90万円の「職業能力特訓講座」(料理の盛り付け,陳列及び皿洗い)

 

 

 

 

 退去強制令書発付処分取消等請求事件、東京地方裁判所判決/平成26年(行ウ)第432号、判決 平成28年1月27日、LLI/DB 判例秘書登載について検討します。

 

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 在留資格の変更や在留期間の更新を受けずに期間経過後も在留し,退去強制令書の発付処分を受けた原告(ネパール国籍)が,原告は退去強制事由(入管法24条4号イ)に該当せず,該当しても原告には帰責性等がなく,在留を特別に許可すべきであるとして,本件処分等の取消しを求めた事案。①入管法49条1項による異議の申出が理由がないとする本件裁決の適法性,②本件退去命令発付処分の適法性が争点。裁判所は,原告は,自らの在留資格では,飲食店などで就労することができないことを知りながら従事しており,原告の主張は採用できないとし,本件退去強制命令発付処分も適法であるとして,請求を棄却した事例

 

 

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 原告の請求をいずれも棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       

 

 

 

 

 

事実及び理由

 

第1 請求

 1 東京入国管理局長が平成26年8月19日付けで原告に対してした出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)49条1項の規定による異議の申出が理由がないとの裁決(以下「本件裁決」という。)を取り消す。

 2 東京入国管理局(以下「東京入管」という。)主任審査官が平成26年8月25日付けで原告に対してした退去強制令書の発付の処分(以下「本件退令発付処分」という。)を取り消す。

 

 

 

第2 事案の概要

   本件は,ネパール連邦民主共和国(以下「ネパール」という。)の国籍を有する外国人の男性である原告が,原告に係る退去強制の手続において,入管法24条4号イ所定の退去強制事由(いわゆる資格外活動)に該当することを前提として,同法69条の2の規定に基づき法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長(以下,法務大臣及び法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長を総称して,「法務大臣等」という。)から本件裁決を受けるとともに,東京入管主任審査官から本件退令発付処分を受けたことにつき,原告は上記の退去強制事由に該当せず,該当しても原告に帰責性等はないこと等からすれば,原告については在留を特別に許可すべきであって,本件裁決には,裁量権の範囲から逸脱し,又はこれを濫用した違法があり,また,本件退令発付処分にも違法があるとして,本件裁決及び本件退令発付処分の各取消しを求める事案である。

 

 

 

1 前提事実(証拠を掲記しない事実は争いがない。なお,(4)の事実は当裁判所に顕著である。)

  

 

(1) 原告の身分事項

    原告は,1980年(昭和55年)○月○○日にネパールにおいて出生した同国の国籍を有する外国人の男性である。

  

 

(2) 原告の入国及び在留の状況

   

ア 原告は,平成20年3月31日,福岡空港に到着し,福岡入国管理局福岡空港出張所入国審査官から,入管法所定の在留資格を留学とし,在留期間を2年とする上陸許可の証印を受け,本邦に上陸した(乙1)。

   

イ 原告は,平成22年3月2日,在留期間の更新を申請し,同月9日,在留期間を1年とする在留期間の更新を受けた(乙1)。

   

ウ 原告は,平成23年3月23日,在留期間の更新を申請し,同年4月20日,在留期間を1年とする在留期間の更新を受けた(乙1)。

   

エ 原告は,平成24年3月21日,在留資格を留学から特定活動に変更する旨の在留資格の変更を申請し,同年4月2日,在留資格を特定活動(就職活動)とし,在留期間を6月とする在留資格の変更を受けた(乙1)。

   

オ 原告は,平成24年9月3日,在留期間の更新を申請し,同月25日,在留期間を6月とする在留期間の更新を受けた(乙1)。

   

カ 原告は,平成25年3月29日,在留資格を特定活動から人文知識・国際業務に変更する旨の在留資格の変更を申請した(乙1,2)

   

キ 東京入国管理局長は,平成25年5月27日,原告に対し,「次の理由から在留資格の変更を適当と認めるに足りる相当の理由があるとは認められません。」,「申請に係る活動が「人文知識・国際業務」の在留資格に係る出入国管理及び難民認定法別表第一の下欄に定められている活動に該当するとは認められません。」,「従事しようとする業務が,人文科学の分野に属する知識を必要とする業務,外国の文化に基盤を有する思考若しくは感受性を必要とする業務のいずれにも該当するとは認められません。」との理由により,前記カの申請を許可することができないこと,申請の内容を出国準備を目的とする申請に変更するのであれば,その旨の申出書を提出する必要があることなどを記載した「通知書」(乙3。以下「本件通知書」という。)を交付した(乙1,3)。

   

ク 原告は,平成25年5月27日,前記カの申請の内容を出国準備を目的とする在留資格の変更の申請に変更する旨の申出書を提出し,同日,在留資格を特定活動(出国準備)とし,在留期間を30日とする在留資格の変更を受けた(乙1)。

   

ケ 原告は,平成25年6月17日,在留資格を特定活動から人文知識・国際業務に変更する旨の在留資格の変更を申請した(乙1)。

   

コ 原告は,平成25年8月13日,前記ケの申請の内容を,在留資格を短期滞在に変更する旨の在留資格の変更の申請に変更する旨の申出書を提出し,同日,在留資格を短期滞在とし,在留期間を90日とする在留資格の変更を受けた(乙1)。

   

サ 原告は,平成25年8月13日,在留資格を短期滞在から人文知識・国際業務に変更する旨の在留資格の変更を申請し(以下,この申請を「本件資格変更申請」という。),同日,在留資格を人文知識・国際業務とし,在留期間を1年とする在留資格の変更(以下「本件資格変更許可」という。)を受けた。

   

シ 原告は,在留期間の更新又は在留資格の変更を受けないで,在留期間の末日である平成26年8月13日を経過して本邦に残留した(乙1)。

  

 

 

 

(3) 本件裁決及び本件退令発付処分に至る経緯等

   

ア 原告は,平成26年3月28日から,株式会社A(以下「A社」という。)が経営し,東京都中央区に所在する飲食店である「□□食堂」(以下「本件食堂」という。)において,その従業員として飲食店の業務に従事していたところ,同年6月20日,自身の居住地において,東京入管入国警備官らによる摘発を受けるとともに,入管法違反(資格外活動)の罪に係る被疑者として,警視庁築地警察署警察官に逮捕された(なお,この逮捕に係る被疑事件については,同年7月11日,公訴を提起しない処分がされた。乙1,4,8,9)。

   

イ 東京入管入国警備官は,平成26年7月9日,原告が,本邦に在留中の同年3月28日から同年6月20日までの間,本件食堂において,飲食店の従業員としての報酬を受ける活動(以下「本件活動」という。)に従事し,もって入管法19条1項の規定に違反して報酬を受ける活動を専ら行っていると明らかに認められる者である旨を容疑事実とし,同法24条4号イ(資格外活動)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,東京入管主任審査官から収容令書の発付を受けた(乙1,7)。

