行政書士成年後見人・不法領得の意思

 

 

 

 業務上横領被告事件、横浜地方裁判所判決/平成27年(わ)第1319号、判決 平成28年4月15日、LLI/DB 判例秘書登載について検討します。

 

 

 

 

 

判示事項

 

 

 家庭裁判所の審判により成年後見人に選任された被告人が、被成年後見人のために業務上預かり保管中の銀行預金を横領したという事案につき、専ら成年後見人としての報酬及び被成年後見人の葬儀関連費用に充てる目的であったとの被告人の弁解が排斥され、不法領得の意思が認められた事例

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 被告人を懲役2年6月に処する。

 この裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予する。

 

       

 

 

 

 

 

 

 

理   由

 

(罪となるべき事実)

 

 被告人は,行政書士であり,

第1 家庭裁判所の審判により,A(以下「A」という。)の成年後見人に選任されて,Aの財産管理等の業務に従事していた者であるが,横浜市西区南幸1丁目3番2号所在の株式会社横浜銀行横浜駅前支店に開設されたA名義の普通預金口座の預金をAのために業務上預かり保管中,平成25年3月19日,同支店において,自己の用途に費消する目的で,ほしいままに,同口座から,現金500万円を,同市西区北幸1丁目2番1号所在の株式会社みずほ銀行横浜駅前支店に開設された被告人名義の普通預金口座に振込送金し,もって横領した。

 

 

第2 家庭裁判所の審判により,B(以下「B」という。)の成年後見人に選任されて,Bの財産管理等の業務に従事し,平成26年1月16日午前6時17分頃,Bが死亡した後は,Bの相続財産を相続人等に引き継ぐまでの間,引き続きBの相続財産の管理等の業務に従事していた者であるが,同市旭区鶴ヶ峰2丁目21番地所在の株式会社横浜銀行鶴ヶ峯支店に開設されたB名義の普通預金口座の預金をBの相続人のために業務上預かり保管中,同日午後2時32分頃,同支店において,自己の用途に費消する目的で,ほしいままに,同口座から,現金500万円を,同市港南区上大岡西1丁目6番1号所在の株式会社横浜銀行上大岡支店に開設された被告人名義の普通預金口座に振込送金し,もって横領した。

 

 

(証拠の標目)

 以下,括弧内の甲・乙を付した数字は証拠等関係カードの検察官請求証拠番号を,弁を付した数字は同カードの弁護人請求証拠番号をそれぞれ示す。

○ 判示全部の事実について

・ 第1回ないし第3回公判調書中の被告人の各供述部分

○ 判示第1の事実について

・ 被告人の検察官調書(乙14)

・ C(甲1)およびD(甲8)の各警察官調書抄本

・ 捜査関係事項照会回答書謄本(甲3,甲5)

・ 電話通信紙(甲6)

・ 捜査報告書(甲15)

○ 判示第2の事実について

・ 被告人の検察官調書(乙22)

・ E(甲17)およびD(甲24)の各警察官調書抄本

・ 回答書(甲19)

・ 捜査関係事項照会書に関する回答書(甲21)

・ 電話通信紙(甲22,23)

・ 捜査報告書(甲32)

 

 

 

(事実認定の補足説明)

第1 争点

 本件の争点は,被告人に不法領得の意思が認められるかである。

 すなわち,判示第1のうち,

 

Aの成年後見人に選任されていた被告人が,

 

平成25年3月19日,横浜銀行横浜駅前支店に開設されたA名義の普通預金口座(以下「Aの本件口座」という。)から,

 

みずほ銀行横浜駅前支店に開設された被告人名義の普通預金口座(以下「被告人のみずほ銀行口座」という。)に500万円を振込送金したこと

 

(以下「本件振込送金①」という。),判示第2のうち,Bの成年後見人に選任されていた被告人が,

 

平成26年1月16日,横浜銀行鶴ヶ峯支店に開設されたB名義の普通預金口座(以下「Bの本件口座」という。)から,

 

横浜銀行上大岡支店に開設された被告人名義の普通預金口座(以下「被告人の横浜銀行口座」という。)に500万円を振込送金したこと

 

(以下「本件振込送金②」という。)については,争いがなく,証拠上も明らかであるが,

 

