専らクラブホステスとは言えない事例(3)

 

 

 

 

 退去強制令書発付処分取消等請求事件、東京地方裁判所判決/平成17年(行ウ)第368号、判決 平成18年8月30日、判例タイムズ1305号106頁

 

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

「留学」の在留資格により本邦に在留していた中国人女性について,「報酬を受ける活動を専ら行つている」と明らかに認められる者に該当しないとして,退去強制事由の認定,法務大臣の裁決及び退去強制令書発付の各取消請求がいずれも認容された事例

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 

1 東京入国管理局入国審査官が平成17年7月1日付けで原告を出入国管理及び難民認定法24条4号イに該当すると認定した処分を取り消す。

 

2 法務大臣が平成17年8月15日付けで原告に対してした出入国管理及び難民認定法49条1項の規定による異議申出には理由がない旨の裁決を取り消す。

 

3 東京入国管理局主任審査官が平成17年8月15日付けで原告に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。

 

4 訴訟費用は,被告の負担とする。

 

       

 

 

 

事実及び理由

 

第1 請求

   主文と同旨

 

 

第2 事案の概要

   本件は,中華人民共和国国籍を有し,「留学」の在留資格を有する原告が,東京入国管理局(以下「東京入管」という。)入国審査官から出入国管理及び難民認定法24条4号イ(「第19条第1項の規定に違反して報酬を受ける活動を専ら行つていると明らかに認められる者」)に該当するとの認定を受け,同法49条1項による異議申出に理由がない旨の法務大臣の裁決を経て,東京入管主任審査官から退去強制令書の発付を受けたため,上記認定,裁決及び退去強制令書発付の各処分の取消しを求めている事案である。

 

1 前提事実(争いがない事実及び顕著な事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨により容易に認められる事実)

 

(1)原告は,▲年(昭和▲年)▲月▲日,中華人民共和国(以下「中国」という。)上海市において出生した。

 

(2)ア 原告は,平成15年4月2日,在留資格「就学」,在留期間6月の上陸許可を受けて本邦に上陸した。

   

イ 原告は,平成15年9月25日在留期間6月の在留期間更新許可を受けた後,平成16年4月16日,在留資格「留学」,在留期間1年の在留資格変更許可を受け,さらに,平成17年4月15日,在留期間2年の在留期間更新許可を受けた。

 

(3)ア 原告は,平成17年4月26日,東京都北区α-37-3β×階×××所在のクラブ「P1」(同一人が経営する同ビル×階×-××所在のクラブ「P2」と合わせ「本件店舗」という。)で就労中(以下,原告の本件店舗における就労を「本件資格外活動」という。)のところを,警視庁赤羽警察署警察官及び東京入管入国警備官によって,出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)違反の容疑を理由に摘発された(乙2)。

   

イ 東京入管入国警備官は,同年4月26日,27日及び同年5月30日,原告に係る違反調査を実施し,東京入管主任審査官は,同年6月22日,原告に対し,入管法24条4号イに該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,収容令書を発付し,同月23日,同収容令書は執行された(乙3ないし6)。

 (4)ア 東京入管入国審査官は,平成17年6月27日及び同年7月1日,原告に係る違反審査をした後,同年7月1日,原告が入管法24条4号イ(「第19条第1項の規定に違反して報酬を受ける活動を専ら行つていると明らかに認められる者」)に該当する旨認定し(以下「本件認定処分」という。),これを原告に通知した(甲1の1・2,乙7ないし9)。

   

イ 原告は,同日(7月1日),特別審理官による口頭審理を請求し,同月13日,東京入管特別審理官は,原告の父の知人で身元保証人であるP3立会いの下,原告について口頭審理を実施した結果,本件認定処分に誤りはない旨の判定をした(甲2の1・2,4,乙10)。

   

ウ 原告は,上記判定を受け,同日(7月13日),法務大臣に対して入管法49条1項の規定による異議の申出をし,法務大臣は,同年8月15日,異議の申出には理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)をした(甲3,乙11ないし13)。

   

エ 東京入管主任審査官は,同日(8月15日),原告に対して退去強制令書を発付(以下「本件退去強制令書発付処分」という。)し,執行した(乙14)。

   

オ なお,その後,原告は,本訴を提起するとともに上記退去強制令書の執行停止を求めたところ,同年9月29日,送還及び収容のいずれも執行停止する旨の決定がされ,これを受けて,原告は,東京入管収容場を出所した(乙14)。その後,上記決定は,抗告棄却の決定により確定した。

 

 

 

2 争点

   本件の争点は,次の(1)及び(2)のとおりであり,これについての当事者の主張は別紙記載のとおりである。

 (1)本件認定処分の適法性

 (2)本件裁決及び本件退去強制令書発付処分の適法性

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 争点に対する判断

 

1 争点(1)(本件認定処分の適法性)について

 

(1)ア 「留学」の在留資格を有する外国人が本邦において行うことができる活動は,法務大臣又は入管法69条の2及び同法施行規則61条の2の規定により法務大臣から権限の委任を受けた地方入国管理局長(以下,両者を併せて「法務大臣等」という。)の資格外活動の許可を受けない限り,「本邦の大学若しくはこれに準ずる機関,専修学校の専門課程,外国において12年の学校教育を終了した者に対して本邦の大学に入学するための教育を行う機関又は高等専門学校において教育を受ける活動」に限定される(同法19条1項)。

     

 そして,原告は,本件店舗での就労については,資格外活動許可を得ていない(争いがない。しかも,入国管理局の実務上,風俗営業を営む店舗での就労は,入管法19条2項に基づく資格外活動許可の対象とされていない(乙44)。)から,原告の本件資格外活動は,同法19条1項に違反することになるものである。

