遺族補償年金の支給要件と憲法14条1項

 

 

 

 

 遺族補償年金等不支給決定処分取消請求事件、大阪地方裁判所判決/平成23年(行ウ)第178号、判決 平成25年11月25日、季刊労働法246号114頁

 

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 地方公務員災害補償法32条が,遺族補償年金の支給要件として配偶者のうち夫についてのみ年齢要件を定めていることは憲法14条1項に違反するとして,上記年齢要件を満たさないことを理由としてされた遺族補償年金等の不支給処分が取り消された事例

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 

1 地方公務員災害補償基金大阪府支部長が,原告に対し,平成23年1月5日付けでした遺族補償年金,遺族特別支給金,遺族特別援護金及び遺族特別給付金の不支給決定をいずれも取り消す。

 

2 訴訟費用は被告及び参加行政庁の負担とする。

 

       

 

 

事実及び理由

 

第1 請求

   

主文1項と同旨

 

 

第2 事案の概要

   

本件は,原告の妻(地方公務員)が,公務に因り精神障害を発症し,自殺したため,原告が被告(以下「基金」という場合がある。)大阪府支部長(以下「処分行政庁」という。)に対し,地方公務員災害補償法(以下「地公災法」という。)に基づき,遺族補償年金,遺族特別支給金,遺族特別援護金及び遺族特別給付金の支給請求をしたところ,処分行政庁がいずれも不支給とする処分(以下「本件各処分」という。)をしたため,原告が,被告に対し,本件各処分の取消しを求めた事案である。

 

 

1 前提事実(争いがないか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

 

(1)本件訴訟に至る経緯

   

ア 原告の妻であったA(以下「亡A」という。)は,B中学校の教諭として勤務していた平成10年10月18日,自殺した。

   

イ 処分行政庁は,平成22年4月23日,亡Aの自殺を公務上の災害と認定した。

   

ウ 原告(昭和22年2月11日生)は,平成22年6月2日付けで,処分行政庁に対し,地公災法32条1項に基づき遺族補償年金の支給請求をするとともに,同法47条1項2号の福祉事業として支給される遺族特別支給金(地方公務員災害補償基金業務規程(以下「業務規程」という。)29条の7),遺族特別援護金(業務規程29条の9)及び遺族特別給付金(業務規程29条の13)の支給申請をした。

   

エ 処分行政庁は,平成23年1月5日付けで,上記請求(申請)につき,遺族補償年金請求については,原告は,亡Aの夫であるが,亡Aの死亡時である平成10年10月18日当時,51歳であり,地公災法32条1項ただし書1号及び同法附則7条の2第2項に定める要件に該当せず,同法32条1項ただし書4号及び同法施行規則29条に定める障害の状態にあるとは認められないとして,遺族特別支給金,遺族特別援護金及び遺族特別給付金の支給申請については,遺族補償年金の請求と併せてなされているところ,遺族補償年金の受給権者に該当しないとして,いずれも不支給とする本件各処分をした(甲3)。

   

オ 原告は,本件各処分のうち,遺族補償年金の不支給処分につき,平成23年1月26日付けで地方公務員災害補償基金大阪府支部審査会に審査請求をしたが,同支部審査会は3か月を経過しても裁決をしなかった。

   

カ 原告は,平成23年4月28日付けで,地方公務員災害補償基金審査会に再審査請求をしたが,同審査会は,3か月を経過しても裁決をしなかった。

   

キ 原告は,平成23年10月29日,本件訴訟を提起した。

  

(2)関係法令等

   

ア 地公災法

   

(ア)地公災法31条

      

同条は,「職員が公務上死亡し,又は通勤により死亡した場合においては,遺族補償として,職員の遺族に対して,遺族補償年金又は遺族補償一時金を支給する。」と規定している。

   

(イ)地公災法32条

      

同条1項本文は,「遺族補償年金を受けることができる遺族」を,職員の配偶者(内縁関係にあった者を含む。),子,父母,孫,祖父母及び兄弟姉妹と規定した上で,「職員の死亡の当時その収入によって生計を維持していた者」であること(以下「生計維持要件」という。)を要求している。

      

しかも,同項ただし書は,妻(内縁関係にあった者を含む。)以外の者について,「職員の死亡の当時次に掲げる要件に該当した場合に限るものとする。」と規定し,夫(内縁関係にあった者を含む。),父母又は祖父母については,60歳以上であること(1号。以下「本件年齢要件」という。)」,子又は孫については,18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあること(2号),兄弟姉妹については,18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあること又は60歳以上であること(3号)(以下,これらの年齢に関する要件を「年齢要件」という。),年齢要件に該当しない夫,子,父母,孫,祖父母又は兄弟姉妹については,総務省令で定める障害の状態にあること(4号。以下「障害要件」という。)とそれぞれ規定している。

      

なお,上記「60歳以上であること」との要件については,地公災法附則7条の2第2項において,平成2年10月1日から当分の間,55歳以上60歳未満の場合には遺族補償年金を受けることができる遺族に該当する旨の特例が定められており,当該特例は現在も継続している。

      

また,地公災法32条3項は,「遺族補償年金を受けるべき遺族の順位は,配偶者,子,父母,孫,祖父母及び兄弟姉妹の順とし,父母については,養父母を先にし,実父母を後にする。」と規定している。

   

(ウ)地公災法34条

      

同条1項は,遺族補償年金を受ける権利は,その権利を有する遺族が,①死亡したとき,②婚姻をしたとき,③直系血族又は直系姻族以外の者の養子となったとき,④離縁によって,死亡した職員との親族関係が終了したとき,⑤子,孫又は兄弟姉妹については,18歳に達した日以後の最初の3月31日が終了したとき,⑥同法32条1項4号の総務省令で定める障害の状態にある夫,子,父母,孫,祖父母又は兄弟姉妹については,その事情がなくなったときは,消滅すると規定している。

   

(エ)地公災法36条

      

同条は,「遺族補償一時金は,次に掲げる場合に支給する。」と規定し,同条1号は,「職員の死亡の当時遺族補償年金を受けることができる遺族がいないとき。」,同条2号は「遺族補償年金を受ける権利を有する者の権利が消滅した場合において,他に当該遺族補償年金を受けることができる遺族がなく,かつ,当該職員の死亡に関し既に支給された遺族補償年金の合計額が当該権利が消滅した日において前号の場合に該当することとしたときに支給されることとなる遺族補償一時金の額に満たないとき。」と規定している。

   

(オ)地公災法37条

      

同条1項は,「遺族補償一時金を受けることができる遺族は,職員の死亡の当時において次の各号の一に該当する者とする。」と規定し,各号において,「一 配偶者,二 職員の収入によって生計を維持していた子,父母,孫,祖父母及び兄弟姉妹…」と規定する。

   

(カ)地公災法47条

      

同条1項柱書は,「基金は,被災職員及びその遺族の福祉に関して必要な次の事業を行うよう努めなければならない。」と規定し,同項2号は,「被災職員の療養生活の援護,被災職員が受ける介護の援護,その遺族の就学の援護その他の被災職員及びその遺族の援護を図るために必要な資金の支給その他の事業」と規定している。

   

イ 業務規程(乙1)

   

(ア)業務規程29条の7

      

同条の7第1項は,「遺族特別支給金は,遺族補償年金(法第34条第1項の規定により支給されるものを除く。)又は遺族補償一時金(法第36条第1項第2号に該当する場合に支給されるものを除く。)の受給権者に対し,支給する。」と規定している。

   

(イ)業務規程29条の9

      

同条の9第1項は,「遺族特別援護金は,遺族補償年金(法第34条第1項の規定により支給されるものを除く。次項において同じ。)又は遺族補償一時金(法第36条第1項第2号に該当する場合に支給されるものを除く。次項において同じ。)の受給権者に対し,支給する。」と規定している。

   

(ウ)業務規程29条の13

      

同条の13第1項は,「遺族特別給付金は,遺族補償年金の受給権者に対し年金,遺族補償一時金の受給権者に対し一時金として支給する。」と規定している。

   

ウ 労働基準法(以下「労基法」という。)79条

     

同条は,「労働者が業務上死亡した場合においては,使用者は,遺族に対して,平均賃金の千日分の遺族補償を行わなければならない。」と規定している。

   

エ 労働者災害補償保険法(以下「労災保険法」という。)16条の2及び国家公務員災害補償法(以下「国公災法」という。)16条

     

労災保険法16条の2第1項及び国公災法16条1項は,遺族補償年金の受給権者につき,地公災法32条1項と同様,被災者の死亡の当時,夫,父母又は祖父母については60歳以上であること,子又は孫については18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあること,兄弟姉妹については18歳に達する日以後の最初の3月31日までの間にあること又は60歳以上であることを要件として規定している。

     

