弁護士夫婦事件(1)

 

 

 

 所得税更正処分取消等請求事件、東京地方裁判所判決/平成14年(行ウ)第82号、判決 平成15年6月27日、税務訴訟資料253号順号9382

 

 

 

 

【判示事項】

 

 所得税の申告において,弁護士が妻に対して支払った報酬を必要経費として算入することを認めなかった事例

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

  一 原告の請求をいずれも棄却する。

  二 訴訟費用は、原告の負担とする。

 

       

 

 

 

事実及び理由

 

 

第一 請求

 

一 被告が平成12年12月25日付けでした原告の平成9年分の所得税についての更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分のうち総所得額2832万3567円を超える部分(ただし、いずれも平成14年2月5日付け裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

 

二 被告が平成12年12月25日付けでした原告の平成10年分の所得税についての更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分のうち総所得額2653万3968円を超える部分(ただし、いずれも平成14年2月5日付け裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

 

三 被告が平成12年12月25日付けでした原告の平成11年分の所得税についての更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分のうち総所得額2604万7439円を超える部分(ただし、いずれも平成14年2月5日付け裁決により一部取り消された後のもの)を取り消す。

 

 

 

第二 事案の概要

 

   本件は、弁護士業を営む原告が、平成9年分ないし平成11年分の所得税の申告に対して被告が平成12年12月25日付けで行った更正及び過少申告加算税賦課決定の各処分(ただし、いずれも平成14年2月5日付け裁決により一部取り消された後のもの。以下、これらを併せて「本件各処分」という。)につき、所得税法56条の「生計を一にする」を理由に原告が弁護士である妻に対して支払った報酬を必要経費として算入することを認めなかったのは、同条の解釈適用を誤った違法なものであるとして、本件各処分の取消しを求めている事案である。

 

   なお、原告の妻に対する弁護士報酬の支払についての所得税法56条の適用の可否に関する部分を除く本件各処分のその余の計算関係は、いずれも当事者間に争いがない。

 

 

 

 

 

 

 一 法令等の定め

  1 所得税法56条

   《事業から対価を受ける親族がある場合の必要経費の特例》

    居住者と生計を一にする配偶者その他の親族がその居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合には、その対価に相当する金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入しないものとし、かつ、その親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、その居住者の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上、必要経費に算入する。この場合において、その親族が支払を受けた対価の額及びその親族のその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額は、当該各種所得の金額の計算上ないものとみなす。

  2 所得税基本通達2-47

    法に規定する「生計を一にする」とは、必ずしも同一の家屋に起居していることをいうものではないから、次のような場合には、それぞれ次による。

  (1)省略

  (2)親族が同一の家屋に起居している場合には、明らかに互いに独立した生活を営んでいると認められる場合を除き、これらの親族は納税者と生計を一にするものとする。

  3 所得税法57条1項

   《事業に専従する親族がある場合の必要経費の特例等》

    青色申告書を提出することにつき税務、署長の承認を受けている居住者と生計を一にする配偶者その他の親族(年齢十五歳未満である者を除く。)で専らその居住者の営む前条に規定する事業に従事するもの(以下この条において「青色事業専従者」という。)が当該事業から次項の書類に記載されている方法に従いその記載されている金額の範囲内において給与の支払を受けた場合には、前条の規定にかかわらず、その給与の金額でその労務に従事した期間、労務の性質及びその提供の程度、その事業の種類及び規模、その事業と同種の事業でその規模が類似するものが支給する給与の状況その他の政令で定める状況に照らしその労務の対価として相当であると認められるものは、その居住者のその給与の支給に係る年分の当該事業に係る不動産所得の金額、事業所得の金額又は山林所得の金額の計算上必要経費に算入し、かつ、当該青色事業専従者の当該年分の給与所得に係る収入金額とする。

  4 所得税法12条

   《実質所得者課税の原則》

    資産又は事業から生ずる収益の法律上帰属するとみられる者が単なる名義人であって、その収益を享受せず、その者以外の者がその収益を享受する場合には、その収益は、これを享受する者に帰属するものとして、この法律の規定を適用する。