弁護人は,被告人がこれらの送金をした意図は,その各金員を,専ら,成年被後見人の葬儀関連費用および被告人の成年後見人としての報酬に充てることにあり,

 

被告人は残りの金員を相続人との間で精算するつもりであったから,不法領得の意思は認められない旨主張し,被告人も公判廷で同主張に沿う供述をする。

 

 

 そこで,当裁判所が,判示のとおり,被告人に業務上横領罪の成立を認めた理由を補足して説明する。

 

 

 

第2 判示第1の事実について

 

1 関係証拠によれば,争点を判断する前提として,次の事実が認められる。

 

(1) 被告人は,平成22年4月20日,横浜家庭裁判所の審判により,Aの成年後見人に選任され,Aの財産管理等の業務に従事していた(甲8)。

 

(2) 被告人は,Aの推定相続人の一人であるF(Aの実妹。以下「F」という。)から,Aの余命がわずかであることを知らされたところ,平成25年3月19日,Fの承諾を得ずに本件振込送金①をしたが,その際,窓口で対応した銀行員に対し,老人ホームの代金である旨の虚偽の取引理由を説明した(甲1,11,12)。

 

(3) Aは,平成25年3月28日に死亡し,同年4月1日にその葬儀が行われたが,被告人は,同葬儀に関連して70万2632円を支払った(甲8,弁1,10~15)。

 

(4) 被告人は,平成25年4月8日,横浜家庭裁判所に対し,Aの財産目録やAの本件口座の通帳の写し等を提出するとともに,成年後見人としての報酬の付与を申し立てたが,提出された同財産目録や同通帳の写しには,本件振込送金①による同口座の残高の減少は反映されていなかった(甲8)。

 

(5) 横浜家庭裁判所は,平成25年4月25日,Aの財産の中から,成年後見人報酬として被告人に250万5300円を与える旨の審判をした(甲8)。

 

(6) 被告人のみずほ銀行口座は,被告人が,クレジットカードの利用代金,ローンの返済,保険料の支払い等に使用していたものであり,

 

本件振込送金①の直後,同口座の残高は875万2513円であったところ,

 

その後,被告人の給与等が入金されたが,

 

支払い等によって同残高は漸減し,

 

平成25年4月26日に同口座からの出金総額が500万円を超え

 

(被告人が,本件とは別に,同月2日にAの本件口座から出金して,同月10日にFへ送金した500万円を除く。),同年8月29日には同残高がマイナスとなった(甲5,15)。

 

 

(7) 被告人は,平成27年7月8日に本件により逮捕されたが,その後の同年9月7日になって,Fとの間で示談書を交わし,本件振込送金①の件を含め,Aの財産に関して精算を行った(弁1)。

 

 

2 以上を前提に,本件振込送金①について,被告人の不法領得の意思の有無を検討する。

 

(1) 被告人のみずほ銀行口座は,被告人が個人の支払い等に使用してきた,

 

いわゆる生活口座であるところ,

 

被告人は,同口座を本件振込送金①の送金先にして,

 

本件振込送金①に係る500万円を被告人の預金と混同させている上,

 

混同後の同口座の預金の使途先を見ても,

 

被告人が,Aのために支出したと認められるのは,葬儀関連費用70万2632円のみであり,

 

その余は被告人の個人的な用途等に費消されている。

 

 

 (2) 被告人は,本件振込送金①に際し,

 

銀行側に虚偽の取引理由を告げ,

 

家庭裁判所にAの財産目録やAの本件口座に係る通帳の写しを提出する際には,

 

本件振込送金①による残高の減少が反映されていないものを提出して,

 

実質的に虚偽の報告をしている。

 

 

 そして,被告人において,Aのために本件振込送金①をするのであれば,

 

事前にFと相談し,その同意を得るなどの手順を踏むはずであるのに,

 

被告人はそうした手順を踏んでおらず,それができなかったような事情もない。

 

 

 

(3) 被告人は,本件振込送金①について,

 

公判廷で,Aが間もなく死亡することを知り,Aの本件口座が凍結される前に,Aの葬儀関連費用および被告人の成年後見人としての報酬を確保するために本件振込送金①に及んだものであり,自己の用途に費消する意図は全くなかった旨供述する。

