自主財源主義(1)

 

 

 

 神奈川県臨時特例企業税通知処分取消等請求事件、横浜地方裁判所判決/平成17年(行ウ)第55号

判決 平成20年3月19日、判例時報2020号29頁について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】

 

 県臨時特例企業税条例は、法人事業税につき欠損金額の繰越控除を定めた地方税法の規定の趣旨に反し、違法であると認定し、納付した企業税,過少申告加算金及び延滞金に相当する金額の誤納金の還付請求並びにその還付加算金の支払請求を認めた事例

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 

1 被告は,原告に対し,以下の各金員を支払え。

  

(1) 金13億1481万2600円,並びに,うち金12億8645万5000円に対する平成19年1月1日から,うち金2724万8000円に対する同年7月23日から及びうち金110万8000円に対する同年8月10日から各支払済みまで,同年12月31日までについては年4.4パーセントの割合,及び,平成20年1月1日以降については年7.3パーセント又は地方税法附則3条の2第1項に規定する特例基準割合(0.1パーセント未満の端数があるときは,これを切り捨てる。)のいずれか低い割合による金員

  

(2) 金1億2759万8713円

 

2 被告は,原告に対し,以下の各金員を支払え。

  

(1) 金6億6437万9700円,並びに,うち金6億5675万7000円に対する平成19年1月1日から,うち金732万4000円に対する同年7月23日から及びうち金29万7000円に対する同年8月10日から各支払済みまで,同年12月31日までについては年4.4パーセントの割合,及び,平成20年1月1日以降については年7.3パーセント又は地方税法附則3条の2第1項に規定する特例基準割合(0.1パーセント未満の端数があるときは,これを切り捨てる。)のいずれか低い割合による金員

  

(2) 金3939万4623円

 

3 訴訟費用は被告の負担とする。

 

       

 

 

 

 

 

事実及び理由

 

第1 請求

 

 1 主位的請求

  (1) 主文第1項同旨

  (2) 主文第2項同旨

 2 予備的請求

  (1) 主位的請求(1)の予備的請求

   ア 神奈川県川崎県税事務所長が原告に対し平成19年5月22日付けでした,原告の平成15年4月1日から平成16年3月31日までの課税事業年度の神奈川県臨時特例企業税に係る更正及び過少申告加算金決定を取り消す。

   イ 被告は,原告に対し,以下の各金員を支払え。

    (ア) 金13億1481万2600円,並びに,うち金12億8645万5000円に対する平成19年1月1日から,うち金2724万8000円に対する同年6月23日から及びうち金110万8000円に対する同年7月10日から各支払済みまで,同年12月31日までについては年4.4パーセントの割合,及び,平成20年1月1日以降については年7.3パーセント又は地方税法附則3条の2第1項に規定する特例基準割合(0.1パーセント未満の端数があるときは,これを切り捨てる。)のいずれか低い割合による金員

    (イ) 金9985万3579円

  (2) 主位的請求(2)の予備的請求

   ア 神奈川県川崎県税事務所長が原告に対し平成19年5月22日付けでした,原告の平成16年4月1日から平成17年3月31日までの課税事業年度の神奈川県臨時特例企業税に係る更正及び過少申告加算金決定を取り消す。

   イ 被告は,原告に対し,以下の各金員を支払え。

    (ア) 金6億6437万9700円,並びに,うち金6億5675万7000円に対する平成19年1月1日から,うち金732万4000円に対する同年6月23日から及びうち金29万7000円に対する同年7月10日から各支払済みまで,同年12月31日までについては年4.4パーセントの割合,及び,平成20年1月1日以降については年7.3パーセント又は地方税法附則3条の2第1項に規定する特例基準割合(0.1パーセント未満の端数があるときは,これを切り捨てる。)のいずれか低い割合による金員

    (イ) 金3474万6943円

 

 

 

 

 

第2 事案の概要

   本件は,被告が,神奈川県臨時特例企業税条例(平成13年神奈川県条例第37号。同年8月1日施行。以下「本件条例」という。)を制定し,地方税法4条3項,259条以下の規定に基づく道府県法定外普通税として,神奈川県内に事務所又は事業所を有し資本の金額又は出資金額が5億円以上の法人に対し,法人の事業税(以下「法人事業税」という。)の課税標準である所得の金額の計算上繰越控除欠損金額を損金の額に算入しないものとして計算した場合の所得の金額に相当する金額(当該金額が繰越控除欠損金額を超える場合は繰越控除欠損金額に相当する金額)を課税標準とし,税率を原則100分の3(平成16年4月1日以降は100分の2)とする臨時特例企業税(以下「企業税」という。)を課したところ,その対象となった原告が,本件条例は法人事業税につき欠損金額の繰越控除を定めた地方税法の規定を潜脱して課税するものであり,違法・無効であるなどとして,被告に対し,主位的に,原告が納付した平成15年度分及び平成16年度分の企業税,過少申告加算金及び延滞金に相当する金額の誤納金としての還付並びにその還付加算金の支払(請求1(1),(2))を,予備的に,神奈川県川崎県税事務所長が原告に対してした上記各年度分の企業税の更正及び過少申告加算金決定の取消し(請求2(1),(2)の各ア),上記金額の過納金としての還付並びにその還付加算金の支払(請求2(1),(2)の各イ)を,それぞれ求めた事案である。

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 法令等の定め

 1 法人事業税に関する規定

   法人事業税は,法人の行う事業に対し,事務所又は事業所所在の道府県において,その法人に課するものである(平成15年法律第9号による改正(平成16年4月1日施行)前の地方税法(以下「改正前地方税法」という。)72条1項,同改正後の地方税法72条の2第1項)。

  (1) 課税標準に関する規定

   ア 改正前地方税法72条の12は,法人事業税の課税標準につき,電気供給業,ガス供給業,生命保険業及び損害保険業(以下,併せて「電気供給業等」という。)については各事業年度の収入金額,その他の事業については各事業年度の所得及び清算所得によるものと規定していた(なお,同条は,特定信託に係る信託業について,各特定信託の各計算期間の所得等を課税標準とするなど規定しているが,同信託業に関する部分については,以下,判断の対象としない。)。同法72条の14第1項は,この法人事業税の課税標準としての各事業年度の所得につき,各事業年度の益金の額から損金の額を控除した金額によるものとし,同法又は政令で特別の定めをする場合を除くほか,当該各事業年度の法人税の課税標準である所得の計算の例によって算定するものと規定していた。

     ただし,改正前地方税法72条の19は,法人事業税の課税標準の特例を設け,電気供給業等以外の事業に対する法人事業税の課税標準については,事業の情況に応じ,所得及び清算所得によらないで,資本金額,売上金額,家屋の床面積若しくは価格,土地の地積若しくは価格,従業員数等を課税標準とし,又は所得及び清算所得とこれらの課税標準とをあわせ用いることができるものと規定していた。

   イ 平成15年法律第9号による改正後の地方税法(以下,特に「改正後地方税法」ということがある。ただし,内容は同改正の施行当時のものとする。)は,法人事業税につき付加価値割,資本割及び所得割等の区分を設けた(同法72条,72条の2第1項)。そして,同法72条の12第1号は,法人事業税の課税標準につき,電気供給業等以外の事業については,以下に掲げる法人事業税の区分に応じ,それぞれ以下に定めるものによる旨を規定する。

   「イ 付加価値割 各事業年度の付加価値額

    ロ 資本割 各事業年度の資本等の金額

    ハ 所得割 各事業年度の所得及び清算所得」

     このうち,付加価値額は,各事業年度の報酬給与額,純支払利子及び純支払賃借料の合計額と各事業年度の単年度損益との合計額によるもの(改正後地方税法72条の14),資本等の金額は,各事業年度終了の日における資本の金額等によるもの(同法72条の21第1項),所得は,各事業年度の益金の額から損金の額を控除した金額により,地方税法又は政令で特別の定めをする場合を除くほか,当該各事業年度の法人税の課税標準である所得の計算の例によって算定するもの(改正後地方税法72条の23第1項)とされている(なお,連結申告法人については別途規定があり,上記に準じた内容である。)。そして,資本の金額又は出資金額が1億円を超え同法72条の2第1項1号イに該当する法人については,付加価値割額,資本割額及び所得割額の合算額によって法人事業税が課されるものとされている(同法72条の2第1項1号イ)。

     上記改正に伴い,改正前地方税法72条の19において設けられていた法人事業税の課税標準の特例は,資本の金額又は出資金額が1億円を超え付加価値割額,資本割額及び所得割額の合算額によって法人事業税が課される法人については,廃止された(改正後地方税法72条の24の4)。

   ウ 法人税法22条1項は,法人税の課税標準である各事業年度の所得の金額(同法21条)を,当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額とするものと規定する。

     そして,法人税法57条1項は,確定申告書を提出する内国法人の各事業年度開始の日前7年(平成16年法律第14号による改正前は5年)以内に開始した事業年度において生じた欠損金額(同項の規定により当該各事業年度前の事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入されたもの及び同法80条(欠損金の繰戻しによる還付)の規定により還付を受けるべき金額の計算の基礎となつたものを除く。)がある場合には,当該欠損金額に相当する金額は,当該各事業年度の所得の金額の計算上,損金の額に算入するもの(ただし,当該欠損金額に相当する金額が,当該欠損金額につき損金の額への算入をしないものとして計算した場合における当該各事業年度の所得の金額を超える場合は,その超える部分の金額については,この限りでない。)と規定する。この法人税法57条1項の規定は,同項の内国法人が欠損金額の生じた事業年度について青色申告書である確定申告書を提出し,かつ,その後において連続して確定申告書を提出している場合に限り,適用される(同条10項)。

  (2) 税率に関する規定

   ア 改正前地方税法72条の22は,法人事業税の標準税率を規定し,同条第8項は,道府県は,標準税率を超える税率で法人事業税を課する場合には,標準税率に1.1を乗じて得た率を超える税率で課することができないものと規定していた。本件条例の施行当時(平成13年8月1日),法人事業税の標準税率は,一般の法人の場合,各事業年度の所得のうち年400万円以下の金額の100分の5,各事業年度の所得のうち年400万円を超え年800万円以下の金額の100分の7.3並びに各事業年度の所得のうち年800万円を超える金額及び清算所得の100分の9.6とされていた(同法72条の22第1項3号,同法附則40条10項)。

   イ 改正後地方税法72条の24の7は,法人事業税の各区分(付加価値割,資本割及び所得割等)に応じ,それぞれ標準税率を規定し,同条第8項は,道府県は,標準税率を超える税率で法人事業税を課する場合には,標準税率に1.2を乗じて得た率を超える税率で課することができないものと規定する。改正後地方税法において,法人事業税の所得割の標準税率は,各事業年度の所得のうち年400万円以下の金額の100分の3.8,各事業年度の所得のうち年400万円を超え年800万円以下の金額の100分の5.5並びに各事業年度の所得のうち年800万円を超える金額及び清算所得の100分の7.2とされた(同法72条の24の7第1項1号ハ,同法附則40条10項)。

 2 道府県法定外普通税に関する規定

   地方税法4条2項は,道府県は,普通税として,事業税その他同項各号に掲げるもの(以下,単に「法定税」ということがある。)を課するものとする(ただし,徴収に要すべき経費が徴収すべき税額に比して多額であると認められるものその他特別の事情があるものについては,この限りでない。)旨を規定する。一方,同条3項は,道府県は,同条2項各号に掲げるものを除くほか,別に税目を起こして,普通税(道府県法定外普通税。以下,単に「法定外税」ということがある。)を課することができる旨を規定する。

   地方税法259条1項(平成16年法律第17号による改正前は259条。以下同じ。)は,道府県は,法定外税の新設又は変更をしようとする場合においては,あらかじめ,総務大臣に協議し,その同意を得なければならないものと規定する。そして,同法261条は,総務大臣は,同法259条1項の規定による協議の申出を受けた場合には,当該協議の申出に係る法定外税について次に掲げる事由のいずれかがあると認める場合を除き,これに同意しなければならないものと規定する。

 「一 国税又は他の地方税と課税標準を同じくし,かつ,住民の負担が著しく過重となること。

  二 地方団体間における物の流通に重大な障害を与えること。

  三 前二号に掲げるものを除くほか,国の経済施策に照らして適当でないこと。」

 3 本件条例の規定

  (1) 本件条例の施行当時(平成13年8月1日)の内容(抜粋)は,以下のとおりであった(なお,略称は本件条例限りのものである。甲1)。

  「(課税の根拠)

   第2条 県は,地方税法(昭和25年法律第226号。以下「法」という。)第4条第3項の規定に基づき,当分の間の措置として臨時特例企業税を課する。

   (定義)

   第3条 この条例において,次の各号に掲げる用語の意義は,当該各号に定めるところによる。

     (1) 課税事業年度 事業年度(法第72条の13に規定する事業年度をいう。以下同じ。)のうち,法人の事業税の課税標準である所得の金額の計算において繰越控除欠損金額を損金の額に算入した事業年度(当該事業年度終了の日の資本の金額又は出資金額が5億円未満の事業年度及び清算中の事業年度を除く。)をいう。

     (2) 繰越控除欠損金額 法人の事業税の課税標準である各事業年度の所得を法第72条の14第1項本文の規定により当該法人の当該各事業年度の法人税の課税標準である所得の計算の例によって算定する場合において,法人税法(昭和40年法律第34号)第57条第1項(略)の規定により当該各事業年度の所得の金額の計算上,損金の額に算入することとされている欠損金額に相当する金額(略)をいう。

     (3) 県分割合 県内に所在する事務所又は事業所に係る分割基準の数値(法第72条の48第1項の規定により法人の事業税の課税標準の総額を分割する際に用いられる同条第2項に規定する分割基準の数値をいう。以下同じ。)を県内及び他の都道府県内に所在する事務所又は事業所に係る分割基準の数値で除して得た数値をいう。」

  「(納税義務者等)

   第5条 臨時特例企業税は,県内に事務所又は事業所を設けて行う法人の事業活動に対し,その法人に課する。

     2 (略)

   (非課税)

   第6条 次の各号のいずれかに該当する法人が行う事業活動並びに電気供給業,ガス供給業,生命保険業及び損害保険業に係る事業活動に対しては,臨時特例企業税を課さない。

     (1) 国及び法人税法第2条第5号に規定する公共法人

     (2) 法人税法第2条第6号に規定する公益法人等(略)

   (課税標準)

   第7条 臨時特例企業税の課税標準は,各課税事業年度における法人の事業税の課税標準である所得の金額の計算上,繰越控除欠損金額を損金の額に算入しないものとして計算した場合における当該各課税事業年度の所得の金額に相当する金額(当該金額が繰越控除欠損金額に相当する金額を超える場合は,当該繰越控除欠損金額に相当する金額)とする。

     2 県と他の都道府県とにおいて事務所又は事業所を設けて事業活動を行う法人の課税標準は,前項の規定にかかわらず,同項の規定によって計算した金額に県分割合を乗じて得た金額とする。

     3 (略)

   (税率)

   第8条 臨時特例企業税の税率は,次の各号に掲げる区分に応じ,当該各号に掲げる率とする。

     (1) 法第72条の22第4項に規定する特別法人 100分の2

     (2) その他の法人 100分の3

   (徴収の方法)

   第9条 臨時特例企業税の徴収については,申告納付の方法による。」

  (2) 平成16年神奈川県条例第18号による改正(同年4月1日施行)後の本件条例は,企業税の課税標準につき,改正前は法人事業税の課税標準である所得の金額の計算を基準としていたところを,法人事業税の「所得割」の課税標準である所得の金額の計算を基準として,改正前と同様,繰越控除欠損金額を損金の額に算入しないものとして計算した場合における当該各課税事業年度の所得の金額に相当する金額(当該金額が繰越控除欠損金額に相当する金額を超える場合は,当該繰越控除欠損金額に相当する金額)を課税標準とする旨を規定する(本件条例3条1号,2号,7条1項)(なお,連結申告法人については別途規定があり,上記に準じた内容である。)。

    また,上記改正後の本件条例は,企業税の税率につき,一律に100分の2と規定する(本件条例8条)。

    さらに,上記改正後の本件条例は,平成16年4月1日以後に開始する各事業年度分の企業税の課税標準の計算においては,同年3月31日以前に開始した事業年度において生じた欠損金額に相当する金額に限り繰越控除欠損金額として考慮する旨(本件条例附則3項),及び,平成21年3月31日限り本件条例がその効力を失う(ただし,同日以前に終了する事業年度分の企業税については,同日後もなお効力を有する。)旨を規定する(同2項)(甲50,乙19)。

  (3) 本件条例は,要するに,地方税法4条3項の規定に基づく法定外税として,神奈川県内に事務所又は事業所を設けて行う法人の事業活動に対し,その法人に,法人事業税(又はその所得割)の課税標準である所得の金額の計算上繰越控除欠損金額を損金の額に算入しないものとして計算した場合における当該各課税事業年度の所得の金額に相当する金額(当該金額が繰越控除欠損金額に相当する金額を超える場合は,当該繰越控除欠損金額に相当する金額)を課税標準とし,税率を100分の3ないし100分の2とする企業税を課するものである(本件条例3条1号,2号,7条1項,8条)。

    上記の繰越控除欠損金額とは,法人事業税(又はその所得割)の課税標準である各事業年度の所得を改正前地方税法72条の14第1項(改正後地方税法72条の23第1項)の規定により当該法人の当該各事業年度の法人税の課税標準である所得の計算の例によって算定する場合において,法人税法57条1項の規定により,当該各事業年度の所得の金額の計算上,損金の額に算入することとされている欠損金額に相当する金額である(以下同じ。)。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4 基礎となる事実

   (以下の事実は,当事者間に争いがない事実であるか,末尾に記載した証拠ないし弁論の全趣旨により容易に認められる事実である。)

 1 原告

   原告は,自動車,産業用運搬車両等及びこれらの部品等の製造,販売等を業とする株式会社であり,東京都品川区に本店を有する一方,神奈川県藤沢市に工場の一つを有し,同工場において自動車等の製造等を行っている。

   原告の資本の金額は,本件に関係のある期間を通じ,5億円以上である(甲116)。

 2 本件条例の制定及び改正の経緯

  (1) 神奈川県議会は,平成13年3月21日,本件条例案を可決した(甲1)。

    被告は,平成13年3月22日,改正前地方税法259条の規定に基づき,総務大臣に対し,企業税の新設について協議の申出をした(甲11の1)。

    上記協議の申出を受けて,総務大臣は,平成13年4月4日,地方税法260条1項の規定に基づき,財務大臣に対し,被告から協議の申出を受けたことを通知したが,財務大臣から同条2項所定の異議の申出はされなかった。また,総務大臣は,被告との協議の後,同法260条の2の規定に基づき,地方財政審議会に対し,意見を求めたところ,同審議会は,同年6月20日,企業税について同意することが適当と考える旨の意見を述べた。これを受けて,総務大臣は,同月22日付けで,企業税の新設について同意した(甲44,争いのない事実)。

    上記同意を受けて,本件条例は,平成13年7月2日に公布され,同年8月1日に施行された(甲50)。

  (2) 前記第3,1(1)イのとおり,平成15年法律第9号による地方税法の改正(平成16年4月1日施行)により,法人事業税にいわゆる外形標準課税が一部導入され,付加価値割,資本割及び所得割等の区分が設けられた。これに対応して,前記第3,3(2)のとおり,本件条例も改正(同日施行)され,企業税の課税標準につき,従前は法人事業税の課税標準である所得の金額の計算を基準としていたところ,法人事業税の「所得割」の課税標準である所得の金額の計算を基準とすることとされ(本件条例3条1号,2号,7条1項),また,税率も従前の原則100分の3から一律100分の2に引き下げられた(同8条)。

    また,上記の本件条例の改正により,平成16年4月1日以後に開始する事業年度において生じた欠損金額は企業税の課税標準において考慮されないこととされたことから(本件条例附則3項),企業税の課税の範囲が段階的に縮小していくことになった上,本件条例は原則として平成21年3月31日限りその効力を失うこととなった(同附則2項)。

    なお,被告は,上記の本件条例の改正の際には,総務大臣に協議の申出をしておらず,その同意も得ていない。

 3 課税及び不服申立て等の経緯(別表1及び2参照)

  (1) 原告は,法人税につき,欠損金額の生じた事業年度について青色申告書である確定申告書を提出し,かつ,その後において連続して確定申告書を提出していたことにより(法人税法57条10項),平成15年4月1日から平成16年3月31日までの事業年度(以下「平成15年度」という。)及び平成16年4月1日から平成17年3月31日までの事業年度(以下「平成16年度」という。)の法人事業税(又はその所得割)の課税標準である所得の計算上,繰越控除欠損金額を生じていた。

  (2) 原告は,申告期限内の平成16年6月28日,神奈川県川崎県税事務所長(以下「県税事務所長」という。)に対し,平成15年度分の企業税について,課税標準額を428億8185万5000円,税額を12億8645万5600円とする申告をし,同月30日,同額を納付した(甲2,争いのない事実)。

    しかし,原告は,平成16年11月8日,県税事務所長に対し,本件条例は地方税法に違反するとして,平成15年度分の企業税の全額の減額を求める旨の更正の請求をした。これに対し,県税事務所長は,平成16年12月6日付けで,更正をすべき理由がない旨の通知をした(甲3,4)。

    そこで,原告は,平成17年1月24日,神奈川県知事に対し,上記通知についての審査請求をしたが,同知事は,同年4月27日付けで,これを棄却する旨の裁決をした(甲5,6)。

  (3) 原告は,申告期限内の平成17年6月15日,県税事務所長に対し,平成16年度分の企業税について,課税標準額を328億3787万9000円,税額を6億5675万7500円とする申告をし,同日,同額を納付した(甲7,争いのない事実)。

    しかし,原告は,平成17年6月16日,県税事務所長に対し,本件条例は地方税法に違反するとして,平成16年度分の企業税の全額の減額を求める旨の更正の請求をした。これに対し,県税事務所長は,平成17年7月20日付けで,更正をすべき理由がない旨の通知をした(甲8,9)。

    そこで,原告は,平成17年7月22日,神奈川県知事に対し,上記通知についての審査請求をしたが,同知事は,同年10月20日付けで,これを棄却する旨の裁決をした(甲10の1・2)。

  (4) 原告は,平成17年10月25日,平成15年度分及び平成16年度分の企業税に係る更正をすべき理由がない旨の各通知(以下「本件各通知」という。)の取消し等を求めて,本件訴訟を提起した。

  (5) 県税事務所長は,本件訴訟係属中の平成19年5月22日付けで,原告に対し,平成15年度分の企業税について,課税標準額を437億0758万3000円,税額を13億1122万7400円(新たに納付すべき税額2477万1800円)とする(増額)更正及び過少申告加算金を247万7100円とする過少申告加算金決定を,平成16年度分の企業税について,課税標準額を331億7080万7000円,税額を6億6341万6100円(新たに納付すべき税額665万8600円)とする(増額)更正及び過少申告加算金を66万5800円とする過少申告加算金決定を,それぞれした(甲160,161。以下,平成15年度分及び平成16年度分の各更正を「本件各更正」といい,同各年度分の各過少申告加算金決定を「本件各加算金決定」といい,あわせて「本件各更正等」という。)。

    原告は,平成19年6月22日,平成15年度分の更正により納付すべき税額2477万1800円及び過少申告加算金額247万7100円並びに平成16年度分の更正により納付すべき税額665万8600円及び過少申告加算金額66万5800円の合計額3457万3300円を納付した(甲162の1)。また,原告は,平成19年7月9日,平成15年度分の更正により生じた延滞金額110万8100円及び平成16年度分の更正により生じた延滞金額29万7800円の合計額140万5900円を納付した(甲162の2)。

    原告は,平成19年6月28日,神奈川県知事に対し,本件各更正等についての審査請求をしたが,同知事は,同年8月8日付けで,これを棄却する旨の裁決をした(甲163,164)。

  (6) 原告は,平成19年8月24日,本件各更正等の取消しを求める訴え等を追加した。これに伴い,原告は,本件各通知の取消しの訴えを取り下げた。

第5 課税根拠に関する当事者の主張

   本件各更正等及び延滞金の根拠に関する被告の主張は以下のとおりであり,いずれも,本件各更正等及び原告が納付した延滞金の金額と同額である。原告は,本件条例が適法・有効であるとした場合のこれら各課税根拠事実については特に争わない。

 1 平成15年度分

  (1) 更正

   ア 繰越控除欠損金額を損金の額に算入しないものとして計算した場合の所得金額                537億8071万1889円

     上記金額は,次の各金額の合計額である。

    (ア) 所得金額                       0円

    (イ) 損金の額に算入した繰越控除欠損金額に相当する金額

                       537億8071万1889円

   イ 課税基準額             537億8071万1889円

   ウ 県分割合                      0.8127

   エ 算出標準額             437億0758万3000円

     上記金額は,前記イの課税基準額(ただし,地方税法20条の4の2第1項の規定により1000円未満の端数を切り捨てた後のもの。)に前記ウの県分割合を乗じて算出した金額(ただし,同様に1000円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である。

   オ 納付すべき企業税額          13億1122万7400円

     上記金額は,前記エの算出標準額に本件条例8条2号(平成16年神奈川県条例第18号による改正前のもの)の税率100分の3を乗じて算出した金額(ただし,地方税法20条の4の2第3項により100円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である。

  (2) 過少申告加算金決定

   ア 基礎税額                  2477万1000円

     上記金額は,原告が平成15年度分の企業税に係る更正により新たに納付すべきこととなった金額2477万1800円につき,地方税法20条の4の2第2項の規定により1000円未満の端数を切り捨てた後のものである。

   イ 過少申告加算金額               247万7100円

     上記金額は,前記アの基礎税額に,地方税法278条1項の規定に基づき100分の10を乗じて算出した金額である。

  (3) 延滞金

    延滞金額                    110万8100円

    上記金額は,前記(2)アの基礎税額に,地方税法277条1項,2項及び同法附則3条の2第1項の規定に基づき,納期限の翌日から納付の日までの期間の日数に応じ,各年の特例基準割合(0.1パーセント未満の端数があるときは,これを切り捨てる。以下同じ。)を乗じて算出した以下の各金額(ただし,平成15年1月30日税第456号により,平成17年7月1日から平成19年5月22日までの期間の延滞金は減免した。)の合計額(ただし,同法20条の4の2第5項の規定により100円未満の端数を切り捨てた後のもの。)である。

