土地の時効取得による収入

 

 

 

 所得税更正処分等取消請求事件、静岡地方裁判所判決/平成6年(行ウ)第8号、判決 平成8年7月18日、行政事件裁判例集47巻7~8号632頁について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】

 

 土地の時効取得による収入は、取得時効の援用時に発生するとして、同援用時における当該土地の評価額を同援用時の属する年分の一時所得の総収入金額に算入してした所得税の更正が、適法とされた事例

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 原告の請求をいずれも棄却する。

 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       

 

事   実

 

第一 当事者の求めた裁判

一 請求の趣旨

1原告の平成元年分の所得税につき、被告が平成四年一月一〇日付で為した更正決定処分(以下、「本件更正決定処分」という。)及び加算税の賦課決定処分(以下、「本件賦課決定処分」という。)のうち、総所得金額二八三万三〇〇〇円、申告所得税額二八万三三〇〇円を超える部分について取り消す。

2訴訟費用は被告の負担とする。

二 請求の趣旨に対する答弁

 主文同旨

 

 

 

第二 当事者の主張

一 請求原因

1原告の平成元年分所得税の確定申告から、修正申告、本件更正決定処分及び賦課決定処分、異議申立、審査請求を経て、審査裁決に至るまでの経緯は、別表「課税の経緯」記載のとおりである。

2実体的違法

 被告のした本件更正処分及び賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)のうち、総所得金額二八三万三〇〇〇円、申告所得税額二八万三三〇〇円を超える部分は、原告の所得金額を過大に認定したものであるから違法である。

3手続的違法

(一)更正決定に理由を附記しない違法ないし違憲

(1)本件更正決定処分に関する更正決定通知書には、原告につき一時所得があったとされる収入の法律上の性質・内容並びに金額及び当該収入に関する必要経費等の計算、収入があったとされる時期等、更正処分の基本的要素となるべき事実関係と更正の理由の中核たる法律上の見解が全く表示されておらず、本件更正決定には理由が附記されていない。

(2)およそ行政処分には、その根拠となる法律とその法律に該当する事実を示すことを要するのであるから、かかる事実を示さないでなされた本件更正決定処分は違法である。

(3)しからざるとしても、

(1)本件更正決定処分は、国民の不利益処分に対する告知及び聴聞の機会を得る権利を侵害したものであって、憲法一三条及び三一条に反する。

(2)青色申告の更正通知書について理由附記を要求した所得税法一五五条二項は、右権利を注意的に確認した規定と言うべきである。

 すなわち、右規定の趣旨は、税務署長の判断の慎重・合理性を担保して、その恣意を抑制すること及び処分の理由を相手方に知らせて不服の申立てに便宜を与えることにあるところ、この趣旨は青色申告者のみならず白色申告者についても当然妥当すべき理念である。

 にもかかわらず、青色申告の更正通知書についてのみ理由附記を要求し、白色申告についてはこれを不要とすれば、所得税法一五五条二項は、法の下の平等を定めた憲法一四条に反することになる。

(二) 審査請求に対する裁決の理由不備

(1)平成六年四月一三日付けで名古屋国税不服審判所長がなした裁決(以下、本件審査裁決という。)は、本件の最も重要な争点である民法一四四条(時効の遡及効)の解釈適用に関し、一言も触れるところがない。

(2)これは、理由の明示を要求した国税通則法一〇一条一項の準用する同法八四条四項、五項に違反しているのみならず、民法一四四条(時効の遡及効)という法律の定める条件によらないでなされた原更正処分を維持した点で租税法律主義(憲法八四条)にも反する。

(3)そして、国税通則法が、原処分の後に一連の不服申立手続を予定するとともに、審査に基く国税不服審判所長の裁決は関係行政庁を拘束する旨規定している(同法一〇二条一項)ことからすれば、不服申立手続の違法は、原処分の違法性にも遡って影響すると解すべきであり、本件審査裁決の理由不備は、原処分である本件各処分の違法事由となる。

4よって、原告の平成元年分の所得税につき、本件更正決定処分及び本件賦課決定処分のうち、総所得金額二八三万三〇〇〇円、申告所得税額二八万三三〇〇円を超える部分について取消を求める。

 

 

 

二 請求原因に対する認否

1請求原因1は認める。

2請求原因2は否認する。

3請求原因3は争う。

三 被告の主張(本件各処分の適法性)

