相続税法二二条にいう「時価」(4)

 

 

 贈与税更正処分等取消請求控訴事件、大阪高等裁判所/平成12年(行コ)第33号、判決 平成12年11月2日、 税務訴訟資料249号457頁について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】

 

 贈与税更正処分等取消請求控訴事件において,株式の時価評価について,評価基本通達の例に従い,類似業種比準方式,純資産価額方式,配当還元方式を割合的に併用する方法は,単独の評価方式では時価が適正に反映できない事情がある場合に適しているが,本件においては,原判決認定のとおり,時価純資産価額方式を単独で用いることにより,本件株式の時価を最も適正に反映することができると認められるとして控訴人らの主張を排斥し,控訴人らの本訴請求を棄却した原判決を相当とし,控訴を棄却した事例

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 一 本件控訴をいずれも棄却する。

 二 控訴費用は控訴人らの負担とする。

 

       

 

 

事実及び理由

 

第一 控訴の趣旨

一 原判決を取り消す。

二 被控訴人伊丹税務署長が平成八年五月七日付で控訴人Aの平成五年分の贈与税についてした更正のうち、課税価格四二二万一〇〇〇円、納付すべき税額七九万一三〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。

三 被控訴人伊丹税務署長が平成八年五月七日付で控訴人Bの平成五年分の贈与税についてした更正のうち、課税価格六三二万九〇〇〇円、納付すべき税額一五三万一六〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。

四 被控訴人豊能税務署長が平成八年五月七日付で控訴人Cの平成五年分の贈与税についてした更正のうち、課税価格四五八万八〇〇〇円、納付すべき税額九〇万五八〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。

五 被控訴人伊丹税務署長が平成八年五月七日付で控訴人Dの平成五年分の贈与税についてした贈与税の決定及び無申告加算税の賦課決定をいずれも取り消す。

六 訴訟費用は、第一、二審を通じ被控訴人らの負担とする。

 

 

 

第二 事案の概要

一 原判決の引用

 当審における控訴人らの主張を二に付加するほか、原判決「第二事案の概要」(原判決四頁一一行目から同五六頁一一行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり補正する。

1 原判決五頁一行目の「原告らが」の次に「平成五年三月に」を加え、同一〇頁一行目の「債権」を「債券」と改める。

2 同一〇頁五行目から同五六頁九行目までの各「ヤムヤーゼ」をいずれも「セムヤーゼ」と改める。

3 同一七頁五行目の「代表取締役に就任した。」の次に「また、平成六年四月八日には株式会社に組織変更した。」を加え、同七行目の「三二ないし三四」の次に「、弁論の全趣旨」を加える。

4 同二一頁一〇行目の「一一万四二四三株」を「一一万四四四三株」と、同二四頁八行目の「本件相続」を「本件贈与」と、同二五頁一〇行目の「(以下「通則法」という。」を「(以下「通則法」という。)」とそれぞれ改める。

5 同二七頁六行目の「原告が」を「控訴人Aが」と、同二八頁五行目の「原告が」を「控訴人Bが」と、同二九頁四行目の「原告が」を「控訴人Cが」とそれぞれ改める。

6 同三七頁九行目の「本件贈与者」を「訴外E」と、同四一頁七行目の「一万七二〇一円を上回る金額」を「一万七二〇一円を上回る一万七五九九円」と、同四二頁一一行目の「被告」を「被控訴人ら」と、同四三頁一行目の「本件更正」を「本件各処分」と、同行目の「右更正」を「右処分」と、同四四頁三行目の「投資対象が」を「投資対象を」とそれぞれ改める。

7 同四八頁一行目の「明らかに」の次に「幸福追求権を保障した」を加え、同四九頁五行目の「多寡にに」を「多寡に」と、同五〇頁六行目の「いうべきでる」を「いうべきである」とそれぞれ改める。

二 当審における控訴人らの主張

1 原審は、株式の時価評価について、評価基本通達に定められた評価方式によらないことが正当と是認される「特別の事情」がある場合には、「他の合理的な方式」により評価することが許されるとした。

 しかし、「特別な事情」が類型的かつ要件的にいかなる事情であるのかは示されておらず、「他の合理的な方式」がどのような方式を指すのかも全く不明であるから、原審の判断は恣意的であり不当である。

2 原審は、控訴人らが本件株式を取得した目的は、キャピタルゲインを得るためではなく、セムヤーゼに売却して純資産価額相当額の売却金を取得するためであったと認定した。

 しかし、控訴人らが本件株式を時価純資産価額で買取ってもらったのはあくまで結果論であって、原審の認定した目的を当初から有していたわけではない。控訴人らは、本件株式取得後、ベンチャー企業への出資というハイリスクを少しでも回避するため、本件株式取得後その大部分を早期に売却して利益を確保する途を選択し、本件会社がこれに応えたに過ぎない。

3 本件株式の評価方法につき、配当還元方式が妥当でないとしても、直ちに原審のように純資産価額方式による価格のみをもって時価とするのは不当であり、評価基本通達の例に従い、類似業種比準方式、純資産価額方式、配当還元方式を割合的に併用すべきである。