   

ウ 東京入管入国警備官は,平成26年7月11日,前記イの収容令書を執行し,原告を東京入管収容場に収容した(乙1,7)。

   

エ 東京入管入国警備官は,原告につき違反調査をし,平成26年7月11日,原告を入管法24条4号イに該当する容疑者として東京入管入国審査官に引き渡した(乙1,5,6,8~10)。

   

オ 東京入管入国審査官は,原告につき審査を行い,その結果,平成26年7月31日,原告が入管法24条4号イに該当すると認定し,原告にその旨を通知したところ,原告は,同日,東京入管特別審理官に対し口頭審理の請求をした(乙1,11~14)。

   

カ 東京入管主任審査官は,平成26年8月4日,原告に係る収容期間を30日延長した(乙1,7)。

   

キ 東京入管特別審理官は,平成26年8月15日,原告につき口頭審理を行い,その結果,前記オの認定が誤りがないと判定し,原告にその旨を通知したところ,原告は,同日,法務大臣に対し異議の申出をした(乙1,15の1,16,17)。

   

ク 東京入国管理局長は,平成26年8月19日,前記キの異議の申出について本件裁決をするとともに,同日,東京入管主任審査官にその旨を通知した(乙1,18,19)。

   

ケ 前記クの通知を受けた東京入管主任審査官は,平成26年8月25日,原告にその旨を通知するとともに,本件退令発付処分をし,東京入管入国警備官は,同日,本件退令発付処分に係る退去強制令書を執行して,原告を東京入管収容場に収容した(乙1,20,21)。

   

コ 原告は,平成26年10月15日,入国者収容所東日本入国管理センターに移収された(乙1,21)。

   

サ 入国者収容所東日本入国管理センター所長は,平成27年6月22日,原告を仮放免した(乙24,25)。

  

(4) 本件訴えの提起

    原告は,平成26年9月9日,本件訴えを提起した。

 

 

 

 

2 争点

  (1) 本件裁決の適法性

  (2) 本件退令発付処分の適法性

 

 

 

3 争点に関する当事者の主張

  

(1) 争点(1)(本件裁決の適法性)について

   

 

(原告の主張の要点)

   

ア 事実経過

    

(ア) 原告は,平成24年3月31日,専門学校△△を卒業し,その後,独自に就職活動を行ったが,芳しくなく,以前に紹介されていたB株式会社(以下「B社」という。)に相談した。

      

そして,原告は,平成25年2月頃,C株式会社(以下「C社」という。)が提供するとされた「就職能力特訓講座」を代金合計94万5000円で申し込み,

 

同月19日,同社との間で,「就職能力特訓講座の受講に関する基本契約書」(甲7)に記載のとおりの契約を締結した。

 

同契約は,契約期間が1年間で,8日間のトレーニングやインターンシップ制度等を内容とするものであった。

 

上記の契約に係る契約書には,「内定保証」が明記されており,また,B社のJ氏は,原告に対し,100パーセントの就職を保証する旨を述べた。

 

他方,同契約に係る覚書(甲8)には,原告は,就職先や業務内容について,合理的な理由なくC社の指示を拒否してはならないことも記載されていた。

      

原告は,上記の契約を締結した後,平成26年2月1日までの間,C社に対して,合計81万9000円を支払ったが,残金は支払えていない。

      

原告は,平成25年3月16日,上記の契約に係る「就職能力特訓講座」を修了したものとされたが,実際には,「特訓コース」は僅か6日間であり,インターンシップ制度もなかった。

      

また,原告は,この間,B社のあっせんにより株式会社D(以下「D社」という。)の社員に採用が内定し,前提事実(2)カのとおり,人文知識・国際業務の在留資格への在留資格の変更を申請したが,同キのとおり,その在留資格の変更は認められなかった。

    

 

 

(イ) 原告は,前記(ア)のとおり,人文知識・国際業務の在留資格への在留資格の変更が認められなかったが,B社の社員らから,100パーセントの就職を保証する契約を交わしているため,B社自体が原告に採用の内定を出す旨を告げられた。

      

原告は,平成25年6月6日から,現場研修として,株式会社F(以下「F社」という。)が経営する店舗での就労を開始し,同月10日,B社との間で,「留学生サポートスタッフ」を業務内容として,「正社員雇用契約」を締結した。

      

原告は,同年7月19日,「G」から,給与支払明細書と「6月度タイムシート」の送付を受けた。この「6月度タイムシート」には,「派遣先:株式会社H」と記載されている。その後,原告は,B社から,同年6月分から10月分までの給与の支払を受けた。

      

原告は,前提事実(2)サのとおり,在留資格を人文知識・国際業務とする在留資格の変更を受け,同年9月まで,F社が経営する店舗での就労を継続した。

    

(ウ) 原告は,平成25年10月中旬,B社の社員に連れられて面接を受けた上,同年11月から平成26年2月までの間,「I」東五反田店及び三田4丁目店において,現場研修として就労をした。

      

この間の同年1月20日に原告がB社から受け取った書類には,原告がしているのは飽くまでB社の現場研修であり,期間は1年間で,期間中は留学生のアルバイトのニーズを探り,その対応を学ぶことが期待されていると明示されていた。

    

(エ) 原告は,平成26年3月中旬,B社の社員に連れられ,A社の面接を受け,同月28日から,同社が経営する本件食堂で,現場研修として就労をしていたところ,同年6月20日,B社に対する一斉捜索が行われ,原告も摘発を受けた。

   

 

イ 本件活動は資格外活動に該当しないか,該当しても原告に帰責性も故意もないこと

     

原告の雇用主及び派遣元はB社であり,業務内容は「留学生サポートスタッフ」であり,就労先の各企業は派遣先にすぎなかった。派遣先での就労の目的は,留学生のアルバイトに関するスキルの習得・深化であり,上記の業務内容と関連性が強い。原告は,B社の社員として,全てその指示に従っていたにすぎず,原告が独自の判断で決めたことは何もない。

     

原告には,在留資格の根拠となる業務と異なる活動を行う故意や意図はなく,したがって,本件活動は資格外活動に該当しない。また,形式的に資格外活動に該当するとしても,本件のような経緯のものまで退去強制の対象とすることは,不正義であり,国際的な信用の面からも正しくない。

   

ウ 原告は「人身取引等により他人の支配下に置かれている者」(入管法24条4号イの括弧書き)に該当するか,又はこれに類似した状況にあったこと

     

