労働時間と厚生年金

 

 

 

 

 

 被保険者資格確認請求却下処分取消請求事件、東京地方裁判所判決/平成24年(行ウ)第54号、判決 平成28年6月17日、労働判例1142号5頁について検討します。

 

 

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

1 厚生年金保険法(厚年法)は,労働力の対価として得た賃金を生計の基盤として生計を支えるといい得る程度の労働時間を有する労働者を被保険者とすることを想定しており,そのような労働者といえない短時間の労働時間を有する者は,厚年法9条にいう「適用事業所に使用される70歳未満の者」に含まれないとされた例

      

2 平成28年10月1日施行予定の年金機能強化法が施行される以前においては,厚年法の被保険者とされるか否かについては,個々の事例ごとに,労働日数,労働時間,就労形態,職務内容等を総合的に勘案して判断すべきものとされた例

      

3 いわゆる昭和55年内かんおよび平成17年課長通知については,厚年法の判断枠組みに反するものではないとされた例

      

4 ベルリッツにおいては,連続したレッスンの間の5分を含む各レッスン前の5分については,被保険者とされるか否かの検討に当たって考慮すべき労働時間と認めるのが相当とされた例

      

5 ベルリッツのような語学学校においては,教師が担当するレッスン数が,月ごとに変動するものであることを考慮すると,被保険者の資格の有無を判断するに当たり,一定の期間を考慮することには合理性があることから,労働時間については,対象となる平成21年8月の前6か月および後3か月についてみることとするとされた例

      

6 原告Xの労働時間については,内かんによれば直ちに厚生年金保険の被保険者に該当するということにはならないものの,平成21年7月期までの6か月,同8月期からの3か月のいずれにおいてみても,常勤講師の労働時間と比較して4分の3に近似するものであったうえ,ベルリッツの内部基準を労働時間に引き直してみれば,同年7月期までの間において,被保険者の資格を喪失するには至らなかったことになるとともに,同年8月期において被保険者の資格を取得することができたことになるとされた例

      

7 労働日数,労働時間,就労形態,職務内容等を総合的に勘案すると,平成21年8月当時において,Xについて,短時間労働者として被保険者から除外することは相当ではなく,同月の前後を通じて,厚生年金保険の被保険者の資格を有していたものとみるべきであり,同年8月1日付で被保険者資格を喪失した旨の確認がされているものの,同日において,被保険者の資格を取得(再取得)したものと認めることができるから,Xは同月において「適用事業所に使用される70歳未満の者」に該当するというべきであり,それを否定し,Xの被保険者の取得の確認請求を却下した本件却下処分は違法なものであるとされた例

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 

1 港社会保険事務所長が平成21年12月4日付けで原告に対してした,原告の厚生年金保険の被保険者の資格の確認の請求を却下する旨の処分を取り消す。

 

2 訴訟費用は被告の負担とする。

 

       

 

 

事実及び理由

 

第1 請求

   主文1項に同旨

 

 

第2 事案の概要等

   本件は,A株式会社(以下「A」という。)との間で雇用契約を締結し,英語講師として就労していた原告が,平成21年11月9日,港社会保険事務所長(当時)に対し,厚生年金保険の被保険者(以下,特に断らない限り「被保険者」という。)の資格の取得の確認の請求(以下「本件確認請求」という。)をしたところ,同年12月4日付けで,これを却下する旨の処分(以下「本件却下処分」という。)を受けたことから,同処分の取消しを求める事案である。

 

 1 関係法令の定め

   別紙「関係法令の定め」記載のとおりである(同別紙で定める略称は,以下においても用いる。)。

 

 

 

 2 前提事実(当事者間に争いがない事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨により認められる事実)

 

  (1) 原告がAにおいて就労するに至った経緯等

 

   ア 原告は,1969年(昭和44)年○月○○日,フィリピン共和国において出生し,1975年(昭和50年),家族と共にカナダに移住し,1979年(昭和54年),同国の国籍を取得し,以後同国の国籍を有する外国人の男性である(甲1,37)。

 

   イ 原告は,1998年(平成10年)の1月ないし2月,日本のいわゆる語学学校(B)が,講師を募集していたのに応じて面接を受け,同語学学校で就労することとなり,その後本邦に上陸し,「人文知識・国際業務」の在留資格をもって本邦に滞在し,同年5月から平成16年3月ないし4月頃まで,B下北沢校で英語講師として就労した(甲37)。

 

   ウ 原告は,平成16年6月15日付けで,語学学校を運営するAとの間で,雇用契約(以下「本件雇用契約」という。)を締結し,以後現在に至るまで,Aの適用事業所において就労している(甲6,37,乙34,原告本人)。

 

   エ 原告は,平成18年8月1日に厚生年金保険の被保険者の資格を取得した。

 

 

  (2) 本件訴えの提起に至る経緯

 

   ア Aは,平成21年8月1日付けで原告について被保険者の資格の喪失の届出をした(甲18)。

 

   イ 港社会保険事務所長(当時)は,平成21年9月3日付けで,事業主であるAに対し,原告について同年8月1日付けで被保険者の資格の喪失が確認された旨の通知をした。

 

   ウ 原告は,その後,Aから,上記イの内容の通知を受け,平成21年11月9日,港社会保険事務所長に対し,「健康保険・厚生年金保険被保険者資格確認請求書」(甲1)に,平成21年8月1日付けの「資格喪失の確認」,「引き続き加入中であることを確認したい」などと記載して,厚年法31条1項の規定に基づき,確認の請求(本件確認請求)をした(甲1)。

 

   エ 港社会保険事務所長は,平成21年12月4日付けで,請求に係る事実がないものと認めたとして本件確認請求を却下する旨の処分(本件却下処分)をした(甲16)。

 

   オ 港社会保険事務所は,平成21年12月31日,廃止され,本件却下処分は厚生労働大臣等がした処分とみなされ,同処分に係る権限の受任者は日本年金機構となった(日本年金機構法1条,附則1条,7条)。

 

   カ 原告は,平成22年1月25日,本件却下処分を不服として関東信越厚生局社会保険審査官に対して審査請求をしたが,同審査官は,同年11月19日付けで同審査請求を棄却する旨の決定をした(甲17,19)。

 

   キ 原告について,平成22年12月1日付けで,厚生年金保険の被保険者の取得の確認がされた。

 

   ク 原告は,平成23年1月18日,前記カの決定を不服として社会保険審査会に対して再審査請求をしたが,同審査会は,同年7月29日,同再審査請求を棄却する旨の裁決をした(甲20,24)。

 

   ケ 原告は,平成24年1月29日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。

 

  (3) 厚生省保険局保険課長,社会保険庁医療保険部健康保険課長及び同部厚生年金課長の連名による都道府県民生主管部(局)保険課(部)長宛ての昭和55年6月6日付けの文書(乙1。以下「内かん」という。)について

 

 

 

    内かんの体裁は,

 

「拝啓 時下益々御清祥のこととお慶び申し上げます。」という書き出しから始まり,「敬具」という結語で終わるというものであり,短時間就労者(いわゆるパートタイマー)に係る健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格の取扱いについて,次のとおり記載している。

 

 

 

    

「短時間就労者(いわゆるパートタイマー)にかかる健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格の取扱いについては,

 

各都道府県,社会保険事務所において,当該地方の実情等を勘案し,

 

各個別に取扱基準を定めるなどによりその運用が行われているところです。

 

もとより,健康保険及び厚生年金保険が適用されるべきか否かは,健康保険法及び厚生年金保険法の趣旨から当該就労者が当該事業所と常用的使用関係にあるかどうかにより判断すべきものですが,

 

短時間就労者が当該事業所と常用的使用関係にあるかどうかについては,今後の適用に当たり次の点に留意すべきであると考えます。

   

