非課税所得とされる損害賠償金等(2)

 

 

 

 所得税更正処分取消等請求控訴事件、名古屋高等裁判所判決/平成21年(行コ)第55号、判決 平成22年6月24日、税務訴訟資料260号順号11460について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】

 

 被控訴人が,商品取引員であるA社に委託して行った商品先物取引に関しA社から受け取った和解金を所得に計上せずに所得税の確定申告を行ったところ,処分行政庁から和解金を雑所得として計上することなどを内容とする更正処分及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定処分を受けたことから,本件更正処分のうち納付すべき税額を超える部分及び本件賦課決定処分の取消しを求めた事案で,被控訴人の請求を認容した原判決の判断を相当と認めた事例

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 本件控訴を棄却する。

 2 控訴費用は控訴人の負担とする。

 

       

 

 

 

事実及び理由

 

第1 当事者の求めた裁判

 1 控訴人

  (1) 原判決を取り消す。

  (2) 被控訴人の請求を棄却する。

  (3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

 2 被控訴人

   主文と同旨

 

 

第2 事案の概要

 

1 本件は,被控訴人が,商品取引員であるA株式会社(以下「A」という。)に委託して行った商品先物取引に関しAから受け取った和解金457万0455円(以下「本件和解金」という。)を所得に計上せずに平成15年分の所得税の確定申告を行ったところ,処分行政庁から平成18年2月10日付けで本件和解金を雑所得として計上することなどを内容とする更正処分(以下「本件更正処分」という。)及びこれに伴う過少申告加算税賦課決定処分(以下「本件賦課決定処分」という。)を受けたことから,本件更正処分のうち納付すべき税額84万4100円(本件和解金に係る雑所得を除いて算出した税額)を超える部分及び本件賦課決定処分の取消しを求めた事案である。

   原判決は,被控訴人の請求を認容したところ,控訴人が控訴した。

 

2 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張(控訴人が主張する税額の計算根拠も含む。)は,以下のとおり,原判決を付加訂正するほか,原判決「第2 事案の概要」欄の1ないし4に記載のとおりであるから,これを引用する。

   なお,本件で引用する所得税法及び所得税法施行令の主な条項は,原判決別紙1記載のとおりである。

 

3 原判決の付加訂正

  

(1) 原判決5頁16行目末尾を改行して,次のとおり付加する。

   

「 このように,被控訴人は,次第に複雑かつ投機性の高い取引を自ら進んで行っており,複雑性や投機性が高い取引になるに従い被控訴人の損失が大きくなっていることからすれば,投機的取引の危険性を身をもって学んでいたことは明らかであり,意欲的に危険性の高い取引を長期間行っていた者が,先物取引について自分で研究したり,先物業者からの情報を利用することもなく,取引に及ぶとは到底考え難い。」

  

(2) 原判決7頁1行目末尾に次のとおり付加する。

   

「そして,被控訴人は,本件内規の第1分類に該当するものである。」

  

(3) 原判決19頁9行目末尾を改行して,次のとおり付加する。

   

「 なお,本件においては,215万5000円の売買差益が生じているのであるから,本件和解金の実質は売買差損の補てんではなく,上記売買差益に対する必要経費としての性質を持つ委託手数料等の補てんであるというべきところ,各年ごとに所得金額や税額の計算を行うという所得税法の期間計算主義を前提とすれば,本件和解金は,過年度における雑所得の減算要因である必要経費に相当し,これは既に過年度において考慮されているところであるから,さらに後年度において再度非課税の利益を与えることは,被控訴人に対し二重に利益を与えることになってしまう。したがって,この点においても,本件和解金は,施行令30条柱書きの括弧書きにより非課税とならないものと解すべきである。」

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

1 当裁判所も,被控訴人の請求を認容すべきものと判断する。その理由は,以下のとおり,原判決を付加訂正するほか,原判決「第3 争点に対する判断」欄の1及び2に記載のとおりであるから,これを引用する。

 

2 原判決の付加訂正

  

(1) 原判決25頁13行目の「B等の金融機関から」を「金融機関や消費者金融等から」と改める。

  

(2) 原判決25頁14行目の「Bから」を「消費者金融のBから年利12%で」と改める。

  

