永住資格のない外国人の住宅ローン

 

 

 

 

 

 損害賠償請求事件、 東京地方裁判所判決/平成12年(ワ)第2316号、判決 平成13年11月12日、判例タイムズ1087号109頁

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 永住資格のない外国人の住宅ローン申込みに応じなかった銀行の行為が不法行為に当たらないとされた事例

 

 

【判決要旨】

 

 永住資格の有無は基準として客観的かつ明白で、その適用に恣意の作用する余地はなく、銀行が私企業として住宅ローンにより十分な利益を上げ、採算をとる目的を達成する方法として合理性に欠けるものでないことを考え併せれば、銀行が外国人に永住資格のないことを理由として住宅ローンの申込みを受け付けなかったことには、合理的理由があり、銀行が住宅ローン申込みを拒絶したことは、憲法14条1項等に違反するものではなく、銀行の行為は不法行為にあたらない。

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 

1 原告の請求を棄却する。

 

2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       

 

 

 

事実及び理由

 

第1 請求

 被告は、原告に対し、金1,100万円及びこれに対する平成12年2月17日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。

 

 

 

第2事案の概要

 本件は、外国人である原告が被告に対し住宅購入のため住宅ローンの融資を申し込んだのに対し、被告が、原告には永住者の在留資格(出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)2条の2第3項、22条。以下「永住資格」という。)がないことを理由としてこれを拒絶したところ、原告が、この拒絶は人種及び国籍を理由として原告を差別したことにほかならず、憲法14条1項及びあらゆる形態の人種差別の撤廃に関する国際条約(平成7年条約第26号。以下「人種差別撤廃条約」という。)並びに市民的及び政治的権利に関する国際規約(昭和54年条約第7号。以下「国際人権B規約」という。)26条に違反する不法行為であり、原告はこれにより著しい精神的苦痛を被ったと主張して、被告に対し、民法709条、710条に基づき、慰謝料など合計1,100万円の損害賠償を求めた事案である。

 

 

1 前提となる事実(末尾に証拠を掲げない事実は、当事者間に争いがない。)

 

(1)当事者等

 

ア 原告は、1959年(昭和34年)11月20日に米国オハイオ州で出生し、米国国籍を有するジャーナリストであり、平成2年6月18日以降、報道を在留資格として日本に滞在している。原告は、自然科学に関する報道番組を制作する米国法人ディスカバリー・サービス・インク(以下「ディスカバリー・サービス」という。)の日本における代表者及び株式会社グローブネットプロダクションズの代表取締役社長を務めている。また、原告は、日本外国特派員協会の会長を経て、現在は、在日外国報道協会の会長である。

 原告は、平成10年1月から、標記の住所において、訴外甲野春子(以下「春子」という。)と共同生活を営み、両者の間には、同年8月、第1子が出生した。原告と春子は、平成12年3月9日米国ネバダ州で婚姻の登録をした(甲1、28、31、証人春子)。

  

イ 被告は、銀行法上の銀行業を営む株式会社であり、平成11年6月当時、東京都内に新宿中央住宅ローンセンター及び初台支店を設置していた。

 

(2)原告は、(1)のとおり春子と共同生活を開始したことから、生活の本拠を日本とすることを考えていたところ、原告の日本滞在が6年間を超え、本国である米国のみならず日本における課税の対象となり、また当時月額45万円の賃料を負担していたことから、平成11年3月の確定申告の直後、融資を受けて住居用のマンションを新たに購入することを決断した。

 そして、原告は、同年6月初旬ころ、株式会社ユニハウス(以下「ユニハウス」という。)旗の台店が仲介する、東京都渋谷区代々木〈略〉に所在するマンション(以下「本件不動産」という。)を購入することにした(甲2、28、証人春子)。

 

(3)原告は、本件不動産を購入するに当たり、ユニハウス担当者の紹介により、頭金430万円以外は、被告で住宅ローンを組むこととし、平成11年6月20日ころ、取扱店であるユニハウスの関連会社ユニビジネス(以下「ユニビジネス」という。)に対し、ローン借入申込書及び添付資料を提出した。

 原告が融資の申込先を被告にしたのは、原告が勤務するディスカバリー・サービスの日本における主要な取引銀行が被告であったからである。なお、この融資申込当時、原告は永住資格を有しておらず、入管法に基づく平成11年7月12日当時の原告の在留期間は、平成9年6月12日から同12年6月12日までと定められていた。