 

1 常用的使用関係にあるか否かは,当該就労者の労働日数,労働時間,就労形態,職務内容等を総合的に勘案して認定すべきものであること。

   

2 その場合,1日又は1週の所定労働時間及び1月の所定労働日数が当該事業所において同種の業務に従事する通常の就労者の所定労働時間及び所定労働日数のおおむね4分の3以上である就労者については,原則として健康保険及び厚生年金保険の被保険者として取り扱うべきものであること。

   

3 2に該当する者以外の者であっても1の趣旨に従い,被保険者として取り扱うことが適当な場合があると考えられるので,その認定に当たっては,当該就労者の就労の形態等個々具体的事例に即して判断すべきものであること。」

  

(4) 社会保険庁運営部医療保険課長による地方社会保険事務局長宛ての平成17年5月19日付けの文書(甲23,乙2。以下「課長通知」という。)について

    

課長通知は,

 

「語学学校に雇用される外国人講師に係る健康保険・厚生年金保険の適用について」との表題が付され,

 

「標記については,平成17年3月28日付庁保険発第0328002号「外国人講師に係る健康保険・厚生年金保険の適用について」により,

 

外国人講師を雇用する語学学校については,重点的に調査を行う事業所に選定し事業所調査を実施することとしたところであるが,

 

非常勤として雇用されている外国人講師(以下「非常勤外国人講師」という。)の取扱いに当たっては,下記の取扱いに留意の上,事業所調査を実施するよう特段の配慮をお願いする。」との記載に続き,

 

非常勤外国人講師の健康保険及び厚生年金保険の被保険者資格の取扱いについて,次のとおり記載している。

   

 

 

 

 

「1 非常勤外国人講師に係る適用基準

     

(1) 非常勤外国人講師が,当該語学学校と常用的使用関係にあるかどうかについては,

 

1日又は1週の所定労働時間及び1月の所定労働時間日数が当該事業所において,

 

常勤として雇用されている外国人講師(以下「常勤外国人講師」という。)の所定労働時間及び所定労働日数のおおむね4分の3以上である場合には,

 

健康保険及び厚生年金保険の被保険者(以下「被保険者」という。)として取り扱うこと。

     

 

(2) 語学学校に雇用されている講師が全員非常勤外国人講師であるため,

 

所定労働時間及び所定労働日数がおおむね4分の3以上であるか否かを判断する際に,

 

比較すべき常勤外国人講師がいない場合については,

 

当該語学学校において常勤として雇用されている一般的な従業員(いわゆる正社員)の所定労働時間及び所定労働日数のおおむね4分の3以上であるか否かをもって,

 

被保険者として取り扱うこと。

     

 

(3) 就業規則または雇用契約において,

 

非常勤外国人講師の1日又は1週の所定労働時間は規定されているが,

 

1月の所定労働日数が規定されていない場合には,

 

常勤外国人講師及び非常勤外国人講師の所定労働時間から,

 

それぞれの1月の総労働時間を算出したもの(以下「総労働時間」という。)を比較しておおむね4分の3以上であるか否かをもって被保険者として取り扱うか否かを判断すること。

    

 

2 月によって労働時間が異なる場合の取扱い

      

前記の1に該当しない場合であっても,

 

残業が常態的であったり,給与形態が出来高払いとなっている等のため,

 

労働時間が月によって変動し,

 

非常勤外国人講師の労働時間が,常勤外国人講師の労働時間のおおむね4分の3以上となる月や下回る月がある場合には,

 

非常勤外国人講師の総労働時間と常勤外国人講師の総労働時間を比較し,

 

おおむね4分の3以上となる月が連続で2ヶ月を超えていれば,被保険者として取り扱うこと。

      

 

なお,この場合の資格取得日は,おおむね4分の3以上となった最初の月の1日とすること。

    

 

3 勤務時間がレッスン単位で定められている場合の取扱い

     

 

(1) 就業規則または雇用契約において,勤務時間がレッスン単位で定められている場合には,1日又は1週のレッスン数に1レッスン当たりの時間数を乗じ,1日又は1週の労働時間を算出し判断すること。

     

 

(2) おおむね4分の3以上であるか否かを判断する際には,レッスンの間における休憩時間は労働時間に含めないこととするが,当該休憩を活用して次のレッスンの準備を行う等実質的に就労を行っている場合には,労働時間に含めて判断するものとする。」

  

 

(5) Aにおける被保険者に関する取扱い等

   

 

ア Aは,平成19年11月20日付けで,平成20年1月18日から適用される従業員(教師)の厚生年金保険を含む社会保険加入の基準について,次のとおり,従業員に通知した(乙3)。

    

 

(ア) これまでは,6か月期間ごとに社会保険の加入・脱退の見直しを行っていたが,変更日(平成20年1月18日)以降は3か月期間ごとの見直しに変わる。

 

 

    (イ) 見直しの(基準とする)期間は,次のとおりとなる。

      1月18日~4月17日

      4月18日~7月17日

      7月18日~10月17日

      10月18日~1月17日

 

    (ウ) 見直しの基準は次のとおりとなる。

     

a 各月の正確な授業数に基づいて計算する。

     

b 教師が3か月期間,連続で各月198レッスン以上担当した場合は,社会保険に強制加入となる。

     

c 教師が3か月期間のうち,1か月でも担当したレッスン数が198レッスン以下であった場合は,社会保険に入る必要はない。

     

d ただし,教師が1か月で198レッスン以上担当した場合は,社会保険に加入することができる。

     

e 社会保険に加入した教師が引き続き加入を続けたい場合は,上記3か月期間のうち最低1か月は176レッスン以上担当することが必要である。このレッスン数は,平成17年8月1日以降の加入者に適用される。

   

イ また,Aにおいては,上記アの基準に基づくほか,教師が6か月連続して1か月当たりの担当したレッスン数が176レッスンを下回った場合は,社会保険の資格を喪失する旨の運用がされていた(甲37,乙4)。

     

なお,Aにおいては,それぞれの月の18日から翌月の17日を1か月の単位として報酬等の算定の基礎としており,上記アの社会保険加入・喪失に関するレッスン数の計算についても,その単位を基礎としていた(甲14,18。以下,その単位について,平成21年1月18日から同年2月17日までを「平成21年2月期」などと表記する。)。

   

ウ 原告の平成21年1月18日から同年7月17日まで(平成21年2月期から同年7月期まで)の勤務状況(担当したレッスン数)は,次のとおりであり(甲12,14,17),1か月当たりのレッスン数は,いずれも176レッスンを下回っていた。

 

     平成21年2月期(同年1月18日~同年2月17日)168レッスン

     平成21年3月期(同年2月18日~同年3月17日)152レッスン

     平成21年4月期(同年3月18日~同年4月17日)171レッスン

     平成21年5月期(同年4月18日~同年5月17日)159レッスン

     平成21年6月期(同年5月18日~同年6月17日)163レッスン

     平成21年7月期(同年6月18日~同年7月17日)160レッスン

  

エ このため,Aは,前記(2)アのとおり,平成21年8月1日付けで原告について被保険者の資格の喪失の届出をした(甲18)。

 

3 争点

   本件における争点は,原告が平成21年8月において,厚生年金保険の被保険者(「適用事業所に使用される70歳未満の者」(厚年法9条))であったと認められるか否かである。

 

4 当事者の主張の要旨

 

(被告の主張の要旨)

  

(1) 内かんについて

   

ア 国民健康保険法(以下「健保法」という。)3条1項及び厚年法9条に規定する「使用される者」とは,常用的使用関係にある者と解すべきであること

    