   

イ 他方,入管法24条4号イは,本邦に在留する外国人が「第19条第1項の規定に違反して収入を伴う事業を運営する活動又は報酬を受ける活動を専ら行つていると明らかに認められる者」に該当すること(以下「専業活動要件」という。)を退去強制事由として規定しており,入管法上,同法19条1項違反の事実が直ちに退去強制事由に当たるとはされていない(同法24条各号参照)。

     

 また,入管法19条2項により,法務大臣等は,「相当と認めるとき」に,「当該在留資格に応じ別表第一の下欄に掲げる活動の遂行を阻害しない範囲内で」あれば,資格外活動の許可をすることができるとされている。

     

 さらに,入管法は,無許可の資格外活動を刑事罰の対象としている(同法73条)が,退去強制事由となる同法24条4号イと同様の専業活動要件に該当することがない限り,無許可の資格外活動によって刑罰を受けた場合であっても,それ自体では退去強制事由となることはない(同法73条,70条1項4号,24条4号リ参照)。

   

ウ このように,入管法は,同法に定める在留資格制度の下で外国人の資格外活動(就労)を規制し,我が国の社会秩序維持の見地から,無許可の資格外活動を罰則の対象としてはいるが,その違法性の程度には幅があり,当該外国人が在留資格を有しているのであれば,その資格が,外国人の本邦における生活及び活動の本来根幹をなすべきであって,在留を正当化するゆえんであることから,当該外国人が無許可で資格外活動を行ったことのみをとらえて直ちに退去強制事由とせず,退去強制事由に当たるかどうかについては,更に個別の事情を検討し,「収入を伴う事業を運営する活動又は報酬を受ける活動を専ら行つていると明らかに認められる者」(専業活動要件)に該当するかどうかを判断することを要するとしているものと解される。このことは,そもそも活動を「専ら行つていると明らかに」認められるという厳格な文言による規定の体裁からも裏付けられるところである。

     

 このような関係規定の趣旨にかんがみると,「留学」の在留資格を有する外国人が,入管法24条4号イの定める専業活動要件に当たるというためには,

 

 

原告の本邦における学生としての生活及び就労等の状況,

 

就労に至った経緯,

 

学費及び生活費の支出状況,

 

本国からの送金の状況及び使途等を総合考慮して

 

在留を正当化する本来の在留資格である「留学」が実質的に変更されたものと認められるか否かという観点から判定することを要すると解するのが相当である。

     

 

 

 なお,この点に関して,被告は,我が国の在留資格制度は,外国人の就労活動に対する規制をその根幹に取り込んで成立しているものであるから,

 

「留学」の在留資格の外国人が在留資格外の報酬を受ける活動を行い,

 

その程度が本邦滞在中の必要経費を賄おうとするまでに至っている場合には,

 

学業の遂行自体が阻害されていないとしても,

 

「留学」の在留資格たる活動には当たらないので,

 

当該在留資格が実質的に変更されたことになり,

 

専業活動要件を充足することになると主張する。

 

 

 しかし,上記関係規定の趣旨及び日本における留学生活には本国における生活に比して一般的に高額な費用を要する実情にあること(顕著な事実)に照らせば,

 

報酬を受ける活動によって,本邦滞在中の必要経費を賄おうとすることのみをとらえて,直ちに在留資格である「留学」が実質的に変更されたとみるのは理論的にも現実的にも相当ではなく,

 

 

あくまでも上記各事情を総合考慮した上で評価すべきものであって,このように解しても,被告が懸念するように,在留資格は名目のみで,当初から不法就労目的としている者を助長することになるものではない

 

 

 

 (2)そこで検討するに,まず,前記前提事実並びに証拠(甲6の1・2,7ないし10,12,13,14の1ないし5,15ないし22,23の1ないし3,24,乙2ないし5,8ないし10,17,18の1・2,19の1・2,20の1ないし5,21,22,24,25の1・2,26,27の1・2,29,35,40,原告本人)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。

   

ア 入国の経緯並びに在留期間の更新及び出入国の状況

   

(ア)原告は,2002年(平成14年)7月,本国の会計学校卒業後,日本の大学に進学して経営等の勉強をしたいと考え,約半年上海市の語学学校で日本語の勉強をし,同年12月,日本語能力検定試験を受験して合格した後,平成15年4月2日,在留資格「就学」,在留期間6月の上陸許可を受けて本邦に上陸した。

   

(イ)原告は,就学状況に応じて,平成15年9月25日,在留期間6月の在留期間更新許可を,平成16年4月16日,在留資格「留学」,在留期間1年の在留資格変更許可を,平成17年4月15日,在留期間2年の在留期間更新許可をそれぞれ受けた。

   

(ウ)原告は,平成15年7月18日に再入国許可を得て,同月26日出国し,翌月4日再入国した。

   

(エ)また,原告は,平成16年4月29日に出国し,同年5月5日再入国したほか,同年9月17日に出国し,同月20日再入国した。

   

イ 学生としての生活状況

   

(ア)原告は,平成15年4月9日ころ,東京都墨田区(以下「墨田区」という。)所在のP4に入学し,平成16年3月下旬,P4を卒業した。

   

(イ)原告は,更に日本語の勉強をするため,平成16年4月1日P5大学外国人留学生特別科(埼玉県越谷市所在)に入学し,平成17年3月16日卒業したが,同大学における出席率は,春学期98パーセント,秋学期87パーセントであった。

   