   ア 平成16年7月1日から平成17年6月30日まで365日間分

                            101万5611円

     同期間の特例基準割合は,4.1パーセントである。

   イ 平成19年5月23日から同年6月22日まで31日間分

                              9万2568円

     同期間の特例基準割合は,4.4パーセントである。

 2 平成16年度分

  (1) 更正

   ア 繰越控除欠損金額を損金の額に算入しないものとして計算した場合の所得金額                450億3179万9254円

     上記金額は,次の各金額の合計額である。

    (ア) 所得金額            27億1669万8136円

    (イ) 損金の額に算入した繰越控除欠損金額に相当する金額

                       423億1510万1118円

   イ 課税基準額             423億1510万1118円

     前記アの金額がア(イ)の金額を超えるため,ア(イ)の金額が課税基準額となる。

   ウ 県分割合                      0.7839

   エ 算出標準額             331億7080万7000円

     上記金額は,前記イの課税基準額(1000円未満の端数切り捨て)に前記ウの県分割合を乗じて算出した金額(1000円未満の端数切り捨て)である。

   オ 納付すべき企業税額           6億6341万6100円

     上記金額は,前記エの算出標準額に本件条例8条(平成16年神奈川県条例第18号による改正後のもの)の税率100分の2を乗じて算出した金額(100円未満の端数切り捨て)である。

  (2) 過少申告加算金決定

   ア 基礎税額                   665万8000円

     上記金額は,原告が平成16年度分の企業税に係る更正により新たに納付すべきこととなった金額665万8600円につき,1000円未満の端数を切り捨てた後のものである。

   イ 過少申告加算金額                66万5800円

     上記金額は,前記アの基礎税額に,地方税法278条1項の規定に基づき100分の10を乗じて算出した金額である。

  (3) 延滞金

    延滞金額                     29万7800円

    上記金額は,前記1(3)と同様,前記(2)アの基礎税額に,納期限の翌日から納付の日までの期間の日数に応じ,各年の特例基準割合を乗じて算出した以下の各金額(ただし,平成15年1月30日税第456号により,平成18年7月1日から平成19年5月22日までの期間の延滞金は減免した。)の合計額(100円未満の端数切り捨て)である。

   ア 平成17年7月1日から平成18年6月30日まで365日間分

                             27万2978円

     同期間の特例基準割合は,4.1パーセントである。

   イ 平成19年5月23日から同年6月22日まで31日間分

                              2万4880円

     同期間の特例基準割合は,4.4パーセントである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第6 争点及び争点に関する当事者の主張

 1 争点

  (1) 本件条例の適法性及び有効性

    原告が主張する本件条例の違法・無効事由は,

   ① 法人事業税の課税標準につき欠損金額の繰越控除を定めた規定(改正前地方税法72条の14第1項,改正後地方税法72条の23第1項)を潜脱して課税するものであること,

   ② 法人事業税につき制限税率を定めた規定(改正前地方税法72条の22第8項,改正後地方税法72条の24の7第8項)を潜脱して課税するものであること,

   ③ 改正前地方税法72条の19の規定によらずに法人事業税の課税標準の特例を設けるものであること,

   ④ 担税力を有しない繰越控除欠損金に課税するものであること,

   ⑤ 平成15年法律第9号による地方税法改正の際に総務大臣の同意を欠くこと,

   ⑥ 地方税法7条の要件を満たすことなく不均一課税をするものであること,

   ⑦ 国民の財産権を比例原則に反して侵害するもので憲法29条に違反すること,及び,

   ⑧ 租税公平主義に反し,憲法14条1項及び29条に反すること,

   の各点である。このうち,企業税は地方税法上の法人事業税に係る規定を潜脱して課税するもので違法である旨の主張(①ないし③)が,中心的な主張である。

    これに対し,被告は,本件条例は地方団体(道府県又は市町村をいう(地方税法1条1項1号)。以下同じ。)の課税自主権に基づき,同法259条以下に規定する法定外税の新設に係る要件及び手続を満たして制定されたものであり,それ以外の法定税に係る規定は法定外税の準則となるものではないなどとして,原告主張の各違法事由に理由はなく,本件条例は適法・有効であると主張する。

  (2) 本件各更正等の有効性並びに誤納金及び還付加算金の額

    原告は,主位的に,違法・無効な本件条例に基づく本件各更正等は無効であるとして,納付した企業税,過少申告加算金及び延滞金の誤納金としての還付並びにその還付加算金の支払を求めている(請求1(1),(2))。

  (3) 本件各更正等の取消事由の有無並びに過納金及び還付加算金の額

    原告は,予備的に,違法・無効な本件条例に基づく本件各更正等は仮に無効でないとしても取り消されるべきであるとして,その取消し,納付した企業税,過少申告加算金及び延滞金の過納金としての還付並びにその還付加算金の支払を求めている(請求2(1),(2))。

 2 争点(1)(本件条例の適法性及び有効性)について

  〈原告の主張〉

  (1) 地方税法261条所定の総務大臣の同意は法定外税の適法性を審査するものではないこと

   ア 地方税法261条は,国の行政機関たる総務大臣が一定の行政目的を実現するため法定外税の新設又は変更に関して行う,国の関与の一類型としての同意制度(地方自治法245条1号ニ)を定めたものである。そして,地方税法261条各号の事由は,国の関与を必要最小限度のものにするという原則(地方自治法245条の3)の下,異なる行政主体間の経済施策等の調整のための関与の規律として,総務大臣による不同意の判断のための3要件を限定列挙し,これに該当しなければ総務大臣は必ず同意しなければならないとしたものであり,租税原則に合致しているかどうかといった観点から法定外税が違法となる場合を類型化したものではない。すなわち,地方税法261条に規定する同意制度は,法定外税の創設につき,国の経済施策との整合性の確保等の行政目的を実現するための事前のチェックの機会を設けたものにすぎず,同条各号の規定は法定外税の適法要件を定めたものではない。

     また,地方税法261条所定の総務大臣の同意がされても,同条各号のいずれの事由にも該当しないと判断したにとどまり,当該法定外税が適法であると判断したことを意味するものではない。現に,本件条例についての同意の際にも,総務大臣は,同条に限定列挙された事由の有無のみを審査しており,それを離れて,企業税が法人事業税に関する地方税法の規定を潜脱する違法な法定外税かどうかなどといった適法性に関する検討は,一切行われなかった。

   イ このように,地方税法261条は法定外税の適法要件を定めたものではないから,同条の同意が得られたとしても,当該法定外税が地方税法上適法になるものではなく,当該条例が適法であるかどうかは,別途判断されるべき問題である。すなわち,地方税法259条以下の規定に基づいて法定外税条例が制定されたとしても,地方税法上の他の規律や他の法律に違反していることがあり,その場合,納税義務者は,その違法性を訴訟手続において主張し,課税処分を争うことができるというべきである。

     横浜市の勝馬投票券販売税に関する国地方係争処理委員会平成13国地係1号・平成13年7月24日勧告も,地方税法261条所定の総務大臣の同意は施策の整合性を確保するための国の行政機関の関与の一類型であるとした上で,法定外税が法律に違反するか否かは,総務大臣の同意の要件ではなく,訴訟の前提問題として別途取り扱われるべき事柄であるとしている。

     被告は,総務大臣の同意がされた法定外税については,地方議会の裁量権の逸脱濫用や総務大臣の同意の判断の誤りの有無についてのみ事後的に裁判所の司法審査が及ぶ旨を主張するが,課税処分取消訴訟における納税義務者の主張がこれらの事由に限られるとする根拠はない。

   ウ 仮に,地方税法261条の総務大臣の同意が法定外税の適法性の判断に基づいて行われたとしても,かかる行政機関による適法性の判断は,後の課税処分取消訴訟において裁判所を拘束するものではない。

   エ したがって,本件の争点は,総務大臣の同意の判断の適否ではなく,端的に,企業税が地方税法の規律に照らして適法かどうかにある。

  (2) 法定税に関する規律を潜脱する法定外税条例は違法・無効であること

   ア 地方団体は,法律の範囲内で,法令に違反しない限りにおいてのみ条例を制定することができる(憲法94条,地方自治法14条1項)。そして,法律が全国一律の規制を設ける趣旨で規定をしている場合には,これと抵触する規制を設ける条例は,法令に違反するものとして違法・無効となる。

     地方税の課税については,地方税法が制定されており,地方団体は,その枠内で課税権を行使しなければならない。法定税は,枠法としての地方税法が特定の課税物件を取り上げ,その課税標準と負担水準たる税率を法定しているものであるから,地方団体の課税権はその限度において制限されている。この制限は,問題となっている租税が法定税の形式をとるか,それとも法定外税の形式をとるかにかかわらないと解すべきである。そうでなければ,地方税法が法定税に関して設けている厳格な制限が無に帰してしまうからである。

   イ 法律が全国一律に定める法定税の課税標準,税率等を法定税条例により変更することは明らかに違法であるところ,法定外税条例の形式で実質的に同様の変更を加えることも,法定税に係る規定の潜脱であり,許されない。

     すなわち,地方税法上の法定税に関する規律は,準用規定がなくても法定外税条例に及び,地方税法が地方団体の選択を認めていない全国一律の規定(課税標準,制限税率,非課税規定等)に違反する条例は,法定税条例であろうと,法定外税条例であろうと,違法・無効となる。

   ウ 法定税について地方税法上全国一律に定められた規律に変更を加えるには,法律の特別の委任ないしこれを許容する特別の定めが必要である。

     しかし,法定外税に係る地方税法4条3項及び259条以下のいずれの規定も,このような特別の委任ないし規定に該当しないし,法定税として定めれば地方税法の全国一律のルールに反して違法となる税と実質的に同視し得る税を,地方団体が法定外税条例により定めることを許容するものでもない。

   エ 被告は,地方税法261条1号において法定税と同一の課税標準を持つ法定外税でさえ許容されている旨を強調する。

     しかし,地方税法261条は,異なる行政主体間の経済施策等の調整のための,国の行政機関たる総務大臣の関与の手続規定にすぎず,法定税の課税標準や制限税率等に係る委任規定ないし特別の許容規定と見ることはできない。

     例えば,法人事業税に関する制限税率は全国一律の規制であるところ,仮に法人事業税と同一内容又は実質的にこれと同視し得る租税も,一旦法定外税の名目で導入すれば,制限税率を超過しても「著しく過重な負担」(地方税法261条1号)に至らない限り許容されるとするのは,明らかに不合理である。法人事業税における制限税率の規制は,全国的な視点からの税財源の調整という役割を果たす全国一律の規制であって,法定税であろうと,法定外税であろうと,上乗せ課税を許さないものである。同号は,法定税の規律に対する特例として,名目・形式を法定外税とすれば「著しく過重な負担」とならない限り適法に課税できるという趣旨まで含むものではないのである。

     地方税法261条各号は抽象的かつ一般的な規定であり,このような抽象的・一般的規定は,法定税たる法人事業税の課税標準や制限税率等の具体的かつ詳細な規定の特別規定とはなり得ない。

  (3) 法人事業税における欠損金額の繰越控除は法律改正によらなければ変更できない全国一律の規律であること

   ア 原告をはじめ法人税法上の青色申告法人には,法人税につき欠損金額の必要的繰越控除が認められており,法人事業税についても,改正前地方税法72条の14,改正後地方税法72条の23を介して,同制度が取り込まれている。同各条は,法人事業税の課税標準である所得につき,「この法律又は政令で特別の定めをする場合を除くほか」法人税の課税標準である所得の計算の例によるとしており,条例によって変更できるものとはしていない。このように,欠損金額の必要的繰越控除は,法律上明記された,全国一律の重要かつ基本的な制度である。

     立法者は,欠損金額繰越控除制度を全国一律のルールとして定めたものと解され,法律の特別の委任なしに欠損金額の一部について繰越控除の適用を遮断することは,書換条例に当たり許されない。

   イ 法人税法57条1項は,人為的な課税年度ごとの当期所得課税は課税の公平性を損ない,また所得課税における企業の担税力を現すものではないと立法者が判断し,必要的に欠損金額の繰越控除を行わせることにより,担税力をより適正に示す所得金額の算定をしようとするものである。すなわち,立法者は,欠損金額の繰越控除を課税上の重要なルールとして定めているのである。

     そして,このルールは,法人事業税の課税標準の算定上のルールとしても採用されている。法人事業税についての欠損金額の繰越控除に関する規定は,全国的な視点からの税財源の調整と納税者の権利保護を図るための規定であり,全国一律の規制を施す趣旨である。欠損金額の全部又は一部の繰越控除を認めないことになれば,納税者に大きな影響を及ぼすことになるから,必ず法律の改正でこれを行わなければならない。

   ウ 法人税法上,欠損金額の繰越控除は必要的調整事項とされ,納税者がその適用を選択しなかった場合でも,税務当局がこれを是正して欠損金額の繰越控除を行うものとされており,このことは,立法者が欠損金額の繰越控除を重要で必須の制度と考えていることを示している。また,平成16年の税制改正において,金融・産業の構造改革を促進し,企業の国際競争力を高めるため,法人税法上の欠損金額繰越控除制度は,平成13年に遡って,その繰越控除の対象期間が5年から7年に延長されたところであり(同延長は法人事業税にも適用される。),このような重要な国策たる税制についてその効果を制限するのであれば,税法の改正によらなければならないのは当然のことである。

   エ 現行の日本の租税制度の下において,所得を課税標準とする租税(法人税,法人事業税,所得税,個人事業税,都道府県民税,市町村民税)のすべてにおいて,欠損金額繰越控除制度が定められている。このことは,立法者において,所得を平準化し通期課税の公平性を確保する同制度を,日本の所得課税における根幹又は基本的構造に関わる重要かつ基本的な制度と考え,繰越控除欠損金額に相当する利益はすべて所得課税の対象としないものとしていることを示している。そして,このような立法者意思に照らせば,当該利益については,法人事業税のみならず,同税と実質的に同一又は同種の租税の課税も禁止されると解すべきである。

   オ 被告は,欠損金額繰越控除制度をいかに定めるかは租税(立法)政策の問題である旨を強調する。確かに,同制度の内容をどのようにするかは租税(立法)政策の問題であるが,このような政策論と,一旦その内容が法定された場合に当該内容を法律ではなく条例によって適法に変更できるかという法的可能性(解釈論)とは,全く別個のものであって,本件の争点は後者である。

  (4) 企業税は実質的に法人事業税の欠損金額の繰越控除を一部遮断するもの(法人事業税の課税標準を実質的に変更するもの)であること

   ア 法人事業税と企業税は,いずれも法人の事業活動と都道府県の行政サービスとの受益関係に着目して課する税であって,その趣旨及び目的は同一である。そして,企業税は,以下のとおり,法人事業税の課税標準を実質的に変更するものである。

     企業税は,繰越控除欠損金額と相殺される当期所得金額を課税標準としている。このような企業税は,結局,当期所得金額から法人事業税の課税標準である所得を控除した金額を課税標準とし,法人事業税と一体となって,当期所得金額の全体に課税することを可能にする仕組みと見ることができ,繰越控除の適用を部分的に否定する効果をもたらしている。

     企業税は,法定税たる法人事業税の課税標準の算定過程の一部分のみを切り出したものにすぎず,法人事業税の課税標準の修正を目的としたものであることは明らかである。すなわち,企業税は,法人事業税の所得計算上の繰越欠損金の控除部分に対して一定の税率による課税を行うものであるから,まさに法人事業税の根幹部分の実質的変更に当たるといわなければならない。法人事業税の課税標準の算定過程の一部である繰越欠損金の損金算入部分のみを取り出してみたところで,それは租税理論上法人事業税と別個独立の租税とはなり得ず,本質的には法人事業税の規定の変更措置にほかならないのである。

   イ(ア) 神奈川県地方税制等研究会は,神奈川県知事の諮問を受け,被告の行政サービスを受け当期損益が黒字になっているにもかかわらず欠損金額繰越控除制度により法人事業税を負担していない法人に,相応の負担を求めるため,法人事業税の欠損金額繰越控除制度の適用を遮断する方策を検討し,その結果,企業税の創設を被告に提言した。同研究会の最終報告書と本件条例の内容が同一であることからして,被告が同最終報告書をそのまま受け入れて企業税を創設したことは明らかである。

      神奈川県地方税制等研究会の中間報告書及び最終報告書においては,法人事業税の欠損金額の繰越控除の遮断を行い得る仕組みを持つ新税として,法定外税(企業税)を創設すべきことが明記されている。そして,欠損金額のうち投機的活動に起因するものについては繰越控除の適用を遮断することが相当であるとの考えの下,当該欠損金額を欠損金全額の30パーセント程度とみなし,欠損金額の30パーセントの繰越控除の遮断を意図しつつ,これを課税標準ではなく税率設定の中で考慮することとし,課税標準を繰越控除欠損金額全額とする一方,法人事業税の税率が約10パーセントであることから,これに上記30パーセントを掛け合わせた3パーセントを税率とすることが適当である旨が記されている。

      また,このような企業税の創設の経緯は,本件条例の制定当時被告の総務部税務課専任主幹の職にあったA氏の論文「「臨時特例企業税」の概要について」にも明記されている。

    (イ) これらのことからすれば,企業税の本質は,法人事業税の課税標準である所得の算定過程における欠損金額の繰越控除の部分のみを取り出して,当該欠損金額の一部(30パーセント)について,繰越控除の適用を遮断し,法人事業税を課するものといえる。

      すなわち,企業税は,法人事業税における欠損金額の繰越控除の適用を30パーセント遮断した場合の法人事業税の追加課税(法人事業税の課税標準に繰越控除欠損金額の30パーセントを加算して課税するもの)と全く同一の効果をもたらすものであり,法人事業税と表裏一体の関係に立つ「追加法人事業税」又は「第2法人事業税」なのである。

      このように,企業税の導入の結果,地方税法の改正により初めて可能となる法定税たる法人事業税の規定の変更と実質的に同じ効果がもたらされているし,そもそも,企業税は,このような効果をもたらすことを当初から意図して構築されているのである。

  (5) 企業税は法人事業税の課税標準につき欠損金額の繰越控除を定めた規定を潜脱して課税するもので違法であること(違法事由①)

   ア 法人事業税に関する全国一律の規律である,欠損金額の繰越控除後の所得を課税標準とする準則(改正前地方税法72条の14,改正後地方税法72条の23)を一部変更する法定税条例は,当然に違法・無効である。そして,これと同内容の法定外税条例も,違法な法定税条例と同一の課税を行うものであるから,前記(2)のとおり違法・無効である。

     この点,本件条例は,前記(4)のとおり,欠損金額の30パーセントの遮断割合を課税標準ではなく税率で反映させたものにすぎず,実質的には欠損金額の繰越控除を一部遮断し,法人事業税の課税標準を一部変更するものであって,上記のような,法定税の課税標準を変更して課税する法定外税条例といえるから,違法・無効というべきである。すなわち,企業税は,形式上は法人事業税の欠損金額繰越控除規定の変更とは異なるが,実質的には,改正前地方税法72条の14,改正後地方税法72条の23に規定する欠損金額繰越控除制度の効果を否定するもので,これらの規律を潜脱するものであり,違法というべきである。

   イ 法人事業税においては,欠損金額があればこれが繰越控除され税負担が減少するにもかかわらず,企業税においては,かかる欠損金額の繰越控除が契機となり,繰越控除欠損金額が課税標準となって逆に租税負担をもたらし,その結果,改正前地方税法72条の14,改正後地方税法72条の23の効果が害されることになるから,これが地方税法の立法者意思を阻害して違法であることは明らかである。

   ウ 以上のとおり,企業税は,その目的及び効果の両面において,地方税法上の法人事業税の基本的構造に関わる欠損金額の繰越控除の規定と矛盾・抵触し,これを一部改正するのと実質的に同じことを,法定外税条例という形式を利用し,地方税法の規制を潜脱して実現することを意図し,現にこれを実現したものといわざるを得ない。

     欠損金額の繰越控除は,法人事業税そのものの基本的仕組みの問題であり,これを条例レベルで修正することは違法であるところ,企業税は,この欠損金額繰越控除制度の趣旨を実質的に潜脱し,法律改正によらなければ実現し得ない効果を条例制定により実現しようとしたものであり,違法というほかない。

  (6) 企業税は法人事業税につき制限税率を定めた規定を潜脱して課税するもので違法であること(違法事由②)

   ア 改正前地方税法72条の22第8項,改正後地方税法72条の24の7第8項は,法人事業税の税率について,標準税率に1.1ないし1.2を乗じて得た率を超える税率で課することができないものと規定する。制限税率が設けられている趣旨は,事業税の税額は法人税又は所得税の課税所得の算定上損金又は必要経費に算入されるため,標準税率を大幅に超える税率で課税されると,その分所得が減少する結果,他の地方団体の住民税及び事業税の減少,さらに法人税及び所得税の減少を通じて地方交付税の減少を来すことになり,国及び地方の財政に大きな影響を及ぼすため,租税体系の秩序維持及び法人の総合的な税負担の適正化を図ることにある。

     この制限税率の定めは,最大限規制の趣旨であり,条例でこれを超える税率を課することはできず,このことは,実質的に法人事業税と同視し得る税を法定外税の形式で課することによって,実際上は税率を上げるのと同じ効果を持つ場合であっても,同様に妥当する。

     本件条例は,形式的には法定外税であるものの,実質的に法人事業税と同一又は同種の税である企業税を課することによって,実質的には,法人事業税の税率を引き上げたものにほかならず,法人事業税につき制限税率を定めた規定を潜脱して課税するものであり,違法・無効である。

   イ 改正後地方税法の下では,法人事業税の付加価値割の課税標準中に,各事業年度の単年度損益が含まれているところ(同法72条の14),この単年度損益は,欠損金額の繰越控除を行わないで算定される(同法72条の18)。そうすると,欠損金額の繰越控除を行わないで算出される単年度損益に対して,法人事業税の付加価値割と企業税の二重課税がされることとなる。

     そして,法人事業税の付加価値割の標準税率は0.48パーセント,制限税率は0.576パーセント(改正後地方税法72条の24の7第1項1号イ,第8項)であるところ,企業税の税率は2パーセントであるから,企業税は,法人事業税の付加価値割の制限税率の規定を潜脱するもので,この点でも違法である。

  (7) 企業税は改正前地方税法72条の19の規定によらずに法人事業税の課税標準の特例を設けるもので違法であること(違法事由③)

   ア 改正前地方税法72条の19は,応益性の観点から,特定の事業,業種に限って法人事業税に外形標準課税を導入することを許容していた。そして,同条以外には法人事業税の課税標準の例外を許容する規定は設けられていなかった。そうすると,改正前地方税法の下では,同条によらなければ,法人事業税の課税標準の特例を定めることは,例え法定外税という形式を採ったとしても許されていなかったというべきである。

   イ 前記(4)のとおり,企業税は,実質的に欠損金額の繰越控除を一部遮断して法人事業税を課するものであるから,改正前地方税法72条の19の規定によるべき性質のものであった。しかし,被告は,同条の「事業の情況」との要件を満たすのが法的に困難との神奈川県地方税制等研究会の報告を踏まえ,同条の適用を回避し,代わりに同じ内容の租税を法定外税として創設したのである。すなわち,被告は,外形標準課税導入と実質的には同一の効果を,法定外税の形式を用いることによって実現しようとしたのである。

     改正前地方税法においては,地方団体が法人事業税の課税標準の特例を設けるには同法72条の19の規定による以外なく,これによらずに法定外税の形式を用いて繰越控除の適用の遮断を行うことは認められていなかったにもかかわらず,被告は,法定外税条例によって法人事業税の特例たる企業税を定めたのであるから,本件条例は違法・無効である。

     また,企業税は,特定の業種に限定せず,すべての業種に適用されるものであるから,改正前地方税法72条の19に規定する「事業の情況に応じ」との要件を充足せず,同条の下で創設すれば違法な租税と解されたことは明らかである。このような企業税が,単に名前を法定外税に付け替え,法定外税の手続に沿って創設されれば,途端に適法と解されるべきではない。

   ウ さらに,平成15年法律第9号により外形標準課税が一部導入されたことに伴い,改正前地方税法72条の19の課税標準の特例は,資本金1億円超の法人について廃止され(改正後地方税法72条の24の4),法人事業税の所得割の課税標準は一律に欠損金額の繰越控除後の所得となった。このように,企業税適用法人のような外形標準課税適用法人については,課税標準の特例が廃止されたのであるから,法人事業税の全国一律性は一層強化されており,企業税と地方税法との抵触の問題は,明確さを増したといえる。

  (8) 本件条例は徳島市公安条例事件判決の基準に照らしても違法・無効であること

    条例が国の法令に違反するかどうかは,両者の対象事項と規定文言を対比するのみでなく,それぞれの趣旨,目的,内容及び効果を比較し,両者の間に矛盾抵触があるかどうかによって決しなければならない(徳島市公安条例事件判決,最高裁昭和50年9月10日大法廷判決・刑集29巻8号489頁)。

    本件条例が地方税法の法定税に関する規律に反し違法であるかどうかを判断するについては,既に述べたとおりの潜脱論が直截かつ適切である。しかし,本件条例は,上記基準に照らしても,違法・無効である。

    すなわち,企業税は,実質的に法人事業税と表裏一体であり,地方税法の法人事業税の規定と目的を共通にするといえるが,例え両者が目的を異にするといえたとしても,企業税は,法人事業税の規定の目的と効果を阻害し,違法と解さざるを得ない。法人事業税について,改正前地方税法72条の14,改正後地方税法72条の23の下で,欠損金額の繰越控除が認められ,その結果課税標準である所得の金額が減少するものとされているにもかかわらず,本件条例が繰越控除欠損金額相当額に課税を行っているのは,地方税法の法人事業税に関する規律の趣旨,目的及び効果に反し,同規律と矛盾抵触するものである。

  (9) 課税自主権ないし地方議会の裁量が企業税の適法性の根拠とならないこと

    憲法が地方公共団体の組織及び運営に関する事項は「法律で」これを定める旨を規定していることからして(憲法92条),憲法が地方団体に対して直接具体的な課税権を与えているとは認められない。地方団体は,国から,準則法たる地方税法2条の規定に基づいて,地方税法の定める統一的な準則や枠の下に課税権を付与されている。したがって,地方団体は,地方税法の枠を超える課税自主権を発揮することはできないのである。

