を作成した(以下,上記①ないし③を併せて「本件境界確認書等」という。)。なお,本件境界確認書等の当事者欄には,Aの住所として本件建物所在地が記入されていた。[甲5,6,27,弁論の全趣旨]

  

(4) 本件譲渡対価の支払

   

ア(ア) 原告は,平成20年3月14日(本件支払日),本件売買契約に基づき,本件代金(7億6000万円)について,Aから指定された別表2「米国送金先金融機関一覧」の「送金先金融機関」欄記載の各口座(以下「本件米国口座」という。)に分けて振込送金する方法により支払った(以下「本件振込送金」という。)。本件振込送金について作成された外国送金依頼書兼告知書(乙11の1ないし26。以下「本件送金依頼書」という。)は,本件振込送金の「受取人名」欄に「A’」と記入され,「受取人住所」欄には本件米国住所が記入されていた。[乙11の1ないし26]

    

(イ) 原告は,本件支払日において,本件売買契約書(第10条)の定め(前記(3)ア(ク))に基づき,本件精算金(215万9273円)を,みずほ銀行自由が丘支店に開設されたA名義の普通預金口座(以下「みずほ銀行口座」という。)に振込送金する方法により支払った。

    

(ウ) Aは,原告に対し,本件譲渡対価について領収証(甲11の1・2。以下「本件領収証」という。)を交付しているところ,本件領収証には,住所として本件建物所在地を記載の上,記名押印をしていた。なお,原告は,Aに対する本件譲渡対価の支払の際,本件譲渡対価(前記(ア)・(イ))に係る源泉徴収を行っていない。[甲11の1・2]

   

イ 原告は,平成20年3月14日,本件売買契約書(第5条及び第6条)の定め(前記(3)ア(オ)・(カ))に基づき,「平成20年3月14日売買」を原因として,本件不動産の所有権移転登記手続を行った。

  

(5) 本件訴訟に至る経緯

   

ア 新宿税務署の担当職員は,平成22年3月頃,原告がAに対して支払った本件譲渡対価に関する税務調査(以下「本件調査」という。)を開始した。

 

本件調査においては,本件土地の近隣に居住するAの兄であるD及び同人の妻Fに対する質問調査(以下,これらの質問調査の結果を「本件聴取結果」という。)のほか,

 

① 法務省入国管理局に対し,A(A’)に対する入出国記録を照会し,

 

② 国税庁を通じて,米国内国歳入庁(Internal Revenue Service。以下「IRS」という。)に対し,A(A)の米国における身分事項や所得税の申告状況等に関する照会を行うなどした。[乙1ないし4,13,弁論の全趣旨]

   

 

イ(ア) 処分行政庁は,平成24年6月27日,原告に対し,本件告知処分を行った。

    

(イ) 原告は,平成24年7月5日,本件告知処分に係る源泉所得税7621万5927円を納付した。原告は,本件告知処分に不服があるとして,本件告知処分に係る異議申立て及び審査請求をしたが,いずれも棄却されており,その経緯は,別表3「本件告知処分の経緯」記載のとおりである。

   

ウ 原告は,平成26年3月11日,本件訴訟を提起した。[顕著な事実]

 

 

 

 

 

 

3 争点

 

  (1) Aの非居住者(所得税法2条1項5号)該当性

 

   ア Aは,本件支払日において,国内に住所を有していなかったのか否か。[争点1]

   イ Aは,本件支払日まで引き続いて1年以上居所を有していなかったのか否か。[争点2]

 

  (2) 本件条項の解釈・適用の在り方[争点3]

 

  (3) 原告は,本件譲渡対価について,本件条項に基づく源泉徴収義務を負っていたのか否か。[争点4]

 

  (4) 本件告知処分が租税公平主義及び信義則(禁反言の原則)に違反したものであるか否か。[争点5]

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 争点に関する当事者の主張の要旨

 1 争点1(Aは,本件支払日において,国内に住所を有していなかったのか否か。)について

  (1) 被告の主張

   ア 所得税法の規定する「住所」(同法2条1項5号)とは,生活の本拠,すなわち,その者の生活に最も関係の深い一般的生活,全生活の中心を指すものであり,一定の場所がある者の住所であるか否かは,客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきである(最高裁平成23年2月18日第二小法廷判決・集民236号71頁参照)。そして,生活の本拠たる実体を具備しているか否かを判断する際には,①その者の所在,②職業,③生計を一にする配偶者その他の親族の居所,④資産の所在等の客観的事実に基づき総合的に判定すべきであると解されている。

   イ 以下に述べる事情を総合勘案すれば,本件支払日において,Aの生活の本拠は,本件米国住所であり,日本国内には生活の本拠たる「住所」を有していないと認めるのが相当である。

    (ア) Aの所在

     a Aは,平成9年以降本件支払日までの期間において,全く日本に入国していなかった年(平成14年)もある上,入国していた年であっても年に2回ないし4回程度入国していたにすぎず,平成9年以降本件支払日までの日本国内における滞在期間(平成9年を除く)は1年の半分にも満たない(別表1参照)。

     b Aが日本に滞在していなかった期間のAの所在については,① Aが過去に米国籍を取得し,本件支払日を含む現在まで維持していること,② Aが日本に入国する際に米国が発給したパスポートを使用していたこと,③ レクシスネクシスジャパン株式会社の提供するデータベース検索システムであるLexisNexis(以下「レクシスネクシス」という。)のデータベース上の個人の住所移転履歴には昭和60年以降現在までのAの米国内における住所地が登録されていること,④ これらの住所地の中には,Aが過去に米国ヴァージニア州フェアファックス郡に所有していた居住用不動産や本件米国住居の所在地が含まれていることなどからすれば,Aは,「Public Records Search」(公式記録文書検索。乙22)の「Address」欄に表示された米国内の各場所に居住していたと推認することができる。

    (イ) Aの職業

     a Aは,昭和27年に米国へ留学のために渡航し,その後米国ワシントンの△△図書館で司書として勤務し,部長職まで勤め上げて退職している。なお,本件支払日における原告の米国における就業状況は不明であるが,原告は当時80歳であるから,本件支払日時点において米国内で職業を有していないとしても何ら不自然ではない。

     b この点,Aは,日本国内において本件駐車場の貸付けという業務を行っているが,月ぎめ駐車場の貸付けという業務は,その性質上,本人が常駐することを要しないものであり,原告が営む駐車場貸付業が,継続的居住の実体を形成するものということはできない。

    (ウ) Aの親族の居所等

      本件聴取結果及び米国内の不動産関係記録(乙5,20,22,23)によれば,以下の事実が認められる。

     a Aは,1954年(昭和29年)に米国人であるG(以下「G」という。)と結婚し,長女H(以下「本件長女」という。)と,長男I(以下「本件長男」といい,本件長女と併せて「本件子ら」という。)の2子をもうけた。Aは,Gと死別後,遅くとも1999年(平成11年)3月までには,米国ネバダ州クラーク郡ラスベガスの住居において本件子らと同居していた。

     b 2000年(平成12年)には,Aは,本件米国住居を購入して転居し,犬と猫を飼うなどしながら生活していたが,その翌年の2001年(平成13年)には,本件長男が本件米国住居に転居して再び原告と同居しており,Aは,本件不動産の譲渡が行われた平成20年時点で約9年間にわたって本件長男と共に,米国内で居住していた。また,本件長女も米国で生活している。

     c これに対し,Aは,本件建物に滞在している間は,一人で過ごしていた。

    (エ) Aの資産

     a Aは,本件支払日時点において,① 米国内に本件米国住居のほか,米国メリーランド州カルヴァート郡にGと共に購入した2件の不動産(以下「メリーランド不動産」という。)を所有しており(乙30,31)② 日本国内に本件不動産及び銀行預金約1500万円を有していた。

     b 本件米国住居及び本件不動産は,いずれもAが起居できる不動産であったと認められるが,前述のとおり(前記(ア)・(ウ)),Aは,平成13年以降,本件米国住居において,年の過半を家族と共に生活していたのであるから,本件米国住居が,Aの生活の本拠を判断する要素として重視されるべき資産である。

    (オ) Aの個人登録等の状況

     a 米国における状況

       Aは,米国において社会保障番号及び米国籍を取得し,日本に入国する際には,米国が発給したパスポートを使用しており,また,米国内に所在する12の金融機関に,名義人を「A’」とし,住所を本件米国住居とする18の口座(本件米国口座)を有している。このような米国における個人登録等の伏況に照らせば,Aが専ら米国において生活していたことは明らかである。

     b 日本における状況

      (a) Aの戸籍上の本籍地は東京都世田谷区(以下略)であり,本件支払日までに戸籍から除かれていないが,これは,Aが,米国国籍の取得に伴い,日本国籍を喪失したにもかかわらず(国籍法11条),戸籍法103条に定められた国籍喪失の届出を行わなかったために生じた結果にすぎない。

      (b) Aは,本件建物所在地を住所として住民基本台帳に記録していたが,このことは,Aがその旨の届出を行ったという事実を示すにとどまり,本件支払日においてAの生活の本拠が国内にあったことを客観的に示す根拠となるものではない。

      (c) Aは,東京都杉並区が発行した介護保険被保険者証を所持していたが,介護保険被保険者証は,所得税法上の「居住者」に該当するか否かを市町村又は特別区が判断した上で,交付されるものではない。また,Aは本来介護保険法上の被保険者の要件を満たさなかったのであり,Aが介護保険被保険者証の交付を受けていたことが直ちにAが所得税法上の居住者に該当することを示す根拠とはならない。

      (d) Aは,平成17年分ないし平成19年分の所得税の確定申告を行うとともに,平成17年度及び平成18年度の区民税等の課税を受けている。しかしながら,所得税法上,Aが国内で得ていた本件駐車場の貸付けによる収入は国内源泉所得に該当するから,非居住者であったとしても,所得税法165条の規定により所得税の課税標準及び税額の計算をし,申告及び納付を行わなければならない(同法166条)のであり,Aが所得税の申告をしたという事実は,本件支払日においてAの生活の本拠が国内にあったか否かの判断には関係のない事実である。