  5 所得税基本通達12-5

    生計を一にしている親族間における事業(農業を除く。以下この項において同じ。)の事業主がだれであるかの判定をする場合には、その事業の経営方針の決定につき支配的影響力を有すると認められる者が当該事業の事業主に該当するものと推定する。この場合において、当該支配的影響力を有すると認められる者がだれであるかが明らかでないときには、次に掲げる場合に該当する場合はそれぞれ次に掲げる者が事業主に該当するものと推定し、その他の場合は生計を主宰している者が事業主に該当するものと推定する。

  (1)省略

  (2)生計を主宰している者以外の親族が医師、歯科医師、薬剤師、弁護士、税理士、公認会計士、あん摩マッサージ指圧師等の施術者、映画演劇の俳優その他の自由職業者として、生計を主宰している者とともに事業に従事している場合において、当該親族に係る収支と生計を主宰している者に係る収支とが区分されており、かつ、当該親族の当該従事している状態が、生計を主宰している者に従属して従事していると認められない場合

     当該事業のうち当該親族の収支に係る部分の事業主 当該親族

  (3)省略

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

二 前提となる事実(末尾に証拠を掲記した事実は、当該証拠により容易に認定することのできる事実であり、証拠を掲記しない事実は当事者間に争いがない事実である。)

  1 原告とAとの身分関係等

    A(以下「A」という。)は、原告の配偶者であり、両者は、同居して、生計を一にしている。

  2 原告とAの事業形態等

  (一)原告は、第二東京弁護士会に所属する弁護士であり、東京都港区(以下略)において、△△△法律事務所という名称で事務所を開設して弁護士業務を営む者である(名称につき甲4)。

  (二)Aは、第一東京弁護士会に所属する弁護士であり、東京都新宿区(以下略)において、原告とは独立して、□□□法律事務所という名称で事務所を開設して弁護士業務を営む者である(名称につき甲4)。

     上記事務所の事務員、事務所諸設備、購入図書等に係る経費は、原告の営む△△△法律事務所における経費とは別であり、それぞれの事務所において記帳されている。

 

 

 

 

  3 原告の事業からAへの弁護士報酬の支払

    Aは、原告の営む事業に従事した労務の対価として、原告の事業の総収入金額の中から平成9年ないし平成11年に毎年595万円ずつの弁護士報酬(以下、これらを併せて「本件弁護士報酬」という。)の支払を受けた。この金額は、Aが営む弁護士業務の総収入金額のうち約4分の1程度を占めている。

    原告は、本件弁護士報酬の支払について、その都度源泉徴収して納税し、他方、Aも、同報酬を自らの事業の総収入金額に計上して、各年分の所得税の申告を行った(甲4、12の1ないし3)。

 

 

 

 

  4 確定申告及び本件各処分等の経緯

  (一)原告は、被告に対し、平成9年分ないし平成11年分の所得税につき、法定申告期限内にそれぞれ別表のとおりの確定申告(以下「本件各申告」という。)を行った。

     本件各申告において、原告は、各年の事業所得の総収入金額からAへの本件弁護士報酬の支払を必要経費として計上して控除した。

  (二)これに対し、被告は、平成12年12月25日付けで、原告の平成9年分ないし平成11年分の所得税に係る更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分を行った。上記各処分の内容及びその後の経緯は、別表のとおりである。なお、上記各処分は、平成14年2月5日付け裁決により、別表のとおり一部取り消された(本件各処分とは、この一部取り消された後のものをさす。)。

     本件各処分は、原告がAに対して支払った本件弁護士報酬を原告の総収入金額から必要経費として控除することを認めていない。

 

 

 

 三 争点

  1 原告とAのようにそれぞれが独立した事業主として事業を営む場合において、一方親族が他方親族の事業に従事したことにより他方親族の事業から対価の支払を受けたときに、他方親族に当たる原告の各年分の事業所得の金額の計算上、一方親族に当たるAに対する本件弁護士報酬の支払につき、所得税法56条の適用はないと解すべきか否か(争点1)。

 

  2 原告の各年分の事業所得の金額の計算上、本件弁護士報酬の支払について所得税法56条が適用されるとすると、憲法14条1項に違反するか否か(争点2)。

 

 

 

 

 

 

 

 四 争点に関する当事者の主張

 