    このように,地方団体の課税自主権という抽象的理念からは被告の具体的な課税権を導くことはできず,あくまでも個別具体的な条例が地方税法その他の法律又は法令に反しないかどうかの解釈が問題となるにすぎない。地方分権の推進や課税自主権の尊重といった理念の問題と実定法の解釈の問題は,区別して考えることが必要である。そして,地方団体は,地方税法の規定に従って,地方税の賦課徴収を行うのであり(同法2条),租税条例が法律の範囲外で又は法令に違反して制定された場合には,もはや地方議会の裁量について議論する余地は残されていない。

    企業税は,法人事業税の課税標準である所得の算定過程の一部を取り出して法定外税という名称を付したにすぎず,租税理論上は,本来,法定外税ではなく法定税たる法人事業税の世界の中で,地方税法の改正によって規定されるべきものであった。地方議会の裁量権を根拠に,かかる法定税たる法人事業税の基本的構造の実質的変更という本質を有する企業税を,法定外税として創設されたことを理由に正当化することはできない。

  (10) 租税政策論と現行法の解釈論(法的可能性)とを峻別すべきであること

   ア 被告は,欠損金額繰越控除制度は課税標準である所得の計算における例外を政策としてどこまで認めるかという問題にすぎない旨を主張する。

     しかし,立法政策の問題と,現行の法人事業税制度の存在を前提にした法的可能性とは,別次元の問題である。地方団体は,地方税法の制約の下にあるので,一定の租税理論が望ましいからといって,条例によって地方税法に抵触する内容の租税を導入することはできないのである。

   イ また,被告は,法人税法上の欠損金額繰越控除制度は青色申告の恩恵にすぎない旨を主張する。

     しかし,前記(3)のとおり,法人税及び法人事業税についての欠損金額繰越控除制度は,現行法上,単なる青色申告の恩恵ではなく,課税上の公平の要請から法定された重要かつ基本的な制度である。また,例え青色申告の恩恵であるとしても,同制度自体が既に法定されている以上,同制度は法律の改正によらなければ変更できないのであって,これを実質的に変更する内容の本件条例が違法・無効であるという結論に影響を及ぼすものでは全くない。

   ウ さらに,被告は,法人税について規定された欠損金額繰越控除制度は法人事業税においては不可欠のものではない旨を主張する。

     しかし,法人税法57条1項の下で必要的に繰越控除される欠損金額は,改正前地方税法72条の14,改正後地方税法72条の23により,法人事業税においても必ず控除されるのであって,課税の公平の観点からの欠損金額の繰越控除は法人事業税においても必ず認められなければならないというのが,立法者の意思というべきである。立法政策論は別として,現行法上は,法人税と法人事業税は連動しているのである。

   エ 被告は,改正前地方税法下の法人事業税が応益性の観点から不十分で税負担の不公平を生じさせていたとの観点から,当期課税の公平性を達成するため,企業税を創設した。

     しかし,法人事業税をどの程度応能性又は応益性の強いものとすべきかという問題は,全国一律に適用すべき国の重要な租税制度に関わる問題であるから,これを一地方団体が軽々に取り上げて,国が採用した租税制度を不十分と判断してその修正を図ることは許されない。この問題は,全国一律の外形標準課税導入等の地方税法改正に委ねられるべきであり,かかる権限を有しない被告が条例によって対処できる問題ではないのである。

   オ さらに,外国において類似の制度があること,企業税が臨時・特例的なものであること,本件条例の適用対象が大企業に限定されていること,企業税による収入が法人事業税による収入に比べ少ないことといった事情は,立法政策論としての当否はともかく,企業税が地方税法の規定に反する以上,その違法性を阻却するものではない。

  (11) 企業税は担税力を有しない繰越控除欠損金に課税するもので違法であること(違法事由④)

    本件条例7条1項は,実質的には,繰越控除欠損金額を課税標準とするものと読み替えることができる。

    そうすると,本件条例は繰越控除欠損金の存在そのものに担税力があると見ていると理解するほかないが,それは「マイナスの担税力」であり,企業税はマイナスの担税力が大きくなるほど租税負担が増大する税といえる。繰越控除欠損金は,客観的に担税力の存在を推定させる物,行為又は事実に当たらないところ,このようなマイナス項目である繰越控除欠損金を課税物件として取り上げるような条例を制定することは許されない。

    したがって,企業税を法人事業税との関係が切断された別個の租税と見ても,全く担税力のないところに課税するもので租税の基本原則に反するから,企業税は違法な租税である。

  (12) 本件条例は地方税法改正の際の総務大臣の同意を欠き違法であること(違法事由⑤)

    本件条例は,法人事業税に外形標準課税が導入されるまでの当分の間の臨時的,特例的な措置であり,かかる前提で総務大臣の同意を得たものである。しかし,被告は,平成16年4月1日施行の地方税法改正(平成15年法律第9号)により法人事業税に外形標準課税が導入された後も,企業税の税率を引き下げるなどの一部改正を行っただけで,本件条例を存続させた。このように平成16年4月1日以降も本件条例を存続させたことは,本件条例の適用期間の延長といえ,地方税法259条1項に規定する法定外税の「変更」に該当する。

    また,上記の地方税法改正により,法人事業税に外形標準課税が導入され,また,欠損金額の繰越期間が5年から7年に延長されたが,これにより,実質的には企業税の負担が重くなったのであるから,この意味でも,企業税の「変更」に該当する。

    しかし,被告は,以上のような企業税の「変更」について,総務大臣との協議及び同意を得ていない。したがって,本件条例は,その変更について地方税法259条以下の総務大臣との協議及び同意を得ていないという手続違反によっても,違法・無効である。

  (13) その他の違法事由

   ア 不均一課税であること(違法事由⑥)

     本件条例は,資本の金額又は出資金額が5億円以上の法人に限って,欠損金額繰越控除制度の適用を遮断し,法人事業税の課税標準を変更するものであり,この意味で実質的に法人事業税について不均一課税を行うものである。地方税法7条は,人的な一部ではなく地域的な一部に不均一課税をすることを認めるものであるし,また,本件条例は,同条にいう「特に利益がある事件」について課税するものではない。したがって,本件条例は,同条の不均一課税の要件を満たしておらず,違法・無効である。

   イ 比例原則に違反すること(違法事由⑦)

     本件条例は,投機的損失と事業損失から生じた欠損金額のうち,前者についてのみ繰越控除を遮断することを目的とするものである。しかし,投機的損失の有無及びその割合は企業ごとに大きく異なるのに,これを捨象して,一律に欠損金額の30パーセントについて繰越控除の適用を遮断することは,上記目的との間で何らの合理的関連性も認められないし,上記目的を達成するについて必要な限度を超えた不必要な規制であることも明らかである。したがって,本件条例は,国民の財産権を比例原則に違反して侵害するものであり,憲法29条に違反する違憲・無効な条例である。

     また,仮に本件条例自体が違憲ではなくても,原告には投機的損失は存在せず,通常の事業損失しか存在しなかった以上,本件条例は,原告に適用される限度で適用違憲である。

   ウ 租税公平主義に違反すること(違法事由⑧)

     本件条例は,被告から行政サービスを受けながら法人事業税を負担していない法人のうち,欠損金額の繰越控除を行った企業のみに課税するものであるから,租税公平主義に反し,憲法14条1項及び29条に違反する違憲・無効な条例である。

  (14) まとめ

    以上のとおりであるから,本件条例は,違法・無効である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  〈被告の主張〉

  (1) 本件条例の制定の経緯について

   ア 被告は,かつては「財源の豊かな団体」と言われたりもしたが,バブル経済崩壊後の長期の景気低迷により,主力の法人税収がピークの半分以下の水準まで落ち込み,県税収入だけでは義務的経費すら賄えない不均衡な状況が続くようになった。このように被告の県税収入が大幅に減少したのは,県税が景気に左右されやすい法人事業税及び法人県民税を主力としているためであった。

     このような危機的財政状況において,地方税制度全体の改革や臨時の財源対策としての県独自の取組(法定外税の創設を含む)により財源を確保することが必要不可欠であった。

   イ 法人は,都道府県から広範な行政サービスという一種の生産要素の提供を受けながら事業活動を営んでおり,法人事業税は,この行政サービスの対価と位置付けることができる。しかし,現行の課税方式の下では,所得の多寡によって税負担が決定されることから,行政サービスとの受益関係が税負担に的確に反映されない。加えて,全法人のうち約7割(平成10年当時)が欠損法人であり,法人事業税を負担していないため,結果的に,都道府県の最大基幹税目である法人事業税は一部の利益法人によってのみ支えられていたのが実情であって,応益課税という地方税法の考え方から乖離した,明らかな税負担の不公平が生じていた。

   ウ そこで,被告は,平成10年12月,神奈川県地方税制等研究会を設置し,神奈川県知事において,同研究会に対し,「県独自の税源充実策及び大都市圏自治体にふさわしい地方税財政制度のあり方」の検討を諮問した。

     神奈川県地方税制等研究会は,平成12年5月,中間報告書において,地方税法改正による法人事業税の外形標準課税の導入,超過課税の活用及び法定外普通税・法定外目的税の活用等を提言した。そして,平成13年度の税制改正において法人事業税の外形標準課税の導入が見送られてしまったことを踏まえ,同研究会は,法律の範囲内で被告がどのような独自の課税措置を採るべきかを検討した結果,平成13年1月,最終報告書を神奈川県知事に提出し,臨時的かつ特例的な措置として,現行の法人事業税を中心とした都道府県の法人税制を公平性及び安定性の観点から補完する制度が必要であり,被告において,課税自主権を活用して,新税(企業税)を導入することが適切である旨の提言をした。

   エ 最終報告書は,新税の内容について以下のような提言をしている。

     すなわち,新税は,地方税法4条3項の規定に基づく法定外税として創設するもので,被告の行政サービスを享受しかつ当該事業年度において利益が発生していながら欠損金額の繰越控除により相応の税負担をしていない法人に対し,担税力に見合う一定の税負担を求めるものである。

     新税の納税義務者については,その担税力に配慮し,相当程度体力があり社会的責任を求められる大会社に限ることが適当であるから,資本の金額又は出資金額が5億円以上のものとする。また,企業活動に対する行政サービスの対価として応分の負担を求めるという課税の趣旨を踏まえ,公共法人,公益法人等及び清算法人については除外する。

     課税標準については,法人事業税の欠損金額の繰越控除の遮断という措置ではなく,単年度損益(当期利益)を課税標準とすることが妥当である。また,税率については,法人事業税の税率水準が約10パーセントであることなどを総合的に勘案して,3パーセント(特別法人は2パーセント)とする。

     なお,新税の課税により欠損金額の繰越控除を遮断する経済的効果を生じる可能性があるが,欠損金額の損金算入は政策上の判断に委ねられた事項であり,租税政策上行い得る内容である。

   オ 神奈川県知事は,上記最終報告書の内容を慎重に検討した上で,本件条例案を作成した。そして,本件条例は,神奈川県議会の議決及び地方税法259条以下に規定する手続を経て,制定されたものである。

  (2) 地方団体の自主財政主義について

   ア 憲法は,「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は,地方自治の本旨に基いて,法律でこれを定める。」(92条)と規定し,さらに,「地方公共団体は,その財産を管理し,事務を処理し,及び行政を執行する権能を有し,法律の範囲内で条例を制定することができる。」(94条)としている。これは,憲法が,地方自治を保障し,地方団体に,その事務を住民の民主的コントロールの下に自らの責任で自主的に処理する力を認めたことを意味する。

     ところで,地方団体が地方自治の本旨に従ってその事務を処理するためには,課税権,すなわち必要な財源を自ら調達する権能が不可欠である。その意味で,地方団体の課税権は,地方自治に不可欠の要素であり,地方団体の自治権の一環として憲法により直接に地方団体に与えられていると解すべきである。したがって,地方団体は,憲法上は,いかなる租税をいかなる課税要件の下に賦課・徴収するかを自主的に決定することができる(福岡地裁昭和55年6月5日判決・訟務月報26巻9号1572頁)。

   イ もっとも,自主財政主義は,地方団体ごとに税制が区々になり,住民の負担が著しく不均衡になるのを防ぐため,地方団体の課税権に対して国の法律で統一的な準則や枠を設けることを全面的に否定するものではない。そのような準則を設定したものとして,地方税法がある。しかし,自主財政主義の趣旨にかんがみると,地方団体の自主性が十分に尊重されるべきであって,国の法律で地方税のすべてを一義的に規定しつくすことは適当ではなく,また国の行政機関の指揮監督権はなるべく排除する必要がある。

  (3) 法定外税が地方団体の課税自主権に基づくものであること

   ア 地方税法が新設を許容している法定外税は,まさに上述のような地方団体の自治権(課税自主権)に基づいて,地方団体が設定することができるものである。すなわち,それぞれの地方団体の実情によっては,法定税以外の税源に着目して課税することが適当な場合もあるので,法定外税は,このような地方団体の財政需要を充足するために認められているのである。

   イ 現行の法定外税に相当する制度は明治時代以来存在しており,地方団体は,法定された税目のほかに,許可制又は届出制の下,自主的判断において,独立税を設定することができるものとされてきた。戦後,法定外税の税目数こそ減少したものの,地方団体がその自治権に基づいて独自に税目を設定できるという基本的考え方に変わりはない。

     そして,「地方分権の推進を図るための関係法律の整備等に関する法律」(平成11年法律第87号。以下「地方分権推進一括法」という。)は,課税自主権の尊重による地方税の充実・確保という観点から,法定外普通税の許可制度を廃止して,代わりに同意を要する事前協議制度(地方税法259条以下)を採用した。また,新たに法定外目的税を導入して,同じく同意を要する事前協議制度を採用した(同法4条6項,731条以下)。そして,国の関与を減少させる観点から,従前は法定外税の許可要件とされていた税源の存在及び財政需要の存在を協議の対象から除外し,これらについては地方団体の責任において地方議会が判断すべきものとした。

     地方分権推進委員会の最終報告において,「地方税源の充実・確保のためには,法定税の充実を図るとともに,自主課税の努力が必要である。この自主課税については,法定外税のほか,超過課税などの活用についても幅広く検討していくべきである。」とされ,また,税制調査会の答申(平成12年7月)において,「地方公共団体が,地域住民の意向を踏まえ,自らの判断と責任において,課税自主権を活用することにより,財源確保を図ることは地方分権の観点から望ましいものです。」とされていることからすれば,法定外税の積極的な利用を念頭に,上記の制度改正がされたものといえる。

   ウ そもそも,地方税の応益課税の原則は,課税自主権の憲法的保障にも内在する憲法原理であると解すべきところ,現実の地方税法においても,法定外税について,不同意事由や非課税物件といった若干の規定を置くほかは,課税標準や税率等について一義的に明確な制限規定を特に置いておらず,応益的地方税収を保障した規定ぶりになっているところである。

  (4) 地方税法259条以下の規定の趣旨(同法261条所定の要件は法定外税が地方税法上違法となる場合を類型化したものであること)

   ア 以上のような地方団体の自主財政主義及び法定外税制度の趣旨からすれば,地方税法は,法定外税の税目,課税客体,納税義務者,課税標準及び税率等を具体的にどのようにするかといった問題を,地方団体の課税自主権(地方議会の裁量的判断)に委ねているというべきである(同法4条3項)。ただ,弊害防止のため,準則法(枠法)という観点から,必要最小限度の制限をする趣旨で,同法259条以下で具体的準則(枠)を規定しているものである。

   イ 地方税法261条所定の要件は,地方団体が法定外税を自主的判断において自由に創設できることを前提としつつ,国家的観点から,地方税法の定める租税の一般原則に合致するかどうかを審査するために設けられたものである。その意味で,同条所定の要件は,地方税法の定める租税一般原則の観点から,法定外税として容認できない場合(法定外税が地方税法上違法となる場合)を類型化したものであり,当該法定外税が地方税法上適法かどうかを判断する分水嶺となっている。

     この点は,金沢地裁昭和28年11月7日判決・行裁例集4巻11号2687頁も,「本件税が法定外普通税として適法かどうかは結局右第261条第1項に規定した要件を充たしているかどうかの判断に帰する」としているところである。

   ウ 原告は,法定外税の適法性は総務大臣の同意とは別途に検討される旨を主張する。しかし,原告が引用する横浜市の勝馬投票券販売税に関する国地方係争処理委員会勧告は,法定外税が地方税法以外の法律に違反するかどうかを議論したものであるのに対し,本件の問題は,法定外税が地方税法自体に違反するかどうかである。原告の主張によれば,地方税法に違反する条例に総務大臣が同意することになってしまい,地方税法自体が矛盾を含むことになりかねない。

     また,原告は,総務大臣は本件条例につき地方税法261条所定の要件の有無のみを審査し,法定税に係る規定の潜脱の有無等の適法性の審査をしなかったと主張するが,これは,後記のとおり法定税に係る規定が法定外税の準則とはならないという法解釈に基づいて,協議・同意が行われたことを意味するにすぎない。

     原告が主張するような,ある法定外税が地方税法に反している場合でも総務大臣が消極要件に該当しないために同意を与えねばならないシステムではないのである。

   エ 結局,総務大臣が地方税法261条各号に掲げる事由のいずれかがあると認めて不同意としたり,非課税範囲の規定(同法262条)に違反したり,同法263条以下の徴税手続の規定に違反するなど,同法259条以下に定める準則(枠)に反する場合には,法定外税条例が違法となる余地があるが,そうではない限り,地方税法上違法の問題は生じないというべきである。

     ただし,上記主張は,事後的な司法審査の可能性を一切排除するわけではない。すなわち,地方税法261条所定の要件の存否について,地方議会の政策的判断に誤り(裁量権の逸脱濫用)があったかどうか及び総務大臣の同意の判断に誤りがあったかどうかという問題については,事後的に裁判所の司法審査の対象となるものと解される。

  (5) 法定税である法人事業税に係る規定が法定外税の準則となるものではないこと(違法事由①ないし③の潜脱論は根拠を欠くこと)

    地方税法が定める法定外税に関する準則(枠)は,同法259条以下の規定に尽きているのであって,以下のとおり,法定税である法人事業税に係る規定が法定外税の準則となるものではない。

   ア 法定税である法人事業税は,法定外税を含む地方税全体に共通する事項を規定した「第一章 総則」ではなく,「第二章 道府県の普通税」において,「第十一節 道府県法定外普通税」と並列的対等なものとして規定された別の節である「第二節 事業税」に規定されているものにすぎない。これは,地方税法が法定外税を法定税である法人事業税とは別個の制度として規定していることを示している。

   イ 法定外税は,地方議会の議決では足りず,総務大臣との協議及び同意を要し,その制定手続が法定税よりも格段に厳格になっている。国の行政機関の判断も反映しつつ,厳格な立法手続を経ることからすれば,地方税法は,法定外税の課税標準等につき,より緩やかな枠(準則)を予定しているというべきである。

     この意味で,法定外税について法定税のような詳細な規定を置く必要はないし,また法定外税に法定税の規定を準用していないのはむしろ当然なのである。

   ウ 地方税法261条1号は,法定外税が,単に「国税又は他の地方税と課税標準を同じく」するのみならず,「かつ,住民の負担が著しく過重となること」を満たす場合にのみ不同意にできるものと規定している。そうすると,地方税法は,法定税と課税標準が同一の法定外税でさえも,税負担が著しく過重であるとか,国の経済施策に照らし適当でない(同条3号)といった事情がなければ,適法として自ら明文で許容していると解するほかない。そのほか,同法259条以下において法定外税の課税標準を制限する規定は見当たらないことからして,地方税法が法定外税の課税標準をいかに定めるかにつき地方団体の課税自主権を尊重する趣旨であることは明らかである。また,同法261条1号は「著しく過重となること」を禁止するのみで,法定税の制限税率の基準を適用すべきものともしていない。

   エ 法定外税の非課税範囲の規定(地方税法262条)は,本来課税範囲に含まれるもののうち,一部について例外的に課税しないことを定めたものと解すべきである。そして,法人事業税の課税標準となる所得ないし法人の当期利益から控除される繰越欠損金額相当額を非課税とする旨の規定は置かれていないから,地方税法は,法定外税によって当該所得に課税することも許容する場合があることを前提としているものと考えられる。

   オ 法定税である法人事業税の課税標準や制限税率等の諸規定を法定外税に援用する明文の定めは全くなく,そうである以上,法定外税の準則(枠)に法人事業税の課税標準や制限税率等の規定を含めて考えるのは,地方団体の課税自主権を不当に制約する地方税法解釈であり,到底許されない。

     法定外税制度は,法定税である法人事業税等とは別個の制度として,地方税法自らが明文で規定するものである以上,法定税である法人事業税に関する規律を法定外税に適用することは,地方税法上予定されていないというほかない。

     地方税法の規制とは別個に地方団体が独自の租税条例を作った場合には,いわゆる潜脱論が機能し得るが,本件条例は,地方税法という法律が認め,その要件も同法上に規定された,法定外税の一つとして制定されたものであって,地方税法という法律に根拠を置く租税なのである。

   カ 以上のことからすれば,法定外税についての準則(枠)は,地方税法が「第十一節 道府県法定外普通税」(同法259条以下)において規定している事項のみであって,法定税である法人事業税の課税標準や制限税率等の規定は,法定外税の準則(枠)ではない。

     したがって,地方税法259条以下の規定に従って法定外税が創設されている以上,同法261条所定の要件の存否について地方議会の政策的判断に誤り(裁量権の逸脱濫用)があったかどうか及び総務大臣の同意の判断に誤りがあったかどうかという問題は別個に事後的な司法審査の対象となり得るとしても,それ以外に地方税法違反の事態は生じ得ないのである。

   キ このことは,以下の実例からも裏付けられる。

    (ア) 昭和23年の地方税法改正により,法定税として木材引取税(素材の引取りを課税客体とし,素材の価格又は容積を課税標準とし,その引取者に対して課するもの)が設けられていたところ,その後も,法定外普通税である林産物移輸出税(素材,薪炭及び加工林産物等を課税客体とし,その価格又は容積を課税標準として,その移輸出者に対して課するもの)は廃止を免れていた。

      法定外普通税である林産物移輸出税は,法定税である木材引取税の課税標準である素材の価格等を課税標準とし,しかも,立法者が意図的に木材引取税の課税標準から除外した薪炭等の価格も課税標準に含むものである。

    (イ) 熱海市が市町村法定外普通税として設けている別荘等所有税は,一定の家屋又は部分を課税客体とし,延べ面積を課税標準として,1平方メートル当たり650円(平成13年の条例改正前は500円)の税率でその所有者に課するものである。この課税標準は,固定資産税の課税標準と同一と評価することができる。

    (ウ) 昭和30年ころ市町村法定外普通税として存在した固定資産使用税は,地方税法348条1項の規定によって固定資産税を課することができない者が所有する固定資産に対し,その使用者に課するものであった。このような固定資産税の使用者課税は,当初法定されていたものの,昭和26年以降廃止されている。

      そうすると,固定資産使用税は,地方税法が明文で非課税とする者が所有する固定資産につき,同法が納税義務者から意図的に除外した固定資産の使用者に対して,固定資産税と同一の課税標準で課税するものといえ,原告の主張に従えば法定税の規定を潜脱するものとなるはずであるが,実際には,存続を許容されていたのである。

    (エ) 以上の実例のように,地方税法は,法定税の課税標準等に関する規定を法定外税の規定に優先して適用することを全く予定していない。

  (6) 地方議会の判断や総務大臣の同意の判断に誤りがないこと

   ア 地方議会の判断や総務大臣の同意の判断を検討するに当たっては,地方税法261条所定の要件が地方税法上容認できない法定外税を類型化したものであるから,このような要件に該当するかどうかが問題となる。その際,課税自主権にかんがみれば,これらの判断が著しく合理性を欠く場合に限って違法になると解すべきである。

   イ そして,企業税が地方税法261条所定の要件に該当しないことは以下のとおりである。

    (ア) 企業税と法人事業税の課税標準は重ならないから,「課税標準を同じくし」(地方税法261条1号)に該当しない。

      両税の課税標準が重なるという見解もあり得るとしても,地方税法261条1号の要件から明らかなように,法律上そうであってはならないわけではなく,要するに,税率,税収,納税義務者の範囲等を総合的に考えた程度問題である。そして,企業税の税率は低く抑えられており,例え法人事業税における欠損金の利用を相殺するような経済的効果があったとしても,「著しく過重」(同号)とはいえない。

      すなわち,企業税の税率は,当初3パーセントであり,改正前地方税法下の法人事業税の税率9.6パーセントの3分の1以下にとどまる。また,課税標準に上限が付されているから,法人事業税の課税標準が増大するに伴い,企業税の課税標準は低減する。さらに,企業税の課税の対象は,資本金が5億円以上で当期利益が出ている法人であり,相当程度担税力がある。したがって,企業税による税負担は「著しく過重」なものではない。

    (イ) 企業税は,流通税ではないから,およそ「地方団体間における物の流通に重大な障害を与える」(地方税法261条2号)ものではない。

    (ウ) 現行法上の法人税は,各事業年度に生じた課税所得を各事業年度ごとに独立して課税の対象としており,前期からの繰越利益や繰越欠損金は当期の所得計算に関係させないのが原則である(課税年度独立の原則ないし事業年度独立の原則)。そして,法人税法は,一つの租税政策として,青色申告法人のみに,租税政策上恩恵として,例外的に欠損金額の繰越控除を認めているにすぎない(同法57条等)。そうであるからこそ,わが国の法人税において,欠損金額の繰越控除は,その適用が全く認められない場合や,1年間又は3年間等とされた場合があり,さらに,欧米においても,その適用の全部又は一部を遮断する事例が見られるところである。

      ましてや,原告が抵触を問題とする法人事業税は,事業と行政サービスとの応益関係に着目して課される物税であるから,その課税標準は事業の活動量を最も端的に表現するもの,すなわち外形的な課税標準(当然,繰越欠損金は控除されない。)がより適当である。にもかかわらず,法人事業税の課税標準が法人税の課税標準である所得の計算の例によるとされているのは,徴税官庁及び一般納税者の利便という,単に便宜的な理由によるものにすぎない。

