ひっそりと出生、生活、成育された子

 

 

 

 

 

 退去強制令書発付処分取消等請求控訴事件、東京高等裁判所判決/平成28年(行コ)第281号、判決 平成28年12月6日、LLI/DB 判例秘書登載について検討します。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 本件控訴を棄却する。

 2 控訴費用は控訴人の負担とする。

 

       

 

 

 

事実及び理由

 

第1 控訴の趣旨

 1 原判決を取り消す。

 2 東京入国管理局長が控訴人に対して平成26年7月1日付けでした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく控訴人の異議の申出には理由がない旨の裁決を取り消す。

 3 東京入国管理局主任審査官が控訴人に対して平成26年8月1日付けでした退去強制令書発付処分を取り消す。

 

 

第2 事案の概要

 

 1 控訴人は,タイ王国(以下「タイ」という。)の国籍を有する男性であり,タイの国籍を有するA(以下「一審原告母」という。)が,寄港地上陸の許可を受けて本邦に入国し,許可された期限を超えて不法残留をしていた際,平成12年1月21日に一審原告母とタイ人男性との間において出生した。

 

   本件は,控訴人が,一審原告母とともに,在留の許可を求めて,東京入国管理局(以下「東京入管」という。)に出頭したが,東京入管入国審査官から,出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)24条7号に定める強制退去事由に該当し,かつ,出国命令対象者に該当しない旨を認定されたため(入管法47条3項),口頭審理を請求したところ,東京入管特別審理官からこの認定に誤りがないと判定された(入管法48条8項)ので,法務大臣に異議の申出をした(入管法49条1項)が,その権限の委任を受けた東京入管局長から,異議の申出には理由がない旨の裁決(入管法49条3項。以下「本件裁決」という。)がされた上,その通知を受けた東京入管主任審査官から退去強制令書の発付処分(入管法51条。以下「本件退令処分」という。)を受けたことから,在留特別許可を付与しないでした本件裁決は,その判断に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用があるから違法であり,本件退令処分も,違法な本件裁決に基づくものであるから違法であるなどと主張して,被控訴人に対し,本件裁決及び本件退令処分の取消しを求めた事案である。

 

   原判決は,本件裁決は裁量権の範囲の逸脱やその濫用はなく適法であり,したがって,本件退令処分もまた適法であるから,控訴人の請求はいずれも理由がないと判示して,その請求をいずれも棄却したところ,これを不服とする控訴人が控訴をした。

 

   なお,一審原告母は,控訴人とともに,上記と同様の手続を経て,東京入管局長による異議に申出には理由がない旨の裁決及び東京入管主任審査官による退去強制令書の発付処分を受けたため,東京地方裁判所に上記裁決及び発付処分の取消訴訟(平成27年(行ウ)第41号)を提起し,控訴人の本件訴訟(平成27年(行ウ)第56号)と併合して審理され,その結果,控訴人と同じく請求棄却の判決を受けたが,控訴をせずに,平成28年9月15日,日本国からタイに向けて出国した。

 

 2 前提事実,争点及び争点に関する当事者の主張の要旨は,次の3のとおり原判決を補正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第2 事案の概要」の1から3まで(原判決2頁25行目から13頁末行まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

 

 3 原判決の補正

  (1) 原判決3頁19行目の「本件各裁決及び本件各退令処分に至る経緯等」を「本件裁決及び本件退令処分に至る経緯等」と改める。

  (2) 原判決2頁末行,3頁20行目,24行目,4頁3行目,4行目,7行目,9行目,10行目,12行目,14行目,16行目,21行目から22行目,23行目,24行目,25行目及び5頁2行目の「原告ら」をいずれも「一審原告母及び控訴人」と改める。

  (3) 原判決4頁19行目の「本件各裁決」を「それぞれ異議の申出には理由がない旨の裁決(以下,「本件裁決」及び一審原告母に係る裁決を併せて「本件各裁決」という。)」と改める。

  (4) 原判決4頁22行目の「本件各退令処分」を「それぞれ退去強制令書の発付処分(以下,「本件退令処分」及び一審原告母に係る発付処分を併せて「本件各退令処分」という。)」と改める。

  (5) 原判決4頁末行の「原告らは,現在,いずれも仮放免中である。」を「控訴人は,現在,仮放免中であり,一審原告母は,原判決の言渡しの後の平成28年9月15日,自費出国許可を受け,日本国からタイに向けて出国した。」と改める。

  (6) 原判決5頁4行目及び7行目の「本件各裁決」をそれぞれ「本件裁決」と改める。

  (7) 原判決5頁5行目の「本件各退令処分」を「本件退令処分」と改める。

  (8) 原判決5頁8行目,6頁20行目,24行目,8頁20行目,21行目,9頁3行目,4行目,6行目,11頁7行目,13頁6行目,7行目,11行目及び19行目の「原告ら」をそれぞれ「控訴人」と改める。