(ア) 健保法3条1項及び厚年法9条にいう「使用される者」は,常用的使用関係にある者と解すべきであることは,①健康保険制度及び厚生年金保険制度の制定当初から,自己の労働力を唯一の資本とし,その提供した労働力の対価として得た賃金のみを生計の基盤として生計を支える労働者を制度の対象とすることを想定していたこと,②保険制度上の仕組みとして,健保法及び厚年法は,その保険料につき「標準報酬月額」に基づき計算すべきものとしているところ(健保法156条,厚年法81条),「標準報酬月額」の決定方法(被保険者が継続的に雇用されていることを前提に「報酬月額」算定の基礎となる賃金の期間が定められており,被保険者の勤務日数が一定以上あることを前提として,「報酬月額」算定の基礎となる賃金の支払い基礎日数が少ない月の賃金が除外されている)等は,両各法における被保険者が,全ての労働者ではなく,「常用的使用関係にある者」に限定することを前提としていること,③健康保険制度及び厚生年金保険制度において常用的使用関係を判断する意義は,労働者だけでなく使用者に対しても保険料負担を求める保険制度によって事業主に使用される労働者を保護するという目的に鑑みれば,これらの保険制度によって保護するに値する労働者を,保険料負担者でもある使用者との関係の緊密さを基準とした一定の範囲の労働者に限定して解することにあることから明らかである。

    

(イ) 「標準報酬月額」は,被保険者が常用的使用関係にある者であることを前提として設定されている。すなわち,健保法及び厚年法における「標準報酬月額」は,被保険者の賃金額に基づき決定される「報酬月額」に応じて区分された「標準報酬月額等級」に基づき定められ,「標準報酬月額等級」は,健保法においては第1級から第47級まで,厚年法においては第1級から第30級までの等級があるところ(健保法40条1項,厚年法20条1項),健保法156条及び厚年法81条が,かかる「標準報酬月額」を基礎として保険料の額を算定することとしたのは,保険料の額を被保険者の賃金額に見合ったものとする趣旨である。

      

そして,健保法及び厚年法における「標準報酬月額等級」の下限は,毎月勤労統計調査(毎月勤労統計調査規則に基づき,厚生労働省(旧労働省)が実施している調査)に基づく事業所規模5人以上の事業所における労働者の出勤日数の平均日数に,最低賃金法に基づく1日(8時間)当たりの最低賃金を乗じた金額を参考に定められてきた。すなわち,健保法及び厚年法における「標準報酬月額等級」は,被保険者が上記毎月勤労統計調査に基づく労働者の平均的な出勤日数以上に終日勤務をしていることを前提に設定されており,常用的使用関係にある者を被保険者とすることを前提とするものである(乙30)。

   

イ 「使用される者」が適用事業所に使用されている全ての労働者を指すものではないこと

    

(ア) 健康保険及び厚生年金保険の被保険者となる「使用される者」が適用事業所に使用されている全ての労働者を指すものではないことについても,①各種家族給付制度の存在自体が,被保険者の範囲が限定されることを前提としていること,②健保法及び厚年法は,全ての労働者を適用対象とする労働者災害補償保険法とは異なる保険料の算定方法を採用していることからすれば明らかである。

    

(イ) さらに,保険料の算定や保険給付の額は,みなし報酬月額である標準報酬月額に基づくこととされ,厚年法では最低等級の9万8000円の標準報酬月額については報酬月額の下限が定められておらず,報酬月額が10万1000円未満の者は全てこの9万8000円の標準報酬月額に属することになる。

      

そのため,1月当たりの労働時間が相当程度短く報酬月額が9万8000円を大幅に下回るような者が被保険者となるとするならば,事業主及び被保険者の双方について,実際の報酬月額ではなく,9万8000円の標準報酬月額に基づいた保険料の納付義務が発生することになる。この点について,まず,事業主についてみれば,自身が雇用する労働者から提供を受ける労務に比べて過大な保険料負担を強いられることになる。また,同じ点を被保険者についてみれば,仮に,原告が主張するように,被保険者の範囲につき全ての労働者と解釈する場合に,例えば,月1日しか労働を提供せず1万円の報酬しか得ていない労働者であっても,適用事業所に使用されてさえいれば,健康保険及び厚生年金保険の被保険者に当たることとなるが,この場合の当該労働者の保険料の額は,収入を超える額となるのであって,被保険者の範囲について,原告が主張するような解釈を採り得ないことは明らかである。

    

(ウ) 内かんは,健保法及び厚年法における「使用される者」が「常用的使用関係にある者」を指すことを前提にして,法律の解釈の統一化(具体的には「常用的使用関係にある者」の解釈の統一化)のためにその目安を示したものであり,内かんの示す目安は,健保法及び厚年法の解釈に合致するものであって,合理性を有する。加えて,最終的にはあくまで個々の事例に即して実態としての使用関係に着目すべきことを示しているのであって,機械的に一律に判断すべきとはしていないのであるから,「使用される者」の範囲を内かんにより不当に限定しているとの原告の主張は当たらない。

  

(2) 課長通知について

    

課長通知は,語学学校における外国人講師の就労実態も踏まえながら,内かんで示す短時間就労者の適用の目安に準拠した内容で,語学学校の講師向けの適用の目安として示したものであり,単に内かんの示す目安を,語学学校の場合に具体的に適用して,判断基準を分かりやすく示したものにすぎず,課長通知の例示に該当しないような労働者については,内かんの1及び3に即して判断することとなるので,内かんの範囲を逸脱した違法な内部基準であるなどとする原告の主張は失当である。

  

(3) Aにおける短時間労働者の適用の目安

   

ア Aにおける短時間労働者の適用の目安となる所定労働時間

     

Aにおいては,Aが区分するところの常勤講師は複数存在するが,課長通知の1(1)に定めるような基準となる常勤講師とその所定労働時間等を一義的に特定することができないため,課長通知1(2)を参考に,雇用形態は考慮せず,Aにおいて非常勤講師に係る適用の目安とすべき所定労働時間等について考えると,Aにおける一般的な従業員の1日の労働時間は8時間であり,週休2日制であることから,Aにおける非常勤講師に係る適用基準となる所定労働時間は1週につき40時間(1月につき176時間)となり,所定労働日数は1週につき5日(1月につき22日)となる。この基準となる所定労働時間は,Aが区分するところの常勤講師の雇用形態に照らすと,「40H IS」(1週間の所定労働時間〔雇用契約書又は勤務規定上,最低限履行が求められている通常就業(勤務)時間をいう。〕を40時間とし,この所定労働時間を前提とした基本給が支払われる。さらに,所定労働時間を超えた部分については,9時間までの範囲内で時間給に基づく支払が行われる。)の所定労働時間数等と一致することを踏まえると,Aにおける非常勤講師に係る適用の目安となる「常勤講師」は「40H IS」といえることとなる。

     

また,業務のうちわずかでも管理業務が含まれる「40H IS」は,もっぱら講師業務のみを行う「MG35/40」(1週間当たり35レッスンを担当するものとし,この35レッスンを前提とした基本給が支払われる。さらに,35レッスンを超える勤務を行った場合は,1レッスン当たりの時間給に基づく支払が行われる。原告が属する雇用形態。)の比較対象とはならないとすれば,Aにおける他の常勤講師の雇用形態は,常勤外国人講師であると評価できない雇用形態であることから,Aには課長通知の「常勤外国人講師」の概念に合致する常勤講師は存在しないこととなる。このような場合の適用の例示である課長通知1(2)に従えば,Aにおいて常勤として雇用されている一般的な従業員(いわゆる正社員)の所定労働時間(1日8時間・1週40時間)と所定労働日数(週5日)を目安とすることになる。

   

イ Aにおける「おおむね4分の3の基準」

     