また労災保険法16条の2第3項及び国公災法16条3項は,地公災法32条3項と同様,遺族補償年金を受けるべき遺族の順位は,配偶者,子,父母,孫,祖父母及び兄弟姉妹の順とすると定めている。

   

オ 厚生年金保険法59条1項

     

同法59条1項本文は,遺族厚生年金を受けることができる遺族は,被保険者等の配偶者,子,父母,孫又は祖父母であって,被保険者等の死亡当時,その者によって生計を維持したものとすると規定し,同項ただし書は,妻以外の者のうち,夫,父母又は祖父母については55歳以上,子又は孫については18歳未満である場合に限ると規定している。

   

カ 損害賠償との調整

   

(ア)地公災法58条

      

同条1項は,地方公共団体等が損害賠償責任を負う場合において,被告が同法による補償を行ったときは,同一の事由については、地方公共団体等は,その価額の限度においてその損害賠償の責めを免れると定め,同条2項は,その場合において,補償を受けるべき者が同一の事由につき損害賠償を受けたときは,被告は,その価額の限度において補償の義務を免れると規定している。

   

(イ)同法59条

      

同条1項は,被告は,補償の原因である災害が第三者の行為によって生じた場合に補償を行なったときは,その価額の限度において,補償を受けた者が第三者に対して有する損害賠償の請求権を取得すると規定しており,同条2項は,その場合において,補償を受けるべき者が当該第三者から同一の事由につき損害賠償を受けたときは,被告は,その価額の限度において補償の義務を免れると規定している。

   

キ 他の法令による給付との調整

   

(ア)地公災法附則8条

      

同附則8条1項は,「年金たる補償の額は,当該補償の事由となった障害又は死亡について政令で定める法令による年金たる給付が支給される場合には,…この法律の規定…による年金たる補償の年額に,当該年金たる補償の種類及び当該法令による年金たる給付の種類に応じ,同一の事由により労働者災害補償保険法の年金たる保険給付と他の法令による年金たる給付とが支給されるべき場合に同法の年金たる保険給付の額の算定に用いられる率を考慮して政令で定める率を乗じて得た額(その額が政令で定める額を下回る場合には,当該政令で定める額)」とする旨規定しており,地公災法施行令附則3条によれば,そのような場合においても,調整前の遺族補償年金の少なくとも8割が受給できることになる。

   

(イ)地方公務員等共済組合法99条の8

      

同法99条の8は,「公務等による遺族共済年金については,地方公務員災害補償法の規定による遺族補償年金又はこれに相当する補償が支給されることになったときは,これらが支給される間,その額のうち,その算定の基礎となった平均給与月額の1000分の2.466に相当する額に300を乗じて得た額に相当する金額の支給を停止する。」と規定している。

 

2 争点

   

地公災法32条1項ただし書1号が,遺族補償年金の受給要件として,配偶者のうち夫についてのみ「60歳以上」(同法附則7条の2第2項により,当分の間「55歳以上」)との要件(本件年齢要件)を付加していること(以下「本件区別」という。)は,憲法14条1項に違反するか。

 

 

 

 

 

 

 

第3 当事者の主張

 

 1 原告の主張

 (1)遺族補償に係る権利の性質

    労基法には,第8章災害補償において,療養補償,休業補償,打切補償,障害補償,遺族補償,葬祭料などの規定が設けられ,使用者の無過失責任と損害賠償額の定額化が図られている。そのうち,遺族補償は,遺族に対し,平均賃金の千日分の補償をする(同法79条)と定め,遺族補償の受給者について,配偶者と定めるのみで,夫,妻による差,すなわち性別による差別的な取扱いは行われていない。

    損害賠償制度を前提として,使用者の過失責任を無過失責任に修正し,損害の立証負担を軽減し損害賠償の定額化を図った労災補償制度において,何ら男性(夫),女性(妻)という理由で異なった取扱いをする理由を導き出せないからであり,労災補償制度において,性差を付けないことは極めて当然の結果である。

    地公災法は,労災保険法の昭和40年改正後である昭和42年に制定されている。地公災法は,地方公務員法45条を受けて制定されており,公務災害によって生じる損害の填補の保険化という点では,労災保険法と何ら性格を異にするものではない。

    地公災法に定める遺族補償については,同法の制定時にすでに労災保険法により,遺族補償一時金だけでなく,遺族補償年金制度が創設されていたことから,遺族補償年金の受給資格についても労災保険法と同じ制限が加えられており,本件で問題となっている本件年齢要件が設けられている。

    労災保険法の遺族補償給付の年金化(遺族補償年金)に伴い参考にしたと思われる厚生年金保険法においては,戦前の制度発足当初から受給権者につき夫に年齢制限を加え,妻と差別的取扱いをする構成になっていた。

    遺族補償給付の年金化(遺族補償年金創設)に際して,単純に他の年金制度を参考にして夫と妻を差別したことは,災害補償制度に基づく支給金の損害補填という性格を無視したものである。損害補填とすれば,性別に違いを設ける合理性は何ら存在しないのであり,法制定当初から憲法14条に違反する性別による差別的取扱いに当たり,本件区別は憲法違反の制度であったといえる。

 (2)仮に地公災法の立法目的が社会保障的側面を有するとしても,遺族補償年金の受給資格についての性別による差別的取扱いは,立法目的に照らし,合理的関連性を有しない。

   ア 被告及び参加行政庁(以下「被告ら」という。)は,遺族補償が被扶養利益の喪失を填補する社会保障制度であると主張するが,一面的といわざるを得ない。遺族補償は,被告らが主張する一面を有するとしても,災害補償としての損害填補という性格に変わりはない。遺族補償給付が他の遺族給付に比べて高額になっていること,遺族厚生・基礎年金等の他の遺族給付が支給されていても併給されることは,遺族補償給付が被扶養利益の喪失への填補だけに止まらない性格を有していることの表れである。

   イ 仮に被告らが主張するとおり,遺族補償年金の趣旨に被扶養利益の補填という社会保障的性格の一側面があることを認めたとしても,その受給資格における区別が合理的理由のない差別的取扱いとなるときは,憲法14条1項違反の問題を生ずることはいうまでもない。すなわち,立法府に与えられた裁量権を考慮してもなおそのような区別をすることの立法目的に合理的な根拠が認められない場合,又はその具体的な区別と立法目的に合理的関連性が認められない場合には,当該区別は,合理的な理由のない差別として,同項に違反するものと解されることになる。

   ウ 被扶養利益と妻か夫かの差別的取扱いの厳格な合理性の有無

     遺族補償年金制度においても,補填される被扶養利益について何を基準として算定するか,支給額の水準をどの程度のものにするか,といった点については,立法府に相応の裁量が認められることは否定できない。

     しかしながら,その遺族補償年金を誰に受給させるかという受給資格要件について区別を定める場合には,別途憲法14条の観点からの違憲性審査をクリアしなければならず,立法裁量の範囲は相当に限定される。とりわけ本件のように,憲法14条後段に列挙されている性別に基づく差別的取扱いを定める場合には,その憲法適合性の判断に当たって厳格な合理性の基準を適用し,合憲である理由を被告らの側において立証しなければならない。

     このように,受給資格における差別的取扱規定が正当化できるかどうかの違憲性判断を行うに当たっては,その社会保障的性格に惑わされることなく,合理性のない差別は許されないという前述した平等論本来の土俵において厳格に判断されることが必要である。

 (3)要保護者の被扶養利益の補填という立法目的との関係においても,性差により差別的取扱いをすることに合理性がないこと

   ア 経済,社会情勢等の変化により合理性を喪失していること

     我が国においては,全体としてみれば,依然として男女の収入格差が存在し,就労に関して一般的に女性の置かれた状況は厳しいといえる。

     しかしながら,この間の終身雇用年功序列の賃金体系から,成果主義賃金体系への移行,男性就業者も含めた急激な非正規雇用化,家族についての考え方の変化等により,夫が一家の働き手として働く性別役割分業に根ざしたモデルは実態とかけ離れてきている。

     例えば,平成23年版厚生労働白書(甲5)は,「社会保障の検証と展望」と題して社会保障制度を検証する中において,国民皆保険・皆年金を達成する前後から現在に至るまでの間に,人口,雇用を巡る情勢,経済状況,家族形態,社会生活は大きく変化しているとして,バブル経済崩壊後のグローバル経済により企業が人件費削減も含めたリストラに追い込まれ,労働者の処遇を見直してきた結果,日本型雇用慣行が変容し,非正規の男性労働者の割合が増加してきたこと,社会保障制度においても,男性が正規職員として安定的に就業しているという前提は,見直さざるを得なくなっていることを指摘している。また,前記白書は,社会保障制度は,専業主婦世帯が一般的であることを想定して構築されてきた部分があるとし,昭和55年には,男性世帯雇用者と無業の妻(いわゆる専業主婦)からなる世帯が1114万世帯であったのに対して,雇用者の共働き世帯が614万世帯であったが,雇用者の共働き世帯は増加を続ける一方,男性雇用者と無業の妻からなる世帯は減少を続け,1990年代に雇用者の共働き世帯が男性雇用者と無業の妻からなる世帯を上回り,平成22年において,共働き世帯が1012万世帯に増える一方,専業主婦の世帯は797万世帯にまで落ち込んでいると指摘している。

