技能実習から逃げ出し日本人と結婚

 

 

 

 

 

 退去強制令書発付処分取消等請求事件、東京地方裁判所判決/平成27年(行ウ)第260号、判決 平成28年6月23日、LLI/DB 判例秘書登載について検討します。

 

 

 

 

 

 

 

【判示事項】

 

 

 中国の国籍を有する原告が,入管法の不法残留に該当するとの認定に対する異議申出を理由がないとした裁決及び退去強制令書発付処分の取消しを求めた事案。原告は技能実習2号ロの在留資格で本件受入機関で技能実習を受けていたが,賃金等に不満を抱き,同機関から逃げ出し,他所で稼働を継続し,不不残留に至り,不法就労を継続した悪質なもので,重大な消極要素と言える。原告は,日本人との婚姻関係の積極要素を主張するが,該婚姻関係は安定かつ成熟したものとまでの評価はできないなどとして,本件処分を適法とし,請求を棄却した事例

 

 

 

 

 

 

 

主   文

 

 1 原告の請求をいずれも棄却する。

 2 訴訟費用は原告の負担とする。

 

       

 

 

 

事実及び理由

 

第1 請求

 

 1 東京入国管理局長が平成26年10月30日付けで原告に対してした出入国管理及び難民認定法49条1項に基づく異議の申出は理由がない旨の裁決を取り消す。

 2 東京入国管理局主任審査官が平成27年1月19日付けで原告に対してした退去強制令書発付処分を取り消す。

 

 

第2 事案の概要

 

   本件は,中華人民共和国(以下「中国」という。)の国籍を有する外国人女性である原告が,出入国管理及び難民認定法(以下「入管法」という。)24条4号ロ(不法残留)に該当する旨の認定及びこれに誤りがない旨の判定を受け,同法49条1項に基づく異議の申出をしたが,法務大臣から権限の委任を受けた東京入国管理局長(以下「東京入管局長」という。)から,同条3項に基づき,異議の申出は理由がない旨の裁決(以下「本件裁決」という。)を受け,さらに,東京入国管理局(以下「東京入管」という。)主任審査官から,同条6項に基づき,退去強制令書の発付処分(以下「本件退令処分」という。)を受けたため,原告に在留特別許可を付与しないでした本件裁決につき,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した違法があるなどとして,本件裁決及びこれに基づく本件退令処分の取消しを求める事案である。

 

 1 前提事実(争いのない事実及び顕著な事実)

 

  (1) 原告の身分事項

 

    原告は,1988年(昭和63年)○月○日,中国において出生した中国国籍を有する外国人女性である。

 

  (2) 原告の入国及び在留状況について

 

   ア 原告は,平成20年5月21日,在留資格を「研修」とする在留資格認定証明書の交付を受けた。

 

   イ 原告は,平成20年8月1日,中部国際空港に到着し,名古屋入国管理局(以下「名古屋入管」という。)中部空港支局入国審査官から,在留資格を「研修」,在留期間を1年とする上陸許可を受けて本邦に上陸した。

 

   ウ 原告は,本邦への上陸後,居住地を「愛知県海部郡(以下略)」,世帯主を「X1」,続柄を「本人」として,外国人登録法(平成21年法律第79号による廃止前のもの。以下「外登法」という。)3条1項に基づく新規登録の申請をし,平成20年8月27日,その旨の登録を受けた。

 

   エ 原告は,名古屋入管において,平成21年8月11日,在留資格を「特定活動」,指定活動を「技能実習生」,在留期間を1年とする在留資格変更許可を受けた。

 

   オ 原告は,名古屋入管において,平成22年7月28日,在留資格変更許可申請を行い,同年9月3日,在留資格を「技能実習2号ロ」,在留期間を11月とする在留資格変更許可を受けた。

 

   カ 原告は,平成22年10月4日頃,愛知県内に所在する技能実習実施機関(以下「本件受入機関」という。)から逃走した。

 

   キ 原告は,在留期間更新許可又は在留資格変更許可を受けることなく,最終在留期限である平成23年8月3日を超えて本邦に不法残留した。

 

   ク 原告と日本人であるA(以下「A」という。)は,平成25年11月13日,銚子市長に対し,本邦の方式で婚姻の届出をした。

 