(ウ)a 原告は,将来会社の経営コンサルタントの仕事をしたり,自ら会社を設立するために,日本の経営等を学びたいと考え,平成16年12月から翌年2月にかけて,第1志望のP6大学のほか,P7大学,P8大学及びP9大学を受験した。原告は,第1志望のP6大学は,筆記試験に及第したものの,面接試験には合格することができず,その余の受験大学のうち,P9大学国際経営学部(埼玉県春日部市所在)に合格した。

     

b 原告は,平成17年4月2日,P9大学国際経営学部国際経営学科に入学した。

     

c 原告のP9大学における履修は,月曜日から木曜日までの1ないし4時限(1時限は9時20分からで,4時限は16時30分までである。)であり,原告が履修した科目は,総合英語Ⅰa(週2コマ),経済学総論a(週2コマ),商学概論a(週2コマ),簿記論Ⅰd,基礎ゼミナール⑧,コンピューターリテラシーg,日本事情a,心理学,法学概論であった。

     

d 平成17年6月23日に収容令書の執行を受けるまでの原告のP9大学における授業等への出席状況は,入学式及び入学直後の合宿への参加も含め,100パーセント(無遅刻,無欠席)であった。

       

もっとも,原告は,収容令書を執行され,更に本件退去強制令書発付処分を受けたため,平成17年7月に実施された定期試験を受けられず,前期の単位を取得することができなかった。

     

e 原告は,P9大学に上位の成績で入学し,入学時に行われたプレイスメントテスト(数学,国語,英語)の結果は,数学77点,国語72点,英語73点(全体のトップ)で,生徒全体226名中6番目であり,成績優秀者の特別クラスに配属されるほどであった。特に,総合英語Ⅰについては,担当教授から「授業態度も素晴らしく,とても優秀な学生」と評価されており,また,日本語の読み書きの能力も相当高度なレベルに達していた。

   

ウ 就労に至った経緯及び就労の状況等

   

(ア)菓子製造工場従業員

     

a 原告は,生活費を賄う必要があったため,平成15年6月ころから,菓子製造工場でアルバイトをするに至った。仕事の内容は,菓子の製造工程で1時間以上,大きな鍋に入った原料を焦げないよう,大きな棒状のしゃもじでかき混ぜたり,多数のプリン等の製品の入った重量のあるケースを何度も運搬するなど,原告にとっては不慣れな立ち仕事の肉体労働で,腰に負担のかかるものであった。

     

b 勤務時間は,月曜日から金曜日の授業終了後で,平成16年2月下旬ころまでは,午後2時から午後7時まで,その後同年3月下旬ころまでは,P5大学進学に伴い午後6時から11時までであって,本国に帰国した期間(平成15年7月2日から8月4日まで)以外は休まず,1日5,6時間,週6日稼働していた。時給は750円で,月額約10万円の収入を得ていた。

   

(イ)ホステス

     

a 原告は,前記洋菓子店のアルバイト代で生活していくことはできたが,親に負担をかけずに,大学受験に必要な費用を貯えるとともに,水道光熱費分や自由になる金を得たいと考え,不慣れな肉体労働作業で腰に痛みを感じがちであったこともあって,P5大学進学を機に住所近くでの仕事を探し,給料が多額で,腰に負担がかからず,しかも客と話すことで日本語の勉強にもなると考えて,平成16年4月,本件店舗の経営者(いわゆる「ママ」)の面接を受け,同月中旬ころから,同店において,源氏名「P10」で,いわゆるホステスの仕事(客におしぼりを渡し,水割りを作ったり,会話をしたり,客のためにカラオケで歌唱したりするなど)をするに至った。

     

b 勤務時間は,月曜日から土曜日の午後8時から午前2時ころまでであり,時給は当初時給1500円,その後同2300円となり,月額約30万円(毎月20日払)に達した。

     

c 原告は,前記イ(ウ)aの大学受験願書提出の日(P6大学につき平成16年9月末,P7大学につき同年10月末)から入試当日(P7大学につき同年12月上旬,P6大学の筆記試験及び面接試験につき平成17年1月上中旬,P9大学につき同年2月上旬)にかけてのころ,試験の準備のため,アルバイトを休みがちとなり,それ以外にも試験の準備に必要な時は,随時アルバイトを休んでいた。

   

(ウ)資格外活動許可等

     

a 原告は,平成15年8月29日,許可期限を同年10月2日とする資格外活動許可を受けた。

     

b 原告は,平成16年2月2日,許可期限を同年4月2日とする資格外活動許可を受けた。

     

c 原告は,平成16年7月13日付けで,所属のP5大学を通じて,入国管理局長に対し,(予定する資格外活動の概要をレストランのホール,料理補助,予定する資格外活動の1週間の総時間数を24時間とする)資格外活動の許可を申請し,同年7月30日,許可期限を平成17年4月2日とする資格外活動許可(ただし,許可の対象として,風俗営業等が営まれている営業所において行う活動等を除く。)を受けた。なお,上記申請書は,担当の行政書士が,他の同種の中国人留学生の分と合わせて,上記時期に作成したものであった。

     

d 原告は,平成17年4月15日に在留期間2年の在留期間更新許可を受けた際,許可申請書中のアルバイトの有無の記載欄に「なし」と記載した。

   

エ 学費及び生活費の支出状況並びに本国からの送金の状況及び使途

   

(ア)本邦入国に当たっての在留資格認定証明書交付申請書の添付書類である経費支弁書には,学費54万,生活費月額8万5000円を原告に送金する旨記載されていた。

   

(イ)a 原告の父であるP11は,原告の上記来日当時から現在まで,洋服製造工場の工場長の地位にあり,年収は,日本円で月収とボーナスを合計して約170万円である。また,原告の母であるP12は,平成15年ころまで制服製造会社に主任として勤務し,年収約80万円を得ていたが,定年退職後は年額40万円の年金を受領しており,本国の両親は,同年金のみで生活することが可能である。