 原告は、平成11年6月25日、ユニハウスの仲介で、大伸フード株式会社との間で、本件不動産を代金7,280万円で買い受ける契約を締結し、頭金430万円を支払った(ディスカバリー・サービスの主要取引銀行が被告であった事実及び原告が融資申込当時永住資格を有していなかった事実は、当事者間に争いがない。その他の事実について、甲1、3、28、証人春子)。

 

(4)ユニビジネスの担当者乙川(以下「乙川」という。)は、同年6月29日、原告が提出したローン借入申込書等を被告の新宿中央住宅ローンセンターに持参した。同センターの行員丙山(以下「丙山」という。)は、原告が提出した融資申込書及び添付資料を確認したところ、原告の登録済証明書に永住者である旨の表示がなかったので、この点を乙川に確認した。乙川は、丙山に対し、原告が永住資格を有すると主張している旨返答した。

 丙山は、原告が現状では永住資格を有するとは認められないものの、場合によっては近い将来永住資格を取得することもあることから、原告の永住資格の有無について再度確認する必要があると考え、乙川に対し、永住資格の再確認を依頼した(甲1、乙1の4、弁論の全趣旨)。

 

(5)春子は、被告が住宅ローンの申込みを受け付けたとの連絡をしなかったので、同年7月1日、融資申込みの現状を確認するため、被告の新宿中央住宅ローンセンターを訪問した。春子は、応対した丙山に対し、被告が住宅ローンの申込みを受け付けなかった理由について質問した。丙山が、永住資格のない外国人に対しては住宅ローンの融資申込みを受け付けることができないことを説明すると、春子は、原告が勤務するディスカバリー・サービスの主力取引銀行が被告の初台支店であることなどを挙げて、再検討を求めた。丙山は、永住資格のない外国人については住宅ローンに応じることができないとの説明を繰り返し、融資を拒んだが、春子が、ディスカバリー・サービスが被告の初台支店で取引を行っている旨を述べたことから、同人に対し、初台支店で相談することを勧めた。

 

(6)春子は、同年7月5日、被告の初台支店を来訪した。応対した同店の融資係丁田(以下「丁田」という。)は、ローン借入申込書など申込みの内容を確認できる書類がなかったため、春子に対し、ユニハウスからローン借入申込書等の書類を送ってもらい、その内容を確認した後に改めて連絡する旨述べた。その後、丁田は、ユニハウスからファクシミリ送信された原告の登録済証明書を確認したところ、原告が永住資格を有する旨の記載はなかった。

 そこで、被告の初台支店の行員丙沢一郎(以下「丙沢」という。)は、同月6日午前、春子に対し電話して、原告が永住資格を有しないため、被告は原告の住宅ローンの融資申込みを受け付けることができない旨を説明した。これに対し、春子は、原告が既に6年間以上日本に居住していること、原告が日本人並みに税金を納付していること、日本人である春子が保証する予定であることなどを指摘し、丙沢に対し再検討を求めたが、丙沢はこれに応じなかった。春子は、同日午後、丙沢に対し電話して、被告が原告の融資申込みを受け付けない理由を文書にして提示するよう求めたが、丙沢は、前例がないことを理由にこれを拒絶した(丁田が、ユニハウスからファクシミリ送信された原告の登録済証明書によって、原告が永住資格を有しないことを確認した事実について、甲1、乙2、証人丙沢)。(7)原告及び春子は、被告の元役員を通じて被告に対し住宅ローンの融資に応じるよう働きかけたところ、丙沢は、被告の指示に基づき、同月23日、初台支店の乙原副支店長とともに原告宅を訪問し、春子と面談した。融資を求める春子に対し、丙沢は、住宅ローンは長期的なローンであるため、外国人については永住資格のある者のみを対象としていること、このような取扱いは住宅金融公庫など他の金融機関でも行われていることなどを説明し、住宅ローンの融資申込みを受け付けなかった(原告らが被告の元役員に働きかけた事実について、甲20の4、28、乙2、証人春子、同丙沢)。

 

 

2 本件の争点

 