      要するに,繰越控除制度を具体的にどのように定め,それと他の租税政策との関係をどのように調整するかは,国税,地方税を通じた全体の租税政策として様々な選択肢のあり得るところである。そして,欠損金の利用に制限を設け,単年度利益の一定割合までしか繰越欠損金の控除を認めないこととしたり,あるいは,消極的な投資活動から生ずる損失は同種の活動から生ずる利益としか相殺できないとするという租税制度には,一定の合理性があるところ,企業税も,経済的に見れば同一方向のものである。

      さらに,企業税は,神奈川県の厳しい財政状況を踏まえ,必要最小限度で臨時的かつ特例的に,現在生じている課税の不公平を是正するため,繰越控除欠損金額相当額の当期利益のうちわずか3パーセントの負担を求めるという内容である。

      以上を総合的に検討すれば,企業税が「国の経済施策に照らして適当でないこと」(地方税法261条3号)に該当しないことは明らかである。

   ウ 上記のとおり,本件条例は,地方議会の判断や総務大臣の同意の判断に逸脱濫用ないし誤りがなく,その他地方税法259条以下の手続に従って創設されたものであるから,適法である。

  (7) 違法事由①ないし③への反論

    法定税に係る規定が法定外税の準則ともなる旨の原告の潜脱論の理論的不当性は前記(5)で述べたところであるが,この問題はひとまず措くとしても,企業税につき,原告が主張するような潜脱に当たる事情は存在しない。

   ア 企業税と法人事業税は同一の趣旨・目的を有するものではないこと

    (ア) 法人事業税は,事業は地方団体による各種の行政サービスの受益に応じた負担をすべきであるとの考え(応益課税)に基づいて課せられる税であり(ただし,所得を課税標準とすることから,応能課税との混合タイプである。),具体的には,事業年度ごとの法人の所得を課税標準として課される法定税である。

      他方,企業税は,神奈川県の厳しい財政状況を踏まえた上で,当分の間の臨時的措置として,応益課税の観点から,法人課税における負担の公平と税収の安定化を図る目的で,資本金5億円以上の法人を対象に,繰越控除欠損金額に相当する当期利益を課税標準として相応の負担を課する法定外税である。

      以上の比較から明らかなとおり,両税は,応益課税の考え方のみに基づくものか,神奈川県の財政事情を踏まえたものか,行政サービスを受け当期利益が黒字になっている法人でも税負担を生じないという現状において負担の公平,税収の安定化を図るものかどうか,といった点で明白に異なり,同一の趣旨・目的を有するものでも,企業税が法定税に係る規定の潜脱を目的とするものでもない。

      両税が同一の趣旨・目的を有する旨の原告の主張は,両税を経済的に統合して考えるという前提での議論であるが,このような経済的な位置付けと,「両税の趣旨・目的が同一であるか」という法的評価とは,全く関係がない。原告は,法的評価と経済的評価を混同している。

    (イ) これを具体的に見ると,法人事業税の課税標準は,繰越欠損金を控除した後の所得の金額であり,一方,企業税の課税標準は,各課税事業年度における法人事業税の課税標準である所得の金額の計算上,繰越控除欠損金額を損金の額に算入しないものとして計算した場合における当該課税事業年度の所得の金額に相当する金額(当該金額が繰越控除欠損金額に相当する金額を超える場合は,当該繰越控除欠損金額に相当する金額)であって,両者の課税標準は全く重ならない。

      また,両税の税率は異なっている。さらに,企業税は,「事業活動」に対する行政サービスの対価として負担を求めるという考え方を明確にするため,法人事業税の場合とは異なり,事業活動を終了した清算法人や公益法人等の収益事業を課税の対象から除外している。

      このように,企業税の課税標準,税率及び課税の対象は法人事業税のそれとは異なっているから,企業税は,法人事業税とは別個の法定外税として創設されたものといえ,法人事業税と同一の税であるなどとは到底いえない。本件条例は,課税標準等において地方税法にふさわしい要素を加味した独自の税目になっているのである。

    (ウ) 原告は,企業税の課税標準は法人事業税の付加価値割の課税標準中の単年度損益と同一である旨も主張するが,企業税の課税標準は,繰越控除欠損金額相当額の当期利益であって,しかも,地方税法改正による外形標準課税導入前に発生した欠損金額の繰越控除額相当額の当期利益であるから,単年度損益と同じではない。また,そもそも,地方税法261条1号は,課税標準を同じくする法定外税であっても許容している。

   イ 企業税は法人事業税の欠損金額の繰越控除を遮断するものではないこと

    (ア) 企業税は,繰越控除欠損金額相当額の当期利益を課税標準とするものであり,法人事業税の課税標準の計算方法を変更するものではない。また,企業税は,資本金5億円以上の法人に対し欠損金額の繰越控除を行う年度においてのみ課税されるものであるし,清算法人や公益法人等の収益活動を課税の対象から除外しており,単に,法人事業税の課税標準の計算上の繰越控除欠損金額相当額の当期利益に課税することのみを内容とするものではない。さらに,企業税は,当期利益に課税するものであるから,マイナスの所得ないし欠損金そのものに課税するものではない。このような意味で,企業税の本質を法人事業税の欠損金額の繰越控除を遮断することと表現するのは,全くの誤りである。

      企業税は,少なくとも法的観点から見た場合,法人事業税における繰越欠損金の利用を妨げるという構造にはなっておらず,あくまでも当期利益に対して課税する法定外税である。

    (イ) 被告は,神奈川県地方税制等研究会の最終報告書の内容をそのまま受け入れて本件条例を制定したものではない。

      すなわち,被告は,県財政の当時の状況等についての詳細な検討を経た上で本件条例を制定したものであり,最終報告書の内容をそのまま受け入れたわけではない。本件条例は,電気供給業等の事業活動を非課税事項とし,適用期間を「当分の間」としている点で最終報告書と異なる内容を盛り込んでいる。また,税率についても,被告は,最終報告書を参考にしつつ,課税理論の面ばかりでなく,税収確保の必要性と納税者の理解等の幅広い観点から検討を行い,一般法人について3パーセントとしたところである。

    (ウ) 原告が指摘する,中間報告書及び最終報告書中の,法人事業税の欠損金額の繰越控除の遮断を行うための方策の検討について記載された部分は,企業税の課税標準をどのように定めるかに関する記述であり,換言すれば,企業税の手段に関するものであって,目的に関するものではない。また,原告が指摘するA氏の論文も,企業税の手段に関するものであって,目的に関するものではない。

      そもそも,最終報告書では,中間報告書が示すような,繰越控除制度の適用を遮断する案は採用されず,結局,繰越控除欠損金額に相当する利益に課税するという考え方が採用された。企業税においても,欠損金額の繰越控除の遮断という考え方とは区別された考え方として,繰越控除欠損金額に相当する利益に課税することとしているところである。

   ウ 法人事業税における欠損金額の繰越控除は政策的な制度にすぎないこと

     法人事業税における欠損金額の繰越控除は法律改正によらなければ変更できない全国一律の重要かつ基本的な制度である旨の原告の主張は,以下のとおり誤りであり,当該規定の潜脱はそもそも問題とならない。

     前記(6)イ(ウ)のとおり,法人税法は欠損金額の繰越控除を例外的に青色申告法人の恩恵として認めているにすぎないこと,地方税法が法人事業税につき応益課税の考え方からは本来望ましくない所得を課税標準としたのは徴税官庁や一般納税者の便宜を考慮したためであること,しかも地方税法は一部業種について収入金額を課税標準としたり,「事業の情況」によっては外形標準課税も容認していたこと(改正前地方税法72条の19)からすれば,地方税法が法人事業税の課税標準である所得の計算において繰越欠損金を控除することを必要不可欠の原則としているとは到底考えられない。要するに,繰越控除制度を具体的にどのように定め,それと他の租税政策との関係をどのように調整するかは,国税,地方税を通じた全体の租税政策の問題であり,様々な選択肢のあり得るところである。

     判例も,「欠損金額の繰越控除を青色申告者の特典としていること自体,租税政策上の考慮に出でたものであることは明らかである」としている(最高裁昭和43年5月2日第一小法廷判決・民集22巻5号1067頁)。そして,法人事業税については青色申告の制度が設けられていないところ,法人事業税において,青色申告書を提出する法人にのみ認められている法人税法上の政策的特別措置が適用されるのは,手続上の便宜を重視して,法人税の所得の計算の例によることとした結果にすぎない。

     結局,過年度の繰越欠損金は原則として考慮しないという制度の中で,政策的にどこまでその控除を許容するかの問題にすぎず,所得の金額の計算上これを絶対に控除すべきものとは認められない。むしろ,応益的地方税制の下では,法人の所得の経理上の処理をそのとおりに扱わないことは応益課税として当然のことであり,行政サービスの対価としての必要性を考慮した場合には,欠損金額の控除を暫定的に停止することも租税政策的に許容されるのである。

     なお,原告は,欠損金額の繰越控除の遮断は納税者に重大な影響を及ぼすため,法律改正によるべき必要性が大きい旨を主張するが,このような経済的効果の問題は,地方税法261条各号(特に1号後段と3号)の政策的判断を通じて適切に調整されることが予定されている。

   エ 法人事業税の制限税率の規定を潜脱するものではないこと

     企業税と法人事業税の課税標準が異なる以上,企業税の創設によって法人事業税の税率が上がることにはならない。また,企業税の創設から平成16年度までの同税の税収の合計額は,同期間の法人事業税の税収の合計額の3.5パーセントにすぎず,仮にこれを法人事業税の税収に含めて税率を試算しても,制限税率である1.1倍の範囲内に十分とどまっている。したがって,原告の制限税率違反の主張はおよそ成り立たない。

   オ 改正前地方税法72条の19に反するものではないこと

     原告は,改正前地方税法72条の19が法人事業税の課税標準の唯一の特例であった旨を主張するが,法定外税に関する同法261条1号は,法定税の課税標準と同一の法定外税の創設でさえも税負担が過重とならない限り明文で認めているのであって,原告の主張は失当である。

   カ 小括

     以上のとおり,企業税には法定税に係る規定を潜脱して違法であることを基礎付ける具体的事情は一切存在しない。

     実定法の解釈上は,地方税法上も法人税法上も,繰越欠損金を控除しないで計算した当期利益を課税標準とする企業税のような租税を,法定外税として創設することまで禁止しているなどとは,到底考えられない。

     むしろ,本件条例が,当期に利益があるにもかかわらず地方税の負担が軽減されている企業に,その負担能力にふさわしい穏当な負担を求めるために創意工夫された法定外税であるということを,適切に評価すべきである。このような創意工夫が,「実質」的に地方税法の「規制」を「潜脱」しているという二重,三重の解釈により制限されるのであれば,もはや法定外税制定の余地はなくなってしまう。

  (8) 徳島市公安条例事件判決は本件に当てはまらないこと

    最高裁判所の徳島市公安条例事件判決は,特定の事項についてある法律が規制しており,当該法律に条例による上乗せができるかどうか明文を欠く場合において,当該特定の事項に条例で上乗せ規制を行うことの可否が問題となったものである。しかし,本件では,地方税法が準則法として明文で法定外税の創設を許容しているため,同判決が前提としていた法律と条例との関係とは異なって,単に法定外税に関する地方税法の規定を解釈すれば足り,同判決の基準を持ち出す必要はない。

  (9) 企業税は繰越控除欠損金に課税するものではないこと(違法事由④)

    既に述べたとおり,企業税は,繰越控除欠損金額相当額の当期利益を課税標準とし,当期利益に課税するものであって,マイナスの所得ないし欠損金そのものに課税するものではない。

  (10) 地方税法の改正の際に総務大臣の同意は不要であったこと(違法事由⑤)

   ア 総務省自治税務局長作成に係る通知(平成15年11月11日総税企第179号)は,「地方税法第259条,第669条及び第731条第2項の規定に基づき総務大臣への協議・同意が必要となる法定外税の「変更」とは,税率,課税標準,課税を行う期間,徴収方法等について,住民(納税者)に対し,負担を追加し又は負担を重くすることとなるような実質的な変更を行うことをいうものであり,既存の法定外税に係る税率の引下げ,課税を行う期間の短縮及び廃止については,協議・同意を要しないものである。」としていた。

     このような実務上の解釈・取扱いは,平成16年4月1日施行の地方税法改正により法定化され,改正後地方税法259条1項,同法施行令45条の2は,総務大臣との協議及び同意が必要となる「変更」から,法定外税の税率の引下げ,廃止及び法定外税に係る条例の規定が効力を有する期間の短縮を除外している。

   イ 本件条例は,「当分の間」の措置として制定されており(本件条例2条),失効期限の定めは存在しなかったので,他の法規によって廃止されない限り,法規としての効力を失うものではない。総務大臣も,本件条例の創設の際,そのような「当分の間」の適用について同意したものである。

     一方,平成16年4月1日施行の地方税法改正に伴う平成16年神奈川県条例第18号による本件条例の改正により,企業税は,税率を引き下げられるとともに,対象年度が段階的に縮小され,有効期間も平成21年3月31日限りとされた。すなわち,この改正により,企業税の税率が引き下げられ,条例の規定が効力を有する期間も短縮されたのであって,原告が主張するような適用期間の延長は存在しない。

     現に,上記改正の際,被告は,総務省の担当職員から,総務大臣の同意を要しない旨の判断を受けた。

   ウ したがって,本件において,地方税法259条1項に規定する総務大臣との協議及び同意が必要な「変更」は存在しないから,協議及び同意の不存在は,本件条例の手続違背を招来するものではない。

  (11) その他の原告主張の違法事由について

   ア 不均一課税ではないこと(違法事由⑥)

     地方税法7条に規定する不均一課税とは,一つの税制度のなかで一定の範囲を限って異なる税率を適用する場合に検討すべき事項である。そして,企業税は,形式的にも実質的にも法人事業税と同一の税ではなく,別個の制度である法定外税として創設されているから,不均一課税は問題とならない。

   イ 比例原則に違反しないこと(違法事由⑦)

     租税法の定立が立法府の広範な裁量的判断に委ねられているのは,後記大島訴訟判決に判示のとおりであり,このことは,地方団体の立法(条例)についても同様に当てはまる。租税としてどのようなものを採用するかは,まさに立法政策の問題であるところ,企業税は,あくまでも当期利益の範囲内で,3パーセントの税率による,相当程度担税力がある者に対する課税であるから,合理的裁量の範囲内に収まっており,憲法29条違反その他の違憲・違法の問題は生じない。

   ウ 実質的公平に合致すること(違法事由⑧)

     企業税は,当期利益をあげている法人に対し,繰越控除欠損金額相当額の当期利益に課税するものであって,実質的公平に合致する。

  (12) 司法府は地方団体の裁量的判断を尊重すべきこと

    租税法の定立は,立法府の広範な裁量的判断に委ねられており,判例も,「租税法の定立については,国家財政,社会経済,国民所得,国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的,技術的な判断にゆだねるほかはなく,裁判所は,基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。」としている(大島訴訟判決,最高裁昭和60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁)。

    この立法府の裁量的判断を尊重しなければならないという考え方は,地方の経済,財政,税制等の実態を了知し,これらについての正確な資料を有する地方税当局の裁量的判断を尊重しなければならないという考え方に共通するものである。すなわち,上記判示は,条例による課税立法についても,司法府の判断のあり方として妥当するものである。

  (13) まとめ

    以上のとおり,本件条例は,地方税法259条以下に規定する法定外税の新設に係る要件及び手続を充足して制定されたもので,原告主張の各違法事由にも理由はないから,適法・有効である

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 3 争点(2)(本件各更正等の有効性,誤納金・還付加算金の額)について

  〈原告の主張〉

  (1) 前記2〈原告の主張〉のとおり,本件条例は地方税法等に違反する違法・無効な条例であるところ,課税処分においてその根拠となる条例が無効であることは,当該課税処分につきこの上ない極めて重大な瑕疵というべきである。そして,一般に,課税処分が課税庁と被課税者との間にのみ存するもので,処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要がないことからすれば,本件各更正等については,上記瑕疵の重大性に照らし,徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお,被課税者に本件各更正等による不利益を甘受させることが著しく不当と認められるような例外的事情があるというべきである。

    したがって,本件各更正等は,その瑕疵が明白なものか否かにかかわらず無効であり,原告は,本件各更正等の取消しを待つまでもなく,原告が被告に対して納付した金員を誤納金として還付請求することができる(いわゆる東京都銀行税条例事件についての東京高裁平成15年1月30日判決・判時1814号44頁及び東京地裁平成14年3月26日判決・判時1787号42頁参照)。

  (2) 誤納金及びその還付加算金の額は,以下のとおりである。

   ア 平成15年度分(主位的請求(1))

    (ア) 誤納金の額           13億1481万2600円

      以下の各金額の合計額である。

     a 平成16年6月30日に納付した平成15年度分の企業税額

                        12億8645万5600円

     b 平成19年6月22日に納付した,平成15年度分の企業税に係る更正及び過少申告加算金決定により新たに納付すべき金額

                           2724万8900円

     c 平成19年7月9日に納付した,上記更正に係る延滞金額

                            110万8100円

    (イ) 還付加算金の起算日及び割合

      誤納金の還付加算金の起算日は,納付があった日の翌日から起算して1月を経過する日の翌日である(地方税法17条の4第1項4号,同法施行令6条の15第1項2号)。したがって,前記(ア)の誤納金のうち,aについては平成16年8月1日,bについては平成19年7月23日,cについては同年8月10日が,それぞれ還付加算金の起算日となる。

      また,過誤納金に係る還付加算金の割合は,年7.3パーセント又は地方税法附則3条の2第1項に規定する特例基準割合のいずれか低い割合である(同法17条の4第1項,同法附則3条の2第3項)。

    (ウ) 請求の内訳

      主位的請求(1)中主文第1項(1)対応部分は,前記(ア)の誤納金の還付に加え,aに係る還付加算金のうち平成19年1月1日以降のもの並びにb及びcに係る還付加算金の支払を求めるものである。ただし,地方税法20条の4の2第2項,第7項により,還付加算金の額の計算の基礎となる過誤納金の額につき1000円未満の端数を切り捨てた(以下同じ。)。なお,平成19年の特例基準割合は,4.4パーセントである。

      また,主位的請求(1)中主文第1項(2)対応部分は,前記(ア)aに係る還付加算金のうち,平成16年8月1日から平成18年12月31日までの期間のものとして,1億2759万8713円(12億8645万5000円×4.1パーセント×883/365(日))の支払を求めるものである。なお,当該期間の特例基準割合は,4.1パーセントである。

   イ 平成16年度分(主位的請求(2))

    (ア) 誤納金の額            6億6437万9700円

      以下の各金額の合計額である。

     a 平成17年6月15日に納付した平成16年度分の企業税額

                         6億5675万7500円

     b 平成19年6月22日に納付した,平成16年度分の企業税に係る更正及び過少申告加算金決定により新たに納付すべき金額

                            732万4400円

     c 平成19年7月9日に納付した,上記更正に係る延滞金額

                             29万7800円

    (イ) 還付加算金の起算日

      前記(ア)の誤納金のうち,aについては平成17年7月16日,bについては平成19年7月23日,cについては同年8月10日が,それぞれ還付加算金の起算日となる。

    (ウ) 請求の内訳

      主位的請求(2)中主文第2項(1)対応部分は,前記(ア)の誤納金の還付に加え,aに係る還付加算金のうち平成19年1月1日以降のもの並びにb及びcに係る還付加算金の支払を求めるものである。

      また,主位的請求(2)中主文第2項(2)対応部分は,前記(ア)aに係る還付加算金のうち,平成17年7月16日から平成18年12月31日までの期間のものとして,3939万4623円(6億5675万7000円×4.1パーセント×534/365(日))の支払を求めるものである。

  (3) よって,原告は,主位的請求として,請求1(1),(2)の各請求をする。

  〈被告の主張〉

   本件条例は適法・有効であるから,その違法・無効を前提とする原告の各請求に理由はない。ただし,原告が主張する誤納金及びその還付加算金の額の計算方法が正しいことは認める。

 4 争点(3)(本件各更正等の取消事由の有無,過納金・還付加算金の額)について

  〈原告の主張〉

  (1) 仮に,本件各更正等が無効とまではいえず,一応有効であると判断されるとしても,前記2〈原告の主張〉のとおり,本件条例は地方税法等に違反する違法・無効な条例であるから,これに基づく本件各更正等は,違法であり,取り消されるべきである。

    なお,原告は,平成15年度分及び平成16年度分の企業税について申告をした後,それぞれにつき,税額の全額の減額を求める旨の更正の請求を行い,かつ,本件各通知に対し適法に不服申立て及び取消訴訟の提起をすることにより,本件各通知の確定を防いでいるから,その後にされた増額更正である本件各更正につき,申告額を下回る部分を含め,その全部の取消しを求めることができる(予備的請求(1),(2)の各ア)。

    この場合,原告が被告に対して納付した金員は,本件各更正等の取消しにより過納金に当たることになり,原告はその還付を請求することができる。

  (2) 過納金及びその還付加算金の額は,以下のとおりである。

   ア 平成15年度分(予備的請求(1)イ)

    (ア) 過納金の額           13億1481万2600円

      その内訳は,前記3〈原告の主張〉(2)ア(ア)のaないしcのとおりである。

    (イ) 還付加算金の起算日

      更正の請求に基づく更正(当該請求に対する処分に係る不服申立てについての判決を含む。)により納付すべき額が減少した地方税に係る過納金の還付加算金の起算日は,その更正の請求があった日の翌日から起算して3月を経過する日と当該更正があった日の翌日から起算して1月を経過する日とのいずれか早い日の翌日である(地方税法17条の4第1項2号)。原告は,平成16年11月8日付けで,前記(ア)の過納金のうち,申告納付したaについてその全額の減額を求める更正の請求をしているから,aについては平成17年2月9日が還付加算金の起算日となる。

      また,更正又は加算金の決定により納付すべき額が確定した地方団体の徴収金(当該地方団体の徴収金に係る地方税に係る延滞金を含む。)に係る過納金の還付加算金の起算日は,当該過納金に係る地方団体の徴収金の納付があった日の翌日である(地方税法17条の4第1項1号)。したがって,前記(ア)の過納金のうち,bについては平成19年6月23日,cについては同年7月10日が,それぞれ還付加算金の起算日となる。

    (ウ) 請求の内訳

      予備的請求(1)イ(ア)は,前記(ア)の過納金の還付に加え,aに係る還付加算金のうち平成19年1月1日以降のもの並びにb及びcに係る還付加算金の支払を求めるものである。

      また,予備的請求(1)イ(イ)は,前記(ア)aに係る還付加算金のうち,平成17年2月9日から平成18年12月31日までの期間のものとして,9985万3579円(12億8645万5000円×4.1パーセント×691/365(日))の支払を求めるものである。

   イ 平成16年度分(予備的請求(2)イ)

    (ア) 過納金の額            6億6437万9700円

      その内訳は,前記3〈原告の主張〉(2)イ(ア)のaないしcのとおりである。

    (イ) 還付加算金の起算日

      原告は,平成17年6月16日付けで,前記(ア)の過納金のうち,申告納付したaについてその全額の減額を求める更正の請求をしているから,aについては同年9月17日が還付加算金の起算日となる。

      また,前記(ア)の過納金のうち,bについては平成19年6月23日,cについては同年7月10日が,それぞれ還付加算金の起算日となる。

    (ウ) 請求の内訳

      予備的請求(2)イ(ア)は,前記(ア)の過納金の還付に加え,aに係る還付加算金のうち平成19年1月1日以降のもの並びにb及びcに係る還付加算金の支払を求めるものである。

      また,予備的請求(2)イ(イ)は,前記(ア)aに係る還付加算金のうち,平成17年9月17日から平成18年12月31日までの期間のものとして,3474万6943円(6億5675万7000円×4.1パーセント×471/365(日))の支払を求めるものである。

  (3) よって,原告は,予備的請求として,請求2(1),(2)の各請求をする。

  〈被告の主張〉

   本件条例は適法・有効である。そして,本件各更正等の課税根拠は,前記第5のとおりであり,いずれも本件各更正等の金額と同額であるから,本件各更正等は適法である。また,本件各更正による延滞金の根拠は,前記第5のとおりであり,いずれも原告が納付した延滞金の金額と同額であるから,同延滞金の徴収も適法である。したがって,原告の各請求に理由はない。ただし,原告が主張する過納金及びその還付加算金の額の計算方法が正しいことは認める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第7 当裁判所の判断

 

1 争点(1)(本件条例の適法性及び有効性)について

  

(1) 地方団体の課税権

    

憲法は,第8章「地方自治」において,「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は,地方自治の本旨に基いて,法律でこれを定める。」(92条)と規定し,さらに,「地方公共団体は,その財産を管理し,事務を処理し,及び行政を執行する権能を有し,法律の範囲内で条例を制定することができる。」(94条)と規定している。そして,地方団体が,地方自治の本旨に従い,国から独立した地位においてその財産を管理し,事務を処理し,及び行政を執行していくには,その財源を自ら調達する権能,すなわち課税権を有することが必要であることからすると,地方団体の課税権は,地方自治の不可欠の要素であり,地方団体の自治権の一環として,憲法上保障されているものと解すべきである。

    

もっとも,地方団体の課税権が憲法上保障されたものであるとしても,憲法はその具体的内容について規定するものではないこと,地方団体はその組織及び運営に関する事項につき「法律でこれを定める」ものとされ(憲法92条),「法律の範囲内」で条例を制定することができるものとされていること(同94条),及び,租税の賦課については国民の総合的な税負担の程度や国・地方間ないし地方団体相互間の財源の配分等の観点から国家的な調整が必要であることに照らせば,地方団体が課することができる租税の税目,課税客体,課税標準,税率その他賦課徴収のあり方については,法律によってその準則ないし枠を定めることが予定されているものというべきである。すなわち,法律は,地方団体が課税権を行使する際の具体的準則ないし枠を設けるものであり,当該法律が地方団体の課税権を実質的に否定するものとして地方自治の本旨に反する場合は格別,地方団体の課税権は,具体的には,当該法律の規定に従って行使されなければならない。

    

