課税処分取消請求控訴事件、東京高等裁判所判決/平成2年(行コ)第164号、判決 平成3年6月6日、訟務月報38巻5号878頁について検討します。
【判示事項】
一 税務調査手続の違法が課税処分の取消事由となる場合
二 従来父親が単独で経営していた事業に新たに子が加わり、親子が相互に協力して一個の事業を営む場合の当該事業から生ずる所得の帰属
三 納税相談における税務署職員の助言に反する課税処分がされたとしても、右助言が税務署長等の権限のある者の公式の見解の表明と受け取れるような特段の事情のない限り、信義則の法理の適用はないとされた事例
主 文
一 本件控訴を棄却する。
二 控訴費用は控訴人の負担とする。
事実及び理由
第一 当事者の求める裁判
一 控訴人
1 原判決を取り消す〇
2 被控訴人が昭和五九年一〇月三一日付けで控訴人の昭和五七年分及び昭和五八年分の各所得税についてした更正処分及び過少申告加算税の各賦課決定をいずれも取消す。
3 訴訟費用は、第一、第二審とも被控訴人の負担とする。
二 被控訴人
主文第一項同旨
第二 事案の概要
事案の概要は、次のとおり付加、削除するほかは、原判決事実及び理由「第二 事案の概要」欄の記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決二枚目裏一二行目(編注・訟務月報本号(以下月報巻号省略)八八八ページ下段八行目)の「以下「釜係官」という。)が、」の次に「蜂屋勇事務官を帯同して、」を加える。
二 同三枚目表二行目から同三行目(編注・同一〇行目から一一行目)の「調査理由として申告の正確性を調査するためと告げ、」を削り、同五行目(編注・同一二行目)の「立会いの下で」の次に「(なお、〈証拠略〉によれば、釜係官らがその際正しく税金が申告されているかどうかを調査する旨告げたことが認められる。)」を加える。
三 同三枚目裏八行目(編注・八八九ページ上段四行目)の次に、改行して次のとおり加える。
「4 高橋歯科医院の事業主を控訴人のみとした場合の、控訴人の昭和五七年分の総収入金額は四七六一万七四一〇円、必要経費の額は一九八三万六五九四円であり、昭和五八年分の総収入金額は六一六〇万一一五〇円であって、同年分の必要経費の額は二二〇五万○三〇九円を下らない(控訴人は、二二三七万二〇三一円であると主張する。)。」
四 同一二行目(編注・同八行目)の「相当性を欠き」の次に「、また、釜係官が前記診療費を請求されたことに対する報復としてしたものであって」を加える。
第三 争点に対する判断
争点に対する判断は、次のとおり付加、訂正するほかは、原判決事実及び理由「第三 争点に対する判断」欄の記載のとおりであるから、これを引用する。
一 原判決四枚目裏六行目(編注・八八九ページ下段三行目)冒頭から同五枚目表一二行目(編注・同二〇行目)末尾までを、次のとおり改める。
「【判示事項一】 所得税に関する更正は調査により行うものとされ(国税通則法二四条)、税務調査の手続は、広い意味では租税確定手続の一環をなすものであるが、租税の公平、確実な賦課徴収のため課税庁が課税要件の内容をなす具体的事実の存否を調査する手段として認められた手続であって、右調査により課税標準の存在が認められる限り課税庁としては課税処分をしなければならないのであり、また、更正処分の取消訴訟においては客観的な課税標準の有無が争われ、これについて完全な審査がされるのであるから、
調査手続の単なる瑕疵は更正処分に影響及ぼさないものと解すべきであり、調査の手続が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は社会通念上相当の限度を超えて濫用にわたる等重大な違法を帯び、何らの調査なしに更正処分をしたに等しいものとの評価を受ける場合に限り、その処分に取消原因があるものと解するのが相当である。
ところで、控訴人は、「
(一) 税務調査は、当該納税者の確定申告に誤りがあることを疑わせるに足りる相当な理由があるときに限り許されるべきものであり、控訴人は被控訴人の係官の指導に従い申告している以上、本件税務調査は右相当な理由がなく調査の必要性を欠いている。
(二) 控訴人の承諾なく取引先調査を行っていること、調査に当たり調査理由を開示しなかったこと、調査範囲を限定することなく帳簿書類等を包括的に提出させたこと、
本件税務調査において釜係官の態度は高圧的であったこと
及び
調査中に釜係官が幸七郎から歯科診療を受けたうえその診療費をなかなか支払わなかった
ことからして、
本件税務調査の手段態様はその相当性を欠いている。」旨主張するが、
右のような事実をもって本件税務調査が刑罰法規に触れ、公序良俗に反し又は濫用にわたると評価することはできないから、