上記の基準を内かんに当てはめると,Aにおける「おおむね4分の3」の目安は,労働日数は月22日の4分の3である16.5日,労働時間は176時間の4分の3である132時間を超える状態であるか否かを目安として判断することが適当である。

  

(4) 原告の月別労働時間を踏まえた検証

   

ア 原告の1か月間の労働日数については,20日から23日の間で推移しており,雇用契約が「40H IS」の常勤講師と比して,「おおむね4分の3」を超えることは争いがない。

     

しかしながら,労働時間に関しては,月別の労働時間では,始業前及び休憩(準備)時間を除いた場合では,月108時間から125時間にとどまる。

     

これらのことから,原告の平成21年8月以降の労働時間は「おおむね4分の3」を超えているとはいえない。

   

イ 原告が始業30分前に出勤し事前準備を行っていたと主張する部分に関しては,Aの指示による有給のものを除けば,そのような準備をする義務が原告に課せられていたとはいえず,「原告がAの指揮命令下に置かれていると客観的に評価できる時間」,つまり「実質的に就労している時間」には当たらない。

     

また,原告が休憩時間に行っていたと主張する義務は,本来レッスン中に行うべき業務であること,全てのレッスンの後に必ず生徒から質問があったとは考えにくいこと等から,全ての休憩時間を労働時間に含めるという発想は取り得ない。

     

そして,原告は,本人尋問において,スタッフが帰った後に教材の作成,部屋の消灯や戸締まりをすることがあり,レッスン以外にも仕事をする旨供述しているが,スタッフが帰った後にAが命令して講師に教材の作成をさせることはなく,部屋の消灯や戸締まりには数秒しかかからないから,レッスンの終了後にやるべきことは数秒しかかからない。

     

これらのことから,始業前,休憩,終業後の時間が実質的な労働時間に当たるとの原告の主張は失当であり,それらの時間を「おおむね4分の3」を判断する際の労働時間に含めるべきではない。

   

ウ 仮に,始業前及び休憩(準備)時間を原告の労働時間に含めたとしても,平成21年8月以降において,月ごとの労働時間が132時間を超えるのは平成21年9月(月142時間)のみであり,原告の労働時間は「おおむね4分の3」を超えているとはいえない。

   

エ 以上から,原告は,平成21年8月から平成22年10月までの間において,Aと常用的使用関係にあったとはいえず,原告からの被保険者資格の確認の請求を却下する旨の処分を行ったことは妥当であり,何ら法令に反するものではない。

  

(5) 以上述べたとおり,内かん及び課長通知は適法なものであり合理性を有するものであるから,その目安に基づいて行った,原告からの被保険者資格の確認の請求を却下する旨の処分は妥当である。

  

(原告の主張の要旨)

  

(1) 厚年法9条の「被保険者」

    

厚年法9条は,「適用事業所に使用される70歳未満の者は,厚生年金保険の被保険者とする」と規定している。その上で,「適用除外」を同法12条に限定列挙している。すなわち,厚年法は,雇用期間(同法12条)をメルクマールに,しかも形式的な契約の名称に縛られることなく現実の就労実態に着目した上で,幅広い労働者を被保険者として把握する立場をとっている。そうすると,厚年法が予定している被保険者がいわゆる「正社員」のみでないことは明らかであり,むしろ,「労働者及びその遺族の生活の安定と福祉の向上に寄与すること」を目的とする厚年法の趣旨からは,老後や障害,死亡の場合の生活保障の必要性が高い非正規労働者をできるだけ被保険者として取り扱い,厚年法の保護の範囲に加えるべきである。

    

したがって,原告が「適用事業所に使用される70歳未満の者」に該当し,厚生年金保険の被保険者に該当することは明らかであるから,本件却下処分は違法である。

  

(2) 内かんが違法であること

   

ア 内かんは,法律上の授権を受けることなく,行政機関が発出したものであり,法規命令に当たらないことは明らかである。そうすると,仮に,内かんの行政通達としての法形式が適切であるとした場合,裁量基準としての行政内部の効力が生じる可能性があり得るが,本件では,「被保険者」該当性について行政裁量が認められないため,裁量基準としての効力も認められない。保険料負担者の範囲決定が行政機関の裁量に委ねることは租税法律主義(憲法84条)の趣旨に反する上,法文上も行政裁量が生じるような文言になっていないからである。また,私人の権利義務を確定するだけでなく,地方自治体との関係をも規定する効果を有する決定を,一省庁内部の行政機関が,法律の授権なしに決定することができるとは考えられないという観点からも裁量基準だとは考えられない。

   

イ 被告は,「使用される」という法文の文言から離れて創出した「常用的使用関係」という用語,「生活の安定と福祉の向上」という法の目的から離れて「常用的使用関係」に沿うような趣旨・目的を前提に主張している。

     

しかし,このような趣旨・目的の理解は誤っている。現在,いわゆる非正規労働者が労働者全体の40パーセント近くを占めるようになっており,その中で単身者である低賃金労働者が増加していることは顕著な事実である。こうした低賃金労働者の「生活の安定と福祉の向上」は法の目的とするところであって,これらの労働者を「家族の生計」を支えるに足りる賃金を得ていないということで排除することは法の趣旨に反する。

     

また,使用者負担は厚年法により当然に生じる使用者の義務であり,理念的には使用者が集団として労働者に対してその生活の安定と福祉の向上に寄与する社会連帯責任の一環である。社会保険としての厚生年金保険は,個別企業の福利厚生制度の一つではない。具体的な使用者保険料負担は,短時間就労の場合でも支払賃金に比例して負担するにとどまっており,賃金が標準報酬の下限と比較して極端に低額の場合は別にして,特に過重な負担を使用者に課すものではない。

     

したがって,「常用的使用関係」は「生活の安定と福祉の向上」という厚年法の趣旨とは無関係の用語であり,内かんの違法性を判断する際には,考慮してはならないものである。

   

ウ 仮に,厚年法が,行政に「適用事業所に使用される」者(厚年法9条),「厚生年金保険の被保険者としない」(同法12条)又は同法12条各号該当性についての要件裁量を与えているとしても,この裁量権行使の基準である内かんは,与えられた範囲を逸脱・濫用するもので違法である。

    

(ア) 目的・動機違反

      

法律の趣旨・目的とは異なる目的や動機に基づいて裁量処分がされた場合には,その行政処分は違法となる。内かんにいう「短時間就労者」は,単に1日又は1か月の就労時間が短いというだけであり,使用される期間の長短とは無関係の概念である。そうすると,「短時間就労者」を適用除外とするのは,給付と負担の均衡という動機・目的に基づくものでしかなく,厚年法12条の「臨時的に使用されている者は,使用期間が短いため,必ずしも被保険者の利益とならないことから,適用除外とする」という適用除外の趣旨から明らかに逸脱するもので違法である。

    

(イ) 要考慮事項不考慮・他事考慮の違法

     

a 厚年法12条の規定の趣旨及び同条各号が明確かつ具体的に適用除外対象者を規定していることからすると,要件裁量は,厚年法12条各号が規定する適用除外対象者に類似している者を適用除外とすることに限定されており,この類似性判断についての要件裁量が認められると解するのが合理的であるところ,内かんは,「同種の業務に従事する通常の就労者の所定労働時間及び所定労働日数のおおむね4分の3以上である就労者」を被保険者とする基準を規定しており,厚年法12条各号が規定する適用除外対象者との類似性判断という要考慮事項を考慮せず,他方で本来考慮してはならない「常用的使用関係」や「所定労働時間」等を考慮しており,裁量権を逸脱・濫用した裁量基準であり違法である。

     

b 厚年法12条の趣旨が「給付と負担の均衡を図る」ところにあるとすると,被保険者の「賃金(所得)」はその均衡を検討するに当たって極めて重要な要素である。いわゆるフルタイム労働者に比して著しく低い「賃金(所得)」でなければ不均衡は生じないからである。