(1) 被告が原告の融資申込みを受け付けなかったことは、不法行為に当たるか(以下「争点1」という。)。

 

(2) 原告の損害(以下「争点2」という。)

 

 

 

 

 

 

 

 

3 争点に関する当事者の主張

 

(1) 争点1について

  

ア 原告の主張

   

(ア) 憲法14条1項は、個人が人種により差別されないことを保障し、この保障は、性質上、外国人に対しても適用されるところ、私人間における平等侵害については、民法1条、90条、709条、710条などを通じて憲法の条項を間接的に適用すべきである。そして、憲法が禁止する人種差別の意義について、我が国が締結した人種差別撤廃条約の1条1項は、「人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するもの」と規定し、極めて広汎な種類の集団に対する差別を禁止するとともに、曰本政府は、同条約2条及び5条に基づき、政府との関係に加え、私人間における人種差別を禁止又は終了させる義務を負うのみならず、同条約6条に基づき、人種差別の結果被ったあらゆる損害について、公正かつ適正な賠償を求める権利を確保すべき義務を負っているのである。

 したがって、私人間の法律関係に憲法14条1項を間接的に適用するに当たっては、人種差別撤廃条約1条1項を解釈の基準とすべきであり、同条約1条1項が禁止する差別行為は、不法行為法上も違法の評価を受け、不法行為を構成するというべきである。

 本件において、被告が、その融資政策に基づき、そのローン事務取扱手続において外国人に対する住宅ローンの融資について永住資格を要求し、当該外国人の我が国に対する定着度や与信の必要性を具体的に考慮することなく、住宅ローンから永住資格を有しない外国人を一律に排除していることは、形式的には人種差別撤廃条約1条1項が予定していない国籍や在留資格による区別ではあっても、実質的には、主として日本人と同様の生活言語や文化習慣を持つ特別永住者等を融資の対象とし、原告のように、いかに日本に定住していてもそのような生活言語などを持たない外国人を排除する効果を有するのであるから、人種差別撤廃条約1条1項が明示する「民族的又は種族的出身」に基づく排除を行うことにほかならず、しかも、その排除は、日本への定住度が大きければ大きいほど生活上必要となる与信を受けるという経済活動上の権利の享有を妨げるという目的又は効果を有しているのである。したがって、被告が原告の融資申込みを受け付けなかったことは、同条約1条1項が禁止する人種差別に該当し、憲法14条1項に違反する違法な行為であり、不法行為を構成する。

 被告は、差別的取扱いの根拠として、住宅ローンの定型化の要請があることを主張するか、定型化の要請があるとしても、それは永住資格を持たない外国人を排除することとは無関係であり、しかも、被告を除く他の多数の都市銀行は、永住資格を持たない外国人による住宅ローンの申込みを一律に拒絶することはなく、日本人と同等に取り扱うか又は融資の可否を決するに当たり考慮する要素として取り扱うにすぎないのであるから、差別的取扱いの根拠となりえるものではない。また、被告は、住宅ローンにおけるコスト削減の要請を指摘するが、コスト削減の必要があることと誰を融資の対象とするかは無関係であるから、被告の差別的取扱いを正当化しうるものではない。さらに、被告は、永住資格を有しない外国人が在留期間経過後に出国することにより債権管理コストが増大することを防止する必要があると主張するが、住宅ローンの返済の途中に出国することは永住資格の有無とは関係なく、日本人でもあり得ることであるし、しかも、このような事態は例外的に生じるにすぎないのであるから、海外にも拠点を有する都市銀行である被告が負担できない程度のコストではない。

 したがって、被告の差別的取扱いは、合理的な根拠を欠くというべきである。

 また、憲法14条1項は、社会的身分による差別も禁止しているところ、外国人の在留資格か在留期間など本来の制度趣旨と離れた場面で用いられるときは、当該外国人に対する呼称として、一種の社会的身分を形成すると解すべきである。そして、被告が、特定の外国人集団に属する者について、何ら合理的な根拠のない永住資格により一律に融資の対象から除外することは、社会的身分により原告を差別したことにほかならないのであるから、被告の融資拒絶は、この点からも憲法14条1項に違反する違法な行為であり、不法行為を構成する。

   