      (e) Aは,本件売買契約書等の文書において,本件建物所在地を住所として記載し,各種の官公署発行の書類にも本件建物所在地又は本件旧住所が住所として記載されていた。しかしながら,これらの事情は,Aが,本件建物所在地を住所として記載した,あるいは,日本の官公署に本件建物所在地又は本件旧住所を住所としてその旨の届出を行ったという事実を示すにとどまる。

  (2) 原告の主張

   ア 以下に述べる事情を総合的に判断すれば,Aの住所は,本件支払日において,本件建物所在地であったというべきである。

    (ア) Aの日常生活の状況,就業状況等

     a Aは,本件支払日当時,「東京都世田谷区(以下略)」を戸籍上の本籍地としていた。

     b Aは,昭和62年ないし昭和63年には,母親の介護のために米国から帰国し,数年にわたり母親の介護を行い,平成7年12月22日には,それまで居住していた本件旧住所から本件建物所在地に転居し,それ以降,本件支払日に至るまで,近隣の親戚付き合いをしながら,少なくとも年間の相当日数を本件建物で生活していた。

     c Aは,平成5年頃から平成20年3月までの約15年間にわたり,本件土地の一部を月ぎめ駐車場として貸し付ける駐車場経営を行い,毎月の生活に必要な収入を得ており,我が国の内外を問わず,本件駐車場の経営以外には,生活に必要な収入を得るための仕事をしていなかった。この点,Aは,平成7年頃から平成20年3月までの間,本件建物を自宅兼事務所として使用し,本件駐車場の看板には,Aの自宅兼事務所の電話番号が駐車場の募集に関する連絡先として記載されていた。また,Aは,本件駐車場の経営を自ら行い,本件建物において本件駐車場の貸借に係る契約書や解除通知等を作成し,自ら賃料を受け取ることもあり,日々の清掃等の管理業務に従事するなどしていた。本件駐車場の賃料額は,年間約270万円に上る固定資産税等を支払った後にも,少なくとも年間450万円程度の金額に達し,独居の高齢者が生活するには十分な不動産所得を得て,この所得をもって生活していた。

     d Aは,平成19年9月以降,原告の担当者との間で本件不動産の売買契約の交渉を行う際には,日本の携帯電話を使用して連絡を取っており,海外から電話を架けてきたことはない。

     e これらの事情によれば,Aの生活の本拠は,本件支払日時点において我が国にあったということができる。

    (イ) 我が国における公的な書類の状況

     a Aの住所は,本件支払日当時,住民票,印鑑登録証明書等の重要な公的書類のいずれにおいても,我が国における住所(本件建物所在地)とされていた。

     b 本件登記書類には,Aの住所として,本件旧住所及び本件建物所在地が記載されており,本件固定資産評価書類においても,Aの住所として,本件建物所在地が記載されている。

     c これらの事情によれば,Aの住所が日本国内にあったことは明らかである。

    (ウ) 日本国内におけるAの税務申告や社会保険の加入状況

     a Aは,少なくとも平成17年分から平成18年分においては,国内居住者であることを前提として,所得税の確定申告をするとともに,この頃には,区民税等の地方税も納付していた。また,本件不動産に係る固定資産税等の納付も行っていたと考えられる。

     b Cは,Aに対し,毎月駐車場賃料を支払っていたが,駐車場賃料について源泉徴収を行っておらず,税務当局も,少なくとも数年間にわたり,かかる状態を是認していた。なお,Aは,C以外の賃借人と賃貸借契約を締結して賃貸料を収受していたが,これらの他の賃借人も源泉所得税の徴収・納付を全く行っていなかったと考えられる。

     c Aは,東京都杉並区の介護保険の被保険者であり,同区から介護保険被保険者証の発行を受けて,少なくとも平成16年度から平成19年度にかけて毎年介護保険料を支払っていた。所得税法上,確定申告を行うに当たり,社会保険料を所得控除の対象とすることができるのは,「居住者」に限られるが(所得税法74条1項),Aは,駐車場賃貸から得た利益を不動産所得として平成17年分ないし平成19年分の所得税の確定申告をする際,介護保険の所得控除を受けている(それ以前の時期においても介護保険料の所得控除を受けていた可能性が極めて高い。)。また,Aは,後期高齢者医療制度に加入しており,このことからすれば,本件支払日を含む平成20年4月1日までの間には,国民健康保険に加入していたものと強く推認される。

    (エ) Aの主要な資産の所在状況

      Aは,本件支払日当時,本件不動産を所有し,自宅兼事務所として利用しており,また,我が国の金融機関において,少なくとも1500万円の預金を有していた。これに対し,Aが一時的に米国に滞在していた際に利用していた本件米国住居の価値は,平成21年から平成22年における評価額で合計約41万ドル程度にすぎず,その他,米国においてみるべき資産の存在は明らかにされていない(米国における資産は,Aの所有する資産全体のごく一部にすぎない。)。

    (オ) 契約書類等の記載

      平成19年12月から平成20年3月までにかけて作成された本件売買契約に係る各種作成書類(本件売買契約書,本件境界確認書等,本件領収証など)において,Aの住所は,いずれも本件建物所在地とされており,氏名は「A」と記載されている。

    (カ) Aの言動等

      Aは,平成20年2月当時,原告の担当者から,所得税法2条1項3号にいう「居住者」(以下「国内居住者」ともいう。)であるか否かを確認された際,本件建物に居住する国内居住者である旨を明確に述べていた。また,Aは,Aが国内居住者であることを前提として課税関係の説明を受けた際,特段の疑問等を述べることもなかった。

   イ(ア) 被告は,Aが平成9年から平成23年3月までの間において国外に滞在していた事実を指摘している。しかしながら,被告は,Aが,国外に滞在している間,米国内(本件米国住居)に滞在していたことを客観的に示しているわけではなく,Aが本件米国住居を生活の本拠としていたことについて主張立証していない(仮にAが米国に滞在していたとしても,その間,米国内を旅行していたのか,あるいは一箇所又は複数箇所に滞在していたのかも明らかではない。)。なお,被告は,Aの住所が米国にあったことを裏付けるものとして,レクシスネクシス等を挙げるが,我が国の住民票のような公的な記録ではない。

    (イ) 被告は,Aが,本件支払日当時,本件米国住居において本件長男と同居して生活していた旨主張している。しかしながら,上記主張は,Fの供述(乙3。以下「F供述」という。)によるものにすぎず,客観的証拠によって裏付けられたものではない。この点,F供述は,Aの米国における具体的な生活状況を明らかにするものではなく,その供述内容にも変遷がみられ,これを信用することはできない。また,本件長男が自らの家庭を有していたのか,本件長男の職業や収入の状況等も全く明らかではないが,Aは,日本国内において,本件駐車場の経営により十分な収入を得ていたのであって,本件支払日当時,50歳代である本件長男と生計を一にしていたとは考え難い。

    (ウ) 被告は,本件駐車場の貸付けにより賃料収入を得ていた事実は,生活の本拠を判断する上で重要な要素ではない旨主張する。しかしながら職業の状況が個人の生活の本拠を認定する上で重要な要素であることは明らかである。Aは,自ら本件駐車場の清掃や契約の管理,電話のやりとり等の具体的な業務を行っていたのであり,本件駐車場の規模(車両30台ないし40台)に照らしても,本件駐車場を経営する上で日本国内での常駐を要しないというのは事実関係を無視した主張である。

    (エ) 被告は,Aが本件米国住居等を所有していたこと等を指摘しているが,Aは,本件支払日当時,本件米国住居よりも資産価値の高い本件不動産を本邦に所有し,自宅兼事務所としていたのであるから,上記の事情は,本件米国住居における生活実態を示す事情には当たらない。

 2 争点2(Aは,本件支払日まで引き続いて1年以上居所を有していなかったのか否か。)について

  (1) 被告の主張

   ア 居所とは,人が多少継続的に居住するが,その生活との関係の度合いが住所ほど密接ではない場所と解されており,居住し得る場所が存したとしても,人が実際にそこに居住している事実がない限り,その場所は居所には当たらない。したがって,所得税法2条1項3号が定める「現在まで引き続いて1年以上居所を有する」とは,国内に引き続いて1年以上現に居住している場所を有することを指すものと解されるから,居所があることで居住者と認められるためには,居所での居住が1年以上継続することが前提であり,国内に居所が存在したとしても,1年未満の期間で断続的に居住しているような場合は,原則として,居住者には当たらない。

   イ 前述のとおり(前記1(1)イ(ア)),平成9年以降本件支払日までの期間についてみると,Aの平成9年を除く各年の日本国内における滞在日数は1年の半分にも満たず,Aが本件建物で多少継続的に居住していたと認めることはできないから,本件建物所在地は「居所」には当たらない。また,仮に本件建物所在地が居所に該当するとしても,所得税法2条1項3号にいう「現在まで引き続いて」の現在とは,本件支払日であり,その直前の日本への入国日は平成20年1月22日であるから,Aは,同号の「現在まで引き続いて1年以上居所を有する」との要件を満たさず,本件支払日において,所得税法上の居住者に該当しないというべきである。

   ウ この点,原告は,本件支払日から1年前までの期間のうち米国に滞在した期間が存在するとしても,同期間は一時的な出国であることが明らかであるから,Aが国内に不在であった期間を含めて国内に引き続いて1年以上居所を有する場合に該当すると主張している。しかしながら,前述のとおり(前記1(1)イ),Aの生活の本拠は本件米国住所にあり,Aの米国への出国は,生活の本拠への帰国であるから,同出国が一時的な目的によるものであったとは認められず,Aが日本国内で不在であった期間について,引き続き国内に居所を有していたということはできない。

  (2) 原告の主張

   ア 所得税法2条1項3号の「居所」とは,人が多少の期間継続的に居住するが,その生活との関係の度合いが「住所」ほど密着ではない場所をいうと解される。前述した事実関係(前記1(2)ア)からすれば,本件支払日の当時において,Aの住所は本件建物所在地にあったというべきであり,仮に本件建物所在地が住所に当たらないとしても,「居所」と認められることは明らかである。