「国際的な組織犯罪の防止に関する国際連合条約を補足する人(特に女性及び児童)の取引を防止し,抑止し及び処罰するための議定書」3条(a)は,「人身取引」について,「搾取の目的で,暴力その他の形態の強制力による脅迫若しくはその行使,誘拐,詐欺,欺もう,権力の濫用若しくはぜい弱な立場に乗ずること又は他の者を支配下に置く者の同意を得る目的で行われる金銭若しくは利益の授受の手段を用いて,人を獲得し,輸送し,引き渡し,蔵匿し,又は収受することをいう。搾取には,少なくとも,他の者を売春させて搾取することその他の形態の性的搾取,強制的な労働若しくは役務の提供,奴隷化若しくはこれに類する行為,隷属又は臓器の提供を含める。」と定義している。

     

B社は,原告などの外国人に100万円近い金員を要求し,原告からは現に80万円以上も受領しているのであって,「搾取」に該当する。入管法に抵触することに触れぬまま,事実上の在留資格の売買や資格外活動を行わせており,正に「詐欺,欺もう」にほかならない。

     

本邦に親族や友人らが少なく,我が国の法制度にも通暁しておらず,日本語も十分ではない外国人の学生である原告に対する一連の行為は,「ぜい弱な立場に乗ずること」でもある。

     

外国人の学生を自らの社員として雇用した上,就労先に紹介して連れて行き,研修をさせた行為は,「獲得し,輸送し,引き渡し」に当たる。

     

以上のとおり,原告は,人身取引又はこれに類似する状況下に置かれていたとみることができる。

   

エ その他の事情等

    

(ア) 原告は,ネパールの大学を卒業した後,同国の高等学校で英語や社会科の教員を務め,将来に観光業を起業しようと真正な旅券で本邦に入国し,4年間もの間,問題のない留学生活を送り,勉学に励んだ。

 

その成績も良好で,原告は,日本語も堪能であり,インタビューも日本語で受けることができ,漢字を交えた文章をしたためることもできる。

 

原告には,ネパールでも本邦でも刑事処分を受けた経歴などの一切の消極要素もない。今後,B社とは無関係に,新たな内定を得られる可能性もある。

    

 

(イ) B社は,原告を含む多数の外国人に対して就職を確約した手前,名目上は自社の従業員として雇用し,人文知識・国際業務の在留資格を得させた上,資格外の業種で研修させた。

      

被告は,B社の事業規模や業務内容に鑑み,同社が必要とする言語別の従業員数を把握していたか,し得たはずである。

      

にもかかわらず,被告は,B社の申請に応じて,大量の人文知識・国際業務の在留資格を与えて,このことが本件の一因となった。

      

以上の事情は,本件裁決の裁量権の逸脱及び濫用を考える上でしんしゃくされるべきである。

   

オ 以上によれば,本件裁決は取消しを免れない。原告については,在留資格を特定活動(就職活動)とし,在留期間を1年として,在留を特別に許可すべきである。

   

 

 

 

 

 

 

(被告の主張の要点)

   

ア 在留特別許可に関する法務大臣等の裁量権と司法審査の在り方

    

(ア) 入管法24条の趣旨は,類型的にみて,出入国管理秩序,社会秩序,我が国の治安・利益等国益の観点から好ましくないと認められる外国人を国外に退去強制することによって,出入国管理秩序等の重要な国家法益を保持することにある。かかる趣旨に照らせば,同条各号に該当する者は,上記の法益を害したのであるから,原則として,本邦から退去を強制されるべきものである。もっとも,当該外国人を本邦に在留させることが,我が国の国益にかなうような極めて例外的な場合には,恩恵的な措置として,在留を特別に許可することが認められている。

      

恩恵的な措置として,同条各号に該当する外国人の在留を特別に許可することが,我が国の国益に合致するか否かを判断するためには,当該外国人の滞在中の一切の行状等といった個別的事情のみならず,国内の治安や善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定等の政治,経済,社会等の諸事情,当該外国人の本国との外交関係,我が国の外交政策,国際情勢等の諸般の事情及び上記の各事情が将来変化する可能性なども含めて総合的に考慮し,我が国の国益を害せず,むしろ積極的に利すると認められるか否かを判断して行わなければならない。

      

そして,このような判断は,国内はもとより国際的にも広範な情報を収集,分析し,先例にとらわれず,時宜に応じて的確かつ慎重に行う必要があり,時には高度に政治的な判断を要求される場合もあり得ることなどに鑑みれば,出入国管理行政の全般について国民や社会に対して責任を負う法務大臣等の極めて広範な裁量に委ねるのが適当である。

    

(イ) このように,在留特別許可の許否の判断には法務大臣等に極めて広範な裁量が認められていることから,法務大臣等の判断の適否に対する司法審査の在り方は,法務大臣等と同一の立場に立って在留特別許可をすべきであったかどうかを判断するのではなく,法務大臣等の第一次的な裁量判断が存在することを前提として,同判断が裁量権を付与した目的を逸脱し,又はこれを濫用したと認められるかどうかを判断すべきである(行政事件訴訟法30条参照)。

      

そして,前記(ア)に述べたとおり,入管法24条の趣旨,在留特別許可の性質,法務大臣等の裁量の性質に照らせば,法務大臣等の判断が裁量権の逸脱又は濫用に当たるとして違法とされるような事態は容易には想定し難いというべきである。

      

例外的に,その判断が違法となり得る場合があるとしても,それは,在留特別許可の制度を設けた同法の趣旨に明らかに反するような極めて特別な事情が認められる場合に限られるというべきであり,かかる「特別な事情」の主張立証責任は,原告にある。

   

イ 本件裁決の適法性について

     

原告は,後記(ア)aのとおり,入管法19条1項の規定に違反して報酬を受ける活動を専ら行っていると明らかに認められる者であり,同法24条4号イ所定の退去強制事由に該当し,法律上当然に退去強制されるべき外国人に当たることは明らかである。

     

そして,以下の(ア)から(ウ)までによれば,本件において,在留特別許可の制度を設けた同法の趣旨に明らかに反するような特別な事情が存するとはいえないから,本件裁決に裁量権の逸脱又は濫用があるとはいえず,何ら違法とはいえない。

    

(ア) 原告の在留の状況は悪質であり,出入国管理行政上看過することができないこと

     

a 本件活動は,違法の程度が大きい悪質な資格外活動であったこと

      

(a) 人文知識・国際業務の在留資格における「国際業務」の意義

        

原告は,平成25年8月13日,本邦において,「ネパール人登録者のケアや指導のためのネパール人スタッフ」としての業務(以下「留学生サポート業務」という。)を行うことを前提として,本件資格変更許可を受けた。

        

入管法別表第1の2の表(平成26年法律第74号による改正前のもの。以下同じ。)によれば,同表の人文知識・国際業務の項の下欄に掲げる活動(その在留資格を有する者が本邦において行うことができる活動)は,「(前略)外国の文化に基盤を有する思考若しくは感受性を必要とする業務に従事する活動」に限定されている。

        