(イ) 国際人権B規約26条は、人種、皮膚の色、国民的若しくは社会的出身等による差別を禁止するとともに、これらの差別に対する効果的な保護を保障しているところ、国際人権B規約は、それ自体は締約国の義務を定めるものであり、私人に対して直接に義務を課するものではないが、憲法と同様、その趣旨は個別的な実体私法の各条項を通じて実現されるべきであるから、国際人権B規約26条が禁止する差別に該当する行為は、不法行為法上も違法の評価を受けると解すべきである。

 そして、国際人権B規約26条が禁止する「差別」の意義について、人権委員会は、同規約の解釈に関する一般的意見において、人種差別撤廃条約1条1項にいう「差別」などと同様、全ての人々が対等の立場で、全ての人権と自由とを認識し、享受し、行使することを阻止し又は妨げる目的を有し、又はそのような効果を有するものを意味すると解釈しているところ、外国人に対してのみ何ら合理性のない永住資格という要件を課す被告の融資政策は、特定の外国人集団を一律に融資の対象から排除するものであるから、「国民的若しくは社会的出身」に基づき区別することにほかならず、しかも、前述のとおり、その排除は、日本への定住度が大きければ大きいほど生活上必要となる与信を受けるという経済活動上の権利の享有を妨げる目的又は効果を有しているのであるから、国際人権B規約26条が禁止する「差別」に該当し、違法である。

 したがって、被告が原告の融資申込みを受け付けなかったことは、不法行為を構成する。

  

 

 

 

 

 

イ 被告の主張

 被告が住宅ローンの申込みを受け付けなかった行為が不法行為に該当するとの主張は争う。

   

(ア) 被告がローン事務取扱手続を定め、外国人について永住資格を要求している趣旨は次のとおりであり、原告ら永住資格を有しない外国人を差別する目的で永住資格要件を課しているのではない。

 まず、住宅ローンは、相当期間にわたって居住する自宅を購入するための資金として使用されることを前提とする商品であり、被告は、この特性にかんがみ、住宅ローンの利率を低利率に抑えるとともに、その返済期間も長期間としている。そして、このような住宅ローンの性格からすれば、貸付対象者が相当期間にわたって居住することが明らかな場合に限って融資することが相当であるところ、永住資格を有しない外国人は、在留期間が原則として3年間以内と定められており、住宅ローンの申込みの時点において、相当期間にわたり居住するとはいえないことが判明していることから、住宅ローンの融資を行わないこととしている。また、一般の企業向け融資と比較して、住宅ローンは、契約事務費や管理費等のコストが相対的に高いため、被告が住宅ローンにより大きな利潤を効率的に挙げるためには、住宅ローンを大量に処理するとともに、その経費を節減することが求められる。被告は、このため、外国人に対する住宅ローンの要件として、前記の住宅ローンの商品としての性格を考慮に入れ、貸付対象者が相当期間にわたって居住するか否かを客観的から迅速に判断できる定型的な基準として、永住資格を要求している。

 さらに、永住資格を有しない外国人に対し住宅ローンを融資し、在留期間経過後に当該外国人が出国した場合、被告は、当該外国人に対し通知、連絡等の債権管理コストを負担することになるが、それでは経費の節減という前記の目的に反することから、被告は、この目的を達成するため、外国人に対する住宅ローンには永住資格を要求している。

 このように、被告がローン事務取扱手続において永住資格要件を定めた目的には合理的な根拠があり、かつ、その目的を達成するための手段である永住資格要件も客観的かつ明確なものであって、合理的なものといえるから、被告の取扱いは人種差別撤廃条約1条1項が禁止する「差別」に該当するものではない。

 原告は、被告の取扱いは、人種差別撤廃条約1条1項が明示する「民族的又は種族的出身」に基づく排除を行うことにほかならないと主張するが、永住資格を要求する趣旨は前述のとおりであり、「民族的又は種族的出身」により外国人を差別する目的は全くない。また、被告は、永住資格を有する外国人に対しては住宅ローンの融資を行い、融資申込者が日本人であったとしても、将来日本国内に永住的に居住する予定がないときには、被告は融資を拒絶しているし、さらに、被告は、ローン事務取扱手続において、申込受付の段階で外国人であることを唯一の理由として拒絶してはならない旨を明記し、人種及び国籍を理由とする差別的取扱いをしないよう行員に対し徹底しているのであるから、原告の主張は失当である。

