フィリピン人女性に対する違反調査・身柄拘束

 

 

 

 

 退去強制令書発付処分取消等請求事件、東京地方裁判所判決/平成18年(行ウ)第281号、判決 平成19年7月24日、LLI/DB 判例秘書登載について検討します。

 

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 

 興行の在留資格で在日し,その後,東京入国管理局入国審査官から,出入国管理及び難民認定法24条4号イに該当するとの認定を受け,退去強制の手続きに対する退去強制令書発付処分の無効確認の請求が認められなかった事例

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 原告の請求をいずれも棄却する。

 2 訴訟費用は,原告の負担とする。

 

       

 

 

 

 

事実及び理由

 

第1 請求

 

1 処分行政庁が平成17年3月18日に原告に対してした退去強制令書発付処分は無効であることを確認する。

 

2 被告は,原告に対し,277万8400円及びこれに対する平成17年3月18日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第2 事案の概要

   

本件は,興行の在留資格で来日し,その後,東京入国管理局入国審査官から出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)24条4号イ(「第19条第1項の規定に違反して,所定の在留資格に対応しない報酬を受ける活動を専ら行っていると明らかに認められる者」)に該当するとの認定を受け,退去強制の手続の対象となって帰国した外国人である原告が,同認定を争うとともに,その通知も,これに対し口頭審理の請求ができる旨の教示も,原告が理解できる言語で受けておらず,口頭審理放棄書の内容も理解できないまま署名指印したなどと主張して,こうした手続により発付された退去強制令書発付処分の無効確認を求め,併せて,上記退去強制手続の中で行われた行為及び上記発付処分が原告に対する違法行為に該当するとして,国家賠償法1条1項に基づき,逸失利益及び慰謝料並びにこれらに対する違法行為の日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の各支払を求める事案である。

 

 

1 前提事実(争いがない事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

 

(1)原告は,1983年(昭和58年)○○月○○日に生まれたフィリピン共和国(以下「フィリピン」という。)国籍の外国人女性である。

 

(2)原告は,平成14年11月29日,東京入国管理局(以下「東京入管」ということもある。)において,入国目的を興行,滞在予定期間を6月,出演先を埼玉県深谷市所在のフィリピンパブ「A」(以下「本件パブ」という。)として,在留資格認定証明書交付申請をした。

    

東京入国管理局長は,平成15年3月3日,原告に対し,在留資格を興行,在留期間を6月とする在留資格認定証明書を交付した。

    

原告は,同年3月28日,本邦に上陸し,同年9月28日,出国した。

                         (以上について,乙1)

 

(3)原告は,平成15年9月19日,東京入管において,入国目的を興行,滞在予定期間を6月,出演先を本件パブとして,在留資格認定証明書交付申請をした。

    

東京入国管理局長は,同年12月18日,原告に対し,在留資格を興行,在留期間を6月とする在留資格認定証明書を交付した。

    

原告は,平成16年1月22日,本邦に上陸し,同年7月22日,出国した。

                         (以上について,乙1)

 

 

(4)原告は,平成16年6月18日,東京入管において,入国目的を興行,滞在予定期間を6月,出演先を本件パブとして,在留資格認定証明書交付申請をした(乙1,2の1~5)。

    

東京入国管理局長は,同年9月15日,原告に対し,在留資格を興行,在留期間を6月とする在留資格認定証明書を交付した(乙9)。

    

原告は,同年11月9日,本邦に上陸した(乙1,8)。

 

 

(5)東京入管さいたま出張所(以下「さいたま出張所」という。)入国警備官,東京入管新宿出張所(以下「新宿出張所」という。)入国警備官及び東京入管入国警備官(以下,さいたま出張所入国警備官,新宿出張所入国警備官及び上記東京入管入国警備官らを併せて「本件入国警備官」という。)は,平成17年3月17日,埼玉県警察本部外事課等と合同で,本件パブの摘発に着手した。

 

(6)新宿出張所入国警備官は,平成17年3月17日,埼玉県警察深谷署(以下「深谷署」という。)で原告に係る違反調査を行い(乙8),翌日午前1時45分,原告に対し,収容令書を執行し(乙14),原告を東京入国管理局に護送し,東京入管収容場に収容した(乙6,7)。

 

(7)新宿出張所入国警備官は,平成17年3月18日,原告を東京入管入国審査官に引き渡した(乙15)。

 

