自主財源主義(2)

 

 

 

 神奈川県臨時特例企業税通知処分取消等請求控訴事件、東京高等裁判所判決/平成20年(行コ)第171号

判決 平成22年2月25日、判例タイムズ1335号101頁について検討します。

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 臨時特例企業税を課す県条例の違法・無効を理由に既に納付した税額の返還を求める請求を認容した第1審判決を取り消して請求を棄却した事例

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 原判決を取り消す。

 2 被控訴人の請求をいずれも棄却する。

 3 訴訟費用は,第1,2審を通じて,被控訴人の負担とする。

 

       

 

 

 

 

 

事実及び理由

 

第1 控訴の趣旨

   主文同旨

第2 事案の概要

 1(1) 本件条例の制定及び改正の経緯

   ア 神奈川県議会は,平成13年3月21日,神奈川県臨時特例企業税条例(平成13年神奈川県条例第37号。本件条例)案を可決した。

     本件条例は,地方税法4条3項の規定に基づく道府県法定外普通税として,資本の金額又は出資金額が5億円以上で神奈川県内に事務所又は事業所を有する法人の事業活動に対し,法人の事業税(法人事業税)の課税標準である所得の金額の計算上,「繰越控除欠損金額」を損金の額に算入しないものとして計算した場合における当該各課税事業年度の所得の金額に相当する金額(当該金額が繰越控除欠損金額に相当する金額を超える場合は,当該繰越控除欠損金額に相当する金額)を課税標準とし,税率を100分の3ないし100分の2とする臨時特例企業税(企業税)を課するものである(本件条例3条1号,2号,7条1項,8条)。「繰越控除欠損金額」とは,法人事業税(又はその所得割)の課税標準である各事業年度の所得を平成15年法律第9号による改正前の地方税法(改正前地方税法)72条の14第1項(同改正後の地方税法(改正後地方税法)72条の23第1項)の規定により当該法人の当該各事業年度の法人税の課税標準である所得の計算の例によって算定する場合において,法人税法57条1項の規定により,当該各事業年度の所得の金額の計算上,損金の額に算入することとされている欠損金額に相当する金額である。

     控訴人は,平成13年3月22日,改正前地方税法259条の規定に基づき,総務大臣に対し,企業税の新設について協議の申出をした。

     総務大臣は,平成13年4月4日,同法260条1項の規定に基づき,財務大臣に対し,控訴人から協議の申出を受けたことを通知したが,財務大臣から同条2項所定の異議の申出はされなかった。また,総務大臣は,控訴人との協議の後,同法260条の2の規定に基づき,地方財政審議会に対し,意見を求めたところ,同審議会は,同年6月20日,企業税について同意することが適当と考える旨の意見を述べた。総務大臣は,同月22日付けで,企業税の新設について同意した。

     上記同意を受けて,本件条例は,平成13年7月2日に公布され,同年8月1日に施行された。

   イ 平成15年法律第9号による地方税法の改正により,法人事業税にいわゆる外形標準課税が一部導入され,付加価値割,資本割及び所得割等の区分が設けられた。これに対応して,本件条例も改正され(平成16年4月1日施行),企業税の課税標準につき,従前は法人事業税の課税標準である所得の金額の計算を基準としていたところ,法人事業税の「所得割」の課税標準である所得の金額の計算を基準とすることとされ(本件条例3条1号,2号,7条1項),また,税率も従前の原則100分の3から一律100分の2に引き下げられた(同8条)。

     また,上記の本件条例の改正により,平成16年4月1日以後に開始する事業年度において生じた欠損金額は企業税の課税標準において考慮されないこととされたことから(本件条例附則3項),企業税の課税の範囲が段階的に縮小していくことになった上,本件条例は原則として平成21年3月31日限りその効力を失うこととなった(同附則2項)。

     なお,控訴人は,上記の本件条例の改正の際には,総務大臣に協議の申出をしておらず,その同意も得ていない。

  (2) 課税及び不服申立て等の経緯

   ア 被控訴人は,自動車,産業用運搬車両等及びこれらの部品等の製造,販売等を業とする株式会社であり,東京都品川区に本店を有する一方,神奈川県藤沢市に工場の1つを有し,同工場において自動車等の製造等を行っている。被控訴人の資本の金額は,本件に関係のある期間を通じ,5億円以上である。

   イ 被控訴人は,法人税につき,平成15年4月1日から平成16年3月31日までの事業年度(平成15年度)及び平成16年4月1日から平成17年3月31日までの事業年度(平成16年度)の法人事業税(又はその所得割)の課税標準である所得の計算上,繰越控除欠損金額を生じていた。

   ウ 被控訴人は,申告期限内の平成16年6月28日,神奈川県川崎県税事務所長(県税事務所長)に対し,平成15年度分の企業税について,課税標準額を428億8185万5000円,税額を12億8645万5600円とする申告をし,同月30日,同額を納付した。

     しかし,被控訴人は,平成16年11月8日,県税事務所長に対し,本件条例は地方税法に違反するとして,平成15年度分の企業税の全額の減額を求める旨の更正の請求をした。これに対し,県税事務所長は,平成16年12月6日付けで,更正をすべき理由がない旨の通知をした。

     そこで,被控訴人は,平成17年1月24日,神奈川県知事に対し,上記通知についての審査請求をしたが,同知事は,同年4月27日付けで,これを棄却する旨の裁決をした。

   エ 被控訴人は,申告期限内の平成17年6月15日,県税事務所長に対し,平成16年度分の企業税について,課税標準額を328億3787万9000円,税額を6億5675万7500円とする申告をし,同日,同額を納付した。

     しかし,被控訴人は,平成17年6月16日,県税事務所長に対し,本件条例は地方税法に違反するとして,平成16年度分の企業税の全額の減額を求める旨の更正の請求をした。これに対し,県税事務所長は,平成17年7月20日付けで,更正をすべき理由がない旨の通知をした。

     そこで,被控訴人は,平成17年7月22日,神奈川県知事に対し,上記通知についての審査請求をしたが,同知事は,同年10月20日付けで,これを棄却する旨の裁決をした。

   オ 被控訴人は,平成17年10月25日,県税事務所長がした平成15年度分及び平成16年度分の企業税に係る更正をすべき理由がない旨の各通知(本件各通知)の取消し等を求めて,本件訴訟を提起した。

   カ 県税事務所長は,本件訴訟係属中の平成19年5月22日付けで,被控訴人に対し,平成15年度分の企業税について,課税標準額を437億0758万3000円,税額を13億1122万7400円(新たに納付すべき税額2477万1800円)とする(増額)更正及び過少申告加算金を247万7100円とする過少申告加算金決定を,平成16年度分の企業税について,課税標準額を331億7080万7000円,税額を6億6341万6100円(新たに納付すべき税額665万8600円)とする(増額)更正及び過少申告加算金を66万5800円とする過少申告加算金決定(併せて,本件各更正等)を,それぞれした。

     被控訴人は,平成19年6月22日,平成15年度分の更正により納付すべき税額2477万1800円及び過少申告加算金額247万7100円並びに平成16年度分の更正により納付すべき税額665万8600円及び過少申告加算金額66万5800円の合計額3457万3300円を納付した。また,被控訴人は,平成19年7月9日,平成15年度分の更正により生じた延滞金額110万8100円及び平成16年度分の更正により生じた延滞金額29万7800円の合計額140万5900円を納付した。

     被控訴人は,平成19年6月28日,神奈川県知事に対し,本件各更正等についての審査請求をしたが,同知事は,同年8月8日付けで,これを棄却する旨の裁決をした。

   キ 被控訴人は,平成19年8月24日,本件各更正等の取消しを求める訴え等を追加し,本件各通知の取消しの訴えを取り下げた。

 2 本件は,被控訴人が,本件条例は法人事業税につき欠損金額の繰越控除を定めた地方税法の規定を潜脱して課税するものであり,違法・無効であるなどとして,控訴人に対し,主位的に,被控訴人が納付した平成15年度分及び平成16年度分の企業税,過少申告加算金及び延滞金に相当する金額の誤納金としての還付並びにその還付加算金の支払を,予備的に,県税事務所長が被控訴人に対してした本件各更正等の取消し,上記金額の過納金としての還付及びその還付加算金の支払を,それぞれ求めた事案である。

   被控訴人は,本件条例が違法・無効である理由として,(1) 法人事業税の課税標準につき欠損金額の繰越控除を定めた規定(改正前地方税法72条の14第1項,改正後地方税法72条の23第1項)を潜脱して課税するものであること,(2) 法人事業税につき制限税率を定めた規定(改正前地方税法72条の22第8項,改正後地方税法72条の24の7第8項)を潜脱して課税するものであること,(3) 改正前地方税法72条の19の規定によらずに法人事業税の課税標準の特例を設けるものであること,(4) 担税力を有しない繰越控除欠損金に課税するものであること,(5) 平成15年法律第9号による地方税法改正の際に総務大臣の同意を欠くこと,(6) 地方税法7条の要件を満たすことなく不均一課税をするものであること,(7) 国民の財産権を比例原則に反して侵害するもので憲法29条に違反すること,(8) 租税公平主義に反し,憲法14条1項及び29条に反することの各点を挙げた。

