技能実習生の受入先の有償紹介

 

 

 

 

 職業紹介料返還請求控訴事件、 東京高等裁判所判決/平成22年(ネ)第5465号、判決 平成22年11月24日、判例タイムズ1373号184頁について検討します。

 

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 行政書士が外国人との間で締結した,当該外国人とは別の外国人の研修及び技能実習生としての受入れ先を有償で紹介すること等を内容とする契約が,職業安定法30条1項に違反して無効であるとされた事例

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 本件控訴を棄却する。

 2 控訴費用は,控訴人の負担とする。

 

       

 

 

 

事実及び理由

 

第1 控訴の趣旨

 1 原判決を取り消す。

 2 被控訴人の請求を棄却する。

 3 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。

 

 

 

 

第2 事案の概要

 

 1 本件は,日本在住のバングラデシュ人である被控訴人が,

 

 

①被控訴人と控訴人は,平成19年4月20日,被控訴人のバングラデシュ人の知人10人を受益者とし,控訴人が外国人研修生の受入れ機関である日本企業を一人当たり60万円で紹介するという第三者のためにする契約を締結した(以下「本件職業紹介契約」という。),

 

②被控訴人は,前払金として200万円を支払った,

 

③ア 本件職業紹介契約は職業安定法及び行政書士法に違反して無効である,

 

イ 被控訴人は知人らに控訴人の紹介で6か月以内に研修生として来日してもらうことができるものと誤信していたから,本件職業紹介契約は錯誤により無効である,

 

ウ 本件職業紹介契約は消費者契約法4条1項1号,2項により取り消す,

 

エ 行政書士業務の委託契約が成立しているとしても控訴人は何らの行政書士業務を行っていないから訴状において解除したと主張して,

 

 

控訴人に対し,不当利得返還請求権に基づいて,200万円及びこれに対する平成19年4月21日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による利息の支払を求める事案である。

 

 

 原審は,被控訴人の請求を,200万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成21年2月14日から支払済みまで年5分の割合による利息の支払を求める限度で認容し,その余の請求を棄却したところ,控訴人が控訴した。

 

 

 したがって,当審における審理の対象は,200万円及びこれに対する平成21年2月14日から支払済みまで年5分の割合による利息請求の当否である。

 

 

 

2 本件における当事者の主張は,下記3に控訴人の当審における主張を付加ないし補足するほかは,原判決の「事実」欄の第2の1項から3項まで(原判決2頁1行目から同6頁21行目まで。ただし,原判決4頁18行目の「被告は原告に対し」を「被控訴人は控訴人に対し」に改める。)に記載のとおりであるから,これを引用する。

 

 

 

3 控訴人の当審における主張

  

 

(1) 被控訴人は,形式上は契約当事者であっても,実質的には単に200万円の授受に関与しただけであるから,実質的には代理人ないし仲介人というべきである。不当利得における損失は,代理人たる被控訴人ではなく,本人たる受益者に生じるものというべきであるところ,本訴提起について被控訴人が授権を受けた証拠はない。

  

(2) 研修生受入れ機関の選定までの行為と出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)上の申請行為とを分け,後者だけを行政書士の業務行為として,報酬も後者についてだけ発生するというのは誤りである。前者についても当然旅費,日当,報酬等をもらっても問題はない。行政書士の業務は,行政書士法で定められているが,これは非行政書士にはできない業務を列挙したものであり,行政書士が他の業務を行うことまで禁止するものではない。

  

(3) 控訴人は,研修生受入れ業務に当たっている甲野太郎(以下「甲野」という。)に相談したり,自己の費用負担で甲野とバングラデシュを訪問したり,また,日本の受入企業(事業組合を含む。)を探したり,JITCOへも足を運んだりしたのに,被控訴人が送出手続をすることができなかったために本件職業紹介契約が失敗に終わったもので,控訴人に債務不履行の帰責事由はない。

 

 

4 職業安定法の定め

  

(1) 30条1項

 有料の職業紹介事業を行おうとする者は,厚生労働大臣の許可を受けなければならない。

  

(2) 32条の3第1項

 第30条第1項の許可を受けた者(以下「有料職業紹介事業者」という。)は,次に掲げる場合を除き,職業紹介に関し,いかなる名義でも,実費その他の手数料又は報酬を受けてはならない。

 

① 職業紹介に通常必要となる経費等を勘案して厚生労働省令で定める種類及び額の手数料を徴収する場合

 

② あらかじめ厚生労働大臣に届け出た手数料表(手数料の種類,額その他手数料に関する事項を定めた表をいう。)に基づき手数料を徴収する場合

  

 

(3) 32条の3第2項

 有料職業紹介事業者は,前項の規定にかかわらず,求職者からは手数料を徴収してはならない。ただし,手数料を求職者から徴収することが当該求職者の利益のために必要であると認められるときとして厚生労働省令で定めるときは,同項各号に掲げる場合に限り,手数料を徴収することができる。

  

(4) 64条

 次の各号のいずれかに該当する者は,これを1年以下の懲役又は百万円以下の罰金に処する。

 ① 第30条第1項の規定に違反した者

 (以下略)