  (3) 本件裁決及び本件退令処分に係る経緯等について

 

   ア 原告は,平成25年12月3日,東京入管に出頭し,不法残留の事実を申告した。

 

   イ 東京入管入国警備官は,平成26年2月6日,原告に係る違反調査を行い,同日,Aから事情を聴取した。

 

   ウ 東京入管入国警備官は,平成26年3月7日,原告が入管法24条4号ロ(不法残留)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,東京入管主任審査官から収容令書の発付を受けた。

 

   エ 東京入管入国警備官は,平成26年3月13日,収容令書を執行し,原告を東京入管収容場に収容し,同日,原告を入管法24条4号ロ(不法残留)該当容疑者として,東京入管入国審査官に引き渡した。

 

   オ 東京入管主任審査官は,平成26年3月13日,原告に対し,仮放免を許可した。

 

   カ 東京入管入国審査官は,平成26年3月13日,原告に係る違反審査を行い,同日,原告が入管法24条4号ロ(不法残留)に該当し,かつ,出国命令対象者に該当しない旨の認定をし,原告にこれを通知したところ,原告は,同日,東京入管特別審理官による口頭審理の請求をした。

 

   キ 東京入管特別審理官は,平成26年8月18日,Aの立会いの下,原告について口頭審理を行い,その結果,同日,入国審査官の上記カの認定は誤りがない旨の判定をし,原告にその旨通知したところ,原告は,同日,法務大臣に対し,異議の申出をした。

 

   ク 法務大臣から権限の委任を受けた東京入管局長は,平成26年10月30日,上記キの異議の申出につき,本件裁決をし,同日,東京入管主任審査官に本件裁決を通知した。

 

   ケ 上記クの通知を受けた東京入管主任審査官は,平成27年1月19日,原告に本件裁決を通知するとともに,原告に対し,本件退令処分をし,東京入管入国警備官は,同日,退去強制令書を執行して原告を東京入管収容場に収容した。

 

   コ 東京入管主任審査官は,平成27年12月22日,原告に対し,仮放免を許可し,原告は,同日,東京入管収容場を出所した。

 

  (4) 本件訴えの提起

 

    原告は,平成27年4月28日,本件訴えを提起した(顕著な事実)。

 

 

 

 

 2 争点

  (1) 本件裁決の適法性

  (2) 本件退令処分の適法性

 

 

 

 

 

 3 争点に対する当事者の主張の要旨

 

 

 

  (1) 争点(1)(本件裁決の適法性)について

 

   (原告の主張の要旨)

 

   ア 法務大臣等(法務大臣及びその権限の委任を受けた地方入国管理局長をいう。以下同じ。)は,外国人に在留特別許可を付与するか否かを判断するに当たって,国際人権規約(市民的及び政治的権利に関する国際規約等)の精神やその趣旨(家族の結合の擁護等)を重要な要素として考慮しなければならない。そのため,入管法50条1項4号の「特別に在留を許可すべき事情がある」場合とは,人道上の配慮の必要性等の積極要素と当該外国人の在留を認めることによる国益上の不利益等の消極要素を比較衡量した結果,前者が後者を上回る場合をいうものと解すべきであり,これを殊更に限定的に解釈すべきではない。なお,法務省入国管理局が策定した「在留特別許可に係るガイドライン」(平成21年7月改訂後のもの。以下「ガイドライン」という。)も,消極要素と積極要素を比較衡量する方法で在留特別許可の許否を決するとしている。

 

   イ 原告とAは,平成25年5月頃から交際を始め,同年9月末頃から同居し,平成26年11月13日,婚姻の届出をしたものであるところ,その婚姻生活は,同居を始めた時期から考えると実質的には1年以上にわたっており,強い愛情と深い信頼に基づくものであるといえる。また,Aは,原告が収容された後も,自宅のある千葉県銚子市(以下単に「銚子市」という。)から東京入管に1週間に1回は面会に行くなどしている。このように,原告とAの夫婦関係は,非常に強固で安定した永続的なものであり,実体を伴うものであるから,人道上保護に値する。そして,日本人であるAは,その生活基盤を本邦に置いているのであるから,原告が退去強制されれば,婚姻関係を継続していくことが事実上不可能となる。