4 原審は、憲法あるいは税法の要求する平等原則について、合理的な理由があるときに「法律の許容する範囲内」で課税上異なった取扱をすることまで一切禁止したものではないとするが、「法律の許谷する範囲内」とある法律とはいかなる法律のどのような要件と範囲であるのかについて全く理由が示されていない。

 また、原審は、「他の納税者との間での実質的な税負担の公平を図るという合理的な理由」がある場合には、評価基本通達の定める方法によらないことも許されるというが、評価基本通達を信じて節税対策を行った者と何も節税対策を行わなかった者との間では、税負担に差異が生ずるのがむしろ公平なのであって、原審の判断は不当である。

5(一)我が国の企業会計上、資産の貸借対照表上の価格(取得価格)と時価との乖離は不可避であり、企業の株式評価においては、純資産価額方式と配当還元方式とで著しい価額の格差が見られることが多い。原審のように、評価方法の選択により株式の評価額が著しく異なるという理由だけで安易に高い評価額を採用することは、評価基本通達を含む課税の一般原則及び企業会計制度を否定するものであって、憲法一三条及び三一条の適正手続の保障を害する。

(二)控訴人らは、税理士の説明に従って本件株式を取得したものである。納税義務者が税理士の行う評価基本通達その他の税務法令の解釈適用に全幅の信頼を置くことは当然であって、適正手続の保障の見地からは、この信頼を法的に保護すべきである。

6 累進課税制度は憲法一四条、二九条に違反する。仮に、右制度自体は合憲であるとしても、相続税法上、最高税率七〇パーセントという極度の累進課税が採用されている点において、憲法一四条、二九条に違反するというべきである。

7 原審は、本件贈与が錯誤により無効であるとの控訴人らの主張に対し、納税義務者の錯誤の主張が法定申告期間を経過した後は許されないとするが、納税義務者に不利益な解釈であって、合理的根拠はない。

 

 

 

 

第三 当裁判所の判断

一 原判決の引用

 当裁判所も控訴人らの本訴請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は、当審における控訴人らの主張に対する判断を二に付加するほか、原判決「第三 当裁判所の判断」(原判決五七頁一行目から同八二頁三行目まで)記載のとおりであるから、これを引用する。ただし、次のとおり補正する。

1 原判決五七頁七行目の「取得のとき」を「取得の時」と改める。

2 同六一頁一行目から同七九頁五行目までの各「ヤムヤーゼ」をいずれも「セムヤーゼ」と改める。

3 同六六頁七行目の「本件贈与者」を「訴外E」と、同六八頁一〇行目の「原告の」を「控訴人らの」と、同六九頁七行目の「評価額を」を「評価額」と、同七二頁九行目の「比較考慮」を「比較考量」とそれぞれ改める。

4 同七三頁六行目の「相当である」の次に「(最大判昭和六二年四月二二日民集四一巻三号四〇八頁)」を、同九行目から同一〇行目にかけての「租税の機能」の次に「、特に所得の再分配機能」をそれぞれ加える。

5 同七七頁一〇行目の「申告税法式」を「申告税方式」と改め、同七九頁一行目の「危倶していたこと」の次に「(甲三)」を加える。

 

 

二 当審における控訴人らの主張に対する判断

1 控訴人らは、原審が、株式の時価評価につき、評価基本通達に定められた評価方式によらないことが正当と是認される「特別の事情」がある場合には、「他の合理的な方式」により評価することが許されるとしたことについて、「特別の事情」がいかなるものであるのか明らかでなく、「他の合理的な方式」がどのような方式を指すのかも不明であるから、原審の判断は恣意的であると主張する。

 しかし、右「特別の事情」がある場合とは、評価基本通達による評価方式を画一的に適用するという形式的な平等を貫くことが、所得の再分配機能を通じて経済的平等を実現するという贈与税の目的に反し、実質的な租税負担の公平を著しく害する場合を指すと解すべきであり、

 

 

この点は原審も正しく判示しているところである(原判決第三の一1(一))。

 

 

そして、控訴人らが訴外Eから贈与を受けた本件会社の株式は、時価純資産価額での買取が高い蓋然性で保障されているのに(原判決第三の一1(三)(2))、

 

 

評価基本通達に従い配当還元方式を適用して純資産価額を著しく下回る価格を時価とすることは、

 

 

控訴人らと同様の方法を採らず金銭での贈与を受けた他の納税者との関係で、

 

実質的な租税負担の公平を著しく害すると認められるのであって、

 

原審がこれをもって右「特別の事情」に当たると判断したこと(原判決第三の一1(三)(2))は、何ら恣意的ではない。

 

 また、「他の合理的な方式」とは、原審が説示するとおり、仮に自由な取引が行われる場合に実現されるであろう価額(時価)を正しく反映することのできる評価方式を指し、本件においては純資産価額をもって株式の評価額とする方法がこれに当たると解すべきである。

 