1実体面

(一)本件更正処分の根拠

 被告が本訴において主張する原告の平成元年分の総所得金額及び納付すべき税額は次のとおりである。

(1)総所得金額                           二四八七万八九六〇円

(1)事業所得の金額                         四三八万二九三〇円

 右金額は、原告の平成元年分の事業所得の金額であり、原告が修正申告書に記載した金額と同額である。

(2) 一時所得の金額                        二〇四九万六〇三〇円

 右金額の算出根拠は、次のとおりである。

ア 総収入金額                         四四一九万二〇六〇円

 土地の時効取得による利得は、所得税法上、対価性のない一時的な所得であるから、一時所得として課税の対象となる(同法三四条一項)。そして、実体法上、時効による権利の得喪の効果は、時効期間の経過とともに確定的に生じるものではなく、時効が援用されたときにはじめて確定的に生じるものと解すべきである(最高裁昭和六一年三月一七日第二小法廷判決・民集四〇巻二号四二〇頁〔以下「昭和六一年最判」という。〕参照)。のみならず、右援用によって、占有者が当該土地につき時効利益を享受する意思が明らかになり、かつ、時効取得に伴う一時的所得に係る収入金額を具体的に計算することが可能になるものであるから、所得税法上、右援用時に一時所得に係る収入金額が発生するものと解すべきであり、本件土地の一時所得に係る総収入金額は、当該土地の所有権取得時期である時効援用時の当該土地の価額に従って算定すべきである(同法三六条一項、二項)。

 原告は、平成元年一一月二七日、静岡地方裁判所浜松支部に対し、故鈴木宇平の法定相続人である鈴木ふじ、鈴木建之助及び長沼栄を被告として、浜松市中里町九三番の宅地五九七・一九平方メートル(以下「本件土地」という。)の所有権確認及び昭和二六年七月三一日時効取得を原因とする所有権移転登記手続を請求する訴訟(同支部平成元年(ワ)第四一〇号所有権確認等請求事件、以下「別訴」という。)を提起し、平成二年一一月二一日、原告と右鈴木ふじ外二名との間で、(1)本件土地につき、原告が所有権を有することの確認、(2)鈴木ふじ外二名は、原告に対し、本件土地につき昭和二六年七月三一日時効取得を原因とする所有権移転登記手続を行うこと、(3)原告は、鈴木ふじ外二名に対し、解決金として金二七〇万円を支払うこと等を内容とする裁判上の和解が成立したというのであるから、右取得時効援用の時期は原告が別訴の訴状を提出した平成元年一一月二七日(遅くとも別訴の訴状が鈴木ふじ外二名に送達された日)である。

 この時点における本件土地の一平方メートル当たりの価額は、本件土地周辺の売買実例価額によれば、少なくとも七万四〇〇〇円を下回るものではない。従って、総収入金額は、本件土地の面積五九七・一九平方メートルに右七万四〇〇〇円を乗じた金額四四一九万二〇六〇円となる。

イ 一時所得の収入を得るために支出した金額                二七〇万円

 所得税法三四条二項によれば、一時所得の金額の計算上、総収入金額から控除する金額は、その収入を得るために支出した金額(その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額に限る。)とされている。

 本件において、「その収入を得るために支出した金額」といえるのは時効取得を確定的かつ完全なものとして、「その収入を生じた原因の発生に伴い直接要した金額」に当たるとも考えうるところの、別訴の和解条項に従って原告が鈴木ふじらに対し支払った和解金二七〇万円だけであり、別訴等に要したその余の費用は、時効の援用により取得した本件土地について、原告の所有権が妨害されている状態を排除するための本件土地の保全又は管理に要する費用にとどまる。

ウ 一時所得に係る特別控除額                        五〇万円

 所得税法三四条三項に規定する金額である。

エ 一時所得の金額                       四〇九九万二〇六〇円

 所得税法三四条二項により、一時所得に係る右アの総収入金額四四一九万二〇六〇円から右イの一時所得の収入を得るために支出した金額二七〇万円及び右ウの一時所得に係る特別控除額五〇万円を控除した金額である。