   イ 東京高等裁判所平成20年2月28日判決(判例タイムズ1278号163頁。以下「東京高裁平成20年判決」という。)は,「所得税法2条1項3号にいう『国内に引き続いて1年以上居所を有する』というためには,その間に在外期間が含まれる場合には,在外期間中も,国内に,それまで生計を共にしていた配偶者その他の親族を残し,再入国後生活する予定の居住場所を保有し,又は生活用動産を預託していて再入国後直ちに従前と同様の生活をすることができる状態にあるなどして,一時的な出国であることが明らかであることが必要であると解される」と判示している。前述した事実関係(前記1(2)ア)によれば,Aは,本件支払日から1年前までの期間において,米国に滞在した期間があるとしても,同期間中も,国内に再入国後生活する予定の居住場所(本件建物)を保有しており,再入国後直ちに従前と同様の生活をすることができる状態にあったということができるから,東京高裁平成20年判決に照らしても,同期間におけるAの米国への出国は,一時的な出国であることが明らかである。したがって,Aは,本件支払日まで引き続いて1年以上居所を有しており,居住者に該当する。

   ウ この点,被告は,本件建物所在地が「居所」に当たらないとするが,前述のとおり(前記ア),本件建物所在地が居所に該当することは明らかである。被告は,仮に本件建物所在地が居所に当たるとしても,Aが本件支払日前1年間の過半を米国に滞在しており,「国内に引き続いて1年以上居所を有している」とは認められない旨を主張しているが,被告は,Aの米国での生活状況を具体的に主張しておらず,客観的な証拠に基づく立証もしていない。所得税法2条1項3号は,国内に「住所」があることと,「国内に引き続いて1年以上居所を有している」こととを区別しており,東京高裁平成20年判決が判示するとおり,本件支払日前1年間に在外期間が存在することは,「国内に引き続いて1年以上居所を有している」と認めるのを妨げるものではない。また,「国内に引き続いて1年以上居所を有する」か否かの判断に当たり,在外期間の長短は,必ずしも重要な要素とはならないから,被告の上記主張には理由がない。

 3 争点3(本件条項の解釈・適用の在り方)について

  (1) 原告の主張

   ア(ア) 本件条項は,非居住者に対し,国内において所得税法161条1号の2から第12号までに掲げる国内源泉所得の支払をする者は,その支払の際,これらの国内源泉所得について所得税を徴収し,その徴収の日の属する月の翌月10日までに,これを納付しなければならない旨を規定しているところ,このような源泉徴収義務が肯定されるためには,当然の前提として,「支払をする者」において,「支払の際」に相手方が「非居住者」であるか否かを判別することが必要である。したがって,不動産の譲渡対価(同法161条1号の3)の「支払をする者」は,支払の際,本件条項に基づき源泉徴収義務を負うことになるのか否かを判定するため,相手方が「非居住者」であるか否かを確認すべき注意義務(以下「本件注意義務」という。)を負っているものと解されるが,本件注意義務を尽くしてもなお相手方が「非居住者」であると確認できない場合には,本件条項に基づく源泉徴収義務を負わないというべきである。

    (イ) 最高裁昭和37年2月28日大法廷判決(刑集16巻2号212頁。以下「昭和37年最判」という。)は,源泉徴収義務を課す前提として,支払者が,支払の相手方との間において,特に密接な関係にあり,かつ,徴税上の特別の便宜を有し,能率を上げ得る立場にあることを前提としている。不動産の譲受人において,不動産の譲渡対価の「支払の際」に,相手方が非居住者であるか否かを判別することが不可能又は困難な場合にまで,支払者と支払を受ける者が特に密接な関係にあるといえるかは疑問であり,また,支払者が徴税上の特別の便宜を有し,能率を上げ得る地位にあるともいい難いのであって,本件条項の限定解釈(前記(ア))は,昭和37年最判が判示した源泉徴収制度の制度趣旨からしても正当化されるというべきである。この点,最高裁平成23年1月14日第二小法廷判決(民集65巻1号1頁。以下「平成23年最判」という。)は,破産管財人による源泉徴収について,昭和37年最判を踏まえて,「支払をする者」(同法199条)との文言を限定解釈している。また,有力な租税法学者の学説においても,一定の場合には本件条項について限定解釈を行うべきであると解されており(甲35,36,46),これらの学説の内容は,原告の主張に合致するものである。なお,米国においては,売主が米国での納税者番号と「非居住者」でないことを宣誓供述書に記載して買主に提出した場合,買主の源泉徴収義務が免除される仕組みが存在している。

   イ(ア) 法令それ自体は合憲であっても,具体的な事実関係のもと,当該法令をそのまま適用した場合に不合理な結果を招くときには,当該法令が適用される限度で違憲(適用違憲)となるというべきである。この点,具体的な課税処分について適用違憲の可能性が生じ得ることは,最高裁昭和60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁における伊藤正己裁判官の補足意見においても認められている。

    (イ) 仮に,本件条項の限定解釈(前記ア)を否定するならば,不動産の買主が,譲渡対価を支払う際,売主の「非居住者」性を判断するために通常行うべき注意義務を尽くしたにもかかわらず,売主が非居住者であると確認できないような場合において,本件条項を適用することは,憲法13条,14条1項,29条1項・3項,84条に違反し,違憲(適用違憲)であるというべきである。この点,有力な租税法学者の学説においても,一定の場合には本件条項を適用することは違憲(適用違憲)であると解されており(甲35,36,46),これらの学説の内容は,原告の主張に合致するものである。

  (2) 被告の主張

   ア 所得税法は,源泉徴収義務者に対し,支払を受ける者が居住者に該当するか否かについて,その者に係る事実関係を確認し,客観的に判断すべきことを求めていると解されるところ,源泉徴収制度の適用における非居住者該当性の判断について,支払者(買主)や受給者(売主)の主観的な事情を源泉徴収義務の成否の要件とすることは,源泉徴収義務の有無を曖昧なものとし,その成否の判断を極めて困難なものとする。また,源泉徴収制度の趣旨は,納税義務者から直接に租税を徴収することが困難であるとか,能率的かつ確実に租税を徴収する必要がある場合等に,適正で確実な租税の徴収を確保することにあるところ,原告の主張は,源泉徴収制度の趣旨を没却させかねないものである。また,原告の主張は,実質的にみれば,本件条項における「支払をする者」の解釈ではなく,むしろ,一定の条件の成否により源泉徴収義務を免除するとの条項を創設すべきであると主張するものにほかならず,到底採り得ない解釈である。

   イ 昭和37年最判は,所得税法における源泉徴収の規定が憲法に違反するか否かについて,「法は,給与の支払をなす者が給与を受ける者と特に密接な関係にあって,徴税上特別の便宜を有し,能率を挙げ得る点を考慮して,これを納税義務者としている」とし,「担税者と特別な関係を有する徴税義務者に一般国民と異なる特別の義務を負担させたからとて,これをもって憲法14条に違反するものということはできない。」と判示しているところ,本件の源泉徴収制度における「特に密接な関係」とは,不動産売買取引の買主である譲渡対価の支払者が,一般的に,不動産の譲渡に関する交渉,契約締結及び契約の履行を通じて受給者の国内外における住所等を容易に把握し得る立場にあることを指し,源泉徴収制度は,支払者が一般的にかかる立場にあることに鑑みて設けられたものであるところ,支払者が,支払を受ける者(受給者)との間で当該支払につき法律上の債権債務関係に立つ本来の債務者であるにもかかわらず,支払者と受給者間の個別の事情により,支払者と受給者とが「特に密接な関係」にはないなどと判断されるものではない。したがって,非居住者に対して国内にある不動産の譲渡対価を支払う者は,仮に当該非居住者との間で原告が主張するような個別の事情があったとしても,当該非居住者と「特に密接な関係」にあることが否定されるものではないから,源泉徴収制度を適用する場面において,個々の事案の個別の事情によりその適用が憲法に違反するとされる余地はない。

 4 争点4(原告は,本件譲渡対価について,本件条項に基づく源泉徴収義務を負っていたのか否か。)について

  (1) 被告の主張

   ア Aは,非居住者(所得税法2条1項5号)に該当し,本件譲渡対価は,国内源泉所得(同法161条1号の3)に該当するから,原告は,非居住者であるAに対して国内源泉所得(本件譲渡対価)の支払をする者として,本件条項に基づく源泉徴収義務を負っていた。

   イ 原告は,本件の事実関係においては,① 原告が国内源泉所得の「支払をする者」(所得税法212条1項)に当たらない,② 原告が本件譲渡対価に係る源泉徴収義務を負わせることは適用違憲である旨主張している。しかしながら,以下に述べる事情によれば,原告において,Aが非居住者であると判断することが不可能又は極めて困難であったとは認められないから,原告の主張を前提としても,原告は,本件譲渡対価に係る源泉徴収義務を負っていたというべきである。

    (ア) 不動産取引において買主が確認すべき事項等

     a 源泉徴収義務者には所得税法に基づいて一般国民と異なる特別の義務(源泉徴収の対象となる所得を支払う際,所定の方法により所得税額を計算し,支払金額からその所得税額を差し引いて国に納付するという源泉徴収制度の一連の流れを実行する義務)が課せられており,非居住者に対する国内源泉所得の支払に際して源泉徴収義務者になり得る法人及び個人が,支払を受ける者が国内居住者か非居住者かを確認する本件注意義務も,上記「特別な義務」に内在するものである。

     b 前述のとおり(前記1(1)),ある一定の場所が「住所」に当たるか否かの判断は,客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かという点に着目して行われるべきであり,具体的には,①その者の所在,②職業,③生計を一にする配偶者その他の親族の居所,④資産の所在等の客観的事実に基づき総合的に判断すべきと解されていることからすれば,源泉徴収義務者においては,支払を受ける者が居住者又は非居住者のいずれに該当するかについて,その者に係る上記①ないし④その他の事実関係を確認し,客観的事実に基づき判断することが通常予定されている(不動産売買においては,売主が非居住者に該当すれば,買主に源泉徴収義務が発生するから,買主が売主の非居住者性について確認等を行うことは不動産取引の実情でもあると考えられる。)。

     c 不動産の売主が非居住者であるか否かを判断するに当たっては,日本国内における事実関係のみならず,当該売主の住所が存する可能性のある外国における事実関係をも調査確認することは当然のことである(後述するとおり〔後記(イ)b〕,Aの住所が米国内にある可能性が容易にうかがわれたのであり,本件においては,Aの米国における事実関係についても調査確認する必要性が極めて高かった。)。