   イ 地公災法が定める遺族補償年金の立法目的を,要保護者の被扶養利益の補填ととらえた場合でも,その立法目的に照らし,受給資格につき男女で要件を異にする本件区別には,手段としての合理的関連性は全く認められないこと

     被告らは,地公災法32条1項が制定された昭和42年当時の社会情勢としての,生産年齢における労働力人口の男女の差,賃金の月平均額の男女の差といったデータを挙げ,女性が就労しにくいこと,特に,妻については,家庭責任がより重くかかっているため,一層,就労が困難であったと考えられることに鑑み,年齢を問わずに,自ら稼働して自活することが困難なものと一律に保護を図る目的で,遺族補償年金を支給することには合理性があったと主張する。また,被告らは,かかる男女の差別的取扱いは,現在の社会情勢等に照らしても合理性があると主張する。

     しかし,被告らが挙げる社会実態上の統計的データを根拠に,女性について一般的に独力で生計を維持することができないと常に要保護性があるものとして一律に覆せない推定を置き,本件区別の合理性を裏付けることは,決して許されないというべきである。

     配偶者が妻であるか夫であるかという性差によって実態上生じている被扶養利益の差異は,夫が働き妻が家事育児を担うという性別役割分業の結果生じたものであり,解消されるべき課題である。社会的な性差別的就労・家庭状況の結果生じた被扶養利益の性差をもって,遺族補償年金の支給要件の性差別的取扱いの合理性を認めるならば,その差別的取扱いはその差別を是認,固定化することになるから,被扶養利益の補填という立法目的を実現する手段として,受給資格につき一律に性差による差別的取扱いをすることに,合理性は全く認められない。

   ウ 遺族補償年金の受給資格における本件区別が,被保険者である女性公務員に対する差別となること

   (ア)被保険者である女性公務員に対する差別的取扱い

      遺族補償年金のモデルとなった遺族厚生年金制度の目的は,「労働者の老齢,障害又は死亡について保険給付を行い,労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与する」とされている(厚生年金保険法1条)。

      そして,被保険者が死亡したときに給付される遺族年金の具体的な目的については,「一家の中心たる働き手が死亡した場合に,遺族の生活の安定を図るため遺族年金を支払」い,また,「遺族厚生年金制度があることにより,被保険者は身近な親族の将来についての心配を軽減することができ,それが被用者としての就業の安定と福祉の向上に寄与する」ことと説明されている(厚生省年金局年金課他編「厚生年金保険法解説」社会保険法規研究会)。

      地公災法の遺族補償年金も,同様の趣旨であると考えてよいはずである。この趣旨に照らしたとき,夫と妻で差別的取扱いを定める地公災法32条1項は,夫への差別のみならず,むしろ女性公務員に対する差別であることが浮き彫りになる。

   (イ)地公災法32条1項が前提とする,性別役割分業どおりの公務員の夫が死亡した場合,夫は将来についての心配を軽減され,それによる被用者としての就業の安定と福祉の向上を享受する一方,遺族である専業主婦の妻は,生計維持を趣旨とする遺族年金の受給資格を得ることにより,夫の死後も生活の安定を図ることができる。この場合には,遺族補償年金制度の趣旨のとおりに機能する。これは,夫婦共働きの場合の夫が死亡した場合も当てはまる。

      ところが,夫婦共働きの妻が死亡する場合には,妻は,限られた場合を除き,夫に遺族補償年金を残すことができない。そうすると,生前において,遺族補償年金制度により夫の将来についての心配を軽減し,よって被用者としての就業の安定と福祉の向上を享受するということが困難である。また遺族である夫は,受給要件を満たさない限り,妻死亡時の生計維持関係の有無にかかわらず(たとえ妻が主たる生計維持者であったとしても),遺族補償年金を受給することができない。そうすると,この場合には,遺族補償年金制度は,趣旨のとおりに機能しないことが明らかである。

   (ウ)雇用の分野で男女格差の縮小が目指され,前述のとおり,夫婦共働き世帯が増え続けている。夫婦がともに働き,生計維持の責任を分担し,あるいは妻が主たる生計維持者となることも珍しくなくなった。そうした中で,妻と夫の遺族補償年金の受給資格に区別を設け,差別的に取り扱うことは,遺族としての夫のみならず,前述のとおり,被災者,被用者たる公務員の妻をも不当に差別するものである。

   エ 性別による差別的取扱い是正の流れ

     近年,男性,夫に対して差別的取扱いがなされてきた制度などが是正されるようになっている。例えば,平成22年7月までは母子家庭には支給されていて父子家庭には支給されていなかった児童扶養手当が,平成22年8月からは父子家庭に対しても支給されるようになった(児童扶養手当法の一部を改正する法律・平成22年法律第40号)。

     また,平成23年2月1日,男女で差が付けられていた外貌の醜状障害に関して,労災保険法施行規則別表第1に定められた障害等級表について,国・園部労基署長(障害等級男女差)事件の京都地裁平成22年5月27日判決(労働判例1010号11頁・確定)に基づき見直しが行われ,「著しい外貌醜状」は,男女いずれも7級の障害等級となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

2 被告らの主張

 (1)遺族補償に係る権利の性質

   ア 立法経過から見られる遺族補償に係る権利の性質

     遺族補償については,災害補償の一つとして,労基法,労災保険法,さらには国公災法においても規定されていたところである。そして,地公災法の遺族補償を含む災害補償制度は,地方公務員について,国家公務員及び民間の労働者の災害補償制度の改正に応じた補償内容の改善を図るとともに,その補償の迅速かつ公正な実施を確保するため,また,併せて災害補償のみちが開かれていなかった地方公務員にそのみちを開くとの社会的要請に応じて制定されたものであり,地公災法32条1項に定める遺族補償年金についても同様の背景事情を受けて制定に至ったものである。

     したがって,地公災法の定める遺族補償に係る権利の性質は,労災保険法,国公災法が定める遺族補償に係る権利の性質と異なるところはない。すなわち,労災保険法,国公災法が定める遺族補償については,災害補償として,死亡職員の被扶養者の喪失した被扶養利益の填補を目的としたものであったところ,地方公務員についても,こうした補償を含む災害補償を統一的に整備することが望まれて,地公災法が制定されて遺族補償も規定されたのである。

     このような制定経緯に鑑みれば,地公災法が規定する遺族補償に係る権利については,地公災法にとって独自の事情が存するならば格別,労災保険法及び国公災法との間で均衡が保たれていることが求められているというべきである。

   イ 遺族補償は,被扶養利益の喪失を填補する社会保障制度であること

   (ア)地公災法を含む各法で定める災害補償制度の特質は,①故意又は過失を問わず,使用者の無過失責任であること,②補償原因たる災害が業務上のものに限られること,③補償の対象は,身体的損害に限られ,物的損害,慰謝料等は含まれず,定型的な補償であること,④補償の内容は,原則として,実損害の補償ではなく,被災職員の稼得能力の喪失に伴う損失を補填するために平均賃金に一定率を乗じて補償額を算定する定率補償方式であることなどである。したがって,災害補償制度は,民事上の損害賠償とは異なる使用者の無過失責任を基礎とし,かつ,使用者と被用者との関係を律する労働法上の特殊な損失補償の性格を持つ制度である。

      そして,これらのことは,地公災法1条が,同法の目的について,「この法律は,地方公務員等の公務上の災害…(中略)又は通勤による災害に対する補償…(中略)の迅速かつ公正な実施を確保するため,地方公共団体等に代わって補償を行う基金の制度を設け,その行う事業に関して必要な事項を定めるとともに,その他地方公務員等の補償に関して必要な事項を定め,もって地方公務員等及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与することを目的とする。」と規定し,地方公務員法45条1項が,「職員が公務に因り死亡し,負傷し,若しくは疾病にかかり,若しくは公務に因る負傷若しくは疾病により死亡し,若しくは障害の状態となり,又は船員である職員が公務に因り行方不明となった場合においてその者又はその者の遺族若しくは被扶養者がこれらの原因によって受ける損害は,補償されなければならない。」と規定して明らかにしている。

      このように地公災法による災害補償は,すぐれて社会保障的性格を有するものである。そして,地公災法の遺族補償は,かかる災害補償の一環として規定されたものである。

   (イ)また,遺族補償には,遺族補償年金と遺族補償一時金との2種類があるが(地公災法31条),遺族補償は,被扶養利益の喪失を補填すべきものであるから,死亡した職員に扶養されていた遺族に対してその被扶養利益の喪失状態が継続する限りは,年金を支給して補償することが基本である。