(8)東京入管入国審査官は,平成17年3月18日,東京入管で,原告に係る違反審査をし,その結果,原告が入管法24条4号イに該当する旨の認定(以下「本件認定」という。)をし,これを原告に通知し,原告は,その直後,口頭審理放棄書に署名指印した(乙17)。

 

(9)処分行政庁は,平成17年3月18日,原告に対し,退去強制令書発付処分をし(以下「本件発付処分」という。),東京入管入国警備官は,同日,同退去強制令書を執行した。

    

処分行政庁は,同日,原告に対し仮放免を許可した。

                           (以上について,乙1)

 

(10)原告は,平成17年3月28日,フィリピンに向けて自費出国した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2 争点

   

本件の争点は,以下のとおりであり,これに関する摘示すべき当事者の主張は,後記第3掲記のとおりである。

 

(1)本件発付処分に重大かつ明白な瑕疵があるかどうか。

 

(2)本件発付処分及び本件パブの摘発において,原告に対する国家賠償上の違法行為があったかどうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 争点に対する判断

 

1 争点(1)について

 

(1)入管法によれば,本件にかかわる一連の手続は,以下のとおりである。

 

入国管理官は,入国警備官から入管法24条各号の一に該当すると思料される外国人(容疑者)の引渡しを受け,審査の結果,容疑者が同条各号のいずれかに該当し,かつ,出国命令対象者に該当しない者(退去強制対象者)に該当すると認定したときは,

 

速やかに理由を付した書面をもって,主任審査官にその旨を知らせ,この場合には,当該容疑者に対し,入管法48条の規定による口頭審理を請求することができる旨を知らせなければならず(入管法45条1項,47条3項,4項),

 

容疑者が入国審査官の上記認定に服したときは,主任審査官は,速やかに,同法51条の規定による退去強制令書を発付しなければならないとされている(同法47条5項)。

 

 

 

(2)

 

 

ア 上記のような手続を経て本件発付処分が行われるところ,

 

 

原告は,

 

①まず,フィリピンパブというものは,フィリピン人女性が歌ったり踊ったりするショーがあるのみならず,同女性らが客のいるテーブルに来て水割りなどを作ったり,話をしたりする接客を行うところであることは,公知の事実である旨主張し,本件発付処分の前提となる本件認定を争う(以下「原告の主張①」という。)。

 

②さらに,原告は,従来は,フィリピンパブでは,フィリピン人女性が接客を行うことを熟知した上で,興行の在留資格が認められ,かつ,こうした活動を行っても退去強制事由に該当しないものとされてきたが,

 

東京入管は平成17年来,方針を転換し,上記活動が退去強制事由に該当するものと扱うようになったとした上で,

 

原告のように,既に在留している者に対し,在留期間の途中で一方的に方針を転換し,上陸拒否という制裁を含む退去強制令書発付処分を行うことは,著しく不公正であり,

 

憲法31条に定める適正手続の要請に反し,

 

このような状況の下でなされた本件発付処分は重大かつ明白な違法があり,無効である旨主張する(以下「原告の主張②」という。)。

 

③そして,原告は,日本語も英語も日常会話ができるにすぎないのに,本件発付処分に至る手続では,原告が理解できる言語で本件認定の内容やその理由が説明されたことはなく,

 

また,原告は,口頭審理を請求できる旨の告知を原告が理解できる言語で受けないまま,

 

「これから作る書類にすべてサインしたら,すぐにフィリピンに帰れるが,サインしなければモンキーハウス(刑務所ないし監獄の意味)に行くことになる。」という脅迫的な言辞を受け,

 

口頭審理放棄書に署名指印させられたとして,本件発付処分に至る手続に重大かつ明白な違法がある旨主張する(以下「原告の主張③」という。)。

   

 

 

 

イ しかしながら,そもそも,

 

原告の主張①及び②は,在留資格についての解釈又はその前提となる事実認定や実務運用上の誤りにつき,取消事由となる違法性をいうにとどまり,無効原因になるような主張とはいえず,

 

この点において既に主張自体で理由がないといえるが,

 

後述の国家賠償請求との関係もあることから,原告の主張③とともに,更に進んで検討することとする。

 

 

(3)原告の主張①について

   

 

ア 原告の主張①に対し,被告は,

 

原告が平成17年10月27日に来日し,同日から本件パブで,午後6時から午前2時までの間勤務していたが,

 