  1 争点1について

  (一)被告の主張

   (1)所得税法56条が適用される要件は、支払の対象者が「居住者と生計を一にする配偶者その他の親族」であること、及び支払の事由が「その居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合」であることの二つである。Aが原告の配偶者であって原告と生計を一にする者であること、及び本件弁護士報酬が原告の営む弁護士業にAが従事したことにより原告の事業からAが支払を受けた対価であることは、当事者間に争いがないのであるから、原告の事業所得の金額の計算上、本件弁護士報酬の支払につき、同条が適用されるのは当然である。同条は、上記二つの要件以上にその適用を限定する要件を規定していない。

   (2)所得税法12条や所得税基本通達12-5(2)は、ある収益がだれに帰属するかを定めたものであり、原告及びAが同通達の定める要件に該当する場合、原告及びAが各自従事している事業の事業主がそれぞれ原告及びAであり、各事業から生ずる収益の享受者がそれぞれ原告及びAであることは、認める。

      しかし、原告の主張は、上記通達の定めに基づきいったん原告に帰属するものと認められた収益の中から、原告がAに対して支払った本件弁護士報酬を、さらに同通達の定めによって原告の所得から減額し、Aに帰属する収益とすべきであるとするものにほかならず、同通達の趣旨の理解を誤っている。

      収益の帰属を決する所得税法12条の規定と、当該収益に係る労務の対価を生計を一にする親族に支払った場合の取扱いを規定する同法56条及び57条の規定は無関係であり、同法12条によって、いったん原告に帰属した収益の中から生計を一にする配偶者であるAに対して支払われた本件弁護士報酬を必要経費に算入することができるかどうかは、あくまでも同法56条及び57条により決すべきものであって、同法12条が同法56条の解釈に影響を及ぼすものではない。

      なお、所得税法57条は、一般的に親族に対する労務の対価の支払を必要経費として認めたものではない。青色申告制度の普及等の政策目的等のため、親族が事業から受ける対価についての原則を規定した同法56条の特例として、その適用範囲を制約すべく種々の限定を加えた上で設けられたものである。したがって、同法57条に照らして、同法56条の適用範囲も限定すべきであるという原告の主張は、失当である。また、原告は、本件弁護士報酬につき、Aが従事した際の作業内容を具体的に明らかにしないし、そもそも本件弁護士報酬は各年595万円と一定額であるところ、その報酬額と仕事量の間に相関関係はなく、いわば顧問料と同じような報酬であるなどと主張するのであるから、仮に、原告が青色申告者で、Aが青色事業専従者であったとしても、本件弁護士報酬に直ちに同法57条が適用されるとはいい難い。この点からしても、同条との均衡等から、本件弁護士報酬の支払につき、同法56条の適用を除外すべきであるという原告の主張は、失当である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  (二)原告の主張

   (1)所得税法56条は、生計を一にする親族間で対価が支払われる場合に、支払われた対価をそのまま必要経費として認めると、その所得を家族に恣意的に分散して不当に税負担の軽減を図るおそれが生じることから、そのような方法での税負担の回避を防止するために設けられた規定である。

      ところで、原告とAのようにそれぞれ独立して事業を営む家族は、より独立性が高く、一方親族が他方親族に従属する関係にはないので、事業に専従する親族に対する対価の支払が必要経費として認められる場合を規定している所得税法57条の専従者控除の適用を申請することはできない。しかし、そのために、本件弁護士報酬のように親族への適正な労務の対価の支払であっても例外なく同法56条が適用されて、必要経費としての控除が認められないというのは不合理である。

      そもそも、自らが独立した事業主として他方親族とは別に事業を営む者が、他方親族に従属することなく、共同でその親族の事業に従事する場合には、一方親族と他方親族とでそれぞれ収支が区別され、当該事業に対する適正な対価を設定することができ、それぞれが自己の事業について所得申告することを前提にして、所得の基因となる取引について正確かつ継続的に帳簿を付けているのであるから、一方親族の所得を他方親族に恣意的に分散して不当に税負担の軽減を図ることは困難である。また、双方が独立した事業主としてそれぞれ所得申告するのであるから、各所得計算において所得税法45条1項1号により必要経費から家計関連費用が除かれ、事業と家計とが明確に区別されているから、生活維持費用が対価として混入するおそれもない。

 

      したがって、所得税法56条の適用要件のうち、①「居住者と生計を一にする配偶者その他の親族」には、Aのように自ら事業主として「居住者」と別に独立して事業に従事する者は含まれないと解すべきである。また、②「その居住者の営む事業所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由」には、Aのように自ら独立した事業主である当該親族が、「居住者」の事業に従事したことを含まないと解すべきである。