 

     したがって,原告とAの婚姻関係は,在留特別許可の許否の判断に当たり,積極要素としてしんしゃくされるべきである。

 

   ウ 原告は,約7年という長期間にわたって本邦に滞在し,日常会話程度であれば不自由なく日本語を話すことができ,Aとの会話も日本語で行っている。また,原告は,夫であるAに十分な収入があり,衣食住の生活面に全く問題がなく,安定した生活を送っており,Aの親族や友人など多くの者からも在留を強く望まれている。

     このように,原告は本邦に極めて強固な生活基盤を有しているのであるから,このような事情は,在留特別許可の許否の判断に当たり,積極要素としてしんしゃくされるべきである。

 

   エ 原告は,不法滞在をして就労していたのであるが,入管法違反を除けば,本邦の法律の違反歴はなく,前科や前歴等もなく,善良な一市民として経済的活動に従事し,我が国の経済に貢献していたもので,本邦での滞在状況自体は極めて良好なものであった。そして,原告は,生活費を稼ぐため,やむを得ずに就労をしていたのであり,余裕があるときに中国に送金をしていたにすぎない。

 

     また,原告は,当初は研修の目的に沿って1年以上真面目に研修を受けていたが,低賃金で過酷な環境にあったため,耐えられずに逃げ出したのであり,これは,研修生を非常に安価な労働力として使う企業側に問題があるのであり,原告はその被害者ともいえる。そのため,原告が研修先の本件受入機関から逃げ出し,不法滞在になってしまったことについては,同情の余地がある。

 

     したがって,原告が不法滞在をしていたことを殊更に強調すべきではなく,消極要素として重視すべきではない。

 

   オ 以上のとおり,在留特別許可を与える方向に働く積極要素と消極要素とを比較検討すれば,積極要素の点は,人道的観点から特に配慮に値するものであり,国会の決議でも外国人の生活及び家族関係等に十分配慮することが特に要請されているところであるから,消極要素の存在を優に上回る重みを有するものと評価することができる。

 

     よって,本件裁決は,社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるから,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用するものとして違法というべきである。

 

 

 

 

 

 

 

   (被告の主張の要旨)

 

   ア 法務大臣等には在留特別許可の許否について極めて広範な裁量権が認められていることから,その判断が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるとして違法とされるのは,法律上当然に退去強制されるべき外国人について,なお我が国に在留することを認めなければならない積極的な理由があったにもかかわらずこれが看過されたなど,在留特別許可の制度を設けた入管法の趣旨に明らかに反するような極めて特別な事情が認められる場合に限られるというべきである。

 

     なお,ガイドラインは,在留特別許可の許否の判断に当たって考慮する事項を例示したものにすぎず,一義的,固定的な基準ではなく,これによって法務大臣等の裁量権が制約されるものではない。

 

   イ 原告は,不法就労により金員を得ることを目的として,

 

 

最終在留期限である平成23年8月3日を超えて本邦に不法残留し,本件裁決がされた平成26年10月30日まで,約3年3か月間にわたり不法残留を継続していた。

 

 

また,原告は,本邦で稼働するため,ブローカーに約100万円もの大金を支払い,虚偽の職歴を申告するなどして研修生としての在留資格を取得し,技能実習制度を悪用して本邦に入国したものである上,

 

 

本邦での稼働を継続してより高い収入を得るため,本件受入機関から逃亡し,銚子市において,平成22年10月からは水産加工工場の工員として,

 

 

その後は平成25年5月までスナックのホステスとして稼働して不法就労を継続し,本国に総額150万円ないし300万円を送金していた。

 

このような原告の行為は,我が国の出入国管理政策に反する悪質な行為といわざるを得ず,出入国管理行政上到底看過できないというべきである。

 

 

   ウ 原告は,平成22年10月頃に本件受入機関から逃亡し,銚子市清水町,同市愛宕町及び同市馬場町にそれぞれ転居していたにもかかわらず,外登法8条1項又は同条2項の定める居住地の変更登録手続を行っておらず,その登録申請義務に違反した。このように,原告が外登法上の義務に違反した点も,在留特別許可の許否の判断に当たり消極的事情としてしんしゃくされることは当然である。

 