金,土,日曜日を除き1日1回約30分行われるショーに毎回出演するわけでもなく,

 

出演しても日本語の歌を2曲歌う程度で,それ以外の時間は,ホステスとして稼働し,

 

これにより,プロモーターとの契約による月額約6万円の給与のほかに,

 

労務提供の対価として,食費を除き,毎週約1万6500円の収入を得ていたことから,原告は,入管法24条4号イの退去強制事由に該当する旨主張する。

   

 

イ 興行の在留資格を有する外国人が本邦において行うことができる活動は,

 

法務大臣又は入管法69条の2及び同法施行規則61条の2の規定により法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長(以下,両者を併せて「法務大臣等」という。)の資格外活動の許可を受けない限り,

 

「演劇,演芸,演奏,スポーツ等の興行に係る活動又はその他の芸能活動(入管法別表第1の2の投資・経営の項の下欄に掲げる活動を除く。)」に限定される(同法19条1項)。

     

 

そして,入管法24条4号イは,本邦に在留する外国人が

 

「第19条第1項の規定に違反して収入を伴う事業を運営する活動又は報酬を受ける活動を専ら行っていると明らかに認められる者」に該当すること(以下「専業活動要件」という。)を退去強制事由として規定している。

 

 

本法に在留する外国人が在留資格を有しているのであれば,その資格に係る活動が当外外国人の本邦における生活及び活動の根幹をなす限りにおいては,

 

当該外国人の在留は正当化されると考えられることによれば,上記専業活動要件に該当するかどうかは,在留資格に係る活動と,当該外国人が行っている活動が実質的に異なるかどうかという観点から判断するのが相当である。

   

 

ウ 前記前提事実,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,原告の本件パブにおける勤務内容に関して,以下の事実が認められる。

   

 

(ア)原告は,フィリピンの政府が発行している芸能タレントとしての証明書の発行を受けた者である(甲1,10)。

   

 

(イ)本件パブは,午後6時から午前2時ころまで営業しており,その中で月曜日から木曜日まで,1日2回程度のショータイムがあった。ショータイムは1回25分程度であり,その中で原告が歌うのは2,3回であった。

      

原告は,ショータイム以外でも,1日6ないし10回,客のリクエストにこたえて日本の歌を歌ったり,客と一緒に歌うことがあった。

      

それ以外の時間は,客の隣で話しをしたり,たばこに火を付けたりというサービスを行っていた。

       (以上について,甲1ないし5,7,10,乙7,8,9)

   

 

(ウ)原告は,プロモーターとの契約で,

 

1か月約6万円の給料を受けることとなっていたが,

 

このほかにも,客と同伴して出勤した場合には1回1000円ないし2000円が,

 

また,客からの指名があった場合には,1回200円がそれぞれ原告に支払われることとされていた。

 

さらに,指名客が原告のために飲物やフルーツを注文した場合にも,原告に一定の金員が支払われることとなっていた

 

飲物については100円,フルーツについては240円ないし500円)。これにより原告に支払われた金員は,1週間で約1万6500円であった。

      

 

なお,本件パブのタレント用のマニュアルでは,タレントは,勤務開始1か月以降は,1週間に1度,又は1か月に4回以上,同伴出勤することとされていた。

                     (以上について,乙8,9)

   

エ 上記ウの事実によれば,原告は,歌手として,興行の在留資格で本邦に上陸したが,

 

本件パブでの勤務時間の大半は接客に費やされていたこと,

 

その収入についても,接客に関し支払われる金員が,プロモーターとの間の契約に基づく給料に匹敵するものであったこと,

 

及び,本件パブのマニュアルによって,

 

原告は,接客の一態様である同伴出勤を毎月一定回数以上行うよう義務付けられていたことが認められる。

 

 

これらの事情によれば,本件パブで,原告はショータイム等で歌手として歌うこともないわけではなかったが,その実態は接客の一環であり,

 

原告は,専ら接客の業務に従事していたことが認められる。

 

これに対し,甲1ないし3,5,7,8及び10には,接客が歌手らのエンターテイナーとしての仕事の一部であったとする部分があるが,上記に照らし,証拠として採用できない。

     

以上によれば,原告の本邦における就労の実情は,その在留資格である「興行」と実質的に異なるものということができ,

 