また,出入国管理及び難民認定法第七条第一項第二号の基準を定める省令(平成26年法務省令第35号による改正前のもの)によれば,上記の業務に従事しようとする場合に該当するための要件として,「翻訳,通訳,語学の指導,広報,宣伝又は海外取引業務,服飾若しくは室内装飾に係るデザイン,商品開発その他これに類似する業務に従事すること」が必要とされている(同省令の「法別表第一の二の表の人文知識・国際業務の項の下欄に掲げる活動」の下欄の2号イ)。

        

さらに,人文知識・国際業務の在留資格における「国際業務」に該当する活動とは,外国の文化から生まれたユニークな思考又は感受性を有していなければ行うことができないような業務に従事する活動であると解され,また,上記の「外国の文化に基盤を有する思考若しくは感受性を必要とする業務」とは,外国の文化的伝統の中で培われた発想・感覚を基にした一定水準以上の専門的能力を必要とするものでなければならず,これは,日本の文化・社会の中では得難い資質,外国文化の伝統に根ざした思考法や感性を有していなければ行うことができないような業務であると解される。

        

以上のとおり,原告は,その従事しようとする留学生サポート業務が,上記のような「国際業務」に該当することを前提として,本件資格変更許可を受けた。

      

(b) 原告の行った資格外活動は悪質であること

       

 原告は,平成26年3月28日から同年6月20日までの間,

 

本件食堂において,料理の盛り付け,陳列及び皿洗いなどの業務に従事し,

 

上記の期間の労働の対価(報酬)として合計49万8812円を受領した(本件活動)。

         

かかる業務が,

 

客観的にみて,留学生サポート業務と何ら関連性がないことは明らかである。

 

 

また,本件食堂における業務の内容は単純な作業にすぎないところ,

 

かかる作業を行うのに,何らかの国際的な能力が要求されることはおよそ考え難い。

 

そうすると,上記の業務は,日本の文化・社会の中では得難い資質,外国文化の伝統に根ざした思考法や感性を有していなければ行うことができないようなものとは到底認められない。

       

 

Ⅱ 他方,原告は,平成25年6月10日,B社との間で,その従事すべき内容を「留学生サポートスタッフ」,その賃金を月額15万円(基本給)等と定めた上で,雇用契約を締結したが,その後,本件資格変更許可の前提であった留学生サポート業務を一切しなかった。

       

Ⅲ これらの事情に照らせば,原告は,相当期間にわたって,「国際業務」に該当する活動を全く行わず,むしろ,かかる活動とは大きく異なる資格外活動に従事したのみならず,それによって49万8812円と多額の報酬を得たといえる。

         

したがって,本件活動は,その違法の程度が大きい悪質な資格外活動であったというべきである。

      

(c) 本件活動はB社における現場研修には当たらないこと

        

B社の資料等(甲16,25)によれば,本件活動は,少なくとも,同社においては,「現場研修」として行われたものと位置付けられているようである。

        

しかしながら,

 

原告は,平成26年3月頃,B社の指示を受け,

 

A社との間において,直接,雇用契約を締結した上で,

 

本件食堂のパート従業員と同様の業務に従事していた。

 

また,本件活動において,研修としての措置が一切行われていなかった。

 

加えて,本件食堂の店長は,原告がB社の研修としての業務に従事している認識はなく,

 

 

B社は,原告に対する給与の振込みに一切関与していなかった。

        

 

 

以上によれば,本件活動が,留学生サポート業務の一環である「現場研修」に当たる余地はないことは明らかである。

     

b 原告は,本件活動以外にも,資格外活動を行っていたこと

       

原告は,平成25年5月27日から平成26年8月13日までの間,特定活動(出国準備),短期滞在及び人文知識・国際業務の在留資格をもって本邦に在留していた。

       

しかしながら,

 

 

原告は,

 

 

①平成25年6月6日から同年9月24日まで,F社が経営する「◇◇」丸の内店及び品川店において,週5,6日程度出勤し,午前10時から午後10時ないし11時まで,料理,皿洗いなどの業務に従事して,月給18万円から25万円程度を得た上,

 

②平成25年11月1日から平成26年1月末まで,「I」東五反田店及び三田4丁目店において,週5日程度,調理,レジ打ち,商品の品出し・陳列等の業務に従事して,月給15万円から20万円程度を得た。

       

そうすると,原告は,本件活動以外にも資格外活動を行っていたと認められる。

     

 

c 以上のとおり,原告は,合計して約10か月間という相当期間にわたって,資格外活動を行い,それにより多額の報酬を得ていたといえる。

       

かかる原告の資格外活動は,我が国の産業構造や労働市場の安定を害し,ひいては出入国管理秩序を乱すものである。したがって,原告の在留特別許可の許否の判断において,かかる事情を重大な消極的要素として考慮するのは当然のことである。

    

(イ) 原告には,就職活動を理由とする特定活動の在留資格に該当する可能性が認められないこと

     

a 入管法別表第1の1の表から4の表までの各表の下欄に掲げられている活動類型のいずれにも該当しない活動を行おうとする外国人に対し,人道上の理由その他特別な事情を考慮し,その上陸及び在留を認めることが必要となる場合等に臨機に対応することができるようにするため,同法は,別表第1の5の表として,特定活動の在留資格を設け,同別表の1の表から4の表までの各表の下欄に掲げられている活動類型のいずれにも該当しない活動を行うために上陸及び在留をしようとする外国人を受け入れることができるようにしている。

       

そして,同別表の5の表の下欄は,「法務大臣が個々の外国人について次のイからニまでのいずれかに該当するものとして特に指定する活動」と規定し,イからハまでに掲げる活動についてはその活動内容が特定されているところ,ニにおいて,「イからハまでに掲げる活動以外の活動」と規定し,「イからハまでに掲げる活動以外の活動」をする外国人に対し,一定の範囲の活動を指定して,上陸及び在留を認めている。

       

このように,外国人が,「イからハまでに掲げる活動以外の活動」を本邦で行おうとする場合,その前提として,法務大臣がその外国人について特定の活動を指定することが必要であるところ,同法7条1項2号中の括弧書きは,「五の表の下欄(ニに係る部分に限る。)に掲げる活動については,法務大臣があらかじめ告示をもって定める活動に限る」と規定し,この規定を受けて「出入国管理及び難民認定法別表第一の五の表の下欄に掲げる活動」(平成2年法務省告示第131号。以下「特定活動告示」という。)が定められている。

       

したがって,特定活動告示に適合しない活動は,基本的には,「イからハまでに掲げる活動以外の活動」には該当しないことになる。

     

b 原告は,就職活動を目的とする「特定活動・1年」の在留特別許可を付与することを求めており,原告について,就職活動を理由とする特定活動の在留資格に該当する可能性が認められるものと考えているようである。

       