   

(イ) また、被告の取扱いは、前記のように合理的な理由があり、国際人権B規約26条が禁止する差別にも該当しない。

 

(2) 争点2について

  

ア 原告の主張

 原告は、人種及び国籍を理由とする差別という被告の不法行為により、すでに売買契約が成立していた本件不動産の購入を断念せざるを得なくなり、人間としての尊厳を著しく傷つけられることになった。また、原告は、今日に至るまで自らの努力により勝ち得た社会的地位や経済力によって、住宅ローンを受け、本件不動産を購入することは十分に可能であると自負していたところ、被告の差別により、このような自負心も打ち砕かれた。さらに、被告は、その内部マニュアルにより原告を差別したのであるが、原告の再三の要求にもかかわらず、この内部マニュアルを開示しないばかりか、申込拒絶の理由について合理的な理由を説明することもなく、双方の交渉や努力により問題を解決する道を自ら閉ざしたのであって、このような被告の不条理な対応により、原告は、日本における生活について、甚大な不安を感じるようになった。

 以上のとおり、原告は被告の不法行為によって重大な精神的苦痛を被り、被告がローン事務取扱手続を定め、一般的な融資政策として永住資格を有しない外国人を排除しており、この差別による被害者は原告以外にも多数存在すると考えられることなど、被告の不法行為の強い違法性を考え併せれば、この精神的損害は1,000万円を下らない。

 また、本件事案の複雑さや多岐に渡る法的論点にかんがみれば、原告が本件訴訟を追行するためには弁護士に訴訟委任することが必要不可欠であるから、原告は、弁護士費用として、前記慰謝料の1割に相当する100万円を請求する。

  

イ 被告の主張

 損害に関する原告の主張は争う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

1 〈証拠略〉及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

 

(1) 被告が原告の住宅ローンの申込みを拒絶したのは、外国人に対する住宅ローンの融資については、当該外国人に永住資格のあることを要件とする被告のローン事務取扱手続を定めた規定に基づくものである。

 被告は、いわゆる個人ローンについてローン事務取扱手続を定める規定を設け、申込受付、稟議・契約、実行・回収手続等の各手続において被告の行員が拠るべき基準や採るべき手段を具体的に明らかにしている。この規定によれば、貸付対象者が外国人である場合は、永住資格のある者と永住資格のない者を区別し、永住資格のある外国人はローンの対象者として日本人と同様に取り扱うが、永住資格のない外国人は、貸付期間が在留期間内であることや、在留期間内の返済及び完済に懸念がないことを確認できることなどの条件を満たす場合に限って、貸付の対象者とするが、住宅ローンやアパート・マンションローンなど被告又は保証会社が担保を微求するローンについては、前記の定めにかかわらず、永住資格を有しない外国人は、貸付の対象者とすることはできないとしている。

 また、被告のローン事務取扱手続を定める規定では、外国人によるローン申込みに関する注意事項として、申込受付の段階で申込者が外国人であることを唯一の理由として申込みを拒絶してはならないと定め、海外転勤等で外国に勤務している日本人は、非居住者となり、種々の法的制約が生じるため、原則としてこれらの者に対するローン貸出の取扱いをしない旨を定め、また、融資申込者が日本人であっても、同人が国内に永続的な居住予定がない場合には、住宅ローン融資を拒絶している。

 

(2) 住宅ローンは、相当期間にわたり居住することが予定されている住宅を購入するために設定されたローン商品であり、他の消費者金融における債権額と比較してその債権額が極めて大きいことから、被告は、貸出利率を低く抑えるとともに、返済期間を長期間に設定するなどの商品設計を行っている。

 そして、住宅ローンは、一般の企業向け融資に比べて個々の債権額が小さい上、前記のように他の消費者金融より貸出利率を低く抑え、返済期間を長期間に設定するため、融資に要するコスト(契約事務費、債権・担保管理費、債権回収費用など)が相対的に高くなるから、金融機関である被告にとって、住宅ローンは採算性の高い商品であるとはいえない。

 したがって、被告が住宅ローンにより十分な利益を上げ採算を取れるようにするためには、大量の住宅ローンを取り扱うことが必要であり、そのためには、貸付対象者等の要件をできるだけ定型化する必要がある。