     

b 原告の本国の親元(父の友人を含む。)からの送金額(銀行の手数料を含む。)は,平成15年8月12日に30万円,平成16年2月2日に35万円,同年3月3日に70万円の合計135万円のほか,平成17年3月22日に99万7500円であった

   

(ウ)a 原告の本邦における学費関係の大口支出は,平成16年3月19日にP5大学の1年分の学費等全額として57万円,P9大学受験費用として約20万円,平成17年3月にP9大学の入学金及び平成17年度前期授業料及び施設料として合計48万7500円の支出があり,これらいずれについても,前記(イ)bの親元から送金を受けて支払った(なお,P4の学費については,中国において既に支払っていた。)。

     

b 原告は,当初,学校に自転車で通えるP4の寮(墨田区γ15番1号)に居住していたが,不衛生で使い勝手のよくない古い建物で住環境として好ましくないことなどから,平成15年10月ころ,友人の中国人女性が居住する「東京都北区α41番5号 δ×××号室」に転居し,家賃月額12万円のうち半額と,電気,ガス及び水道代等として月額6000円ないし7000円を負担するに至った。

     

c 本件認定処分当時,原告の本邦における1か月の生活費関係の支出は,食費約3万円,家賃6万円,通学費(定期代)月額1万円,光熱費約6000円,携帯電話料金約1万円で合計すると月額約12万円程度であった。なお,原告は,平成16年末には,パソコンも購入し,インターネットをするようになったほか,衣類,アクセサリー代等の服飾費については,月額5万円から10万円に及んでいた。

   

(エ)原告は,本国に帰国した際,手元の現金を持ち帰り,両親に対し,日本円にして約150万円程度のお金を渡し,将来の事業資金に充てるため預金しておくよう依頼した。

   

オ 本件退去強制令書発付処分後の状況

   

(ア)原告の両親は,原告から収容令書執行後に電話連絡を受け,心配するとともに落胆したが,平成18年4月からの授業料分約34万円について送金したほか,同年10月11日には生活費として50万円を送金するなど,必要な学費及び生活費については援助を続けている。また,本件退去強制令書発付処分の執行停止がされた後の住居については,父親の知人を介し,本邦入国時以来の身元保証人であるP3がガス,光熱費等負担するなどの世話をしている。

   

(イ)原告は,平成17年9月29日,本件退去強制令書発付処分について,送還・収容とも執行停止する旨の決定を受け,東京入管収容場を出所し,P9大学に在学中の身であり,復学を望んでいる。

 

同大学側は,裁判の結論が出るまで,無期限で停学の扱いとしているが,上記停学の間も,学費については,通学生と同じ学費を支払うものとされ,卒業年次までに必要な単位を取得すれば,卒業も可能とされている。

 

P9大学も,学長名で,原告の卒業までの間,指導担当として学生課長が指導していくことを学内委員会において決定し,不祥事が再発しないよう留学生を集めて指導を徹底するとともに,寛大な処置を希望する旨,法務大臣あて上申書を提出しているほか,

 

P9大学助教授も,法務大臣及び東京入管長あてに,原告が,極めて優秀な成績でどの科目においても欠席はなく,「日本事情」の科目においては,グループのリーダー的存在であったとして,寛大な処置がされるならば,その能力や資質を将来に活かすような働きを果たし得るのではないかと考えている旨の書簡を提出している。

   

(ウ)このような経過の中で,原告は,事態の重大性を認識し,自己の過ちを悔いて深く反省しており,日本の産業,文化や日本人の長所を本国に伝え,日中の友好のために貢献したいとの抱負をもち続け,本件訴訟の結果を待ちつつ,独力で簿記検定試験やTOEICを受験するなどしており,平成18年2月26日に簿記3級検定試験に,同年6月11日には簿記2級検定試験に合格している。

 

(3)上記(2)の認定事実を基に検討することとする。

   

ア 被告は,原告が,来日当初から留学生活中の生活費を支弁できないことを予定しており,そもそも「留学」の在留資格の要件を満たしておらず,少なくとも本件資格外活動をするに至った時点以降,在留資格を事業資金の獲得目的に変更していたものであると主張する。

     

 確かに,被告が指摘するとおり,原告は,親元からの送金のみによって,学費及び生活費を賄っていたわけではなく,奨学金制度を利用していたわけでもない。また,より安価で学校に近接した居住場所を確保したり,生活を切り詰めようと努力していたみることもできない。さらに,かなりの時間を割いてホステスとして稼働し,月額30万円に上る収入を得て,これを生活費に使用するばかりではなく,相当程度服飾費や遊興費に充てるとともに,約150万円の蓄財をしていたことが認められる。さらに,本件店舗におけるホステス業のアルバイトについては,収入が高額であることに魅力を感じて行ったものであることは間違いなく,到底許可されるはずのない本件資格外活動を検挙されるまで約1年間隠れて継続していたものであって,以上のような点は,厳しく非難されてしかるべきである。

   

イ しかしながら,報酬を受ける活動によって,本邦滞在中の必要経費を賄おうとすることのみをとらえて,直ちに在留資格である「留学」が実質的に変更されたとみるのは相当でないことは,前記(1)ウのとおりであって,

 

原告の学費や家賃,食費,水道光熱費及び交通費等の生活費(前記(2)エ(ウ))と,原告の両親の職業,生活及び原告に対する送金等の状況(前記(2)エ(イ))との対比並びに本邦入国当初から1年弱の間,

 