このような観点から,地方自治法は,「普通地方公共団体は,法律の定めるところにより,地方税を賦課徴収することができる。」(同法223条)ものとしている。そして,地方税法は,「地方団体は,この法律の定めるところによって,地方税を賦課徴収することができる。」(同法2条)として,地方団体の課税権の具体的準則を設けたものであり,その上で,「地方団体は,その地方税の税目,課税客体,課税標準,税率その他賦課徴収について定をするには,当該地方団体の条例によらなければならない。」(同法3条1項)としている。そうすると,地方団体の課税権は,地方税法が定める具体的準則の枠内において,地方団体の議会が制定する条例の定めるところによって行使されるものということができる。

    

地方団体の課税権が地方自治の不可欠の要素として憲法上保障されていると解されることに照らし,地方税法上の規定もこのような地方団体の課税権の趣旨に即して解釈,運用するようにしなければならないとしても(地方自治法2条12項参照),当該課税権は,上記のとおりあくまでも地方税法上の具体的準則に従って行使されなければならないものというべきである。

  

(2) 法定外税の沿革及び趣旨

   

ア 地方税法は,地方団体において,法定の税目を除くほか,別に税目を起こして普通税を課することができるものと規定しているところ(同法4条3項,5条3項)(なお,都も道府県に準じて法定外普通税を課することができる(同法1条2項)。),その沿革について,以下の事実を認めることができる。

    

(ア) 現在の法定外普通税に相当する制度は,明治13年までさかのぼることができ,同年当時,府県・市町村は,雑種税,特別税の一種として,内務大臣及び大蔵大臣の許可を得て,法定された税目以外の税を課することができるものとされていた(乙32,42)。

    

(イ) 昭和15年の地方税法制定(昭和15年法律第60号)に際し,市町村のみが,内務大臣及び大蔵大臣の許可を得て,法定された税目以外の法定外独立税を課することができるものとされ,道府県についてはその権能はなく,法定された税目のみしか課することができないものとされた。しかし,昭和21年の法改正において,道府県も市町村と同様の手続で法定外独立税を課することができるものとされた(乙32,42)。

    

(ウ) 昭和23年の地方税法改正(昭和23年法律第110号)においては,地方団体は,徴収に要する経費が徴収すべき税額に比し多額であると認められるものその他特別の事情のあるものを除き,法定された税目の独立税を課するものとされる一方(同法46条1項,103条1項),そのほか,別に税目を起こして独立税を課することができるものとされ(同法46条2項,103条3項),この法定外独立税の新設や変更につき,従来のような許可を要せず,内閣総理大臣に報告すれば足りるものとされた(同法122条1項3号)。この場合において,内閣総理大臣は,「当該条例について国民の租税負担,国の経済施策等に照し適当でないものがあると認めるとき」は,地方税審議会の審査に付し,その審査に基づいて条例を取り消し,又は変更するものとされた(同法123条)(乙30,32,42)。

      

この法案の提案理由として,国務大臣は,「法定外独立税の新設変更(略)等の場合におきましては,内閣総理大臣及び大蔵大臣又は都道府県知事の許可を要することとなっておりますが,地方団体における財政自主権を確立する方向から見まして,この際許可制度を全廃することを適当と考えたのであります。(略)併しながら,一面地方団体が財政運営の方針を誤り,その財政の健全性を失い,国又は住民に迷惑をかけるようになりますと,却って自治の基盤を破壊することになりますので,財政自主権を尊重しつつ而もかかる弊害に陥らぬようにいたしますため,地方審議会による審査の制度を設けたのであります。」と述べている(昭和23年6月24日第2回国会参議院治安及び地方制度委員会会議録第26号2頁。乙31)。

    

(エ) 昭和24年当時,法定外独立税として,都道府県では30税目を延べ90団体が,市町村では184税目を延べ10955団体が,それぞれ課していた(乙48)。

      

このような状況に対し,シャウプ使節団は,以下のような勧告を行った。「われわれの計算によれば,法定外独立税は将来においては減少すべきことになっているが,われわれは,地方団体間の事情の相異によって特別な場合にはこれを必要とすることがあるかも知れないということを承認する。われわれは,このような税を認可する適当な規定を存置するように勧告する。」(シャウプ勧告第一三章C五),「地方自治のために,われわれは,地方行政単位がこれらの租税(当時の約30種の法定外独立税)を,その賦課しようとするかも知れない他の法定外独立税とともに,法定外独立税として課することを許されるように勧告するものであるが,地方当局に対して法定外独立税の数はこれを制限するように忠告したい。(略)委員会は現行の法定外独立税を否認し,また新たに法定外独立税を起こそうとする地方当局の申請を却下する権限を持たねばならない。かかる租税は,それらが国家の利益に反することが明らかである場合にのみ,たとえば,それらが煩わしい内国「関税」の効果をもつとき,あるいは耐え難い差別を課するとき,あるいは国税の徴収を不当に妨害する時にのみ拒否されるであろう。委員会には国の利益を制限することを許すべきである。」(シャウプ勧告附録A・E)(乙6,32,42)。

    

(オ) 上記シャウプ勧告を受けて,昭和25年,現在の地方税法が制定され(昭和25年法律第226号),道府県については,徴収に要すべき経費が徴収すべき税額に比して多額であると認められるものその他特別の事情のあるものを除き,法定された税目の普通税(法定税)を課するものとされる一方(同法4条2項),そのほか,別に税目を起こして普通税(法定外税)を課することができるものとされ(同条3項)(このほか,法定された税目の目的税を課することもできる(同条4項)。),この法定外税を新設し又は変更しようとする場合においては,あらかじめ,地方財政委員会(その後,自治大臣に変更された。)の許可を受けなければならないものとされた(同法259条)。そして,地方財政委員会は,申請に係る法定外税について,「当該道府県にその税収入を確保できる税源があること及びその税収入を必要とする当該道府県の財政需要があることが明らかであるとき」は,これを許可しなければならないが(同法261条1項本文),同項1号ないし3号(内容は現行の地方税法261条1号ないし3号と同じ)に掲げる事由があると認める場合においては,その許可をすることができないものとされた(同項ただし書)。また,市町村の法定外普通税についても,同様の定めがされた(同法5条,669条,671条)(乙33)。

      

さらに,上記の地方税法制定に伴い,「地方税法の施行に伴い廃止する法定外独立税の税目に関する地方財政委員会規則」(昭和25年8月11日地方財政委員会規則第4号)により,従前の道府県法定外独立税のうち温泉税等14税目が,また市町村法定外独立税のうち特別事業税等122税目が,それぞれ廃止された(乙32,40,42)。

    

(カ) 自治庁が昭和33年に出した通達「法定外普通税に係る当面の問題点について」(昭和33・4・5自丙府発第32号各道府県総務部長・東京都主税局長あて自治庁税務局長通達)は,法定外普通税につき,「個々の税目については,地方団体が自主的に諸般の事情を総合検討し,特に設定後における情勢の変化を充分勘案して適宜措置をとることを期待するものである。」とし,また,「現在の地方税制度においては,府県及び市町村とも住民税,事業税,固定資産税をはじめ,有力な税種が与えられており,地方交付税制度その他と相まって,地方税財政制度は近時充実の方途をたどっている。また,国民生活の内容も逐年充実向上しており,租税負担も可及的に軽減,合理化されてきているが,なお一般的にはその軽減に努めるべきであるといわれている。かかる際に数多くの法定税目に加えて法定外普通税を課することは,税制改正の基本的方向,国民負担の現況,国民に与える圧迫感等からして再検討を要すると考えられる。」とした(乙45)。

    

(キ) 同通達に基づき,法定外普通税の課税は減少を続け,平成11年当時,都道府県では4税目を延べ14団体が,市町村では2税目を延べ6団体が,それぞれ課するにとどまっていた(乙49)。

    

(ク) しかし,平成10年5月29日に閣議決定された「地方分権推進計画」は,「法定外普通税の許可制度については,より課税自主権を尊重する観点から廃止し,都道府県又は市町村が法定外普通税を新設又は変更するに当たっては,国と事前協議を行うこととする。この場合,国の同意を要することとする。ただし,税源の存在及び財政需要の有無については,事前協議の際の協議事項から除外し,国の関与を縮減することとする。」と定めた(乙3)。

      

これを受けて,平成11年,地方分権推進一括法による地方税法改正により,法定外税の新設又は変更につき,従前の許可制に代えて,前記第3,2のとおり,自治大臣(その後,総務大臣に変更された。)との同意を要する協議制(地方税法259条,261条)が採用され,自治大臣は,協議の申出に係る法定外税について,同法261条1号ないし3号に掲げる事由のいずれかがあると認める場合を除き,同意しなければならないものとされた。また,従前は許可についての積極要件とされた税源及び財政需要の存在については,同意の判断事項から除外された(同法261条)。さらに,道府県は法定外目的税を課することもできるものとされた(同法4条6項)。市町村の法定外普通税・目的税についても,同様の定めがされた(同法5条7項,669条,671条)(乙38)。

    

(ケ) 平成17年4月1日当時,道府県法定外普通税(法定外税)として5税目を延べ15団体が,市町村法定外普通税として5税目を延べ7団体が,道府県法定外目的税として3税目を延べ23団体が,市町村法定外目的税として6税目を延べ6団体が,それぞれ課している。なお,企業税又はこれに類する税目を課している地方団体は,被告のみである(甲69,乙50)。

   

イ 法定外税は,現行の地方税法上,以下のような位置付けとされている。

     

すなわち,道府県は,道府県税として,普通税及び目的税を課することができる(地方税法4条1項)。このうち普通税については,道府県は,道府県民税等8税目の法定税を課するものとされる一方(ただし,徴収に要すべき経費が徴収すべき税額に比して多額であると認められるものその他特別の事情があるものについては,この限りでない。同法4条2項),そのほか,別に税目を起こして法定外税を課することができるものとされている(同条3項)。そして,地方税法は,第2章第1節ないし第10節において(ただし,第7節及び第10節は削除された。),各法定税についてそれぞれ,課税客体,課税標準,税率及び賦課徴収手続等を規定し,同章第11節において,法定外税について,その新設又は変更に係る要件及び手続並びにその賦課徴収手続等を規定している。

   

ウ 以上のような法定外税の課税は,その税目,課税客体,課税標準及び税率等があらかじめ法定されておらず,道府県が自己の判断においてこれらを決定できる性質のものであることからして,法定税の場合に比べ,道府県の課税権がより直接的・自主的な形で現れたものということができる。もっとも,法定税の課税も道府県の課税権の行使の一態様といえるところであるから,法定外税を法定税とどのような関係に置くか,また,法定外税をどのような要件及び手続の下に認めるかについては,道府県の課税権という概念から直ちに導かれるものではなく,法律において具体化されるべき問題というべきである。

     

この点,前記アの沿革のとおり,法定外税の新設又は変更の具体的要件及び手続については,国民の租税負担や国の経済施策への影響,地方団体の財政の健全性確保の必要性,地方団体内の税源や財政需要の存在の要請及び(少なくとも日本国憲法施行後は)地方団体の自主的な課税権の重要性等の種々の要素を考慮して,その時々の法律によって定められてきたものである。そして,現行の地方税法上は,地方分権の推進の観点から,地方団体の自主的な課税権が特に尊重され,道府県において,総務大臣との同意を要する協議という比較的軽微な手続によって,法定外税の新設又は変更をすることができるものとされているところである。

     

ただし,前記アの沿革から明らかなとおり,地方団体は,法律上,あらかじめ法定された税目を課するものとされる一方で(昭和23年法律第110号及び昭和25年法律第226号による地方税法の下では,いずれも,地方団体は,特別の事情のあるものを除き法定された税目の独立税ないし普通税を課するものとされていた。),これに加えて法定された税目以外の税目を課することができるという形で,一定の要件及び手続の下に,法定外税の課税を認められてきたものである。そして,このような法定税と法定外税との基本的関係は,前記イのとおり,現行の地方税法上も維持されている。このような地方税法の基本的構造からすれば,地方団体の自主的な課税権を重視する現行法上も,法定外税は,法定税を補充するものとして位置付けられているものと解される。

     

そして,以上の法定外税の沿革及び現行法上の位置付けのとおり,法定外税の根拠として地方団体の自主的な課税権が強調されてきたこと,シャウプ勧告においては地方団体間の事情の相異による法定外税の必要性が指摘されていたこと,当該地方団体の税源及び財政需要の存在が明示的に要件とされていたことがあったこと,また,法定外税の課税は法定税の課税に加えてそれ以外の税目を課する形でされるものであることなどに照らせば,法定外税の趣旨は,道府県において,第一義的には法定税を課する一方で,道府県の自主的な課税権に基づき,その実情に応じて法定税の課税を補充するため,法定税以外の課税をすることにあるということができる。

  

(3) 総務大臣との同意を要する協議制度及び不同意事由の趣旨

   

ア 道府県から法定外税の新設又は変更についての協議の申出(地方税法259条1項)を受けた総務大臣は,「1号 国税又は他の地方税と課税標準を同じくし,かつ,住民の負担が著しく過重となること。 2号 地方団体間における物の流通に重大な障害を与えること。 3号 前2号に掲げるものを除くほか,国の経済施策に照らして適当でないこと。」のいずれかがあると認める場合を除き,これに同意しなければならないものとされている(同法261条)。

     

ところで,地方分権推進一括法による改正後の地方自治法は,普通地方公共団体に対する国又は都道府県の関与につき,国の行政機関又は都道府県の機関が行う関与の行為の類型を定めた上で(同法245条),「普通地方公共団体は,その事務の処理に関し,法律又はこれに基づく政令によらなければ,普通地方公共団体に対する国又は都道府県の関与を受け,又は要することとされることはない。」(同法245条の2)として,関与の法定主義を定め,さらに,「国は,普通地方公共団体が,その事務の処理に関し,普通地方公共団体に対する国又は都道府県の関与を受け,又は要することとする場合には,その目的を達成するために必要な最小限度のものとするとともに,普通地方公共団体の自主性及び自立性に配慮しなければならない。」(同法245条の3第1項)として,国が法律又は政令により関与の規定を設ける際の基本原則(必要最小限度の原則)を定めている。

     

地方税法259条1項及び261条に規定する総務大臣との同意を要する協議は,上記の普通地方公共団体に対する国の関与のうち,地方自治法245条1号ニに規定する「同意」及び同条2号に規定する「協議」に該当する。地方分権推進一括法による地方税法の改正により,法定外税の新設又は変更につき,従前の許可制に代えて総務大臣との同意を要する協議制が採用されたのは,道府県の事務の処理に関する国の関与を必要最小限度のものとする観点から,国と道府県とが対等・協力の立場に立つという関係に基づき,両者が相互に誠実に協議し,その結果一定の事項について双方の意思の合致としての同意を要するものとすることによって,道府県の自主的な課税権を尊重しつつ,国の施策との整合性の確保を図ろうとしたものと解される。すなわち,国は,「国又は都道府県の施策と普通地方公共団体の施策との整合性を確保しなければこれらの施策の実施に著しく支障が生ずると認められる場合を除き,自治事務の処理に関し,(略)国又は都道府県の関与のうち第245条第1号ニに規定する行為(同意)を要することとすることのないようにしなければならない」ものとされているところ(地方自治法245条の3第4項),法定外税の新設又は変更は,特定の道府県の住民のみの租税負担を増加させ,地方団体間の物の流通に影響を及ぼすことがあり,また,その他国の経済施策の実施に影響を与える可能性があるため,国の施策との整合性を確保し,その施策の実施に著しい支障が生ずることを防ぐという観点から,法定外税の新設又は変更について,総務大臣の同意を要するものとされ,地方税法261条各号の事由が定められているものと解される。

   

イ そうすると,法定外税の新設又は変更に係る同意を要する協議制度は,国の行政機関たる総務大臣が,道府県の法定外税の新設又は変更に事前に関与することにより,異なる行政主体間において経済施策等の施策の整合性を確保するという,行政目的の下に設けられているものということができる。そして,地方税法261条各号に規定する不同意事由は,上記の関与の必要最小限度の原則(地方自治法245条の3第1項)や同意を要する場合を限定する規定(同条第4項)の趣旨に照らせば,これらの不同意事由に該当しなければ同意しなければならないものとすることによって,上記行政目的の下での国の関与の態様を限定する趣旨のものということができる。すなわち,法定外税の新設又は変更に係る同意を要する協議において,総務大臣は,地方税法261条各号の事由に該当するかどうかという点に限って,国の施策との整合性の確保という行政目的の下に,検討・判断をするものということができる。

   

ウ この点につき,被告は,地方税法261条各号の事由は,同法の定める租税一般原則に合致するかどうかを審査するために設けられたもので,租税一般原則の観点から法定外税として容認できない場合(法定外税が地方税法上違法となる場合)を類型化したものであり,当該法定外税が地方税法上適法かどうかを判断する分水嶺となっている旨を主張する。

     

しかし,地方税法261条各号の事由は,住民の負担が著しく過重となるか,国の経済施策に照らして適当でないかといった,政策的判断を含む抽象的・一般的な定めをしているにすぎないこと,また,地方税法の想定する「租税一般原則」があるとしても,法定外税がそれに合致して適法かどうかは,客観的に定まるべきものであって,国の行政機関と道府県とが協議して相互の意思の合致に至るような性質のものとは解されないことからすれば,同条各号の事由が,上記のような異なる行政主体間の施策の整合性を確保するという趣旨を超えて,「租税一般原則」といった観点から法定外税の適法性を審査するためのものであるとは解することができない。(なお,被告の上記主張の意図は,むしろ,法定外税が同条各号の事由に該当せずに総務大臣の同意を得れば,それが施策の整合性の確保の趣旨からされるものであるにせよ,当該法定外税は地方税法上許容されることになるという趣旨をいうことにあるとも解し得るところであり,この点については,法定外税が法定税に係る規定に違反するとして違法となる場合があるかという観点から,後記(4)において検討する。)

   

エ この点に関し,総務省が出した通知「法定外普通税又は法定外目的税の新設又は変更に対する同意に係る処理基準等及び留意事項について」(平成13年4月12日総税企第64号各道府県道府県税所管部長・市町村税所管部長,東京都総務・主税局長あて総務省自治税務局長通知)は,地方税法261条各号の不同意事由につき,以下のとおりとしている(甲43)。

   

「(1) 「国税又は他の地方税と課税標準を同じくし,かつ,住民の負担が著しく過重となること」(第1号)については,「国税又は他の地方税と課税標準を同じくし」とは,実質的に見て国税又は他の地方税と課税標準が同じである場合を含むものであり,「住民の負担が著しく過重となること」とは,住民(納税者)の担税力,住民(納税者)の受益の程度,課税を行う期間等から判断して明らかに,住民の負担が著しく過重となると認められることをいうものである。

    

(2) 「地方団体間における物の流通に重大な障害を与えること」(第2号)とは,課税の目的,内容及び方法,流通の状況,流通価格に与える影響等から判断して,当該法定外税が内国関税的なものであるなど,地方団体間における物の流通に重大な障害を与えると認められることをいうものである。

    

(3) 「国の経済施策に照らして適当でないこと」(第3号)については,「国の経済施策」とは,経済活動に関して国の各省庁が行う施策のうち,特に重要な,又は強力に推進を必要とするものをいい,「国の経済施策に照らして適当でないこと」とは,課税の目的,内容及び方法,住民(納税者)の担税力,住民(納税者)の受益の程度,課税を行う期間,税収入見込額,特定の者によって惹起される特別な財政需要に要する費用のために負担を求める税については当該税収を必要とする特別な財政需要の有無等の諸般の事情から判断して,国の経済施策に照らして適当でないと認められることをいうものである。」

     

このように,総務省の所管部局が示す地方税法261条各号の不同意事由に関する実務上の解釈基準においても,同条3号についてもっぱら経済活動に関して国の各省庁が行う施策との整合性が問題とされていることから明らかなように,「租税一般原則」に合致して適法かどうかといった観点からの検討は予定されていないところである。

   

オ 以上のとおり,法定外税の新設又は変更に係る総務大臣との同意を要する協議(地方税法259条1項,261条)は,異なる行政主体間において経済施策等の施策の整合性を確保するという,行政目的の下にされるものであって,当該法定外税の適法性を審査する性質のものではないから,企業税の適法性は,総務大臣の同意の判断如何にかかわらず,本訴において別途判断されるべき問題である。

     

すなわち,本訴において,企業税の適法性については,被告が主張するような,地方税法261条各号の事由に該当するかどうかや,同条の規定に基づき総務大臣がした同意の判断の適否にとどまらず(当該同意に違法があれば当該法定外税条例が違法になることは当然である。),端的に,企業税が法令に適合するかどうか自体も判断されるべきことになる。

   

カ もっとも,いかなる場合に法定外税が違法となるのかという問題は,さらに検討を要するところである。

     

既に述べたとおり,地方税法261条に規定する同意は,異なる行政主体間において経済施策等の施策の整合性を確保するという,行政目的の下にされるものであって,法定外税の適法性を審査する性質のものではないが,この場合においても,当該同意その他同法259条ないし290条に規定する要件及び手続を満たした法定外税が,なお地方税法上違法となる場合があるのか,また,いかなる場合に違法となるのかを,別途検討しなければならない。例えば,施策の整合性の確保という観点からの総務大臣の同意を得,その他同法259条ないし290条に規定する要件及び手続を満たしさえすれば,地方税法上,道府県において自由に法定外税の新設又は変更ができるという解釈も,理論上あり得るところである。

     

この点について,原告は,法定外税が地方税法259条ないし290条に規定する要件及び手続を満たしたとしても,地方税法上の法人事業税等の法定税に係る規定に違反する場合には,当該法定外税は違法となる旨を主張し,これに対し,被告は,法定外税の準則は同法259条ないし290条の規定に尽きており,法人事業税等の法定税に係る規定が法定外税に関する準則となるものではない旨を主張するので,次に,法定外税が地方税法上の法定税に係る規定に違反するとして違法となる場合があるのかについて,検討することとする。

  

(4) 法定税に係る規定と法定外税との関係

    

以下,法定外税が地方税法上の法定税に係る規定に違反するとして違法となる場合があるのかについて検討する。

   

ア 地方税法は,道府県において,徴収に要すべき経費が徴収すべき税額に比して多額であると認められるものその他特別の事情があるものを除き(同法4条2項ただし書),法定税を課するものとし(同項本文),さらに,各法定税について,課税客体,課税標準,税率及び賦課徴収手続等を詳細に規定し,法定税の課税の際の具体的準則を設けている(同法第2章第1節ないし第10節)。すなわち,地方税法は,道府県において,上記特別の事情がある場合を除き,法定税として定める各税目を,それぞれ定められた課税客体,課税標準,税率及び賦課徴収手続等の規定に従い課すべきものとしているところである。

     

一方,地方税法は,道府県において,法定税以外の税目を起こして,法定外税を課することができるものとしているが(同法4条3項),この法定外税は,前記(2)ウのとおり,上記のように道府県において原則として法定税を課すべきことを前提に,これに加えて法定税以外の税目を課する形で,法定税の課税を補充するものとして課されるものである。そして,同条2項ただし書は法定外税に触れるところはなく,法定税を課さない特別の事情と法定外税の課税自体とに直接の関係はないものと解されることからすれば,法定外税を課する場合であっても,上記のとおり道府県において法定税を法定の準則に従い課すべきことに変わりはない。

     

以上のとおり,地方税法は,道府県において,法定税を,これを課さない特別の事情がある場合を除くほかは,それぞれ定められた課税客体,課税標準,税率及び賦課徴収手続等の規定,すなわち法定の準則に従い課すべきということを前提としつつ,これに付加するものとして,法定外税の課税を認めているものということができる。

   

イ そうすると,道府県において,地方税法の規定に従い法定税を課すべき場合であるにもかかわらず,法定外税の創設により,実質的には地方税法が当該法定税について定めた規定の趣旨に反するような課税をすることは,道府県において法定税を法定の準則に従い課すべきものとした地方税法の趣旨に反し,許されないものといわなければならない。(なお,本件は法定税が課されない場合ではないので,その場合に法定外税の創設により当該法定税に係る規定の趣旨に反する課税をすることができるかという問題については,特に触れない。)

     

法定外税という形式を採ることにより,法定税に係る法定の準則と関わりなく課税できるとすれば,道府県は,法定外税の形式を用いることにより,法定税に係る法定の準則を回避し,いわばこれを潜脱して,実質的に当該準則に反する課税をすることも可能になりかねないが,このことが,法定税の課税の準則として詳細な規定を設け,その定めるところによって地方団体が地方税を賦課徴収することができる(地方税法2条)こととした地方税法の趣旨に反することは,明らかというべきである。

     

例えば,地方税法は,法人事業税につき,制限税率を標準税率の1.1倍(改正前地方税法72条の22第8項)ないし1.2倍(改正後地方税法72条の24の7第8項)と規定するところ,仮に,法定外税として法人事業税と課税客体及び課税標準が全く同じ租税をいかなる税率においても課することが許されるとすれば,道府県はこれにより法人事業税の制限税率の規定の適用を実質的に回避できることになるが,これが法人事業税につき制限税率を設けた地方税法の趣旨に反することは明らかである。

   

ウ 確かに,法定外税は,条例の制定だけでなく,総務大臣との同意を要する協議(地方税法259条1項,261条)という,法定税よりも厳格な手続を経て新設又は変更されるものである。

     

しかし,総務大臣との同意を要する協議は,前記(3)イのとおり,法定外税につき国の経済施策等の施策との整合性を確保するという行政目的の下にされるものであって,地方税法が,このような手続を経ていることの一事をもって,当該法定外税と法定税に係る法定の準則との法的な整合性を不問に付す趣旨であるとは解することができない。地方税法は,法定税の税目,課税客体,課税標準,税率及び賦課徴収手続等につき具体的かつ詳細な規定を置いており,これらは道府県が課税する際の法律による準則となっているところ,行政機関たる総務大臣による,住民の負担が著しく過重となるかどうか,国の経済施策に照らして適当でないかどうかといった行政的・裁量的判断により,道府県がこのような規定の趣旨と関係なく課税できるようになるという解釈は,不合理なものといわなければならない。

     

すなわち,被告の主張に従えば,道府県は,地方税法259条ないし290条の規定を満たす限り,法定税に係る法定の準則にかかわらず,法定外税を創設しこれを課することができることとなるが,その場合に道府県の課税権の行使の実体面での準則として機能するのは,主として,同法261条所定の不同意事由となる。しかし,同条に掲げる事由は,地方税の課税について考慮されるべき事由のうちの一部についてのみ,抽象的な要件を定めているものにすぎない。地方税法が,この規定を満たすことによって,同法が種々の立法政策的判断の結果として規定している法定税に関する具体的かつ詳細な準則にかかわらず,その趣旨に反する課税をも可能とすることを想定しているとは,到底考えることができない。