 そして、被告が住宅ローンから十分な利益を上げ採算を取れるようにするためには、その事務管理、債権管理、債権回収コストなど住宅ローンを取り扱うためのコストをできるだけ低く抑える必要がある。

 

(3) 被告は、以上のような住宅ローンの性質にかんがみ、そのローン事務取扱手続を定める規定により、以下の理由で、永住資格のない外国人に対する住宅ローンの貸付を行うことができないとしている。

 

すなわち、住宅ローンは相当長期間にわたり居住することが予定される住宅を購入するために設定されたローンであることは前判示のとおりであり、

 

ローン貸付対象者が相当期間にわたり我が国に居住することが前提となるが、永住資格を有しない外国人はその在留期間が3年間に制限されており、一般的に、在留期間経過後は我が国を出国すると考えられるから、住宅ローンの貸付対象者としては不適当である。

 

 

 また、住宅ローンは、被告が十分な利益を上げ採算を取れるようにするためには、これを取り扱うためのコストをできるだけ低く抑える必要があるところ、

 

永住資格のない外国人は、その在留期間が入管法により原則として3年間に法定されているから、在留期間の経過後には日本を出国することが予想され、

 

この場合、被告は、その債権を回収するためには、外国にいる当該外国人に対し通知、催告等のほか、回収のための手続を採るなどの貸付対象者が国内にいる場合には不要な措置を採ることが必要になる。

 

しかし、それでは債権回収のための費用が上昇することになり、住宅ローンのコストをできるだけ低く抑えるという前記要請に反することになるので、

 

被告は、前記の住宅ローンの性質をも考慮し、このような事態をあらかじめ防止する観点から、外国人には永住資格を要求している。

 

 そして、被告が住宅ローンにより十分な利益を上げ、採算を取れるようにするためには、大量処理と経費節減が可能となるよう貸付対象者の要件をできるだけ定型化する必要のあることは前判示のとおりであるところ、

 

被告は、この観点から、融資の申込者が外国人であるときは、その居住期間、居住態様、職業、収入等の具体的事情を問題にすることなく、当該外国人が我が国に相当期間にわたり居住するか否かを定型的に判断しうる基準として、永住資格を要求している。

 

 

2 前記認定事実を前提に、被告が原告の住宅ローンの申込みを拒絶した行為が不法行為に当たるか否かを検討する。

 

(1) 原告は、被告の前記行為が憲法14条1項の規定に違反するので、不法行為に当たる旨主張するところ、法の下における平等の原則を定めた憲法14条1項の趣旨は、特段の事情の認められない限り、外国人に対しても類推されるべきものと解すべきであるが(最高裁昭和37年(あ)第927号同39年11月18日大法廷判決・刑集18巻9号579頁参照)、

 

憲法14条1項の規定は、国又は公共団体の統治行動に対して個人の平等を保障することを目的とするものであり、

 

もっぱら国又は公共団体と個人との関係を規律するものであって、

 

私人相互の関係を直接規律することを予定するものではないから、

 

私人相互の関係に適用又は類推適用されるものではなく、

 

その趣旨は、私的自治の原則との調和を図りつつ、

 

民法709条など個別の実体法規の解釈適用を通じて実現されるべきである。

 

 

 

そして、憲法は、14条1項において法の下の平等を保障すると同時に、

 

他方、22条、29条等において、財産権の行使などの経済活動の自由をも基本的人権として保障しており、

 

企業者である銀行も、その経済活動の一環として契約締結の自由を有し、

 

自己の営業のためにローン契約を締結するに当たり、

 

いかなる者と、いかなる条件の下にこれを締結するか否かについて、

 

法律その他の特別の制限がない限り、

 

原則として事由にこれを決定することができるのであって、

 

被告が、特定の者とローン契約を締結することを拒否したとしても、それを当然に違法とすることはできないと解すべきである(最高裁昭和43年(オ)第932号同48年12月12日大法廷判決・民集27巻11号1536頁参照)。

 

 

 

 しかし、被告の前記行為が、このような契約締結の自由を有することを考慮しても、なお、憲法14条1項の規定の趣旨に照らし、

 

合理的理由を欠き、社会的に許容し得る範囲を超えて、原告の法的利益を侵害すると認められる場合には、民法上の不法行為に当たると解すべきであるので、被告の前記行為に合理的理由があるか否かを検討する。