   エ 原告とAとの婚姻関係は,原告の不法残留という違法状態の上に築かれたものであり,原告がいずれは退去強制により本国に送還される可能性があることを認識した上で成立させ,継続してきたものであるから,当然には法的保護には値しない。また,原告とAの同居期間は約1年3か月にとどまり,本件裁決までの婚姻期間をみても約11か月と短期間であり,扶養を要する未成年の子もいないのであるから,原告とAとの間に安定かつ成熟した婚姻関係が形成されていたとはいえず,実質的にみても保護すべき必要性は低いというべきである。

 

   オ 原告は,本件裁決時までに約6年3か月にわたり本邦に滞在しているが,そのうち約3年3か月は不法残留という違法状態で滞在していたのであり,「研修」等の在留資格で活動していた期間は僅か2年3か月程度にすぎない上,技能実習実施機関から逃亡までしているのであるから,原告が本邦において社会に適合し安定した生活を営んでいたとはいい難い。

 

   カ 原告は,中国で生まれ育ち,教育を受け,稼働していた経験を有する稼働能力を十分に有する成人であり,中国には原告の両親及び姉が居住しており,中国の家族との交流も継続していることなどの事情に鑑みると,原告が中国に帰国したとしても,中国での生活に特段の支障があるとは認められない。

 

   キ 以上のとおり,原告に在留特別許可をしなければ入管法の趣旨に反するような極めて特別な事情があるとは認められず,本件裁決に裁量権の範囲の逸脱又はその濫用がないことは明らかであるから,本件裁決は適法である。

 

 

 

 

 

 

  (2) 争点(2)(本件退令処分の適法性)について

   (原告の主張の要旨)

    本件裁決が違法である以上,本件裁決を前提とする本件退令処分も違法である。

   (被告の主張の要旨)

    主任審査官は,退去強制手続において,法務大臣等から異議の申出は理由がないとの裁決をした旨の通知を受けた場合,速やかに退去強制令書を発付しなければならず,発付について裁量の余地はないから,本件裁決が適法である以上,本件退令処分も当然に適法である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第3 当裁判所の判断

 

 1 争点(1)(本件裁決の適法性)について

 

  (1) 在留特別許可の許否に係る法務大臣等の裁量権について

 

   ア 憲法は,日本国内における居住・移転の自由を保障する(22条1項)にとどまり,外国人が本邦に入国し又は在留することについては何ら規定しておらず,国に対し外国人の入国又は在留を許容することを義務付ける規定も存しない。このことは,国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,特別の条約がない限り,外国人を自国内に受け入れるかどうか,これを受け入れる場合にいかなる条件を付するかを,当該国家が自由に決定することができるものとされていることと,その考えを同じくするものと解される。したがって,憲法上,外国人は,本邦に入国する自由を保障されているものでないことはもとより,本邦に在留する権利ないし引き続き在留することを要求し得る権利を保障されているものでもなく,入管法に基づく外国人在留制度の枠内においてのみ本邦に在留し得る地位を認められているものと解すべきである(最高裁昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集32巻7号1223頁,最高裁昭和29年(あ)第3594号同32年6月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁参照)。

 

     そして,入管法の定めについてみると,法務大臣は,退去強制手続の対象となった外国人が退去強制対象者(同法45条1項)に該当すると認められ,同法49条1項の規定による異議の申出が理由がないと認める場合においても,その外国人が同法50条1項各号のいずれかに該当するときは,その者の在留を特別に許可することができるとされ(同項柱書き),同項に規定する法務大臣の権限は地方入国管理局長に委任することができるとされているところである(同法69条の2,出入国管理及び難民認定法施行規則61条の2第11号)。

 

     本件では,専ら入管法50条1項4号に基づく在留特別許可をすべきであったか否かが問題となるところ,同号は,「法務大臣が特別に在留を許可すべき事情があると認めるとき」と規定するだけであって,文言上その要件を具体的に限定するものはなく,入管法上,法務大臣が考慮すべき事項を掲げるなどしてその判断を覊束するような規定も存しない。また,このような在留特別許可の判断の対象となる者は,在留期間更新許可の場合のように適法に在留している外国人とは異なり,既に入管法24条各号の退去強制事由に該当し,本来的には退去強制の対象となるべき地位にある外国人である。さらに,外国人の出入国管理は,国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定等の国益の保持の見地に立って行われるものであって,その性質上,広く情報を収集し,諸般の事情をしんしゃくして,時宜に応じた判断を行うことが必要であるといえる。