   これに対し,控訴人は,本件条例は,地方団体の課税自主権に基づき,地方税法259条以下に規定する法定外普通税の新設に係る要件及び手続を満たして制定されたものであり,それ以外の法定普通税に係る規定は法定外普通税の準則となるものではないなどとして,被控訴人の主張に理由はなく,本件条例は適法・有効であると主張した。

 3 原審は,次のとおり判示して,被控訴人が本件各更正等の無効を前提として控訴人に対し誤納金の還付及びその還付加算金の支払を求める主位的請求は,いずれも理由があるとして,控訴人に対し,被控訴人が納付した平成15年度分及び平成16年度分の企業税,過少申告加算金及び延滞金に相当する金額の誤納金としての還付並びにその還付加算金の支払を命じた。

  (1) 地方団体の課税権は,地方自治の不可欠の要素であり,地方団体の自治権の一環として,憲法上保障されていると解すべきであるから,地方税法上の規定もこのような地方団体の課税権の趣旨に即して解釈,運用するようにしなければならないとしても,当該課税権は,あくまでも同法上の具体的準則に従って行使されなければならない。

  (2) 法定外普通税の創設により法定普通税に係る規定の趣旨に反する課税をすることは,道府県において法定普通税を法定の準則に従い課すべきものとした地方税法の趣旨に反し許されず,同法259条ないし290条に規定する要件及び手続を満たしたかどうかにかかわらず,違法というべきである。

  (3) 法定外普通税が法定普通税に係る規定の趣旨に反するかどうかは,当該法定外普通税及び当該法定普通税並びに各関係規定の趣旨,目的,内容及び効果を比較対照することが必要である。

  (4) 法人事業税の課税標準である所得の計算において欠損金額の繰越控除が行われることを定めた規定は,特定の事業年度に生じた欠損金額を以後の一定の事業年度の利益と通算することによって,法人の所得を長期的に把握し,もって法人の担税力を的確に課税に反映させることを,その目的とするところであり,一定の事業年度内に欠損金額がある場合には,当期の所得から繰越控除欠損金額を除いた額が課税標準となり,その限度で法人事業税の課税がされるという効果を有するものである。これに対し,企業税の課税は,法人事業税における欠損金額の繰越控除のうち一定割合についてその控除を実質的に遮断し,当該控除によって法人事業税の課税対象である所得から控除される部分の当期所得を課税対象とし,当該部分に相当する額(繰越欠損金額と同額)を課税標準として,法人事業税に相当する性質の課税をする目的を有し,その効果を持つ。

  (5) 法人事業税と企業税とは,租税としての趣旨・目的及び課税客体を共通にするものであり,企業税の課税により,法人事業税の課税標準につき欠損金額の繰越控除を定めた規定の目的及び効果が阻害されるから,企業税の課税は,地方税法上の当該規定の趣旨に反するものというべきである。

  (6) 企業税の課税は,法人事業税の課税標準である所得の計算につき欠損金額の繰越控除を定めた規定(改正前地方税法72条の14第1項,改正後地方税法72条の23第1項)の趣旨に反し違法である。

  (7) 地方団体は,法令に違反しない限りにおいて条例を制定することができ(地方自治法14条1項),地方税法の定めるところによって地方税を賦課徴収することができる(同法2条)とされていることに照らせば,上記のような同法に違反する租税を創設する条例を制定することは,地方団体の有する条例制定権を超えるものであるから,本件条例は無効というべきである。

  (8) 本件各更正等は,無効な条例に基づくものであるという瑕疵により,当然に無効というべきであり,本件各通知も同様に当然に無効である。

   これに対し,控訴人が控訴した。

 4 法令等の定め,基礎となる事実,課税根拠に関する当事者の主張,争点及び争点に関する当事者の主張は,5に当審における控訴人の主張を,6に当審における被控訴人の主張を付加するほか,原判決の「事実及び理由」欄の第3ないし第6に記載のとおりであるから,これを引用する。

 5 当審における控訴人の主張

   別紙「準備書面(10)」記載のとおり

 6 当審における被控訴人の主張

   別紙「最終準備書面」記載のとおり

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

1 当裁判所は,原審と異なり,被控訴人の控訴人に対する主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は,次のとおりである。

 

2 当審における当事者の主張も踏まえながら,企業税を定める本件条例が法人事業税に係る地方税法の規定等に反する違法なものであるかどうかについて検討する。

   

本件においては,当事者双方から多くの行政法・税法学者を中心とする専門家の意見書等が証拠として提出されている。それらは,

 

被控訴人の主張を結論として支持するもの(碓井光明,金子宏,岡田正則,武田昌輔,宇賀克也,長谷部恭男,水野忠恒,いずれも甲号証)

 

控訴人の主張を結論として支持するもの(品川芳宣,三木義一,兼子仁,中里実,人見剛,占部裕典,高木光,阿部泰隆,吉村政穂,鈴木庸夫等,いずれも乙号証)とに,大きく二分されており,また,結論を同じくする見解の中でも,その論拠は必ずしも同一ではない。このことは,本件の争点が慎重な検討を要する困難な問題であることを如実に表している。

   

そこで,当裁判所は,以下,当事者の主張のほか,各意見書の内容にも留意しつつ,憲法,地方税法,地方自治法,本件条例等の規定に基づいて,本件条例の違法性の有無について検討するものとする。なお,その際には,被控訴人の主張するとおり,立法政策可能性(立法論)と法的可能性(解釈論)とは峻別されるべきであるから,基本的には,地方税とは,あるいは法人事業税とは,こうあるべきものであるというような立法論的当為から直接結論を導くのではなく,それを考慮しつつも,実定法令に基づいた解釈論を行うのが相当である。

  

(1) 地方公共団体の課税権

   

ア 憲法は,

 

92条において,「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は,地方自治の本旨に基づいて,法律でこれを定める。」と,

 

94条において,「地方公共団体は,その財産を管理し,事務を処理し,及び行政を執行する権能を有し,法律の範囲内で条例を制定することができる。」と定めている。

 

これらの規定によって,地方公共団体には,課税権を含む財政自主権が保障されているものと解される。

 

したがって,憲法30条が「国民は,法律の定めるところにより,納税の義務を負う。」と,

 

憲法84条が「あらたに租税を課し,又は現行の租税を変更するには,法律又は法律の定める条件によることを必要とする。」と定めているのも,地方公共団体の課税権を否定する趣旨ではないと解される。

 

 

     

しかしながら,憲法は,92条においても94条においても,地方公共団体の権能等を法律をもって具体化するものとしており,法律を条例の上位に置き,条例は法律の範囲内でのみ制定することができるものとしている。

 

 

これは,地方公共団体に自治を認めるにしても,その基本となる事項については,国家的な観点からの調整が必要であるとの考え方に基づくものと考えられる。

 

とりわけ,租税の賦課については,国税を含む国民の総合的な税負担の在り方,国,都道府県及び市町村間ないし各地方公共団体相互間の財源の配分等の観点から,国家的な調整が不可欠であるから,租税に関する条例も,憲法の規定に直接基づくのではなく,法律の定めるところにより制定されるべきものとされているのであり,条例は法律の定めに反することはできないと解すべきである。

 

 

即ち,憲法により認められた地方公共団体の課税権は,あくまでも抽象的なものにとどまり,法律の定めを待って初めて具体的に行使し得るものというべきである。

 

 

地方自治法14条1項,223条も,そのことを重ねて明らかにしている。ただし,地方公共団体の権能等を規律する法律は,憲法の上記各規定を受けて,地方自治の本旨に基づくように制定されなければならないのであるから,実定法の解釈も,できる限り憲法の定める地方自治の本旨にかなうように行うことが求められる。

     

 

なお,地方公共団体の課税権を含む財政自主権は,現行の憲法の規定によって初めて保障されたものであり,大日本帝国憲法には,地方自治の保障規定は存在しなかった。

 

したがって,憲法制定前の地方税の仕組みと憲法制定後のそれとは,根本的な理念において相違しているというべきであり,憲法制定前の沿革は,そのことを念頭に置いて参考とするにとどめるべきものである。

   

 

 

イ 上記のような憲法の規定を受けて,地方税法は,地方公共団体の課税権を具体化するための準則を定めており,地方公共団体は,その枠の中において条例を定めて,憲法の保障している課税権を行使することができるものとされている。

 

したがって,課税条例が地方税法の規定に違反する場合には,当該条例は違法無効といわなければならない。

 

しかし,課税条例が同法に違反するかどうかの判断は,法律が条例の上位に位置することを理由に,同法の定めを偏重するのではなく,同法の明文の規定に違反している場合を別とすれば,地方公共団体が憲法上の課税権を有していることにかんがみて,慎重に行うべきである。

   

 

ウ 地方自治法2条12項前段は,「地方公共団体に関する法令の規定は,地方自治の本旨に基づいて,かつ,国と地方公共団体との適切な役割分担を踏まえて,これを解釈し,及び運用するようにしなければならない。」と定めている。この規定は,その文言上,同法のみならず,地方税法の解釈運用にも適用されることが明らかである。

     

 

もっとも,同項は,平成11年の地方分権改革に基づく地方自治法の改正により設けられたものであるが,地方公共団体に関する法令の規定を「地方自治の本旨に基づいて」解釈運用すべきことは,同項の規定を待つまでもなく,前記憲法92条の規定から当然の要請というべきである。

     

 