資格外活動の範囲内である洋菓子製造工場でのアルバイトによって実際生計を維持していたことにかんがみると,

 

原告においては,両親からの仕送り等の援助によって大学に支払うべき学費等の全額を支払い,我が国における滞在費用については,上記仕送り等の残額を充てるとともに,不足分は資格外活動の許可の範囲内のアルバイトによる収入で補うことにより,本邦において大学生として適法に学業を継続するために必要とされる費用を賄うのに支障はなかったということができる。

 

 

また,ホステス業のアルバイトは,肉体的負担を軽減し,学費以外にできるだけ両親に経済的負担をかけたくないという心情にもよるものであるということができる。そして,本来の目的である学業との関係についてみると,

 

①本国の高校卒業後,日本の大学に進学して経営を学びたいという目的から,地元の日本語学校で学んで日本語能力検定試験に合格した後,まず「就学」の在留資格により本邦に入国し,

 

その数日後に日本語学校に入学して日本語を学習し,

 

更に日本語を学ぶため,翌年4月にはP5大学に入学して,「留学」の在留資格を取得した上,

 

翌年春,四年制の大学を複数受験して合格したP9大学国際学部に進学したものであること,

 

 

②進学先の大学における出席率は,P5大学在学中については春学期98パーセント,秋学期87パーセントに達し,欠席した日も大学受験の準備又はその試験の都合によるものであり,

 

P9大学進学後については,本件資格外活動の疑いを理由に収容令書を執行されるまでの間,大学の行事や履修した科目の授業への出席率は100パーセントに達していたこと,

 

 

③P9大学の入学試験や学内のテスト等の学業成績をみても,日本人の学生に混じって,優良な成績を収めており,日本語能力も相当高度のものであること,

 

 

④原告を受け入れたP9大学側も,本件資格外活動を理由に原告を退学処分とすることはせず,裁判の結果在留が認められるまでの無期限の停学処分にしており,

 

法務大臣に対し,学長名で,裁判の結果によって原告をなお受け入れる意向を示し,寛大な処置を希望する旨の上申書を提出し,

 

同大学助教授も,法務大臣及び東京入管長宛てに,寛大な処置により,原告の能力や資質を将来に活かすことを望む内容の書簡を提出していること,

 

⑤原告は,安易に本件資格外活動をしたことについて後悔し,軽率であったことを十分に反省して悔い改める姿勢をみせ,執行停止後現在までに勉学を継続していることも,原告の在学中の学業に対する真摯な姿勢を推認させることを総合すると,

 

来日後一貫して,日本語学校及び大学において教育を受ける活動を怠ることなく熱意をもって継続してきたことが認められる。

   

 

 

 以上によれば,原告が,入管法19条1項に違反する資格外活動の結果,本来の在留資格である「留学」による活動(「本邦の大学若しくはこれに準ずる機関,専修学校の専門課程,外国において12年の学校教育を終了した者に対して本邦の大学に入学するための教育を行う機関又は高等専門学校において教育を受ける活動」)が実質的に変更されたものということはできないというべきである(ましてや,「留学」とは名ばかりの就労目的というものではないことが明らかである。)。

     

よって,本件認定処分は,法定の要件を満たさず,違法であると認められる。

 

 

 

 

 

 

2 争点2(本件裁決の適法性の有無)について

 

(1)行政事件訴訟法10条2項は,

 

「処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には,

 

裁決取消しの訴えにおいては,

 

処分の違法を理由として取消しを求めることができない」

 

 

と規定している。

 

 

そこで,上記規定の定めに該当する裁決については,

 

いわゆる裁決主義が明文で規定されていない限り,

 

当該裁決の取消しを求める訴えにおいては,

 

原処分の違法は主張できず,当該裁決に固有の違法(瑕疵)を主張することを要するものと解される。

 

 

 

 

 

   

 この規定の趣旨は,

 

原処分の取消しの訴えと,当該原処分に対する審査請求

 

(行政事件不服審査法による不服申立て)

 

に対する裁決の取消しを求める訴えを提起し得る場合に,

 

本来,裁決の取消しの訴えの中で原処分の違法はその前提として問題となり得るところ,

 

これを主張できるとすると,

 

二重起訴の関係,判断の矛盾・抵触,訴訟経済上の不都合が生じ得ることから,

 

これらを避けるためのものであると解され,

 

いわゆる原処分主義を裁決取消しの訴えにおける違法事由の主張制限という面から規定したものである。

 

 

 

 

そして,原処分の取消しの訴えとこれを維持した裁決取消しの訴えとが併合提起された場合に,

 

原処分の取消しの訴えにおいて原処分の取消判決がされたときは,

 

裁決取消訴訟は,原処分の取消しのみで目的を達することになる関係で,

 

訴えの利益を欠き却下されるということになる。

 

 

 

このように,上記規定の趣旨は,あくまでも,主張制限という手段によって,

 

複数の訴訟手続の調整を図ったものであって,

 

手続全体としては当事者の実質的救済に欠けることがないことを当然の前提とするものである。

 

 

この理は,出訴期間の徒過によって,原処分取消しの機会を失うことがないように,行政事件訴訟法20条が配慮していることからもうかがえるところである。

 

 

 

 

(2)これに対し,退去強制手続においては,原処分である入国審査官による退去強制事由の認定処分(入管法47条3項)を違法であるとして取り消しても,

 

これに対する不服申立ての応答としての裁決である特別審理官による上記認定には誤りがない旨の判定(同法48条8項)に対する不服申立ての応答としての同法49条1項による異議申出に理由がないとする法務大臣等の裁決を取り消さない限り,

 