前記aのとおり,就職活動のような特定活動告示に適合しない活動は,基本的には,入管法別表第1の5の表の下欄に規定する「イからハまでに掲げる活動以外の活動」には該当しないが,特定活動告示に定める活動に該当しない場合であっても,同告示に類型化して列挙された活動を行おうとする外国人の場合と同視し,あるいは,これに準じるものと考えられる人道上の理由その他特別の事情があるなど,法務大臣が個別に活動を指定して本邦への在留を認めるのが必要かつ相当であると認められるときには,例外的に,特定活動の在留資格に該当することが認められる場合がある。就職活動については,実務上,申請者が大学を卒業し又は専修学校専門課程において専門士の称号を取得して同教育機関を卒業した留学生等であり,その在留の状況に問題がなく,就職活動を継続するに当たって卒業した教育機関の推薦があるなどの場合に,在留資格を特定活動とし,在留期間を6月とする在留資格の変更を認め,更に1回の在留期間の更新を認めることにより,就職活動のために1年間本邦に滞在することを可能とする取扱いをしている。

       

しかるところ,前提事実(2)エ及びオのとおり,原告は,平成24年4月2日,在留資格を特定活動(就職活動)とし,在留期間を6月とする在留資格の変更を受け,さらに,同年9月25日,在留期間を6月とする在留期間の更新を受けており,就職活動のための十分な期間が与えられていた。

 

しかし,原告は,上記の期間における就職活動により就職先を見つけることができなかったことから,在留期間の末日が迫るや,B社に90万円という多額の保証金を支払って就職先の紹介を受け,その結果,資格外活動である本件活動をするに至ったものであり,このような経緯に照らせば,原告について,上記の期間に加えて更に1年間の就職活動を行うための特定活動の在留資格を認める必要がなく,また,認めることが相当でないことは明らかである。

       

以上のとおり,原告については,本件裁決の時点において,就職活動を理由とする特定活動の在留資格に該当する可能性は認められなかったのであり,このことからしても,本件裁決に係る東京入国管理局長の判断に裁量権の逸脱又は濫用はないというべきである。

    

(ウ) 原告を本国へ送還することに特段の支障がないこと

     

a 原告は,本国であるネパールで生まれ育ち,本国において教育を受け,教員として稼働した経験を有する成人の男性である。

       

また,原告は,本邦に入国した後,本件食堂等において稼働しており,原告が稼働能力を有していることは明らかである。また,原告の健康状態はおおむね良好であり,本国での就労の意欲もある。

       

したがって,原告が本国に帰国した場合,原告が本国において就労することは十分に可能であると考えられる。

     

b また,本国であるネパールには,原告の両親及び弟が居住しており,原告は,本国の親族との交流も認められる。

       

かかる事情に照らせば,原告が本国に帰国したとしても,本国での生活に特段の支障があるとは認められず,原告を本国へ送還することについて特段の支障はないというべきである。

   

 

 

ウ 原告の主張に対する反論

    

(ア) 裁決の取消訴訟において,退去強制事由の認定に係る違法を主張することはできないこと

      

入国審査官の認定(処分性が認められるものと解されている。)と法務大臣等の裁決との関係については,原処分主義(行政事件訴訟法10条2項)が適用されることから,同裁決の取消訴訟において,その違法事由として上記の認定に係る判断の誤りを主張することはできない。

      

したがって,本件活動が資格外活動に該当しない旨及び原告が入管法24条4号イの括弧書きに該当する旨の原告の主張は失当である。

    

(イ) 本件活動に係る資格外活動の故意又は過失及び帰責性は,そもそも,在留特別許可の判断に際し考慮されるべき事情には当たらないこと

     

a 退去強制の手続においては,外国人の主観や帰責性について,それらが入管法において考慮すべき要件として特に定められている場合を除き,原則として考慮すべきではない。

       

そして,資格外活動の退去強制事由(同法24条4号イ)は,当該外国人の主観的要件や帰責性を考慮すべきことを特段定めていないことからすれば,その資格外活動に係る認識や帰責性は,当該退去強制事由の該当性の判断においては考慮されないというべきである。

     

b 退去強制事由の存在を前提とする在留特別許可の許否の判断においても,退去強制事由の該当性の判断と同様に,資格外活動をした当該外国人を本邦に在留させることが,客観的にみて,我が国の国益にかなうか否かを検討すべきである。そうすると,資格外活動の事案において,当該外国人の退去強制事由に関する主観や帰責性は,在留特別許可の許否の判断に係る考慮要素にならないことは明らかである。

       

したがって,原告が資格外活動をした本件においても,原告の本件活動に係る認識や帰責性は,在留特別許可の許否の判断の際に,そもそも考慮されるべき事情に当たらないというべきである。

    

(ウ) 原告には,資格外活動の認識及び帰責性は当然に認められること

     

a 原告は,本件活動が資格外活動に当たることを認識していたこと

       

原告は,留学生サポート業務に従事することを前提として,在留資格を人文知識・国際業務に変更する旨の本件資格変更申請をしたことに照らせば,原告が,留学生サポート業務が「国際業務」に当たることを認識していたと認められる。

       

そして,原告が,前提事実(2)キのとおり,平成25年5月27日,「申請に係る活動が「人文知識・国際業務」の在留資格に係る(中略)活動に該当するとは認められません。」,「従事しようとする業務が,(中略)外国の文化に基盤を有する思考若しくは感受性を必要とする業務(中略)にも該当するとは認められません。」と記載された本件通知書を受領した事実によれば,原告は,本件通知書を読んだ上で,その内容を理解したことが推認される。そうすると,原告は,本件活動の前に,「国際業務」は「外国の文化に基盤を有する思考若しくは感受性を必要とする業務」である必要があることを認識していたといえる。

       

以上の事情に加えて,原告は,本件資格変更許可がされたことを認識していたことも併せて考慮すれば,原告は,本件資格変更申請の時において,「国際業務」の意義について理解しており,さらに,本件資格変更許可の時において,留学生サポート業務が「国際業務」に当たることを認識していたと認められる。そして,本件活動が単なる飲食店の業務にすぎず,客観的にみて,留学生サポート業務と何ら関連性がないことに照らせば,原告は,本件活動が「国際業務」に該当しない資格外活動に当たることを認識していたと認められる。

       

なお,B社において現場研修としての措置が行われたことを示す事情は一切見当たらないから,本件活動をB社の研修と認識していた旨の原告の供述は,不合理であり信用できない。

     b 原告には,本件活動に対する帰責性が認められること

       前記aのとおり,原告は,本件活動が資格外活動に当たることを認識していたにもかかわらず,漫然と本件活動に従事していたものであって,原告には,本件活動に係る資格外活動について,帰責性が認められることは明らかである。

    

(エ) 原告がB社の事業の被害者であるとの主張は失当であること

      

仮に,原告が,B社との関係で被害に遭ったとする事実があったとしても,それは,原告とB社との間において解決すべき事柄であって,出入国管理秩序等の国益を保持する責務を負う我が国との関係において,そもそも,在留特別許可の許否の判断に際し考慮されるべき事実には当たらない。

      