また,「国と地方公共団体との適切な役割分担を踏まえて」というのは,同じ改正により新設された地方自治法1条の2の規定を受けていることが明らかであるが,同条の規定も,憲法92条の定めるところを今日的観点から具体的に宣言したものであって,憲法自体が改正されたものではない以上,これにより国と地方公共団体との関係,あるいは法律と条例との関係に基本的な点において変更が生じたものではない。したがって,地方分権改革において同時に改正された地方税法の規定はともかくとして,改正されなかった同法の規定の解釈運用が,地方自治法2条12項等により大きく変更されたとはいえないと解するのが相当である。

     

 

しかしながら,地方税法の解釈適用に当たって,憲法が,地方公共団体に課税権を保障し,地方税法の内容が地方自治の本旨にかなうように要請していることを考慮すべきであることは,前記のとおりであるところ,地方自治法2条12項等の規定も,これと基本的な観点を同じくするものであって,その趣旨を否定すべきものではない。

  

 

(2) 徳島市公安条例事件判決との関係

    

 

法律は,明文の規定に示していなくても,あるいは,明文の規定に示したほかにも,解釈上,ある事項を命じていたり禁じていたりすることがあることは,いうまでもないところである。したがって,条例が法律に違反するかどうかは,両者の対象事項と規定文言とを対比するのみでなく,それぞれの趣旨,目的,内容及び効果を比較し,両者(法律と条例)の間に矛盾抵触があるかどうかによってこれを決しなければならない(最高裁昭和50年9月10日大法廷判決・刑集29巻8号489頁,徳島市公安条例事件判決)。

    

 

地方税法が法定外普通税の新設を地方公共団体に認めていることから,法定外普通税を規定する条例が同法に違反しないことが当然に導かれるものではないことは,いうまでもないから,本件条例が同法に違反するかどうかも,上記基準に基づいて判断される必要がある。そのためには,同法及び本件条例の対象事項と規定文言に加え,それぞれの趣旨,目的,内容及び効果を比較しなければならないが,最終的に問題になるのは,「両者の間に矛盾抵触があるかどうか」である。ここで「矛盾抵触」というのは,複雑な現代社会を規律する多様な法制度の下においては,複数の制度の趣旨や効果に違いがあるため,互いに他方の趣旨や効果を一定程度減殺する結果を生ずる場合があることは,避けられないものであることや,地方議会の制定した条例を法律に違反するがゆえに無効であるとするものであることを踏まえると,単に両者の規定の間に大きな差異があるとか,一方の目的や達成しようとする効果を他方が部分的に減殺する結果となることをいうのではなく,一方の目的や効果が他方によりその重要な部分において否定されてしまうことをいうものと理解される。また,地方税について定める法律と条例の間に矛盾抵触があるかどうかの判断においては,憲法の前記規定を踏まえて,その趣旨にかなう解釈をすることが求められる。

    

 

このように考えると,例えば,地方税法が明文で禁じていなくても,条例による規制を禁止している趣旨である場合には,条例は同法に違反することになる一方で,条例が同法とは別の目的に基づく規律を意図するものであり,その適用によって同法の規定の意図する目的と効果を何ら阻害することがない場合や,同法が必ずしも全国一律同内容の規制をする趣旨ではなく,各地方の実情に応じて別段の規制を付加することを容認する趣旨である場合等には,条例は同法に違反しないことになる(上記最高裁判決参照)。

    

 

これを本件に当てはめれば,上記のような観点から,同法の法人事業税に関する規定が,法人事業税について繰越控除欠損金額に相当する当期利益には課税しないとしているにとどまらず,条例で他の税を創設してこれに課税することも許さないとしているかどうかが問題になるものである。

  

 

 

 

(3) 地方税法による法定外普通税の位置づけ

    

以下,前記の憲法の規定に基づいて地方税について具体的に規定をしている地方税法が,実際にどのような立法政策を採り,地方税を定める条例についてどのような法的規制を行っているかを,いくつかの項目に分けて検討する。その際には,憲法自体は,租税制度の具体的設計を一切行わずに,これを法律に委任していることに照らせば,国会が実際に採用していると解される立法政策を,地方税法の規定や制定・改正の経緯等に基づいて解釈するのが相当である。

   

 

ア 地方税法は,地方公共団体が地方税を賦課徴収するには,同法によらなければならないと定めた(2条)上で,道府県は,道府県民税,事業税,地方消費税,不動産取得税等の所定の普通税を課するものとするほか,「別に税目を起こして」,(法定外)普通税を課することができると規定している(4条2,3項)(その沿革については,原判決64頁26行目から同69頁14行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。)。そして,法定の普通税は必ず課すべきものとし,法定外普通税は任意のものとしており,その位置づけから,前者が基幹的,後者は補充的なものとみることができるが,その間に優劣を定めてはいないし,優劣があると解すべき根拠はない。したがって,法定外普通税は法定普通税について具体的に示された準則に従わなければならないというべき理由はない。

     

 

なお,道府県の普通税のほか,市町村の普通税については,法定税と法定外税の関係は,上記と同じである(同法5条2,3項)が,道府県の目的税については,法定のものの中にも課税するかどうかは任意のものもあり(同法4条5号),市町村の目的税に至っては,法定のものもすべて課税するかどうかは任意とされており,その点においては法定外税との間に違いはない(同法5条6,7項)。すなわち,課税が義務的とされているかどうかと法定税と法定外税との間の優劣とは,何の関係もないことが明らかである。

     

 

また,憲法は,法律が地方税の準則を定め尽くすべきことを求めているものではなく,そうするかどうかは,国の立法機関である国会が自由に決めることができるものである。そして,地方税法は,法定普通税の課税要件等については詳細な規定を置いているが,法定外普通税の課税要件等については,総務大臣の同意を要することなどを規定するのみで,その内容については特段の定め(準則)を置かず,いわば白紙で地方公共団体に委ねるという立法態度を採っている。

     

 

このことからすると,同法は,道府県の課する普通税を網羅的に規定することをせずに,国家的な調整が必要な税目を選別した上で,全国一律に課すべき地方税及び課すことは任意でも課す以上は同一の内容となるべき地方税を列挙するとともに,付加的に各地方公共団体がそれぞれの裁量に基づいて普通税や目的税を課すことを許容し,それらについては総務大臣の同意(平成11年の同法の改正前は許可)を通じての調整にとどめる立法政策を採っているということができる。このことは,憲法の前記諸規定の趣旨に沿うものということができ,「自主財政主義の趣旨にかんがみると,地方団体の自主性が十分に尊重されるべきであって,国の法律で地方税のすべてを一義的に規定し尽くすことは適当でな」いといわれている(甲103)ことにも合致している。したがって,各道府県は,法定の普通税のほかに法定外普通税を裁量に基づいて創設することが,地方税法によって認められているのである。

     

法定外普通税にどのようなものがあり得るのかという具体的内容については,同法は全く触れるところがない。実際に想定し得る選択の幅は大きくないにしても,抽象的には地方公共団体の創意工夫にかかっており,法定普通税の性格に近いもの(ただし,法定普通税と「別の税目」でなければならないから,同じであってはならない。)から全く性格の異なるものまでがあり得ることになる。法定普通税の性格に近いものについては,同法の課税要件等を定める規定が参考にされることになろうが,それに準じた条例しか認めないという趣旨をうかがわせる規定は,見いだせない。

     

同法の以上のような法定外普通税の位置づけは,前記引用に係る原判決の認定する沿革を考慮しても,何ら変わるものではなく,むしろ同様の立法態度が維持されてきているとみられる。

   

 

イ このように,地方税法自体が条例に法定外普通税の創設を委ねていることは,地方税の本来的制度設計権が国に帰属するとしても,国は,同法の規定を通じて,道府県に法定外普通税の制度設計を委ねているということになる。したがって,国が同法において具体的に制度設計をした法人事業税を条例で変更することは許されないが,同法で道府県に制度設計を委ねた法定外普通税について地方公共団体が制度設計をすることは,同法自体の予定するところであり,何ら国の税法の制度設計権を侵すものではない。

   

 

ウ このような法定外普通税の位置づけによれば,条例により法定普通税を変更して,これを加重することは,それ自体が許されないだけでなく,その損金算入を認める法人税や法人住民税を減少させ,ひいては地方交付税を減少させることになるという不当な結果ももたらすが,条例により法定外普通税が適法に設けられ,これが法人税等において損金に算入される結果,法人税収入等が減少することになっても,それはやむを得ないものとされていると解される。仮にそれが法人税等を減少させるがゆえに許されないというのであれば,およそ法定外税を設けること自体が許されなくなるのであって,地方税法がこれを許容していることに反する解釈というほかはない。なお,法人税等の減少という影響が許容し難い程度に達する場合には,同法261条3号に基づいて,総務大臣が法定外普通税の新設等に同意を与えないことが予定されていると解されるのであり,総務大臣が同意した場合には,そのような影響が問題視するほどではないと総務大臣が判断したことを意味している。

     

また,納税義務者の地方税法の定めに基づく予見可能性も,法定外税に関しては,同法自体により条例の定めに基づく予見可能性に修正されているというべきである。そのことにより不当に法的安定性が損なわれるというべき理由はない。なお,法律の規定に基づく予見可能性や法的安定性も,当該法律自体が納税者に不利益に改正され,経過措置も設けられなければ,納税者の予見や期待に反する結果となるのであるが,それが許されないというべき理由はない。