仮に本件税務調査が違法と評価されることがあるとしても、それが本件各処分の取消原因となるとはいえない。のみならず、
後記のような納税相談の性格からすれば、控訴人が係官の指導に従ったとの一事をもって税務調査の必要性を欠くとはいえず、また、納税義務者である控訴人の承諾が反面調査をするための要件とされるいわれはなく、調査の理由を告げたことは前記認定のとおりであって、帳簿書類の提出等の範囲も権限ある税務職員の合理的裁量に委ねられているから、控訴人主張事実をもって直ちに違法となるものではない。
さらに、本件税務調査の経緯は前記第二、一、3のとおりであって、釜係官が控訴人の自由意思を抑圧するような高圧的な態度をとったとは認められず、
同係官が本件税務調査に際し、如何なる事由があったにしろ、緊急の必要もないのに被調査者のもとで診察を受けたことは、調査の公正に疑いを生じさせかねない誠に軽率な行為といわざるを得ないが、
幸七郎からの請求を受けてからにしても受診後一か月以内にその費用を支払ったことは前記判示のとおりであって、
しかも、原審証人高橋幸七郎の証言によって認められるその診療費が八〇〇円(保険を使用しないとしても、二万四〇九○円)である事実に徴すれば、控訴人主張のようにその治療費を請求された報復として、本件各処分をしたものとは到底認めることができない。
したがって、いずれにしても、控訴人の主張は理由がない。」
二 同五枚目裏二行目(編注・八八九ページ下段末行)冒頭から同五行目(編注・八九〇ページ上段三行目)の「解すべきところ」までを「
【判示事項二】 親子が相互に協力して一個の事業を営んでいる場合における所得の帰属者が誰であるかは、その収入が何人の勤労によるものであるかではなく、
何人の収入に帰したかで判断されるべき問題であって、ある事業による収入は、その経営主体であるものに帰したものと解すべきであり
(最高裁昭和三七・三・一六第二小法廷判決、裁判集民事五九号三九三頁参照)、
従来父親が単独で経営していた事業に新たにその子が加わった場合においては、特段の事情のない限り、父親が経営主体で子は単なる従業員としてその支配のもとに入ったものと解するのが相当である。これを本件についてみると」に改める。
三 同七枚目表五行目(編注・八九〇ページ下段一五行目)冒頭から同裏一行目(編注・同末行)の「ない」までを「したがって、右認定のように控訴人と幸七郎の診療方法及び患者が別であり、いずれの診療による収入か区別することも可能であるとしても、
控訴人が医院の経営主体である以上、その経営による本件収入は、控訴人に帰するものというべきである」に改める。
四 同八枚目表二行目から三行目(編注・八九一ぺージ上段一〇行目から一一行目)の「推認できないわけではない」を「推認できなくもないが、更に進んで、同係官がそのように申告することを指導し、その申告内容であれば被控訴人において問題なくこれを受理する旨を告げたことを認めるに足りる証拠はない」に改める。
五 同裏一〇行目(編注・同ページ下段八行目から九行目)の「判例時報一二六二号九一頁」を「裁判集民事一五二号九三頁参照」に、同一一行目(編注・同九行目)の「相談者の」から同九枚目表一行目(編注・同一一行目)の「行うものではないこと」までを「、
「判示事項三】
税務署側で具体的な調査を行うこともなく、相談者の一方的な申立てに基づきその申立ての範囲内で、行政サービスとして納税申告をする際の参考とするために、税務署の一応の判断を示すものであって、
仮に、その相談が課税にかかわる個別具体的なものであったとしても、
その助言内容どおりの納税申告をした場合には、その申告内容を是認することまでを何ら意味するものではなく、
最終的に如何なる納税申告をすべきかは納税義務者の判断と責任に任されていること」
にそれぞれ改め、同二行目(編注・同一二行目)の「信頼」の前に「それが税務署長等の権限のある者の公式の見解の表明と受け取れるような特段の事情のない限り」を加える。
第四 結論
〈証拠略〉を総合すれば、控訴人の昭和五七年分及び昭和五八年分の総所得金額及び申告納税額が、本件各処分におけるそれを下回らないことが認められるから、被控訴人のした本件各処分は適法であり、その取消しを求める控訴人の各請求は理由がなくこれを棄却すべきである。
よって、これと同旨の原判決は相当であり、本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし、控訴費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 越山安久 赤塚信雄 桐ケ谷敬三)