    (イ) 原告による調査確認が不十分であったこと

      以下に述べる事情によれば,原告は,Aが非居住者に該当する可能性のあることを認識していたにもかかわらず,Aが非居住者であることを示す可能性がある事情について調査確認することを怠ったものというべきである。

     a 原告は,Aが非居住者であるか否かを調査確認することが十分可能であったこと等

      (a) 本件売買契約書(第9条及び22条)によれば,原告は,本件代金の決済後も含め,売主の住所,資力その他の事情や属性に関心を有していたのであり,実際にAと協議できる関係にあった。

      (b) Aは,原告に対し,「A’」という英米式の氏名,本件米国住所及び本件米国口座を開示しており,非居住者に該当する要素となり得る事実を故意に開示しない意思を有していたとは考え難い。実際,Aは,原告に対し,介護保険被保険者証を提示し,特別区民税・都民税課税(所得)証明書を取得するための委任状を作成して交付するなど,原告の事実調査に協力している。

      (c) 以上によれば,原告がAに対して協力を求めつつ,Aが非居住者に該当するか否かを調査確認することは十分に可能であった。

     b Aが非居住者であることが容易にうかがわれたこと

      (a) 原告は,本件売買契約の交渉を開始する以前において,① Aが本件建物に不在であったこと,② 本件駐車場の看板に記載された電話番号に電話をかけてもAに連絡がつかないことを認識していた。

      (b) 原告は,Aとの交渉開始後から本件売買契約の締結までの間においても,③ Aから米国に行くので留守にする旨を言われ,④ Aが本件代金の送金先口座として本件米国口座を指定しており,口座の名義人が「A’」とされ,その住所は本件米国住所であった。そして,原告の経理部も,上記③の事実から,Aが非居住者に該当する可能性があるとして,その確認を担当者に指示しており,原告が米国に居住する非居住者に該当する可能性が高いことを示す事情を把握していた。

     c 原告によるAに対する調査確認が不十分であったこと

      (a) 原告の担当者は,Aに対し,Aの米国内における滞在日数や,滞在拠点などの生活状況等について確認しておらず,また,本件米国口座の受取人の名義が「A’」であり,住所が本件米国住所であること等について確認していない。また,原告は,Aと最初に面談した平成19年9月4日以前におけるAの所在を確認することもしていない(本件建物の隣地に居住する親類に対してAの所在等を確認することも可能であったはずである。)。

      (b) 原告の担当者は,「A’」という英米式の名前が明らかになっており,Aについて外国人配偶者その他の親族の存在及び所在を確認する必要性が高かったにもかかわらず,そのような確認をしておらず,Aが日本国内において本件不動産以外に資産を有しているのか,米国において資産を有しているのかといった,Aの資産の状況について確認することもしていない。

      (c) 以上によれば,原告が,Aが非居住者であるか否かを確認するために,不動産取引において通常必要とされる調査確認を十分に行ったものということはできない。

  (2) 原告の主張

   ア 原告が,不動産会社であることをもって,不動産の売主の非居住者性につき,一般人よりも重い注意義務を負うとしても,関係法令に基づく事実解明権ないし確認権が付与されているわけではないから,その注意義務(事実確認)の程度は,飽くまでも社会通念上相当な範囲にとどまるというべきである。

   イ 前述のとおり(前記3(1)ア(ア)),不動産の譲渡対価の支払をする者は,相手方の「非居住者」性を確認すべき本件注意義務を負っているが,このような本件注意義務を尽くしてもなお相手方が「非居住者」であると確認できない場合には,支払者は本件条項に基づく源泉徴収義務を負わないというべきである(本件条項の限定解釈)。そして,以下に述べる事情によれば,原告は,本件において,通常行うべき本件注意義務を尽くした上で,Aが非居住者ではないと確認したということができるから,原告は,本件条項に基づく源泉徴収義務を負わない。

    (ア) 原告は,本件売買契約を締結するに当たり,Aの住民票,印鑑登録証明書,本件登記書類を確認し,これらの書類によって,Aの住所が本件建物所在地であり,直近になって,住所を日本国内に移動させたような記録はないことを確認した。また,Aの住所が本件建物所在地であるという事実は,原告の担当者がAから聞き取った情報(Aが,母親の介護のために十数年前に米国から帰国したこと,その後,本件建物に居住して本件駐車場の経営による収入を得て生活を営んでいること等)とも合致していた。

    (イ) Aは,本件売買契約の締結に際して作成する各種書類(本件売買契約書,本件境界確認書等など)において,自身の氏名を「A」と記載し,その住所欄には,我が国の住所である本件建物所在地を記載していた。

    (ウ) 原告は,本件支払日までの間,念のため,Aの介護保険被保険者証を確認したり,本件区民税等課税証明書を取得したりするなどして,Aの住所が継続して日本国内にあることを確認した。

    (エ) 原告の担当者であるJ(以下「J」という。)及びK(以下「K」という。)は,平成20年2月,Aに対し,「国内居住者でなければ課税関係が変わりますから確認するように言われています。Aさんは国内居住者ですね。」と質問しており,Aは,この質問に対し,全く動揺することなく,自らが国内居住者である旨を回答していた。

    (オ) 原告とAとの間における売買交渉は,本件建物内において,優に10回以上にわたって行われており,原告の担当者(J及びK)がAや本件建物内の状況を確認する機会は十分にあった。しかしながら,Aの風貌や話し方,本件建物の状況等について,Aが本件建物で生活していないことをうかがわせる事情は一切なかった。

    (カ)a この点,本件告知処分は,本件支払日から4年以上が経過した後にされたものであるところ,本件調査においては,一般の企業では到底実施することのできない調査(法務省東京入国管理局やIRSに対する照会等)がされており,これらの調査をしなければ,Aが非居住者であると判断することは不可能であった。本件告知処分においては,延滞税や不納付加算税は課されておらず,同事情によれば,税務当局においても,原告がAの非居住者性につき通常行うべき本件注意義務を尽くしていたことを認めているものと解される。

     b なお,不動産の売主が非居住者であるか否かを確認するために,売主に対し,パスポートの提示を求めるという方法は,これにより,当該売主が居住者であることの確認ができない可能性も相当高く(例えば,直近にパスポートの更新を行った場合には,更新以前の渡航歴を確認することはできないし,また,海外への渡航回数が多数に上る場合,正確な渡航歴を把握するためには,出入国日を逐一確認しなければならない。),また,パスポートの提示を求めることは,現実の不動産売買取引の取引通念に反するものであって,合理性はない。

   ウ Aは,前記検討のとおり(前記イ(ア)・(イ)),本件売買契約の締結に当たり,住所として本件建物所在地を記載しているが,本件米国住所を記載してはおらず,名前が「A’」であることも明らかにしていない。また,Aは,原告の担当者の質問に対し,Aが本件建物で生活する国内居住者である旨を断言しており,また,「ヘンダーソンというところに行って,犬や猫と1人で暮らす。」と述べて,米国において原告と共に暮らす家族が1人もいないという虚偽の事実をあえて告げるなどしている(Aは,原告の担当者に対し,本件米国住居のことや本件子らのことについて全く説明していなかった。)。これらの事情によれば,Aは,自らが「非居住者」であることに関する情報を隠ぺいしていたことは明らかであり,原告が通常行うべき注意義務を尽すことにより,Aが「非居住者」であることを確認することは,不可能ないし極めて困難であったというべきである(このような事実関係のもとにおいては,尚更,原告が本件条項に基づく源泉徴収義務を負うと解することはできない。)。

   エ 原告は,本件において,通常行うべき本件注意義務を尽したにもかかわらず,Aが非居住者であることを確認できなかったのであるから,仮に,本件条項の限定解釈を否定するならば,本件のような事情の下,本件条項に基づく源泉徴収義務を原告に負わせることは,違憲(適用違憲)であり許されない(前記3(1)イ参照)。

 5 争点5(本件告知処分が租税公平主義及び信義則〔禁反言の原則〕に違反したものであるか否か。)について

  (1) 原告の主張

   ア Cは,毎月,Aに対して駐車場賃料を支払い,その際,源泉徴収税の徴収及び納付を行っていなかったが,税務当局は,Cに対し,何の指摘もしておらず,納税告知処分等を行うことなく,かかる状態を是認していた。処分行政庁は,Cとの関係では,Aを国内居住者として認定していたにもかかわらず,原告との関係ではAを非居住者として認定して本件告知処分を行っており,本件告知処分は,租税公平主義に違反した違法なものというべきである。

   イ Aは,国内居住者であることを前提として,平成17年分から平成19年分の所得税の確定申告をし,その際,国内居住者にしか認められていない介護保険料の所得控除を受け,税務当局もこれを容認していた。また,Aは,区民税等について,国内居住者に対する所得割の課税を受けている。さらに,税務当局は,前述のとおり(上記ア),Cによる駐車場賃料の支払について,何ら指摘をせず,納税告知処分を行うこともしておらず(このような状況は,本件駐車場を賃借していたC以外の者についても同様であったと考えられる。),所得税の課税の場面において,一貫してAを国内居住者として取り扱ってきた。処分行政庁は,原告がこのような課税上の取扱いを信頼し,そのような信頼に基づいて行動したにもかかわらず,本件譲渡対価の支払につき,Aを非居住者として取り扱ったのであり,本件告知処分は,信義則(禁反言の原則)に著しく違反したものというべきである。