      そのため,遺族補償年金は,補償の目的及び性質上,遺族補償の中心をなすものであり(以上につき,乙4・207頁),遺族補償年金を受けることができる遺族がいないときなど,遺族補償年金の支給がされないときに,遺族補償一時金の支給がされる仕組みとなっている。

   (ウ)遺族補償年金の受給資格要件は,遺族補償を年金として支給するのにふさわしいように定められている。

      すなわち,まず,死亡職員と一定の身分関係を有する遺族であることを必要とした上で,遺族補償年金が,職員の死亡による被扶養利益の喪失を補填するものであることから,死亡職員の収入によって生計を維持していたことが必要とされている。

      そして,地公災法32条1項は,死亡職員と一定の身分関係を有する遺族であって,死亡職員の収入によって生計を維持していた者のうち,自活可能でない者について遺族補償年金を支給することとし,具体的には,妻,60歳以上の夫,父母又は祖父母,18歳未満の子又は孫,18歳未満又は60歳以上の兄弟姉妹,総務省令で定める障害の状態にある者について,一般的に就労が困難であり,自活可能ではないと判断して,喪失した被扶養利益を補填するため,遺族補償年金を支給することとしたものである。また,地公災法34条1項は,これらの者のうち,婚姻したとき,直系血族又は直系姻族以外の者の養子となったときについては,生計維持の新たな単位に組み入れられ,もはや遺族としてその生活を保護する必要性が消滅し,子,孫又は兄弟姉妹について18歳に達したときは,稼得能力を有するに至り,自活可能となったとして,総務省令で定める障害の状態との事情がなくなったときもまた同様に,いずれも喪失した被扶養利益を補填する必要がなくなった場合として,受給資格を失うとしたものである。

      これらの諸規定に鑑みれば,地公災法32条1項に基づく遺族補償年金は,一般に独力で生計を維持することができる者,あるいは,死亡職員との間によるものとは別の生計維持関係を形成した者には,その生計維持関係をもって生活することを原則とし,そうでない者については,喪失した被扶養利益を補填する必要性を認めて支給するものとしたものである。

      そして,夫と妻とについて言えば,60歳未満の夫については独力で生計を維持することができ,他方,妻については一般的に就労が困難であり夫に扶養されていることが多いという社会的実態を踏まえ,上記受給資格者に喪失した被扶養利益を補填することとしたものである。

      以上要するに,地公災法32条1項において受給資格要件を定めているのは,死亡職員の遺族のうち,独力で生計を維持することができない者,別の生計維持関係を持たない者について,喪失した被扶養利益を補填してその生活を保護することとしたものということができる。そして,一般的に独力で生計を維持することができる者については,他の災害補償制度における公的年金との均衡を考慮して定めることとし,一定の障害がない高校卒業時から60歳未満の者とし,妻については,一般的には就労が困難であることが多く,夫に扶養されていることが多いという社会的実態を考慮し,このような年齢制限を行わないことにしたのである。

      ここで注意すべきなのは,地公災法32条1項は,受給資格要件につき,父母間,祖父母間,又は兄弟と姉妹の間においては区別を設けておらず,あくまで,妻と夫との間の自活能力の差異という社会的実態に鑑みて定型的差異を設けていることであり,単純に性別によって区別しているものではないということである。

   (エ)調整規定の趣旨

      前提事実(2)キのような調整規定が設けられている趣旨は,地公災法における災害補償給付が,広い意味での社会保障給付の一環をなすものであることから,同一の原因によって生じた事故に対し,災害補償給付と他の社会保障給付とが重複する場合にはその重複を調整する必要があることにある(丙1・424頁)。

 (2)遺族補償に係る権利の性質に照らし,広範な立法裁量が認められること

   ア 上記のとおり,遺族補償は,被扶養利益の喪失を補填することを目的とするものであるところ,職員が死亡したことにより喪失する被扶養利益とは,家計や自活能力との関係でいかなる内実を有し,何を基準として算定されるものなのか,また,遺族補償の方法として,遺族補償年金の対象となる遺族と,遺族補償一時金の対象となる遺族とをどのように区別するのか,といった遺族補償給付に係る制度設計として,遺族補償年金の受給資格要件を定めるに当たっては,その時々における文化の発達の程度,経済的・社会的条件,一般的な国民生活の状況等との相関関係において判断決定されるべきものであるとともに,その規定を現実の立法として具体化するに当たっては,国の財政事情を無視することができず,また,多方面にわたる複雑多様な,しかも高度の専門技術的な考察とそれに基づいた政策的判断を必要とするものであり(最高裁昭和57年7月7日大法廷判決・民集36巻7号1235頁(以下「最高裁昭和57年判決」という。)参照),立法府に広範な裁量が認められるというべきである。

     とりわけ,地公災法の制定経緯に鑑みれば,労災保険法や国公災法等の諸規程との均衡をも考慮する必要があり,いかなる立法をするべきかについては,立法府に広範な裁量が認められるというべきである。

     より具体的にみると,受給資格要件を定めるについては,労働文化や労働市場の動向ないし今後の趨勢,これと家族構成の傾向や趨勢との関係といった社会における諸事情を,長期的展望の下で考慮することが必要不可欠であるとともに,国民の税金を原資としてなされる公務員に対する災害補償制度という性質上,公務員の労働とその被扶養利益喪失の填補の程度に対する国民一般の意識や価値観も念頭に置く必要がある。また,遺族補償を定める地公災法の災害補償制度は,労働者の災害補償制度という観点に照らすと,上記(1)に述べた地公災法の制定経緯から明らかなとおり,その性質上,民間労働者ないし国家公務員の災害補償制度との均衡を踏まえて定められる必要があり,地方公務員の災害補償制度における遺族補償の在り方を検討するに当たっては,このような我が国における社会保障制度の一環という側面を踏まえ,他の隣接・同種の制度との均衡を考慮する必要があるのである。

     以上のような地公災法の目的及び制定経緯や,遺族補償の目的及びその制度設計に社会における諸事情の考慮が必要不可欠であることなどに照らすと,遺族補償に係る制度設計については,立法府に広い裁量が認められるというべきである。

   イ この点,原告は,遺族補償給付につき,妻と夫で支給額の差別をすることは合理性がないなどと主張し,かかる遺族補償給付の資格要件を規定した地公災法32条1項は性別に基づく差別的取扱いを定めるものであるとして,その合憲性を判断するに当たっては,厳格な合理性の基準によるべきである旨主張する。

     しかしながら,地公災法32条1項は,遺族補償年金の受給資格要件につき,父母間,祖父母間,又は兄弟と姉妹の間においては区別を設けておらず,あくまで,妻と夫の間の自活能力の差異という社会的実態に鑑みて定型的差異を設けているものであり,単純に性別によって区別しているものではないから,そもそも,原告の主張は前提を誤るものである。

     また,原告の主張は,社会保障に係る立法に関し,給付の対象とされた類型と,その対象とされなかった類型との差異を個別に取り上げ,それだけを比較して,当該立法が憲法14条1項に違反する旨主張するものというべきであるところ,かかる原告の主張は,社会保障立法における立法者の裁量権を極めて狭く解釈するものであり,最高裁昭和57年判決の示した判断基準に反する。

 (3)地公災法32条1項の受給資格要件の規定は合理的であり,憲法14条1項に反するものではないこと

   ア 地公災法32条1項の目的は合理的であること

     同条1項は,受給資格要件について,死亡職員との生計維持要件を求めるとともに,妻については年齢を問わず,遺族補償年金を受給できるものとして定めている。同条1項に基づく遺族補償年金は,年齢又は身体の状況からみて,一般的に独力で生計を維持することができる者については自活すべきものとし,あるいは,死亡職員との間によるものとは別の生計維持関係を形成した場合には,その生計維持関係をもって生活することを原則とし,そうでない者については,特別にその生活を保護する必要性を認めて支給するものとしたものであるところ,妻については,家庭責任を負う面が強く,就労が困難であるため,夫に扶養されることが多い社会的実態に鑑み,一般的に独力で生計を維持することが困難なものであるとして,喪失した被扶養利益を補填してその生活を保護することとしたものである。こうした立法目的そのものに合理性が認められることは明らかである。

   イ 地公災法制定当時において,受給資格要件の規定に合理性があったこと

   (ア)地公災法は,一部を除き昭和42年12月1日に施行されたところ,同法32条1項は,既に労災保険法及び国公災法において定められていた同様の規定を取り入れて規定されたものである。