オ 総所得金額に算入される一時所得の金額            二〇四九万六〇三〇円

 所得税法二二条二項二号の規定により、総所得金額に算入すべき一時所得の金額は、右エの一時所得の金額の二分の一に相当する金額であるため、一時所得の四〇九九万二〇六〇円に二分の一を乗じた二〇四九万六〇三〇円となる。

(2)納付すべき税額

(1)所得控除額                           一四九万九〇〇〇円

 右金額は、社会保険料控除の額三九万九〇〇〇円、生命保険料控除の額五万円、配偶者控除の額三五万円、扶養控除の額三五万円及び基礎控除の額三五万円の合計額である。

(2)課税総所得金額                        二三三七万九〇〇〇円

 右金額は、前記(1)の総所得金額二四八七万八九六〇円から右所得控除額一四九万九〇〇〇円を控除した金額である(国税通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満を切り捨てた後の金額)。

(3)納付すべき税額                         七七八万九五〇〇円

 原告の納付すべき税額は、所得税法八九条一項により、右(2)の課税総所得金額二三三七万九〇〇〇円に税率を乗じて算出した七七八万九五〇〇円である。

(二)本件更正処分の適法性

 被告が本訴において主張する原告の平成元年分の総所得金額及び納付すべき税額は、前記のとおり、総所得金額は二四八七万八九六〇円、納付すべき税額は七七八万九五〇〇円であるところ、本件更正処分における原告の総所得金額及び納付すべき税額は、別表「課税の経緯」記載のとおり、その範囲内にあるから、本件更正処分は適法である。

(三)本件賦課決定処分の根拠及び適法性

 右のとおり、本件更正処分は適法であるから、国税通則法六五条一項に基づき、新たに原告が納付すべきこととなった税額七一五万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数切り捨て後の金額)に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した七一万五〇〇〇円と、同条二項に基づき、右納付すべき税額七一五万二七〇〇円に、平成三年一〇月一八日付けの修正申告により、納付すべき税額五万〇七〇〇円を加えた金額から五〇万円を差し引いた部分の税額六七〇万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数切り捨て後の金額)に一〇〇分の五を乗じて計算した三三万五〇〇〇円との合計額一〇五万円を、過少申告加算税として賦課決定した尾のであり、本件賦課決定処分は適法である。

2手続面

(一)本件更正処分の通知書の理由附記について

 原告は青色申告の承認を受けていない白色申告者であるから、本件更正処分に理由が附記されていないとしても、これにより本件更正処分が違法となるものではない。

 すなわち、所得税法一五五条二項は、青色申告の更正処分通知書については、その更正の理由を附記しなければならないと規定しているが、白色申告については、右のような規定は存しない。所得税法が、白色申告の場合と青色申告の場合との間に、右のような取扱いの差異を認めているのは、所得税法によって青色申告者には、白色申告者と異なる義務、すなわち法定の帳簿書類の記録保存の義務が課されており、青色申告書提出承認のあった所得については、その計算が右帳簿書類に基づいて行われ、右帳簿書類に基づく実額調査によらないで更正処分されることのないよう保障されている関係上(所得税法一五五条一項、同法一四八条一項)、その更正にあたっては、特に、更正処分が帳簿書類に基づいていること、更正処分が帳簿書類の記載を否定できる程度の信憑力を有する資料に基づいていること等、更正処分の具体的根拠を明確にする必要があるからにほかならない。

 また、判例も、白色申告者の申告額を更正した場合には、その通知書に理由の附記を要しないとしている(最高裁昭和四三年九月一七日第三小法廷判決・訟務月報一五巻六号七一四頁参照)。

 従って、本件更正処分に理由が附記されていなかったとしても、何ら違法ではない。

(二) 「審査請求に対する裁決の理由不備」の主張について

 裁決の違法を主張するのであれば、国税不服審判所長を被告とする裁決の取消訴訟を提起すべきであり、原処分の違法を主張してその取消しを求めている本件訴訟において、右主張は意味のないものである。

(三)以上によれば、本件各処分については、手続面においても違法ないし違憲のかどはない。

四 被告の主張に対する認否

1 1(一)(1)(1)は認める。

2 1(一)(1)(2)アについて

(一)原告が平成元年一一月二七日に別訴を提起したこと、同二年一一月二一日に原告と鈴木ふじ他二名との間で裁判上の和解が成立したこと及びその内容については認めるが、時効援用の時期については争う。本件土地についての取得時効援用の時期は、平成元年一一月二七日ではなく、原告の父親である訴外亡鈴木良柱(以下「鈴木良柱」という。)が訴外亡鈴木宇平(以下「鈴木宇平」という。)に対し、本件土地の所有名義を無償で移転してくれるよう求めた昭和四三年三月三日である。