 

      このように解すれば、原告とは別に独立して弁護士業を営むAが、原告の営む弁護士業に従事してその労務の対価として本件弁護士報酬の支払を受けたのであるから、原告の事業所得の金額の計算上、本件弁護士報酬の支払につき、所得税法56条は適用されないことになる。

 

   (2)所得税基本通達12-5(2)は、他の親族が、医師、歯科医師、薬剤師、弁護士、税理士、公認会計士等の者で当該親族に係る収支と生計を主宰している者に係る収支が区分され、かつ当該親族の当該従事している状態が、生計を主宰している者に従属して従事していると認められない場合は、その親族が事業主であるとする。

      このような事業主の判定基準の解釈及び所得税法12条の規定する実質的所得者課税の原則に照らすと、生計を一にする親族が他方親族に従属することなく、共同でその親族の事業に従事する場合でも、当該親族の事業から生ずる所得は、実質的に当該親族に帰属する所得として課税すべきであると解される。実質的に当該親族に帰属する所得として課税するとは、共同で事業に従事する他方親族の所得に合算して課税をしないということを意味するにほかならず、同法56条による合算課税をしないことを対価を受領する側の側面から裏付けるものである。

 

      このことからしても、Aが原告の事業に従事して受領した本件弁護士報酬は、Aを事業主とする事業における所得として課税すべきであって、原告を事業主とする事業における所得に合算して課税してはならず、したがって、原告の事業所得の金額の算定における本件弁護士報酬の支払につき、所得税法56条は適用されないと解すべきである。

 

 

 

 

  2 争点2について

  (一)被告の主張

     所得税法56条は、夫婦や家族などの個人を超える消費生活上の単位を課税単位とする方式(以下「消費単位課税」という。)を採用しているが、これは、単なる租税回避を目的とする行為を否認するという趣旨にとどまらず、事業者の総収入のうち担税力の認められる部分について課税することにより、ひいては、憲法30条、84条が要請する租税の公平な分担を実現することを目的としている。事業者の配偶者等に対する対価の支払は、生計維持費用の分担としての性質を有するところ、事業者の担税力の観点からすれば、事業者が配偶者等以外の者に支払った場合と異なり、事業者が配偶者等に対価を支払った場合、自らの所得から生計維持費用を支出することと変わりなく、その部分には担税力が認められることになるから、租税回避を目的とした対価の支払のみを除外することなく、一律に配偶者に対する対価の支払に相当する費用すべてについて必要経費に算入しないこととし、いわばこの場合において消費単位課税を採用したとしても、かかる手段の採用に合目的的な合理的関連性がある。

     そして、所得税法56条は、居住者の事業所得等の金額の計算上、生計を一にする配偶者等に支払った対価を必要経費として算入しないものと規定するとともに、他方において、親族がその対価に係る各種所得の金額の計算上必要経費に算入されるべき金額を居住者の事業所得等の金額の計算上必要経費に算入することとして、生計を一にする親族間の所得金額の算定においても相互調整を図っているのであるから、この点においても著しく不合理な区別とはいえない。

     また、他の事業に勤務する生計を一にする親族が、休日に事業者の事業に従事し、事業者が対価を支払ったとしても、当該親族は、事業者の営む事業に専ら従事していないから、所得税法56条の規定により、当該対価を事業者の必要経費に算入することはできないのであり、本件のような場合のみを不利益に取り扱っているわけではない。

     加えて、所得税法は、生計を一にする親族間の取引について課税所得の発生を認識するような法体系になっていない以上、政策的な配慮から一定のものの必要経費算入を認めるとしても、必要以上にその対象を広げると、親族間における所得分割による税負担の軽減といった弊害が生ずるばかりでなく、給与所得者をはじめ、不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業を営む者以外の者の所得金額の計算上は、生活を一にする親族からされた役務の提供の対価が考慮されることはないこととの均衡を失することになる。