       

内かんは,本来重視すべき「賃金(所得)」という極めて重要な考慮要素を一切考慮せず,また本来過大に評価すべきでない「労働時間」を過大に評価するものであり,裁量判断の過程に裁量権逸脱の違法があるといえる。

    

(ウ) 平等原則違反

      

「短時間就労者」には,様々な就労形態,賃金形態があり,いわゆるフルタイムの労働者の半分以上の労働時間で,労働によって生計を立てていると評価できる賃金を得ている労働者も含まれるところ,このような労働者まで適用除外とすることは,厚年法の趣旨に照らして明らかに不合理な差別である。

      

したがって,「4分の3」という労働時間をもって「短時間就労者」といわゆるフルタイム労働者を別異に扱う内かんは,不合理な理由による差別であるため,平等原則(憲法14条)に反する裁量権行使の基準であるため,違憲・違法である。

  

(3) 課長通知が違法であること

    

内かんが違法であれば,当然それに基づく課長通知も違法である。

    

仮に,内かんが適法だとしても,課長通知は,①内かんの趣旨に反して,画一的基準のみを定めていること,②本来比較できない一般従業員と語学講師を比較し,単純な時間数に無理に換算することで比較しようとする不合理な基準設定となっていること,③1日8時間,間断なく授業を行う,というようなフルタイム労働者を「通常の就労者」として設定するという不合理な基準になっていることから,明らかに違法である。

  

(4) 本件却下処分が違法であること

    

原告は,レッスン間の休憩時間中及び始業前の30分間に,質問対応,教材準備等の授業準備をしなければならず,休憩をとることができなかった。そして,Aにおいては近い将来,休憩時間の5分についても給料の支払が予定されていることが明らかにされており,Aとしても,生徒の休憩時間の間も講師が授業準備等をしなければならないことを認識していたといえる。

    

また,1コマ当たりの賃金は,Aからの業績評価によって変動し,授業の事前準備等なくして「いい授業」ができないことが認められ,賃金の減少につながるような準備不足の授業ができないこと,Aから講師による事前準備等を制約するような指示はなく,原告が詳細かつ具体的に事前準備の内容を明らかにしていることからすると,Aが事前準備を黙認し,黙示的に指揮命令していたと考えるのが合理的であること,「いい授業」を提供するのは,講師が提供すべき債務の内容になっているともいえることから,レッスン間の休憩時間中及び始業前の30分間の授業準備等についてAの指揮命令下にあったといえる。

    

よって,原告は,少なくともレッスン前後の5分は,Aの指揮命令下に置かれていたといえ,原告の平成21年8月から同年11月までの月別の総労働時間は,次のとおりとなる。

 

     平成21年8月 130.82時間

     平成21年9月 142.91時間

     平成21年10月 122.95時間

     平成21年11月 126.24時間

    そうすると,内かん及び課長通知を前提としても原告が被保険者に該当することは明らかである。

  

(5) 以上から,本件却下処分は違法であり,取り消されるべきことは明らかである。

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

1 「適用事業所に使用される70歳未満の者」(厚年法9条)の範囲について

  

(1) 厚年法9条は,

 

適用事業所に使用される70歳未満の者は,厚生年金保険の被保険者とする旨を定め,

 

同法12条(平成24年法律第63号による改正前のもの。以下特に断らない限り同じ。)は,

 

同条各号のいずれかに該当する者は,同法9条の規定にかかわらず,厚生年金保険の被保険者としない旨等を定めており,

 

同法12条各号には,臨時に使用される者であって,日々雇い入れられる者(1月を超え,引き続き使用されるに至った場合を除く。)又は2月以内の期間を定めて使用される者(所定の期間を超え,引き続き使用されるに至った場合を除く。)(同条2号),季節的業務に使用される者(継続して4月を超えて使用されるべき場合を除く。)(同条4号)及び臨時的事業の事業所に使用される者(継続して6月を超えて使用されるべき場合を除く。)(同条5号)等が定められている。

    

 

そして,厚年法の規定中,同法12条各号のほかに,適用事業所に使用される者について,厚生年金保険の被保険者に該当しない旨を具体的に定めた明文の規定は見当たらない。

  

(2) もっとも,以下の各点を考慮すると,厚年法12条各号に規定する者以外の全ての労働者が被保険者に該当するということは相当ではないと解される。

   

ア 厚年法による保険給付には,老齢厚生年金,障害厚生年金及び障害手当金並びに遺族厚生年金があり(同法32条),

 

このうち老齢厚生年金の額は,基本的に,被保険者期間における各月の標準報酬月額と標準賞与額との一定率を乗じて算定される(同法20条1項)。

 

また,厚生年金保険事業に要する費用に充てるために徴収される保険料の月額は,標準報酬月額及び標準報酬賞与額にそれぞれ所定の保険料率を乗じて得た額とされ(同法81条),

 

被保険者及び被保険者を使用する事業主は,それぞれ保険料の半額を負担するものとされ(同法82条1項),標準報酬月額は,被保険者の報酬月額に基づき,所定の等級区分によって定めるものとされている(同法20条1項)。

     

このような年金の額及び保険料額の算定の基準となる標準報酬月額は,被保険者の報酬月額に基づき,第1級から第30級までの等級区分によって定められており(同法20条1項),

 

その金額は,最低額である第1級については,報酬月額が10万1000円未満の場合に9万8000円,第2級については,報酬月額が10万1000円以上10万7000円未満の場合に10万4000円,第3級については報酬月額が10万7000円以上11万4000円未満の場合に11万円などと順次定められ,最高額である第30級については,報酬月額が60万5000円以上の場合に62万円とされている(同法20条1項)。

   

イ そして,標準報酬月額は,被保険者が毎年7月1日現に使用される事業所において同日前3月間に受けた報酬の総額をその期間の月数で除して得た額を報酬月額として決定(定時決定)され,その標準報酬月額は,その年の9月から翌年の8月までの各月の標準報酬月額とされている(同法21条1項及び2項)。

 

ただし,被保険者が現に使用される事業所において継続した3月間に受けた報酬の総額を3で除して得た額が,その者の標準報酬月額の基礎となった報酬月額に比べて,著しく高低を生じた場合において,必要があると認めるときは,その額を報酬月額として,その著しく高低を生じた月の翌月から,標準報酬月額を改定することができるとされている(同法23条1項)。

     

また,このような標準報酬月額の定時決定及び報酬月額に著しく高低を生じた場合の標準報酬月額の改定において,標準報酬月額を決定する基礎となる報酬月額を算定するに当たり,報酬支払の基礎となった日数が17日未満の月の報酬を除外するものとされている(同法21条1項,23条1項)。

   

ウ 厚年法が,上記のとおりの標準報酬月額を基礎として年金額や保険料を算定する制度を採用しているのは,被保険者が受ける報酬ごとに保険料額等を計算すると極めて煩雑になるところ,報酬額を実額に近似する一定の額に定型化し,かつ,1年間その標準報酬額を用いることとして,大量の事務を正確かつ迅速に行うためであると解される。

     

そして,上記アのとおり,標準報酬月額の最低額が9万8000円とされているところ,その額を大きく下回るような報酬月額の支払を受けている労働者も被保険者に該当するものとした場合,保険料の半額を負担しなければならない当該労働者及びその事業主に,その労働実態に見合わない過大な負担を負わせることになることからすると,厚年法は,一般にそのような事態を想定しないものとみることができる。

     

また,上記イのとおり,標準報酬月額を決定する基礎となる報酬月額を算定するに当たり,報酬支払の基礎となる日数が17日未満の月の報酬を除外するものとしていることからすると,厚年法は,月に18日以上の勤務日数を有するような労働者を被保険者として想定しているとみることができる。