 本件土地は、鈴木良柱が、昭和二六年七月ころ、鈴木宇吉名義となっていた右土地上に建物を建築し、空地部分は畑として耕作することにより、所有の意思をもって平穏かつ公然に右土地の占有を開始し、昭和四三年三月三日、鈴木宇吉の家督相続人鈴木宇平に対し、本件土地の所有名義を無償で移転してくれるよう求め、本件土地の取得時効を援用した後、昭和四九年一一月三日に鈴木良柱が死亡した後は、同人と同居していた原告が、相続により右建物の所有権を取得すると共に、右土地の占有を承継したものである。

(二) 本件土地の時効取得による一時所得の発生時期及び一時所得に係る総収入金額とすべき本件土地の価額については争う。

(三)平成元年一一月当時における本件土地の評価額については不知。

3 一(一)(1)(2)イないしオのうち、ウについては認め、イ、エ、オについては争う。

4 一(一)(2)のうち、(1)は認め、(2)及び(3)は争う。

5 一(二)、同(三)については争う。

6 2については、いずれも争う。

五 原告の主張

1時効により取得した資産に係る一時所得の発生時期について

 この点、被告は、時効による権利の得喪の効果は、時効の援用によって確定的に生じることを根拠として、時効により取得した資産に係る一時所得の発生時期は、原告が、別訴の訴状を提出して本件土地につき取得時効を援用した平成元年一一月二七日である旨主張している。

 しかし、被告が依拠している昭和六一年最判は消滅時効に関するものであるから、取得時効に関する本件には妥当しない上、実体法上、時効援用時に所有権を取得するとは必ずしもいえない(時効期間経過時に取得時効の効果が発生する旨判示した最高裁昭和五〇年三月二八日第三小法廷判決・民集二九巻三号二五一頁〔以下「昭和五〇年最判」という。〕参照)。

 のみならず、ことに将来の租税に対する予測可能性を高めるために厳格性が要求されるといういわゆる課税要件明確主義の下においては、明文の規定なく時効援用時に収入があったと解することは、所得税法三六条の解釈として許されず、租税法律主義(憲法八四条)にも反する。

 更に、裁判上の時効援用時においては、一時所得の金額を具体的に計算することはできない。けだし、裁判上の時効援用後に、和解金等の必要経費が発生することもありうるので、裁判上の時効援用時に、一時所得による収入金額が明らかになったとしても、必要経費の額が明らかになるとは限らないからである。

 従って、本件土地の時効取得による一時所得の発生時期は、時効の遡及効(民法一四四条)により、時効の起算日即ち訴外亡鈴木良柱が本件土地の占有を開始した昭和二六年七月三一日とすべきである。

 仮に、時効援用時を以て時効により取得した資産に係る一時所得の発生時期と解するとしても、原告の先代鈴木良柱は、前記四2のとおり昭和四三年三月三日に本件土地の取得時効を援用しているのであるから、同日が本件土地の時効取得による一時所得の発生時期となる。

 仮に、右主張が認められないとしても、時効期間経過時に取得時効の効果が発生する旨判示した前掲昭和五〇年最判によれば、時効の起算日から二〇年を経過した昭和四六年七月三一日が一時所得の発生時期となる。

2租税徴収権の消滅時効について

 国税通則法七二条によれば、国税の徴収権は、本来の法定納期限から五年が経過すれば時効消滅するものであるところ、本件土地の時効取得による一時所得の発生時期が昭和二六年七月三一日であるとすると、昭和三二年三月一五日の経過によって、本件の租税徴収権は時効消滅した。

 仮に一時所得の発生時期が昭和四三年三月三日であるとしても、昭和四九年三月一五日の経過によって本件の租税徴収権は時効消滅した。

 仮に、右主張が認められないとしても、本件土地については昭和四六年七月三一日の経過によって取得時効の効果が生じ、一時所得が発生したものと解することができるから、昭和五二年三月一五日の経過によって本件の租税徴収権は時効消滅した。