     そもそも、原告の主張するような相当な対価を算定することは事実上極めて困難であるから、立法技術上一律に算入するかしないかのいずれかを採用することにも合理性があるところ、所得の恣意的な移転を図られることにより適正な課税が阻害された場合の不利益、ないしはこれが阻害される可能性の排除の必要性に比べれば、相当な対価部分につき必要経費の算入が認められなかったとしても、当該対価に係る必要経費、つまり対価の支払を受けた親族において必要経費に算入されるべきものについては、経費算入を認めている点も考え合わせると、その不利益性は低く、結局、合理性が認められるというべきである。

     したがって、所得税法56条は、目的に正当性と合理性が認められ、その手段に合理的関連性が認められるから、憲法上の問題が生ずる余地はなく、憲法14条1項違反をいう原告の主張は、失当である。

 

 

 

 

 

  (二)原告の主張

     原告とAのようにそれぞれ独立して事業を営む夫婦の一方が他方親族の事業に従事した場合において、一方親族が他方親族からその労務の対価として支払を受けた報酬につき、所得税法56条が適用され、他方親族の事業所得の金額の計算上、必要経費として算入することが認められないのであれば、家族労働につき適正な対価の支払が必要経費として認められる青色申告者の場合(所得税法57条が適用される。)と比較しても、また、家族以外の他人を使用する者と比較しても、余りに不合理であって、その区別の態様において、憲法14条1項に違反するというべきである。

 

 

 

 

 

第三 争点に対する当裁判所の判断

 一 争点1について

  1 所得税法56条が適用される要件は、同条の規定によると、

 

 

①支払の対象者が「居住者と生計を一にする配偶者その他の親族」であること及び

 

②支払の事由が「その居住者の営む不動産所得、事業所得又は山林所得を生ずべき事業に従事したことその他の事由により当該事業から対価の支払を受ける場合」であることの二つであることが、

 

 

その文理上一義的に明らかである。

 

 

その者の営む事業の形態がいかなるものか、事業から対価の支払を受けるその者の親族がその事業に従属的に従事しているか否か、対価の支払はどのような事由によりされたのか、対価の額が妥当なものであるのか否かなどといった個別の事情によって、同条の適用が左右されることをうかがわせる定めは、同条及び同法の他の条項に全く存在しない。したがって、前記の二つの要件が備わっている限り、このような個別の事情のいかんにかかわりなく、同条が適用されると解すべきである。

 

 

    そうすると、Aは原告の配偶者であって原告と生計を一にする者であること及び本件弁護士報酬は原告の営む弁護士業にAが従事したことにより原告の事業から支払を受けた対価であることは、前記「前提となる事実」欄に記載のとおり当事者間に争いがないのであるから、原告とAが別個に独立した事業主であり、Aが原告の事業に従属的に従事しておらず、かつ、仮にAの労務の対価として適正な額の本件弁護士報酬が支払われたものであって、恣意的な所得の分散がされているものではないとしても、原告の各年分の事業所得の金額の計算上、本件弁護士報酬の支払には、所得税法56条が適用され、これを必要経費に算入することはできないというべきである。

 

  2 原告は、所得税法12条や所得税基本通達12-5(2)の規定を根拠に、同法56条を限定的に解釈すべきである旨主張する。しかし、同法12条は、ある収益がだれに帰属するかを定めたものにすぎず、当該収益に係る労務の対価を生計を一にする親族に支払った場合の取扱いを規定する同法56条及び57条の規定とは無関係である。同法12条によって、いったん原告に帰属した収益の中から生計を一にする配偶者であるAに対して支払われた本件弁護士報酬を必要経費に算入することができるかどうかは、あくまでも同法56条又は57条の解釈によって決せられるものであり、同法12条が同法56条の解釈に影響を及ぼすものではないことは明らかである。

 

    そのほかの点も含め、争点1についての原告の主張は、同条の解釈論の枠を超えた独自の立法論をいうものにすぎず、採用することができない。

 

 

 

 二 争点2について

 

  1 原告は、原告の各年分の事業所得の金額の計算上、本件弁護士報酬の支払につき所得税法56条が適用され、これを必要経費として控除することが許されないとするならば、同法57条により家族労働につき適正な対価の支払が必要経費として認められる青色申告者の場合と比較しても、また、家族以外の他人を使用する者の場合と比較しても、余りに不合理であって、その区別の態様において、憲法14条1項に違反する旨主張する。

 