(3) 原判決25頁15行目の「Cは,」から16行目末尾までを次のとおり改める。

   

「Cは,被控訴人が先物取引の預託金をこのように他からの借入れにより調達していたことを知っていたばかりか,上記のとおり,被控訴人が450万円を預託した際には,Bから自宅の土地建物を抵当に年利12%で借入れをして資金調達することにつき,被控訴人に対し積極的に勧めていた。」

  

(4) 原判決26頁3行目の「金融機関から借り入れて」を「B,金融機関,生命保険会社から借り入れるなどして」と改める。

  

(5) 原判決26頁7行目の「金融機関」を「B」と改める。

  

(6) 原判決27頁9行目の「それには」から10行目の「考えた。」までを次のとおり改める。

   

「訴訟で解決するには時間がかかると言われ,自宅の土地建物を担保にしたBからの借入れを早期に返済する必要に迫られていたことから,長期間訴訟を追行することは難しいと考えた。」

  

(7) 原判決28頁16行目末尾に次のとおり付加する。

   

「なお,控訴人は,被控訴人が次第に複雑かつ投機性の高い取引を自ら進んで行っており,複雑性や投機性が高い取引になるに従い被控訴人の損失が大きくなっていたことからすれば,被控訴人は投機的取引の危険性を身をもって学んでいたことは明らかであり,意欲的に危険性の高い取引を長期間行っていた者が,先物取引について自分で研究したり,先物業者からの情報を利用することもなく,取引に及ぶとは到底考え難いなどとして,知識や経験の点で先物取引の適合性がないとはいえない旨主張する。

 

しかしながら,被控訴人が複雑かつ投機性の高い取引を行って,その程度が高くなるに従い被控訴人の損失が大きくなっていたことが認められるとはいえ,これらの取引を被控訴人が自ら進んで行っていたことを認めるに足りる証拠はなく,むしろ,前記(付加訂正後の原判決)によれば,Aの営業担当者の誘導によってそのような取引をするに至ったものと認められ,控訴人の主張は理由がない。」

  

(8) 原判決29頁17頁末尾を改行して,次のとおり付加する。

   

「 なお,控訴人は,被控訴人が「年収500万円以上,有価証券・預貯金合計が500万円以上と推定される者」,「商品取引に関する知識・理解度が深い」にあたる旨主張する。しかしながら,確かに被控訴人の名目年収が一時約800万円以上に及んだことがあったことは認められるものの(乙38),それは,借入金の返済その他の必要経費を控除する前のアパートの賃料収入額を単純に加算した結果であって,その時の給与収入は500万円に至っていなかったものであり,上記以外に被控訴人が年収500万円に至っていた事情は認められない。また,被控訴人の証券関係の資産が500万円を優に超えていたことがあったとしても,それは証券金融会社からの借入金の担保となっていたものと認められ(乙13(枝番を含む。),原審における被控訴人本人),実質的な価値はなかったといえるところである。そして,被控訴人の商品取引に関する知識・理解度が深いとはいえないことは,これまで述べたとおりである。したがって,控訴人の上記主張は採用できない。」

  

(9) 原判決30頁24行目の「知りながら,」と「原告に」との間に「しかも,被控訴人の自宅土地建物を担保に消費者金融から多額の金員を借り入れるなどということまで勧めるなどして,」を挿入する。

  

(10) 原判決31頁4行目冒頭から7行目の「相当である。」までを次のとおり改める。

   

「 なお,控訴人は,被控訴人が問題とする損失は平成13年9月20日の取引によって生じたものであるから,同取引とは関連のない取引等を含む本件先物取引全体を違法と評価すべきではないなどと主張する。しかし,本件においては,本件先物取引の途中からあるいは一定の取引に限定して違法な点があったというようなものではなく,前記(付加訂正後の原判決)認定のとおり,Aの営業担当者が被控訴人を勧誘して先物取引を開始させたところからして,既に適合性原則違反,説明義務違反,新規委託者保護義務違反等の違法があったものであり,その後も,実質的一任売買や特定売買に関する違法等が加わっているところであって,被控訴人は,当初から違法に勧誘されるなどして行った一連の本件先物取引において,違法に多額の委託手数料を支払わされるなどして,結果的に1281万5795円の損失を被ったものと評価するのが相当である。」