   

 

エ そして,地方税法は,地方税が,すべてにわたって全国一律同一でなければならないと考えているものではなく,二義的かつ付加的であるとしても,地域ごとに異なる税制があってもよいと考えているものというべきである。同法が全国一律で同一であるべきであると考えている税目は,具体的に限定列挙されている(前記のとおり,任意的なものも列挙されている。)のであり,これに付加して,各地方公共団体が課税権に基づいて独自の税目を創設することが認められていると解される。

     

したがって,このような同法の規定を離れて,予見可能性ないし法的安定性や地方税法の枠法たる性質,あるいは地方税が全国的に統一して定めることが望ましい性質のものであるということなどを理由として,地方税は全国一律同一であるべきであるということを過度に強調して,地方公共団体の課税権を必要以上に制約することは,実定法を無視する議論といわなければならない。法定外普通税にも準則ないし枠が必要であるというのであれば,そのような立法がされなければならないのであり,現行法がそのような態度を採っていないことは,以上のとおりである。

   

 

オ もっとも,法定外普通税は法律に違反する内容とすることができないことは,いうまでもないから,地方税法の定める法定普通税の規定に違反する(即ち両者の間に矛盾抵触がある)内容の法定外普通税を定める条例は,違法無効となるといわなければならない。したがって,法定外普通税の形式を採りつつも,法定普通税の課税要件等それ自体を変更することが許されないのはもとより,法定普通税と全く同じ課税客体及び課税標準の法定外普通税を創設して,法定普通税について定められた税率を超える課税をすることなども,許されないことは,当然といわなければならない。しかし,そのことから直ちに,趣旨,目的は法定普通税と近似しているが,課税客体あるいは課税標準を異にする法定外普通税までが,許されていないというのは,論理に飛躍があり,これが同法により一般的に禁じられているというべき根拠は見いだせない。

  

(4) 法定外普通税の新設等についての総務大臣の同意

   

ア 地方税法259条~261条は,道府県法定外普通税の新設等につき,総務大臣に協議した上で,その同意を得なければならないこととし,その手続,要件等を定めている。このように,道府県は,総務大臣の同意を得ない限り,法定外普通税の新設等をすることができないが,この同意を得たからといって,その法定外普通税が適法な(同法に違反しない)ものであるとされたことにはならず,法定外普通税の適法性が裁判所の審査に服することは,いうまでもない。

     

もっとも,同意が得られたことは,総務大臣が当該法定外普通税が同法261条各号に該当しないと判断したことを意味し,その過程において,財務大臣が異議を述べなかったこと,地方財政審議会が異論を述べなかったことも含め,権限と専門知識を有する機関の判断として,当該法定外普通税の適法性の審査において参考とされるべき事情の1つとなるものである。

   

 

イ なお,地方税法261条各号の事由の中に,当該法定外普通税が違法である(同法に違反する)ことが含まれるかどうかについては,条文上明確ではない。この点に関し,平成13年4月12日付け総務省自治税務局長通知「法定外普通税又は法定外目的税の新設又は変更に対する同意に係る処理基準等及び留意事項について」(その内容は,原判決74頁17行目から同75頁11行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。)は,同条3号の「国の経済施策」の意義について,「経済活動に関して国の各省庁が行う施策のうち,特に重要な,又は強力に推進することを必要とするもの」としており,この通知は,「国の経済施策」に同法の規定自体は含まれていないとするもの,即ち条例の同法への適合性の審査は予定していないようにみえる。

     

 

しかし,

 

①法定外普通税の新設等に総務大臣の同意を必要としているのは,条例の上位法であり地方税の準則を定める同法を所管する総務大臣に審査をさせる趣旨であると解されること,

 

②平成11年の地方分権改革における改正前は,「同意」ではなく,自治大臣による「許可」を受けなければならないこととされていたが,許可をすることができない事由として,同条各号の事由と同じものが定められていたこと,

 

③例えば,同法262条に違反しているなど,条例が明白に違法なものであっても,同意(上記改正前は許可)をしなければならないというのは不合理であること,

 

④国の立法機関である国会の定めた同法の規定するところは,「国の経済施策」の最たるものの1つであると解し得ることから,総務大臣は,当該法定外普通税が同法に違反する違法なものであると判断した場合には,同法261条3号に該当する(なお,「適当でない」という文言から,違法性の判断は予定していないという読み方もあり得るが,違法とまではいえないが不適当である場合でも不同意とする(法定外普通税の新設等を阻止する)ことができるという意味に理解することが可能である。)として,不同意とすることができるものと解するのが相当である。

     

 

もっとも,総務大臣が,地方公共団体に課税権があることを踏まえて,地方議会の自主的判断を尊重することが望まれる(地方自治法2条12項,245条の3)ことは,これとは別論である。しかし,これらの規定から,「同意」の意味や地方税法261条各号の趣旨を理解するのは,適当ではない。

 

 

上記地方自治法の規定は,平成11年の地方分権改革に際して設けられたものであり,同時に地方税法の定める法定外税についての総務大臣の「許可」が「同意」に変更されているのであるが,同法261条各号の要件自体の内容も,これらに当たらない限り総務大臣は「許可」をしなければならなかった(ただし,「税源があること及びその税収入を必要とする当該道府県の財政需要があることが明らかであるとき」が要件であったが,そのことは同条各号の意味には影響がない。)ことも,上記改正以前から何ら変更されていないのであり,総務大臣の審査の基本構造は上記地方自治法の改正の影響を受けていないことが明らかである。

     

 

実際にも,総務大臣は,本件の企業税創設の同意に際して,「法人税法の規定に基づく欠損金の繰越控除制度は,国の租税施策である法人税の制度の重要な構成要素であり,「国の経済施策」に含まれるものである。」とした上で,本件条例は同号に該当しないと判断していたものであり(甲44),同法の規定が「国の経済施策」に含まれるとの解釈の下に適法性の審査を行ったと認められる。これによれば,上記通知の表現も,当裁判所の上記判断と同旨と解することも可能である。

     

 

ただし,総務大臣による違法性の判断を経たということから,同意があったことが企業税条例を適法とするものではないことは,前記のとおりであるから,当裁判所の上記判断は,本件の結論には影響しない。

   

 

ウ(ア) 地方税法は,総務大臣が不同意とすることができる事由の1つとして,「国税又は他の地方税と課税標準を同じくし,かつ,住民の負担が著しく過重となること」を定めている(261条1号)。

      

 

この規定によれば,

 

①「国税又は他の地方税と課税標準が異なる場合」には,「住民の負担が著しく過重となるとき」でも,同号によって不同意とすることはできず,

 

②「国税又は他の地方税と課税標準を同じくしている場合」でも,「住民の負担が著しく過重とならないとき」は,やはり同号によって不同意とすることはできないことになる。

 

 

したがって,同法は,法定外普通税を定める条例が同法等の定める税の課税標準と同じ課税標準を用いることとしているというだけでは,不同意とはしないものとしているということができる。

      

 

このことは,同法が,法定外普通税において法定税と同じ課税標準を用いることを常に許容していることを意味するものではないが,これを一切許容しない趣旨でもないことが明らかである。したがって,同法は,課税標準が同じであるとしても,それだけで,直ちに法定外普通税の課税が法定税の課税と矛盾抵触すると考えているわけではないというべきである。

    

 

(イ) そもそも,同一の課税標準を用いて2つ以上の租税を課すことをもって,直ちに二重課税であるとか互いに矛盾抵触するとかいうことにならないことは,上記規定を待つまでもなく,当然のことである。

      

一般に,ある税目においてある課税標準について課税をする規定は,当該税目においてはそれ以上の課税をしないことを定めるにとどまり,同じ課税標準について他の税目において更に課税がされることを禁ずる趣旨は含まれていない。換言すれば,当該税目についてはそれ以上の課税をしないとしたことと,同一の課税標準について更に別の税が課されることとは,一般に,互いに矛盾抵触するものではない。このことは,最も分かりやすい例を挙げるならば,法人税,法人住民税(所得割),法人事業税(所得割)の課税標準はいずれも同じ「所得」であるが,「所得」からこれらをそれぞれ賦課徴収することが,互いに矛盾抵触すると考える余地はないことからも,明らかである。したがって,「所得」を課税標準とする法定外普通税を創設したとしても,そのことのみから直ちに,法人事業税等の定めと矛盾抵触するということにはならない。

    

(ウ) さらに,同じ「所得」を課税標準とする税であっても,法人税は純然たる応能課税であるが,法人事業税は,法人が道府県による行政サービスを受けていることから,これに応じた税負担を求めるという,応益的な性格を有する税であると解されている。そのことは,法人事業税が「事業」に課される税であるとされていることからもうかがえる。しかし,実定法上の法人事業税は,立法前に様々な議論があったにせよ,結論としては,改正前地方税法においては,同法72条の19において例外的に外形標準課税を行うことを認めていたほかは,原則として「所得」のみを課税標準としていたことから,応益課税というのはほとんど理念にとどまっていたということができ,実質において応益課税という性格を有していたのかどうかには,疑問がないではない。受益の程度に応じた課税の手段として所得の多寡を指標としたというのは,余り説得力がないからである。即ち,実定法上の法人事業税は,理念上はともかく,純然たる応能課税に近いものであったといってよい。改正後地方税法は,外形標準課税の範囲を広げたので,より応益課税という趣旨が出てきたものの,依然として「所得」への課税が中心とされている。