3 一時所得に係る総収入金額とすべき本件土地の価額について

(一)被告は、時効による権利の得喪の効果は、時効の援用によって確定的に生じることを根拠として、一時所得に係る総収入金額とすべき本件土地の価額は、原告が、別訴の訴状を提出して本件土地につき取得時効を援用した平成元年一一月二七日における価額である旨主張している。

 しかし、前記1で述べたとおり、実体法上、時効援用時に所有権を取得するとは必ずしもいえない(前掲昭和五〇年最判参照)。のみならず、明文の規定なく時効援用時に収入があったと解することは、前述のように所得税法三六条の解釈として許されず、租税法律主義(憲法八四条)にも反する。

 そうすると、本件土地の一時所得に係る総収入金額は、時効の遡及効(民法一四四条)により、時効の起算日である昭和二六年七月三一日における本件土地の価額によるべきである。

(二)仮に、右総収入金額が時効援用時における本件土地の価額であるとしても、原告の先代鈴木良柱は、昭和四三年三月三日に本件土地の取得時効を援用しているのであるから、右総収入金額は同日の価額によるべきである。

(三)仮に、右(一)及び(二)の主張が認められないとしても、時効期間経過時に取得時効の効果が発生する旨判示した前掲昭和五〇年最判によれば、時効の起算日から二〇年を経過した昭和四六年七月三一日に一時所得が生じたものと解することができ、右総収入金額は同日の価額によるべきである。

4 一時所得に係る総収入金額から控除すべき金額について

(一)この点、被告は、原告が別訴において支出した和解金二七〇万円のみが右「控除すべき金額しに当たる旨主張している。

 しかし、右「控除すべき金額」は、六六三万〇四二六円を下らない。その内訳は次のとおりである。

(1)和解金                 二七〇万円

(2)弁護士費用

(1)着手金                  一〇〇万円

(2)交通費               一三万二一六〇円

(3)報酬                   二七〇万円

(3)訴状貼用印紙額             五万〇六〇〇円

(4)郵便切手代                 七九〇〇円

(5)仮処分貼用印紙額              一五〇〇円

(6)郵便切手代                 三三六六円

(7)仮処分登記の登録免許税         三万三九〇〇円

(8)仮処分登記抹消登録免許税          一〇〇〇円

(合計)                 六六三万〇四二六円

(二) 右六六三万〇四二六円のうち、和解金二七〇万円以外の部分も右「控除すべき金額」に含まれると解する根拠は次のとおりである。

(1)右(一)の(3)ないし(8)は、別訴及び本件土地についての仮処分申請(静岡地方裁判所浜松支部平成元年(ヨ)第一〇一号)等に要した費用であるから、原告の権利取得のために直接要した費用として右「控除すべき金額」に当たる。

(2)別訴のように、取得時効が問題となり、訴訟・相手方に弁護士が付いている事案の場合、原告が弁護士なしで訴訟を追行することはおよそ不可能というべきであり、現に、弁護士の法的援助がなければ、原告が適切にその権利を実現することは事実上不可能であった。

 従って、右(一)の(2)(弁護士費用)も、原告の権利取得を裁判上確認するために当然必要な費用として、右「控除すべき金額」に当たると言わねばならない。

六 原告の主張に対する認否

 いずれも争う。

 

       

 

 

 

 

理   由

 

一 請求原因一1、被告の主張1(一)(1)(1)、同(2)アのうち、原告が平成元年一一月二七日に別訴を提起し、被告主張の内容の和解が成立したこと、同(2)ウ、1(一)(2)(1)の各事実については、当事者間に争いがない。

 

 

二 本件土地の時効取得による一時所得の発生時期について

 

 

 

1この点、原告は、時効の遡及効(民法一四四条)を根拠に、右一時所得は取得時効の起算日である昭和二六年七月三一日に発生したとし、予備的に、訴訟外で時効を援用したとする昭和四三年三月三日又は時効期間の経過した昭和四六年七月三一日に一時所得が発生した旨主張している。

 

 

 しかしながら、民法は、所有権の取得時効を、一〇年又は二〇年の占有の継続と時効の援用とによって当該資産の所有権を取得するものとして、時効の効果を当事者の意思をも顧慮して生じさせることとしているのであって、これからすれば、実体法上、取得時効の効果は時効期間の経過とともに確定的に生ずるのではなく、時効が援用されたときにはじめて確定的に生ずる、すなわち右援用時に当該資産の所有権を取得するものと解するのが相当である