      すなわち,地公災法は,遺族補償年金の受給資格要件の在り方としていかなるものが相当かについては,同法に先行して,遺族補償を定めていた労災保険法及び国公災法の規定を取り入れることで,他の災害補償制度との整合性を図ったものである。そもそも地公災法は,地方公務員の災害補償の在り方について,国家公務員と民間労働者との間で均衡を保つことを目的として制定されたものであるところ,遺族補償年金の受給資格要件についても,国家公務員及び民間労働者におけるものとの均衡が図られているのである。

   (イ)地公災法32条1項が制定された当時の社会情勢において,妻について,特に保護することに合理性があったこと

      昭和42年当時の社会情勢についてみると,生産年齢における労働力人口に大きな差があり(乙8・1頁),賃金額を比較しても,倍近い格差がみられる(乙9・136頁)。このような社会情勢において,女性が就労しにくいこと,特に,妻については,家庭責任がより重くかかっているため,一層,就労が困難であったと考えられることに鑑みて,死亡職員の妻について,死亡職員の収入によって生計を維持し,扶養されていたものであることを前提に,年齢を問わずに,自ら稼得して自活することが困難なものとして,喪失した被扶養利益を補填して保護を図る目的で,遺族補償年金を支給することには合理性があったというべきである。

   ウ 災害補償制度においては,妻について,喪失した被扶養利益を補填して保護を図る立法政策を採用していること

     地公災法32条1項は,民間労働者の災害補償制度を定めた労災保険法及び国家公務員の災害補償制度を定めた国公災法の同種の規定を取り入れて規定されたものであるところ,現時点においても,労災保険法16条の2及び国公災法16条は,遺族補償年金の受給資格について,妻に受給資格年齢を設けていない。

     我が国の災害補償制度においては,妻について,夫とは区別して年金等の支給を認めている。これは,妻については,家庭責任が重くかかっているため,就労が困難とみられることに鑑み,妻について,喪失した被扶養利益を補填して保護することとしている趣旨によるものと解することができる(乙4・210,211頁,乙5・399頁,乙6・294頁)。

     そして,地公災法が定める遺族補償は我が国における災害補償制度の一環としての側面を有しており,他の災害補償制度と同様の性格であるから,同法に定める遺族補償の支給に当たっては,他の災害補償制度との整合性を図らなければならず,同法32条1項が定める受給資格要件に関する規定は,上記の趣旨を踏まえた上で,他の災害補償制度との整合性を図った結果としての規定である。

   エ 現在の社会情勢に照らしても,地公災法32条1項が規定する受給資格要件には合理性があること

     地公災法32条1項は,妻については,一般的に独力で生計を維持することが困難であるものとして,その被扶養利益の喪失を填補することを目的とし,受給資格年齢を設けずに遺族補償年金の受給者としているところ,現時点における社会情勢等に照らしても,一般的に,女性の就業形態,獲得賃金等に照らし,男性に比して恵まれているとはいえず,特に,配偶者がいる女性についてはこれが顕著であり,家事や子育てをするという家庭責任の比重をみても,依然として女性に重くかかっている。要するに,一般的にみて,女性について独力で生計を維持することが容易な状況にあるとはいい難く,妻について,年齢にかかわらず,喪失した被扶養利益を補填して特に保護することには合理性が認められ,受給資格年齢を設けなければならないとまではいえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第4 当裁判所の判断

 

1 認定事実

   

前提事実のほか,後掲各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

 

(1)労基法,労災保険法及び国公災法の制定経緯(乙4)

   

ア 労基法は,昭和22年4月に制定された。労基法の制定により,災害補償について,従来の鉱業法,工場法及び労働者災害扶助法により定められていた労働者の災害扶助制度を災害補償として一元化し,労働者の業務上の負傷,疾病,障害又は死亡に対し,使用者が無過失責任を負うことを明確化するとともに,その補償内容を大幅に改善した。

     

そして,労基法の制定と同時に,業務上の災害発生に際し,使用者の一時的補償負担の緩和を図り,労働者に対する災害補償を迅速かつ確実に行うため,国が使用者から保険料を徴収し,災害補償保険を経営するという労災保険法が施行され,従来,健康保険法,厚生年金保険法及び労働者災害扶助責任法に個別に規定されていた業務災害保険の制度が統合された。

   

イ その後,昭和26年には,国公災法が制定され,国家公務員の災害補償に関する法制度が整備されるに至った。

 

(2)地公災法の制定経緯(乙4)

  

 ア 一方,地方公務員は,昭和22年の新憲法及び地方自治法の施行に伴い,都道府県の官吏等から都道府県吏員(地方公務員)に身分が切り替えられ,災害補償に関しては,民間の労働者と同様,労基法,労災保険法,船員法及び船員保険法の適用を受けることとなった。

     

しかしながら,その後,災害補償に関する条例を制定した一部の地方公共団体に属する職員を除き,地方公務員の総数の約8割を占めていた非現業職員の大部分は,最低限度の補償を定めた労基法の適用を受けるのみであったことから,その給付水準は,現業職員に適用される労災保険法に基づく労働者災害補償保険(以下「労災保険」という。)の給付水準に比べて低く,同一の地方公共団体に属する地方公務員の間でも補償内容に不均衡が生じていた。しかも,昭和30年のけい肺病対策を契機に,労災保険制度における災害補償の年金化が進められ,特に,昭和40年の法改正により年金制度の大幅な導入が行われたことにより,その不均衡は一層著しくなった。

   

イ 昭和41年7月には国公災法が改正され,労災保険と同様の本格的な年金化が行われたことにより,地方公務員法24条5項の「職員の勤務時間その他の勤務条件を定めるに当たっては,国…の職員との間に権衡を失しないように適当な配慮が払われなければならない」との規定の精神からみても,地方公務員について,何らかの改善策が必要とされるに至った。

   

ウ このような地方公務員の災害補償の状況に鑑み,国家公務員及び民間労働者の災害補償制度の改正に即応した補償内容の改善を図るとともに,その補償を迅速かつ確実に行うため,また,併せて,これまで災害補償のみちが開かれていなかった地方公務員にそのみちを開くために,地方公務員の災害補償制度を統一的に整備すべきであるとの強い要請があり,昭和42年8月1日,地公災法が公布され,一部の規定を除き同年12月1日に施行された。

 

(3)地公災法32条1項の制定・改正経緯

    

労災保険法16条の2は,昭和40年の改正により,遺族補償の年金化が行われたことに伴い,年金の受給者にふさわしい者として,受給資格のある遺族を,死亡の当時その収入によって生計を維持していた者に限定し,さらに,妻以外の者については,一定の年齢に該当する者又は一定の障害状態にある者を生計自立の能力がない者とみなして,それらの者の被扶養利益の喪失を補填しようとしたものであり,また,死亡労働者との親疎に応じて受給順位を定めている(乙5・399頁)。

    

また,国公災法についても,昭和41年の改正により遺族補償の年金化が行われたことに伴い,労災保険法の上記改正と同様の目的で,国公災法16条が規定された(乙6・294頁)。

    

このような労災保険法及び国公災法における法改正を受けて,地公災法においても,同様に,遺族補償年金を職員の死亡によって扶養者を喪失した遺族で稼得能力を欠く者に支給するため,妻については,一般的には就労が困難であることが多いことなどを考慮して年齢要件又は障害要件(以下「年齢要件等」という。)を設けず,妻以外の遺族で高校卒業時より55歳未満の者については,他の公的年金との均衡を考慮し,年齢要件等を設けた同法32条1項が制定された(乙4・209頁)。

    

制定当時の同条1項は,国公災法と同様に,妻以外の遺族の受給資格年齢を18歳未満の者又は55歳以上の者としていたが,その後,昭和60年に,労災保険法等において,妻以外の遺族の年金受給資格が60歳以上とされたことに伴い,地公災法32条1項についても,妻以外の遺族の年金受給資格年齢を,従来の18歳未満又は55歳以上から,18歳未満又は60歳以上に改正した(乙4・416頁,417頁)。

    

なお,上記同法32条1項の改正に関しては,昭和60年4月16日に行われた参議院地方行政委員会において,出席者から,妻については遺族補償年金の受給資格年齢がないことが男女の平等の観点から問題があるのではないかという趣旨の質問がされたのに対し,

 

政府委員ないし説明員から,

 

 

妻が働きに出るといっても非常に就業の機会は限られるだろう,

 

あるいはまた仮に就業できたとしてもその条件といいますか,

 

その条件というのも恵まれない場合が多いだろうということでそういう制度がとられたのだというふうに思います。

 

それに反して男の場合はどうだろうかというと,男の場合は妻の場合よりもやはりより有利じゃないかというのが今の日本の一般的な社会の状況じゃないかということじゃないかというふうに思います。

 

そういうことで,実質的にとにかく今の経済社会の実態を眺めた場合には,そういう異なった扱いをすることによって実質的な平等というものが確保されるだろうということでこういう制度になっておるわけでございますけれども,