 

 

 

 

 入管法は、永住資格以外の在留資格に伴う在留期間は、3年を超えることはできないものと定め(2条の2第3項)、

 

その在留期間の更新は、在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理由があるときに限り許可され(21条3項)、

 

在留期間の更新又は変更を受けないで本邦に残留する外国人については、退去を強制することができる(24条4号口)旨を定めているのであるから、

 

永住資格のない外国人は、最長3年間の在留期間の経過後については、本邦に残留することができるか否か不確実な法的地位にあるといえる。

 

 

 そして、住宅ローンは、前判示のように、その性質上、弁済期間が、通常、前記の在留期間を相当大幅に超える長期間にわたらざるを得ないところ、

 

仮に、弁済期間中債務完済前に貸付対象者が本邦を退去せざるを得なくなるとすれば、本邦内に物的担保及び人的担保があるとしても、

 

その債権管理及び債権回収に要する費用、時間、労力が、貸付対象者が本邦内に在留する場合より多大なものにならざるを得ない。

 

そのうえ、前判示のように、住宅ローンが、企業向け貸付に比較して、貸付金額が少額である反面、他の消費者金融より利率を低く抑え、返済期間を長期間に設定するため、被告が私企業としてこれにより十分な利益を上げ、採算を取るためには、契約事務費、債権管理及び債権回収に要する費用、経費、労力をできるだけ低額に抑えるとともに、大量の住宅ローンを取り扱う必要があって、そのためには、融資の条件を定型化する必要性の高いことが認められる。

 

 そして、これらの点は、貸付対象者が前記の期間経過後本邦に在住するか否か不確実な地位にありさえすれば、必ずしも日本国籍を有するか否かで異なるものではなく、

 

被告は、永住資格のある外国人については、住宅ローンの申込みを認める反面、融資申込者が日本人であっても、日本国内に永続的に居住する予定のない場合には住宅ローンの融資を拒絶しており、

 

ローン事務取扱を定めた規定において、申込者が外国人であることを唯一の理由としてローンの申込みを拒絶してはならないと定め、融資申込者が日本人であっても、海外転勤等で外国に勤務している者に対しては、原則として、ローン貸出の取扱いをしない旨定めていたことは前判示のとおりである。

 

 

 以上判示の点に、永住資格の有無は基準として客観的かつ明白で、その適用に恣意の作用する余地はなく、被告が私企業として住宅ローンにより十分な利益を上げ、採算を取る目的を達成する方法として合理性に欠けるものでないことを考え併せれば、

 

被告が原告に永住資格のないことを理由として住宅ローンの申込みを受け付けなかったことには、合理的理由があるものと認められ、

 

住宅金融公庫を除く他の複数の金融機関において、永住資格を住宅ローンの申込みの要件とはしていないこと(〈証拠略〉)も、この認定判断を左右するに足りるものではない。

 

 したがって、被告の前記行為が憲法14条1項に違反し、不法行為に当たる旨の原告の主張は、採用することができない。

 

 

(2) 次に、原告は、被告の前記行為が人種差別撤廃条約に違反する旨主張する。

 

そして、同条約1条1項は、「この条約において、人種差別とは、人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出身に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、社会的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するもの」と定義した上、

 

2条1項(d)において、「各締約国は、すべての適当な方法(状況により必要とされるときは、立法を含む。)により、いかなる個人、集団又は団体による人種差別も禁止し、終了させる」旨を定め、

 

5条において、「輪送機関、ホテル、飲食店、喫茶店、劇場、公園等一般公衆の使用を目的とするあらゆる場所又はサービスを利用する権利」(同条(f))など人種差別が特に生じやすいと考えられる特定の権利を列挙し、

 

締約国が、特にこれらの権利の享有に当たり、あらゆる形態の人種差別を禁止し及び撤廃すること並びに人種、皮膚の色又は民族的若しくは種族的出身による差別なしに法律の前に平等であるという権利を保障することを約束するとともに、

 

6条において、締約国は、自国の管轄の下にあるすべての者に対し、権限のある自国の裁判所及びその他の国家機関を通じて、この条約に反して人権及び基本的自由を侵害するあらゆる人種差別の行為に対する効果的な保護及び救済措置を確保し、並びにその差別の結果として被ったあらゆる損害に対し、公正かつ適正な賠償又は救済を当該裁判所に求める権利を確保する旨定めている。