原告は興行の在留資格に属さない報酬を受ける活動を専ら行っていると明らかに認められる者というべきである。そうすると,原告に退去強制事由が存在したことが認められる。

 

 

(4)原告の主張②について

   

ア まず,甲10には,入国管理局の職員が平成10年ころ,本件パブにおける業務を見た上で,問題がない旨述べたとする部分があるが,

 

入国管理局の職員が,本件パブの経営者に対し,殊更このような趣旨の発言をすべき合理的な理由は想定し難い。

 

かえって,乙7には,本件パブの摘発は一般人から

 

「本件パブに入管職員や警察官が出入りしているため摘発を受けないとスタッフが話している。」旨の情報があったことを契機として行われた旨の記載があり,

 

このことに照らすと,仮に上記のような発言があったとしても,それは上記職員の正規の業務上の発言とみることはできない。

 

したがって,甲10の上記部分は,証拠として採用できない。

  

 

 

イ また,乙32によれば,平成17年,入管法が改正されたことに伴い,省令においても,興行の在留資格を有する者の上陸基準のうち,

 

「外国の国若しくは地方公共団体又はこれらに準ずる行使の期間が認定した資格を有すること」が削除され,従前の定めが変更されたことが認められる。

     

 

しかしながら,前記のとおり,原告は,興行の在留資格に対応しない活動を行っていたことから摘発されたのであり,芸能人資格証明書等を持って入国したことを理由に摘発されたのではないから,このことは,原告の主張を根拠付けるものではない。

   

 

ウ むしろ,前記のとおり,興行の在留資格で認められるのは,演劇,演芸,演奏,スポーツ等の興行に係る活動又はその他の芸能活動に限定され,

 

これには飲食店における接客は含まれないと考えるべきであり,

 

仮に,本件パブのような飲食店で,興行の在留資格で本邦に上陸した者が資格外活動を行っている事実が広く存在していたとしても,

 

上記在留資格が,接客をも含む趣旨で付与されたとみることはできないし,同活動が退去強制事由に該当しないとの運用が確立していたと認めることもできない。

 

 

 

 

(5)原告の主張③について

   

ア この点に関して,甲1及び甲7には,原告が係官から,

 

日本語で「これから作る書類にすべてサインしたら,すぐにフィリピンに帰れるが,サインしなければ,モンキーハウスに行くことになる。」と脅迫され,

 

 

早くフィリピンに帰る方がいいと思って,意味が分からなくても署名することとしたのであり,口頭審理放棄書に記載されている英文も分からない単語を含み,内容が頭に入らなかったとする部分がある。

   

 

イ しかしながら,原告の審査調書である乙16には,

 

原告が,入国審査官の日本語による審査に対し,「認定に服せば,帰国しなければならないことは分かりました。認定に服し,口頭審理の請求はしません。」と供述した旨の記載があり,口頭審理放棄書である乙17には,原告の署名指印がある。

     

 

これに加えて,前記前提事実によれば,原告は3回の来日歴があり,約1年4か月にわたり,接客を含む業務に従事していたのであり,

 

日本語での日常会話程度が可能なことは自認するところであるから,

 

上記審査の内容も理解できてしかるべきと考えられる。

 

また,乙17によれば,口頭審理放棄書の英訳には,入国審査官の退去強制事由に該当する旨の認定に異議がない旨記載されており,当該部分に使用されている英単語(「I have no objection」等)が,格別理解困難であるとは考えられず,このことからも,原告は,本件認定の内容を理解し,それに服する意図であったことが裏付けられる。

     

 

そして,原告主張の係官の発言も,その内容に照らすと,口頭審理を請求すると収容が継続されることになるという手続の流れを説明をしたものにすぎないと解されるので(甲8にはこれにそう部分がある。),それに原告に不利益な内容が含まれていても,上記口頭審理放棄書への署名指印が,脅迫によるものであったということはできない。

     

これらの事実によれば,原告は,審査の過程で,不服の有無や口頭審理の請求の有無について説明を受け,その意思に基づき,口頭審理放棄書に署名指印したものと考えられる。したがって,原告が口頭審理放棄書に署名指印する過程において,重大かつ明白な違法があったということはできない。

 

 

3 争点(2)について

 