このことをおくとして,仮に,かかる事情を在留特別許可の許否の判断において考慮するとしても,前記(ウ)bのとおり,原告には本件活動について帰責性が認められることに照らせば,被害に遭った事実のみを殊更に取り上げて,在留特別許可の許否の判断において積極方向に作用する事実として評価することはできないというべきである。

    

(オ) 原告は「人身取引等により他人の支配下に置かれている者」には当たらないこと

      

「人身取引等」とは,営利,わいせつ又は生命若しくは身体に対する加害の目的で,人を略取し,誘拐し,若しくは売買し,又は略取され,誘拐され若しくは売買された者を引き渡し,収受し,輸送し,若しくは蔵匿することをいう(入管法2条7号イ)。

      

原告は,自らの自由な意思において,B社との雇用契約を締結し,同社の指示に従って,相当期間にわたり,留学生サポート業務とは関連性のない本件活動に従事していた。そうすると,原告は,同社によって,暴行または脅迫を受けたこと(「略取」)や対価を伴う人の売り買いの対象とされたこと(「売買」)はないことは明らかである。

      

また,原告は,本件活動によって収入を得ながら,ごく通常の日常生活を送っており,取り分け,原告が本件活動に従事している期間において転職活動を行っていたことに照らせば,原告は,B社を辞めようと思えば容易に辞めることができたといえる。

      

これらの事情に加えて,原告がB社から支配されていたことをうかがわせるような事情は見当たらないことも併せて考慮すれば,原告は,同社によって,その生活環境から不法に引き離され,同社の事実上の支配下に置かれていたとは到底認められず,「誘拐」されていないことは明らかである。

      

原告は,自らの意思で本邦に入国したことは明らかであり,本国の生活環境から不法に引き離されたとも認められない。また,原告は,その行動に制限を加えられ,自由を奪われたものではないことも明らかである。

      

以上によれば,原告は,「人身取引等により他人の支配下に置かれている者」には当たらないことは明らかである。

  

 

 

(2) 争点(2)(本件退令発付処分の適法性)について

   

(原告の主張の要点)

    前記(1)の原告の主張の要点のとおりであり,本件退令発付処分は取消しを免れない。

   

(被告の主張の要点)

    

退去強制の手続において,法務大臣等から,異議の申出が理由がないとの裁決をした旨の通知を受けた主任審査官は,速やかに退去強制令書を発付しなければならず(入管法49条6項),主任審査官に,退去強制令書を発付するにつき裁量の余地は全くない。

    

したがって,本件裁決が適法である以上,本件退令発付処分も当然に適法である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

1 争点(1)(本件裁決の適法性)について

  

(1) 在留特別許可に関する法務大臣等の裁量等について

    

国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,また,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかは,専ら当該国家の立法政策に委ねられており,憲法上,外国人は,本邦に入国する自由が保障されていないことはもとより,在留する権利又は引き続き在留することを要求する権利を保障されているということもできない(最高裁昭和29年(あ)第3594号同32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁,最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁参照)。

    

そして,入管法50条1項の在留特別許可については,同法24条各号が定める退去強制事由に該当する退去強制対象者について同法50条1項1号ないし4号の事由があるときにすることができるとされているほかは,その許否の判断の要件ないし基準とすべき事項は定められておらず,このことと,上記の判断の対象となる退去強制対象者は,本来的には本邦からの退去を強制される法的地位にあること,外国人の出入国の管理及び在留の規制は国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定等の国益の保持を目的として行われるものであって,このような国益の保持の判断については,広く情報を収集し,その分析の上に立って時宜に応じた的確な判断を行うことが必要であり,高度な政治的判断を要求される場合もあり得ることなどを勘案すれば,在留特別許可をすべきか否かの判断は,法務大臣の広範な裁量に委ねられていると解すべきである。

    

もっとも,法務大臣の裁量権の内容は全く無制約のものではなく,その判断の基礎とされた重要な事実に誤認があること等により判断が全く事実の基礎を欠く場合や,事実に対する評価が明白に合理性を欠くこと等により判断が社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかである場合には,法務大臣の判断が裁量権の範囲から逸脱し,又はこれを濫用したものとして違法になることがあるものと解される。

    

以上に述べたところについて,法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長につき異なって解すべき根拠等は見当たらない。

  

 

 

 

(2) 本件裁決の適法性について

   

ア 認定事実

     

前提事実に証拠(甲1,27,乙6,8,9,12,13,15の1,原告本人のほか,後掲のもの)及び弁論の全趣旨を併せると,次の事実が認められる。

    

(ア) 原告は,平成24年3月31日,専門学校△△を卒業したところ,本邦の貿易会社や旅行代理店において英語をいかせる仕事をしたいと考え,コンビニエンスストアで就労(アルバイト)をしながら就職活動をし,貿易会社等に履歴書を送り,面接を受けるなどしたが,平成25年2月頃までの間,就職することができなかった(甲2,3)。

    

(イ) 原告は,前記(ア)の専門学校を卒業する前に,その専門学校の講師から,「100パーセント就職ビザをもらえる」ことをうたうB社を紹介されていたところ,前記(ア)のとおり,就職活動がうまくいかなかったことから,平成25年2月か3月頃,B社に就職先を紹介してもらうため,同社に相談をした。

      

原告は,B社の従業員等と面接をし,「保証料」又は「保証金」として,原告が90万円を支払う必要がある旨の説明を受けたところ,この説明のとおりに金銭を支払うことにより,同社に就職先の紹介を依頼することを決めた。

    

(ウ) そこで,原告は,C社に対し,同社が実施する「就職能力特訓講座」の「E1保証コース(13ヵ月・短期集中タイプ)」という名称の「受講コース」を代金94万5000円(消費税相当額を含む。平成25年2月19日から平成26年5月31日までの分割払)で申し込む旨の「就職能力特訓講座に関する申込書」(甲6)を作成し,平成25年2月19日,「就職能力特訓講座に関する基本契約書」(甲7)及び「就職能力特訓講座に関する基本契約書に係る覚書」(甲8)を作成した(甲6~8)。

      

そして,原告は,同年3月16日,C社が実施する「第17回就職能力特訓講座」を受講し,その全課程を履修し,修了したものとされた(甲10,11)。

      

原告は,C社に対し,上記「就職能力特訓講座」の代金として,同日から平成26年2月3日まで,合計81万9000円を支払った(甲9)。

    

(エ) 原告は,平成25年3月9日,B社により紹介を受けたD社から,入社日を同年4月1日として,採用を内定する旨の通知を受け,これを前提に,同年3月29日,在留資格を人文知識・国際業務に変更する旨の在留資格の変更を申請した。

      

そして,原告は,同年4月2日頃から,D社が経営するお好み焼き店において,外国人の客に応対する業務に従事したが,同年5月27日,在留資格の変更の申請を許可することができないこと等が記載された本件通知書の交付を受けるなどしたため,同社を辞めた。