 

 

     以上に鑑みると,入管法50条1項4号に基づき在留特別許可をするか否かの判断は,法務大臣等の極めて広範な裁量に委ねられており,その裁量権の範囲は,在留期間更新許可の場合よりも更に広範であると解するのが相当であって,法務大臣等は,国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市場の安定等の国益の保持の見地に立って,当該外国人が特別に在留を求める理由の当否のみならず,当該外国人の在留の状況,国内の政治・経済・社会等の諸事情,国際情勢,外交関係,国際礼譲等の諸般の事情を総合的に勘案してその許否を判断する裁量権を与えられているものと解される。したがって,同号に基づき在留特別許可をするか否かについての法務大臣等の判断が違法となるのは,その判断が全く事実の基礎を欠き,又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど,法務大臣等に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用した場合に限られるものというべきである(前掲最高裁昭和53年10月4日大法廷判決参照)。

 

 

   イ なお,ガイドラインは,上記のような法務大臣等の裁量権を前提とした上で,在留特別許可の許否の判断の際に積極要素又は消極要素として考慮される事項を類型化して例示的に示す趣旨のものにとどまると解され,在留特別許可の許否は個々の事案における諸般の事情を総合考慮した上で個別具体的に判断されるべきものといえるので,積極要素として例示された事情が認められるからといって直ちに在留特別許可の方向で検討されるべきというものではなく,退去強制対象者につきガイドラインの積極要素に該当する事情が一部認められたとしても,そのことのみをもって,当該退去強制対象者に在留特別許可を付与しなかった法務大臣等の判断が裁量権の範囲の逸脱又はその濫用に当たるということはできない。

 

 

 

 

  (2) 認定事実

 

    前記前提事実並びに掲記の証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認められる。

 

   ア 原告は,1988年(昭和63年)○月○日,中国において,中国国籍の両親との間に2人姉妹の二女として出生し,2007年(平成19年)7月に職業専業学校を卒業した後,電子部品製造工場で工員として稼働していた(乙11の1,原告本人)。

 

   イ Aは,昭和37年○月○○日に出生した日本人男性であり,平成21年5月11日,不法残留者であった中国国籍を有する前妻と婚姻をし,その婚姻後の同年10月頃に前妻に在留特別許可が付与されたが,平成24年5月7日,前妻と離婚をした(乙6,12)。

 

   ウ 原告は,本邦において就労して金員を稼ぐため,技能の研修を受ける名目で本邦に入国することとし,中国人のブローカーに約100万円の仲介料を支払い,虚偽の職歴の記載された書類を提出するなどして,平成20年5月21日,在留資格を「研修」とする在留資格認定証明書の交付を受け,同年8月1日,在留資格を「研修」,在留期間を1年とする上陸許可を受けて本邦に上陸した(乙8,19,原告本人)。

 

   エ 原告は,平成21年8月11日,在留資格を「特定活動」,指定活動を「技能実習生」,在留期間を1年とする在留資格変更許可を受けた。また,原告は,平成22年7月28日,名古屋入国管理局長に対し,虚偽の職歴を記載した在留資格変更許可申請書を提出し,同年9月3日,在留資格を「技能実習2号ロ」,在留期間を11月とする在留資格変更許可を受けた(乙4,7,8,11の1,原告本人)。

 

   オ 原告は,本邦に入国した後,愛知県内に所在する本件受入機関において,当初は研修生として,平成21年8月11日に在留資格変更許可を受けた後は技能実習生として,封筒の製作に従事していたが,賃金等の待遇に不満を抱き,より高い収入が得られる仕事をしたいと考え,平成22年10月上旬頃,本件受入機関から無断で逃げ出し,中国人の知人を頼って銚子市清水町に転居した(甲6,乙5,19,原告本人)。

 