 

 

 しかし、同条約1条1項にいう「人種」とは、社会通念上、皮膚の色、髪の形状など身体の生物学的諸特徴を共有する人々の集団をいい、

 

「皮膚の色」とは、このような生物学的特徴のうち、最も代表的なものを掲げたものであると解されるところ、

 

前記認定の事実によれば、被告が原告の住宅ローンの申込みを受け付けなかったのは、原告が申込当時永住資格を有しなかったという入管法上の地位を理由にするものと認められ、

 

同条約が、1条2項において、「この条約は、締約国が市民と市民でない者との間に設ける区別、排除、制限又は優先については、適用しない」旨を定め、

 

同条約において、締約国が国籍の有無という法的地位に基づく区別等を設けることを禁止しているとは解されないことを考え併せれば、

 

被告の前記行為は、同条約にいう「人種」又は「皮膚の色」による差別に該当すると解することはできない。

 

 

 また、同条約1条1項にいう「民族的若しくは種族的出身」とは、社会通念上、言語、宗教、慣習など文化的諸特徴を共有するとされている人々の集団の出身であることを指し、「世系」とは、過去の世代における人種又は皮膚の色及び過去の世代における民族的、種族的出身に着目した概念であると解されるのであるから、原告が永住資格を有しないことを理由に被告が原告の住宅ローンの申込みを受け付けなかった行為は、「民族的若しくは種族的出身」又は「世系」に基づくものと認めることはできない。

 

 そして、被告の前記行為に合理的理由のあることは前判示のとおりであり、被告の前記行為のなされた理由が、原告に永住資格のないこと以外の理由に基づくとも認められないのであるから、被告の前記行為が同条約に違反すると解することはできず、原告の前記主張は採用できない。

 

 

(3) 最後に、原告は、被告が原告による住宅ローンの申込みを受け付けなかった行為が、国際人権B規約26条に違反するので、不法行為に当たる旨主張する。

 

 しかし、前判示の点に照らせば、原告が、前記住宅ローン申込時において、

 

永住資格がなく最長3年間の在留期間の経過後は本邦に残留することができるか否か不確実な法的地位にあり、

 

通常前記在留期間より相当長期にわたる住宅ローンの弁済期間中債務完済前に本邦を退去せざるを得なくなるとすれば、

 

本邦内に物的担保及び人的担保があるとしても、

 

その債権管理及び債権回収に要する費用、時間、労力が、貸付対象者が本邦内に在留する場合より多大なものにならざるを得ない上、

 

被告が住宅ローンにより十分に利益を上げ採算を取るためには、契約事務費、債権管理及び債権回収に要する費用、経費、労力をできるだけ低額に抑えるとともに、大量に取り扱う必要があり、

 

 

そのためには、融資の条件を定型化する必要性が高く、これらの点は、貸付対象者が、前記の期間経過後本邦に在住することが不確実な地位にありさえすれば、

 

必ずしも日本国籍を有するか否かで異なるものではなく、

 

被告は、実際、永住資格のある外国人については、住宅ローンの申込みを認める反面、

 

融資申込者力用本人であっても、日本国内に永続的に居住する予定のない場合には住宅ローンの融資を拒絶しており、

 

ローン事務取扱手続を定めた規定では、申込者が外国人であることを唯一の理由として申込みを拒絶してはならない旨を定め、

 

融資対象者が日本人であっても、海外勤務等で外国に勤務している者に対しては、原則としてローン貸出の取扱いをしない旨を定めていたことを総合すれば、

 

被告が貸付対象者の永住資格を住宅ローンの条件として達成しようとする目的は、前記の規約においても、正当性が是認できるものであり、

 

また、前記の条件は、客観的で前記の目的を達成する上でも合理的なものというべきであって、

 

被告の前記の行為は、合理的理由に基づくものというべきであり、同条約26条に違反するものではなく、不法行為には当たらない。

 

 したがって、原告の前記主張も採用できない。

 

 

 

 

第4 結論

 

 よって、その余について判断するまでもなく、原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。

 

 裁判長裁判官 大竹たかし

    裁判官 草野真人 進藤壮一郎