   

エ さらに,昭和19年法律第21号により名称が厚年法と改められる前の労働者年金保険法については,政府により,その提案の理由として,

 

「惟フニ労働者ハ,自己ノ労働能力ヲ以テ生活維持ノ唯一ノ手段トシテ居ルノデアリマシテ,老齢,廃疾及ビ死亡等,其ノ労働能力ヲ減退又ハ喪失セシメマスル事故ハ労働者ニ取リマシテハ,其ノ生活ヲ不断ニ脅カスモノデアリマスガ,年金保険ノ制度ハ,是等ノ事故ニ際シテ労働者ノ生活ヲ保障シ」旨の説明がされていたことが認められ(乙27,28の2),

 

この説明からすれば,労働者年金保険法は,制定された当初において,自己の労働力を唯一の資本とし,その提供した労働力の対価として得た賃金を生計の基盤として生計を支える労働者を対象とし,これらの者の生活の安定を図ることを目的としていたものであると解される。

  

(3) 以上のとおり,厚年法上の標準報酬月額の最低額の定め方や標準報酬月額を決定する基礎となる報酬月額の算定方法から,同法は,労働者のうち,その報酬月額が標準報酬月額を大きく下回る者や,常に月に17日未満の勤務日数を有するにすぎない者は被保険者として想定していないとみるのが相当であるところ,

 

上記(2)エのとおりの厚年法の前身の労働者年金保険法の沿革や,一般に報酬の額は労働時間の長短に相関するといえることも踏まえると,厚年法は,労働力の対価として得た賃金を生計の基盤として生計を支えるといい得る程度の労働時間を有する労働者を被保険者とすることを想定しており,そのような労働者といえない短時間の労働時間を有する者(以下,単に「短時間の労働者」という。)は,厚年法9条にいう「適用事業所に使用される70歳未満の者」に含まれないというべきである。

    

したがって,厚年法9条にいう「適用事業所に使用される70歳未満の者」には短時間の労働者は含まれないものと解するのが相当である。

    

なお,平成24年8月10日に成立した「公的年金制度の財政基盤及び最低保障機能の強化等のための国民年金法等の一部を改正する法律」(平成24年法律第62号)によって,

 

厚年法12条各号に定める適用除外対象者に加え,一定の短時間の労働時間を有するにすぎない者を適用除外対象者として具体的に定める規定が設けられることとなったところ(平成24年法律第62号3条。

 

同条の規定は,平成28年10月1日から施行される〔同法附則15号〕),これは,厚年法が明確にしていなかった被保険者の対象から除外される短時間の労働者の範囲を具体的に定め,明確にする趣旨が含まれるものとみることができる。

  

 

(4) そして,上記改正後の厚年法が施行される以前においては,厚年法及び同法に関する政省令に被保険者とされない短時間の労働者を判断する具体的な基準についての定めは見当たらないことからすれば,

 

被保険者とされるか否かについては,上記のような趣旨に照らして,個々の事例ごとに,労働日数,労働時間,就労形態,職務内容等を総合的に勘案して判断するべきものと解するのが相当である。

 

 

 

2 内かん及び課長通知について

  

(1) 前提事実(3)のとおり,内かんは,厚生省保険局保険課長(当時)等の連名による都道府県民生主管部(局)保険課(部)長宛ての文書であって,

 

当時の上級行政機関(厚生大臣及び社会保険庁長官)の補助機関が,下級行政機関(都道府県知事)の補助機関に対して,法令の解釈・運用の基準ないし目安を示したものと解される。

 

そして,その内容は,「1日又は1週の所定労働時間及び1月の所定労働日数が当該事業所において同種の業務に従事する通常の就労者の所定労働時間及び所定労働日数のおおむね4分の3以上である就労者については,原則として健康保険及び厚生年金保険の被保険者として取り扱うべきものである」(内かんの2)とした上で,

 

これに該当する者以外の者であっても,「当該就労者の労働日数,労働時間,就労形態,職務内容等を総合的に勘案して認定すべきものである」(同1)とし,この「趣旨に従い,被保険者として取り扱うことが適当な場合があると考えられるので,

 

その認定に当たっては,当該就労者の就労の形態等個々具体的事例に即して判断すべきものである」(同3)とするものであるところ,前述のとおり,厚年法は,常に月に17日未満の勤務日数を有するにすぎない者を被保険者として想定していないものとみられること,

 

「17日未満」は,週休2日で週5日勤務する一般にいわゆるフルタイムの労働者とされる者の労働日数の4分の3未満に当たることなどを踏まえると,

 

同種の業務に従事する通常の労働者の所定労働時間及び所定労働日数のおおむね4分の3以上である労働者については,それだけで厚年法上の被保険者に該当するものとすること自体に不合理な点はなく,

 

それ以外の者についても,上記の趣旨に従って個々具体的事例に即して判断すべきものとしているのであるから,その記載内容をみる限り,前記1(4)で述べた判断の枠組みに反するものではない。

  

 

(2) そして,課長通知は,内かんを踏まえ,語学学校における外国人講師について被保険者とされるか否かの判断に当たっての基準ないし目安を示すものというべきところ,課長通知に例示されたものに該当しない者については,被告の主張するとおり,上記(1)に述べた内かんの趣旨(内かんの1及び3)に即して判断することとなるものとすれば,これについても,その限りにおいて,前記1(4)で述べた判断の枠組みに反するものということはできない。

 

3 原告の具体的な労働日数,労働時間,就労形態,職務内容等について

   

前記1(4)で述べた判断の枠組みに従い,まずは,原告の具体的な労働日数,労働時間,就労形態,職務内容等について検討することとする。

  

(1) 原告の労働日数・時間,就労形態,職務内容等について

    

前提事実,後掲の証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告のAにおける就労の内容等について,次のとおりの事実が認められる。

   

ア 原告とAとの雇用契約の内容等

     

原告は,Aとの間において,英語講師として,1週間で35レッスン(1レッスンは40分)を担当して勤務を行い,それを超えてレッスンを担当した場合には,そのレッスンごとに報酬が加算されるという内容を有する雇用契約を締結していた(甲6,乙4ないし6)。

     

原告とAが平成16年6月15日付けで締結した当初においては,基本給が月額25万円,時間給として,「規定スケジュール外の勤務」が1レッスン当たり1920円,「時間外,超過勤務」が1レッスン当たり2280円,交通費は上限2万5000円として実費が支払われるものとされていた(甲6)。もっとも,その報酬の額は,その業績によって変動するものとされていた(原告本人)。

     

原告は,Aでの勤務によって得られる報酬以外に収入を得ていない(原告本人)。

   

イ 労働日数,レッスン数

     原告の平成21年1月18日から同年10月17日まで(平成21年2月期から同年10月期まで)の労働日数及び担当したレッスンの数は,次のとおりである(甲12ないし14,17)。

 

     平成21年2月期  21日 168レッスン

     平成21年3月期  20日 152レッスン

     平成21年4月期  23日 171レッスン

     平成21年5月期  21日 159レッスン

     平成21年6月期  22日 163レッスン

     平成21年7月期  23日 160レッスン

     平成21年8月期  22日 172レッスン

     平成21年9月期  23日 188レッスン

     平成21年10月期 22日 162レッスン

 

   ウ 報酬の額

 

     原告がAから支給された交通費等を含めた報酬の総支給額(ただし,移動交通費を除く)は,次のとおりである(甲14,21)。

 

     平成21年2月期  34万1780円

     平成21年3月期  31万9860円

     平成21年4月期  31万5913円

     平成21年5月期  31万4320円

     平成21年6月期  30万6780円

     平成21年7月期  31万4748円

     平成21年8月期  34万7320円

     平成21年9月期  35万9438円

     平成21年10月期 30万4892円

 