 

この制度はひとり地方公務員災害補償制度だけではなくして,

 

すべての災害補償制度についてそういう取扱いに現在なっております。

 

日本の社会経済の実態からしてそういう制度というものが現在できあがっておるのだというふうに私たち理解しております。」,

 

 

我が国におきましては,

 

一般的に申しまして妻の場合には就業の機会が難しいという面がある,

 

そういう面とともに,それから就業しているといたしましても給与が低いとか,そういった実態上の問題があるというようなことから,

 

子供を扶養するというような面での生活の困難というようなものも考えられるというようなことから設けられている制度でございまして,

 

いわば実質的な平等を図る制度というふうに理解しているところでございます。

 

との説明がされている(乙7)。

 

 

(4)社会情勢に関する各種統計等

   

ア 総務省統計局の労働力調査(平成22年)

   

(ア)労働力調査は,我が国における就業及び不就業の状態を毎月明らかにすることを目的として行われるものであり,選定された住戸に居住する世帯を調査することによって行われる(乙10)。ここでは,生産年齢に占める就業者及び完全失業者の占める割合や雇用形態別の雇用者数等を明らかにすることができる。

      

なお,この調査で用いられる労働力人口とは15歳以上の者で,就業者及び就業したいと希望し求職活動をしており,仕事があればすぐ就くことができるが,仕事に就いていない者(完全失業者)の総数をいい,労働力率とは,当該年齢人口に占める労働力人口の割合をいう(乙12・2枚目)。

   

(イ)労働力率の比較

      

生産年齢(15歳から64歳まで)の人口に占める労働力人口(就業者及び完全失業者の総数)の割合(労働力率)をみると,女性63.1%(生産年齢の人口は4031万人,労働力人口は2544万人),男性84.8%(生産年齢の人口は4082万人,労働力人口は3461万人)である(乙11・2,3頁)。

      

そして,配偶関係別に女性の労働力率をみると,未婚者63.4%,有配偶者49.2%,死別・離別者29.5%であり,有配偶者及び死別・離別者に占める労働力人口の割合は半数を切っている(乙11・3頁)。

   

(ウ)雇用形態別の雇用者数の比較

      

次に,男女の雇用者数を雇用形態別にみると,女性では,正規の職員・従業員 1046万人(46.2%),非正規の職員・従業員 1218万人(53.8%)であるのに対し,男性では,正規の職員・従業員 2309万人(81.1%),非正規の職員・従業員 539万人(18.9%)であり,女性は,雇用者数に占める非正規の職員・従業員の割合が過半数を占め,その割合は男性の約3倍である(乙11・15頁)。

   

(エ)完全失業率(労働力人口に占める完全失業者の割合)

      

女性は4.6%であるのに対し,男性は5.4%であり,年齢階級別に比較すると,35ないし44歳までは女性が男性よりも高くなっている。平成22年までの推移をみるに,昭和60年から平成9年までは,女性が男性よりも多くても0.2%程度高いだけでほぼ拮抗して推移してきたが,平成10年以降は男性が女性よりも高い状態で推移し,平成22年には上記のとおり,両者の差が過去最大となった(乙11・8,9頁)

   

イ 厚生労働省の賃金構造基本統計調査(平成22年)

   

(ア)賃金構造基本統計調査は,主要産業に雇用される労働者について,その賃金の実態を労働者の雇用形態,就業形態,職種,性,年齢,学歴,勤続年数及び経験年数別に明らかにすることを目的として,1年に1回,調査票を用いて行う調査である(乙13・1頁)。

   

(イ)賃金額の比較

      

一般労働者(常用労働者のうち,短時間労働者以外の者)の賃金を男女別に比較すると,以下の調査結果が得られている(乙11・25頁)。

     

a 女性

     

(a)正社員・正職員

        きまって支給する現金給与額 26万1800円

        うち所定内給与額      24万4000円

     

(b)正社員・正職員以外

        きまって支給する現金給与額 18万0900円

        うち所定内給与額      17万0900円

     

b 男性

     (a)正社員・正職員

        きまって支給する現金給与額 37万1200円

        うち所定内給与額      33万8500円

     (b)正社員・正職員以外

        きまって支給する現金給与額 25万0900円

        うち所定内給与額      22万8800円

      

なお,「きまって支給する現金給与額」とは,労働契約等であらかじめ定められている支給条件及び算定方法によって,その年の6月分として支給される現金給与額をいい,このうち「所定内給与額」とは,「きまって支給する現金給与額」から時間外勤務や休日出勤等に対して支給される超過労働給与額を除いたものをいう(乙13・2頁)。

      

このような一般労働者の正社員・正職員における男女間の賃金格差(男性を100とした場合の女性の給与額)は,「きまって支給する現金給与額」で70.5,「所定内給与額」で72.1である(乙11・26頁)。

   

ウ 国税庁の民間給与実態統計調査

   

(ア)この調査は,民間事業所における年間の給与の実態を,給与階級別,事業所規模別,企業規模別等に明らかにして,併せて,租税収入の見積もり,租税負担の検討及び税務行政運営等の基本資料とすることを目的としているもので,幅広い事業規模の事業所を調査対象としている(乙14・1頁)。

   

(イ)この調査においても,平均給与は,男性が約507万円であるのに対し,女性が約269万円であり(乙14・10頁),著しい格差が生じている。

   

エ 国勢調査における家事のみを行っている男性,女性の割合

   

(ア)国勢調査は,我が国の人口の状況を明らかにするため,ほぼ5年ごとに行われており,調査区を設定し,調査員が世帯毎に調査票を配布して行うものである。ここでは,配偶者の有無や仕事の種類等を調査している(乙15)。

   

(イ)国勢調査においては,夫婦のうち片方が家事のみを行っている割合(片方が就業しているかどうかまでは区別していない。)について,年齢階層別に集計している。ここで示される数値は,いわゆる専業主婦又は専業主夫の集計値である。

      

地公災法は,夫について59歳までを独力で生計を維持する能力があるものとして捉えているところ,平成22年度国勢調査における集計値について,20歳から59歳までの年齢階層でみると,女性は690万4800人,男性は5万6200人であり,男性は女性の約0.8%である(乙16)。

   

オ 国民生活基礎調査,母子世帯調査

     

厚生労働省大臣官房統計情報部「平成22年国民生活基礎調査」によると,平成21年の1年間の平均所得額につき,全世帯平均が549万6000円であるのに対し,母子家庭平均は262万6000円である(乙17)。

     

また,平成18年度母子世帯調査によると,就業状況について,父子家庭が97.5%であるのに対し,母子家庭が84.5%であるものの,そのうち常用雇用の割合をみると,父子家庭は72.2%であるのに対し,母子家庭は42.5%となっており,その結果,平均年間収入が父子家庭が421万円であるのに対し,母子家庭は213万円である(乙17・4頁)。

   

カ 平成23年版厚生労働白書(甲5)及び同男女共同参画白書(甲6)

     

上記各白書は,以下のとおり報告している。

     

昭和30年代の高度成長期には,企業は優秀で必要な労働力を確保するため,「終身雇用」,「年功序列賃金」,「企業別組合」といった日本型雇用慣行により主として男性労働者を正社員として処遇してきたが,企業がバブル経済崩壊後のグローバル経済により人件費削減も含めたリストラに追い込まれ,労働者の処遇を見直してきた結果,日本型雇用慣行が変容し,非正規の男性労働者の割合が増加してきた。(甲5・5頁)

     

また,家族の状況については,高校,大学を卒業後,大都市で就職し,結婚するケースが多くなった結果,核家族化が進んだ。(甲5・5頁)

     

雇用者の変化の状況としては,「これまでは男性の正社員が中心であったが,特に,女性の社会進出等により女性が増加している。男性と女性の雇用者の比率は,1959(昭和34)年には男性雇用者が女性の2.5倍程度であったが,2007(平成19)年には男性は女性の1.3倍程度になっている」,「平成14年から22年までの間の男女雇用者数の推移を見てみると,男性雇用者数は約37万人減少している一方で女性雇用者数は約168万人増加している」,「1982(昭和57)年から2007(平成19)年の間の変化をみると,正規の職員従業員の数はあまり増加しておらず,男女とも被用者の増加分はほとんど派遣社員,契約社員,パート,アルバイト等の非正規雇用となっている。社会保障制度においても,男性が正規職員として安定的に就業しているという前提は,見直さざるを得なくなっている」(甲5・12頁,甲6・54頁)。

     

