平成16年法律第14号附則27条1項と憲法84条(2)

 

 

 通知処分取消請求控訴事件、東京高等裁判所判決/平成20年(行コ)第236号、判決 平成20年12月4日、税務訴訟資料258号順号11099について検討します。

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 控訴人が長期譲渡所得の課税対象となる土地の譲渡によって損失額を控除して,給与所得等の他の所得と損益通算すると還付金があるとして,その旨の更正請求したが,処分行政庁が改正後の租税特別措置法31条1項後段の規定は法律14号附則27条1項によって土地建物等の譲渡にもさかのぼって適用されるとして,控訴人の更正請求には理由がない旨通知処分したため,改正附則の規定は憲法84条が原則として禁止する溯及立法にあたり,更正請求に理由がない旨の通知処分は違法であるとして取消を求めた事案で,控訴審は,暦年当初への溯及適用を定める改正附則が憲法84条の趣旨に反しないとして,原判決は相当であり控訴棄却した事例

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 本件控訴を棄却する。

 2 控訴費用は控訴人の負担とする。

 

       

 

 

事実及び理由

 

第1 控訴の趣旨

 

1 原判決を取り消す。

 

2 処分行政庁が控訴人に対して平成18年2月17日付けでした平成16年分所得税の更正請求に係る更正をすべき理由がない旨の通知処分を取り消す。

 

3 訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。

 

 

 

第2 事案の概要

 

1 本件は,控訴人が,平成16年1月30日にした長期譲渡所得の課税対象となる土地の譲渡(売却)について,その譲渡によって生じた損失2500万円余を控訴人の平成16年分の給与所得等の他の所得と損益通算すると平成16年分の所得税について還付されるべき税金136万9400円が存在するとして,その旨の更正請求書を提出したが,処分行政庁が,平成16年4月1日に施行された改正後の租税特別措置法31条1項後段の規定(それまで認められていた土地建物等の譲渡損失を他の各種所得の金額から控除することを廃止する旨の規定)は平成16年法律第14号(所得税法等の一部を改正する法律)附則27条1項によって同年1月1日以後に行う土地建物等の譲渡にもさかのぼって適用されているとして,控訴人の上記更正請求には更正すべき理由がない旨の通知処分をしたため,控訴人が,上記の平成16年法律第14号附則27条1項の規定は憲法84条が原則として禁止する遡及立法にあたり,したがって,上記の更正請求に理由がない旨の通知処分は違法であるとして,その取消しを求めた事案である。

   

原判決は,上記の附則27条1項は憲法84条に違反せず,上記の通知処分は適法であるとして,控訴人の請求を棄却した。そこで,控訴人が控訴した。

 

2 関係法令の定め等,前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張は,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1ないし4に記載(原判決2頁14行目から8頁15行目まで)のとおりであるから(ただし,更正決定による更正後のもの),これを引用する。

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

1 当裁判所も,本件改正附則は憲法84条に違反せず,本件通知処分は適法であり,控訴人の本件請求は理由がないものと判断する。

   

その理由は,下記2に当裁判所の補充の判断を示すほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の1及び2に記載(原判決8頁17行目から21頁5行目まで)のとおりであるから(ただし,更正決定による更正後のもの),これを引用する。ただし,次のとおり,付加,訂正又は削除する。

  

(1) 原判決9頁16行目の「損益通算の廃止・繰越控除等」を「損益通算及び純損失・雑損失の繰越控除の各廃止」と改め,同頁24行目の「株式」を「譲渡損失について他の所得との損益通算が認められていない株式の譲渡所得」と改め,10頁8行目の「上記与党」を「後記与党」と改め,同頁19行目の「乙20」の次に「,弁論の全趣旨」を加える。

  

(2) 原判決14頁3行目の「課税義務」を「納税義務」と改め,同頁20行目の「遡及適用」を「遡及立法」と改め,15頁17行目の「株式」を「株式の譲渡所得」と改め,17頁1行目の「37条の15」を「37条の14」と改め,18頁25行目の「多額の」を削り,19頁13行目の「譲渡時を基準とすると,」を「譲渡について改正措置法を適用するものとすると,そのことを知り得る状態となってから改正措置法が適用されない譲渡をすることができる期間の終期までは年末の約2週間しかなく,」と改め,20頁18行目の「提案」の次に「(同族会社や身内への売却しかないと指摘するものなど)」を加える。

 

 

2 当裁判所の補充の判断

  

(1) 憲法84条の定める租税法律主義の内容の一つとしての課税要件法定主義は,課税要件(それが充足されることによって納税義務が成立するための要件)と租税の賦課・徴収の手続は法律によって規定されなければならないとする原則であるが,遡及立法は,納税義務が成立した時点では存在しなかった法規をさかのぼって適用して,過去の事実や取引を課税要件とする新たな租税を創設し,あるいは,既に成立した納税義務の内容を納税者に不利益に変更する立法であり,法律の根拠なくして租税を課することと同視し得ることから,租税法律主義に反するものとされる。

  

(2) 所得税は,いわゆる期間税であり,暦年の終了の時に納税義務が成立するものと規定されている(国税通則法15条2項1号)。したがって,暦年の途中においては,納税義務は未だ成立していないのであり,そうとすれば,その暦年の途中において納税者に不利益な内容の租税法規の改正がなされ,その改正規定が暦年の開始時(1月1日)にさかのぼって適用されることとされたとしても(以下,これを「暦年当初への遡及適用」という。),このような改正(立法)は,厳密な意味では,遡及立法ではない。

  

(3) しかし,厳密な意味では遡及立法とはいえないとしても,本件のように暦年当初への遡及適用(改正措置法31条1項の暦年当初への遡及適用)によって納税者に不利益を与える場合には,憲法84条の趣旨からして,その暦年当初への遡及適用について合理的な理由のあることが必要であると解するのが相当である。