   カ 原告は,平成22年10月頃から,銚子市内において,技能実習実施機関ではない魚加工工場や農場において稼働した後,「□□」,「△△」及び「◇◇」という店名のスナックを転々としながらホステスとして稼働を続けた。その間,原告は,引き続き本邦において稼働するため,最終在留期限である平成23年8月3日を超えて本邦に不法残留し,平成24年頃に銚子市愛宕町に転居し,在留資格を有しない中国国籍の女性ら3名と同居していた。また,原告は,本邦において稼働して得た収入のうち合計約300万円を中国に居住する両親に送金していた。(甲6,乙5,11の1,同19,原告本人)

 

   キ 原告は,平成25年4月頃,原告が稼働するスナック「◇◇」に客として来店したAと知り合い,同年5月頃から交際を開始し,その頃,Aに対して不法残留の事実を伝え,Aの希望を受けて同月頃にスナックの仕事を辞めた。そして,原告は,同年8月下旬頃,Aから結婚の申入れを受け,同年9月上旬にAの両親に会って婚約したことを伝え,同月末頃から銚子市馬場町のアパートでAとの同居生活を始め,同年11月13日,Aとの婚姻の届出をし,同年12月3日,東京入管に出頭して不法残留の事実を申告し,在留特別許可を求める旨を申述した。(甲6,7,乙11の1,同12,原告本人)

 

   ク 原告は,平成27年1月19日に東京入管収容場に収容されるまで,Aとの同居生活を続け,その間,Aから扶養を受けていた(なお,Aとの間に子はない。)。また,Aは,原告が上記のとおり収容された後も,1週間に1回程度,原告との面会のために東京入管を訪れていた。(甲6,乙11の1,同12,原告本人)

 

   ケ 原告は,母国語である北京語の会話や読み書きができ,日本語についても,簡単な日常会話程度の会話や読み書きができる。原告には中国に居住する両親及び姉がおり,1週間に2回程度電話をして連絡を取り合っている。(乙11の1,同19)

 

  (3) 前記前提事実及び上記(2)の認定事実を踏まえ,上記(1)の判断枠組みに従って,原告に在留特別許可を付与しなかった東京入管局長の判断が裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用したといえるか否かについて検討する。

 

 

 

   ア 原告の入国及び在留の状況について

 

    (ア) 原告は,平成20年8月1日,在留資格を「研修」,在留期間を1年とする上陸許可を受けて本邦に上陸した後,平成21年8月11日,在留資格を「特定活動」,指定活動を「技能実習生」,在留期間を1年とする在留資格変更許可を受け,平成22年9月3日,在留資格を「技能実習2号ロ」,在留期間を11月とする在留資格変更許可を受け,愛知県内に所在する本件受入機関において研修や技能実習を受けていたが,同年10月頃に本件受入機関から無断で逃げ出し,銚子市内で稼働するようになり,本邦における在留を必要とする格別の理由もなかったのに,本邦において引き続き就労して金員を稼ぐため,最終在留期限である平成23年8月3日を超えて本邦に不法残留したものである。

 

      このように,原告が不法残留に及んでいることは,入管法が,在留資格に応じて外国人が本邦に在留することができる在留期間を定め(2条の2第3項,入管法施行規則3条),その違反行為を退去強制事由とするだけでなく(24条4号ロ),刑罰の対象とするとともに(70条1項5号),不法残留によって退去強制をされた外国人について上陸拒否期間を設ける(5条1項9号ロ及び同号ハ)など,出入国の公正な管理を図るために設けている規律を無視し,我が国の出入国管理の秩序を乱す行為といわざるを得ない。

 

    (イ) また,原告は,本邦において就労して金員を稼ぐため,中国人のブローカーに約100万円の仲介料を支払い,技能の研修を受ける名目で虚偽の職歴の記載された書類を提出するなどして本邦に入国し,当初は愛知県内に所在する本件受入機関において研修や技能実習を受けていたものの,賃金等の待遇に不満を抱き,より高い収入を得るため,平成22年10月頃に本件受入機関から無断で逃げ出し,銚子市内において,技能実習と関係を有しない魚加工工場及び農場において不法就労に及び,その後も複数のスナックを転々としながらホステスとして稼働を続け,その間,引き続き本邦において稼働するため,最終在留期限である平成23年8月3日を超えて本邦に不法残留し,平成25年5月頃まで不法就労を継続していたものであり,本邦において稼働して得た収入のうち合計約300万円を中国に居住する両親に送金している。