  (2) 被告の主張

   ア 原告は,Cに対して駐車場賃料に係る納税告知処分をしていないにもかかわらず,原告に対して本件告知処分をするのは,租税公平主義に違反する旨主張している。被告は,守秘義務との関係上,Cが駐車場賃料について源泉徴収をしていたか否かを明らかにすることはできないが,本件告知処分が所得税法の規定に従って適法になされたものである以上,仮に,原告のほかに源泉徴収義務を履行していない者がいたとしても,本件告知処分が差別的取扱いとして違法となるものではない。

   イ 原告は,被告がAを国内居住者として従前取り扱っており,本件告知処分は,信義則(禁反言の原則)に違反する旨主張している。しかしながら,原告の指摘する事情は,いずれも被告が原告に対して信頼の対象となる公的見解の表示をしたものではなく,原告がそれらを本件支払日以前において認識していたとも認められないから,原告の上記主張は,租税法における信義則の法理を適用する前提を欠き,失当である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4 当裁判所の判断

 1 争点1(Aは,本件支払日において,国内に住所を有していなかったのか否か。)について

  

(1) 所得税法は,「非居住者」に対して日本国内の不動産の譲渡による対価(国内源泉所得)を支払う者は,その支払の際,当該国内源泉所得に係る源泉徴収義務を負う旨を規定しているところ(同法161条1号の3,212条1項),同法2条1項5号は,「非居住者」とは,「居住者以外の個人をいう。」と規定し,同項3号は,居住者につき,「国内に住所を有し,又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいう。」と規定している。そして,同法は,日本国内の居住者を判定する際の要件となる上記「住所」の意義について明文の規定を置いていないが,「住所」とは,反対の解釈をすべき特段の事由がない以上,生活の本拠,すなわち,その者の生活に最も関係の深い一般的生活,全生活の中心を指し,一定の場所がその者の住所に当たるか否かは,客観的に生活の本拠たる実体を具備しているか否かにより決すべきである。

  

(2) 前記前提事実に加えて,後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができ,これらの認定事実を覆すに足りる事実ないし証拠はない。

   

ア(ア) A(なお,Aは4人兄妹である。)は,◇◇大学を卒業後,L勤務を経て,昭和27年に米国に留学した。[乙1,3,弁論の全趣旨]

    

(イ) A(A)は,1954年(昭和29年)頃,米国において,Gと婚姻し,Gとの間に本件子ら(1955年〔昭和30年〕○月生まれ及び1956年〔昭和31年〕○月生まれ)をもうけた。A(A)は,1958年(昭和33年)から1959年(昭和34年)までの間に米国ヴァージニア州において社会保障番号を取得し,また,米国籍を取得した。[乙1ないし4,20,22,弁論の全趣旨]

    

(ウ) Gは,1986年(昭和61年)12月11日に亡くなったが,A(A)は,引き続き米国に居住していた。なお,A(A)は,△△図書館において,部長職まで勤め上げて退職している。[乙1,3,20,弁論の全趣旨]

   

イ(ア) Aの父親は,昭和47年に死亡したが,兄弟間において相続を巡る紛争が発生した。上記紛争は,平成4年頃に決着し,その結果,Aは,本件土地を単独所有するに至った。なお,Aの母親は,平成5年に亡くなったが,Aは,母親が亡くなるまでの数年間,母親の介護に従事した。[甲12の1,甲18,47,乙1,3,弁論の全趣旨]

    

(イ) Aは,平成7年12月,本件土地上に,本件建物を新築し,この頃,本件土地の一部を用いて,本件駐車場を経営するようになった。Aは,本件駐車場の管理事務を処理するため,年1回ないし4回程度(ただし,平成14年は1回も日本に入国していない。),米国から日本に入国し,日本に滞在している間は,本件建物において1人で生活していた。Aは,日本に滞在している間,本件建物の近隣にいる親類とも特段の交流をしているわけではなかったが,Dの妻であるFとは,平成18年頃から平成20年3月までの間,近所付き合いをしていた。[甲18,乙1ないし3,弁論の全趣旨]

   

ウ(ア) A(A)は,2000年(平成12年)11月30日,本件米国住居を購入し(本件米国住居は,4つの寝室を持つ家族用住居であり,0.18エーカー〔約728.46平方メートル〕の敷地にある。),この頃以降,日本に滞在しているときを除けば,本件米国住居で生活しており,2001年(平成13年)以降は本件長男と同居して生活していた。また,A(A)は,本件米国住居において,ペット(猫と犬)を飼育しており,A(A)が日本に滞在している間は,本件長男がペットの世話をしていた。[甲18,乙1ないし3,5ないし9,12,22,23,弁論の全趣旨]

    

(イ) A(A)は,遅くとも2004年(平成16年)以降,米国内に居住していることを前提として,連邦所得税の申告書を提出し,これを納付していた(なお,A〔A〕は,米国内での所得税の申告において,本件不動産の売却による収入を明らかにしていない。)。また,A(A)は,米国内に所在する12の金融機関において,名義人を「A’」とし,住所を本件米国住所として18の銀行口座を開設していた。[乙4,11の1ないし26,乙13,34]

  

(3)ア 上記認定事実を踏まえて検討するに,Aは,米国において,米国籍及び社会保障番号を取得しており(前記(2)ア(イ)),日本国内には米国発給の旅券を用いて入国している(前提事実(1)イ(イ))。また,Aは,平成10年以降,多くて年4回日本に入国しているものの,その滞在期間は,1年の半分にも満たない(前提事実(1)イ(イ)〔別表1〕)。そして,Aが,2000年(平成12年)11月に本件米国住居を購入し,2001年(平成13年)以降は本件米国住居において本件長男と同居して生活していたこと(前記(2)ウ(ア))に鑑みれば,本件支払日の当時において,Aの生活の本拠は,本件米国住居にあったというべきである。

   

イ(ア) この点,原告は,Aが,日本を出国している間,本件米国住居に滞在していたかは明らかではない旨主張している。しかしながら,Aが本件支払日の当時において80歳の高齢であったことに照らせば,Aは,日本を出国している間,その所有する本件米国住居で生活していたと考えるのが合理的であり,本件全証拠を精査しても,Aが本件米国住居で生活していた旨の推認(前記(2)ウ(ア))を覆すに足りる事実ないし証拠はない(なお,Aが,日本を出国している間,本件米国住居以外の場所で生活していたことをうかがわせる事実ないし証拠もない。)。

    

(イ) 原告は,F供述の内容は信用することができず,客観的証拠によって裏付けられているわけではないなどと主張している。しかしながら,Fは,東京国税局の担当者による質問調査に対し,

 

① Aは,米国において猫3匹と犬を飼っており,Aが日本に滞在している間は,本件長男が猫や犬の面倒を見ていると話していた,

 

② Aは,ネバダ州の税金が安かったため,ネバダ州(本件米国住居)に住むと決めたと話していたなどと,

 

相当程度具体的な内容を供述しており(甲18,乙3),Fが,あえて虚偽の説明をしたとは考え難い。

 

また,Aが2000年(平成12年)に本件米国住居を購入し,2001年(平成13年)以降,本件長男と同居して生活していたという認定事実(前記(2)ウ(ア))は,米国クラーク郡の固定資産評価情報(乙5)や米国の電話帳情報等を基に作成された住所移転履歴及び不動産譲渡記録に関するレクシスネクシスのデータベース(乙9,22,23)によって裏付けられており,本件全証拠を精査しても,これらの認定事実を覆すに足りる事実ないし証拠はない。

    

(ウ) この点,Aは,本件売買契約書や本件境界確認書等において,Aの住所として本件建物所在地を記載しているところ(前提事実(3)ア・イ),Aの住民票のほか,本件登記書類や本件固定資産評価書類等の公的書類において,Aの住所が本件旧住所ないし本件建物所在地であると記載されていること(前提事実(1)イ(ウ),(2)ア(イ)・(ウ),イ(ア)・(ウ))等に鑑みれば,

 

Aは,日本国内に滞在している間は,自らの住所が本件建物所在地であるとして各種届出を行っていたものと推認することができる。

 

しかしながら,Aは,前記認定のとおり,本件支払日の当時において,本件米国住居において,本件長男と同居して生活し(前記(2)ウ(ア)),Aが本件建物に滞在していたのは,本件駐車場の管理事務を処理するためであって(前記(2)イ(イ)),日本国内における滞在は1年の過半に満たなかったこと(前提事実(1)イ(イ))に鑑みれば,Aが各種届出や書類作成において本件建物所在地を住所として取り扱っていたことをもって,本件建物所在地が,本件支払日の当時において,所得税法2条1項3号にいう「住所」であるということはできない

 

(なお,Aが,平成5年以前において,母親の介護に従事しており〔前記(2)イ(ア)〕,平成9年における日本への滞在日数が223日に及ぶこと〔別表1参照〕に照らせば,

 

同年以前において,Aが本件建物所在地を生活の本拠としていた時期があったことがうかがわれるものの,

 

前記検討のとおり,平成10年以降における日本での滞在日数が1年の半分にも満たなかったこと等に鑑みれば,

 

少なくとも本件支払日の当時において,Aの生活の本拠が本件建物所在地になかったことは明らかである。)。また,本件全証拠を精査しても,本件支払日におけるAの生活の本拠(住所)が本件米国住居である旨の前記認定及び判断を覆すに足りる事実ないし証拠はない。

  

(4) 以上によれば,本件支払日の当時におけるAの生活の本拠は,本件米国住居であり,日本国内に「住所」(所得税法2条1項3号)を有していなかったというべきである。

 

 

2 争点2(Aは,本件支払日まで引き続いて1年以上居所を有していなかったのか否か。)について

  

(1) 所得税法2条1項3号は,「国内に住所を有し,又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人」を「居住者」とする旨定めているところ,同号にいう「居所」とは,人が多少の期間継続的に居住するが,その生活との関係の度合いが住所ほど密着ではない場所をいうものと解される。そして,同号が「現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人」と規定していることに鑑みれば,「居所」とは,特段の事情がない限り,国内において,1年以上継続的に居住している場合における,当該生活の場所をいうものと解される。他方において,当該者が一時的に日本国外に出国したことにより,現実に当該生活の場所で生活していた期間が継続して1年に満たないからといって,そのことのみをもって「居所」該当性を否定するのは相当ではなく,飽くまでも一時的な目的で国外に出国することが明らかであるような場合においては,当該在外期間についても,「現在まで引き続いて1年以上居所を有する」か否かの判定において,日本国内に居所を有するものと同視することができるというべきである(所得税基本通達2-2参照)。