  

(11) 原判決32頁15行目の「範囲内であるのであるから,」から16行目末尾までを次のとおり改める。

   

範囲内であることが明らかである上,Aを被告として訴訟を起こせば,はるかに多額の損害賠償金の支払請求が認容される蓋然性が高かったにもかかわらず,Aの従業員であるCに勧められたBからの不動産担保借入れを早期に返済する必要性に迫られていたので,やむなく450万円程度の金額で和解をするに及んだものと認められることからすると,本件和解金が不法行為に基づく損害賠償金としての性質を有するものであることは否定し難い。

  

(12) 原判決36頁1行目冒頭から18行目末尾までを次のとおり改める。

   

「(3)ア 控訴人は,本件和解金は以下に述べる理由で施行令30条柱書きの括弧書きにより非課税所得とはならないと主張する。すなわち,施行令30条柱書きの括弧書きは,損害賠償金等の額のうちに損害を受けた者の各種所得の金額の計算上必要経費に算入される金額を補てんするための金額が含まれている場合には,当該金額を控除した金額に相当する部分を非課税所得とする旨規定しているが,同括弧書きの趣旨は,損害賠償金等の額のうちに損害を受けた者の各種所得の金額の計算上必要経費に算入される金額を補てんするための金額が含まれている場合には,当該金額を非課税所得となる金額から控除しなければ,当該金額につき非課税所得と必要経費の控除という二重の控除を認めることとなってしまうため,これを防ぐことにあるものと解されるところ(この趣旨自体は,特段争いがない。),

 

本件においては被控訴人に売買差益が生じていることからして,本件和解金の実質は売買差損の補てんではなく,必要経費としての性質を持つ委託手数料等の補てんであるとした上で,

 

所得税法の期間計算主義を前提とすれば,本件和解金は,過年度における雑所得の減算要因として考慮されている必要経費となる金額を補てんするものであるから,これに再度非課税の利益を与えることは二重に利益を与えることになるとして,

 

本件和解金が施行令30条柱書きの括弧書きの「所得の金額の計算上必要経費に算入される金額を補てんするための金額」に該当し,非課税所得にはならないというものである。

       

 

しかしながら,本件においては,確かに,被控訴人には,通算して215万5000円の売買差益が出た計算になっていることは認められるが,

 

他方で,前記(付加訂正後の原判決)前提事実及び認定によれば,Aから委託手数料として合計1425万7900円を違法に支払わされるなどし,

 

本件先物取引による売買差益と委託手数料,取引税及び消費税を差引き計算すると,1281万5795円の損失を被っていることが認められるところである。

 

そして,この差引き計算した金額は,上記のとおり,一連の本件先物取引における全体として違法なAの営業担当者の行為によって生じた損害であると評価されるものであって,

 

被控訴人が支払わされた多額の委託手数料等は,委託者の利益を度外視し,Aの利益のために,その取得のみを目的とする違法な行為による損害そのものであって,

 

差引計算上認められる売買差益を得るための必要経費などではない。

 

このように,違法に委託手数料の支払をさせるなどしたこと自体が被控訴人に損害を発生させる不法行為であり,

 

本件和解金は,そのような不法行為によって被控訴人が被った損失に対する原状回復のための損害賠償金の一部であるにすぎないのであるから,

 

本件和解金の中には施行令30条柱書きの括弧書きにいう

 

「所得の金額の計算上必要経費に算入される金額を補てんするための金額」が含まれていると考える余地はなく,

 

このことは,所得税法が期間計算主義を取っていることによって左右される事柄でもない。

 

仮に,本件のような和解金に同括弧書きの適用があり得る場合としては,その中に被控訴人が得られるはずであった利益の補償など純資産の増加を伴う趣旨のものが一部でも含まれているような場合であると思われるが,

 

本件和解金の中にはそのような趣旨のものが含まれていないことは明らかである。

       

 

以上のとおりであるから,本件和解金が同括弧書きにより非課税所得に当たらないということはできず,控訴人の上記主張は採用することができない。」

 

 

第4 結論

 

   よって,原判決は相当であって,控訴人の本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

 

    名古屋高等裁判所民事第3部

        裁判長裁判官  高田健一

           裁判官  尾立美子

           裁判官  上杉英司