  2 ところで、租税法の定立については、国家財政、社会経済、国民所得、国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的、技術的な判断にゆだねるほかはなく、裁判所は、基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。そうすると、租税法の分野における所得の性質の違い等を理由とする取扱いの区別は、その立法目的が正当なものであり、かつ、当該立法において具体的に採用された区別の態様が上記目的との関連で著しく不合理であることが明らかでない限り、その合理性を否定することはできず、これを憲法14条1項の規定に違反するものであるということはできないというべきである(最高裁昭和60年3月27日大法廷判決、民集39巻2号247頁参照)。

 

  3 そこで、上記の観点から検討する。

  (一)まず、所得税法56条は、事業者が当該事業から自己と生計を一にする配偶者等に対価を支払うことによって所得を分散し税負担を軽減するという事態が生ずることを一般的に防止するという目的、及び上記目的のみにとどまらず、事業者の総収入から、配偶者や家族に対して支払がされている部分であっても、実質的に全体をみれば事業者にとって担税力の認められる部分については課税することにより、憲法30条、84条が要請する租税の公平な分担を実現するという目的を有していると解すべきである。このような目的は、租税公平主義等の観点から正当性を有するものというべきである。

 

  (二)上記目的を達成する手段として、所得税法56条は、夫婦、家族等をまとめて考慮するいわゆる消費単位課税の方式を採用し、「生計を一にする配偶者その他の親族に対価を支払う場合」と「それ以外の者に対価を支払う場合」を区別して、前者に同条の適用をすることとしている。

 

     そこで、次に、これが上記目的との関連で合理性を有するかどうかを考察する。

 

 

   (1)まず、生計を一にする配偶者等の労務の対価の支払を必要経費として認めると、一般的には、配偶者等の労務に対する対価の支払は、他の第三者の労務に対する対価の支払と比べて、その労務の内容も、対価の額の適否も把握し難く、それが当該事業上の労務の対価なのか、それとも他の労務の対価又は他の趣旨の支払を含むものであるのかが不分明であるため、所得の分散のために容易にこのような支払が行われかねないということができる。

 

      また、同一生計の家族、すなわち「生計を一にする親族」は、経済生活の基本単位であり、一個の消費単位としてその構成員の所得を一つにして家計を考えているのが常態であり、この社会現象に照らしてみると、その構成員一人一人の所得の大きさを基準としてではなく、消費単位そのものの所得の大きさを基準として担税力を測定することは公平の要請に沿うものであるといえる。

 

      そして、同条は、居住者の事業所得等の金額の算定上、生計を一にする配偶者等に支払った対価を必要経費として算入しないものと規定するとともに、他方において、居住者の親族がその対価に係る各種所得の金額の計算上、必要経費に算入されるべき金額を居住者の事業所得等の金額の計算上、居住者の必要経費に算入することとして、生計を一にする親族間の所得金額の算定においても相互調整を図っている。

 

      さらに、他の企業等で勤務している生計を一にする親族が事業者の事業にも従事していて、事業者が対価を支払ったという場合を想定してみると、当該親族は事業者の営む事業に専ら従事しているわけではないので、やはり、所得税法57条によるいわゆる青色申告の専従者控除の適用を得て当該対価を事業者の必要経費に算入することはできないのであるから、本件のように生計を一にする親族が弁護士等の独立した事業を営んでいる場合のみを必要経費の特例として不算入扱いにしているわけではないといえる。

 

   (2)そうすると、所得税法56条の採用する消費単位課税の方式が、同条の目的に照らし、その手段として著しく不合理であることが明らかであるとはいえないから、その合理性を否定することはできないというべきである。

 

  (三)以上のとおりであるから、所得税法56条が消費単位課税を採用し、同条の適用される「生計を一にする配偶者その他の親族に対価を支払う場合」と同条の適用されない「それ以外の者に対価を支払う場合」との間に設けた区別は、合理的なものであり、憲法14条1項の規定に違反するものではないというべきである。

  4 したがって、争点2についての原告の主張は理由がない。

 

 

 三 以上のとおりであり、本件各処分において、所得税法56条の適用の可否に関する部分を除くその余の計算関係は当事者間に争いがないから、本件各処分は適法である。

 

 四 よって、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法7条、民事訴訟法61条を適用して、主文のとおり判決する。

 

    東京地方裁判所民事第38部

          裁判長裁判官  菅  野  博  之

             裁判官  小  田  靖  子

             裁判官  本  村  洋  平