   エ Aにおける従業員について

 

     Aにおいては,原告のように,1週間に担当するレッスン数を定めた上で,それを超える勤務を行った場合に報酬が加算される雇用形態で就労する者のほか,常勤講師(40H IS)として,1週間の所定労働時間を40時間とし,この所定労働時間を前提とした基本給が支払われ,所定労働時間を超えた部分については,時間給が加算される従業員が存する。常勤講師(40H IS)は,管理職の立場も有しており,講師業務のみを行うわけではない(甲7,乙5)。

 

  

(2) 労働時間について

 

   

ア 原告が平成21年1月18日ないし同年10月17日(平成21年2月期ないし同年10月期)に担当したレッスンの数は,上記(1)イのとおりであるところ,原告は,レッスン間の休憩時間中及び始業前の30分間に,質問対応,教材準備等の授業準備をしなければならず,休憩をとることができないなどとして,少なくともレッスン前後の5分を労働時間に含めるべきである旨主張し,概要次のとおり供述する(陳述書によるものを含む。甲38,原告本人)。

 

    

(ア) 原告は,レッスンの約30分前に教職員室に行き,そこでレッスンを担当する各生徒のフォルダにあるペダカード(各生徒が使用している教材の種類や進行具合が記載されたカード)と生徒の情報が記載された紙を見て,各生徒の進行具合を確認し,教材に照らしてレッスンですべきことを確認し,生徒の仕事などの情報を確認してレッスンの準備をし,教材等を持って教室に行き,レッスンを行う。その準備には,1つのレッスンごとに約10分かかる。

    

(イ) レッスンが終わると,ペダカードにレッスンの記録をする。その記録に要する時間は約30秒である。また,同じ生徒に対し,2つのレッスンが連続で行われる場合が多いところ,その場合でも教職員室に戻ることとなっており,2つめのレッスンで担当講師が変わる場合には,記録したペダカードをその担当講師に渡すこととなる。また,レッスン終了後に生徒から質問がある場合には,それに対し答えることとなり,レッスン終了後も5分は仕事をしていることになる。そして,次のレッスンが違う生徒であれば,その準備をする。レッスンの合間は5分である。

    

(ウ) 生徒が子どものときは,レッスンの前後の各5分の合計10分が労働時間として認められ,賃金が支払われている。

    

(エ) レッスン以外にも,新しい生徒が入るグループについてスタッフと相談をすることや,スタッフが生徒のカウンセリングを受けた場合,そのスタッフの依頼により,その生徒に関するメモを書くこと,スタッフが早く帰った場合には戸締まり等をすること,レッスンのために教材を作成し,レッスンで使用するゲームのための道具を購入することなど,様々な仕事をしている。もっとも,Aから,教材を作成することについて,具体的な指示がされているわけではない。

   

イ 以上の原告の主張や供述を踏まえ,原告が被保険者と認められるか否かの判断に際し,考慮要素となる労働時間について,レッスンを担当している時間に前後の時間等を加えて算定すべきか検討する。

    

(ア) 原告は,レッスン前に,その準備としてペダカードと生徒の情報が記載された紙を見て,各生徒の進行具合を確認し,教材に照らしてレッスンですべきことを確認し,生徒の仕事等の情報を確認してレッスンに臨んでおり,その準備には,レッスンごとに約10分かかる旨供述する。

      

一般に,語学学校において,英語講師がレッスンの前に,原告が供述するように,生徒の進行具合や教材に照らしてレッスンですべきことを確認し,生徒の仕事等の情報を確認するということは,十分考えられることである。また,Aにおいては,生徒ごとに,使用している教材や進行具合等の記載がされたペダカードが存在することが認められるところ(甲30),原告の供述によれば,原告は,各レッスンの準備として一定の時間を割いていたことが認められ,上記のような原告の準備の内容からすると,少なくとも上記の作業に5分は要するものとみることができる。このことに加え,前記のとおり,Aにおいて,講師がレッスンを続けて担当する場合,その合間に5分の間隔があるところ,その5分については,職場を離れることは事実上不可能であることは明らかであり,事実上職場又はその付近にいることが強制されるといわざるを得ないことをも併せ考えると,少なくとも,連続したレッスンの間の5分を含む各レッスン前の5分については,被保険者とされるか否かの検討に当たって考慮すべき労働時間と認めるのが相当である。

    

(イ) 原告は,レッスン終了後,ペダカードにレッスンの記録をするほか,生徒から質問がある場合には,それに対し答えることとなり,その時間のために5分は仕事をしている旨も供述する。しかしながら,原告は,レッスンの記録に要する時間は約30秒にすぎないとも述べており,そうであれば,レッスンの時間内に記載することも可能であると考えられること,レッスン後,常に生徒から質問があると認めるべき証拠等も見当たらないことからすると,その時間を労働時間として認めることはできないといわざるを得ない。

      

また,原告は,レッスンの約30分前に教職員室に行き準備をしている旨,レッスン以外にも仕事をしている旨を供述するものの,それらが,Aから具体的に求められているものであるなど,就労している中で不可避なものであるとまで認めるに足りる証拠は見当たらないといわざるを得ず,原告が供述するような準備等に要する時間を労働時間として考慮すべきということは相当ではない。

    

(ウ) 以上によれば,連続したレッスンの間の5分を含む各レッスン前の5分について,労働時間に算定すべきことになる。

   

ウ そうすると,原告の労働時間については,前記(1)アのとおり,各レッスンの時間は40分であり,上記イのとおり,これに連続したレッスンの間の5分を含む各レッスン前の5分を加えることになるから,レッスン数に45分を乗じた時間を基に算定すべきことになるところ,前記(1)イのとおりのレッスン数を踏まえた原告のAにおける労働時間,及びこれと1週間の所定労働時間を40時間とする常勤講師(40H IS)の労働時間(1月当たり22日勤務するとして176時間)とを比較した値(小数点以下四捨五入。括弧内に記載。)は,次のとおりとなる。

 

     平成21年2月期  126時間(72パーセント)

     平成21年3月期  114時間(65パーセント)

     平成21年4月期  128時間15分(73パーセント)

     平成21年5月期  119時間15分(68パーセント)

     平成21年6月期  122時間15分(69パーセント)

     平成21年7月期  120時間(68パーセント)

     平成21年8月期  129時間(73パーセント)

     平成21年9月期  141時間(80パーセント)

     平成21年10月期 121時間30分(69パーセント)

 

 

4 原告が平成21年8月において厚生年金保険の被保険者と認められるか否かについて

  

(1) 前提事実(2),(5)によれば,①原告について,Aにおける社会保険加入の内部基準に該当しないこととなったことから,平成21年8月1日付けで被保険者の資格を喪失したものとして,その旨の確認がされたこと,②港社会保険事務所長は,同年9月3日付けで,Aに対し,その旨の通知をしたこと,③その後,原告は,Aからの通知を受けたが,上記の資格喪失の確認に対して,これを取り消す旨の不服申立てはしなかったこと,④原告は,同年11月9日,同事務所長に対し,上記の資格喪失の確認に対する不服として,「平成21年8月1日付けの資格喪失の確認」,「引き続き加入中であることを確認したい」などと記載した「健康保険・厚生年金保険被保険者資格確認請求書」(甲1)を提出して,厚年法31条1項の規定による本件確認請求をしたこと,⑤港社会保険事務所長は,同年12月4日付けで,上記の「請求に係る事実がないものと認めました」として,本件確認請求を却下する旨の処分(本件却下処分)をしたことなどが明らかである。そして,上記の資格喪失の確認は,不服申立てがなく,既に確定しているものと解されるところであるが,処分行政庁から(又は事業主を通じて)確認がされたことに対する不服申立ての教示がされた形跡はない(なお,厚年法31条1項の規定に基づく確認の請求は,被保険者の資格の取得又は喪失について,未だ確認の処分がされていないことを前提として,その確認の処分をするよう求めるものと解される。)。