 

      このような原告の一連の行為は,入管法が,外国人が本邦に入国して行う活動内容に着目し,我が国が受け入れる外国人の活動類型を在留資格として定めるとともに(2条の2),在留資格のうち同法別表第1の上欄の在留資格をもって在留する外国人の就労活動を制限し,法務大臣が相当と認めるときに限って資格外活動を許可することができることを定め(19条),その違反行為を刑罰の対象とし(73条),就労活動を専ら行っていると明らかに認められる場合にはより重い刑罰の対象(70条1項4号)及び退去強制事由とする(24条4号イ)など,

 

外国人の就労活動が我が国の産業構造や国民生活等に与える影響を考慮して外国人の就労活動を規制するために設けている規律を無視し,我が国の出入国管理の秩序を著しく乱すものというべきである。

 

      しかも,原告は,愛知県内の本件受入機関から無断で逃げ出して銚子市に転居し,在留期限を経過して不法残留と不法就労を続ける間,外登法8条1項又は同条2項の定める居住地変更登録手続を行っておらず,その登録申請義務に違反しており,外国人の活動の規制のために設けられている規律に違反する程度は大きいものといえる。

 

    (ウ) 以上の事情にかんがみると,原告の入管法等の法規範を軽視する態度及び出入国管理の秩序に背馳する姿勢は顕著であり,原告の入国及び在留の状況は悪質なものといわざるを得ず,これらの点が在留特別許可の許否の判断において重大な消極要素として不利にしんしゃくされることはやむを得ないものというべきである。

 

    (エ) これに対し,原告は,入管法違反を除けば,本邦の法律の違反歴はなく,前科や前歴等もなく,善良な一市民として経済的活動に従事し,我が国の経済に貢献していたのであり,本邦での滞在状況自体は極めて良好なものであって,生活費を稼ぐためやむを得ずに就労をし,余裕があるときに中国に送金をしていたにすぎない旨主張する。

 

      しかしながら,原告は,不法残留や不法就労に及んでいただけでなく,虚偽の職歴を記載した在留資格変更許可申請書を提出し,在留資格を「技能実習2号ロ」とする在留資格変更許可を受けるとともに,外登法8条1項又は同条2項の規定に違反して,千葉県銚子市清水町,同市愛宕町及び同市馬場町への各居住地変更登録申請を怠るなどしていたものであり,遵法精神に乏しく,本邦での在留状況が良好であったなどとは到底いえない上,合計約300万円という多額の金員を中国に居住する両親に送金していたのであるから,生活費を稼ぐためにやむを得ずに就労をしていたものとは認められない。

 

      また,原告は,当初は研修の目的に沿って1年以上真面目に研修を受けていたが,低賃金で過酷な環境にあったため,耐えられずに逃げ出したのであり,これは,研修生を非常に安価な労働力として使う企業側に問題があるのであり,原告はその被害者ともいえる旨主張する。

 

      しかしながら,原告は,本邦で就労して金員を稼ぐため,ブローカーに約100万円もの仲介料を支払い,研修を受ける名目で職歴を詐称するなどして本邦に入国したものであり,もともと強固な稼働意思を有していたものと認められるところ,本件受入機関から無断で逃げ出したのも,より高い収入を得たいという稼働目的によるものであり,技能等に習熟するという「技能実習2号ロ」の在留資格の目的を軽視した結果であるといわざるを得ず,仮に本件受入機関における賃金等の労働条件が原告の期待した水準に満たないものであったとしても,原告が本件受入機関から無断で逃げ出した後に行った不法残留や不法就労を正当化できるものではない。

 

 

 

 

   イ Aとの関係について

     前記(2)キのとおり,平成26年10月30日にされた本件裁決前の事情として,原告とAは,平成25年4月頃に知り合い,同年5月頃から交際を開始し,同年8月下旬頃にAが結婚の申入れをし,同年9月末頃から同居生活を始め,同年11月13日に婚姻の届出をしており,原告は,Aの希望を受けて同年5月頃にスナックの仕事を辞め,Aと同居をしてその扶養を受け,同年12月3日に東京入管に出頭して不法残留の事実を申告していることが認められる。

 