 

 

 しかしながら,被告人が,捜査段階では,Aの死亡後に必要となる葬儀代を,Aの銀行口座が凍結される前に引き出しておくという趣旨もあったが,

 

その余は自分で使うために本件振込送金①をした旨供述していたこと(乙14),

 

被告人は,Aの葬儀関連費用および成年後見人報酬として見込んだ額は,多くて約400万円であった旨述べているが,

 

本件振込送金①の500万円はこれを大きく超えていることなどに照らしても,

 

自己の用途に費消する意図がなかったとする被告人の公判供述は,信用できない。

 

 

 そもそも,成年後見人の報酬は,家庭裁判所が,後見人および被後見人の資力その他の事情によって,被後見人の財産の中から,相当な報酬を後見人に与えることができるものであり(民法862条),

 

具体的な金額は,審判で決められるのであるから

 

(家事事件手続法39条,別表第一の13項。なお,被告人も,家庭裁判所の審判がないのに,成年後見人の報酬を受けることが許されないことは知っていた旨供述している。),

 

仮に,後見人において,相応の報酬を受けられることが確実視される状況にあったとしても,

 

それを確保するために,後見人が被後見人の財産に手を付けるようなことが正当化される余地はないというべきである。

 

 

 また,葬儀関連費用については,確かに,被告人が,Aの死期が迫っていることを知ってすぐに本件振込送金①に及んでいることや,

 

Aの死後,実際に同費用を支払っていることなどから,

 

本件振込送金①の時点において,被告人に,500万円の一部をAの葬儀関連費用に充てる意図があったことは否定できない。

 

 

 しかしながら,同時点で,具体的な葬儀関連費用の金額等が確定していたわけではなく,

 

被告人としても葬儀関連費用として100万円ないし150万円程度という大まかな見通しを有していたにすぎないし,

 

被告人において葬儀関連費用を支払うことが確定していたわけでもない。

 

また,被告人の供述する葬儀関連費用の金額が本件振込送金①の送金額500万円に占める割合も,

 

2割ないし3割程度と小さい。

 

そうすると,被告人は,本件振込送金①に係る500万円の一部をAの葬儀関連費用に充ててAの用途に支出することもあると考えていたとはいえ,

 

基本的には自己の用途に費消する意図であったのであり,

 

同送金時点において,上記のとおり葬儀関連費用の支出は,多分に未確定であったことなどにも照らすと,

 

500万円全額について不法領得の意思があったと認めるのが相当である。

 

 

 この点,被告人は,公判廷で,

 

 

本件振込送金①の後に,Aの本件行口座から500万円を出金してその葬儀関連費用および被告人の成年後見人報酬に充てることにつき,

 

Fから事後に承諾を得た旨供述するが,

 

Fはこれを否定するところ,

 

 

 

被告人の同供述を前提としても,事後的に承諾を得たことが,本件振込送金①をした当時の被告人の意思内容を推測させるわけではないし,

 

被告人が個人的な用途に費消することについてFが承諾したものでないことも明らかであるから,被告人の供述する点は,上記認定を左右しない。

 

 

 

 なお,弁護人は,預かり保管中の他人の預金を自己名義の口座に振込送金しても,直ちに補填する意思および能力があれば,不法領得の意思は否定される旨の主張をしているところ,

 

 

他人の預金の一時的な流用が,不法領得の意思を欠くとされる場合はあるとしても,

 

本件では,被告人が,逮捕されるまでの2年余りの間,Fとの間で本件振込送金①に関する精算をしていない事実に照らして,弁護人の同主張は採用できない。

 

 

 

第3 判示第2の事実について

 

1 関係証拠によれば,争点を判断する前提として,次の事実が認められる。

 

(1) 被告人は,平成21年3月31日,横浜家庭裁判所の審判により,Bの成年後見人に選任され,Bの財産管理等の業務に従事しており,平成26年1月16日午前6時17分頃にBが死亡した後は,Bの唯一の相続人であるG(Bの実姉。以下「G」という。)のために相続財産の管理等の業務に従事していた(甲24)。

 