 

 

      

このように,現行法では,法人税と法人事業税(所得割)とにおける「所得」の計算を一致させているが,立法政策としては,これを異なるものとすることは,十分にあり得ることということができる。

 

 

 

現に,改正後地方税法では,法人事業税にのみ外形標準課税が一部取り入れられたが,それは両者の性格の違いからくるのであり,その差異から両者の間に矛盾抵触があるということにならないことは,いうまでもないところである。同様に,例えば法人税においては控除を認めるものにつき,法人事業税では応益的考慮から控除を認めないというように定めても,直ちに互いに矛盾抵触するとはいえないものと解される。

      

 

即ち,地方税法自体が,法人住民税については,「所得」の計算上,欠損金の繰越控除を認める一方で,法人事業税についてはこれを全くあるいは一部認めない定めを置く(つまり,控除を遮断する)ことも,互いに矛盾抵触することなく行い得る(繰越控除を認めないこと自体の可否については,後述する。)ことが明らかである。

 

 

このことは,どちらも法律により定めるから矛盾抵触しないように解釈し得るというのではなく,それぞれの税の性質の違いによるのであり,法人住民税に関する規定が収益から繰越欠損金の控除を認めることを定めていても,当該規定は他の税目の課税についてまで当該欠損金を控除することを義務づける(控除しないことを禁ずる)趣旨まで有していないからであると解するのが相当である。

 

 

そのように説明しなければ,まず法人住民税の規定ができ,その後に法人事業税の規定ができた場合のことを想定すれば,前者の規定自体は改正されてもいないのに,後者の規定ができたことによって規定内容が変更されたということになってしまい,不合理である。

      

 

このように,課税要件等を定めるそれぞれの規定は,一般に,当該税目について規定するにとどまっており,趣旨や目的の異なる他の税目の課税要件等についてまで干渉するものではないというべきである。

 

 

そうだとすると,そのことは,法律と条例の矛盾抵触を考えるに際しても,同様に当てはまるのであり,法律においてある税目の課税要件等を定めている規定は,一般に,当該税目について定めるにとどまり,条例が定める他の税目の課税要件等に干渉する趣旨を含んでいないということになる。

    

 

(エ) これに対し,法律の定める税目の課税標準それ自体を条例で変更することは,法律がそれを許容している場合以外は,許されないことは,いうまでもない。改正前地方税法72条の19は,法人事業税の課税標準を一定範囲で変更することを許容する規定であり,その範囲内ならば,条例で法人事業税の課税標準を変更することができるが,それを超えて変更することは許されない。また,改正後地方税法は,この規定を削除したので,法人事業税の課税標準を条例で変更することは,一切許されなくなった。

      

 

したがって,仮に本件条例が,法人事業税それ自体の課税標準を変更するものであるならば,それは許容されないことになる。

  

 

 

(5) 道府県法定外普通税の非課税の範囲に関する規定

    

 

地方税法は,道府県法定外普通税の非課税の範囲として,「道府県外に所在する事務所及び事業所において行われる事業並びにこれらから生ずる収入」を定めている(262条2号)。

    

 

この規定は,明確に課税を禁ずる規定なので,条例により同号所定の事業や収入に課税することは許されない。しかし,この規定によれば,道府県内に所在する事務所若しくは事業所において行われる「事業」又はこれらから生ずる「収入」に課税することは,禁じていないことになる。このことも,道府県内に所在する事務所若しくは事業所において行われる「事業」又はこれらから生ずる「収入」への課税を常に許容する趣旨ではないが,それが許容される場合のあることを当然の前提としているというべきである。

    

 

このことからすると,同法は,道府県が道府県内に所在する事務所若しくは事業所において行われる「事業」又はこれらから生ずる「収入」を課税の客体として法定外普通税を創設することが,直ちに法人事業税と趣旨・目的を同じくするものであって,許されないとしているものではないことが明らかである。したがって,創設される法定外普通税が法人事業税とは「別の税目」といい得るかどうかは,仮に同じく「事業」を客体としていても,何を課税標準として課税することとしているのかなど,その他の制度設計を比較して判断すべきことになる。

  

 

 

(6) 地方税法の法人事業税に関する規定の検討

    

 

以上のようにみてくると,結局,本件条例が違法,無効かどうかは,前記憲法の規定のほか,地方税法の上記のような規定も踏まえつつ,法人事業税について定める同法の諸規定に違反するかどうか,即ちそれらとの間に「矛盾抵触」があるかどうかによって判断すべきものである。

    

 

そこで,同法の法人事業税に関する規定について検討する。その沿革については,原判決108頁23行目から同112頁7行目までに記載のとおりであるから,これを引用する(なお,以上の沿革のうち,昭和29年の同法の改正の際の議論のうち,「経済の基礎が非常に浅い」,「現在のわが国の産業界の基礎があまりに弱すぎるのではなかろうか」などということが,当時の社会経済等の情勢に当てはまるとしても,平成15,16年当時にも当てはまるかどうかには多大な疑問があるが,そのことは以下の検討に直接影響するものではない。)。

   

 

 

 

ア 法人事業税の課税標準

     

 

改正前地方税法は,電気供給業等以外の事業については,各事業年度の「所得」及び清算所得を法人事業税の課税標準としており(改正後地方税法は,これに加えて一部を外形標準課税とした。),「所得」については,各事業年度の益金の額から損金の額を控除するものとし,法人税の計算の例によって,青色申告法人については欠損金額の繰越控除(損金への算入)を認めている。

     

 

この規定が直接定めているのは,法人事業税についてであり,法定外普通税の課税上,欠損金額の繰越控除をしない場合の益金を課税標準とすることを明文をもって禁止しているものではない。そこで,その規定の趣旨から,そのような禁止が含まれているかどうかが問題となる。その判断のためには,同法の当該規定のみならず,関連する他の規定も考慮に入れた上で,解釈するのが相当である。

   

 

 

イ 事業税の課税標準の特例に関する規定

     

 

改正前地方税法は,法人事業税の原則的な課税標準を「所得」と定め,その計算上繰越控除を認める規定を置く一方で,「事業の情況に応じ」,地方公共団体の判断により,「所得」によらず「資本金額,売上金額,家屋の価格,従業員数等」を課税標準とすることを認めていた(72条の19)。

     

 

これによれば,例外的ではあっても,地方公共団体の判断によって,繰越欠損金を控除すれば「所得」が0円ないしマイナスになる(ただし,課税技術上,マイナス部分は損金に算入しないこととされている。)赤字法人であるにもかかわらず,その意味においては担税力がないというべきであるにもかかわらず,資本金額,売上金額等の外形を標準に法人事業税を課税されることになるものが出てくることも,また,その点において法人事業税の課税標準が全国一律同一にならないことになっても,やむを得ないと考えているということになる。

     

 

そうすると,同法は,法人事業税について,欠損金の繰越控除が全国一律に必ず実施されなければならないほどの強い要請であるとまで考えていないといわざるを得ない。ましてや,同法が,法人事業税においては原則として欠損金の繰越控除により課税をしないものとしている控除前の利益について,別の税が課税されることを強く拒否していると解さなければならない理由があるとはいい難い。

     

 

なお,上記の特例を定める規定は,法人事業税の課税標準を変更することを規制しているから,これに反する変更を条例で定めることは許されず,法人事業税に関する限り,これによる変更のみが認められるものである。しかし,上記規定が法人事業税とは別に法定外普通税を創設することについて何らかの規制をするものではないことは,いうまでもない。

     

 

そして,改正後地方税法は,法人事業税について,欠損金の繰越控除期間を5年から7年に延長する一方で,原則として「所得」のみを課税標準とする立法政策を改め,資本金1億円を超える法人を対象として外形標準課税を組み合わせることとした。これにより,それまでは赤字法人として課税されることのなかった法人に課税がされる場合が出てくることを認めたものであるから,欠損金を繰越控除すれば所得がなくなる法人に課税することを許さないとする姿勢は,更に認め難い方向の改正がされたとみるべきである。

   

 

 

 

ウ 欠損金の繰越控除に関する規定

     

 

法人に対する課税が年度ごとに行われるものであるのに対し,一般に法人の事業は複数年度にまたがって展開されるものであることから,「所得」に課税するについて,繰越欠損金の控除を認めるのが相当であり,合理的であると解される。そのため,法人税法は,青色申告者に限り,7年間(平成16年の改正前は5年間)にわたりこれを認めることとしているが,これは,税負担が過重にならないように配慮するものということができる。この控除は納税者が選択するとしないとにかかわらず,当然に行われるものとされている。そして,地方税法は,法人事業税における「所得」についても,法人税法の計算の例によることとして,これと同じ考え方を採ることとしたものということができる。

     

 