     しかしながら,前記(1)アのとおり,在留特別許可の許否の判断が法務大臣等の広範な裁量に委ねられていることに照らすと,日本人の配偶者がいるという事情は,法務大臣等が上記判断をする際に他の消極要素等との比較衡量の下にしんしゃくされる事情の一つとなり得るにとどまるところ,原告とAの婚姻関係は,そもそも原告の不法残留という違法状態の上に築かれたものであり,双方とも原告に在留資格がないことを認識した上であえて婚姻をしているものであることからすれば(なお,Aは,中国国籍の不法残留者であった前妻との婚姻後,前妻に在留特別許可が付与された後,前妻と離婚をしている。),これを保護すべき必要性が高いとまではいえない。

 

また,本件裁決当時,原告とAの同居期間は約1年1か月で,婚姻期間も約1年にとどまり,両者の間に子はないことも併せ考慮すると,原告とAの婚姻関係が安定かつ成熟したものであったとまでは評価することはできない。

 

     そうすると,原告のAとの婚姻関係については,在留特別許可の許否の判断において,上記アの重大な消極要素との対比において殊更に有利にしんしゃくし得る事情であるとはいえないというべきである。

 

 

 

   ウ 本邦への定着性の程度について

 

     原告は,約7年という長期間にわたって本邦に滞在し,日常会話程度であれば不自由なく日本語を話すことができ,夫であるAに十分な収入があり,衣食住の生活面に問題はなく,安定した生活を送っており,Aの親族など多くの者から在留を強く望まれているなど,本邦に極めて強固な生活基盤を有している旨主張する。

 

 

     しかしながら,原告の本邦における在留期間は,本件裁決当時,約6年3か月であり,このうち原告が適法に在留していた期間は約3年にとどまる。また,原告は,平成22年10月頃には本件受入機関から無断で逃げ出し,その後は外登法に基づく居住地変更登録申請を怠って不法残留を続け,スナック等を転々としながら不法就労を継続していたのであるから,その間の原告の生活が安定したものであったとはいえない。

 

そして,原告とAとの関係については上記イにおいて述べたとおりであり,原告が,Aとの婚姻後にその扶養の下に生活を送りAの親族等とも交流をするようになったとしても,このような事情は原告の不法残留という違法状態の上に築かれたものにとどまる。

 

     したがって,原告が主張するような事情があるとしても,在留特別許可の許否の判断において,殊更に有利にしんしゃくされるべき事情であるとまではいえない。

 

 

   エ 本国における生活の状況等について

 

     原告は,中国において生まれ育ち,教育を受け,稼働経験も有する稼働能力のある成人女性であり,母国語である北京語の会話や読み書きができるほか,原告には,中国に居住する両親及び姉がおり,本邦においても,多額の金員を両親に送金するなど両親らと連絡を取り合っていたことに鑑みると,原告が中国に帰国して生活することに特段の支障があるとは認められない。

 

   オ 小括

 

     以上において検討した原告の入国及び在留の伏況,Aとの関係,本邦への定着性の程度,本国における生活の状況等に係る諸事情を総合考慮すると,原告に対して在留特別許可を付与しなかった本件裁決が,全く事実の基礎を欠き,又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであるなど,東京入管局長に与えられた裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してされたものとは認められない。

 

     したがって,在留特別許可を付与しないでした本件裁決に違法はなく,本件裁決は適法である。

 

 

 2 争点(2)(本件退令処分の適法性)について

   前記1において検討したとおり,本件裁決について,裁量権の範囲を逸脱し又はこれを濫用してされたものとはいえないところ,退去強制の手続において,法務大臣等から異議の申出は理由がないとの裁決をした旨の通知を受けた場合,主任審査官は,速やかに退去強制令書を発付しなければならないのであって(入管法49条6項),主任審査官には退去強制令書を発付するか否かにつき裁量の余地はないのであるから,本件裁決が適法である以上,本件退令処分も適法である。

 

 

第4 結論

 

   以上によれば,原告の請求はいずれも理由がないからこれらを棄却することとし,主文のとおり判決する。

    東京地方裁判所民事第51部

        裁判長裁判官  岩井伸晃

           裁判官  堀内元城

 裁判官徳井真は,差し支えにつき,署名押印することができない。

        裁判長裁判官  岩井伸晃