さらに,「社会保障制度は,専業主婦世帯が一般的であることを想定して構築されてきた部分がある」とした上で,「1980(昭和55)年には,男性世帯雇用者と無業の妻(いわゆる専業主婦)からなる世帯が1,114万世帯であったのに対して,雇用者の共働き世帯が614万世帯であった。しかしながら,雇用者の共働き世帯は増加を続ける一方,男性雇用者と無業の妻からなる世帯は減少を続け,1990年代に雇用者の共働き世帯が男性雇用者と無業の妻からなる世帯を上回」り,平成22年においては,共働き世帯が1012万世帯であるのに対し,専業主婦の世帯は797万世帯に達した。その結果,「夫は外で働き,妻は家庭を守るべきである」という性別役割分担意識について,昭和54年には賛成が7割を超えていたが,平成16年には初めて反対が賛成を上回り,平成19年には反対が5割を超えた。(甲5・13頁,甲6・64,65,70頁)。

     

ただ,女性は現役時代の賃金において男性より低いため,貧困率がほとんどすべての年代において男性よりも高く,相対的貧困率は,女性の中でも高齢単身世帯や母子家庭(平成19年の勤労世代(20ないし64歳)において60%弱)において特に高いが,父子家庭においても同年の勤労世代において30%弱に上り,夫婦のみや夫婦と未婚の子がいる勤労世代が10%程度であることと比較しても高い(甲6・73,75頁)。

 

2 違憲審査基準

 

(1)憲法14条1項は,法の下の平等を定めており,この規定は,事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づくものでない限り,法的な差別的取扱いを禁止する趣旨のものである(最高裁昭和39年5月27日大法廷判決・民集18巻4号676頁,同昭和48年4月4日大法廷判決・刑集27巻3号265頁等)

 

(2)遺族補償年金の法的性質

    

地方公務員法45条は使用者である地方公共団体が公務上の災害を受けた職員に対し無過失責任として公務災害補償責任を負うことを定め,それを担保するため地公災法により地方公務員災害補償制度を規定し,その一つとして定められた遺族補償年金は,地方公務員が公務上死亡したことによる遺族の被扶養利益の喪失を補てんしようとしたものである。

    

したがって,地方公務員災害補償制度は,損害賠償との調整規定が置かれている上(前提事実(2)カ),同一の事由により他の社会保障給付をも受給できる場合においても,併給が禁止されておらず,少なくとも調整前の遺族補償年金額の8割以上の額の支給を受けることができること(同(2)キ)など,一種の損害賠償制度の性格を有しており,純然たる社会保障制度とは一線を画するものであることは否定できない。

    

ただ,同時に,地方公務員災害補償制度は,労災保険制度を踏まえて制定されたものであるが,それまでに社会保障立法の性格を有する健康保険法や厚生年金保険法及び労働者災害扶助責任法に個別に規定されていた業務災害保険制度が統合されたものである上(前記1(1)),昭和40年の改正により遺族補償が年金化され,受給権者が死亡,婚姻するなどした場合にその受給権は消滅するものとされている一方で,これらの事情が生じない限り,死亡した職員の就労可能年数を経過した後も同年金の受給権を失わないものとされており(前提事実(2)ア(ウ)),また,他の社会保障的性質を有する年金給付との間に調整規定が置かれていること(同キ)などに照らすと,上記遺族補償年金は,定額が支給される遺族補償一時金とは異なり,一般に独力で生計を維持することができる者,あるいは,死亡職員との間によるものとは別の生計維持関係を形成した者は,その生計維持関係をもって生活することを原則とし,そうでない者については,喪失した被扶養利益を補填する必要性を認めて支給するものとしたものであり,遺族補償年金制度には被告らが主張するように社会保障的性質をも有することは否定できない。

   

そのような性質を有する遺族補償年金制度につき具体的にどのような立法措置を講じるかの選択決定は,上記制度の性格を踏まえた立法府の合理的な裁量に委ねられており,本件区別が立法府に与えられた上記のような裁量権を考慮しても,そのような区別をすることに合理的な根拠が認められない場合には,当該区別は,合理的な理由のない差別として,憲法14条1項に違反するものと解するのが相当である。

 

3 具体的検討

    

(1)本件年齢要件を含む年齢要件は,上記のとおり,社会保障的性質をも有する遺族補償年金の受給権者の範囲を定めるに当たり,立法当時の社会情勢や財政事情等を考慮して,職員の死亡により被扶養利益を喪失した遺族のうち,一般的に就労が困難であり,自活可能ではないと判断される者に遺族補償年金を支給するとの目的の下に,障害要件とともに,そのような者を類型化するための要件として設けられたものであると解されるところ,地公災法が遺族補償年金の受給権者にこのような要件を設けたこと自体は合理的なものといえる。

    

(2)ア 地公災法32条1項は,受給権者としての職員の遺族には,基本的には年齢要件等を設けているものの,妻にはそれらの要件を要求していない結果,配偶者が男性である場合と女性である場合との間に本件区別が生じている。

   

(ア)この点,被告らは,同条1項は,受給資格要件につき,父母間,祖父母間,又は兄弟と姉妹の間においては区別を設けておらず,あくまで,妻と夫との間の自活能力の差異という社会的実態に鑑みて定型的差異を設けているものであり,単純に性別によって区別しているものではないと主張する。

      

確かに,地公災法32条1項は,遺族補償年金の受給権者の範囲を定めるに当たり,妻以外の職員の遺族については,いずれも年齢要件等を設けており,配偶者以外の遺族について性別で要件に差を設けていないが,原告が主張する本件区別(本件年齢要件の有無)は,上記のとおり,夫か妻かという性別に基づく区別であることは明らかである。

   

(イ)この点,上記規定が設けられるにあたり前提とした立法事実についてみると,地公災法が立法された昭和40年代には,企業は,終身雇用,年功序列賃金,企業別組合といった日本型雇用慣行により主として男性労働者を正社員として処遇していたため,その妻の多くが就業するのは相当困難であったのと性別役割分担意識も相まって専業主婦として日常家事を分担しており,その結果,夫と死別したり,離婚することにより被扶養の利益を喪失した母子世帯の所得保障を行うために昭和37年には児童扶養手当制度が設けられるなどしており,昭和55年時点でも,いわゆる専業主婦世帯が1114万世帯であったのに対して,共働き世帯が614万世帯に止まっていたことが認められる(前記1(4)カ)。

      

上記立法事実を踏まえ,いわゆる専業主婦世帯を想定し,その働き手である夫が死亡した場合に,「妻の場合には就業の機会が難しいという面がある,そういう面とともに,それから就業しているといたしましても給与が低いとか,そういった実態上の問題があるというようなことから」(前記1(3)),妻については,年齢や障害の有無に関わらず類型的に生計自立の能力のない者として,年齢要件等を設けずに生計維持要件を有する者は遺族補償年金の受給権者としたことには,地公災法が立法された当時においては,一定の合理性があったといえる。

   

(ウ)もちろん,立法当時においても,なかには,生計自立の能力のある妻や逆に生計自立の能力のない夫も存在したことが容易に推定でき,前者は生計自立可能であるのに,年齢に関わらず遺族補償年金を受給できるが,後者は,生計自立能力がないのに一定の年齢や障害がなければ遺族補償年金を受給できないことになる。ただ,被告らが主張するように,そのような当時の社会状況に照らせば,むしろ例外的な両者の差異を取り上げ,それだけを比較して,その差異に十分に合理的な根拠を欠く場合に直ちに憲法14条1項違反と判断することは,結果的に上述した社会保障の性質を有する立法における立法者の裁量権を極めて狭く解釈することになり,その結果,大量かつ定型的処理が要請される社会保障のあらゆる場面で厳格な合理性の審査により平等取扱いが担保されていない限り社会保障立法ができないという弊害を招きかねない。

      

したがって,当該立法が基礎とした立法事実を踏まえた場合に,その区別を設けることが一定の合理性を有する場合には,それは何ら合理的な理由のない不当な差別的取扱いということはできない。

   

(エ)以上によれば,本件区別は,前記(イ)で述べた立法当時の社会状況(女性が男性と同様に就業することが相当困難であるため専業主婦世帯が一般的な家庭モデルである状況)が大きく変動していない状況の下においては,差別的取扱いということはできず,憲法14条1項に違反するということはできない。

   

イ しかし,上記立法の基礎となった社会状況は時代とともに変遷するものでもある上,本件区別の理由は性別という,憲法の定める個人の尊厳原理と直結する憲法14条1項後段に列挙されている事由によるものであって,憲法が両性の本質的平等を希求していることは明らかであるから,本件区別の合理性については,憲法に照らして不断に検討され,吟味されなければならないというべきである。

   