ところで,そもそも課税に当たり「所得」を把握する際に,何を控除し何を控除しないかということは,具体的な規定を待つまでもなく性質上当然に決まっているものではなく,立法者の裁量判断によって決定されるものであり,欠損金の繰越控除も例外ではない。したがって,これを認めるかどうか,認めるとしてどの程度とするかは,立法政策により調節し得ることである。現に過去においては全く控除が認められていなかった時期もあり(甲37,乙182),現在の税制の基礎を築いたとされるシャウプ勧告も,本来は「損失額が所得で相殺されるまでこの繰越を継続する」ものとしつつ,様々な理由を挙げて,2年間に限って控除することを提案していた(甲32)し,現在でも白色申告者には認められていないから,所与のもの,あるいは他の選択の余地のない絶対的要請とまでいうことはできない。そもそも,5年間ないし7年間に限り繰越控除を認めるという規定も,6年目以降ないし8年目以降になっても欠損金が残っている法人については,その事業実態を無視して課税することを容認しているのであり,そのこと自体が,立法裁量にかかる問題であることを示している。

     

 

そして,このような欠損金の繰越控除を認めるかどうかは,税目ごとに立法者が決する事柄である。即ち,法人税法は,法人税の計算上,青色申告をした者については必要的に欠損金の繰越控除をするものと定めているが,法人税を離れても,青色申告をした者に対しては,「所得」を課税標準とする限り,必ず欠損金の繰越控除(これを特典というかどうかはともかく)を保障しなければならないことまでをも定めているものではない。法人事業税においても同じ計算がされるのは,既に述べたように,地方税法が法人税の計算の例によると規定したからにすぎない(実際に,法人税の計算の例によらないことにする例外規定も存在する。)。

     

 

以上のように,欠損金の繰越控除を永続的に一切認めないことまでは,その性質上許容されるかどうかに疑問が生ずるとしても,少なくとも時限的に全く認めない制度を創設することも,許容されるというべきである。したがって,所得の計算上欠損金の繰越控除を認めないことをもって,過重な課税であるがゆえに違法であるということはできない。そして,地方税法は,法人事業税の課税については,法人税と同様に,「所得」の計算上,欠損金の繰越控除を認めるという政策を採っているから,これを条例において変更することは許されないけれども,同法が,法定外税を含む地方税すべてについてまで同様の配慮を義務づけているとは解されないことは,以上に述べたところから明らかである。

     

 

なお,この点に関連して,欠損金の繰越控除前の利益に担税力を認めて法定外税を課税することを認めるならば,障害者控除についても,控除前の利益に担税力を認めて法定外税を課税することが許されることになり,不合理であるという意見がある。

 

 

しかしながら,控除すべき項目には様々なものがあり,それぞれに異なる理由があって控除することとされているのであり,同法が障害者控除を常に認めるべき通則的,絶対的な定めと考えているかどうかは,本件の解決課題ではない。仮に障害者控除前の利益に対する課税が不合理であるとすれば,それは障害者控除という事柄の性質(高い公益性)からきているのであって,法人税法が定めている控除一般の問題に直ちに影響するものではない。

     

 

また,控除規定を非課税規定と同列に論ずることは,課税客体を捕捉するに際してあるものを控除することを定める規定と,原則的には課税客体に該当するにもかかわらず一部の客体について課税が不適当なため課税することができない(課税を許さない)旨を定める規定とでは,命ずる内容や程度に違いがあるのであって,誤りというべきである。

   

 

エ 法人の担税力についての地方税法の考え方

     

 

法人事業税が応能課税と応益課税の混合タイプであるとされるにもかかわらず,改正前地方税法が課税標準を「所得」とし,改正後地方税法も原則としてこれを維持しているのは,租税体系の簡明さのほかに,法人の担税力が考慮されているものと考えられる。そのことから,法人税,法人住民税に加え,法人事業税を課した上で,更に「所得」ないし所得から欠損金を繰越控除する前の益金に課税をすることは,担税力を超えるものとして,同法が許さないこととしていると解されるかどうかが問題となり得る。

     

 

しかし,担税力を何にどのくらい見いだすか,また,それをどの程度重視するかは,それぞれの租税の性格にもよるのであって,一義的に決め難いものであり,すべての税目を通じて考えてみると,租税は客観的に担税力の存在を推定させるような客体に対して課されるべきであるという要請は,全く無視することはできないとはいえ,立法者の広範な裁量判断に委ねられているものというべきである。

 

例えば,応益性を重視する税目にあっては,受益に応じた負担こそが重要で,担税力の大小は後退せざるを得ない(受益の大きい者は(所得がマイナスであっても)担税力が大きいというような説明は,成り立ち難い。)と考えられる。

 

 

また,例えば,消費税の一種であるたばこ税についても担税力が考慮されるべきところ,たばこの購買に一般の消費より格段に大きな担税力が見いだし得ることを正面切って説明することは困難と思われるが,政策的目的を加味することも含めて,どのような課税をするかは立法者の裁量の範囲に属する事柄というべきであり,担税力の有無や大小・程度によりすべてを決すべきものではない。

 

そうすると,明らかにマイナスの客体に課税することは問題であるとしても,立法者が課税することと決したプラスの客体について,担税力がないから違法であるということは,困難であるというほかはない。

     

 

したがって,法人事業税(所得割)は益金から欠損金を繰越控除した所得に担税力を見いだして(法人税や法人住民税を課した上で,なお担税力があると考えて)課税するものであるとしても,そのことから,欠損金を繰越控除する前の益金に担税力を見いだして別の課税を行うことが否定される理由はないし,地方税法の法人事業税に関する規定がそこまでのことを規定していると解さなければならない必然性はない。

   

 

オ 地方税法の規定の検討のまとめ

     

 

以上のように考えてくると,結局,問題は,企業税が法定外普通税の形を取りながら,それは形式だけであって,その実質は法人事業税の課税要件等を変更するものにほかならないということができるかどうかに絞られる。そのようにいうことができるなら,本件条例は法人税法に違反し無効であるが,そのようにいうことができないならば,同法は本件条例の課税要件等の定めについてまで準則を提供するものではなく,両者の間に矛盾抵触はなく,本件条例を違法無効ということはできないということになる。

  

 

(7) 本件条例の規定,制定の趣旨等についての検討

   

 

ア 本件条例の規定の検討

     

本件条例は,次のように規定している。

    

① 県は,地方税法4条3項の規定に基づき,当分の間の措置として臨時特例企業税を課する。(2条)

    

② 臨時特例企業税は,県内に事務所又は事業所を設けて行う法人の事業活動に対し,その法人に課する。(5条1項)

    

③ 臨時特例企業税の課税標準は,各事業年度における法人の事業税の課税標準である所得の金額の計算上,繰越控除欠損金額を損金の額に算入しないものとして計算した場合における当該各事業年度の所得の金額に相当する金額(当該金額が繰越控除欠損金額に相当する金額を超える場合は,当該繰越控除欠損金額に相当する金額)とする。(7条1項)

    

④ 臨時特例企業税の税率は,地方税法72条の22第4項に規定する特別法人は100分の2,その他の法人は100分の3とする。(8条)

    

⑤ そして,上記の「事業年度」の定義において,資本の金額又は出資の金額が5億円未満のもの及び清算中のものを除いている。(3条1号)

     

 

 

これらの規定によれば,本件条例は,資本金等が5億円以上の大法人の「事業活動」(これが「事業」と異なる実質を有するとは考えにくい。)に対し,

 

その法人に,欠損金の繰越控除をしないで計算した「所得」即ち「欠損金の繰越控除前の利益」を課税標準として,法定外普通税を課するものとして制定されたと解される。

 

 

そのようにとらえる限り,本件条例の定める企業税は,法人事業税が課税の対象としていない欠損金を繰越控除する前の「利益」に課税するものということができるから,

 

法人事業税とは課税標準が同一ではなく,二重課税ではないだけでなく,

 

法人事業税とは「別の税目」であって,法人事業税の課税標準等を変更する趣旨のものではないということができる。

 

 

そうだとすると,法人税法が,法定外普通税について,制度設計を道府県に委ね,法人の「事業」に対して課すことや法定普通税と課税標準を同じくすることを一律に禁じているものではないこと,

 

法人事業税の規定が法人事業税以外の税目についてまで準則を設けているものではないことなど,

 

同法の前記のような理解に立つ限り,本件条例は,何ら同法に違反しないということになる。

     

 

確かに,企業税が課されることにより,法人事業税において欠損金の繰越控除を認めて税負担を軽減することにした地方税法の目的及び効果は,徹底されない結果を生ずることは否定し得ない。

 

しかし,企業税の税率が2~3%にとどまることも考慮すれば,そのことから,直ちに地方税法の欠損金の繰越控除規定の目的及び効果を阻害するとまでいうことはできず,

 

両税の間に矛盾抵触があるとはいえない。

 

2つの税制の目的及び効果が異なるために,一方の政策の一部が他方の政策により減殺されてしまうことは,起こり得ることであり,そのことから直ちに両制度が矛盾抵触しているというべきではないからである。

     

 

なお,欠損金の繰越控除前の利益に課税することは,当期において実際に生じた利益という実体のあるものに課税するものであり,

 

前年以前の欠損金の穴埋めを認めないだけであるから,

 

資本金額,売上金額等を課税標準とする外形標準課税とは性質を異にするというべきであり,

 

これを外形標準課税とみて違法という意見は,採用し難い。したがって,改正後地方税法が法人事業税に一部外形標準課税を導入したこととも,何ら矛盾抵触するものではない。

     

 

そこで,問題は,本件条例の条文の解釈にのみよるのではなく,その制定の目的,趣旨等をも斟酌した上で,実質的にみれば,本件条例が法人税法の定める法人事業税の課税標準等を変更するものである,あるいは,企業税は法人事業税と実質的に同視し得る「第二法人事業税」とでもいうべきものに当たると認められるかどうかに更に絞られる。