  (9) 原判決8頁末行の「本件各裁決」を「本件裁決」と改める。

  (10) 原判決13頁7行目及び末行の「本件各裁決」を「本件裁決」と改める。

  (11) 原判決13頁18行目及び末行の「本件各退令処分」をそれぞれ「本件退令処分」と改める。

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

 1 当裁判所も,本件裁決及び本件退令処分はいずれも適法であるから,控訴人の請求はいずれも理由がないと判断する。その理由は,次の2のとおり原判決を補正するほかは,原判決の「事実及び理由」欄の「第3 当裁判所の判断」の1及び2(14頁2行目から30頁25行目まで)に記載のとおりであるから,これを引用する。

 

 2 原判決の補正

  (1) 原判決14頁2行目の「本件各裁決」を「本件裁決」と改める。

  (2) 原判決19頁14行目の「原告ら」を「一審原告母及び控訴人」と改める。

  (3) 原判決19頁23行目の「原告ら」を「控訴人」と改める。

  (4) 原判決19頁末行から25頁5行目までを削除する。

  (5) 原判決25頁6行目の「イ」を「ア」と改める。

  (6) 原判決25頁23行目の「前記アのとおり,」から24行目の「踏まえ,」までを「控訴人の監護養育を担う立場にある一審原告母については,当初から不法就労により金銭を稼ぐ目的をもって,ブローカーの手引きによる用意周到な計画を利用し,寄港地上陸許可制度を悪用して本邦に入国し,約18年もの長期にわたる不法残留に及んだ上,その間に外国人登録法上の登録を行わず,売春を含めた不法就労を継続していた等の重大な消極要素の存在を踏まえ,」と改める。

  (7) 原判決26頁22行目及び28頁11行目の「原告子に係る」をそれぞれ削除する。

  (8) 原判決27頁2行目の「本件各裁決」を「本件裁決」と改める。

  (9) 原判決28頁10行目の「原告らは,」を「控訴人は,」と改める。

  (10) 原判決28頁23行目の「本件各裁決」を「本件裁決」と改める。

  (11) 原判決29頁2行目から8行目までを削除する。

  (12) 原判決29頁9行目の「また,原告子についても,」を「以上の検討を踏まえると,控訴人については,」と改める。

  (13) 原判決29頁11行目の「本件各裁決時」を「本件裁決時」と改める。

  (14) 原判決29頁17行目,18行目及び21行目の「原告ら」をそれぞれ「控訴人」と改める。

  (15) 原判決29頁19行目の「上記アないしウに説示した」を「上記で説示した」と改める。

  (16) 原判決29頁24行目の「前記(1)ア及びイにおいて説示した」を「前記で説示した」と改める。

  (17) 原判決30頁5行目,8行目,9行目,19行目及び24行目の「本件各裁決」をそれぞれ「本件裁決」と改める。

  (18) 原判決30頁18行目及び24行目の「本件各退令処分」をそれぞれ「本件退令処分」と改める。

 

 

 

 3 控訴人は,在留特別許可ガイドライン(以下「ガイドライン」という。)は,在留特別許可に関する透明性,公平性を高める趣旨で公表されたものであり,ここで示された基準から大きく離れた判断は,特段の事情がない限り,平等原則又は比例原則に反するものとして,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用を基礎づけるとした上,長期不法滞在はその消極要素として掲げられておらず,むしろ積極要素として位置づけられており,また,出頭申告が積極要素に当たることは明らかであって,控訴人については,ガイドラインの積極要素しか存在せず,消極要素は全くないのであるから,在留特別許可を付与しなかった本件裁決が,平等原則又は比例原則に反するものとして,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たると主張する。

 

 

   しかしながら,在留特別許可に関する判断は,法務大臣(及びその権限を委任された地方入国管理局長。以下「法務大臣等」という。)に極めて広範な裁量権に委ねられているものであって,その判断が違法とされるのは,判断が全く事実の基礎を欠き,又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど,法務大臣等に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した場合に限られるところ,

 

ガイドラインは,このような法務大臣等の裁量権を前提として,在留特別許可の判断に当たり,積極要素又は消極要素として考慮される事項を類型化して,いわば判断の目安として例示したものである。

 

その判断に当たっては,個々の具体的な事案ごとに応じて,個別の要素やその他の諸事情を総合的に考慮し,その許否が決せられるものであるから,たとえガイドラインで示された実例の積極要素又は消極要素に一定の共通性が見いだせるとしても,それがそのまま一義的な判断基準となるものではなく,法務大臣等がその判断に際して,ガイドラインに拘束されることはないというべきである。

 