      ((エ)につき,乙2,3)

    

(オ) 原告は,平成25年5月27日頃,B社の従業員から,同社の従業員としての採用を内定する旨を告げられ,その後,同年6月10日付けで,同社との間の「正社員雇用契約書兼労働条件通知書」(甲12。以下「本件雇用契約書」という。)を作成した。本件雇用契約書には,「就業の場所」として「事業所に同じ」と記載され,「従事すべき業務の内容」として「留学生サポートスタッフ」と記載されていた。

      

原告は,同年8月13日,改めて,在留資格を人文知識・国際業務に変更する旨の在留資格の変更を申請した(本件資格変更申請)ところ,その申請書に,本件雇用契約書のほか,B社の作成に係る「雇用理由書」を添付した。この「雇用理由書」には,「ネパール人登録者のケアや指導のためネパール人スタッフの常駐が急務となっており,すでに1名の採用を行いましたが(資料4),今回さらに2名の募集をしていたところ,上記のようにX1が応募して参りました。」との記載があり,「資料4」が添付されていたところ,この「資料4」には,「現スタッフ」の「主な業務」として「ネパール人留学生の職業紹介に関する人材登録ならびにケア」と記載され,「多忙の理由」として「(前略)至急に2名のスタッフを必要としている。(後略)」と記載されていた。

      ((オ)につき,甲12,乙22)

    

(カ) 原告が,B社の従業員として採用を内定する旨を告げられた後の就労の状況は,次のとおりである。

     

a 平成25年6月6日から同年9月24日まで

       

F社が経営する飲食店である「◇◇」丸の内店及び品川店において,週5日又は6日,午前10時から午後10時又は午後11時まで,魚の刺身を切って盛り付けること,皿洗い,魚を焼くこと等の業務に従事し,1か月当たり20万円から28万円程度の給料を得ていた(甲13,14)。

     

b 平成25年11月1日から平成26年1月末頃まで

       

コンビニエンスストアである「I」東五反田店及び三田店において,週5日,午前7時から午後5時まで,午前10時から午後10時までなどの勤務時間で,弁当の調理,レジ打ち,商品の品出し及び陳列の業務に従事し,1か月当たり16万円から18万円程度の給料を得ていた(甲15,19)。

     

c 平成26年3月28日から同年6月20日まで

       

A社が経営する飲食店である本件食堂において,最初の10日間程度は週4日又は5日,午後6時から午後11時まで,その後は週4日から6日程度,午後11時から翌日午前8時まで,料理の盛り付け,陳列及び皿洗い等の業務に従事し,1か月当たり15万円から21万円程度の給料を得ていた(本件活動)。

       

原告は,本件食堂において就労していた間,ネパール語や英語を使う機会はほとんどなかった。

       

なお,原告は,この間の平成26年4月13日,A社との間の「雇用契約書」を作成した。

       (cにつき,甲18,19,乙5)

     

d 原告は,B社からの指示の下,前記aからcまでの就労をしたところ,B社においては,この就労は,「現場研修」であると位置付けられていた。

       

なお,原告は,B社の事務所において就労をしたことはなく,留学生サポート業務に従事したことも全くなかった。

    

(キ) 原告は,平成23年4月から,摘発を受けた平成26年6月20日まで,東京都新宿区に所在する共同住宅において生活をしていたところ,本件食堂において就労していた当時,勤務時間及び勤務日以外においては,公共職業安定所で転職先を探したり,インターネットで転職先を探したりしたほか,映画を見たり,ネパールに居住する友人や家族等と電話等で話をしたりするなどして過ごしていた(乙1)。

   

イ 本件裁決に裁量権の範囲から逸脱し,又はこれを濫用した違法があるか否かについて

     

前提事実及び後記(ア)のとおり,原告は退去強制対象者に該当するから,原則として本邦から当然に退去されるべき法的地位に置かれたものであるといえる。そこで,以下においては,前記(1)のような観点から,本件裁決に裁量権の範囲から逸脱し,又はこれを濫用した違法があるか否かを検討することとする。なお,原告は,本件活動は資格外活動に該当せず,また,自らが「人身取引等により他人の支配下に置かれている者」に該当する旨の主張をするところ,本件訴えにおけるように,入国審査官のした処分である認定(入管法47条3項)についての不服申立ての一種である同法49条1項の規定による異議の申出に対してされた裁決の取消しの訴えにおいて,原処分である認定の違法を理由として主張することができるか否か(行政事件訴訟法10条2項)等の問題は,ひとまずおくとして,まずは,上記の各主張について検討する。

    

(ア)a 本件活動が資格外活動に該当しない旨の主張について

       

前提事実(2)サのとおり,本件活動に従事していた時の原告の在留資格は,人文知識・国際業務であったところ,入管法別表第1の2の表の人文知識・国際業務の項の下欄は,「本邦の公私の機関との契約に基づいて行う法律学,経済学,社会学その他の人文科学の分野に属する知識を必要とする業務又は外国の文化に基盤を有する思考若しくは感受性を必要とする業務に従事する活動(括弧内省略)」と定めており,原告は,上記の活動に属しない収入を伴う事業を運営する活動又は報酬を受ける活動を行ってはならなかった(同法19条1項1号)。

       

前記ア(カ)cのとおり,本件活動は,飲食店における料理の盛り付け,陳列及び皿洗い等の業務に従事して報酬を得るというものである上,原告は,本件食堂において就労していた間,ネパール語や英語を使う機会はほとんどなかったのであるから,本件活動が同項の規定によって行ってはならないとされる活動(資格外活動)に該当することは明らかである。なお,前記ア(カ)dのとおり,B社においては,本件活動は「現場研修」であると位置付けられていたが,本件活動は,その内容に照らし,これに従事することによって,本件雇用契約書において原告が従事するものとされていた留学生サポート業務に資する点があるとは到底認められず,また,同社が「現場研修」であると位置付けているということのほかに,同社において本件活動に従事することを研修として機能させるべき何らかの措置を講じたこと等をうかがわせる証拠もないから,本件活動が留学生サポート業務の一環として行われた研修であるとみることができないことも明らかである。

       

そして,本件活動の期間,頻度,時間及び得た給料(報酬)の額等に照らすと,原告は,同項の規定に違反して報酬を受ける活動を専ら行っていると明らかに認められる者に該当するというべきである。

     

b 原告が「人身取引等により他人の支配下に置かれている者」に該当する旨の主張について

       

入管法2条7号イは,人身取引等の意義について,「営利,わいせつ又は生命若しくは身体に対する加害の目的で,人を略取し,誘拐し,若しくは売買し,又は略取され,誘拐され,若しくは売買された者を引き渡し,収受し,輸送し,若しくは蔵匿すること」をいうと定める。そして,外国人が「他人の支配下に置かれている者」(同法24条4号イの括弧書き)であるといえるためには,他人によりその行動に制限を加えられ,自由を奪われた状況に置かれていると認められる必要があると解される。