  

(2)ア 以上を踏まえて検討するに,Aは,日本国内に滞在している間は,本件建物を生活の場所としているものの,Aが本件建物に滞在していたのは,平成10年以降多くとも年4回程度にすぎず,日本国内における滞在期間も1年の過半には満たない(前提事実(1)イ(イ))。そして,Aが本件支払日以前の1年間において本邦に滞在した日数は156日であるから(別表1参照),Aが本件支払日時点において日本国内に1年以上居所を有していなかったことは明らかである。

   

イ この点,原告は,本件支払日から1年前までの期間において,米国に滞在した期間があるとしても,日本国内に生活する予定の居住場所(本件建物)を保有し,再入国後直ちに従前と同様の生活をすることができる状態にあったことに鑑みれば,Aの米国への出国は,一時的な出国であって,1年以上居所(本件建物)を有していたというべきである旨主張する。

     

しかしながら,前記検討のとおり(前記1(3)),Aは,本件米国住居を生活の本拠としており,日本に入国して本件建物に滞在していたのは,本件駐車場の管理事務を処理するためであったこと(前記1(2)イ(イ))に鑑みれば,Aの本件建物における滞在は,飽くまで一時的なものであったということができる。

 

Aは,1年の半分以上を本件米国住居において生活しているのであり(別表1参照),本件建物における生活自体が一時的なものである以上,Aが生活の本拠である本件米国住居に戻るため,米国に帰国することをもって,一時的な出国と評価することができないことは明らかである。

 

そうである以上,原告の上記主張を採用することはできず,本件全証拠を精査しても,Aが本件支払日時点において,日本国内に1年以上居所を有していなかった旨の認定及び判断を覆すに足りる事実ないし証拠はない。

  

 

(3) 以上のとおり,Aは,本件支払日まで引き続いて1年以上居所を有していなかったものと認められるところ,

 

Aは,本件支払日において,

 

① 日本国内に住所を有しておらず(前記1(4)),

 

② 本件支払日まで引き続いて1年以上日本国内に居所を有していなかったのであるから,Aは,本件支払日において,所得税法上の「非居住者」であったというべきである。

 

 

 

 

3 争点4(原告は,本件譲渡対価について,本件条項に基づく源泉徴収義務を負っていたのか否か。)について

  

(1) 本件においては,本件条項の解釈・適用の在り方が争われているところ(争点3),原告が,本件譲渡対価を支払う際,Aが「非居住者」であるか否かを確認すべき義務(本件注意義務)を負っていたこと自体については当事者間に争いがない。また,原告が本件注意義務を尽くしていなかった場合において,原告が本件条項に基づく源泉徴収義務を負うこと自体についても実質的に当事者間に争いはないと解されることから,争点3に先立ち,原告が本件譲渡対価を支払う際に本件注意義務を尽くしていたか否かについて,まず検討する。

  

(2) 前記前提事実に加えて,後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実を認めることができ,これらの認定事実を覆すに足りる事実ないし証拠はない。

   

ア(ア) 原告(都市開発事業本部戸建開発事業部)の社員であるJは,平成19年8月頃,同事業部長であるKと共に,本件不動産が一般媒介の形でM株式会社から8億円台後半の価格で売りに出されているのを認識した。[甲47,乙14]

    

(イ) Jは,本件不動産の購入について交渉するため,平成19年8月以降,本件駐車場の看板に表示されている電話番号に電話を掛けたが繋がらず,本件建物を三,四回訪問したが不在であった(なお,Aは,同年6月20日から同年9月3日までの間,日本国内にいなかった。)。[前提事実(1)イ(イ),証人J(15,25ないし27頁)]

   

イ(ア) J及びKは,平成19年9月4日,本件建物を訪問して,初めてAと面談し,Aに対し,本件不動産を購入したい旨の意向を伝え,同日以降,主にJが担当する形で,Aとの売却交渉に当たった。Jは,同月中において,携帯電話でAと連絡を取り合うなどしながら,10回程度,本件建物を訪問した。[甲47,証人J(1,3頁)]

    

(イ) J及びKは,Aとの売却交渉を進める中で,Aの対応や本件建物の室内の様子から,Aが,本件建物を自宅兼事務所として使用し,本件建物で生活しているものと認識していた。[甲47,証人J(12,13頁)]

    

(ウ) Aは,Jに対し,本件駐車場を自ら経営しており,確定申告も自分で行っていること,高齢となり,本件駐車場の経営が負担となったので,本件不動産を売却して米国に戻って生活したいと考えていることなどを話した。

 

また,Aは,Jとの会話の中で,Aが学生の時に米国に渡り,米国で図書館司書をしていたが,母親の介護が必要になったため,米国から帰国し,母親の介護を六,七年していたこと,相続問題でもめたが,本件土地を相続し,自宅(本件建物)を建てて本件駐車場の経営で生計を立てていること等を話したが,Aの結婚や家族関係(配偶者や子の有無)の話をすることはなかった。

 

原告の担当者(J及びK)は,Aに対し,本件支払日に至るまで,Aの家族関係(配偶者,子の有無等)について具体的に質問することはなかった。[甲47,証人J(2ないし4,21,29頁)]

   

 

ウ(ア) Jは,平成19年10月初旬頃,Aから「来月初めまで米国に行くのでちょっと留守にする。」と言われたため,本件不動産の売却交渉を中断した(なお,Aは,同月3日から同年11月6日までの間,日本国内にいなかった。)。[前提事実(1)イ(イ),甲47,証人J(4頁)]

    

 

(イ) Jは,Aから連絡を受けて,平成19年11月7日以降に交渉を再開し,同月13日頃には,原告が本件不動産をAから購入することを前提として,金額面での調整を行っていた。Aは,原告との間において,本件売買契約の条件面について協議し,本件不動産の対価の支払を引渡日一括払いとすること,引渡日までに隣地との境界確定や前面道路との官民査定を済ませること,本件駐車場に係る駐車場契約を全て解約すること等が決められた。[甲47]

   

 

エ Aは,平成19年12月,Jに対し,本件不動産を売却した際の課税関係について質問をした。

 

 

Jは,税理士の協力を受けるなどして,

 

① 譲渡所得税について説明した同月4日付けの「売買にかかる税金」と題する書類(甲10の1),

 

② Aの疑問(譲渡費用に本件駐車場の築造費用が含まれるかなど)について説明した同月12日付けの「売買にかかる税金」と題する書類(甲10の2。以下,上記①と併せて「本件説明書類」という。)を作成し,

 

Aに交付するとともに,本件不動産の譲渡に伴う課税関係を口頭で説明した。

 

この点,Jは,Aが本件建物で生活しており,Aの住所が本件建物所在地であると認識していたことから,本件説明書類や口頭説明の内容は,Aが国内居住者であることを前提とするものであった。[甲47,証人J(5,6頁)]

   

 

オ(ア) Jは,本件売買契約書の締結に先立ち,Aから委任状を取得して,本件固定資産評価書類を代理取得した。[甲47]

    

(イ) Aは,平成19年12月8日,原告との間において,本件売買契約書を作成し,本件売買契約を締結した。Jは,本件売買契約の締結に当たり,Aの住民票,印鑑登録証明書及び本件固定資産評価書類(上記(ア))を確認しており,これらの書類には,Aの住所が本件建物所在地ないし本件旧住所である旨が記載されていた。[甲47,証人J(7頁)]

   

カ(ア) Aは,当初,本件代金の振込先をみずほ銀行口座としていたが,平成19年12月中旬頃,Jに対し,本件代金を合計76の銀行口座に分けて振り込んでもらいたい旨を伝えた(なお,このときには,具体的な銀行名等の説明はされていない。)。Jは,原告の経理部に確認の上,76の銀行口座に分割送金するのは困難である旨を回答した。[甲47,証人J(8,28頁)]

    

(イ) Aは,平成20年2月下旬頃,Jに対し,外国の銀行口座(本件米国口座)を記載したメモ(乙10の1ないし18。以下「本件手書メモ」という。)を手渡して,本件代金を26口に分割して送金してもらいたい旨を依頼した。Aは,本件代金を分割送金する理由として,日本の銀行は低金利であるため少しでも運用したい,銀行の破綻が心配であるため複数の口座に分割したいなどと説明していた。

 

 

また,本件手書メモには,本件米国口座の口座番号,分割送金額のほか,口座名義人であるAの名前が「A’」であることを示す記載が含まれていた。Jは,本件米国口座の口座名義人の名前について,「××」とは何かを質問したところ,Aは「ミドルネームのようなものよ。」と回答したが,このやりとり以外に,原告の担当者がAの名前(「A’」)や本件米国住所について具体的な質問をすることはなかった。[甲47,乙10の1ないし18,証人J(8,9,16ないし19,22,23頁)]

    

 

(ウ) Jは,原告の経理部に本件手書メモを渡し,本件代金を本件米国口座に分割送金することの可否を相談したところ,原告の企画本部経理部のN及びO(以下,併せて「本件経理担当者」という。)は,Jに対し,Aが「非居住者」であるか否かの確認をするように指示して,非居住者性の判断基準に関する資料(文献をコピーしたもの)を手渡した。[甲47,証人J(10,19,20頁)]

    

(エ) J及びKは,Aが本件建物で生活する国内居住者であると認識していたものの,本件経理担当者の指示(上記(ウ))を受けて,念のため,Aが「非居住者」であるか否かを確認することとした。

 

J及びKは,本件建物を訪問し,Aに対し,「国内居住者でなければ課税関係が変わりますから確認するように言われています。Aさんは国内居住者ですよね。」と確認したところ,Aは,J及びKに対し,「そうですよ。ちゃんと日本で所得税も住民税も納めていますよ。」と回答し,納税申告も毎年自分で行っている旨を説明した。[甲47,証人J(10,11頁)]

