合法性の原則(2)

 

 

 

 

 自動車税減免申請却下処分取消等請求控訴事件、名古屋高等裁判所判決/平成20年(行コ)第31号

判決 平成20年11月20日、LLI/DB 判例秘書登載について検討します。

 

 

 

 

【判示事項】

 

喝取され占有を失い,所在も不明となった自動車に対する自動車税の減免申請却下処分が,違法とされた事例

 

 

 

 

  

 

 

 

主   文

 

 1 原判決を取り消す。

 2 処分行政庁が控訴人に対し平成19年3月30日付けでした自動車税の減免申請却下処分を取り消す。

 3 訴訟費用は,1,2審とも被控訴人の負担とする。

 

       

 

 

事実及び理由

 

第1 控訴の趣旨

 

   主文同旨

 

 

第2 事案の概要

 

1 本件は,原判決別紙物件目録記載の自動車(○○。以下「本件自動車」という。)を購入した控訴人が,愛知県豊田加茂県税事務所長(処分行政庁。以下「本件県税事務所長」という。)に対し,本件自動車がAことBにより横領されて行方不明になったなどとして自動車税の減免を申請したところ,本件県税事務所長から同申請を却下する旨の処分(以下「本件却下処分」という。)を受けたため,その取消しを求める抗告訴訟である。

   原審は,控訴人の請求を棄却し,これを不服とする控訴人が控訴した。

 

2 前提事実は,原判決「事実及び理由」中の「第2」の「1」記載のとおりであるから,これを引用する。

 

3 関連法令は,原判決「事実及び理由」中の「第2」の「2」記載のとおりであるから,これを引用する。

 

4 争点及びこれに関する当事者の主張は,次の5のとおり付け加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第2」の「3」記載のとおりであるから,これを引用する。

 

5 当審で付加ないし敷衍した主張

  

(1) 控訴人

   

ア 本件県税条例61条1項は,「自動車税は,県内に主たる定置場を有する自動車に対し,その所有者に課する。」と規定するが,控訴人は,本件自動車の所在すら知り得ない立場にあった。すなわち,控訴人は本件自動車を占有管理もしていないし,支配可能な立場にもなかった。かかる立場にいる控訴人は,主たる定置場を有する所有者ということはできない。

   

イ 地方税法145条1項(及び本件県税条例61条1項)の立法趣旨は,自動車税の課税対象者が原則として自動車の所有者であるとともに,自動車を占有管理している人あるいは少なくとも支配ないし処分可能な立場にある人を示すものである。

   

ウ 自動車税の減免について,地方税法162条は「道府県知事は,天災その他特別の事情がある場合において自動車税の減免を必要とすると認める者に限り,当該道府県の条例の定めるところにより,自動車税を減免することができる。」と定めているが,同条により定められた本件県税条例72条は,「知事は,天災その他特別の事情により被害を受けた者のうち,必要があると認めるものに対し,自動車税を減免することができる。」と定めているのみであり,「天災その他特別の事情」の内容が具体化されていない。そして,愛知県の自動車税の賦課徴収に関する本件基本通達においては,減免の取扱いについて,天災のほかに盗難を明らかにしたのみであって,その他特別の事情については,知事の裁量に委ねているが,知事の裁量は,覇束裁量であって,上述の立法趣旨及び本件における控訴人の事情の下では,知事は本件自動車税の減免を認めなければならず,その意味で本件却下処分は違法なものといわざるを得ない。

   

エ 本件において特に問題であるのは,控訴人のような立場に置かれた者に対する救済方法が全く予定されていないことである。

     

本件自動車がどこにあるかさえ,控訴人としては把握する術がなかったのである。

  

 

(2) 被控訴人

   

ア 主たる定置場とは,課税権の帰属を定めるため規定されており,その認定に当たっては,自動車登録ファイルに登録された使用の本拠の位置をもって主たる定置場とされ,本件自動車の自動車登録ファイルには控訴人の住所が使用の本拠の位置として登録されているから,控訴人の主張は失当である。

   