 よって、控訴人らの前記主張は理由がない。

 

 

 

2 控訴人らは、本件株式の取得後、ハイリスクを少しでも回避するため、本件株式を早期に売却して利益を確保することにし、本件会社がこれに応えたに過ぎず、原審が認定したような、租税負担を回避しつつ時価純資産価額相当額の売却金を取得する目的など有していなかったと主張する。

 

 しかし、原判決の認定事実(原判決第三の一1(三)(1))に照らせば、控訴人らが租税負担を回避しつつ、純資産価額相当額の売却金を取得することを目的として本件株式の贈与を受けたことは明白であり、控訴人らの主張は理由がない。

 

3 控訴人らは、本件株式の評価について、仮に配当還元方式が妥当でないとしても、直ちに純資産価額方式のみを採用することが妥当とはいえず、評価基本通達の例に従い、複数の方式を割合的に併用して算定すべきであると主張する。

 

 しかし、本件においては、前記のとおり、評価基本通達に定められた評価方式によらないことが正当と是認される「特別の事情」があると認められるから、

 

右通達の定める評価方式に従う必要は必ずしも存しない。また、各種の評価方式の併用は、単独の評価方式では時価が適正に反映できない事情がある場合に適しているものであるが、

 

本件においては、原判決の認定(原判決第三の一2)によれば、時価純資産価額方式を単独で用いることにより本件株式の時価を最も適正に反映することができると認められるから、控訴人らの主張は採用することができない。

 

4 控訴人らは、原審が憲法あるいは税法の要求する平等原則も、合理的な理由があるときに「法律の許容する範囲内」で課税上異なった取扱をすることまで一切禁じたものではないとしたことについて、「法律の許容する範囲内」とは何かが不明確であると主張するが、

 

本件において、「法律の許容する範囲内」が相続税法二二条の解釈の範囲内を指すことは明白であり、右主張は理由がない。

 

 

 また、控訴人らは、評価基本通達を信じて節税対策を行った者と何も節税対策を行わなかった者との間では、税負担に差異が生ずるのは当然であって、差異をなくすことが公平とはいえないと主張する。

 

 

しかし、原判決の認定事実(原判決第三の一1(三))によれば、控訴人らの行為は租税回避による利益取得を目的としたものであって、かかる利益が法的に保護されないことは明らかであるから、右主張を採用することはできない。

 

 

5(一)控訴人らは、本件株式につき評価基本通達の定める方法に従わず、時価純資産価額方式を採用することは、評価基本通達を含む課税の一般原則及び資産の取得価格と時価との乖離を認めた企業会計制度を否定するものであって、憲法一三条及び三一条が定める適正手続の保障を害すると主張する。

 

 しかし、特別の事情のある場合に、評価基本通達の定める方法によらず、他の合理的な方法によることが許されること、

 

本件において、右特別の事情があると認められることは、前記説示のとおりである。

 

また、企業会計において取得価格と時価との乖離が認められていることと、課税財産の時価評価に当たりいかなる方式を用いるかということとは、直ちに関連するものではないから、控訴人らの主張は理由がない。

 

 

(二)控訴人らは、税理士の説明に従って本件株式を取得したものであり、納税義務者が税理士の行う評価基本通達その他の税務法令の解釈適用に信頼を置くことは当然であって、適正手続の保障の見地からは、この信頼を法的に保護すべきであると主張するが、

 

控訴人らの一連の行為は租税回避のためになされたものであり、法的な保護を受けるに値しないものであることは、前記説示のとおりであるから、控訴人らの主張は失当である。

 

 

6 控訴人らは、累進課税制度が憲法一四条、二九条に違反するものであり、仮に制度自体は合憲であるとしても、相続税法上、税率が最高七〇パーセントという極度の累進税率とされていることは、憲法一四条、二九条に違反すると主張する。

 

 しかし、累進課税制度が憲法一四条、二九条に違反するものでないことは原判決説示のとおりである(原判決第三の二3)。また、最高税率についても、納税者の担税力を考慮した上で立法府が定めたものであって、その判断が合理的裁量の範囲を越えるものとは認められないから、控訴人らの主張は理由がない。

 

7 控訴人らは、原審が控訴人らの錯誤無効の主張につき法定申告期間を経過した後は許されないとしたことについて、合理的な根拠はないと主張する。

 

 しかし、安易に課税負担の錯誤を認め、その法律行為が無効であるとして納税義務を免れさせたのでは、納税者間の公平を害し、租税法律関係が不安定となり、ひいては申告納税方式の破壊につながることは、原判決の説示するとおりであって、これを防ぐために、法定申告期間を経過した後の錯誤無効の主張を禁ずることは、合理的な根拠があるというべきである。

 

 よって、控訴人の主張は理由がない。

 

第四 結論

 

 以上によれば、控訴人らの本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は正当である。よって、本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、主文のとおり判決する。

    大阪高等裁判所第一民事部

        裁判長裁判官  松 尾 政 行

           裁判官  熊 谷 絢 子

           裁判官  坂 倉 充 信