(1)原告は,以下に記載するとおり,本件認定及び本件発付処分が不法になされ,日本で退去強制の対象となった旨旅券に記載されたため,グアム島及び韓国で日本におけると同様の活動をするため査証の申請をしても,査証を取得できなかったとして,グアム島で稼働した場合の1年分の逸失利益1万5600ドルに相当する金額である177万8400円(1ドル114円で計算)を請求し,また,本件パブの摘発及びその後の手続の際に,原告に対する下記の違法行為があり,これによって原告が精神的損害を被ったとして,慰謝料100万円を請求する。

 

 

(2)まず,原告は,東京入管は前記のとおり,原告の在留期間中に不当にそれまでの方針を転換し,本件の摘発を行い,その手続の中で,本件入国審査官は,原告に対し,脅迫的な言辞を述べ,違法に口頭審理放棄書に署名指印させた上で,違法に本件発付処分をした旨主張するが,この点に問題がなく本件発付処分は適法であることは,既に前記2で検討したとおりである。

 

 

(3)

 

ア 次に,原告は,本件入国警備官は,本件パブの摘発の際,

 

原告を含む本件パブの従業員を座らせ,動かないよう指示するとともに,その周囲に立ちはだかり,全く自由に行動できないようにして,法律上の根拠なく身柄を拘束し,

 

翌18日午前11時30分ころに食事を与えられるまで,

 

原告に一切の食事を与えず,かつ,睡眠も許さなかったこと,

 

原告が連行されるに当たり,衣装から平服に着替えた際,

 

本件入国警備官が退室を拒み,その結果,原告は男性入国警備官の面前での着替えを余儀なくされたこと,

 

この連行の際に原告がトイレを使用した際にも,男性入国警備官が同行し,トイレのドアを30ないし40センチメートル開けた状態で用を足さざるを得ず,

 

原告に対する身体検査も,東京入管の女性職員1名と男性職員3名によって行われたこと等が原告に対する違法行為に当たる旨主張する。

   

 

 

イ まず,入管法27条,28条によれば,入国警備官は,同法24条各号に該当すると思料する外国人があるときは,

 

当該外国人につき違反調査ができ,

 

その目的を達するために必要な取調べをすることができる

 

(ただし,強制の処分は,特に規定のある場合でなければすることができない。)。

 

また,同法36条によれば,入国警備官は,取調,臨検,捜索又は押収をする間は,

 

何人に対しても,許可を得ないでその場所に出入りすることを禁止することができる。

   

 

ウ そして,前記前提事実,掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,前記アの主張に関連する摘発経緯・状況については,以下の事実が認められる。

   

 

(ア)さいたま出張所入国警備官は,平成17年3月14日,本件パブで訴外フィリピン人女性が資格外活動をしている容疑で,本件パブの臨検捜索押収許可状の発付を受けた(乙4,5)。

   

 

(イ)本件入国警備官は,

 

平成17年3月17日午後7時55分,

 

上記臨検捜索押収許可状を示し,本件パブに立ち入り,店舗内の客に退店してもらった。

 

また,本件入国警備官は,本件パブで勤務していたフィリピン人女性23名(原告を含む。)の身分を確認したところ,全員が在留資格を興行とするものであることが判明した。

 

上記フィリピン人女性は,本件店舗の2階に存在した従業員寮で,荷物を整理した上で,深谷署に移動した。

                     (以上について,乙6,7)

   

 

 

(ウ)本件入国警備官は,深谷署で上記フィリピン人女性に対し,違反調査を行い,また,

 

平成17年3月18日午前1時45分,収容令書が発付された旨告げて身柄を拘束し,東京入管まで護送の上,同日午前6時,東京入管収容場に収容した(乙7,14,22)。

   

 

(イ)同日,原告について,退去強制令書が発付され,その後,同日午後7時10分,原告は仮放免を許可された(乙18)。

   

エ そこで,前記イの入管法上の権限及び上記ウの認定事実を踏まえて,以下検討する。

   

(ア)甲1ないし8には,原告及びそのほかのフィリピン人女性は,本件入国警備官の立入り後,従業員寮があった本件パブの2階に連れられ,荷物をまとめるよう指示されており,その間,ベランダに出ることや退室することが許されず,そのまま,深谷署に連れられたとする部分がある。

      

しかるに,前記事実によれば,本件入国警備官は,本件パブに立ち入った際に,原告らフィリピン人女性がいるのを現認し,本件パブ内の状況から,同女性らが,ホステスとして資格外活動を行っていると思料し,

 