 

 

(前記昭和六一年最判参照。もっとも、原告は、昭和六一年最判は消滅時効に関するものであるから、取得時効に関する本件には妥当しないうえ、前記昭和五〇年最判によれば、実体法上時効援用時に所有権を取得するとは必ずしもいえない旨主張している。

 

しかし、時効援用の効果について、消滅時効と取得時効とで異なる取り扱いをしなければならない理由はない。

 

また、右昭和五〇年最判は、国が違法に無効な農地買収・売渡処分を行って被売渡人に農地を引渡し、被売渡人がこれを時効取得した結果、被買収者が右農地の所有権を喪失したことによって損害を被った場合につき、右処分と損害との間に相当因果関係があるとしたうえで、損害額は時効完成時における右農地の価格を基準として算定するのが相当である旨判示したものであり、時効による権利の得喪の時期について判示したものではない。)。

 

 

 

 

 また、所得税法三六条一項にいう「収入すべき金額」とは、「収入すべき権利の確定した金額」と解すべきところ、

 

 

取得時効の援用によって、占有者が当該資産につき時効利益を享受する意思が明らかになり、かつ時効取得に伴う一時所得に係る収入金額を具体的に計算することが可能になるのであるから、

 

所得税法上も、時効援用時に時効取得に伴う一時所得に係る収入金額が発生するものと解すべきである。

 

 

 なお、時効援用後に、訴訟等において取得時効にかかる事実が否定されたり、あるいは必要経費が発生したような場合には、納税者は、更正の請求により、減額更正を求めることができるのであるから(国税通則法二三条二項一号)、時効援用後も訴訟等が係属していることをもって、時効援用時に一時所得の発生がないということはできない。

 

 

 

 

2そこで、本件土地についての取得時効援用の時期を検討すると、

 

 

成立に争いのない甲八ないし一〇号証、右甲一〇号証により真正に成立したものと認められる甲七号証の三の一、二及び弁論の全趣旨によれば、

 

 

鈴木良柱が、昭和四三年三月三日に、鈴木宇吉の家督相続人鈴木宇平に対し、本件土地の所有名義を無償で移転するよう懇請したことが窺われるものの、

 

 

このときに鈴木良柱が本件土地について取得時効を援用したことまでは認めるに足りず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

 

 

 

 他方、成立に争いのない甲一号証によれば、原告が平成元年一一月二七日に提起した別訴の訴状において、本件土地の時効取得を主張していることが認められる。

 

 

従って、本件土地についての取得時効援用の時期は、原告が別訴を提起した平成元年一一月二七日(時効援用の意思表示の効力発生は右訴状が別訴の被告らに送達された時点)と認めるのが相当である。

 

 

3よって、本件土地の時効取得による一時所得の発生時期は、原告が時効を援用した平成元年一一月二七日であり、原告の前記主張は失当である。

 

 

 

三 租税徴収権の消滅時効について

 

 原告は、本件土地の時効取得による一時所得の発生時期についての前記主張を前提として、租税徴収権は既に時効消滅している旨主張しているが、一時所得の発生時期については前項で判断したとおりであって、原告の右主張は前提を欠き失当である。

 

 

 

四 一時所得に係る総収入金額とすべき本件土地の価額について

 

1原告は、右価額は、時効の起算日である昭和二六年七月三一日当時の評価によるべきであるとし、予備的に、前述のように、昭和四三年三月三日又は昭和四六年七月三一日当時の評価によるべきである旨主張している。

 

 

  しかし、前記のとおり時効援用時に時効取得に伴う一時所得に係る収入金額が発生すること及び原告が平成元年一一月二七日に本件土地につき取得時効を援用していることからすれば、一時所得に係る総収入金額とすベき本件土地の価額は、平成元年一一月当時の評価によるべきである。

 

 

2成立に争いのない乙一、二、四、五号証、七号証の一ないし三、九ないし一一号証、原本の存在、成立ともに争いのない乙三、六号証及び八号証の一ないし三、弁論の全趣旨及びこれにより真正に成立したものと認められる乙一四号証によれば、

 

 

