偽装結婚の罪責

 

 

 

 

 

 電磁的公正証書原本不実記録,不実記録電磁的公正証書原本供用被告事件、京都地方裁判所判決/平成28年(わ)第1267号、平成28年(わ)第1315号、平成29年(わ)第29号、判決 平成29年3月17日、LLI/DB 判例秘書登載について検討します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 被告人を懲役1年6月に処する。

 未決勾留日数中50日をその刑に算入する。

 この裁判確定の日から3年間その刑の執行を猶予する。

 本件公訴事実中,平成28年12月21日付け起訴状記載の公訴事実については,被告人は無罪。

 

       

 

 

 

 

理   由

 

(罪となるべき事実)

 

 中華人民共和国の国籍を有する外国人である被告人は,日本人の配偶者等の在留資格を得るため婚姻を偽装しようと考え,

 

A及びB(B)と共謀の上,

 

平成27年2月10日,京都市伏見区深草向畑町93番地1所在の京都市伏見区役所深草支所において,

 

Aを夫とし,被告人を妻として婚姻する旨の内容虚偽の婚姻届等を提出して受理させ,

 

よって,これを同支所から愛知県一宮市本町2丁目5番6号所在の愛知県一宮市役所に送付させ,

 

同月25日頃,同市役所において,情を知らない同市役所市民健康部市民課住基戸籍グループ戸籍担当職員に,

 

権利義務に関する公正証書の原本として用いられるAの戸籍の原本である電磁的記録にその旨不実の記載をさせ,

 

これを同市役所に設置されたサーバーに備え付けさせ,もって公正証書の原本としての用に供したものである。

 

 

 

 

(証拠の標目)

 括弧内の甲乙の数字は証拠等関係カード記載の検察官請求証拠番号を示す。

    被告人の公判供述

    被告人の警察官調書(乙34ないし37)

    Bの警察官調書(甲42)及び同抄本(甲43,44)

    Aの警察官調書(甲36,37)

    Cの警察官調書(甲22)

    Dの警察官調書(甲25)

    捜査関係事項照会回答書(甲19)

    戸籍全部事項証明書(甲21)

    写真撮影報告書(甲24)

 

(法令の適用)

罰条

 電磁的公正証書原本不実記録の点につき   刑法60条,157条1項

 不実記録電磁的公正証書原本供用の点につき 刑法60条,158条1項,157条1項

科刑上一罪の処理              刑法54条1項後段,10条

(手段結果の関係,犯情の重い不実記録電磁的公正証書原本供用罪の刑で処断)

刑種の選択                 懲役刑選択

未決勾留日数の算入             刑法21条

刑の執行猶予                刑法25条1項

訴訟費用の不負担              刑事訴訟法181条1項ただし書

 

 

 

(量刑の理由)

 

 

 本件は,在留資格を延長するため,交際相手等と共謀し,日本人男性との間に偽装結婚を成立させたという事案である。

 

 本件の量刑に当たって考慮した事情は,次のとおりである。

 

 

1 被告人に不利な事情

 (1) 動機に同情の余地はなく,計画的な犯行である。

 (2) 現に在留資格が延長された上,出産した子が日本人の戸籍に記載される事態も生じている。

 

2 被告人に有利な事情

 (1) 被告人が事実を認め,反省している。

 (2) 前科前歴がない。

 

3 以上を総合して,今回は,懲役刑を選択した上でその執行を猶予することが相当であると判断した。

 

 

(一部無罪の理由)

 

 本件公訴事実中,「被告人がB及びAと共謀の上,平成28年7月26日,伏見区役所深草支所において,被告人とBの間に出生した男児を被告人とAとの間に出生したもののように装った内容虚偽の出生届を提出して受理させ,これを愛知県一宮市役所に送付させ,同月28日頃,同市役所において,情を知らない担当職員にAの戸籍の原本である電磁的記録にその旨不実の記載をさせ,これを同市役所に設置されたサーバーに備え付けさせて公正証書の原本としての用に供した」との点については,その事実自体は認められるものの,以下の理由から,罪とならないものと判断した。

 

 出生届は,戸籍法上,その届出が義務付けられている報告的届出である(同法49条1項)。

 