    

 

(オ) Jは,平成20年3月5日にAと面談した際,Aが介護保険被保険者証の交付を受けていることを確認し,同保険者証の番号や交付年月日をメモ書きで記録した。[甲15,47,証人J(11,12頁)]

    

(カ) J及びKは,本件経理担当者に対し,Aが国内居住者であることを否定する事情はない旨を報告し,本件譲渡対価の支払について,原告の社内決裁を受けた。[甲47,乙14,弁論の全趣旨]

   

キ(ア) Kは,本件譲渡対価の支払が近づいた頃,Aに対し,本件不動産を売却した後,どうするのかを質問した。Aは,この質問に対し,米国のヘンダーソンというところで,犬や猫と一緒に一人で暮らすという趣旨の回答をした。

 

しかしながら,原告の担当者(K及びJ)は,本件支払日に至るまで,米国におけるAの生活,家族関係等について,具体的な質問をすることはせず,本件譲渡対価の支払後における具体的な連絡先を確認することもしなかった。[甲47,証人J(12,21,24,29頁)]

    

 

 

(イ) 原告は,平成20年3月14日,Aに対し,

 

① 本件代金を本件米国口座に分割送金し,

 

② 本件精算金をみずほ銀行口座に送金する方法によって,本件譲渡対価を支払った。

 

なお,上記①に係る本件送金依頼書は,Aの指示により,原告の担当者が作成したものである。[甲47,乙10の1ないし18,乙11の1ないし26,証人J(17,18頁),弁論の全趣旨]

    

 

(ウ) Jは,平成20年3月14日,Aから住民税の課税証明書の取得に係る委任状の交付を受け,同月17日,同委任状を用いて,本件区民税等課税証明書を取得した。[甲13,14の1・2,証人J(11,30頁)]

  

(3)ア 前記認定事実を踏まえて,原告がAに対して本件譲渡対価を支払う際に本件注意義務を尽くしていたか否かについて検討するに,

 

原告の担当者(J及びK)は,本件不動産の取得について交渉している際,Aの対応や本件建物の室内の様子から,Aが本件建物で生活しているものと認識しており(前記(2)イ(イ)),

 

また,本件売買契約の締結に至る過程において入手した各種書類には,Aの住所が本件建物所在地(ないし本件旧住所)である旨が記載されていたこと(前記(2)オ(ア)・(イ))を併せ考えれば,

 

原告の担当者(J及びK)において,Aが本件建物で生活しており,本件建物所在地がAの住所であると考えたこと自体は至極自然なことであったということはできる

 

(なお,住民票等の公的な書類において,Aの住所が本件建物所在地である旨が記載されていたとしても,このことをもって本件建物所在地が所得税法2条1項3号にいう「住所」であるということができないことは,前記検討〔前記1(3)イ(ウ)〕のとおりである。)。

     

 

しかしながら,他方において,

 

 

① Jは,平成19年8月当時,本件建物に電話を掛けても繋がらず,本件建物を三,四回訪問しても不在であったのであり(前記(2)ア(イ)),

 

② 本件不動産の売却交渉が開始した後も,Aが,約1か月にわたり,渡米し,Jはこれを認識していたというのであって(前記(2)ウ(ア)),

 

③ Aが,Jに対し,以前米国で生活していた旨を説明していたこと(前記(2)イ(ウ))を併せ考えれば,

 

 

 

原告の担当者(J及びK)は,例えば,Aが米国と日本を行き来するなどしている可能性をも踏まえて,Aの非居住者性を検討する必要があったということができる。さらに,

 

 

 

④ Aが,本件代金を26口に分割して本件米国口座に振込送金することを依頼しており(前記(2)カ(イ)),

 

⑤ 本件手書メモには,本件米国口座の名義人の名前が「A’」である旨が記載され(前記(2)カ(イ)),原告の担当者は,Aの住所として,本件米国住所を本件送金依頼書に記入していたこと(前提事実(4)ア(ア),前記(2)キ(イ))に鑑みれば,

 

 

原告の担当者(J及びK)は,Aが非居住者である(米国に生活の本拠を有している)可能性をも踏まえて,

 

Aに対し,その具体的な生活状況等(例えば,Aの出入国の有無・頻度,米国における滞在期間,米国における家族関係や資産状況等)に関する質問をするなどして,Aが非居住者であるか否かを確認すべき注意義務を負っていたというべきであり

 

 

(実際,本件経理担当者は,原告の担当者〔J及びK〕に対し,Aが非居住者であるか否かについて確認することを指示している〔前記(2)カ(ウ)〕。),

 

上記の事実関係の下においては,Aの住民票等の公的な書類を確認したからといって,そのことのみをもって,原告が本件注意義務を尽くしたということはできない。

   

 

イ(ア) 次に,原告が,本件譲渡対価の支払に当たり,Aが非居住者であるか否かについて確認すべき注意義務(前記ア)を尽くしていたのか否かについてみるに,原告の担当者(J,K)は,本件支払日に至るまでの間,Aに対し,本件手書メモに記載された「A’」や本件米国住所について,具体的な事実関係を確認することをしていない(前記(2)イ(ウ),カ(イ),キ(ア))。

    

 

(イ)a この点,Jは,Aに対し,「××」の表記について尋ねてはいるものの(前記(2)カ(イ)),同表記は,Aが米国人と婚姻している可能性を強く示唆するものであり,Aの回答(「ミドルネームのようなものよ。」)をもって,Aの名前(「A’」)に関する疑問が解消されるとは到底いい難い。

     

b 原告の担当者(J,K)は,Aに対し,Aが国内居住者であるか否かについて直接尋ねているものの,その質問方法は,端的に「国内居住者」に当たるか否かを尋ねるというものである(前記(2)カ(エ)。なお,Jは,国内居住者とは,どのような人をいうのかなどについて,Aに具体的な説明をしていなかったことを自認している〔証人J[21頁]〕。)。

 

 

しかしながら,国内居住者に当たるか否かは,客観的な事情を総合勘案して判断されるべきものであるから

 

(前記1(1),2(1)),

 

Aが国内居住者であるか否かを判定するためには,Aの非居住者性に関する客観的な事情

 

(例えば,Aの出入国の有無・頻度,米国における家族関係,資産状況等

 

について具体的に質問して確認する必要があり,このような具体的な事実関係を把握することなく,Aの居住者性を判定することは困難である。

     

 

c また,Aは,本件代金を26口に分割して本件米国口座に振込送金することを求めているところ(前記(2)カ(イ)),

 

Aが以前米国で生活していた旨を説明していたことを踏まえても,

 

米国内に合計12の金融機関に合計18もの預金口座(別表2参照)を有していることについて何らかの疑問を抱くのが自然であり,

 

その口座名義人の住所が米国内の住所(本件米国住所)とされていること(前提事実(4)ア(ア))に鑑みれば,

 

Aが米国内に生活の本拠を有している可能性を検討する必要があったというべきである。

 

 

しかしながら,原告の担当者(J及びK)は,この点について特段の質問をしておらず,本件手書メモないし本件米国口座に関して抱くべき疑問を解消することをしていないといわざるを得ない。

     

 

d この点,Jは,Aの家族関係を確認しなかった理由について,プライベートなことを質問することによって相手方の気分を害しかねないという趣旨の証言をしている(証人J[4,21,29頁])。

 

しかしながら,Jは,非居住者性の判断について,「御家族などがいれば御家族がどちらにお住まいであるかということが重視されるというような認識でありました。」とも証言しているのであり(証人J[21頁]),

 

 

前記検討した事情(前記ア①ないし⑤)に鑑みれば,原告は,Aの非居住者性を判定するに当たり,Aの米国における家族関係を確認することが必要であったというべきである。

 

 

なお,原告の担当者は,Aが本件不動産を売却した後の居住関係についても具体的に確認することをしていないところ(前記(2)キ(ア)),本件売買契約書(第9条,第22条)の内容(前提事実(3)ア(キ)・(コ))によれば,原告及びAは,本件不動産を売却した後においても,相互に協議することがあり得ることを認識していたというべきであって,原告の担当者が,Aの本件不動産売却後における居住関係等を確認しないこと自体,本件売買契約に基づく注意義務を尽くしていなかったことをうかがわせる事情である(この点,Jは,不動産取引において,同取引後における売主の住所を確認することが多いという趣旨の証言をしている〔証人J[24頁]〕。)。

    

 

(ウ) 以上によれば,原告が,本件譲渡対価の支払に当たり,Aが非居住者であるか否かについて確認すべき注意義務(前記ア)を尽くしていたということはできない。

      

 

なお,原告は,Aが非居住者性に関する事情を隠ぺいしていたのであり,原告が通常行うべき本件注意義務を尽くしたとしても,Aが非居住者であると判断することは不可能であったという趣旨の主張もしている。

 

しかしながら,既に検討したところによれば,原告は,Aに対し,確認すべき事実関係を確認するということをしていなかったのであって,

 

Aが原告の担当者による質問に対して回答を拒絶した上であえて虚偽の事実を説明したといった事情はうかがわれない。

 

また,本件全証拠を精査しても,原告が本件注意義務を尽くした場合においてもなおAが非居住者であると判断することが不可能ないし著しく困難であったと認めることはできないから,原告の上記主張を採用することはできない。

  

 

(4) 以上の検討を踏まえて,原告が本件譲渡対価について本件条項に基づく源泉徴収義務を負っていたのか否か(争点4)について検討するに,Aは,本件支払日において,所得税法上の「非居住者」であるから(前記1,2参照),原告は,Aに対して国内源泉所得(本件譲渡対価)を支払うに際し,本件条項に基づく源泉徴収義務を負っていたというべきである。

    

この点,原告は,原告が本件注意義務を尽くしたことを前提として,本件条項の限定解釈ないし適用違憲を理由に,原告が本件条項に基づく源泉徴収義務を負わない旨主張しているが,前記検討によれば,原告が本件注意義務を尽くしたということはできないから,本件譲渡対価に係る源泉徴収義務を否定すべき理由はなく,原告の主張を採用することはできない。