     

また,法定税に係る法定の準則と関わりなく,総務大臣による地方税法261条所定の不同意事由への該当性の裁量的判断によって,道府県の課税権の行使の許否が定まることは,行政機関の判断に過大な権能を与えることにもなりかねない。地方税法は,前記(1)のとおり,地方団体による課税権の行使につき,法律による準則ないし枠を定めるものである。これらの準則ないし枠が,行政機関たる総務大臣による裁量的な判断を経ることによって,実体面において実質的な機能を失うというのは,地方団体の課税権の行使につき法律上の準則ないし枠を設けるという地方税法の性質や,立法と行政との関係からしても,不合理な解釈というべきである。

     

むしろ,法定外税の制度は,当該枠の趣旨に抵触しない限度で,地方税法が具体化した以外の課税を可能とするもので,その場合に,同法261条に規定する事由の下,総務大臣において国の施策との整合性を確保する手段を設けたものと解すべきであり,法定外税の創設によって,その枠自体をも変更することは予定されていないものというべきである。そして,このような理解は,前記(2)のとおり,道府県において法定税を課する一方で,これに加えて法定税以外の税目を課する形で一定の要件及び手続の下に認められてきたという,法定外税の沿革とも整合的である。

   

エ 被告は,事業税(第2章第2節)と法定外税(同章第11節)とは,地方税法上,並列的対等な節に規定されているから,法人事業税に係る規定が法定外税の準則となるものではない旨の主張をする。

     

しかし,地方税法は,第2章第1節ないし第10節に並列的に規定する法定税について,それぞれが同時に課されることを予定している以上,それぞれが相互に整合的な内容となるように規定しているものと解される。そして,法定外税もこれらの法定税と並列的な節において規定されているのであるから,法定税に係る規定と両立し,相互に整合的な内容となることが予定されているものというべきである。

     

したがって,法定外税の創設により,法定税に係る規定の趣旨に反する課税を行うことは,むしろ,これらを規定した地方税法の趣旨に反するものというべきであり,被告の上記主張は採用できない。

   

オ 被告は,地方税法261条1号において,「国税又は他の地方税と課税標準を同じくし,かつ,住民の負担が著しく過重となること」が総務大臣の不同意事由とされていることから,地方税法は法定税と課税標準を同じくする法定外税でさえ一定の場合には許容している旨を主張する。

     

確かに,上記規定からすれば,地方税法は,国税又は他の地方税と課税標準を同じくする法定外税についても,総務大臣において住民の負担が著しく過重となると判断しなければ,許容される場合があることを予定しているものということができる。しかし,このことは,法定税に係る規定の趣旨に反する法定外税が許容されることを直ちに意味するものではない。地方税法261条の同意制度が国の施策との整合性を確保する趣旨で設けられていることからすれば,同条1号の事由は,同一の課税標準に重ねて課税されることによって特定の道府県の住民の負担が著しく過重となる場合には,国の施策の実施に支障が生じることも考慮し,その場合には国が関与して当該法定外税につき不同意とできることを定めたものと解され,それを超えて,国税又は他の地方税と課税標準を同じくする法定外税の適法性についてまで,「住民の負担が著しく過重となる」かどうかの判断に委ねたものとは解することはできない。

     

例えば,法定税と課税客体及び課税標準を同じくする法定外税は,前記イのように当該法定税の制限税率の規定の趣旨に反する場合には,住民の負担が著しく過重となるかどうかにかかわらず,許されないものというべきである。

     

そうすると,地方税法261条1号の規定をもって,地方税法が,法定税に係る法定の準則と関わりなく法定外税の課税ができるものとしているということはできず,被告の上記主張は採用できない。

   

カ 被告は,法定税に係る規定にかかわらず法定外税の課税が認められていた又は認められている実例として,林産物移輸出税,別荘等所有税及び固定資産使用税を挙げる。

    

(ア) このうち,林産物移輸出税は,素材,薪炭及び加工林産物等を課税客体とし,その価格又は容積を課税標準として,従価税率又は従量税率によって,その移輸出者に対して課されるもので,山林所在の地方団体では重要な税として古くから存在していた。地方税法下では,これを法定外普通税として課する市町村があった(ただし,平成元年までにすべて廃止された。)。他方,地方税法においては,木材引取税が規定されていた。これは,昭和23年に道府県の法定税目とされ,昭和25年の地方税法制定に際し市町村の法定税目とされたものであり,素材の引取りを課税客体とし,素材の価格又は容積を課税標準として,従価税率又は従量税率によって,その引取者に対して課されるものであった(ただし,昭和63年法律第110号により廃止された。乙42,43,48,49)。

      

両税の関係につき,自治庁の出した通達「木材引取税の運用について」(昭32・1・16自乙市発第1号各都道府県知事あて自治庁次長通達)は,「木材引取税の徴税費が,その徴収すべき税額に比して多額であると認められるもの,その他特別の事情がある市町村にあっては,地方税法第5条第2項の趣旨により本税を課さないで立木伐採税,林産物移,輸出税等の法定外普通税を創設してもさしつかえないものであること。」としていた(乙44)。また,国会での政府委員の答弁においては,「木材移出税は,木材引取税にかえまして木材移出税を起しているわけでありまして,実体的には全く同じでございます。ただ,引き取りのつどそれを捕捉して課税をいたしますよりは,道は一本道でありますので,そこの出口で見ておれば完全に把握できますので,村外に搬出する場合に捕捉をして課税する,こういうやり方をしているわけであります」と述べられている(昭和33年3月18日地方行政委員会議録第18号4頁。乙46)。

      

そうすると,林産物移輸出税が法定外普通税として課されていたのは,市町村法定普通税たる木材引取税が地方税法5条2項ただし書の規定により課されていない場合であって,前者の課税により後者の課税の趣旨が損なわれるという関係にはなかったと解することもできる。また,木材引取税の課税客体ではなかった薪炭等が林産物移輸出税の課税客体とされていたという点についても,地方税法は薪炭等への課税を禁じる趣旨までは含まず,林産物移輸出税の課税は木材引取税に係る規定の趣旨に反するものではなかったと解することもできる。

    

(イ) また,別荘等所有税は,熱海市において,市町村法定外普通税(地方税法5条3項)として,居住の用に供しない家屋で主として保養の用に供する目的で所有するものなど(別荘等)の所有者に対し,別荘等の延べ面積を課税標準として,1平方メートル当たり650円の税率(平成13年熱海市条例第1号による改正後のもの)で課しているもので,昭和51年2月に許可されたものである(乙42,47)。

      

この別荘等所有税につき,自治省市町村税課法制第二係長及び同課職員による解説「市町村法定外普通税の概要について」(「地方税」昭和51年9月号((財)地方財務協会)37頁。乙42)は,「熱海市としては,別荘利用者のためにゴミ処理,下水道施設の整備や道路の改良等の特別な財政需要が生じ,これらの費用を別荘等の所有者に負担分任,応益の原則により,応分に分担してもらうために創設されたものである。別荘等の所有者には,法定税目として固定資産税(都市計画税を含む。)及び住民税均等割が課税されているので,二重課税が問題となるが,現在の社会通常上,別荘等の所有者には一般的に相当の担税力が認められているところであり,本税により著しく過重な負担を強いるとはいえないであろう。」とし,別荘等所有税は「地方団体が特別な施策を行うため,その経費の分担を,応益原則に基づき利益を受けるものに課税するもの」に該当するとしている。

      

そうすると,別荘等所有税は,別荘等の存在によって特定の地方団体に生じる特別の財政需要につき,別荘等の所有者に応分の負担を求めるとともに,その特別の担税力に着目して課されるもので,固定資産税とは租税としての趣旨・目的を異にし,その課税の趣旨に反するものではないと解することもできる。

    

(ウ) さらに,固定資産使用税の例として,呉市においては,昭和27年制定の条例により,市町村法定外普通税(地方税法5条3項)として,同法348条1項の規定によって固定資産税を課することができない者が所有する固定資産につき,使用者がある場合においてその使用者に対し,固定資産の価格を課税標準として,100分の1.4の税率で固定資産使用税を課していた。昭和30年当時,7課税団体が固定資産使用税を課していたが,昭和45年までにいずれも廃止された(乙49,68)。

      

この固定資産使用税については,地方税法は,同法348条1項の規定により,一定の者に対しては固定資産税を課することができないものとしていたものの,これらの者が固定資産を所有する場合において,その使用者に対し固定資産税と同様の内容の課税をすることを禁じる趣旨までは含まず,固定資産使用税の課税は固定資産税に係る規定の趣旨に反するものではなかったと解することもできる。

    

(エ) 以上のように,法定外税が法定税に係る規定の趣旨に反するかどうかは,当該租税や各関係規定の趣旨等についての個別具体的な検討を要するところであって,上記の各法定外普通税が法定税と同様の課税標準を用い,あるいは法定税が対象としていない課税をしていたことをもって,直ちに,法定外税によって法定税に係る規定の趣旨に反する課税をすることが許されていた例ということはできない。

      

なお,仮にこれらの法定外普通税が法定税に係る規定の趣旨に反するとすれば,当該法定外普通税は違法であったといえるのであって,いずれにしても,当該法定外普通税の存在がこれまでに述べた解釈を覆すものではない。

   

キ 以上のとおりであるから,法定外税の創設により法定税に係る規定の趣旨に反する課税をすることは,道府県において法定税を法定の準則に従い課すべきものとした地方税法の趣旨に反し許されず,同法259条ないし290条に規定する要件及び手続を満たしたかどうかにかかわらず,違法というべきである。

     

そして,法定外税が法定税に係る規定の趣旨に反するかどうかの検討には,当該法定外税及び当該法定税並びに各関係規定の,趣旨,目的,内容及び効果を比較対照することが必要である。本件においては,本件条例が創設した法定外税たる企業税が,法定税たる法人事業税に係る規定の趣旨に反するかどうかが問題とされているから,以下,これら両税について,上記の観点から検討する。

  

(5) 企業税及びその規定の趣旨・目的

   

ア 本件条例の制定の経緯は,以下のとおりである。

    

(ア) 被告が平成12年3月に示した「県財政の現状と今後の展望-財政健全化の指針-」は,当時の被告の財政の状況について,以下のような分析をした(甲11の8の2)。

      

すなわち,「本県財政は,平成10年度に急激な県税の減収に見舞われ,危機的な状況に陥りました。このため,県民の皆様や県議会のご協力をいただきながら,全職員一丸となり様々な取組に務めた結果,何とか財政再建団体への転落は回避できたものの,平成10年度決算は293億円の赤字となり,23年ぶりの赤字団体となりました。」とした上で,被告の財政が悪化した原因は,①経済構造の変化と景気に左右されやすい不安定な税収構造,②大幅な抑制が困難な歳出構造,③十分でなかった地方交付税,及び④基金が底をつき安定的確保が困難な臨時的な財源に依存していることにあるとした。特に①については,「我が国経済は,バブル経済の崩壊によって急激に悪化し,以来10年が経過しようとしていますが,いまだ混迷の域を脱することができません。本県の財政危機は,歳入の大宗を占める県税収入が,こうした経済の大きな変化を受けて大幅に落ち込んでしまったことが最大の要因となっています。」「本県の県税収入は,景気に連動して大幅に減少しましたが,これは,県税が景気に左右されやすい法人事業税・法人県民税を主力としているためで,こうした不安定な税収構造により,本県では税収予測が立てにくく,平成10年度のように年度途中での大幅減収も避けられないばかりか,中・長期の計画的な財政運営を難しくしています。」とした。そして,特別な対策を講じない場合,平成12年度以降の5年間において,合計1兆0150億円の財源不足が見込まれると試算し,その上で,財政健全化に向けた具体的な方策として,被告独自の当面の対策としては,一般施策経費,人件費及び県債・公債費の抑制のほか,新たな県税の創設を含む自主財源の確保が,また,(国レベルでの)地方税財政制度の改革による根本的な対策としては,法人事業税に外形標準課税を導入することを含む税制改正等が必要であるとした。

    

(イ) 被告は,上記のような財政状況の下,平成10年12月,神奈川県地方税制等研究会を設置し,神奈川県知事において,同研究会に対し,「神奈川県をはじめとする大都市圏の地方自治体は,いずれも深刻な財政危機に直面しているが,今後の少子高齢社会への対応や分権型社会の実現に向けて,住民ニーズに的確に応え得る,確固たる財政基盤を構築したい。このため,県独自の税源充実策及び大都市圏自治体にふさわしい地方税財政制度のあり方について検討してほしい。」旨の諮問をした。同研究会は,東京大学経済学部教授その他の研究者を委員とするものであった(甲11の8の4)。

    

(ウ) 神奈川県地方税制等研究会は,12回の研究会を経て,平成12年5月25日付けで,「地方税財政制度のあり方に関する中間報告書」(以下「中間報告書」という。)を作成し,神奈川県知事に報告した。中間報告書は,被告の財政の現状につき,長期に及ぶ景気の低迷により,基幹税目である法人2税(法人事業税及び法人県民税)を中心とした県税収入が大幅に減少している一方で(ピーク時の平成2年度には約4500億円あった法人事業税の税収が,平成10年度にはその半分程度の2380億円にまで落ち込んだことなどを指摘している。),義務的経費は増加を続け,歳出入ギャップが一段と拡大しており,危機的状況に置かれていると分析した上で,「応益原則の観点から,景気に左右されない税制を組み込み,安定した財政基盤を構築しておくことが重要である」などとして,以下のような提言をした(甲11の8の4,乙63)。

      

すなわち,まず,「法人は,(都道府県から)行政サービスという一種の生産要素の提供を受けながら事業活動を営んでいるわけであり,法人事業税は,こうした生産要素の一つである行政サービスの対価として位置付けることができる。(略)しかしながら,現行の課税方式の下では,所得の多寡によって税負担が決定されることから,行政サービスとの受益関係が税負担に的確に反映されていない。加えて,全法人のうち約7割を占める欠損法人は法人事業税を負担していないため,結果的に,都道府県の最大の基幹税目である法人事業税は,一部の利益法人によってのみ支えられているのが実態である。」ということや,法人事業税は「所得を課税標準としているため,景気動向の影響を受けやすく,税収が大きく振幅する極めて不安定なものとなっている。」ということなどから,全国一律方式により法人事業税に外形標準課税を導入することが適当であるとした上で,課税標準の定め方等について,望ましい外形標準課税のあり方を提言した。

      

次に,「外形標準課税については,全国的な制度として導入されることが望ましいが,国の論議の動向から,早期に導入される見通しが立たない場合には,現下の厳しい財政状況を踏まえ,臨時的・時限的な対応として,法人事業税について欠損金の繰越控除制度の適用を遮断する措置を講ずることが適当と考えられる。」とし,その理由として,「本来,法人事業税は,法人の事業活動と都道府県の行政サービスとの受益関係に着目して課する税であり,こうした税の性格にかんがみれば,法人事業税の課税標準の算定において,過去の事業活動の結果として生じた欠損金額を控除する合理的理由は認められない」こと,「この繰越控除制度は,単年度課税方式の例外的措置として設けられているものであり,(略),法人の所得金額を計算する上での絶対的な制度とは言えず,政策的側面を持った制度として位置付けることができる」ことを挙げ,「外形標準課税が導入されるまでの間の臨時的・時限的な対応として,地方税法の改正により,法人事業税について繰越控除制度の適用を遮断することが適当である。」とした。

      

さらに,「この制度改正が実現されない場合には,法定外普通税・目的税又は地方税法第72条の19の活用により,県独自の措置として,繰越控除制度を遮断するための方策を検討していくことが必要と考えられる。」とした。

      

このほか,法人2税等の超過課税の活用,上記以外の法定外普通税・目的税の活用の提言をした。

    

(エ) 平成12年7月,政府税制調査会から,法人事業税の外形標準課税について,景気の状況等を踏まえつつ早期に導入することが必要との中期答申が出され,また,同答申を受けて,同年11月には,自治省から,平成13年度の税制改正による制度化を目指して,外形標準課税の導入を内容とする法人事業税の改革案が示されるに至った。しかし,同年度の税制改正においては,法人事業税の外形標準課税の導入は見送られることとなった(甲11の8の3,47)。

    

(オ) このような状況の下,神奈川県地方税制等研究会は,中間報告書の作成後5回の研究会を経て,平成13年1月,「法人課税の臨時特例措置に関する報告」(以下「最終報告書」という。)を作成し,神奈川県知事に報告した。この最終報告書は,「平成13年度税制改正では,外形標準課税の導入が見送られ,早期導入が困難になったので,法律上認められた課税自主権を有効に活用し,神奈川県の危機的な財政状況に起因する県民生活へのマイナス影響を,少しでも縮小する必要があるとの観点に立って,早急に法定外普通税として「臨時特例企業税」を導入することが適当であるとの結論を得たので,ここに取り急ぎ報告するものである。」として,以下の提言をした(甲11の8の3,乙63)。

     

a すなわち,法人事業税が行政サービスの対価として応益的な性格を持った税として位置付けられながら,現行の課税方式の下では所得の多寡によって税負担が決定されることから,行政サービスとの受益関係が税負担に的確に反映されておらず,一部の利益法人のみが法人事業税を負担しているという,中間報告書での問題認識を踏まえ,地方団体としても全国的な制度としての法人事業税の外形標準課税の早期実現を支援すべきとしつつ,「神奈川県の危機的な財政状況を見ると,国の制度改正をただ待つことなく,可能な限り課税自主権を活用して,安定的な税制を構築しつつ,財源不足を解消していく努力をすべきと考える。したがって,国において検討されている法人事業税の外形標準課税について,早期導入がされない場合には,課税自主権を活用して,臨時的,かつ特例的な措置として,現行の法人事業税を中心とした都道府県の法人税制を,公平性及び安定性の観点から補完する制度を早急に構築するよう提言したい。」とした。

     

b そして,「中間報告書において,(略)制度改正が実現されない場合には,法定外普通税・目的税又は地方税法第72条の19の活用により,県独自の措置として,繰越制度を遮断するための方策を検討していくことが必要であるとしたところであ」り,「この措置を法定外税で講ずるか又は法第72条の19の活用で行うかがまず問題になるが,法第72条の19の規定は,(略)「事業の情況」に応じて,所得によらないで,資本金額,売上金額等の外形標準課税を用いることができるとしているが,これは,特定の業種について適用が予測されている規定であり,すべての業種を対象とするならばこの規定の意味がないと解されるところ,我々が意図している「繰越欠損金控除」の遮断については,所得を課税対象とするすべての法人に共通することであることから,同条の活用は適当でないと考えられる。そこで法定外税の活用を前提として,制度の構築を考えていくことにする。」とした。

     

c その上で,「繰越欠損金の遮断を法定外税で措置しようとするとき,次の論点について整理しなければならない」として,「①繰越欠損金を遮断する効果のある税制を構築することの是非,②新たな法定外税の課税標準を何にするのか,③法定外税の法律上の要件への適合」を挙げた。

       

①については,所得の金額の計算上「損金とすべき欠損金を何年間認めるかについては,政策上の判断にゆだねられているというべきであり,また,臨時的にその適用を一部又は全部遮断することは,我が国においても過去に事例があることに加え,外国でも事例が見受けられる。また,繰越欠損金についても,その性格は,2種類あると言える。すなわち一つは,通常の事業活動から生じた欠損金であり,もう一つは,本来の事業活動から離れて行った土地や株式等の投機活動により生じた欠損金である。この場合,損金として,必ず認めなければならないのは,前者の通常の活動から生じた繰越欠損金であって,後者の投機活動から生じた繰越欠損金は,必ずしも認める必然性はない。したがって,「所得」を課税標準とする税において,繰越欠損金のすべてを,恒久的に認めない制度を構築することは,課税理論上,疑問視せざるを得ないが,臨時的・時限的にその全部を認めなかったり,また,投機活動から生じた欠損金の繰越を認めないという考え方に立って,欠損金の一定割合の控除を認めないとすることは,税政策上,行い得ると考えられる。」とした。

       

また,②については,「そこで繰越欠損金の遮断を行いうる仕組みを持つ新税を考えると,まず,その課税標準として,「当該事業年度において損金に算入した繰越欠損金の額」が考えられるが,このように企業会計上の一定の項目に対して税をかけるという方法も一つの手法としてはあり得る。しかしながら,このように課税標準が繰越欠損金そのものに連動することは,あたかも欠損金に課税するようで,課税理論上,説明しがたい面がある。そこで,繰越欠損金の控除をした場合は,必ず,当該事業年度において,必ず繰越欠損金に相当する利益が生じていることから,その利益に対して課税するという考え方で課税標準を設定すれば,こうした問題は解消される。また,(略)バブル経済以降において,欠損金のかなりの部分が投機的な損失であったことを踏まえて,すべての繰越欠損金の控除を認めないとするのではなく,その一定割合に限って控除を認めない制度として構築することが,繰越控除制度の本質に矛盾しない制度構築として考えられる。その場合の一定割合は,外国の制度等を勘案すると,概ね30%程度までが妥当な範囲と考えられる。」とした。

       

さらに,③については,地方税法261条所定の不同意要件のうち,2,3号は特に問題にならず,1号については以下で触れるとした。

     

d その上で,新税である「臨時特例企業税」の具体的内容について,以下のとおり提言した。

       

すなわち,課税の根拠及び趣旨については,「法人事業税は,行政サービスに対する応益原則の考え方に立って,すべての法人が応分の税負担をすべきであるが,企業活動の結果,当期利益がある法人であっても,欠損金の繰越控除制度の適用により,当期利益に見合った税負担が生じないこととなっているため,外形標準課税が導入されるまでの間の臨時的,特例的な措置として,一定規模以上の法人に,相応の負担を求める法定外普通税として創設することが適当と考える。」とした。

       

そして,課税標準については,「欠損金の繰越控除額の一定割合(30%×法人事業税の分割基準の相当する割合)に相当する当期利益が課税標準になる案が考えられる(略)。しかしながら,こうした率を課税標準の中に組み込むことは,分かりやすい税制度とする観点からすると,かならずしも適当とは言えないことから,当研究会においては,この率は,税率設定の中で考慮することが,適当であるとの結論を得たところである。したがって,課税標準については,「各事業年度の法人事業税の課税標準である所得に,当該所得の計算に当たって損金に算入した繰越欠損金に相当する額を加算した額に一定の割合(法人事業税の分割基準の相当する割合)を乗じた額。ただし,当該額が,繰越欠損金に相当する額を上回る場合は,当該繰越欠損(金)に相当する額を上限とする。」ことが適当である。」とした。上記の30%は,「臨時的に繰越欠損金の全部又はその一部を適用しないことが税政策上とることが可能であること,繰越欠損金には投機的損失が含まれており,その部分については,欠損金の繰越を否定しうること等を,総合的に勘案して繰越欠損金のうち課税対象とする部分の割合を設定したものである」。さらに,地方税法261条1号の事由に該当するかどうかも検討したが,新税の課税標準と法人税や法人事業税の課税標準とは形式的に異なり,また,「実質でみても,新税の課税標準は,当該事業年度において控除した繰越欠損金額と同額になることから,二重課税の問題は生ぜず,法人税や法人事業税の課税標準との重複の問題は生じ得ないと考えられる。」とした。

       

次に,納税義務者については,法人の担税力に配慮し,課税の対象を相当程度体力があり社会的責任を求められる大会社に限定することが適当であるとの観点から,「各事業年度の法人事業税の課税標準である所得の計算に当たって繰越欠損金に相当する額を損金に算入した法人で,資本金額又は出資金額が5億円以上のもの」とすることが適当とした。また,「企業活動に対する行政サービスの対価として応分の負担を求めるという課税の趣旨を踏まえ,営利目的の企業活動を目的としない公共法人及び公益法人等並びに企業活動を終了した清算法人については納税義務者から除外すべきである。」とした。

       

さらに,税率については,「先に述べたとおり,繰越欠損金の一部について控除を認めないという考え方を,課税標準で反映せずに,税率で反映するという考え方に立って,その一定割合分30%と,法人事業税の税率水準が10%程度であること(を)踏まえ,両者を掛け合わせた3%(特別法人は2%)とすることが適当と考える。」とした。

       

そのほか,名称を「臨時特例企業税」とすること,及び,賦課徴収の方法について,新税が法人事業税を補完する性格を有することから,法人事業税の賦課徴収制度を参考にして,申告納付の方法等を採用することを提言した。

    

(カ) 神奈川県知事は,上記最終報告書の提言を受けて,本件条例案を作成し,平成13年2月15日,これを神奈川県議会に提出した。

      

神奈川県議会での本件条例案の審議の過程で,神奈川県知事は,「私ども,地方税は基本的には応益負担ということを念頭に置いた形で考えるということが基本であろうと思っております。法人事業税につきましても,そういう性格として位置づけられたものとして受けとめているところでございますけれども,現在の法人事業税のあり方は,形としては収益課税ということで,それを何とか応益課税の性格,あるいは受益という観点から見た性格をより強めていただきたいということで,外形標準課税の導入をお願いしているわけでございますけれども,それがまだ実現を見ておらないわけでございます。したがいまして,それが実現するまでの間,臨時特例的な措置といたしまして,法人にかかわる税につきまして,ある程度,より応益負担という考え方を強めた中で,法人課税の法人間の公平さをより保つ,さらには税収の安定化も図るという観点から,臨時特例の企業税をお願いする,こういう考え方で今,提案をさせていただいているところでございます。」と答弁した(平成13年2月20日神奈川県議会2月定例会会議録第2号57頁。乙55)。

      

そして,神奈川県議会は,平成13年3月21日,本件条例案を全会一致で可決した。

    

(キ) 被告は,平成13年3月22日,総務大臣に対し,企業税の新設について,協議の申出をした。

      

その際に神奈川県知事が総務大臣に提出した理由書には,「本県といたしましては,外形標準課税が導入されるまでの臨時的,かつ特例的な措置として,県の行政サービスを受け当期利益が黒字になっているにもかかわらず,欠損金の繰越控除制度により,法人事業税について税負担が生じない法人について相応の負担を求めるため,法定外普通税としての「臨時特例企業税」を新設いたしたく,地方税法第259条の規定に基づき,協議を申し出るものです。」などと記載されている(甲11の1・2)。