イ 本件県税条例72条による減免の可否については,知事及びその委任を受けた処分庁に広汎な裁量が認められており,その判断過程についてその立場における判断の在り方として一応の合理性があれば,その裁量権の行使に権限の逸脱又は濫用はなく,処分は適法となるものである。

   

ウ 自動車の占有を失った者のうち,取戻しのための努力をした者と,何らの努力もしないで放置していた者とを,全く同様に減免しないとすることは,不公平ではないかという見方があり得るとしても,取戻しのために努力した者に対し減免をすることには,明文上の根拠がない。また,徴税事務の合理化,迅速化及び徴税費用の節減上は,そのような要件を設定することには無理があるので,減免をしないこともやむを得ない。また,取戻しのための努力の有無を判断する基準もない。

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

1 当裁判所は,控訴人の請求は理由があるものと判断する。その理由は,次の2のとおり付け加えるほか,原判決「事実及び理由」中の「第3 当裁判所の判断」の「1」ないし「3」記載のとおりであるから,これを引用する。

 

2 原判決の補正

  

(1) 原判決書10頁26行目冒頭から11頁11行目末尾までを,次のとおり改める。

  

「 証拠(甲2,15,16,乙1)及び弁論の全趣旨を総合すると,控訴人は,平成12年8月頃,C情報宣伝局長・Aと名乗るBと知り合ったが(ただし,Bの本名を知ったのは,後に,別件訴訟を提起するために調査した際である。),

 

同年9月22日Bに喫茶店に呼び出され,『80万円貸してくれ。(そうしてくれなければ自分の)片腕が取られる。何とかしろ。』などと脅されたため,怖ろしくなって同人に80万円を交付し,以後,同様にして,同年10月15日に150万円,同年12月27日に100万円を交付したこと,Bは『貸してくれ。』との言い方はするが,利息の話も弁済期の話も一切せず,控訴人は,返済が受けられるとは思っていなかったこと,

 

平成13年1月23日,控訴人は,Bの自宅へ呼ばれ,控訴人名義で自動車ローンを組んで車を買い,その車をBに貸すように言われ,一旦断ったものの,Bに『俺は足がない。どうしてくれるんだ。次はないぞ。』と脅されたため,Bの言うことを聞かなければ何をされるか分からないと恐れ,やむなくこれを承諾してBの指示通りBの指定した自動車についてDとの間で自動車ローン契約(本件自動車の所有権はDが留保,控訴人はその使用者となる。)を締結して本件自動車を購入し,そのままBに引き渡したことを認めることができる。

 

 

なお,控訴人代理人が作成した別件訴訟の訴状にはBから脅されたことの記載がなく(甲2),

 

また,控訴人代理人は,本件却下処分に係る審査請求手続において,控訴人がBから脅迫されたことを説明していないが(乙1),

 

控訴人作成の陳述書(甲15,16)の記載に照らすと,上記訴状に記載がないこと及び控訴人代理人の説明がなかったことは,上記認定を左右するものではない。

    

 

 上記の認定事実によると,控訴人は,Bから脅されて,当初からBが使用することを承知の上でBのために本件自動車を購入し,引き渡したものであるから,本件自動車を喝取されたものと認めるのが相当である(なお,その後,Bは,二度にわたり,勝手に本件自動車の登録番号を変更するなどして,実質的にその所有者として行動し,さらに本件自動車とともに行方不明となり,最終的には本件自動車を路上に放置していた(甲14ないし16)。)。」

  

 

(2) 原判決書11頁12行目冒頭から同頁13行目の「そうした事情は,」までを,「しかしながら,上記の事情は,」と改める。

  

(3) 原判決書11頁21行目の「横領された場合に」を,「脅迫されて自動車を購入し,引き渡した本件のような場合に」と改める。

  

(4) 原判決書12頁2行目の「横領の場合」から同頁9行目末尾までを,次のとおり改める。

  

「脅迫されて自動車を購入し,引き渡した本件のような場合には,相手方が特定されており,その損害を求償することが窃盗の場合に比べて容易であることなどの差異があるから,上記の認定事実を前提としても,盗難の場合に自動車税の減免を認める一方で,本件のような場合にその減免を認めない取扱いが直ちに不合理であるとはいえない。