       

しかるに,前記アのとおり,原告は,就職活動がうまくいかなかったことから,

 

自らB社に相談をし,90万円という高額の金銭を支払う必要がある旨の説明を受けたにもかかわらず,

 

この説明のとおりに金銭を支払うことにより,就職先の紹介を依頼することを決めて,

 

C社に対して「就職能力特訓講座」を申し込み,

 

B社の指示を受けて本件活動等の就労に従事したのであり,

 

また,原告がB社との関わりをもつ前後において,原告の居住地は変わらず,

 

原告は,本件食堂において就労していた当時,転職のための活動をし,

 

また,映画を見たり友人や家族等との交流をしたりすることができたのである。

 

このように,原告が,自らの意思によりB社との関わりをもち,関わりをもつようになった後も自由に行動することができたことからすると,

 

原告は,上記の人身取引等の意義に該当する行為をされた者であるということはできないし,「他人の支配下に置かれている者」であるということもできない。

    

(イ) 原告の在留の状況について

     

a 原告は,前提事実(2)サ及び前記ア(オ)のとおり,本件資格変更申請の申請書に本件雇用契約書等を添付し,留学生サポート業務をすることを前提として,在留資格を人文知識・国際業務に変更する旨の本件資格変更許可を受けて,本邦に在留していたにもかかわらず,前記ア(カ)のとおり,飲食店及びコンビニエンスストアにおける就労をして報酬を受ける一方で,留学生サポート業務を全く行わず,本件雇用契約書に記載された就業の場所における就労すらしなかったものである。

       

我が国は,外国人の在留について,外国人が在留中に従事する活動又は在留中の活動の基礎となる身分若しくは地位に着目して類型化した在留資格を定め,有効な旅券等を所持することを前提に上陸の拒否の事由の存否等につき上陸のための審査を経た上で,在留資格として定められた活動又は身分若しくは地位を有するものとしての活動を行おうとする場合に限り,それぞれの在留資格に応じて定められた在留期間の範囲内において在留を認めるものとし,かつ,一定の在留資格をもって在留する者以外には,本邦において報酬を受ける活動をすることを原則として許容せず,これを許容した者についても,それぞれの在留資格に応じて定められた活動のみを許すという制度を採用しているものであり(入管法2条の2,5条から7条まで,9条,19条並びに別表第1及び第2参照),上記のような原告の行動は,このような制度の根幹に関わる問題があり,公正な出入国管理の秩序を乱す悪質なものという評価を受けることを免れない。

     

b 原告は,資格外活動をする意図はなく,このことについて帰責性がない旨の主張をする。

 

しかしながら,前提事実(2)キのとおり,原告は,「申請に係る活動が「人文知識・国際業務」の在留資格に係る出入国管理及び難民認定法別表第一の下欄に定められている活動に該当するとは認められません。」,

 

「従事しようとする業務が,人文科学の分野に属する知識を必要とする業務,外国の文化に基盤を有する思考若しくは感受性を必要とする業務のいずれにも該当するとは認められません。」と記載された本件通知書の交付を受けており,

 

また,前記ア(オ)のとおり,原告は,原告が「ネパール人留学生の職業紹介に関する人材登録ならびにケア」を行うためにB社に雇用されたことを示す雇用理由書を申請書に添付して本件資格変更申請をしたことからすると,

 

原告は,人文知識・国際業務の在留資格をもって本邦に在留する者が行うことの許される活動の内容,及び,原告が留学生サポート業務を行うことを前提として本件資格変更許可を受けたことを理解していたと認められることに加え,

 

原告が,本人尋問において,本件資格変更申請の際に申請書に添付した本件雇用契約書に記載された「留学生サポートスタッフ」の意義について,

 

「外国人が日本に来て直面する様々な問題を解決する仕事だと思いました。」と供述することからすると,

 

原告は,自らの在留資格では,前記ア(カ)aからcまでの就労に従事することができないことを知りながら,これらに従事したものと認められる。

 

 

したがって,原告は,資格外活動をする意図を有していたと認められるし,上記の就労に従事したことについて帰責性がないということもできないから,原告の上記の主張は,採用することができない。

       

また,原告は,人身取引に類似する状況下に置かれていた旨の主張をするが,前記(ア)bに述べたところに照らし,その主張を採用することはできない。

     

 

c そうすると,原告が従事した前記ア(カ)aからcまでの就労はいずれもB社の指示によるものであったこと,原告がC社に支払った金銭が多額であったといい得ること等の事情を考慮したとしても,前記aに述べた原告の行動が,在留特別許可の許否の判断に当たって,消極的な要素として考慮されることはやむを得ないものというほかない。

    

 

(ウ) 原告をネパールに送還することによる支障について

      

前提事実に証拠(甲1,3,27,乙6,9,13,15の1,原告本人)及び弁論の全趣旨を併せると,原告は,ネパールで生まれ育ち,同国の大学で数学と経済学を専攻し,大学を卒業した後,同国の高等学校等で数学及び社会の教員の業務に従事し,本邦においてもコンビニエンスストアや飲食店の従業員の業務に従事したことがあり,十分な稼働能力を有していること,原告には両親及び弟がおり,その全員がネパールに居住しており,原告は,月に1,2回の頻度で電話やインターネットを使って父と連絡を取っていることが認められる。

      

以上の事情を踏まえると,原告がネパールに送還されることにより,その生活に特段の支障が生ずるとは認められない。

    

(エ) 以上のような本件の事情に照らすと,原告につき在留特別許可をしなかった東京入国管理局長の判断について,全く事実の基礎を欠き又は社会通念に照らし著しく妥当性を欠くことが明らかであるとは認め難い。したがって,本件裁決をしたことについて,東京入国管理局長に裁量権の範囲を逸脱し,又はこれを濫用した違法があるということはできない。

   

ウ 以上によれば,本件裁決は適法なものというべきである。

 

2 争点(2)(本件退令発付処分の適法性)について

   

法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長は,入管法49条1項の規定による異議の申出を受理したときには,異議の申出が理由があるかどうかを裁決し,その結果を主任審査官に通知しなければならず(同条3項),主任審査官は,地方入国管理局長から異議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときには,速やかに当該容疑者に対してその旨を知らせるとともに,退去強制令書を発付しなければならない(同条6項)のであって,東京入管主任審査官としては,前提事実(3)クのとおり東京入国管理局長から本件裁決に係る通知を受けた以上,原告につき退去強制令書を発付するほかない。

   

そして,前記1に述べたところからすれば,本件退令発付処分も適法であるというべきである。

 

3 結論

   

よって,原告の請求はいずれも理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決する。

 

    東京地方裁判所民事第3部

        裁判長裁判官  舘内比佐志

           裁判官  大竹敬人

           裁判官  大畠崇史