 

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

 

1(1) 被控訴人が日本在住のバングラデシュ人であること,控訴人が行政書士であること,平成19年4月20日に被控訴人が控訴人に対し200万円を交付したことは当事者間に争いがない。

  

 

(2) 上記争いのない事実及び証拠(甲1,3)並びに弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

 

 

ア 被控訴人は,日本在住のバングラデシュ人であり,有限会社Aというレストラン会社のオーナーである。

 

被控訴人は,平成16年ころから控訴人に上記会社の会計書類記帳代行事務等を委託していた。

 

控訴人は,行政書士であり,有料職業紹介事業の許可は受けていない。

 

 

イ 被控訴人は,平成19年3月,

 

控訴人から,「日本に来て働きたい被控訴人のバングラデシュ在住の知人を日本に呼ばないか。

 

受入れ機関は控訴人が紹介する。

 

日本に来れば初年度で12万円位の金額を稼げるし,

 

2年目3年目はもっと稼げるから一人当たり100万円ではどうか。」,

 

 

「6か月もあれば知人らに研修先の企業を紹介できる。

 

日本での手続は全部やってあげる。」などと言われた。

 

 

その後,初年度には6万円程度しか取得できないことが判明し,

 

結局,一人当たり60万円で契約を締結する方向となった。

 

控訴人と被控訴人は,研修生として来日しても問題のない人物かどうか面接するためにバングラデシュを訪問することにした。

 

控訴人は,被控訴人に対し,60万円のうち20万円を前払いするよう求めた。

 

 

 

ウ 被控訴人は,バングラデシュの知人に電話をし,

 

「6か月ほどで研修先を紹介できるので,もし日本に研修生として来て就労したければ自分たちが面接に行く。日本に来るには前金として日本円で20万円かかる。」旨伝えたところ,3日ほどで話が広まり,約15人の希望者が集まった。

 

 

エ 控訴人と被控訴人は,平成19年3月25日から同月30日までバングラデシュを訪問し,上記約15人と面談した。上記約15人のうち日本円で20万円相当額を準備できた10人については研修生として受け入れることに問題がないという結論になり,被控訴人は,上記10人からバングラデシュの通貨で20万円相当額を集金した。

 

 

オ 控訴人と被控訴人は,同年4月20日,控訴人が被控訴人らの知人10人に対し,研修生として1年間就業した後技能実習生として2年間就業する受入れ機関を紹介するとともに在留資格認定証明書交付申請,在留資格変更許可申請等の手続(以下「入管法上の申請手続」という。)を行う,

 

被控訴人が控訴人に対し知人一人当たり60万円を支払い,うち20万円は前払いとする旨の契約を締結し(本件職業紹介契約),

 

被控訴人は,バングラデシュの知人らから集金した金員に為替手数料等による不足分約5万円を加えて200万円を控訴人に支払った。なお,上記報酬につき委託事項による内訳等は定められていない。

 

 

カ 控訴人と被控訴人は,同年9月19日,中国からの研修生を受け入れている協同組合に所属し,研修生の受入れについて被控訴人が無償で助言を受けていた甲野と共に,現地の産業状況を踏まえて研修にふさわしい職種を確認するとともに,来日予定者の日本語の習得状況を確認するため再度バングラデシュを訪問し,来日予定者と面談した。

 

その際,控訴人は,被控訴人の知人数名に研修機関を紹介できるから現在の仕事を辞めてもかまわないなどと伝えたため,現実に仕事を辞めて本格的に日本語学校に通い始めた者もいた。

 

なお,控訴人の事務所にはアルバイトをしているネパール人がいるところ,ネパールにも日本での研修を望んでいる者が大勢いることから,控訴人は,上記バングラデシュ訪問の際に甲野と共にネパールも訪問した。

 

 

 

キ 控訴人が当初話していた6か月が経過したが,何度催促しても控訴人が一向に研修先を紹介してくれないため,

 

被控訴人は,平成20年5月25日,被控訴人の姉や甲野らに立ち会ってもらって品川駅近くのパン・パシフィックホテル品川のレストランで控訴人と話合いをし,研修先を紹介できないのならば前払金を返金してほしいと申し入れたところ,控訴人は,同年6月末までに返金すると約束した。

 

 

ク 被控訴人は,控訴人からの返金がないため,同年8月12日,甲野と共に控訴人の事務所を訪問して返金を求めたが,控訴人は,

 

 

「預り金名目で受領した200万円は着手金であり返金を要しないことが法律上認められているから返金はしない。

 

一日当たり6万円の日当がかかる。」

 

 

として返金を拒否するとともに,

 

「まだ会社を探して動いている。きのこ会社,建設会社などいくつかは企業が決まっていてバングラデシュでの手続が終わればすぐ呼べる。」

 

などと言ったが,具体的な会社名は言わなかった。

 

 

 

ケ 被控訴人は,同年12月2日,控訴人に対し,200万円の返還等を求める本件訴訟を提起した。

  

 

 

(3) 上記認定事実によると,控訴人は,被控訴人から,一人当たり60万円の報酬を受けるのと引換えに,バングラデシュ人が研修・技能実習制度を利用して本邦で就労できるよう受入れ先の企業等を紹介するとともに入管法上の申請手続を行うことを受任したものと認められる。