 

 

 

4 争点5(本件告知処分が租税公平主義及び信義則〔禁反言の原則〕に違反したものであるか否か。)について

  

(1) 原告は,処分行政庁は,

 

Cとの関係では,Aを居住者として認定していたにもかかわらず,

 

原告との関係ではAを非居住者として認定して本件告知処分を行っており,

 

本件告知処分は,租税公平主義に違反した違法なものである旨主張しているところ,

 

証拠(甲24)及び弁論の全趣旨によれば,

 

 

① Cは,Aに対して支払った本件駐車場の賃料について源泉徴収をしていないこと,

 

② 税務当局は,Cに対しては,国内源泉所得(本件駐車場の賃料)の源泉徴収に係る納税告知処分をしていないことが認められる。

 

 

しかしながら,税務当局がCに対して納税告知処分をしていないことにより,税務当局が,Cとの関係において,Aを居住者として認定したとまでいうことはできない。

 

また,仮に,Cと原告の取扱いについて,納税告知処分の有無という点で差異があるといい得るとしても,前記検討のとおり(前記3(4)),原告が本件条項に基づく源泉徴収義務を負っている以上,

 

Cに対する納税告知処分がされていないことをもって,本件告知処分が租税公平主義に違反するということはできず,本件全証拠を精査しても,これを認めるに足りる事実ないし証拠はない。

  

 

 

 

 

(2) 原告は,Aが,居住者であることを前提として,平成17年分から平成19年分の所得税の確定申告をし,介護保険料の所得控除を受けたこと等を指摘して,本件告知処分が信義則(禁反言の原則)に違反する旨主張している。

 

しかしながら,所得税の確定申告は,飽くまでAによる行為であり,Aの申告内容を前提として介護保険料の所得控除をしていたからといって,税務当局が,原告に対し,Aが居住者であること自体について公権的判断を示したということはできない。

 

そうである以上,原告の上記主張は,その前提を欠き,採用することができないというべきである。

  

 

(3) 以上によれば,本件告知処分が租税公平主義及び信義則(禁反言の原則)に違反したものであるということはできない。

 

 

 

5 本件告知処分の適法性について

   

前記検討のとおり(前記3(4)),原告は,Aに対して本件譲渡対価の支払をする際,本件譲渡対価に係る源泉徴収義務を負っていたというべきところ,本件譲渡対価に係る原告の納付すべき源泉所得税額は,所得税法213条1項2号の規定により,本件譲渡対価に100分の10の税率を乗じて計算した7621万5927円であると認められる。当該金額は,本件告知処分における平成20年3月分の納付すべき税額(別表3参照)と同額であるから,本件告知処分は適法である。

 

 

第5 結論

   よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

    東京地方裁判所民事第2部

           裁判官  高橋心平

  裁判長裁判官増田稔は転官につき,裁判官村田一広は転補につき,署名押印することができない。

           裁判官  高橋心平

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(別紙2)

       物件目録

 1 土地

   所在 東京都杉並区(以下略)

   地番 ○○○○番○○

   地目 宅地

   地積 1215.76平方メートル(登記簿記載面積)

 2 建物

   所在   東京都杉並区(以下略)

   家屋番号 ○○○○番○○

   種類   居宅

   構造   軽量鉄骨造スレート葺3階建

   床面積  1階 35.49平方メートル

        2階 32.89平方メートル

        3階 28.53平方メートル

        合計 96.91平方メートル(登記簿記載面積)

   その他上記1の土地上に存する未登記工作物も含む。

                                以上

 (別紙3)

       関係法令等の定め

第1 所得税法(平成26年法律第10号による改正前のもの)

 1 第2条(定義)

  (1) 1項

   一 国内 この法律の施行地をいう。

   二 国外 この法律の施行地外の地域をいう。

   三 居住者 国内に住所を有し,又は現在まで引き続いて1年以上居所を有する個人をいう。

   四 [省略]

   五 非居住者 居住者以外の個人をいう。

   六ないし四十八 [省略]

  (2) 2項 [省略]

 2 第74条(社会保険料控除)

  (1) 1項

    居住者が,各年において,自己又は自己と生計を一にする配偶者その他の親族の負担すべき社会保険料を支払った場合又は給与から控除される場合には,その支払った金額又はその控除される金額を,その居住者のその年分の総所得金額,退職所得金額又は山林所得金額から控除する。

  (2) 2項及び3項 [省略]

 3 第161条(国内源泉所得)

   この編において「国内源泉所得」とは,次に掲げるものをいう。

  一及び一の二 [省略]

  一の三 国内にある土地若しくは土地の上に存する権利又は建物及びその附属設備若しくは構築物の譲渡による対価(政令で定めるものを除く。)

  二 [省略]

  三 国内にある不動産,国内にある不動産の上に存する権利若しくは採石法(昭和25年法律第291号)の規定による採石権の貸付け([括弧内省略]),鉱業法(昭和25年法律第289号)の規定による租鉱権の設定又は居住者若しくは内国法人に対する船舶若しくは航空機の貸付けによる対価

  四ないし十二 [省略]

 4 第164条(非居住者に対する課税の方法)

  (1) 1項

    非居住者に対して課する所得税の額は,次の各号に掲げる非居住者の区分に応じ当該各号に掲げる国内源泉所得について,次節第一款(非居住者に対する所得税の総合課税)の規定を適用して計算したところによる。

  一ないし三 [省略]

  四 前三号に掲げる非居住者以外の非居住者 次に掲げる国内源泉所得

   イ 第161条第一号及び第一号の三に掲げる国内源泉所得のうち,国内にある資産の運用若しくは保有又は国内にある不動産の譲渡により生ずるものその他政令で定めるもの

   ロ [省略]

  (2) 2項 [省略]

 5 第165条(総合課税に係る所得税の課税標準,税額等の計算)

   前条第1項各号に掲げる非居住者の当該各号に掲げる国内源泉所得について課する所得税(以下この節において「総合課税に係る所得税」という。)の課税標準及び所得税の額は,当該各号に掲げる国内源泉所得について,政令で定めるところにより,前編第一章から第4章まで(居住者に係る所得税の課税標準,税額等の計算)(第73条から第77条まで(医療費控除等),第79条(障害者控除),第81条から第85条まで(寡婦(寡夫)控除等)及び第95条(外国税額控除)を除く。)の規定に準じて計算した金額とする。

 6 第166条(申告,納付及び還付)

   前編第五章(居住者に係る申告,納付及び還付)の規定は,非居住者の総合課税に係る所得税についての申告,納付及び還付について準用する。この場合において,第120条第3項第三号(確定所得申告)中「又は」とあるのは「若しくは」と,「居住者」とあるのは「非居住者又は国内及び国外の双方にわたって業務を行う非居住者」と,「源泉徴収票」とあるのは「源泉徴収票又は収入及び支出に関する明細書で財務省令で定めるもの」と,同条第4項中「業務を行う居住者」とあるのは「業務を国内において行う非居住者」と,第143条(青色申告)中「業務を行なう」とあるのは「業務を国内において行う」と,第144条(青色申告の承認の申請)及び第147条(青色申告の承認があったものとみなす場合)中「業務を開始した」とあるのは「業務を国内において開始した」と読み替えるものとする。

 7 第212条(源泉徴収義務)

  (1) 1項

    非居住者に対し国内において第161条第一号の二から第十二号まで(国内源泉所得)に掲げる国内源泉所得([括弧内省略])の支払をする者[中略]は,その支払の際,これらの国内源泉所得について所得税を徴収し,その徴収の日の属する月の翌月10日までに,これを国に納付しなければならない。

  (2) 2項ないし5項 [省略]

 8 第213条(徴収税額)

  (1) 1項

    前条第1項の規定により徴収すべき所得税の額は,次の各号の区分に応じ当該各号に定める金額とする。

   一 [省略]

   二 第161条第一号の三に掲げる国内源泉所得 その金額に100分の10の税率を乗じて計算した金額

   三 [省略]

  (2) 2項 [省略]

第2 国籍法

 1 第1条(この法律の目的)

   日本国民たる要件は,この法律の定めるところによる。

 2 第11条(国籍の喪失)

  (1) 1項

    日本国民は,自己の志望によって外国の国籍を取得したときは,日本の国籍を失う。

  (2) 2項 [省略]

第3 戸籍法

 第103条

  (1) 1項

    国籍喪失の届出は,届出事件の本人,配偶者又は4親等内の親族が,国籍喪失の事実を知った日から1箇月以内(届出をすべき者がその事実を知った日に国外に在るときは,その日から3箇月以内)に,これをしなければならない。

  (2) 2項 [省略]

第4 住民基本台帳法(平成21年法律第77号による改正前のもの)

 第39条(適用除外)

  この法律は,日本の国籍を有しない者その他政令で定める者については,適用しない。

第5 介護保険法

 第9条(被保険者)

  次の各号のいずれかに該当する者は,市町村又は特別区(以下単に「市町村」という。)が行う介護保険の被保険者とする。

 一 市町村の区域内に住所を有する65歳以上の者([括弧内省略])

 二 市町村の区域内に住所を有する40歳以上65歳未満の医療保険加入者([括弧内省略])

第6 所得税基本通達

 1 所得税基本通達2-1(住所の意義)

   所得税法に規定する住所とは各人の本拠をいい,生活の本拠であるかどうかは客観的事実によって判定する。

  (注) [略]

 2 所得税基本通達2-2(再入国した場合の居住期間)

   国内に居所を有していた者が国外に赴き再び入国した場合において,国外に赴いていた期間(以下この項において「在外期間」という。)中,国内に,配偶者その他生計を一にする親族を残し,再入国後起居する予定の家屋若しくはホテルの一室等を保有し,又は生活用動産を預託している事実があるなど,明らかにその国外に赴いた目的が一時的なものであると認められるときは,当該在外期間中も引き続き国内に居所を有するものとして,法第2条第1項第3号及び第4号の規定を適用する。