   

 

イ 本件条例の制定の目的,趣旨等の検討

    

(ア) 本件条例の制定の経緯は,原判決85頁10行目から97頁22行目までに記載のとおりであるから,これを引用する。これに基づいて本件条例の制定の目的,趣旨等について検討するには,次の①~④の資料が重要である。

     

① 神奈川県地方税制等研究会の平成12年5月25日付け中間報告書(甲11の8の4)

     

② 同研究会の平成13年1月付け最終報告書(甲11の8の3)

     

③ 控訴人が平成13年3月22日に本件条例の新設について総務大臣に協議の申出をした際に提出した理由書等(甲11の2,3)

     

④ 本件条例について控訴人の担当者が公表した解説(乙11,12)

      

このうち①は,「Ⅰ 地方分権時代の神奈川県税財政の現状と課題」の大項目の下に,「検討に当たっての基本的な方向性」の項を設けて,「法人事業税の外形標準課税の問題に対する考え方や,県独自の税収確保策としての超過課税措置について検討するとともに,法定外普通(目的)税について方向付けを行ったところである。」と記載した上で,「Ⅱ 全国一律方式による外形標準課税の導入」の大項目の下に,「法人事業税における欠損金の繰越控除制度の適用の遮断」の項を設けて,「外形標準課税については,全国的な制度として導入されることが望ましいが,国の論議の動向から,早期に導入される見通しが立たない場合には,現下の厳しい財政状況を踏まえ,臨時的・時限的な対応として,法人事業税について欠損金の繰越控除制度の適用を遮断する措置を講ずることが適当と考えられる。・・・したがって,地方財政政策の観点から,業種間の特殊性を踏まえつつ,外形標準課税が導入されるまでの間の臨時的・時限的な対応として,地方税法の改正により,法人事業税について繰越控除制度の適用を遮断することが適当である。また,この制度が実現されない場合には,法定外普通税・目的税の導入又は地方税法第72条の19の活用により,県独自の措置として,繰越控除制度を遮断するための方策を検討していくことが必要と考えられる。」と記載し,「Ⅳ 法定外普通税及び法定外目的税の方向性」の大項目について論じている。これによれば,上記中間報告書で論じられているのは,第一次的には,あくまで地方税法の改正による法人事業税について欠損金の繰越控除制度の適用を遮断する措置が執られることを提言しているのであり,それが実現されない場合の県独自の「繰越控除制度を遮断するための方策」は,法定外普通税等を創設することを検討するという方向性を示しているにとどまるのであり,創設される法定外普通税が同法の定める法人事業税の課税標準等を実質的に変更するものとまでいい得るかどうかは,具体的な制度設計を待たなければ断定し難いものである。

      

次に,②は,①の中間報告書を踏まえて,「国において検討されている法人事業税の外形標準課税について,早期導入がされない場合は,課税自主権を活用して,臨時的,かつ特例的な措置として,現行の法人事業税を中心とした都道府県の法人税制を,公平性及び安定性の観点から補完する制度を早急に構築するよう提言したい。」として,「我々が意図している「繰越欠損金控除」の遮断については」,中間報告で選択肢とした地方税法72条の19の活用は適当でなく,法定外税の活用を前提として,制度の構築を考えていくとし,「繰越欠損金の遮断を行いうる仕組みを持つ新税を考えると,まず,その課税標準として,「当該事業年度において損金に算入した繰越欠損金の額」が考えられるが,・・・課税理論上,説明しがたい面がある。そこで,繰越欠損金を控除した場合は,必ず,当該事業年度において,必ず繰越欠損金に相当する利益が生じていることから,その利益に対して課税するという考え方で課税標準を設定すれば,こうした問題は解消される。」などとした上で,「臨時特例企業税」を創設することを提言し,その「課税の趣旨」を「外形標準課税制度が導入されるまでの間の臨時特例措置として,県の行政サービスを享受し,かつ当該事業年度において利益が発生していながら,欠損金の繰越控除により相応の税負担をしていない法人に対し,担税力に見合う税負担を求める。」と整理している。

      

また,③の理由書は,「本県といたしましては,外形標準課税が導入されるまでの臨時的,かつ特例的な措置として,県の行政サービスを受け当期利益が黒字になっているにもかかわらず,欠損金の繰越控除制度により,法人事業税について税負担が生じない法人について相応の負担を求めるため,法定外普通税としての「臨時特例企業税」を新設いたしたく,・・・協議を申し出るものです。」としている。この記載は,上記②の最終報告書の最終的に整理された「課税の趣旨」の記載とほぼ同旨である。

      

そして,④の解説は,上記各報告書等の内容と特に相違するものではない。

    

(イ) 以上の資料を総合してみれば,企業税は,「県の行政サービスを享受し,かつ,当該事業年度において利益が発生していながら,欠損金の繰越控除により相応の税負担をしていない法人に対し,担税力に見合う税負担を求める」ことを趣旨,目的として「当該事業年度において生じている利益に対して課税する」ものとして創設されたことが認められる。そして,このような趣旨,目的の普通税は,理念としては応益性を考慮しながら課税標準の選択においては応益性をほとんど取り入れていない法人事業税とは別個の,より応益性を重視した性格を有する税目として成り立ち得るものと解される。

      

そうすると,企業税は,単に法人事業税と異なる外形を整えただけのものではなく,法人事業税を補完する「別の税目」として併存し得る実質を有するものというべきである。そして,前記のような地方税法の理解に立つ限り,法人事業税が捕捉していない客体に担税力を別途見いだして課税することが,非難されなければならない理由はない。②の最終報告書等にいう「繰越欠損金控除の遮断」は,最終的に整理された法定外普通税の創設の動機となったものであり,企業税の実際上の効果を分かりやすく端的に示した言葉にすぎず,これを根拠にして,企業税が法人事業税の課税標準等を変更しようとする実質のもの,あるいは法人税法の規定を潜脱するものとまでいわなければならないとは解し得ない。

      

 

被控訴人は,上記最終報告書等が「繰越欠損金控除の遮断」と記述していることなどから,本件条例の趣旨,目的は,法人事業税の課税標準において繰越欠損金の控除がされることを一部認めないようにすることにあるとして,それが企業税の本質であると主張し,被控訴人の提出した意見書等にも同様の意見が述べられている。

 

 

確かに,本件条例の立案過程において,法人事業税において繰越欠損金の控除がされるために,行政サービスを受けながら税負担を免れる法人が多いことを改善すべきであるという考えに立って,そのためには法人事業税自体につき外形標準課税を導入することが望まれるが,それが実現できない場合には,法人の当期利益のうち繰越欠損金が控除されるために課税できない部分について控訴人の独自の税制を設けて課税することをできるようにすることが検討されたものであり,それを「繰越欠損金控除の遮断」と表現しているものと認められる。そのような独自の税制を設けること自体が許されないのであれば,この試みはまさしく地方税法の潜脱というべきことになるが,それが同法の許容するものであるという解釈に立つ限り,法人事業税においては課税されない当期利益の部分に独自の課税を付加することをもって,同法の潜脱といわなければならないものではない。

    

 

(ウ) なお,企業税の課税標準の定義において「繰越控除欠損金額」という概念が用いられていることから,その実質は,繰越控除欠損金額を課税標準とすると読み替えることができるとか,課税標準は常に繰越控除欠損金額と同額になるように設計されているとかいうことを根拠に,法人事業税が控除するものとしている繰越欠損金に課税するものにほかならないという意見がある。

      

 

確かに,法人税の繰越控除欠損金額は,繰越欠損金が当期利益を超えるときは,当期利益を上限としている(法人税法57条1項ただし書)から,控除が認められる額は当期利益を上回ることにはならないので,企業税の課税標準は常に繰越控除欠損金額と同額になる。しかし,このような上限が設けられているのは,欠損金額の控除の制限年数が無意味になるのを防ぐという立法技術上の問題からきているのであり,繰越欠損金自体は当期利益を上回ることが当然あり得る(同項自体がそれを前提としている。)。企業税は,繰越欠損金額が当期利益額を上回る場合には,利益額の限度でしか課税されないものであるから,繰越欠損金に課税するものではないことが明らかであって,課税標準が繰越控除欠損金額と同額になるというのは,比喩的な表現にすぎず,そのように読み替えることができるとか,実質的な課税標準は繰越控除欠損金額であるとかいうのは,当たらない。被控訴人は,本件条例の企業税の課税標準の規定を「繰越欠損金額」と規定することも「実質的には可能である」と主張するが,むしろ「形式的には可能である」というべきであり,実質は「利益」に対する課税であると解することができるものである。

      

 

前記最終報告書も,繰越欠損金額を課税標準とすることを一応検討した上で,これを明確に排斥し,利益を課税標準とすることを提言したものであり,検討の過程において挙げられたにすぎないことを過大に取り上げて,企業税の本質を論ずるのは,誤りである。

      

 

したがって,企業税は,単に形式上ではなく,名実ともに利益額を課税標準とするものであるというべきであり,上記のような捉え方は誤りである。

    

 

 