そうすると,ガイドラインで示された事例と当該事案を比較対照して,共通の要素があるにもかかわらず,ガイドラインの事例と判断を異にするからといって,直ちに平等原則や比例原則に反するとはいうことができないのであり,裁量権の範囲の逸脱又はその濫用を基礎づける事情にはならないものである。

 

 

   そして,不法残留や不法滞在の期間が長期に及ぶほど,入管法違反の違法性の度合いが大きいことはいうまでもなく,定着性の問題とは裏腹の関係にはあるが,これを積極要素として評価することは到底できないのであって,

 

本件において,日本国で出生した控訴人自身の帰責性がないとしても,客観的に見れば,不法滞在の期間が長期に及んでおり,その間における一審原告母及び控訴人の生活状況や,その他の諸事情を総合して勘案した上,控訴人が東京入管に任意に出頭申告したという事情を考慮しても,なお,在留特別許可を付与しなかったことが,法務大臣等に委ねられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したとはいうことができない。

 

   したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。

 

 

 4 控訴人は,原判決には控訴人の置かれた状況に関する事実の誤認があると指摘し,とりわけ控訴人が本国であるタイに帰国した場合の適応について,学術的研究によれば,異文化になじむことができず,学習言語の取得にも時間を要し,貴重な青春期を棒に振る結果になるおそれがあり,言語学の専門家の意見によってもこれが裏付けられており,刑罰的な本質を有するともいわれる退去強制によって,本邦で生まれ育った控訴人が受ける不利益は甚大であるなどと主張する。

 

   しかしながら,原判決の事実認定は,原判決掲記の証拠に照らして正当としてこれを是認することができるし,その事実の評価も正当としてこれを是認することができる。

 

 

そして,原判決の認定事実によれば,控訴人は,出生以来,長野県内や山梨県内等を転々としていた一審原告母と行動を共にし,幼稚園や小学校に通うことなく,一審原告母のタイ人仲間の限定されたコミュニティの中で,ひっそりと生活して成育されていたものであって,

 

地域社会との交わりは希薄であったことがうかがわれる。

 

そして,12歳になってようやく,外国人支援団体の協力を得て,日本語の読み書きを本格的に修得し,地元の甲府市内の中学校2学年に編入され,本件裁決後の昨春に定時制の県立高校に進学をしているところ,

 

学校生活を中心として一般社会と広く交流するようになったのは,比較的近時のことであって,

 

その生活歴を見ると,社会への定着性の点において,必ずしも地域社会に根付いて強固な関係を築いていたとまではいい難い。

 

また,控訴人は,幼い頃より一審原告母とは日常生活においてタイ語で会話をしており,その読み書きができなくとも,タイ語を用いた意思疎通は可能であって,

 

本件裁決当時は14歳といまだ可塑性に富む年代にあり,日本語の基本的な読み書きを短期間のうちに習得した学習意欲及びその能力や,学校生活への順応で示された適応能力の高さを考えれば,

 

本国であるタイに帰国した場合の生活に困難を来すようなおそれが大きいとはいうことができない。

 

むしろ,これまでの日常生活では,一審原告母が控訴人の身の回りの世話をしていた状況にあり,一審原告母とは離れて暮らすことは難しいとされており,

 

その身上監護の点からは,依然として一審原告母と生活を共にすることが必要な状態にあったということができる。

 

 

また,本国であるタイには,一審原告母の実父と兄弟がいるほか,控訴人の異父兄姉に当たる一審原告母の長男及び長女も既に成人してそれぞれ独立して生活を営んでおり,

 

一審原告母が必要であればその協力を求めることができると述べていることを考えれば,控訴人を受け入れる環境が全くないわけではない。

 

そのほか,原判決が指摘する諸事情を含めて総合して考慮すれば,控訴人に対して,退去強制に通常伴うことが想定される不利益や不都合をはるかに超えた著しい不利益を与えるおそれがあるとは認め難く,

 

在留特別許可を付与することなく本件裁決をしたことが,全くの事実の基礎を欠き,又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるということはできず,

 

本件裁決が法務大臣等の裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してされたとは認められない。控訴人が当審において提出した言語学上の知見に基づく意見を参酌しても,上記の判断を左右しない。

 

 

   そのほか,控訴人が縷々主張する点を踏まえて,本件証拠を総合的に検討しても,本件裁決が違法にされたことを認めるに足りる証拠はなく,本件裁決は適法であって,これに基づく本件退令処分も適法であるといわなければならない。

 

   したがって,控訴人の上記主張は採用することができない。

 

 5 以上によれば,原判決は相当であって,本件控訴は理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。

 

    東京高等裁判所第19民事部

        裁判長裁判官  小林昭彦

           裁判官  飯塚圭一

           裁判官  石垣陽介