      

その後,前記第4,2(1)のとおり,本件条例は,総務大臣との協議及びその同意を経て,平成13年7月2日に公布され,同年8月1日に施行された。

    

(ク) A・神奈川県総務部税務課専任主幹の作成による論文「「臨時特例企業税」の概要について」(「税経通信」2001年10月号164頁。以下「A論文」という。甲16,乙11)は,企業税の創設の経緯につき,以下のとおり説明している。

      

すなわち,企業税の創設については,神奈川県地方税制等研究会の中間報告書において述べられた法人事業税の繰越欠損金制度に対する問題提起が端緒となっている。「その後,この中間報告書で述べられた法人事業税の繰越控除制度の適用の遮断について,(略)地方税法第72条の19の規定を活用すれば,「事業の情況に応じ」て繰越控除制度の適用の遮断ができるのか,また,新税として仕組む場合の納税義務者や課税客体,更に,県民に理解されるような税制の考え方等について事務レベルで研究を行ってきたところである」。このような中で,最終報告書において,早急に法定外普通税として企業税を導入することが適当である旨の提言がされるとともに,企業税の理論的な整理が行われた。「このような研究会からの論点整理を踏まえて,本県は,臨時特例企業税の条例案を固めたところである」。

      

また,A論文は,企業税の内容につき,以下のとおり解説している。すなわち,「法人事業税は,都道府県の行政サービスの対価としての応益的な性格を有する税でありながら,原則として所得を課税標準としているため,行政サービスとの受益関係が税負担に的確に反映されず,税収も不安定なものとなっている。本来,こうした法人事業税における制度的課題については,全国一律,全業種を対象とする外形標準課税の導入によってその解決を図るべきであるが,本県が直面している厳しい財政状況を踏まえ,外形標準課税が導入されるまでの当分の間の措置として,法人課税の負担の公平と税収の安定化を図る観点から,一定規模以上の法人に相応の税負担を求める臨時特例企業税を法定外普通税として創設することとした」。納税義務者については,法人の担税力に配慮し,課税の対象を相当程度体力があり社会的責任を求められる大会社に限定することが適当であるなどの観点から,資本の金額又は出資金額が5億円以上の法人に限定した。課税標準については,最終報告書における考え方を受けて,「各課税事業年度における法人事業税の課税標準である所得の金額の計算上,繰越控除欠損金額を損金の額に算入しないものとして計算した場合における当該各課税事業年度の所得の金額に相当する金額(当該金額が繰越控除欠損金額に相当する金額を超える場合は,当該繰越控除欠損金額に相当する金額)」とした。税率については,最終報告書において,投機活動から生じた欠損金は必ずしも繰越控除の対象として認める必要はないという考え方もあること,わが国の過去の例や諸外国の例を踏まえれば繰越欠損金の一部(3割程度)を認めないとすることも可能であること,また,本来課税標準は繰越控除の一定割合とすべきであるが,税制の仕組みを簡素化する観点からその一定割合という考え方を税率の中にとけ込ませる方法を採用することも可能であることが示されたことから,「本県としては,欠損金の繰越控除を3割相当分認めないこととし,かつ,一般法人に対する法人事業税の税率水準が約10%(一般法人9.6%,特別法人6.6%)であることを勘案して,3%(特別法人2%)の税率を設定したところである」。

    

(ケ) 神奈川県地方税制等研究会は,平成15年法律第9号による地方税法の改正により,法人事業税にいわゆる外形標準課税が一部導入されることとなったこと(前記第3,1(1)イ)を受けて,平成15年10月,「法人事業税への外形標準課税の導入に伴う臨時特例企業税の見直し等について」と題する報告書(以下「見直し報告書」という。)を作成した(甲49)。

      

見直し報告書は,この法人事業税への外形標準課税の導入について,「中小法人を外形標準課税の対象外とするとともに,対象となる大法人についても所得課税の割合が高いことなどから,当研究会が考えた外形標準課税の本来の目的(略)の達成には,今回の外形標準課税では不十分」であるとし,「今回の外形標準課税の導入をもって,直ちに臨時特例企業税を廃止すべきとの結論は導けない。しかしながら,臨時特例企業税を,そのまま継続することになると,今回の外形標準課税の導入の意義や,その税負担の変動を全く考慮しないことになる。そこで,今回の外形標準課税の導入が,所得課税分4分の3,外形標準課税分4分の1という形で行われたことを踏まえ,法人事業税全体における外形標準課税分の割合を考慮して,臨時特例企業税の税率を1%程度引き下げることが,最も適当な選択であると考える。」とした。

    

(コ) その後,前記第3,3(2)のとおり,本件条例は,平成16年神奈川県条例第18号により改正され(同年4月1日施行),企業税の税率が一律に100分の2に引き下げられるなどした(甲50)。

    

(カ) なお,被告の法人事業税及び企業税による税収は,それぞれ,平成14年度につき,2006億6400万円及び1億5100万円(ただし,企業税は年度途中からの課税である。),平成15年度につき,2192億9300万円及び50億3100万円,平成16年度につき,2730億6000万円及び155億9100万円,平成17年度(当初予算)につき,2580億6800万円及び90億4800万円であった(いずれも100万円未満切り捨て)(乙57の1ないし3,争いのない事実)。

   

イ 以上の本件条例の制定の経緯から明らかなとおり,被告は,景気の悪化により法人事業税を初めとする県税収入が減少したことによる財政的な危機を受けて,神奈川県地方税制等研究会に対し,地方税財政制度のあり方について諮問し,同研究会が,国レベルでの法人事業税の外形標準課税の導入が見送られたことを踏まえて,法定外税として企業税を創設することを提言したことを受けて,企業税の新設を内容とする本件条例を制定したものである。そして,このような経緯に加え,本件条例の内容が最終報告書における提言の内容と主たる部分において共通すること,本件条例案を神奈川県議会に提出した神奈川県知事も,企業税の趣旨・目的につき最終報告書の内容と同様の説明をしていること,本件条例の制定事務を担当した被告の職員による解説(A論文)においても,最終報告書の提言に沿って本件条例の内容を定めた旨が記されていることに照らせば,本件条例が定める企業税及びその各規定の趣旨・目的については,基本的に,最終報告書の内容に沿って理解されるべきである。

     

この点につき,被告は,本件条例は電気供給業等に係る事業活動を非課税とし,適用期間を「当分の間」としている点で最終報告書と異なるから,本件条例は最終報告書の内容をそのまま受け入れたものではない旨を主張する。しかし,これらの点は,企業税や本件条例のその他の各規定の趣旨・目的の理解に直接影響する性質のものではなく(そもそも,電気供給業等については,法人事業税の課税標準は所得ではなく(改正前地方税法72条の12,改正後地方税法72条の12第3号),欠損金額の繰越控除は行われないから,もとより最終報告書が提言する新税の課税の対象外である。),企業税自体の趣旨・目的や,最終報告書の提言と同様の内容となっている本件条例の各規定の趣旨・目的について,最終報告書の内容に沿って理解されるべきことに変わりはない。

   

ウ そこで,主として最終報告書の内容を踏まえて,本件条例が定める企業税及びその各規定の趣旨・目的を検討する。

     

まず,最終報告書において繰り返し述べられ,神奈川県知事及びA論文も同旨を述べているように,企業税の,課税の根拠ないし性格という意味における租税としての趣旨・目的(以下,「租税としての趣旨・目的」をこのような意味で用いる。)は,法人の事業活動に対する行政サービスの対価として法人に応分の負担を求めることにある。

     

これを法人事業税との関係について見ると,中間報告書及び最終報告書において述べられ,神奈川県知事及びA論文も同旨を述べているように,企業税は,法人事業税の課税標準において欠損金額の繰越控除がされる結果,当期利益ないし受益に見合った法人事業税の負担をしていない法人に,応分の負担を求めることで,法人課税の公平化及び税収の安定化を図ろうとするものであり,法人事業税の外形標準課税の導入に準じた効果を,これが実現するまでの臨時的・特例的な措置として達成しようとするものである。企業税が法人事業税の外形標準課税の導入に準じた効果を意図していることは,平成15年法律第9号による地方税法の改正により法人事業税に外形標準課税が一部導入されることになったことについて,見直し報告書が,外形標準課税の導入の本来の目的からすれば不十分であるとして,法人事業税の外形標準課税の導入の程度に対応する形で税率を一部引き下げた上で企業税を存続させることを提言し,本件条例がこれに沿った内容に改正されたことにも示されている。また,最終報告書において述べられ,A論文も同旨を述べているように,企業税の創設に当たっては,法人事業税の課税標準の特例を定めた改正前地方税法72条の19の規定を活用して法人事業税自体の欠損金額の繰越控除を遮断することが検討されたものの,その要件を満たすことが困難であるとの判断の下に,法定外税の形式が採られたものであるし,企業税の税率(原則3パーセント)については,法人事業税における欠損金額の繰越控除のうち控除を否定すべき一定割合(30パーセント)を法人事業税の税率(約10パーセント)に掛け合わせるという方法により,算出されたものである。以上のことからすれば,企業税は,法定の法人事業税に代わり,これと異なる課税標準の下に,同税に相当する性質の課税をする趣旨・目的のものということができる。

     

次に,本件条例の各規定の趣旨・目的について見ると,最終報告書において述べられ,A論文も同旨を述べているように,企業税の課税標準及び税率の趣旨・目的は,法人事業税における欠損金額の繰越控除のうち一定割合(30パーセント)について,その控除を実質的に遮断し,当該部分に相当する額を課税標準として課税する効果を意図しつつ,この割合を税率の設定に反映させ,課税標準を繰越控除欠損金額に相当する利益(所得)額とし,税率を当該割合と法人事業税の税率(約10パーセント)を掛け合わせた原則3パーセントとしたものということができる。そして,この30パーセントという割合は,主として,投機的な損失による欠損金額についてはその繰越控除を否定し得るとの考えの下,諸外国の制度等も勘案して,このような欠損金額の欠損金額全体に占める割合を数値化した趣旨のものである。

     

なお,被告は,企業税の税率の設定の経緯につき,最終報告書を参考にしつつ,課税理論の面ばかりでなく,税収確保の必要性と納税者の理解等の幅広い観点から検討を行った旨を主張するが,仮に被告において税収や租税負担の程度についての検討も加えたものであるとしても,3パーセントという税率が基本的に上記のような考えの下に導かれたことは,前記アの経緯に照らせば,明らかである。

  

(6) 法人事業税と企業税との関係(企業税の効果)

   

ア 法人事業税(改正後地方税法についてはその所得割。以下同じ。)は,前記第3,1のとおり,法人の行う事業に対し,事務所又は事業所所在の道府県において,その法人に,電気供給業等の場合を除き,各事業年度の所得及び清算所得を課税標準として課されるものである(改正前地方税法72条1項,同法72条の12,改正後地方税法72条の2第1項,同法72条の12第1号ハ)。そして,この法人事業税の課税標準としての各事業年度の所得は,各事業年度の益金の額から損金の額を控除した金額により,当該各事業年度の法人税の課税標準である所得の計算の例によって算定するものとされているところ(改正前地方税法72条の14第1項,改正後地方税法72条の23第1項),法人税の課税標準である所得の計算上,当該事業年度前の一定の事業年度において生じた欠損金額がある場合には,青色申告書等の提出要件を満たす限り,当該欠損金額に相当する金額は,当該各事業年度の所得の金額の計算上,損金の額に算入するもの(ただし,当該欠損金額に相当する金額が,当該欠損金額につき損金の額への算入をしないものとして計算した場合における当該各事業年度の所得の金額を超える場合は,その超える部分の金額については,この限りでない。)とされている(法人税法57条1項,10項)(このように損金の額に算入される欠損金額に相当する金額が「繰越控除欠損金額」である(本件条例3条2号)。)。

     

一方,本件条例が定める企業税は,前記第3,3のとおり,神奈川県内に事務所又は事業所を設けて行う法人の事業活動に対し,その法人に(本件条例5条1項),各課税事業年度における法人事業税の課税標準である所得の金額の計算上,繰越控除欠損金額を損金の額に算入しないものとして計算した場合における当該各課税事業年度の所得の金額に相当する金額(当該金額が繰越控除欠損金額に相当する金額を超える場合は,当該繰越控除欠損金額に相当する金額)を課税標準とし(本件条例7条1項),税率を原則100分の3として課されるものである(本件条例8条)。

   

イ 上記のとおり,企業税の課税標準は,法人事業税の課税標準である所得の金額の計算過程を用い,繰越控除欠損金額を控除しない場合の当該課税事業年度の所得(以下「当期所得」という。)の金額とされている。そして,企業税の課税標準について,繰越控除欠損金額に相当する金額が上限とされていること(本件条例7条1項括弧書),また,その繰越控除欠損金額について,当期所得(すなわち企業税の課税標準)の金額が上限とされていること(法人税法57条1項ただし書)からすれば,法人事業税の課税標準である所得の計算上繰越控除欠損金額が存在しない場合には,企業税の課税標準もゼロとなるし,繰越控除欠損金額が存在する場合には,企業税の課税標準もこれと同額となる。そうすると,結局,企業税の課税標準は,常に繰越控除欠損金額と同額となるように設計されているものといえる。この点については,最終報告書においても,企業税の課税標準は繰越控除欠損金額と同額となる旨の説明がされているところである。

     

本件条例の文言上,企業税の課税標準は,繰越控除欠損金額を控除しない場合の所得すなわち当期所得の金額(ただし,繰越控除欠損金額を超えない額。)として規定されており(本件条例7条1項),繰越控除欠損金額の存在それ自体を課税対象(なお,「課税対象」とは「課税客体」とほぼ同旨であるが,やや前法律的に理解し,神奈川県地方税制等研究会がその最終報告書で使用している概念(前記(5)ア(オ)参照)にほぼ一致している。)とする構成にはなっていない。しかし,課税標準は課税客体を金額化ないし数量化したものであるところ,上記のとおり企業税の課税標準の金額は常に繰越控除欠損金額と同額なのであるから,少なくとも課税標準の計算上は,本件条例7条1項の規定は,実質的には「企業税の課税標準は,法人事業税における繰越控除欠損金額とする。」という趣旨に読み替えることが可能である。

     

また,企業税は,当期所得又はその一部を課税対象とする構成になっているが,上記の企業税の課税標準と繰越控除欠損金額との関係から明らかなとおり,課税対象となる部分の当期所得は,法人事業税において欠損金額の繰越控除が行われる場合に初めて存在し,また,当該繰越控除欠損金額の限度で存在する。すなわち,企業税の課税対象は,欠損金額の繰越控除によって法人事業税の課税対象である所得から控除される部分の当期所得ということができる。

     

そうすると,企業税は,実質的には,欠損金額の繰越控除によって法人事業税の課税対象である所得から控除される部分の当期所得を課税対象とし,繰越控除欠損金額を課税標準として課税する効果を持つものということができる。

   

ウ 前記(5)ウのとおり,企業税及びその規定の趣旨・目的は,法人事業税における欠損金額の繰越控除のうち一定割合についてその控除を実質的に遮断し,当該部分に相当する額を課税標準として法人事業税に相当する性質の課税をする効果を意図しつつ,この割合を税率の設定に反映させ,課税標準を繰越控除欠損金額に相当する当期所得額として,同性質の課税をすることにある。

     

そして,前記イのとおり,企業税の課税は,その規定の解釈上,欠損金額の繰越控除によって法人事業税の課税対象である所得から控除される部分の当期所得を課税対象とし,繰越控除欠損金額を課税標準として課税する効果を持つものということができ,これと税率の設定の経緯とを併せて考慮すると,上記の趣旨・目的のとおり,実質的には,法人事業税における欠損金額の繰越控除のうち一定割合についてその控除を遮断し,当該控除によって法人事業税の課税対象である所得から控除される部分の当期所得を課税対象とし,当該部分に相当する額を課税標準として,法人事業税に相当する性質の課税をする効果を持つものということができる。

   

エ この点につき,被告は,企業税は当期所得に対して課税するもので,法人事業税における欠損金額の繰越控除を遮断するものではない旨を主張する。

     

確かに,本件条例は,形式的には,法人事業税自体の欠損金額の繰越控除を否定するものではないし,繰越控除欠損金額又はその一部を直接に課税標準とするものでもない。しかし,企業税が,実質的に,法人事業税における欠損金額の繰越控除を一部否定ないし遮断し,当該部分に法人事業税に相当する性質の課税をする趣旨,目的及び効果を持ったものであることは,これまでに述べた本件条例の制定の経緯及び本件条例の内容からして,明らかというほかない。

     

被告は,最終報告書中の記載(前記(5)ア(オ)c第3段落の「そこで繰越欠損金の遮断を行いうる」から「課税理論上,説明しがたい面がある。」まで。)をもって,最終報告書では繰越控除制度の適用を遮断する案は採用されなかった旨を主張する。

     

しかし,当該部分で「課税理論上,説明しがたい」とされているのは,繰越控除欠損金額自体を課税標準とすることであって,当該部分の前で,法定外税により繰越欠損金を遮断する効果のある税制を構築することの是非について肯定に解され(前記(5)ア(オ)c第1,2段落),その後も,新税につき,繰越欠損金の一定割合に限って控除を認めない制度として構築することや(同c第3段落),その税率につき,繰越欠損金の一部について控除を認めないという考え方を反映させたものであること(同d第5段落)などが述べられていることからして,最終報告書が,法人事業税の欠損金額の繰越控除の一部を実質的に遮断する効果を意図して企業税の創設を提言したことは,もとより明らかである。そして,本件条例もこのような趣旨・目的の下に制定されたことは,A論文において,「本県としては,欠損金の繰越控除を3割相当分認めないこととし」て企業税の税率を設定した旨の説明がされていること(前記(5)ア(ク))からも認められるところである。

   

 本件においては,以上のような趣旨,目的,内容及び効果を持つ企業税の課税が,地方税法上の法人事業税に係る規定,具体的には,法人事業税の課税標準につき欠損金額の繰越控除を定めた規定の趣旨に反するかどうか(違法事由①)が,最大の問題である。

     

なお,これまでに述べた企業税の趣旨,目的及び効果は,平成16年神奈川県条例第18号による本件条例改正後の企業税についても,法人事業税における欠損金額の繰越控除のうち実質的に控除が遮断される割合に変化があるほかは,特に変わるところはない。

  

(7) 法人事業税及びその規定の趣旨,目的及び効果

   

ア 法人事業税は,法人の行う事業に対し,事務所又は事業所所在の道府県において,その法人に,電気供給業等の場合を除き,各事業年度の所得及び清算所得を課税標準として課されるものである(改正前地方税法72条1項,同法72条の12,改正後地方税法72条の2第1項,同法72条の12第1号ハ)。その租税としての趣旨・目的は,原告及び被告がいずれも主張するように,法人の事業は道府県による各種の行政サービスを受けて行われていることから,法人に対し当該行政サービスに応じた負担を求めるというものであり,いわゆる応益原則に基づくものと解される。

     

この点につき,法人事業税の課税標準が所得とされていることから,現実の課税の際には,法人の資力ないし能力に応じた課税がされているものといえ,現行の地方税法の規定はいわゆる応能原則を反映したものという理解もし得るところである。学説上も,現行の法人事業税は応能課税と応益課税の混合タイプであり,しかも応能課税の要素のより強い混合タイプであるなどと説明されている(金子宏・東京大学名誉教授「事業税の改革(外形標準化)を考える」(「地方税」1999年8月号4頁)。甲35)。

     

しかし,課税の根拠ないし性格という意味において,法人事業税の租税としての趣旨・目的が,本来的に応益原則に基づくものであることは,格別に争いはない。そして,例えば,自治省税務局府県税課編「地方税制度解説-地方法人課税と都道府県税-」46頁は,事業税の性格につき,「すべての事業は,道路,港湾,橋りょう,公衆衛生施設その他の都道府県の施設の恩恵に浴し,これを利用しながら収益活動を行っている。事業は,(略)これらの施設に必要な経費の財源を負担すべきであると考えられ,これらの施設に必要な経費を分担せしめるものとして都道府県に事業税の課税権が賦与されているのである。このことが,事業税が応益原則に立脚した税であるといわれる理由である。」と説明しているところである(甲36)。

   

イ 次に,法人事業税の課税標準である各事業年度の所得は,各事業年度の益金の額から損金の額を控除した金額により,当該各事業年度の法人税の課税標準である所得の計算の例によって算定するものとされており(改正前地方税法72条の14第1項,改正後地方税法72条の23第1項),法人税の課税標準である所得の計算上,青色申告書等の提出要件を満たす限り,一定の欠損金額を繰り越して損金の額に算入することが定められている(法人税法57条1項,10項)。

     

そこで,このように法人事業税の課税標準である所得の計算において欠損金額の繰越控除をするものとされていることの趣旨・目的について検討する。

    

(ア) 法人税の課税標準である所得の計算において,欠損金額の繰越控除が定められているのは,各事業年度ごとの所得によって課税する原則を貫くときは,所得額に変動がある数年度を通じて所得計算をして課税するのに比して税負担が過重となる場合が生ずるので,その緩和を図るためである(最高裁昭和43年5月2日第一小法廷判決・民集22巻5号1067頁参照)。すなわち,法人税について欠損金額の繰越控除を定めた規定の趣旨・目的は,次のとおりであると解される。つまり,法人は長期的に継続して活動するにもかかわらず,法人に対し,人為的に設けられた事業年度の期間所得によって課税することは,課税の公平性を損なうことがあり,所得課税における法人の担税力を的確に反映するものとはいえない。そこで,特定の事業年度に生じた欠損金額を以後の一定の事業年度の利益と通算することによって,法人の所得を長期的に把握し,もって法人の担税力を所得課税により的確に反映させるとしたものである。

      

ところで,法人税法は,各事業年度の所得の金額を,当該事業年度の益金の額から当該事業年度の損金の額を控除した金額として計算し,これを課税標準として法人税を課することを原則としており(同法21条,22条1項),欠損金額の繰越控除は,青色申告書等の提出要件を満たして初めて行われるものである(同法57条10項)。このように欠損金額の繰越控除を青色申告者に限定しているのは,繰越控除を認める欠損金額については,その根拠が明確である必要であるため,その発生した事業年度については,青色申告書の提出を必要とする趣旨であると解される。なお,このように法人税法が欠損金額の繰越控除を青色申告者の特典としていること自体,租税政策上の考慮に出でたものということができるが(上記最高裁昭和43年判決参照),租税政策上の考慮の結果として設けられた欠損金額の繰越控除規定の趣旨・目的が,上記のとおりであることには,変わりはない。

    

(イ) 法人事業税の課税標準である所得の計算が法人税の課税標準である所得の計算の例によるものとされている結果,法人事業税の課税標準の計算においても,欠損金額の繰越控除が行われることとなる。

      

このように法人事業税の課税標準の計算が法人税の課税標準の計算の例によるものとされている目的の一つは,両税の課税標準の計算を同一の方法とすることによって,徴税官庁及び納税者の便宜を図ることにあるものと解される。

      

しかし,租税の課税標準は,税額の基礎とするため課税客体を数値として具体化する趣旨のものであることからすれば,法人事業税の課税標準の計算につきこのような構造が採用されているのは,立法者において,単に他の課税標準を流用する便宜にとどまらず,法人税と同様の課税標準の計算方法を採ることが,法人事業税の課税客体を具体化する上においても適当であると判断したからであると解すべきである。すなわち,法人事業税の課税標準は,法人税の課税標準と同様の所得の金額とすることが適当であるとの判断の下に規定されたものであり,その所得の計算において欠損金額の繰越控除が行われることについても,法人税と同様,特定の事業年度に生じた欠損金額を以後の一定の事業年度の利益と通算することによって,法人の所得を長期的に把握し,もって法人の担税力を的確に課税に反映させることが,その趣旨・目的とするところであるというべきである。

      

確かに,法人事業税の租税としての趣旨・目的は,行政サービスの対価の負担という,応益原則に基づくものと解されるところである。しかし,行政サービスの対価を負担させることを租税としての趣旨・目的としつつ,具体的な課税標準の設定の段階においては,法人の担税力を考慮に入れ,その担税力に見合う限度で税負担を求めることは,租税政策上の当否はともかくとして,何ら矛盾するものではない。すなわち,現行の法人事業税は,課税の根拠ないし性格としては行政サービスの対価の負担を求めるものであるが,その具体的な租税負担については,法人の担税力も考慮して設定されているものと解するのが相当である。法人事業税が応益原則と応能原則の混合タイプという説明は,このような観点から理解することができる。

   

ウ 上記のような理解は,法人事業税の沿革からも裏付けることができる。

    

(ア) 現在の事業税の沿革は,明治11年に府県税として創設された営業税にさかのぼる。営業税は,その後国税及び地方税に分かれ,また,その課税標準も,業種に応じた一定額,外形標準額,純収益額等と変遷したが,昭和22年の地方税制の改正により,営業税は,道府県の独立税として,法人及び個人の営業に対し,それぞれ純益又は営業収益を課税標準として課税するものとされた(甲33,35,36)。

    

(イ) 昭和23年,地方税法の改正により,営業税が廃止されて事業税が創設され,原則として,法人及び個人の行う事業に対して所得を課税標準として課税するものとされた(甲33,36)。

    

(ウ) 昭和24年8月に発表されたシャウプ第1次勧告は,「都道府県が,事業にある種の税を課することは正当である。というのは,事業及び雇用者が,その地方に存住するために必要となってくる地方行政サービスの費用を,事業とその住民等が負担することは当然だからである。例えば,工場とその雇用者がある地域に入ってくれば,公衆衛生費は当然増加してくるのである。」と述べて,応益原則の見地から事業税の存続を勧告した上で,その最善の課税方法は,「単に事業利益だけでなく,事業利益と利子,賃貸料および給与支払額の合計額に税率を適用することである。右の課税標準を別の方法で定義すると,それは他の企業からの資本設備,土地,建物等の購入総額を全収入額から差し引いたものになる。この残額は,原料等,他の事業から購入したものの価値に,その企業が附加した価値を示している。」として,事業税の課税標準として所得ではなく「附加価値」を採用することを勧告した(甲32,33)。

    