    

ただ,暦年当初への遡及適用に合理的な理由があるか否かについては,「租税は,今日では,国家の財政需要を充足するという本来の機能に加え,所得の再配分,資源の適正配分,景気の調整等の諸機能をも有しており,国民の租税負担を定めるについて,財政・経済・社会政策等の国政全般からの総合的な政策判断を必要とするばかりでなく,課税要件等を定めるについて,極めて専門技術的な判断を必要とすることも明らかである。

 

したがって,租税法の定立については,国家財政,社会経済,国民所得,国民生活等の実態についての正確な資料を基礎とする立法府の政策的,技術的な判断にゆだねるほかはなく,裁判所は,基本的にはその裁量的判断を尊重せざるを得ないものというべきである。」

 

(最高裁昭和60年3月27日大法廷判決・民集39巻2号247頁参照)と解される。

 

すなわち,本件においても,立法府の判断がその合理的裁量の範囲を超えると認められる場合に初めて暦年当初への遡及適用が憲法84条の趣旨に反するものということができるものというべきである。

  

 

(4) そこで,本件における暦年当初への遡及適用(改正措置法31条1項の暦年当初への遡及適用)に合理的な理由があるか否か,すなわち,暦年当初への遡及適用を行うものとしたことが立法府の合理的裁量の範囲を超えると認められるか否かについて検討するに,

 

① そもそも,分離課税の対象となる土地建物等の長期譲渡所得に対する課税については,利益(他の所得と損益通算するなどした後の利益)が生じた場合には税率20%の分離課税とされながら,損失が生じた場合には総合課税の対象となる事業所得や給与所得などの他の所得と損益通算して他の所得の額を減額することができること(改正前措置法31条1項,所得税法69条)については,かねてから不均衡であるとの批判が強く,長期譲渡所得について損益通算の制度を廃止すべきことが指摘されていたこと,

 

② 平成16年1月1日以降の土地建物等の長期譲渡所得について損益通算を廃止することは,A党の「○○」の中に盛り込まれており,そして,この「○○」は平成15年12月18日のB新聞に掲載されて,納税者においても,平成16年1月1日以降の土地建物等の譲渡について損益通算が廃止されることを事前に予測することはできたこと,

 

③ また,改正措置法31条1項と同様に暦年の途中から施行されながらその適用が1月1日にさかのぼるものとされた改正規定は少なからず存し,これによると,本件の暦年当初への遡及適用についても,納税者において,暦年の途中から改正規定が施行されてもその適用が1月1日にさかのぼるものとされることは予め十分に認識し得たといえること,

 

④ そして,もし,本件改正附則を設けないものとして,改正措置法31条1項を1月1日にさかのぼって適用せず,1月1日から3月31日までの長期譲渡(複数の譲渡があればそれらの損益を通算したもの)と4月1日から12月31日までの長期譲渡(複数の譲渡があればそれらの損益を通算したもの)とに区分し,

 

前者については改正前措置法31条1項を,後者については改正措置法31条1項を適用して,別異に取り扱うものとすると,

 

仮に前者の譲渡について損失が生じた場合,その損失をどのように損益通算するのか(例えば,他の所得が事業所得のみである場合に,その所得の1月1日から3月31日までの間の利益と通算するのかそれとも1月1日から12月31日までの間の利益と通算するのか),

 

仮に前者の譲渡について利益が生じた場合,その利益をどのように損益通算するのか(例えば,他の所得が事業所得のみである場合に,その所得の1月1日から3月31日までの間の損失と通算するのかそれとも1月1日から12月31日までの間の損失と通算するのか),

 

また,特別控除額100万円はその全額を1月1日から3月31日までの間の譲渡所得から控除していいのか,等の問題を生じるのであり,

 

さらに,1月1日から3月31日までの譲渡と4月1日から12月31日までの譲渡に区分すると,納税者においても所得税確定申告の手続がそれだけ煩雑となり,申告を受けた課税庁においても正しく区分されているか等を調べるために付加的な労力を要することとなること,

 

⑤ 加えて,1月1日から3月31日までの譲渡についてその損失を他の各種所得と通算できるものとすると,その間に譲渡損失を出すことのみを目的とした駆け込み的な不当に廉価な土地建物等の売却を許すことになり(現に,A党の「○○」がB新聞に掲載された直後から,年内の駆け込みの土地売却を勧める税理士等の提案がインターネットのホームページに掲載されるなどしていた。),公正な取引を行う他の納税者との間に不平等が生じ,不動産市場に対しても悪影響を及ぼしかねないこと,

 

⑥ 本件において,暦年当初への遡及適用の期間は1月1日から3月31日までの3か月にとどまるものであること,

 

⑦ 一方,居住用財産を譲渡した場合の譲渡損失の一部については,なお一定の要件の下に損益通算が認められていること(改正措置法41条の5第1項),等の事情を総合考慮すると,本件における暦年当初への遡及適用(改正措置法31条1項の暦年当初への遡及適用)には合理的な理由があり,暦年当初への遡及適用を行うものとしたことに立法府の合理的裁量の範囲を超えるところはないというべきである。

  

 

(5) したがって,暦年当初への遡及適用(改正措置法31条1項の暦年当初への遡及適用)を定める本件改正附則が憲法84条の趣旨に反するものということはできないから,控訴人の主張は採用することができない。

  よって,原判決は相当であり,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとして,主文のとおり判決する。

    東京高等裁判所第8民事部

        裁判長裁判官  原田敏章

           裁判官  加藤謙一

           裁判官  小出邦夫