(エ) 以上によれば,本件条例は,地方税法の法人事業税に関する規定を実質的に変更するものであるということはできないから,これと矛盾抵触するものとは解されず,これに違反するということはできないものというべきである。したがって,本件条例が法人事業税の規定を変更するものであることを前提とする被控訴人の主張(法人事業税の課税標準を変更するものであり,制限税率を超えるものであり,同法の要件を満たさない不均一課税であり,同法の要件によらずに外形標準課税を導入するものである)は,いずれも失当である。

    

 

(オ) なお,被控訴人は,平成15年の税制改正によって欠損金の繰越控除期間が5年から7年に延長されたことを挙げて,この改正により繰越控除を拡充することによって法人の税負担を軽減し,国際競争力を高めるという立法政策が採られたのに,本件条例はその目的と効果を阻害していると主張している。欠損金の繰越期間が5年であれ7年であれ,本件条例が地方税法と矛盾抵触するものではないことは,既にみたとおりであるから,上記主張は,同法ではなく,同法の改正法の規定に違反するという主張と理解するほかはない。しかし,同時に外形標準課税が導入されたことにより上記の効果が減殺されることはともかくとしても,法人事業税に関する限りは,改正により繰越期間の延長による効果が得られるのであり,本件条例によりそれ自体が阻害されることはあり得ない。

  

 

(8) 被控訴人のその他の主張に対する判断

   

 

ア 本件条例の立法事実の不存在

     

 

控訴人は,本件条例の制定について,控訴人の財政情況,県内の法人の納税の実情等,控訴人に固有の本件条例の立法事実や神奈川県地方税制等研究会の審議報告に基づいて制定し,総務大臣の同意を得,納税者に事前の説明をしたことなどの手続について,詳細な主張をしている。これに対し,被控訴人は,本件訴訟においては,控訴人の主張する立法事実は,本件条例の適法性という争点とは無関係であり,無意味であると主張しているから,この点は,被控訴人のその他の主張として取り上げる必要のないものである。しかし,その上で,被控訴人は,控訴人の主張する立法事実は合理的根拠のないものであるとして,詳細に反論している。そこで,念のため,この点についても,ここで触れておくこととする。

     

 

法律の委任に基づいて行われる租税条例の定立については,地方公共団体の財政,社会経済,住民所得,住民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする当該地方公共団体の議会の政策的,技術的な判断に委ねるほかはなく,裁判所は,基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきであり,その判断が著しく不合理であることが明らかでない限り,これを違法とすべきではない(最高裁昭和60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁参照)。このことは,本件条例の制定についても当てはまる。

     

 

そして,証拠(甲11の2,4等)によれば,控訴人の主張するような財政状況,県内の法人の納税の実情等に基づいて,控訴人において臨時的措置として企業税を創設する緊急の必要性があり,その課税標準,納税義務者,税率等について本件条例所定の内容をもって適当と判断したということが認められ,その判断が著しく不合理であることが明らかであるとはいえないから,当裁判所はその判断を尊重すべきものである。これらの立法事実が本件条例を適法とする積極的根拠になるかどうかはともかく,立法事実を欠くがゆえに本件条例が違法であるということはできない。

   

 

イ 担税力のない欠損金額を課税標準とする憲法29条違反の違法

     

被控訴人は,本件条例は,実質的には担税力のない欠損金額を課税標準とするものであるから,財産権を侵害すると主張する。

     

しかし,本件条例が課税標準としているのは「所得」であり,欠損金額を課税標準としているという捉え方が誤りであることは,既に述べたとおりであるから,上記主張には理由がない。

   

ウ 大企業をねらい打ちする違法

     

被控訴人は,企業税は資本金5億円以上の大企業をねらい打ちするもので,違法であると主張する。

     

しかし,繰越欠損金の控除前の利益に課税することが当該法人にとっては重い負担となることは否定し得ないので,相当程度体力がある法人に限定すること(甲11の8の3等)は,合理的な立法政策であるということができる。そのことは,改正後の地方税法が外形標準課税を取り入れるに当たり,対象を資本金1億円超の法人に限ったこと,その理由につき,「資本金が1億円以下の法人については,一般的に,資本金1億円超の法人に比べ,より不安定な経営環境下におかれていることなどから」と説明されている(甲142)ことと共通する考え方であり,何ら不当ではない。

   

エ 比例原則違反

     

被控訴人は,本件条例の定めは,投機的活動から生じた欠損金の繰越控除を遮断する目的で一律に欠損金額の30%についての繰越控除を遮断するもので,目的と手段との間に合理的関連性が欠けていて,比例原則に反しており,憲法29条に違反すると主張する。

     

しかしながら,そのような論理が成り立つならば,本件条例と同じ内容の課税が地方税法において行われたとした場合でも,これを違憲無効といわなければならないが,もともと(少なくとも時限的であれば)繰越欠損金控除を全く認めない立法も可能であることは前述のとおりであり,

 

それが合憲有効であることは,多くを説明するまでもなく明らかである。

 

欠損金のうち投機的活動から生じたものの控除を認めないということ,その割合も考慮に入れて税率を定めることに合理性がないとは断じ難い

 

(本件条例の提言をした,神奈川県地方税制等研究会の前記最終報告書(甲11の8の3)には,バブル経済以降の社会実態や外国法制を踏まえ,控除を認めない割合を30%とする(投機的欠損金の割合が30%であると判断したという記載はない。)考え方を示した上で,

 

最終的には税率を3%とする条例案を提言しているのであって,その過程に合理性がないとはいえない。)。

 

 

そして,法律をもって定め得ることを条例をもって定めると,比例原則に違反するというべき理由はないから,上記主張は失当である。

   

 

 

 

 

オ 投機活動による利益を有しない被控訴人への適用違憲

     

被控訴人は,本件条例は,投機活動から生じた欠損金の繰越控除を認めない趣旨で定立されたが,被控訴人の利益に投機活動から生じたものは含まれていないから,被控訴人に本件条例を適用することは,適用違憲となると主張する。

     

確かに,上記のように,本件条例の立案過程で税率を定める際に,繰越欠損金の中に投機的活動から生じた欠損金が含まれていることが多いことが考慮されたことは肯定し得るが,それはあくまで平均的な法人の欠損金の実情を考慮に入れたにすぎない(給与所得者に対する所得税の課税において,個別的な実額によらず,給与所得者の平均的な経費を概算して一律に控除する政策を採ることと同様である。)のであって,本件条例が投機的活動から生じた利益のみを対象とするものとして設計されたものではないから,(給与所得者が経費実額が大きいことを理由に適用違憲をいうことができないのと同様に)上記適用違憲の主張は理由がない。

   

カ 総務大臣の同意を得ないで期間を延長した違法

     

被控訴人は,控訴人が,総務大臣の同意を得ずに,平成16年4月1日以降も本件条例の適用期間を延長したと主張している。

     

しかし,もともと本件条例に適用期間の定めはなく,これを延長したとの事実は認められない。もっとも,同日施行の改正条例により一部改正がされているが,その内容は税率の引き下げであるから,総務大臣の同意を得ることを要しない(地方税法259条1項)。なお,総務大臣の同意を求めるに際し,法人事業税に外形標準課税が導入されるまでの臨時的かつ特例的な措置として企業税を新設したいと説明した事実が認められる(甲11の2)が,そのような説明をしたことから,同法改正後も本件条例を存続させたこと(適用期間の延長でないことは上記のとおり。)が同法259条~261条に違反することになるものではない。

   

キ 租税公平主義違反

     

被控訴人は,本件条例には,①当期利益があり繰越欠損金を有する法人と同額の当期利益があり繰越欠損金を有しない法人との間の不公平,②同様の行政サービスを受けているが当期利益のある法人と当期利益のない法人との間の不公平があり,租税公平主義に違反すると主張する。

     

 

しかし,あらゆる取扱いの違いが租税公平主義に反するのではなく,そこに合理的理由があると認められれば,違法とはいえない。

 

 

本件条例が法人事業税制度を前提とし,これを補完する,より応益性を重視した(もっとも,「利益」を課税標準とする以上は,応能的であり,両者の混合タイプである。)別個の制度として設計されたことは,何ら問題とすべきことではないのであるから,

 

 

①の繰越欠損金のある法人とない法人で差が生じることを不公平であるといわなければならない理由はない。

 

 

利益があり繰越欠損金を有しない法人には法人事業税が課されることとされているために,二重課税を避ける

 

 

(もっとも,厳密には,そもそも二重課税とはいえない。)

 

 

政策が採られたものであり,二重課税を避ける政策はもとより正当である。

 

 

また,応益課税の趣旨を重視するとしても,それをどこまで徹底するかは立法裁量に属することであって,利益がなく当期において全く担税力が見いだせない法人を課税対象にしないことは,合理的であるから,②は不公平とはいえない。

  

 

(9) 以上によれば,企業税は法人事業税とは「別の税目」として創設されたものであって,本件条例は地方税法に違反せず,他にこれを違法無効というべき理由はない。したがって,本件各更正等は,本件条例に基づくものとして適法有効である。

 

 

3 以上のとおり,被控訴人の主位的請求及び予備的請求はいずれも理由がないから,これらを棄却すべきであり,被控訴人の主位的請求を認容した原判決は相当でないので,これを取り消すこととして,主文のとおり判決する。

 

    東京高等裁判所第2民事部

        裁判長裁判官  大橋寛明

           裁判官  佐久間政和

           裁判官  見米 正