こうじた状況の下で,本件入国警備官は,深谷署で事情聴取ないし違反調査を行うべく,

 

上記フィリピン人女性らに同行を求め,そのために,着替えや荷物の取りまとめを求めたことが認められる。

 

これは,本件入国警備官が,入管法上の違反調査という正当な目的のため,原告の同行を求めたものであるといえる。

      

そして,原告を含む上記フィリピン人女性らが本件パブで接客を行っており,少なくとも日常会話程度の日本語を話すことができ,

 

本件入国警備官から同行を求められた際にも同行を拒絶する意思を伝達する程度の会話能力があったと考えられるにもかかわらず,

 

このとき,上記フィリピン人女性らが着替え,荷物の取りまとめ又は深谷署への同行を拒絶した形跡がうかがわれず,

 

また,本件入国警備官が殊更に原告を含む上記フィリピン人女性の意思を抑圧するような言動をとったり,

 

これらの者に対し有形力を行使した形跡もうかがわれない。

 

こうした事情に照らすならば,仮に原告を深谷署に任意同行する際,

 

本件入国警備官が,原告やそのほかのフィリピン人女性を制止したり説得したりすることがあったとしても,

 

甲1ないし8の上記部分によって,それが社会的相当性を欠いていたとみるべき事情があったと認めるには足りない。

   

 

 

(イ)さらに,原告は,男性職員が原告の着替え中に退室しなかったこと,原告がトイレを使用中,その周辺に立ち会い,かつ,扉を30ないし40センチメートル開けたまま使用させたこと,及び身体検査にも女性職員とともに立ち会った旨主張し,甲1,2,4,5,7及び8には,これにそう部分がある。

      

 

これに対し,乙21には,摘発現場からの任意同行の際に,

 

男性職員が女性の着替えの場に立ち会うことはないこと,

 

女性の容疑者がトイレを使用する場合,女性職員が立ち会い,逃亡ないし自損行為防止のため扉を10センチメートル程度あけておくことがあり,

 

また,女性職員の人数が足りない場合には,男性職員がトイレ付近まで連行の応援をすることがあるが,

 

トイレ内まで同行することはないこと,及び,男性職員が女性の容疑者の身体検査を行うことはないこと等の記載がある。

      

 

これらのことに加え,原告の身体検査は女性入国警備官が行ったことが認められること(乙21,22),及び,

 

原告を含む容疑者が違反調査の際に上記のような事実を述べたり,異議を述べていなかったことを考慮するならば,

 

原告の主張にそう上記各証拠を考慮しても,本件入国警備官の行為は,本件パブの捜索押収ないし原告に対する任意の事情聴取ないし違反調査に伴うやむを得ない限度にとどまったものとみることが相当であり,

 

それが社会的相当性を欠いていたと考えるべき事情があったと認めるに足りない。

   

 

(ウ)原告は,事情聴取ないし違反調査の際,本件入国管理官は,原告が睡眠をとることを許さず,また,食事を与えなかった旨主張し,甲1及び7にはこれにそう部分がある。

      

 

しかしながら,前記のとおり,本件入国警備官が本件パブへ立入りをしたのは,

 

平成17年3月17日午後7時55分であり,収容令書により身柄が確保されたのが,同月18日午前1時45分であり,

 

東京入管収容場に収容されたのが同日午前6時であったことによれば,

 

事情聴取ないし違反調査,収容令書の執行,深谷署から東京入管収容場への護送等の手続が深夜から早朝まで及び,

 

それにより,原告が通常に睡眠をとれなかったとしても,やむを得ない面があり,

 

本件全証拠によっても,この点において,本件入国警備官の行為が社会的相当性を欠いたと考えるべき事情があったと認めるには足りない。

      

 

また,乙24ないし26によれば,平成17年3月18日の朝食は,原告の分も含めて用意され,提供されたことが認められる。

 

(4)そうすると,本件パブの摘発及びその後の手続において,原告に対する違法行為があったということはできない。

 

 

3 結論

   

以上によれば,本件発付処分に重大かつ明白な違法があったと認めることはできず,また,本件発付処分に至る手続において,原告に対する違法行為があったということもできない。そうすると,原告の請求は,いずれも理由がないので,これを棄却することとし,訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。

 

    東京地方裁判所民事第2部

        裁判長裁判官  大門 匡

           裁判官  吉田 徹

           裁判官  倉澤守春