退去強制令書発付処分の効力を否定できないと解されること(同法49条6項参照)から,この場合においては,上記法務大臣等の裁決を取り消す訴えの利益があるということができる。

 

(3)そうであるとすれば,入国審査官による退去強制事由の認定に誤りがない旨の特別審理官の判定に対する,入管法49条1項による異議申出に理由がないとする法務大臣等の裁決の取消しを求める訴えにおいて,前提となる入国審査官の認定の違法をそのまま主張するについては制限があるとしても,

 

当該違法によって原処分が訴訟によって取り消されることが上記裁決の違法事由になることまでは制限されないものと解するのが相当である。

    

 

 したがって,前記1(3)のとおり,本件認定処分は違法であって取り消されることになるのであるから,本件裁決も違法と認められる。また,本件裁決が違法である結果,本件裁決を受けて行われた本件退去強制令書発付処分も前提を欠き,違法なものとなる。

 

 

3 結論

 

   以上より,本件認定処分,本件裁決及び本件退去強制令書発付処分は,いずれも違法なものとして,取消しを免れない。

   よって,原告の請求はいずれも理由があるから,主文のとおり判決する。

 

 

    東京地方裁判所民事第2部

        裁判長裁判官  大 門   匡

           裁判官  関 口 剛 弘

           裁判官  倉 地 康 弘

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(別 紙)

       争点に関する当事者の主張

1 争点(1)(本件認定処分の適法性)について

(1)被告の主張(退去強制事由の存在)

  ア 入管法24条4号イに定める「専ら行つている」とは,当該在留目的たる活動が,在留資格たる活動から変更されたと評価できる程度まで在留資格外の活動を行っていることをいうと解すべきであり,報酬活動等を「専ら行つている」といえるか否かを決するためには,従来の在留の目的である在留資格が報酬活動を許容するか否かを考慮すべきである。

  イ(ア)我が国の在留資格制度は,外国人の就労活動に対する規制をその根幹に取り込んで成立しているものであるが,「留学」の在留資格を有する者は,報酬活動を行ってはならないと定められ(入管法19条1項2号),留学目的で本邦に上陸しようとする外国人は,「留学」の在留資格を申請する際に,本邦在留中の一切の経費の支弁能力を証する文書及びその者が支弁するに至った経緯を明らかにする文書を提出しなければならならないことになっており(入管法7条,同法施行規則6条),在留資格に該当する活動を行おうとする者の上陸許可を得るための基準を定める法務省令である「出入国管理及び難民認定法第7条第1項第2号の基準を定める省令」の「法別表第一の四の表の留学の項の下欄に掲げる活動」の項2号においても,「申請人がその本邦に在留する期間中の生活に要する費用を支弁する十分な資産,奨学金その他の手段を有すること」と規定されていることからすると,「留学」の在留資格を取得するためには,本邦において「留学」の在留資格に該当する活動を行うために十分な経費支弁能力を有することが必要とされているというべきである。

  (イ)このように,我が国は,就労しつつ勉学する活動を行う外国人を受け入れる出入国管理政策を採用しておらず,法は,本邦において,報酬を受ける活動をしながら,その報酬によって勉学する活動を維持しようとする者には,そもそも「留学」の在留資格を付与せず,本邦への上陸及び在留を認めない立場を採っていると解される。また,昨今,留学の在留資格で入国する者の中には,在留資格は名目のみで,当初から不法就労目的としている者が数多く存在し,その手段も悪質巧妙化していることにも思いを致す必要がある。

  (ウ)したがって,「留学」の在留資格で在留する外国人が在留資格外の報酬を受ける活動を行い,その程度が本邦滞在中の必要経費を賄おうとするまでに至っている場合には,在留資格である「留学」の活動をどの程度行っているかなどを総合考慮する必要はなく,学業の遂行自体が就労によって阻害されていないとしても,もはやそれは,法の予定する「留学」の在留資格たる活動には当たらないことになる。この場合,在留目的たる活動が「留学」の在留資格たる活動から変更されたと評価される程度まで,当該外国人は,資格外の報酬を受ける活動を行ったことになるのであるから,入管法24条4号イにいう報酬活動を「専ら行つている」として同号の退去強制事由に当たると解すべきである。

  ウ(ア)原告に対する親元からの送金の時期や預金残高(原告が,月額8万5000円について,毎月送金を受けていたわけではなく,平成17年5月30日の違反調査の時点で,「次回からの送金は1年後」と供述していたことや,本邦における2つの銀行口座の残高が,いずれも1000円に満たなかったこと)からみても,原告が本邦において生活費を支弁する能力が不足していたといえる。

  (イ)外国人留学生を対象とした奨学金制度として,文部科学省私費外国人留学生学習奨励費給付制度があり,大学1年次から利用可能であったにもかかわらず,原告がその申請をしていないことも,原告に必要な生活費の支弁能力が欠けていたことを示すものといえる。

  (ウ)原告は,法務大臣等の資格外活動に対する許可(入管法19条2号,同法施行規則61条の2第4号)を得ることなく,「留学」の在留資格と両立せず,適法に資格外活動の許可を受ける余地のないホステスとしての仕事を約1年余りも継続し,その仕事の時間は深夜に及び,1週間当たりの大学における授業時間を大きく上回るもので,就労の対価(報酬)として,月額約30万円に上る高額の収入を得て,これを基に,高額の家賃等の生活費に加え,学業と関係のない服飾費や遊興費等に,月額合計17万ないし22万円前後に上る過大な支出を続けつつ,将来の事業用資金として約150万円も蓄財するに至ったものである。