(エ) これを受けて,昭和25年法律第226号による地方税法制定により,事業税に代わるものとして附加価値税が創設され,法人に対する附加価値税の課税標準は,各事業年度の附加価値額,すなわち各事業年度の総売上金額から特定の支出金額を控除した金額とされた(甲33,36)。

      

しかし,附加価値税は,その実施が延期された上,昭和29年法律第95号による地方税法改正により,一度も実施されることなく廃止された。一方,この改正において,従前の事業税と特別所得税を統合し,その名称を事業税として存置することとなり,現在の事業税に至っている(甲33,36)。

      

上記改正後の地方税法において,法人事業税の課税標準は,現在と同様,電気供給業等の場合を除き,各事業年度の所得及び清算所得によるものとされ(同法72条の12),この所得は当該各事業年度の法人税の課税標準である所得の計算の例によって算定するものとされた(同法72条の14第1項)(甲33)。

    

(オ) このように附加価値税を廃止して,所得を課税標準とする事業税を存置することになった理由につき,上記昭和29年の地方税法改正についての国会審議の過程で,自治庁の政府委員は,「事業の分量に応じて経費を分担してもらうような課税方式の方が,府県税としての事業税にはふさわしい」,また,「理論的には,附加価値税は非常によろしいのであります」としつつ,「よろしいのだが,経済の基礎が非常に浅いものだから千億にもなろうとする税金の賦課方法をかえるといたしますと,業界によって非常に重くなったり,軽くなったりいたします。このような負担の激変を与えること,この激変に打ちかつためには,現在のわが国の産業界の基礎があまりに弱過ぎるのではなかろうか。そういうようなものについてはやむを得ず従前通りにしておくよりいたし方ないのではなかろうか。」と説明している。また,法人事業税の課税標準である所得の算定方法については,「要するに法律または政令で例外を設けません限りは,法人税の所得の算定の例によることにいたしたわけであります。二重調査というものを避けようとする趣旨を持っているわけであります。」と説明している(昭和29年3月8日第19回国会衆議院地方行政委員会議録第25号11頁。甲34)。

      

同様に,自治省府県税課編「事業税逐条解説」11頁は,附加価値税が実施されることなく廃止された理由について,「附加価値税は,シャウプ勧告を受けて制定されて以来,その実施の是非について諸々の議論がかわされたが,昭和26年9月の税制懇談会の中期答申において,その廃止が答申された。これは,附加価値税が原則として利益のあがらない企業に対しても負担を求める等当時の社会経済等の情勢が容易にその実施を許さない状況にあったためであり,その後,昭和28年10月の地方制度調査会における地方制度の改革に関する答申及び同年11月の税制調査会の答申においても,いずれも附加価値税を廃止する旨の答申がなされ,逐年,その実施が延期されてきた附加価値税は一度も実施されることなく遂に廃止することとされたのである。」と説明している(甲33)。

    

(カ) 以上のように,シャウプ勧告を受けて,応益原則に基づき事業の外形に課税標準を求める附加価値税が創設されながら,昭和29年の地方税法の改正により,同税が実施されることなく廃止され,所得を課税標準とする現在の法人事業税が整備されることになったのは,立法担当者において,当該租税の租税としての趣旨・目的からすれば課税標準は事業の外形を基準とすることが望ましいものの,当時の社会経済等の情勢に照らし,法人の担税力に配慮した課税標準として,所得を採用することが適当であるとの結論に至ったからであると解される。確かに,立法担当者においても,当該所得の算定方法として法人税の課税標準である所得の計算の例を用いることとした理由として,二重調査の回避という便宜面をあげているが,そもそも法人事業税の課税標準として法人税と同様の所得の金額を採用した理由は,上記のとおり,法人の担税力に配慮したことにあると解されるところである。

      

このようなことからすれば,法人の所得を長期的に把握し,もって法人の担税力を的確に課税に反映させるという欠損金額の繰越控除規定の趣旨・目的は,法人事業税についても妥当するものと解すべきであり,このことは,昭和29年の地方税法改正において定められた法人事業税の課税標準の枠組みを維持している改正前地方税法下の法人事業税及び改正後地方税法下の法人事業税の所得割に至るまで,別異に解する理由はない。

   

エ そして,法人事業税の課税標準である所得の計算において欠損金額の繰越控除が行われる結果,法人に一定の事業年度内の欠損金額がある場合には,当期の所得から繰越控除欠損金額を除いた額が課税標準となり,その限度で法人事業税の課税がされることとなるという効果を生じている。

  

(8) 企業税が法人事業税に係る規定の趣旨に反するかどうか

    

法人事業税及び同税の課税標準の計算において欠損金額の繰越控除が行われることを定めた規定の趣旨,目的,内容及び効果は,上記(7)のとおりであるから,これと既に述べた企業税及びその規定の趣旨,目的,内容及び効果(前記(5),(6))とを比較対照し,企業税が法人事業税に係る規定,具体的には法人事業税の課税標準につき欠損金額の繰越控除を定めた規定の趣旨に反するかどうかを検討する。

   

ア 租税としての趣旨・目的

     

まず,課税の根拠ないし性格という意味において,法人事業税と企業税の租税としての趣旨・目的は,法人の事業に対する行政サービスの対価として法人に応分の負担を求めることにあり,共通するものというべきである。このように両税の租税としての趣旨・目的が共通することは,前記(5)ウのとおり,企業税が,その創設の経緯から見て,法定の法人事業税に代わり,これに相当する性質の課税をする趣旨・目的のものといえることからも明らかである。

     

もっとも,企業税は,資本の金額又は出資金額が5億円以上の法人に限って課されるという点で,そのような限定のない法人事業税とは納税義務者の範囲を異にする。しかし,最終報告書及びA論文においては,その理由として,法人の担税力に配慮し,課税の対象を相当程度体力があり社会的に責任を求められる大会社に限定することが適当である旨が述べられている。そうすると,企業税の納税義務者が限定されているのは,一般的に見て大規模の会社であれば追加的な租税負担に耐え得るという理由からであると解され,法人事業税において想定していない性質の特別の行政サービスの提供や特別の担税力に着目したからであるとは解されない。すなわち,課税の根拠ないし性格という意味において,企業税の租税としての趣旨・目的は,一般的な意味での行政サービスの対価ということの域を出ないものである。同様に,企業税の納税義務者から清算中の法人や公共法人及び公益法人等が除かれていることも(本件条例3条1号,6条),法人事業税との差異ではあるが,上記の趣旨・目的の理解を左右するものとはいえない。

     

被告は,企業税は,被告の厳しい財政状況を踏まえ法人課税における負担の公平と税収の安定化を図るもので,法人事業税と同一の趣旨・目的を有するものではない旨を主張するが,この点は,課税の方法及びその効果に関する指摘であって,課税の根拠ないし性格という意味での企業税の租税としての趣旨・目的は,上述のとおり法人事業税と共通するものというべきである。

   

イ 課税客体

     

また,法人事業税は課税客体を「法人の行う事業」としているところ(改正前地方税法72条1項,改正後地方税法72条の2第1項),企業税は課税客体を「法人の事業活動」としており(本件条例5条1項),その表現に若干の差を設けているが,いずれも,行政サービスの対象としての法人の事業を課税客体にしているものと解され,両税の課税客体について実質的な差異があるものとは解されない。

     

なお,被告は,企業税について,「事業活動」に対する行政サービスの対価として負担を求めるという考え方を明確にするため,法人事業税とは異なり,事業活動を終了した清算法人や公益法人等の事業を非課税とした旨を主張する。しかし,企業税の課税の対象とされている法人については,行政サービスの対象としての法人の事業が一般的な意味において課税客体とされているという点において,法人事業税の課税客体と異なるところはない。

   

ウ 目的及び効果

     

前記(7)イ(イ)及びエのとおり,法人事業税の課税標準である所得の計算において欠損金額の繰越控除が行われることを定めた規定は,特定の事業年度に生じた欠損金額を以後の一定の事業年度の利益と通算することによって,法人の所得を長期的に把握し,もって法人の担税力を的確に課税に反映させることを,その目的とするところであり,一定の事業年度内に欠損金額がある場合には,当期の所得から繰越控除欠損金額を除いた額が課税標準となり,その限度で法人事業税の課税がされることとなるという効果を有するものである。

     

一方で,前記(6)ウのとおり,企業税の課税は,法人事業税における欠損金額の繰越控除のうち一定割合についてその控除を実質的に遮断し,当該控除によって法人事業税の課税対象である所得から控除される部分の当期所得を課税対象とし,当該部分に相当する額を課税標準として,法人事業税に相当する性質の課税をする目的を有し,その効果を持つものである。

     

そうすると,法人事業税における欠損金額の繰越控除と,企業税の課税とは,その目的及び効果が相反するものであり,法人事業税と企業税が同時に課せられる法人については,企業税の課税により,法人事業税の課税標準につき欠損金額の繰越控除を定めた規定の目的及び効果が阻害されることになるといえる。

     

そこで,このように,法定外税の課税により法人事業税の課税標準につき欠損金額の繰越控除を定めた規定の目的及び効果が阻害されることが,当該規定を定めた地方税法の趣旨に反するか,あるいは,地方税法はこのような結果も許容しているものかについて,以下に検討する。

   

エ 検討

     

改正前地方税法は,法人事業税の課税標準である所得の計算の方法を規定する一方(同法72条の12,72条の14第1項),その課税標準の特例を設け,事業の情況に応じ,所得(及び清算所得)によらないで,資本金額,売上金額,家屋の床面積若しくは価格,土地の地積若しくは価格,従業員数等を課税標準とし,又は所得(及び清算所得)とこれらの課税標準をあわせ用いることができるものとし(同法72条の19),その際の税率は,上記課税標準の特例を用いなかったときの税率による場合における負担と著しく均衡を失することのないようにしなければならないものとしていた(同法72条の22第9項)。また,改正後地方税法においては,一定の範囲で法人事業税に外形標準課税が導入されたことに対応して,上記課税標準の特例は,資本の金額又は出資金額が1億円を超え当該外形標準課税の対象となった法人については,廃止された(同法72条の24の4)。

     

このように,改正前地方税法下では,限定された要件の下で初めて,欠損金額の繰越控除を含めた法人事業税の課税標準の特例が認められていたことからすれば,当該特例の要件を満たす場合以外は常に,改正後地方税法下では,当該特例の適用外とされた法人については常に,欠損金額の繰越控除を含めた地方税法所定の法人事業税の課税標準の規定を全国一律に適用すべきものとする趣旨であると解される。

     

そして,特定の租税の課税標準は,その租税としての趣旨・目的に基づき,これを税額に具体的に反映させるために特定の課税客体を数値化するものである。そうすると,法人事業税についても,当該趣旨・目的に基づく当該課税客体に対する租税については,地方税法が法人事業税について定めた課税標準の規定に従って当該課税客体を数値化し,これに課税すべきとする趣旨であると解される。すなわち,法人事業税が予定するところの租税としての趣旨・目的及び課税客体に係る租税については,地方税法が法人事業税について定めた課税標準の規定に従い,その規定の目的及び効果を実現したところによって課すべきものとする趣旨であると解される。

     

そうすると,少なくとも,法人事業税と租税としての趣旨・目的及び課税客体が共通する法定外税の創設によって,全国一律に適用すべき法人事業税の課税標準の規定の目的及び効果が阻害されることになることは,当該課税標準の規定を定めた地方税法の趣旨に反するものといわなければならない。

     

上記のことは,地方税法が法人事業税につき制限税率を設けていること(改正前地方税法72条の22第8項,改正後地方税法72条の24の7第8項)からも裏付けることができる。すなわち,租税の税額は基本的に課税標準と税率とによって決せられるところ,法が制限税率を設けているのは,単に税率の上限を設けるにとどまらず,一定の課税標準を前提に,これに税率を乗じて得られるところの当該租税の負担の程度に制限を設ける趣旨であると解される。そして,地方税法が法人事業税につき制限税率を設けているのは,上記の課税標準について述べたところと同様に,法人事業税が予定するところの租税としての趣旨・目的及び課税客体に係る租税につき,その租税の負担の程度に制限を設けるという趣旨であると解される。

     

そうすると,法人事業税と租税としての趣旨・目的及び課税客体が共通する法定外税の創設によって,法人事業税の課税標準の規定の目的及び効果が阻害されることになることは,地方税法が当該租税の負担の程度を制限するため当該課税標準を前提に制限税率を設けていることからしても,同法の趣旨に反するものというべきである。

   

オ 小括

     

以上のとおりであるところ,法人事業税と企業税とは,租税としての趣旨・目的及び課税客体を共通にするものであり,企業税の課税により,法人事業税の課税標準につき欠損金額の繰越控除を定めた規定の目的及び効果が阻害されることは,既に判断したとおりであるから,企業税の課税は,地方税法上の当該規定の趣旨に反するものというべきである。

   

カ 課税標準の変更ともいえること

     

既に判断したとおり,企業税は,租税としての趣旨・目的及び課税客体を法人事業税と共通にし,かつ,法人事業税における欠損金額の繰越控除のうち一定割合についてその控除を実質的に遮断し,当該控除によって法人事業税の課税対象である所得から控除される部分の当期所得を課税対象とし,当該部分に相当する額を課税標準として,法人事業税に相当する性質の課税をする効果を持つものである。そして,欠損金額の繰越控除後の所得については本来の法人事業税が課せられることを併せ考慮すれば,企業税は,法人事業税と一体として,実質的には,法人事業税に係る課税標準の規定を変更し,新たな課税標準において法人事業税を課する効果を持つものということもできる(本件条例の目的に即し,法人事業税の課税標準に繰越控除欠損金額のうち一定割合を付加して法人事業税を課するものとも,本件条例の規定に即し,法人事業税の課税標準に繰越控除欠損金額を付加して当該付加部分には低率の法人事業税を課するものとも評価することができる。)。

     

このような法定税の課税標準の変更は,被告自身が本件条例の制定過程において当初から第一義的に意図していたように地方税法自体の改正によって行われるか,そうでなければ,同法が法人事業税の課税標準の例外を一定の要件の下に唯一認めていた改正前地方税法72条の19の規定に基づいて行われるべきものであって,法定外税の形式によってこれを実質的に実現しようとすることは,地方税法の趣旨に反するものといわなければならない。

     

前記(5)アの本件条例の制定の経緯から明らかなとおり,被告は,欠損金額の繰越控除を含む現行の法人事業税の課税標準では,行政サービスの対価の負担を求めるという法人事業税の本来の趣旨・目的が十分に実現されないとの見地から,地方税法の改正により法人事業税に外形標準課税が導入されることを期待していたものの,これが早期に実現されなかったために,法定外税の形式を用いて,当期利益を有しながら欠損金額の繰越控除により法人事業税の全部又は一部の課税がされていない法人への課税を可能としようとしたものであって,結局,法人事業税の租税としての趣旨・目的を達成するために,条例によって,地方税法が同税について定めた課税方法(課税標準)を実質的に修正しようとしたものともいえる。しかし,前記(4)アのとおり,法定外税は,法定税が法定の準則に従い課されるべきことを前提としつつ,これに付加するものとして認められているものであり,法定税に係る法定の課税方法を実質的に変更する目的での法定外税の利用は,地方税法の予定しないところというほかない。

     

このように,前記オの小括で述べたところは,企業税の課税は欠損金額の繰越控除を含む法人事業税の課税標準の規定を実質的に変更するもので,当該規定を定めた地方税法の趣旨に反するものともいえる。

   

キ 欠損金額の繰越控除の意義に関する被告の主張について

    

(ア) 被告は,法人事業税の課税標準について欠損金額の繰越控除がされるのは,法人税の課税標準の計算の例を用いるという手続上の便宜に由来するものにすぎず,法人事業税にとって不可欠の要素ではないから,これと抵触する法定外税を創設することも許されるという趣旨の主張をする。

      

しかし,法人事業税の課税標準につき欠損金額の繰越控除を定めた規定が,単に他の課税標準を流用する便宜にとどまらず,法人税と同様の課税標準の計算方法を採ることが法人事業税の課税客体を具体化する上においても適当であるとの判断に基づくものと解すべきであることは,前記(7)イ(イ)のとおりである。

      

地方税法は,法人事業税の課税標準である所得につき,「この法律又は政令で特別の定めをする場合を除くほか」,法人税の課税標準である所得の計算の例によって算定するものとしている(改正前地方税法72条の14第1項,改正後地方税法72条の23第1項)。この特別の定めの一例として,海外投資等損失準備金としての積立金額を法人税の課税標準である各事業年度の所得の金額の計算上損金の額に算入する旨の規定(租税特別措置法55条)は,法人事業税の課税標準である所得の計算においては適用されないものとされている(改正前地方税法72条の14第1項ただし書,改正後地方税法72条の23第1項ただし書)。これは,立法者において,当該損金算入規定の趣旨・目的からして,このような損金算入を法人事業税についても認めることは適当でないと判断したことによるものと解される。このように,地方税法は,単に手続上の便宜のみを考慮して,法人事業税の課税標準を法人税の課税標準の計算の例により算定するものとしているわけではなく,法人税の課税標準である所得の計算に係る諸規定につき,その趣旨・目的からして法人事業税の課税標準である所得の計算の際にも用いることが適当であるかどうかの判断を踏まえて,法人事業税の課税標準に係る規定を定めているものと解されるところである。

      

このようなことからすれば,法人事業税の課税標準につき欠損金額の繰越控除を定めた規定についても,法人事業税の課税標準を画する実質的な意味を認めるべきであって,これを単に手続上の便宜を図る意味しかなく,法定外税等の他の形式の租税によって実質的に否定することが許される趣旨のものと見ることはできないというべきである。よって,被告の上記主張は採用できない。

    

(イ) これに関連して,被告は,欠損金額の繰越控除の要件である青色申告の制度が法人事業税には設けられていないことをもって,法人事業税における欠損金額の繰越控除は単に手続上の便宜から法人税の課税標準である所得の計算の例によることとした結果にすぎない旨も主張する。

      

しかし,前記(7)イ(ア)のとおり,法人税における欠損金額の繰越控除を青色申告者に限定しているのは,繰越控除を認める欠損金額の根拠を明確にするためであるところ,このような趣旨は,法人税の課税標準の計算の例を用いる法人事業税の課税標準の計算にも及ぶところである。すなわち,法人税に係る青色申告は,法人事業税の課税標準の計算に関しても,繰越控除すべき欠損金額の根拠を明確にするという機能を果たしているのであり,法人事業税の課税標準の計算と無関係でありながら便宜上その欠損金額の繰越控除の要件とされているという性質のものではない。よって,被告の上記主張は採用できない。

    

(ウ) また,被告は,被告提出の各意見書に基づき,欠損金額繰越控除制度を具体的にどのように定めるかは租税政策として様々な選択肢があり得る旨や,応益課税を趣旨・目的とする法人事業税において欠損金額の繰越控除が本質的であるとは考えられない旨等を主張する。

      

確かに,法人事業税の租税としての趣旨・目的が行政サービスの対価の負担を求めることにあることからすれば,このような応益的性格を課税標準の設定にも徹底し,欠損金額の繰越控除を制限することは,立法政策上は考え得るところであるし,現に,改正後地方税法は,一定の範囲で法人事業税に外形標準課税を導入し,所得によらない課税標準の設定を行っているところである。

      

しかし,このように立法政策上種々の可能性があることと,現に存在する法律上の準則の下にいかなる租税条例を制定できるかという法的可能性とは,区別して考えなければならない。法定外税は,道府県の課税権に基づくものではあるが,前記(1)及び(2)ウのとおり,当該課税権は,あくまでも地方税法上の具体的準則に従って行使されなければならないものである。そして,地方税法は,法人事業税の課税標準である所得の計算について欠損金額の繰越控除を規定しており,これが法律による準則となっているのであるから,地方団体の特定の政策的判断によってこれを実質的に否定することは許されないものというべきである。

      

被告は,企業税について法人課税における負担の公平と税収の安定化を図るものであるとするが,

 

行政サービスの対価としての趣旨・目的を有する租税を課するに当たり,その課税標準等の課税方法は,このような負担の公平性や税収の安定性のほか,納税義務者たる法人の担税力等諸般の事情を考慮して,立法政策的判断により定められるものである。

 

 

地方税法は,このような立法政策的判断の結果として,法人事業税の課税標準に係る規定を置き,

 

これが地方団体が課税権を行使する際の法定の準則となっているところ,

 

本件条例は,地方団体の別途の政策的判断をもって,実質的に当該準則と異なる課税方法を採ろうとしたものであって,

 

 

地方税法の準則法ないし枠法としての性質上,許されないものといわざるを得ない。

  

(9) 結論

    

以上のとおり,企業税の課税は,法人事業税の課税標準である所得の計算につき欠損金額の繰越控除を定めた規定(改正前地方税法72条の14第1項,改正後地方税法72条の23第1項)の趣旨に反し違法であるから,これを定める本件条例は違法である。

    

原告の主張のうち違法事由①は,これと同旨をいうものとして,理由がある。また,原告が違法事由②及び③として主張する事由は,前記(8)エのとおり,上記結論を導く理由として考慮した。その余の違法事由の主張については,上記結論が導かれる以上,判断する必要がない。

    

そして,地方団体は,法令に違反しない限りにおいて条例を制定することができ(地方自治法14条1項),地方税法の定めるところによって地方税を賦課徴収することができるとされていること(同法2条)に照らせば,上記のような地方税法に違反する租税を創設する条例を制定することは,地方団体の有する条例制定権を超えるものであるから,本件条例は無効というべきである。

 

2 争点(2)(本件各更正等の有効性,誤納金・還付加算金の額)について

  

(1) 本件各更正等の有効性について

    

一般に,課税処分が課税庁と被課税者との間にのみ存するもので,処分の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要のないこと等を勘案すれば,当該処分における内容上の過誤が課税要件の根幹についてのそれであって,徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお,当該処分の効力を争うには法定の手続に従って当該処分の取消しを訴求すべきという負担を被課税者に負担させることが,著しく不当と認められるような例外的な事情のある場合には,上記の過誤による瑕疵は,当該処分を当然無効ならしめるものと解するのが相当である(最高裁昭和48年4月26日第一小法廷判決・民集27巻3号629頁参照)。

    

本件各更正等は,本件条例に基づいてされたものであるところ,本件条例が無効であることは前記1のとおりである。地方団体は,条例の定めに基づいて地方税の賦課徴収をするものであるから(地方税法3条1項),地方税の課税処分の根拠となった条例が無効であることは,当該課税処分につきこの上ない極めて重大な瑕疵があるというべきであって,本件各更正等には,課税要件の正に根幹に関する内容上の過誤があるというほかない。そして,本件各更正等の存在を信頼する第三者の保護を考慮する必要は特にうかがわれないことからすれば,本件各更正等については,その過誤による瑕疵の重大性に照らし,徴税行政の安定とその円滑な運営の要請を斟酌してもなお,当該処分の効力を争うには法定の手続に従って当該処分の取消しを訴求すべきという負担(本件において,原告は法定の手続に従って本件各更正等の全部についての取消しも訴求しており,当然無効の主張が認められなくても不服申立期間の徒過による不可争的効果が発生することはないが,当然無効の主張が認められないとすると,申告納付した税額に係る還付加算金の起算日の点において不利益を受けることとなる(同法17条の4第1項2号,4号,同法施行令6条の15第1項2号)。)を被課税者に負担させることが,著しく不当と認められるような例外的な事情のある場合ということができる。

    

そうすると,本件各更正等は,無効な条例に基づくものであるという瑕疵により,当然に無効というべきであり,本件各通知も同様に当然に無効である。

  

(2) 誤納金の還付請求について

    

原告が申告納付した企業税額については,無効な本件条例に基づいて納付されたもので,これを是認した本件各通知及び本件各更正も無効であり,原告が本件各更正により追加納付した企業税額については,その根拠である本件各更正が無効であり,原告が本件各加算金決定により納付した過少申告加算金額については,その根拠である本件各加算金決定が無効であり,原告が納付した延滞金額については,その根拠である本件各更正が無効である。

    

したがって,原告が納付したこれらの金額については,本件各更正等を取り消すまでもなく,被告にとって法律上の原因を欠く利得であるから,原告は,被告に対し,同金額につき誤納金としてその還付を請求することができる。

    

原告が還付を請求することができる誤納金の額は,前記第6,3〈原告の主張〉(2)において原告が主張するとおり,平成15年度分の企業税に関するものが13億1481万2600円,平成16年度分の企業税に関するものが6億6437万9700円と認めることができる(計算関係自体については,前記第6,3〈被告の主張〉のとおり,当事者間に争いがない。)。

  

(3) 還付加算金について

    

上記誤納金について,その還付加算金の起算日,割合その他の計算過程は,前記第6,3〈原告の主張〉(2)において原告が主張するとおり認めることができる(計算関係自体については,前記第6,3〈被告の主張〉のとおり,当事者間に争いがない。)。

    

したがって,原告は,平成15年度分の企業税に関する誤納金の還付加算金として,平成18年12月31日までの期間に発生したものとして1億2759万8713円,並びに,12億8645万5000円に対する平成19年1月1日から,2724万8000円に対する同年7月23日から及び110万8000円に対する同年8月10日から各支払済みまで,同年12月31日までについては年4.4パーセントの割合,及び,平成20年1月1日以降については年7.3パーセント又は地方税法附則3条の2第1項に規定する特例基準割合のいずれか低い割合による金額の支払を求めることができる。

    

また,原告は,平成16年度分の企業税に関する誤納金の還付加算金として,平成18年12月31日までの期間に発生したものとして3939万4623円,並びに,6億5675万7000円に対する平成19年1月1日から,732万4000円に対する同年7月23日から及び29万7000円に対する同年8月10日から各支払済みまで,同年12月31日までについては年4.4パーセントの割合,及び,平成20年1月1日以降については年7.3パーセント又は地方税法附則3条の2第1項に規定する特例基準割合のいずれか低い割合による金額の支払を求めることができる。

  

(4) 以上のとおり,原告が本件各更正等の無効を前提として被告に対し誤納金の還付及びその還付加算金の支払を求める主位的請求(請求1(1),(2))は,いずれも理由がある。

 

第8 結論

   

よって,原告の主位的請求を認容することとし,なお,仮執行宣言の申立ては相当でないのでこれを却下することとして,主文のとおり判決する。

 

    横浜地方裁判所第1民事部

        裁判長裁判官     北澤章功

           裁判官     植村京子

           裁判官     貝阿彌亮