ウ 本件区別の立法の基礎とされた社会状況については,その後,大きく変化しており,前記1(4)カのとおり,性別役割分担意識が希薄化し,女性の社会進出が進んだ結果,1990年代には,雇用者の共働き世帯が専業主婦世帯を上回り,平成14年以降,男性雇用者数が減少する一方で女性雇用者数が増加した結果,平成22年には,共働き世帯が1012万世帯であるのに対し,専業主婦世帯は797万世帯に止まること,平成23年版厚生労働白書においても,男性の非正規雇用が増加し,社会保障制度においても,男性が正規職員として安定的に就業しているという前提は,見直さざるを得なくなっていると指摘されていることなどに照らすと,今日では,専業主婦世帯が一般的な家庭モデルであるということはできず,共働き世帯が一般的な家庭モデルになっているというべきであるから,現在における本件区別の合憲性を判断するに当たっては,こうした一般的な家庭モデルの変化にも着目する必要がある。

   

エ そこで,共働き世帯が一般的な家庭モデルとなった現在の社会情勢の下においてもなお本件区別の合憲性を維持できるか否かについて検討する。

     

ただ,そのような共働き世帯のうち,主として遺族たる配偶者の収入によって生計を維持しており,死亡した職員の収入は家計の補助程度に止まる場合には,そもそも生計維持要件を満たさず,受給権を有しないから,本件年齢要件の適用は問題とならない。

     

よって,共働き世帯において本件年齢要件の適用が問題となるのは,どちらか一方が職員である夫婦双方の収入によって家計を維持していた場合か,死亡した職員の収入によって主として家計を維持していた場合である。

   

オ この点,被告らは,一般的に,女性の就業形態,獲得賃金等について,男性に比して恵まれているとはいえないため,妻についてのみ年齢要件を設けないことには合理性があると主張するところ,前記1(4)のとおり,確かに,女性の社会進出が進んで共働き世帯が一般的な家庭モデルとなった今日においても,女性の方が,男性に比べて,依然として,賃金が低く,非正規雇用の割合が多いなど,就労形態や獲得賃金等について不利な状況にあることは明らかであり,母子家庭を父子家庭と比較すると,平均年間収入が約半分と劣るため,相対的貧困率が約2倍になっていることはそれを裏付けるというべきであり,本件区別の前提となった立法事実の一部は依然継続していることが認められる。

     

しかしながら,そのような男女間の就業形態や収入の差については,あくまでも相対的なものであるし,他方,前記1(4)ア(エ)のとおり,平成10年以降は,男性が女性より完全失業率が高く,平成22年には過去最大となっていることや,母子家庭においても,父子家庭と比較すると平均年間収入が約半分と劣っているものの,84.5%が就業できていることをも考慮すると,本件区別のように,死亡した職員の遺族である55歳未満の配偶者において,妻を一般的に就労が困難である類型にあたるとして,男女という性別のみにより受給権の有無を分けることの合理的な根拠になるとはいい難い。

     

しかも,本件年齢要件の適用が問題となる一般的な家庭モデルである共働き世帯の場合,専業主婦世帯や専業主夫世帯とは異なり,遺族たる配偶者は,男女いずれであれ,前述したとおり,現に就労して家計補助的な程度を超える収入を得ているものの,生計維持要件を充たしているということは,単独で通常の生活水準を維持できないか,生活水準を下げざるをえないような状態にある(乙4・212頁)のは共通であって,職員である配偶者が死亡した場合に単独で生計を維持できるような職に転職したり,就労形態を変更したりすることの困難さも,一般に女性の就業形態,獲得賃金等について,男性に比して恵まれていないことと同様の程度の差にすぎないというべきであるから,そのような差は,共働き世帯について,職員である夫が死亡した場合と職員である妻が死亡した場合とで生計維持要件を満たす配偶者において受給権の有無を分けるほどの異なる取扱いをすることの合理的根拠とはなり得ないというべきである。

     

昭和60年の地公災法32条1項の改正の際の政府委員の説明をみても,「妻が働きに出るといっても非常に就業の機会は限られるだろう,あるいはまた仮に就業できたとしてもその条件といいますか,その条件というのも恵まれない場合が多いだろうということでそういう制度がとられたのだというふうに思います。それに反して男の場合はどうだろうか」との発言がなされているところ(前記1(3)),これは,専業主婦世帯と専業主夫世帯とを比較して,それまで就労していなかった遺族たる配偶者が新たに働きに出る場合を想定していると解される。しかし,前記のとおり,共働き世帯が専業主婦世帯を大幅に上回っている今日においては,専業主婦世帯と専業主夫世帯との比較から本件年齢要件の合理性を導き出すことは適当でない。

     

なお,今日でも,専業主夫の方が,専業主婦に比べれば就職に有利であるとはいえるが,平成22年における20歳から59歳までの年齢階層でみると,専業主夫の人数は専業主婦の人数の約0.8%にすぎず,専業主夫世帯というのは極めて例外的な事例であり,これと専業主婦世帯とを比較して本件年齢要件の合理性の根拠とすることには無理がある。

     

また,前記1(4)カのとおり,バブル経済崩壊後のグローバル経済により,企業が人件費削減も含めたリストラに追い込まれ,労働者の処遇を見直してきた結果,日本型雇用慣行が変容し,非正規の男性労働者の割合が増加してきたことに照らすと,配偶者のうち夫についてのみ本件年齢要件を課すことが合理的であるとはいい難く,前記白書の中でも,「社会保障制度においても,男性が正規職員として安定的に就業しているという前提は,見直さざるを得なくなっている」との指摘がなされている。

   

カ さらに,被告らは,本件年齢要件の合憲性の根拠として,妻の方が家事や子育てをするという家庭責任の比重が重いことも挙げるが,仮にそのような事情があるとしても,今日では,核家族化が進行しているとの指摘がなされていること(前記1(4)カ)に照らすと,妻が死亡した場合,遺族である夫は,それまで妻が担っていた家庭責任を妻に代わって担わざるを得ない状況になると解されるから,夫が死亡した場合と妻が死亡した場合とで遺族たる配偶者が担うべき家庭責任の程度に違いはない。かえって,妻の死亡により家庭責任が増大した結果,遺族である夫が,従前と同程度の収入を得ることが難しくなる場合すらあり得る。

     

したがって,この点も,本件年齢要件の合理性の根拠とはなり得ないというべきである。

   

キ これに加えて,原告も指摘するとおり,配偶者との死別又は離婚等の生別により被扶養利益を喪失した母子世帯の所得保障を目的とした児童扶養手当の支給要件を定めた児童扶養手当法4条について,それまで母子家庭にしか支給されなかった児童扶養手当を,平成22年8月以降,父子家庭にも支給することとする改正がなされており,遺族補償年金制度と同種目的により制定された社会保障立法において女性のみを優遇する規定を改正し,男女の平等を図るように法改正が行われていることも,遺族補償年金制度制定時の立法事実が変遷したことにより,本件区別の合理性が失われるに至ったことを裏付けるというべきである。

     

この点,被告らは,労災保険法及び国公災法にも地公災法32条1項と同旨の規定が存在するとも主張するが,他の法令に本件年齢要件と同旨の規定があるからといって,そのことから直ちに同要件が憲法14条1項に違反しないとの結論を導くことはできないし,証拠(甲8)によれば,平成23年12月1日の第7回社会保障審議会年金部会においても,継続的に検討すべき事項として,遺族年金支給対象につき,男女差解消が必要であるとの意見が出されているのである。

     

よって,この点も,上記結論を左右しない。

 

 

(3)結語

    

以上のとおり,地公災法の立法当時,遺族補償年金の受給権者の範囲を画するに当たって採用された本件区別は,女性が男性と同様に就業することが相当困難であるため一般的な家庭モデルが専業主婦世帯であった立法当時には,一定の合理性を有していたといえるものの,

 

女性の社会進出が進み,男性と比べれば依然不利な状況にあるとはいうものの,

 

相応の就業の機会を得ることができるようになった結果,

 

専業主婦世帯の数と共働き世帯の数が逆転し,共働き世帯が一般的な家庭モデルとなっている今日においては,

 

配偶者の性別において受給権の有無を分けるような差別的取扱いはもはや立法目的との間に合理的関連性を有しないというべきであり,

 

原告のその余の主張について判断するまでもなく,遺族補償年金の第一順位の受給権者である配偶者のうち,夫についてのみ60歳以上(当分の間55歳以上)との本件年齢要件を定める地公災法32条1項ただし書及び同法附則7条の2第2項の規定は,憲法14条1項に違反する不合理な差別的取扱いとして違憲・無効であるといわざるを得ない。

    

そうすると,地公災法32条1項ただし書1号及び同法附則7条の2第2項を根拠としてなされた,原告に対する遺族補償年金の不支給処分は,違法な処分であるから取り消すべきであり,原告が遺族補償年金の受給権者に該当しないとしてなされた,原告に対する遺族特別支給金,遺族特別援護金及び遺族特別給付金の各不支給処分も,いずれも違法なものとして取消しを免れない。

 

第5 結論

   以上によれば,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決する。

    大阪地方裁判所第5民事部

        裁判長裁判官  中垣内健治

           裁判官  田中邦治

           裁判官  上原三佳