  (エ)住居についてみても,P5大学及びP9大学は,留学生に対して,経済的負担をできる限り減らして勉学に集中させるべく,学校当局が斡旋する安価かつ近接した居住場所に住むよう推奨し,学校の近辺に安価な居住場所を確保するようにしているが,原告は,埼玉県内の大学周辺には住まず,就労先のスナックに近いαに住み,高額の家賃を払うなどしており,これも,原告が違法な資格外活動をする意思を有していたことを示すものといえる。

  (オ)以上の事実にかんがみると,原告は,来日当初から留学生活中の生活費を支弁できないことを予定しており,そもそも「留学」の在留資格の要件を満たしておらず,少なくとも本件資格外活動をするに至った時点以降,在留資格を,留学目的から事業資金の獲得目的に変更していたものであることが,証拠資料等から明らかである。

     したがって,原告は,入管法19条1項に違反して「報酬を受ける活動を専ら行つていると明らかに認められる者」(入管法24条4号イ)の要件を満たしているというべきである。

  エ よって,原告は,入管法24条4号イ所定の退去強制事由に該当するから,本件認定処分は適法である。

(2)原告の主張

  ア 入管法24条4号イの「第19条第1項の規定に違反して報酬を受ける活動を専ら行つていると明らかに認められる者」に該当するかどうかを判断するに当たっては,当該外国人が本来の在留資格に基づく行動をどの程度行っているか,本来の活動が後退し,有名無実化するなど,入国者の本来の在留目的が実質的に変更されたか否かを考慮すべきである。

  イ 我が国への留学生の多くを占めるアジア諸国からの学生は,我が国への渡航費用,留学の生活費,学費など,その出身国の諸物価とは比較にならないほど高額の経費を要し,本国の両親がそのすべてを賄うのは困難であるのが現実である。そして,日本の物価の高さの一方,外国人学生が知的労働に従事するのは困難であることも考慮すると,本邦滞在中の必要経費の大部分を本邦での就労により賄っていたとしても,そのことから,一度でも資格外,風俗営業に従事したら一律に「報酬を受ける活動を専ら行つていると明らかに認められる者」に当たると解するのは日本に留学した外国人に酷というものである。特に,国際化が進む現代社会において,今後我が国にとって,他国からの留学生を受け入れ等による人材交流の重要性は益々増すと予想される中,意欲のある外国人留学生の本邦での勉学に対する情熱をそぐような対応はすべきではない。

  ウ このような見地からみるに,原告は,日本の経営を学びたいと考え,日本の大学に進学(留学)するため,「留学」の在留資格を取得したものであり,蓄財目的で来日したのではなく,在籍中の大学の行事及び授業の出席率は100パーセントで,学内における成績は,日本人の大学生を含めても上位に属するなど,優良な学業成績を収めており,日本語の読み書きも堪能で,学業意欲がすこぶる旺盛である。

  エ 原告が本件店舗においてホステスとして働くに至ったのは,当初は洋菓子工場で働いていたが,立ち仕事のため椎間板症になったことから,体を壊さずに学業のための経済的な基盤を築こうとしたことによるものである。

    原告の本件資格外活動の目的は,将来の事業資金の獲得と親の負担軽減によるものであり,本国の両親に資力がなかったわけではなく,原告が,本国の両親にできるだけ負担をかけたくないと思ったことによるものであって,原告が,留学に名を借りた就業を行ったものではない。

  オ 原告の本件資格外活動を含むアルバイトと学業との関係をみても,大学での試験期間や試験に必要な予習,復習時には,相当な期間アルバイトを中止し,本来の学業を優先させている。

  カ 以上の諸事情にかんがみると,原告の「留学」の在留資格による活動が後退し,有名無実化しているとか,原告の「留学」の在留目的が実質的に変更されたと認めることはできないから,原告については,入管法24条4号イに規定する報酬活動等を「専ら行つている」ことが明らかとはいえないというべきである。

2 争点(2)(本件裁決及び本件退去強制令書発付処分の適法性)について

(1)被告の主張

  ア 本件認定処分の違法性と本件裁決の適法性との関係について

  (ア)行政事件訴訟法10条2項及び38条2項によれば,処分に係る抗告訴訟とその処分についての審査請求を棄却した裁決に係る抗告訴訟とを提起することができる場合には,裁決に係る抗告訴訟においては,処分の違法を主張することができず,裁決固有の瑕疵を主張することだけが許されるところ,裁決は,認定に対する不服申立ての応答に当たるから,上記規定により,入管法49条1項による異議申出に理由がない旨の裁決の取消訴訟においては,同裁決の瑕疵のうち,処分である入国審査官による認定が適法であるとした実体的判断に関するものを除いたものを主張できるのみである。

     したがって,本件裁決の取消訴訟においては,本件認定処分が適法であると判断した実体的判断に関する違法を主張することはできない。

  (イ)仮に上記(ア))の点をおくとしても,本件認定処分が適法であることは前記争点(1)において主張したとおりである。

  イ 本件裁決において在留特別許可をしないことについての裁量の逸脱又は濫用の不存在

  (ア)入管法24条各号の退去強制事由に該当する,我が国にとって好ましくない外国人を対象とする在留特別許可に係る法務大臣の裁量は極めて広いものであり,適法に在留する外国人を対象とする在留期間更新許可に係る法務大臣のそれと比べても質的に格段にその範囲が広いというべきであるから,在留特別許可を付与しないという法務大臣の判断が裁量権の逸脱濫用に当たるとして違法とされるような事態は容易には想定し難いというべきである。極めて例外的にその判断が違法となり得る場合があるとしても,それは,法律上当然に退去強制されるべき外国人について,なお我が国に在留することを認めなければならない積極的な理由があったにもかかわらずこれが看過されたなど在留特別許可の制度を設けた法の趣旨に明らかに反するような極めて特別な事情が認められる場合に限られるというべきである。