 民法上,妻が婚姻中に懐胎した子については夫の子と推定され,更に婚姻後200日を経過後又は離婚から300日以内に出生した子については,妻が婚姻中に懐胎した子と推定され(民法772条1項,2項),

 

これら二重の推定を受ける子については,戸籍事務上,たとえその子が夫の子でない場合であっても,夫の子として届け出ることが義務付けられていて,これとは異なる記載の出生届は受理されない。

 

 

 本件においては,被告人とAとの間の婚姻届の提出が平成27年2月10日になされ,それから200日を経過した後の平成28年7月20日に被告人がBとの間の男児を出産したことが認められる。

 

 

被告人とAとの間の婚姻届の提出は,被告人に在留資格を得させるためのもので,婚姻の実体はなく,両名の婚姻は無効であるから,被告人の出産した男児について民法772条の嫡出推定を受けることはないが,

 

戸籍事務の担当者は,出生届の添付書類及び戸籍簿からの形式的な審査を行うだけで,婚姻の有効性についての審査権限を持たないため,嫡出推定を受ける子と同様に,Aの子としての出生届以外の出生届は受理されない状況であったと解される。

 

 

 検察官は,被告人らにおいて,戸籍法114条あるいは同法116条に基づいて婚姻に関する戸籍の訂正を申請した上で,上記男児を非嫡出子として出生届を提出することが可能であり,そのような措置をとらずに上記男児をAの子として出生届を提出することは,虚偽の申立に当たると主張する。

 

 

 このうち,戸籍法114条による戸籍訂正については,家庭裁判所での戸籍訂正許可審判を得る必要があるところ,

 

家庭裁判所が許可できるのは,原則として,訂正事項の無効が明白で,かつ,軽微である場合に限られると解されており,

 

本件のように婚姻の無効が問題となっている場合は,これに該当しないから,被告人らにおいて,同条による戸籍訂正を経ることは不可能であったと解される。

 

 

 他方,戸籍法116条による戸籍訂正については,その前提として婚姻無効確認訴訟の認容判決(もしくはこれに代わる合意に相当する審判)があれば可能である。

 

 

しかし,判決には裁判所の判断を経る必要があり,訴訟を提起する者の一存だけで取得できるものではない上,認容判決の確定までには相応の期間を要するから,これを待って出生届を提出したのでは,戸籍法49条1項所定の期間内に届出をすることは実質的に不可能である。

 

 

検察官は,真実の身分関係に合致した内容の出生届を提出するために訴訟手続を行っていることは,正当な理由に該当し,過料の制裁を科されることはないと主張するが,

 

そうした事情で過料の制裁が免ぜられることがあるとしても,出生届の義務を消滅させるものではないし,

 

訴訟手続等の間,子の出生届がなされないままとなる事態が望ましいとは思われない。

 

 

婚姻無効の当事者の一方が子を出産した場合,婚姻に関して戸籍訂正を行った上で非嫡出子としての出生届を提出しても,嫡出子としての出生届を提出した後に婚姻に関する戸籍訂正をしても,同様の効果が得られるのであり,

 

 

戸籍法が当事者に前者を選択すべき義務を課しているとは解されず,そのような義務を定めた他の法令も見当たらない。

 

 

よって,本件においては,被告人らにおいて,検察官が主張するような戸籍訂正を経る義務を負担していたとは解されない。

 

 

出生届の届出義務を履行するには,その時点の戸籍簿の記載に応じて,受理される形式で出生した子の出生届を提出すれば足ると解するのが相当である。

 

 

 そうすると,被告人が出産した男児をAの子として出生届を提出したことは,義務の履行としてなすべき行為をしたものであったと解され,

 

これをもって内容虚偽の届出に当たるということはできない。

 

 

Aの嫡出子ではない上記男児が同人の子として戸籍簿に記載されたという結果は,偽装結婚の効果にすぎないのであって,出生届以降の行為をもって新たな電磁的公正証書原本不実記録,同供用の罪に問うことはできない。

 

 よって,刑事訴訟法336条により,無罪の言い渡しをする。

 

 

(求刑 懲役2年)

  平成29年3月17日

    京都地方裁判所第1刑事部

           裁判官  坪井祐子