    

また,Aにおける雇用形態は,前記3のとおりであって,かかる事情を踏まえて,前提事実(5)イのとおり,Aにおいては,3か月の期間ごと(平成20年1月までは6か月の期間ごと)に,担当したレッスン数に応じて,被保険者の資格の取得・喪失の見直しをしているところであって,被保険者の資格を喪失した直後に資格を取得(再取得)することもあり得ることになる。

    

そうすると,厚年法31条1項の規定による確認の請求は,同法18条1項の規定による被保険者の資格の取得又は喪失の確認(処分)をすることを求めるものであって,本来,原告としては,上記の資格喪失の確認に対して不服申立てをして,かかる確認(処分)の取消しを求めるべきであったことになるが,上記のような事情にも照らすと,本件確認請求については,「引き続き加入であることを確認したい」としていることをもって,原告が平成21年8月に被保険者の資格を取得(再取得)したことの確認を求めているものとして検討をすることとする。

  

(2) そこで,上記のような見地から,原告が平成21年8月において厚生年金保険の被保険者と認められるか否かについて検討する。

   

ア Aにおける厚生年金保険を含む社会保険の加入・喪失についての内部基準は,前提事実(5)ア,イのとおりであって,これによれば,上記内部基準においては,教師が担当する1か月のレッスン数を基に,3か月間ごとに加入・脱退の見直しをするものとされ,その中で,3か月間のうち1か月で198レッスン以上担当した場合は,社会保険に加入することができるものとされていたほか,教師が6か月連続して1か月当たりのレッスン数が176レッスンを下回った場合は,資格を喪失する旨の運用が行われていたところ,Aのような語学学校においては,教師が担当するレッスン数が月ごとに変動するものであることを考慮すると,被保険者の資格の有無を判断するに当たり,一定の期間を考慮することには合理性があるということができる。したがって,本件においても,労働時間については,上記のとおり,対象となる平成21年8月の前6か月及び後3か月についてみることとする。

   

イ 前提事実(5)ア,イのとおり,Aにおける内部基準においては,1か月当たり198レッスンあるいは176レッスンという値を判断基準の要素として取り入れており,1レッスン当たり40分として労働時間を計算すると,198レッスンは132時間,176レッスンは117.3時間となり,これらは,常勤講師(40H IS)の労働時間が1か月当たり176時間であるのと比較すると,198レッスンは,その4分の3,176レッスンは,その3分の2に相当するものとなる。

     

そして,上記アの期間における原告の労働時間についてみると,レッスン前の5分を加えた場合の原告の労働時間は,前記3(2)ウのとおりであって,平成21年7月期までの6か月間(同年2月期ないし同年7月期)の原告の1か月当たりの労働時間は,常勤講師(4H IS)の労働時間と比して,順に,72パーセント,65パーセント,73パーセント,68パーセント,69パーセント,68パーセントに相当し,6か月の平均でみると69パーセントに相当することとなる。また,原告の平成21年8月期からの3か月間(平成21年8月期ないし同年10月期)の1か月当たりの労働時間は,73パーセント,80パーセント,69パーセントに相当し,3か月の平均でみると74パーセントに相当することとなるところ,原告の労働時間は,①平成21年7月期までの6か月間,②平成21年8月期からの3か月間のいずれにおいても,その平均は,常勤講師(4H IS)の労働時間の3分の2を超えており,特に②の期間は,4分の3に極めて近似していることを指摘することができる。

     

また,教師が6か月連続して1か月当たりのレッスン数が176レッスンを下回った場合は,資格を喪失する旨のAの運用について,労働時間を基礎にして引き直してみると,教師が6か月連続して1か月当たりの労働時間が常勤講師の労働時間の3分の2を下回った場合は社会保険の資格を喪失するというものになるところ,かかる運用に照らしてみても,上記①期間について,これを下回ったのは平成21年3月期の1か月のみであるから,レッスンの前の5分を加えた場合の労働時間でみれば,Aの内部基準においても,平成21年8月において資格を喪失するには至らなかったということができる。

     

さらに,前提事実(5)ア(ウ)dのとおりのAにおける社会保険の加入に係る内部基準について,労働時間を基礎にして引き直すと,3か月の期間のうちで,1か月でも常勤講師の労働時間(176時間)の4分の3に相当する132時間以上の労働時間を有する場合は,社会保険に加入することができるというものになるところ,原告の平成21年8月期からの3か月のうち,平成21年9月期の労働時間は,141時間であって,常勤講師の労働時間の4分の3を超えることとなるから,原告は,平成21年8月期において社会保険に加入することができたことになる。

   

ウ そして,原告の労働日数は,平成21年2月期から同年10月期まで,いずれの月においてもおおむね22日であって,常勤講師のものと変わらないものといえる。

     

また,原告の報酬の月額は,平成21年2月期ないし平成21年10月期において,1か月当たり30万4892円ないし35万9438円であり,いずれの月においても標準報酬月額の最低額を大きく上回り,かつ十分に生計を支えるといい得る程度の額ということができる。さらに,このような報酬の額に加え,原告が平成16年6月15日にAと雇用契約を締結して以後継続的に就労していることから,その雇用関係は安定していると評価することができる。

   

エ 以上に述べたところによれば,原告は,平成16年6月にAとの間で英語講師として雇用契約を締結した後,継続的に相応のレッスンを担当していたところ,

 

原告の労働時間については,内かんの2によれば直ちに厚生年金保険の被保険者に該当するということにはならないものの,

 

平成21年7月期までの6か月,同8月期からの3か月のいずれにおいてみても,

 

常勤講師(4H IS)の労働時間と比較して4分の3に近似するものであった上,

 

Aの内部基準を労働時間を基礎に引き直してみれば,同年7月期までの間において,被保険者の資格を喪失するには至らなかったことになるとともに,

 

同年8月期において被保険者の資格を取得することができたことになる。

 

そして,このことに加え,上記各期間において,原告の労働日数は,常勤講師(4H IS)のものと変わりがなかったこと,その報酬の額も,標準報酬月額の最低額を大きく上回っており,十分に生計を支えるこができる額であったこと,

 

事業主との雇用関係も安定していると評価することができることなど,労働日数,労働時間,就労形態,職務内容等を総合的に勘案すると,

 

平成21年8月当時において,原告について,短時間の労働者として被保険者から除外するということは相当ではないというべきである。

 

そうすると,原告は,本来,同月の前後を通じて,厚生年金保険の被保険者の資格を有していたものとみるべきであって,このことを,前記(1)で述べたところに照らし合わせてみると,原告は,平成21年8月1日付けで被保険者の資格を喪失したものとされ,その旨の確認がされているものの,

 

同日において,被保険者の資格を取得(再取得)したものと認めることができるというべきであるから,

 

原告は,同月において,「適用事業所に使用される70歳以上の者」に該当するというべきである。

 

 

5 以上より,原告が「適用事業所に使用される70歳以上の者」に該当することを否定し,原告の被保険者の取得の確認請求を却下した本件却下処分は,違法なものであるといわざるを得ない。これと異なる被告の主張は,これまで述べたところに照らし,採用することができない。

 

 

第4 結論

   以上の次第であって,原告の請求は,理由があるからこれを認容することとして,主文のとおり判決する。

    東京地方裁判所民事第3部

        裁判長裁判官  舘内比佐志

           裁判官  荒谷謙介

           裁判官  宮端謙一