  (イ)原告は,遅くとも平成16年4月中旬ころから,法19条2項所定の資格外活動許可を受けることなく,許可の対象とはなり得ない本件店舗で,ホステスとして稼働していたものであり,我が国の在留資格制度は,外国人の就労活動に対する規制をその根幹に取り込んで成立しており,無許可の資格外活動を厳しく禁じていることに照らせば,資格外活動は,我が国の出入国管理秩序の根幹を乱す,それ自体極めて悪質な行為である。

  (ウ)原告は,このように悪質な行為を,少なくとも1年間継続し,月額約30万円もの不法な報酬を得ていたものであるばかりか,資格外活動許可を受けることなく稼働することや,ホステスをすることが違法であることを十分承知していたにもかかわらず,高収入に惹かれ,本件資格外活動をしていたものであり,在留状況は極めて悪質である。

  (エ)仮に,在留特別許可の許否の判断に当たり,将来の日中関係をも考慮すべきであるとしても,だからといって,中国の学生を1人でも多く我が国の教育機関に留学させなければならない必然性はない。

     むしろ,法務省入国管理局・東京入管は,東京都・警視庁の連名で,平成15年10月17日付け「首都東京における不法滞在外国人対策の強化に関する共同宣言」を発出し,その中で,在留資格は名目のみで当初から不法就労を目的とする者が数多く存在し,手段が悪質巧妙化し,資格審査が困難となってきたため,実態審査の強化をはじめとする審査の厳格化を図ることや,留学生,就学生の関与する事案が増加傾向にあることから,教育機関に対する指導強化を図ることなどをうたっており,このような方針に照らしても,本件資格外活動を軽視することはできない。

  (オ)原告は,中国で出生・成育し,本国で教育を受け,本国内で稼働をし,生活を営んできたものであって,本邦に入国するまで,我が国とは何らかかわりのなかった者である。また,原告は,稼働能力を有する成人であって,本件資格外活動で不法に稼いだ資金150万円程度を既に本国へ持ち帰り,これを蓄財している上,本国に両親がおり,しかも,中国において中流以上の家庭というのであるから,中国に帰国したとしても本国での生活には何ら支障はない。

  (カ)以上を総合すると,原告に在留特別許可を付与しなければ法の趣旨に反するような極めて特別な事情があるとはおよそ考え難く,原告に在留特別許可を付与しないという法務大臣の判断が裁量権の逸脱又は濫用に当たらないから,本件裁決に何ら違法性はない。

  ウ 本件退去強制令書発付処分の適法性

  (ア)本件認定処分が仮に違法であったとしても,その違法性が退去強制令書発付処分に承継されることはないから,本件退去強制令書発付処分の取消訴訟において,本件認定処分の誤り(及びこれが適法であると判断した本件裁決の違法)を主張することはできないというべきである。

  (イ)上記(ア)の点をおくとしても,退去強制手続において,法務大臣から「異議の申出は理由がない」との裁決をした旨の通知を受けた場合,主任審査官は,速やかに退去強制令書を発付しなければならないのであって(入管法49条6項),退去強制令書を発付するにつき全く裁量の余地はないのであるから,上記ア及びイのとおり,本件裁決が適法である以上,本件退去強制令書発付処分も当然に適法というべきである。

(2)原告の主張

  ア 本件認定処分の違法性の承継

    入国審査官の認定に誤りがあるにもかかわらず,これを看過して異議の申出に理由がない旨の裁決をすることは,裁決自体の瑕疵に当たる。

    したがって,本件認定処分の誤りは,本件裁決の違法事由となる。

  イ 本件裁決固有の瑕疵(在留特別許可に関する裁量権の逸脱又は濫用)

    原告が,平成15年4月に入国してからまじめに勉学に励み,専門学校,大学ともに欠席することなく通い,優秀な成績を修めて特別クラスに配属され,グループのリーダー的存在であったこと,将来は経営の勉強を続けたいとの強い希望を持っていること,スナックに勤務し始めたのは平成16年4月ころであり,その前は資格外活動許可を得て,洋菓子製造工場等でアルバイトしていたところ,その就労中に肉体労働により椎間板を痛めたため,アルバイト先を変更したものであったこと,中国でも我が国でも一切刑事事件等を引き起こしたことはないこと,日本語は堪能であって,日本人並の文章を書くことができることなどに加え,将来の日中関係を考慮するならば,中国の優秀な学生を1人でも多く我が国の教育機関に留学させ,我が国への理解を深めさせることは必須であり,出入国管理制度の不適切な運用により逆に我が国に対する敵対感情を醸成することは国際関係においても好ましくないことからすると,少なくとも在留特別許可を付与してしかるべき事案であった。

    在留特別許可を付与せずにされた本件裁決は,上記のような原告に有利にしんしゃくすべき事実を考慮せず,一部の月のタイムカードから認められる就労状況のみを基に行われたもので,その判断は,全く事実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くものとして,法務大臣の裁量権の範囲を逸脱又は濫用した違法がある。

  ウ 本件退去強制令書発付処分の違法性

    先行処分としての入国審査官の認定及び本件裁決と後行処分としての本件退去強制令書発付処分とは,相統合して1つの効果(国外退去)の実現を目指してこれを完成するものであるから,後行処分である本件退去強制令書発付処分は,入国審査官の認定及び本件裁決の違法性を承継するというべきである。

    したがって,本件認定処分の誤り及びこれを看過して本件認定処分を適法と判断した本件裁決の違法は,本件退去強制令書発付処分の違法事由に当たるというべきである。