(2) 被告人は,同日午後2時32分頃,Gの承諾を得ず,本件振込送金②をしたが,その際,窓口で対応した銀行員に対し,老人ホームの入所資金の頭金である旨の虚偽の取引理由を伝えた(甲17,29)。

 

(3) 被告人は,同日から同月28日にかけて,Bの医療費等として13万5540円を支出するなどし,同月19日には,Bの葬儀に関連して158万7100円を支出したが,その際にGに対して「葬儀のお金とか必要でしょうから,弟さんの口座から500万円をおろしました」などと伝えた(甲29,弁5)。

 

(4) 被告人は,平成26年10月1日,横浜家庭裁判所に対し,Bの財産目録やBの本件口座の通帳の写し等を提出するとともに,成年後見人としての報酬の付与を申し立てたが,同財産目録には,本件振込送金②が行われた同年1月16日より前である平成25年12月27日時点の同口座の残高が記載され,同通帳の写しも同日までの取引が記帳されたものであった(甲24)。

 

(5) 被告人の横浜銀行口座は,県会議員をしていた被告人の後援会事務所の賃借料や駐車場使用料金の支払い等に使用されていた。

 

また,本件振込送金②の直後,同口座の残高は500万0645円であったところ,その後,同口座は,出金が入金を上回って残高が漸減し,平成26年6月2日には同口座からの出金総額が500万円を超え,残高は100万円を割った(甲21,32)。

 

(6) Gは,平成26年11月,被告人に対し,相続が終わったので,預けている500万円を精算したい旨と伝えると,

 

被告人は,同月24日付け書面で「預かり金500万円のうち200万円ほど使った。成年後見人報酬として150万円ほど預からせて欲しい」旨回答した(甲29)。

 

 

(7) 横浜家庭裁判所は,平成27年3月17日,Bの財産の中から,成年後見人報酬として被告人に110万8000円を与える旨の審判をした(甲24)。

 

 

(8) 被告人は,同年9月11日になってGとの間で本件振込送金②に係る未精算金を概ね精算した(弁5)。

 

 

 

2 以上を前提に,本件振込送金②について,被告人の不法領得の意思の有無を検討する。

 

(1) まず,被告人が,本件振込送金②によって,Bの成年後見人としての報酬を確保しようとしたとする点は,本件振込送金①に関して述べたとおり,被告人に不法領得の意思があったとの認定に影響を及ぼすものではない。

 

(2) また,本件振込送金②は,Bの死亡直後に行われており,

 

その後実際に被告人がBの葬儀関連費用を支払っていることからすれば,本件振込送金②についても,本件振込送金①と同様,被告人は,500万円の一部をBの葬儀関連費用に充てるとの意図を持っていたと認められるが,

 

本件振込送金①について述べたのと同様の理由から,被告人には,本件振込送金②に係る500万円全額について,不法領得の意思があったと認めるのが相当である。

 

 

(法令の適用)

 被告人の判示第1および第2の各所為はいずれも刑法253条に該当するところ,以上は同法45条前段の併合罪であるから,同法47条本文,10条により犯情の重い判示第2の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役2年6月に処し,情状により同法25条1項を適用してこの裁判が確定した日から4年間その刑の執行を猶予することとする。

 

(量刑の理由)

 被告人が本件で横領した金額は,合計1000万円と多額である上,本件により被告人を成年後見人に選任した家庭裁判所の信頼を著しく損なったことや,犯行の社会的な影響も看過できない。

 被告人は,主として,自己の遊興費等に充てるために本件各犯行に及んだものであって,横領した金員の一部を葬儀関連費用に充てる意図をも有しており,実際に支出したことを考慮しても,動機に酌量の余地は乏しく,被告人の刑事責任は相当に重い。

 そこで,被告人が横領した金員を弁償し,被害者らも被告人を宥恕していること,本件により行政書士として活動できなくなるなど,社会的制裁を受けたこと,妻がいること,被告人に前科はないことなど,酌むべき事情を考慮して,被告人を主文の刑に処した上,今回に限りその刑の執行を猶予することとした。

 よって,主文のとおり判決する。

(求刑 懲役3年)

 

  平成28年4月15日

    横浜地方裁判所第6刑事部

        裁判長裁判官  松田俊哉

           裁判官  並河浩二

           裁判官  関口 恒