    

しかしながら,本件においては,控訴人は,単に,Bに本件自動車を喝取されて,その使用ができない状況になったのみではなく,

 

さらに,そのような状態を改めるべく弁護士に相談した上,Bに対して本件自動車の引渡しを求める別件訴訟を提起して勝訴判決を得るや,確定した同判決に基づき,強制執行を申し立てたものであって,

 

Bが転居して行方不明となったため執行不能となったことに鑑みれば,以後,控訴人において自動車税を支払った上で,Bにその損害賠償を求めることは,事実上不可能になったものと認められる(証拠(甲15)と弁論の全趣旨によると控訴人が別件訴訟で勝訴した貸金についても,強制執行の対象とすべきものが見つからず,事実上,返還を求めることができない状態にあるものと認められる。)。

 

 

なお,本件却下処分の対象となった減免申請がされた自動車税は,上記執行不能となった後の平成17年度及び平成18年度分の自動車税である。

    

したがって,盗難のように突然占有者の意思に反して自動車の占有を奪われた場合ではなく,第三者に自動車を喝取された結果,その者により自動車が持ち去られ,自動車税の納税義務者がその自動車を使用できない状況となった場合には,納税義務者は,瑕疵ある意思であるにしても,自らの意思で自動車を引き渡したことについて責任がないとはいえないけれども,

 

控訴人は,その後,その状態を解消するために,できる限りの努力をしていること,

 

また,盗難の場合には,窃盗犯人を特定することができず,犯人に対してその損害を求償することが不可能な場合が多いが,

 

本件のように,喝取者に対し返還訴訟を提起し,その勝訴判決に基づき,自動車返還のための強制執行の申立てをしたにもかかわらず,喝取者が転居して行方不明となり,自動車の所在も不明であったという場合には,

 

犯人を特定できるにしても,自動車税の求償をすることは事実上不可能であり,盗難の場合と比べてさほど変わりはないことなどからすると,

 

控訴人がBに本件自動車を喝取された後,別件訴訟を提起するなどしてその返還を求めてできる限りの努力をし,最終的には,ずっと後になって路上に放置されていた本件自動車を回収することができたという上記の認定事実を前提とすると,

 

盗難の場合には自動車税の減免を認めるが,本件の場合に,執行不能となった後の自動車税についてもその減免を認めないとする取扱いは,不平等であり,合理性があるとはいえないというべきであり,その点で,本件却下処分は,その裁量権の範囲を逸脱したものといわざるを得ない。

    

 

 なお,被控訴人は,控訴人が本件自動車を取り戻すためにできる限りの努力をしたとしても,そのような行為に対して減免を認めることには,明文上の根拠がなく,また徴税事務の合理化・迅速化に反するものである旨主張するが,

 

本件のように,不法行為者に対して違法状態を解消するための訴訟を提起し,その判決に基づき強制執行を申し立てたが,不法行為者が自動車とともに行方不明となり執行不能となったという明瞭な事実が存するのであれば,

 

申請者の提出資料(陳述書を含む。)により上記特別の事情を認めることは特に困難ではないというべきであり,

 

窃盗の場合の警察への被害届の提出といった明白な証拠資料を提出できなくとも,そのことをもって,裁量処分である自動車税の減免処分をしないことを正当化できるものではない

 

(前示のとおり,本件基本通達においても,減免の認定に当たっては,被害状況を十分調査すべきものとされている。)。

    

 

したがって,本件自動車に係る自動車税の減免を認めなかった本件県税事務所長の本件却下処分は,その裁量権の範囲を逸脱し,違法なものであるから,これを取り消すこととする。」

 

 

3 よって,控訴人の本件請求は理由があるから,控訴人の請求を棄却した原判決を取り消した上,本件却下処分を取り消すこととし,訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法7条,民事訴訟法67条1項本文,61条を適用して,主文のとおり判決する。

 

 

    名古屋高等裁判所民事第4部

        裁判長裁判官  岡久幸治

           裁判官  加島滋人

 裁判官藤田敏は,転補のため,署名押印することができない。

        裁判長裁判官  岡久幸治