 

そして,バングラデシュから呼び寄せる人員の数は特に定められておらず,現に前払金を準備できた者として10人もの人数の来日が予定されていたこと,

 

控訴人はネパールからも研修生を受け入れることを計画していたことに照らすと,

 

控訴人には反復継続して研修生に受入れ先企業を紹介する意思があったものと認めるのが相当であるから,

 

控訴人は事業として本件職業紹介契約を締結したものといわざるを得ない。

 

 

 

2 ところで,証拠(甲4)によれば,

 

外国人の研修・技能実習制度については,以下のとおり認められる。

 

 

 

外国人の研修制度と技能実習制度は,一連の制度として本邦において技術等を修得し,開発途上国等の人材育成に貢献するという共通の目的を有する。

 

もっとも,研修制度は,「研修」という在留資格で本邦に滞在し,学習の一環として技術等を修得する制度であり,

 

研修生は労働者ではないから,受入れ機関は報酬を支払うことはできず,

 

我が国での生活に要する実費を弁償するものとして研修手当を支給できるのみである。

 

 

これに対し,技能実習制度は,研修で一定程度の技術等を修得したと認められる者が,

 

在留資格を「特定活動」に変更した上で,

 

研修を行っていた受入れ機関と同一の機関と雇用契約を結び,

 

生産現場での労働を通じてより実践的な技術等を修得する制度であり,

 

技能実習生は労働者であるから,受入れ機関は労働関係法規を遵守した賃金を支払わなければならない

 

(なお,研修・技能実習制度により外国人は研修での滞在期間1年と技能実習の滞在期間2年を併せて最長3年間本邦に滞在できることになる。)

 

 したがって,技能実習生は労働者というべきであるから,技能実習の予定のある研修生の受入れについては職業安定法の適用があるものと解される(甲6参照)。

 

 

そうすると,本件において,

 

控訴人は,有料職業紹介事業の許可を受けていないにもかかわらず,

 

被控訴人の知人らに有料で職業を紹介しようとして本件職業紹介契約を締結したものであるから,

 

本件職業紹介契約は職業安定法30条1項に違反するものといわざるを得ない。

 

 

ところで,平成11年法律第85号による改正前の職業安定法(32条1項本文)では,有料職業紹介事業においては,

 

営利の目的のために,労働者の能力,利害,妥当な労働条件の獲得,維持等を顧みることなく労働者に不利益な契約を成立させるという弊害がみられたことから,

 

有料職業紹介事業を原則禁止していたところ,

 

上記改正法は,厳しい雇用失業情勢のもとで労働者の雇用の安定を図っていくために,

 

労働力需給のミスマッチを解消し,失業期間の短縮を図るという観点に立って,有料職業紹介事業を認めるとともに,

 

労働者の保護が十分に確保されるよう上記事業を行うについては厚生労働大臣の許可を要するとしたものである。

 

また,職業安定法30条1項違反については刑事罰も規定されている。これらの点に照らすと,同項に違反する契約は無効というべきである。

 

 

 

 本件職業紹介契約は,職業の紹介のほか入管法上の申請手続も委託事項とされているものであるところ,

 

上記認定事実によれば,本件職業紹介契約においては,報酬につき委託事項による内訳等は定められていない上,

 

職業の紹介と入管法上の申請手続が一連の一括・一体的なものとして委託されているのであるから,

 

入管法上の申請手続を委託事項とする部分を含む本件職業紹介契約の全体が無効というベきである。

 

 

 

 以上によると,本件職業紹介契約は職業安定法30条1項に違反して無効であるから,

 

控訴人は被控訴人に既に受領した200万円を返還する義務がある

 

(なお,仮に職業の紹介を委託事項とする部分に限り本件職業紹介契約を無効と解する場合には,上記認定事実,証拠(乙1,6)及び弁論の全趣旨によれば,

 

被控訴人が控訴人に支払った200万円の報酬は,

 

職業の紹介を委託事項とする部分についての報酬と認めるのが相当であるから,

 

控訴人は被控訴人に対し不当利得として200万円の返還義務を負うものである。)。

 

 

また,控訴人は,悪意の受益者というべきであるから,

 

民法704条により受領の時から年5分の利息を付加して被控訴人に支払うべきものである

 

(ただし,当審の審理の対象は,平成21年2月14日以降の利息請求の当否である。)。

 

 

 なお,控訴人は,被控訴人は実質的には代理人であるから,本件訴訟は任意的訴訟担当に当たって不適法であると主張するが,

 

上記認定事実によると,被控訴人は,バングラデシュの知人らの代理人として本件職業紹介契約を締結したものではなく,

 

本人として締結したことは明らかである。

 

したがって,不当利得返還請求権の主体は被控訴人にほかならないから,控訴人の上記主張は採用することができない。

 

 

3 結論

 

 よって,原判決(請求認容部分)は,結論において相当であり,本件控訴は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。

 

 (裁判長裁判官・下田文男,裁判官・宇田川基,裁判官・足立 哲)