本件土地の近隣土地である浜松市中里町字高田三七番二の宅地(平成元年三月二九日土地改良法による換地処分及び平成三年三月七日分筆前の旧所在地・浜松市中里町字上二番)の売買実例(以下「売買実例1」という。)及び浜松市中里町字村中三五一番の一、二の宅地(平成元年三月二九日土地改良法による換地処分及び同年一〇月二三日分筆前の旧所在地・浜松市中里町三五一番)の売買実例(以下「売買実例2」とい(つ。)の売買価格を基に、時点修正、土地形状の相違などの事情による補正を加えたうえ、右売買実例1及び2の一平方メートルあたりの売買単価の平均値を求め、右平均値を本件土地の単価とする方法で本件土地を評価したところ、平成元年一一月時点における本件土地の標準価格(一平方メートルあたりの単価である。以下同じ。)は、売買実例1における補正後の対象土地の一平方メートルあたりの単価一二万一二一六円と売買実例2における補正後の対象土地の一平方メートルあたりの単価七万六一二六円の平均値九万八六七一円であり、本件土地は補正を必要とする形状ではないから、右標準価格が本件土地の一平方メートルあたりの単価となることが認められる。

 

 従って、平成元年一一月当時における本件土地の評価額は、右単価(九万八六七一円)に本件土地の地積五九七・一九平方メートルを乗じた価格(五八九二万五三三四円〔一円未満切り捨て〕)であり、右価格は被告が本件土地の時効取得による利得として主張している四四一九万二〇六〇円を下回るものではない。五 一時所得に係る総収入金額から控除すべき金額について

 

1別訴の和解条項に従って原告が鈴木ふじらに対し和解金二七〇万円を支払ったこと及び右和解金が右「控除すべき金額」に当たることは当事者間に争いがない。

 

2前記甲一号証及び成立に争いのない甲一七号証の一ないし四及び弁論の全趣旨によれば、原告が別訴につき訴状貼用印紙額五万〇六〇〇円及び訴状送達のための郵券代として少なくとも二六四六円を支出したことが認められるところ、前記のとおり別訴の提起によって時効が援用され、これによって本件土地の時効取得の効果が確定的に生じたものとすると、右金員は、所得税法三四条二項にいう「その収入を生じた行為をするため、又はその収入を生じた原因の発生に伴い直接要した費用」に当たるというべきである。

 

原告が右「控除すべき金額」に当たる旨主張しているその余の金員は、別訴ないしこれに先立つ仮処分に関するものではあるが、本件土地の時効取得そのもののため、又は「これに伴い直接要した費用」とまではいうことはできない。

 

4以上によれば、一時所得に係る総収入金額から控除すべき金額は、和解金二七〇万円と訴状貼用印紙額五万〇六〇〇円、前記郵券代二六四六円の合計二七五万三二四六円である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

六 本件各処分の適法性

 

1本件更正処分の適法性

(一)前記認定事実を基に原告の平成元年分の総所得金額及び納付すべき税額を算出した結果は次のとおりである。

(1)総所得金額                   二四八五万二三三七円

(1)事業所得の金額                 四三八万二九三〇円

(2)一時所得の金額                二〇四六万九四〇七円

 右金額の算出根拠は、次のとおりでおる。

ア 総収入金額                 四四一九万二〇六〇円

イ 一時所得の収入を得るために支出した金額    二七五万三二四六円

ウ 一時所得に係る特別控除額                五〇万円

エ 一時所得の金額               四〇九三万八八一四円所得税法三四条二項により、一時所得に係る右アの総収入金額四四一九万二〇六〇円から右イの一時所得の収入を得るために支出した金額二七五万三二四六円及び右ウの一時所得に係る特別控除額五〇万円を控除した金額である。

オ 総所得金額に算入される一時所得の金額    二〇四六万九四〇七円所得税法二二条二項二号の規定により、総所得金額に算入すべき一時所得の金額は、右エの一時所得の金額の二分の一に相当する金額であるため、一時所得の四〇九三万八八一四円に二分の一を乗じた二〇四六万九四〇七円となる。

(2)納付すべき税額

(1)所得控除額                   一四九万九〇〇〇円

 右金額については当事者間に争いがない。

(2)課税総所得金額                二三三五万三〇〇〇円

 右金額は、前記総所得金額二四八五万二三三七円から右所得控除額一四九万九〇〇〇円を控除した金額である(国税通則法一一八条一項の規定により一〇〇〇円未満を切り捨てた後の金額)。

(3)納付すべき税額                 七七七万六五〇〇円

 原告の納付すべき税額は、所得税法八九条一項により、右(2)の課税総所得金額二三三五万三〇〇〇円を基に所定の税率に従って算出したものである。

(二)被告が本訴において主張する原告の平成元年分の総所得金額及び納付すべき税額は、前記のとおり、総所得金額は二四八五万二三三七円、納付すべき税額は七七七万六五〇〇円であり、本件更正処分における原告の総所得額及び納付すべき税額は、別表「課税の経緯」記載のとおり、その範囲内にあるから、本件更正処分は適法である。

 

 

2本件賦課決定処分の適法性

 右のとおり、本件更正処分は適法であるから、国税通則法六五条一項に基づき、新たに原告が納付すべきこととなった税額七一五万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数切り捨て後の金額)に一〇〇分の一〇の割合を乗じて算出した七一万五〇〇〇円と、同条二項に基づき、右納付すべき税額七一五万二七〇〇円に、平成三年一〇月一八日付けの修正申告により、納付すべき税額五万〇七〇〇円を加えた金額から五〇万円を差し引いた部分の税額六七〇万円(国税通則法一一八条三項により一万円未満の端数切り捨て後の金額)に一〇〇分の五を乗じて計算した三三万五〇〇〇円との合計額一〇五万円を、過少申告加算税として賦課決定した本件賦課決定処分は適法である。

 

 

 

七 手続的違法の主張に対する判断

 

 

1本件更正処分の通知書の理由附記について

 原告は、本件更正処分の通知書には理由が附記されていないので右処分は違法ないし違憲である旨主張している。

 しかし、所得税法一五五条二項は、青色申告の更正処分通知書についてはその更正の理由を附記しなければならない旨規定しているが、白色申告については右のような規定は存しない。所得税法が、右のような取扱いの差異を認めているのは、同法が、青色申告書提出承認のあった所得については、その計算を法定の帳簿書類に基づいて行わせ、右帳簿書類に基づく実額調査によらないで更正されることのないよう保障している関係上(所得税法一五五条一項、同法一四八条一項)、その更正にあたっては、特に、それが帳簿書類に基づいていること、あるいは帳簿書類の記載を否定できるほどの信憑力を有する資料に基づいていること等、更正処分の具体的根拠を明確にする必要があり、かつそれが妥当であるとしたからにほかならない。このように、法が青色申告と白色申告とで異なる取り扱いをしていることには合理性が認められる。

 

 従って、白色申告者の申告額を更正した場合には更正処分通知書に理由の附記を要しないと解すべきであり(最高裁昭和四二年九月一二日判決・裁判集民事八八号三八七頁、最高裁昭和四三年九月一七日第三小法廷判決・訟務月報一五巻六号七一四頁参照)、本件更正処分を違法ということはできない。

 

 

 また、不利益処分たる行政処分にも憲法三一条による法定手続の保障の及ぶことがあるとしても、全ての行政処分について常に事前の告知、聴聞の機会を要するものとは解されず、当該行政処分の目的や性質、これにより制限される権利や利益の内容、性質など、諸般の事情を総合考慮してその要否を判断すべきものといえるのであって、本件においては、更正処分の性質や内容、そしてこれに対する異議申立てや審査請求などの不服申立方法が認められていることなどを勘案すると、更正処分に際して聴聞の機会が与えられず、理由が附記されていないことをもって告知に欠けると解するとしても、直ちに憲法三一条ひいては憲法一三条の法意に反するとはいえない。

 

 

2「審査請求に対する裁決の理由不備」の主張について

 原告は、本件審査裁決には理由不備の違法があり、これが、原処分である本件各処分の違法事由となる旨主張している。しかし、仮に審査裁決に理由不備の違法があるとしても、それはその性質上審査請求手続に固有の違法事由であることや、取消訴訟において原処分庁が審査裁決の理由と異なる処分理由を主張することも制限されていないこと(前掲最高裁昭和四二年九月一二日判決)からすれば、原処分の取消を帰結する違法事由とはなりえず、原告の右主張は失当というべきである。

 

 

八 結論

 以上によれば、原告の請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 西島幸夫 田中 治 早川幸男)